転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 今回は別視点。春のライバルになりそうなあの子の視点です。





ウマの名は。

 

 

 

 しとしと降りしきる雨の音が聞こえる、薄暗い図書館の自習席。

 ボクはそこに座って、ノートパソコンでとある動画を再生していた。

 

 それはURA公式が出してる、つい2か月前に開催されたG1レースの映像だ。

 耳に付けたウマ娘用のイヤホンからは、広いレース場に響き渡るくらいの大歓声と、すっごく興奮した実況の声が伝わって来る。

 

『さぁ周って第二コーナー、2人きりの異次元旅行はどこまで続くのか!?

 もはや3番手ダイタクヘリオスとの差はぱっと見ただけではわからない! 一体どれだけ縦に開くのか!? どれだけのペースで彼女たちはレースを駆け抜けるのか!?』

 

「異次元旅行、ね……」

 

 ハイテンションな実況を聞いて、思わず苦笑する。

 その仰々しい響きと……そして何より、その言葉の適切さに。

 

 カメラでも全体像を捉え切れないこれは、まさしく先頭2人だけの異次元旅行。

 このレースにおける前半、先頭に立つ2人は、他のウマ娘とは目に見えて次元が違う。

 

 片や、最速の名と先頭の栄光をほしいままにする、流麗なフォームでターフを駆ける栗毛の逃亡者。

 片や、地を這うような、それでいて空を飛ぶような低姿勢で逃亡者を追う、鹿毛の龍。

 

 国内でもたった2人の、大逃げG1ウマ娘。

 苛烈に過ぎる先行争いは、もはや国内大逃げ最強決定戦って感じだ。

 

 年末の中山で競われる、有記念。

 2500メートル、距離の区分では長距離とされるこのレースにおいて、ここは1000メートル前後……まだまだ中盤だ。

 それなのにこの2人は、他のウマ娘たちを置き去りにして、終盤のスパートもかくやという速度でターフの上を走り抜けている。

 

「……本当に常識外れだなぁ、ウィルム」

 

 

 

 もはや語る必要もないくらい当然のことだけども、ボクたちウマ娘は速く走れば走る程、加速度的に体力の消耗が大きくなる。

 10の速度を出すために10の体力を消耗するとすれば、15の速度を出すためには20、20の速度を出すためには40の体力を使う……って言えば、感覚的にわかりやすいかな。

 レースに勝つためには速度を出す必要があるけど、速度を出し過ぎるのは非効率的になるわけだね。

 

 だからこそ、僕たちのレースにおける基本戦略は、序盤から中盤までは抑えて走り、終盤に一気に加速するというものになる。

 

 ウマ娘は機械じゃない。生物である以上、当然ながら限界とか判断ミスってものも存在する。

 体力を消耗して呼吸が乱れれば、それだけ脳に回る酸素が減って、思考の柔軟性がなくなり、正しい戦法、戦術を取れなくなってしまう。

 だからこそ、そこそこの速度に抑えて消耗を避け、終盤に残ったスタミナを使い切るんだ。

 

 ……なんてね。

 実のところ、偉そうに語れる程、ボクはこういう事情に詳しくはないんだけどさ。

 

 理論的な分析は、どっちかと言うとネイチャの領分だ。

 ボクはあの子程、頭が良くない。……いや、頭が悪いってわけじゃないんだけど、方向性が違うって言うか、そんな感じ。

 ネイチャが理論づくの理系タイプとすると、ボクは直感重視の文系タイプ。1つ1つの小さな材料を理論という紐で繋げて考える、なんてのは面倒くさすぎるし得意じゃないんだ。

 だから、本来はこうやって誰かの走りを観察したりすることは少ないんだけど……それはともかく。

 

 ボクはどっちかと言えば、直感的に物事を考える方で……。

 

 

 

 ……あるいは、だからこそ、それに気づけたのかもしれない。

 

 

 

「……?」

 

 ふと、自分の眉が寄ったのがわかった。

 映像の中に……ターフの上を駆けるウィルムの姿に、何か違和感を覚えたんだ。

 

 それは明確なものでも何でもない。ただ「なんか引っかかるな」程度の小さな気付き。

 けど、こういう時のボクの勘、特にレース関係のヤツは、結構当たるんだ。

 

 動画のシークバーをぐいっと左に動かし、ウィルムがスズカ先輩と競り合い始めるくらいから再生。

 さっき感じた小さな違和感の正体を、その微かな感触を忘れないように探っていく。

 

 画面の中のウィルムは、600メートルくらいから垂れ始めたターボをかわした後……。

 ぐいっと、驚く程に前傾姿勢を取り、一気に加速する。

 

 ……これが、ウィルムが本気を出す時の姿勢。

 本人曰く「天星スパート」って言うらしい。正直、ちょっと悔しいけど、カッコ良い名前だと思う。

 

 で。

 ボクが引っかかったのは……多分、このスパートについて、だ。

 

 

 

 さっきも考えたように、ウマ娘にとっての基本戦術は、終盤にスタミナを使って一気に駆け抜ける、っていうものだ。

 スズカ先輩やウィルムが異次元たる所以は、そのハイペースが前半に現れるところ。

 

 その戦術の名を、大逃げ。

 前半に大きくスタミナを使ってバ群を引き離し、後半までなんとかその差を維持するっていう、すごく珍しい脚質。

 

 ……そりゃあ珍しいよね。

 ボクたちがスパートを終盤に限るのは、脚を使い切って垂れることを防いだり、思考の柔軟性を失って不利にならないようにするためだ。

 

 それなのに大逃げっていう戦法は、前半にスタミナをどかどか使って消耗しちゃうわけで……。

 更に言えば、速度が上がればそれだけ空気抵抗も大きくなるし、誰かと競い合うことで闘争心を掻き立てられたりもすることもない。

 

 はっきり言って、とてもじゃないけど「勝ちやすい」戦い方じゃない。

 むしろ自滅の危険性が高い、危険な走り方だと言えると思う。

 

 だからこそ大逃げは、そのようにしか走れない子と、そう走りたいと望む子……そして、そんな無理ができるだけの途轍もない能力を持つ子くらいにしかできない。 

 

 これはトレーナーの受け売りなんだけど、この戦法を取ってなおレースで勝利するためには、大きく分けて3つの素養が必要になるんだって。

 誰かと競わなくても十分に走れる特殊な気性。

 後ろを気にしないでいられる高度な理性と思考能力。

 そして破天荒な走りをできるだけの身体能力。

 

 勿論、出走するレースによって要求される水準は変わるんだろうけど、その3点のどれかが欠けてしまえば、大逃げウマ娘の勝利は難しい。

 

 わかりやすい例を挙げると、有記念のターボだろう。

 あの子は気性面は十分に条件を満たしてるけど、身体能力が足りてない。だからスズカ先輩やウィルムについて行けなかったんだ。

 

 ……というかむしろ、その三点がG1レースに通用するレベルで揃っていることなんて、本当に稀なんだけどさ。

 

 だからこそ、サイレンススズカやホシノウィルムというウマ娘は、こんな国内最高峰のメンツの中でも「異次元」と呼ばれる。

 他のウマ娘が如何に真似しようとしてもできない、2つの「異物」なんだ……。

 

 

 

 ……と。

 ボクはトレーナー共々、そう思っていたんだけど。

 

 今、そこに、ほんの小さな疑問が生まれた。

 

「改めて考えると、ウィルムはなんで……」

 

 

 

 ボクがそう小さく呟いた、その時。

 

「もし?」

「うひゃっ!」

 

 突然肩を叩かれて、ボクは驚きのあまり立ち上がった。

 で、ここが図書館だってことを思い出し、咄嗟に口を塞ぐ。

 

 逆恨みとはわかりつつも、声の主に恨みがましく視線を向けると、そこにいたのは……。

 

「もう、大きな声を出さないでくださいまし! ここ、図書館ですのよ?」

 

 少し慌てた様子で眉をひそめたのは、僕のライバルの1人で、同時に友達でもある芦毛のウマ娘、メジロマックイーンだった。

 

「マックイーン……え、なんでここに? マックイーンも勉強?」

「勉強ならば当家の施設を使います。ここに来たのは、あなたのトレーナーさんから伝言を頼まれたからですわ」

「伝言?」

「えぇ。『今日はもうお休みにする。明日のトレーニングに差し障らないよう、程々に切り上げるように』とのことです」

 

 お休み? まだトレーナーにそんなこと言われる時間じゃないと思うけど。

 そう言って時計を見ると……うぇ、もう3時間経ってるじゃん!

 トレーナーと約束した2時間はとうの昔に過ぎ去っていた。

 ……どうやらボク、思いの外動画に集中してたらしい。

 

「しまった……。ごめん、助かったよ、マックイーン」

「構いません。ですが、あまり根を詰めすぎてはいけませんよ」

「ん、心配ありがと。もうちょっとしたら帰るよ」

 

 「程々に切り上げるように」って言葉からして、ひとまず今日は自由にしていいってことだろう。

 さっきの違和感についての考察を終えたら切り上げるとして、もう少しだけ考えてみよう。

 

 この小さな違和感から、ウィルムの大逃げの秘密を、何かしらの弱点を見つけ出すことができれば……もう少しだけ、状況を有利にすることができるハズ。

 

 ウィルムが久々に走れる大阪杯まで、そう時間は空いてない。

 次のレースまでに、ウィルムとの差を少しでも縮めないと。

 

 

 

 さぁ、外れちゃったイヤホンを耳に入れ直して……と?

 

「マックイーン?」

 

 すぐにいなくなると思った背後の気配が、消えない。

 ちらっと窺うと、彼女は興味深げな目で、ボクとノートパソコンの方を見てた。

 

「あなた、座学にはあまり興味がない方だと思っていましたが」

「今でもあんまり興味はないよ。ただ必要だと思ったからやってるだけ」

「ふむ。少し、変わりましたね」

「何が? ……あ、ボクのこと?」

「昔のあなたなら、『ボクならそんなことしなくても勝てる!』なんて言っていたでしょう。

 けれど今、あなたはあの子に勝つために、真剣に自分にできることを模索している。

 それだけあの子があなたを、レースに対して真剣にしたのですね。喜ばしいことです」

 

 ……まぁ、あなたをそうしたのが私ではなかったのは、少しばかり残念ですが、と。

 マックイーンは冗談交じりにそう続けて、笑った。

 

「……うん、そうだね。確かにちょっと真剣になったかも」

 

 ちょっと気恥ずかしいような気もするけど……。

 ボクは確かに、ウィルムと……そしてネイチャに、変えられたんだと思う。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 あの、ウィルムに惨敗した皐月賞まで。

 ボクにとってレースっていうのは、ちゃんとトレーニングさえしていれば、何の問題もなく勝てるものだった。

 

 だって、ボクは天才だからね。

 トレーニングをサボって体が鈍りでもしない限り、周りよりもずっと強かった。

 取る戦法は王道の先行抜け出し。ただ身体能力の差で、他の子に大きな差を付ける。

 戦法とか戦術とか、そんなことをわざわざ考える必要もなかったんだ。

 

 そもそもそういうの、考えなくてもわかるもん。

 

 どう走ればもっと前に出て、もっと早くゴールできるか。

 わざわざ考えるまでもなく、ボクにはそれが、直感的に理解できた。

 

 誰だって、いちいち歩き方なんて考えなくても普通に歩けるじゃん?

 息の仕方とか、まばたきの仕方とか、そんなことを意識して生きてるウマ娘なんていない。

 

 僕にとって、レースでの走り方、勝ち方もそういうものだ。

 ここで前に出れば、ここでバ群から抜け出せば、ここでかわせば、ここで本気を出せば……勝てる。

 レースを走っていれば、そういうことがなんとなくわかる。理論じゃなく、直感で。

 ……というか、むしろボクからすれば、なんでみんなはわかんないの? って感じだけど。

 

 

 

 けど……。

 

 レース中の直感だけじゃ、ホシノウィルムというボクを超える天才には、勝てない。

 

 

 

 去年の11月辺り、ボクはそれを悟って、ちょっとばかり落ち込んだ。 

 有記念までに、今ボクとトレーナーが目指している走法は完成しない。

 たとえ完成したとしても……あのジャパンカップを制したウィルムを超えられるとは、思えなかった。

 

 ……レースに関することで、ボクの直感は、当たる。

 

 今のボクでは、ホシノウィルムに、勝つことはできない。

 

 

 

 でも、そんな時に、友達のネイチャに言われたんだ。

 

 『また負けるから、怖いからって諦めるんだ? アンタってその程度で諦めちゃうようなウマ娘だったんだ』ってさ。

 

 ネイチャにしてはすっごく強気の、煽りみたいなセリフ。

 ボクは弱ってたこともあって、その言葉が結構堪えて……喧嘩にまでなった。

 

 でも、ネイチャは別に、意地悪を言ってたわけじゃなかった。

 ただ悲観するばかりじゃなくて、もっと前向きに頑張れって、背中を蹴飛ばしてくれたんだ。

 

 ボクはそれをきっかけにして、気を取り直した。

 

 こんなところで止まってられない。

 

 ボクらの目指した走法は、有記念に間に合わないかもしれない。

 ボクは今回、どうしようもなく負ける……のかもしれない。

 

 けど、次がある。

 

 

 

 ……そうだ。

 あの時、日本ダービーで、ボクは選んだ。

 

 その一瞬の勝利ではなく、将来的な勝利を。

 長く、そして強く、走り続けることを。

 

 来年以降も、ボクとウィルムのトゥインクルシリーズは続く。

 

 

 

 だったら、やってやろうじゃん。

 今回が駄目なら次回。次回が駄目ならそのまた次回。

 ボクはウィルムに、何度だって挑み続けて……。

 

 いつか帝王として、龍を超えてみせる。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……と、そんな決意もあって、柄にもなくウィルムのレースの研究なんかしてたわけで。

 マックイーンにはなんと説明したものか、少し迷って……結局、何も言わないことにした。

 

 ま、わざわざマックイーンに告白することもないでしょ。

 こういうのって自慢するようなものでもないし、胸の内でしっかりと抱え続けていればいいんだ。

 

 というわけで、ボクはさっさと話題を変えることにした。

 ……別に、なんか気恥ずかしかったとか、そういうんじゃないんだけどね?

 

「分析はトレーナーのすることかもしれないけど、ボクもやれる分だけやろうかなって。

 ま、そうは言っても、収穫は多くないんだけどさ」

 

 そう言って、ボクは自然と肩を竦めた。

 ……あれ、今のちょっとネイチャっぽかったかな。若干影響されちゃってるかもしれない。

 

 ちょっと悔しいような恥ずかしいような思いをしてるボクを前に、マックイーンは更に話を続けてくる。

 

「なるほど。ちなみに、どの動画を?」

「この前の有記念のだよ」

「そうですか。研鑽は素晴らしいことですわね」

「うん、ありがとう」

「…………」

「…………」

 

 ……えっと、何? なんで帰らないのこの子?

 伝言は確かに受け取ったし、こう言っちゃなんだけど、別にもう行ってくれてもいいんだけども。

 

 マックイーンはちらちらと、パソコンで開いた動画の方を見てくる。

 ……あー、もしかしてこれ、こっちの方から誘ってほしいヤツかな。

 

「……えっと、マックイーンも一緒に研究する?」

「あなたが構わないのなら。よろしくて?」

「いいも何も、そっちからねだってきたようなもんじゃん。もう……」

 

 メジロ家のあれこれなのか、マックイーン、時々面倒臭くなるよね……。

 ボクは苦笑しながら横にスペースを空けて、イヤホンを片方手渡した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そんなこんなで、急遽始まったボクとマックイーンの研究会。

 ひとまずはパソコンで開いていた動画を再生すると、狭いスペースに少し居心地悪そうにしていたマックイーンが、小声で訊いてきた。

 

「先程は『なんで』と言っていたようですが、何を疑問に思ったのです?」

 

 なんでって……え、そんな独り言漏らしたっけ。

 もし無意識に漏らしてたとすれば……やっぱりあの違和感のことかな。

 

「んー、なんか違和感があってさ」

「違和感、ですか」

「うん」

 

 画面の中でスズカ先輩と走るウィルムを見ながら、ボクは呟く。

 

「ウィルムの走りに……いや、ウィルムの天星スパートに、かな」

「ふむ……詳しくお聞かせ願えますか?」

 

 マックイーンは顎に手を当て、ボクの言葉を聞く姿勢を取る。

 

 ボクは1つ頷いて、動画を一時停止した。

 それはちょうど、ウィルムが姿勢を前傾に倒した辺りだった。

 

「ウィルムの前傾姿勢での疾走、天星スパート。これは、あの子が本気で脚を使う時の姿勢だ。

 つまりウィルムは、終盤じゃなくここで……600メートル地点から、本気を出したことになる」

「しかし……私、終盤でウィルムさんの領域を見ましたわよ? 本気と言うならば領域を開いた時のことを言うのではなくて?」

「うん、まさにそこ。そこが1つ目の違和感なんだ」

 

 ボクたち競走ウマ娘にとって、領域は最終奥義だ。

 

 一種の過集中状態に入り、自分の全てをレースに向けることによって、平常時を超えるパフォーマンスを見せることができる……ってのが、トレーナーの言。

 まぁ実際は、自分の内面世界みたいなモノが見えたりするあたり、ただの過集中ってわけでもないと思うんだけど……それはともかく。

 

 確かなのは、領域を開いている間、ボクたちはいつもよりずっと強くなるってこと。

 

 逆に言えば、領域を使う時は即ち、そのウマ娘にとっての仕掛け時でもある。

 前を目指して脚を使うタイミングであったり、あるいは速度を保ちながら脚を入れるタイミングであったり、その意味合いはウマ娘それぞれで変わって来るだろうけど……。

 少なくとも、ウィルムやボク、ネイチャとマックイーンに限っては、「前に出る際」に使うモノだ。

 

 で、ウィルムはそんな領域を、終盤に……序盤に使った天星スパートとは別のタイミングで使っている。

 

「つまり、このレースでウィルムは、2回に分けて本気を出してるんだ。

 1度目はスズカ先輩に追いすがる中盤、2度目はスペ先輩たちに追われる終盤。

 で、そのどちらも、かなり速い」

「普段のレースでは1度で良かったスパートを2回切ることになった……だからウィルムさんはスペシャルウィークさんに負けた、と?」

「いや、違う。……違うっていうか、もしかしたらそうかもしれないけど、大事なのはそこじゃないんだ。

 ウィルムが大逃げした果てに末脚を振るうなんて珍しくないでしょ? 考えるべきはそこじゃないよ」

 

 そう。ウィルムはいつもそういう走りをする。

 

 序盤に一気に前に出てバ群に巻き込まれることを回避し、中盤は少し息を入れて抑え気味に、終盤で追いすがる後方のウマ娘たちに対抗するように再度スパートを入れる。

 それが逃げて差す、あるいは大逃げして追い込むと言われる、ウィルムの走り方だった。

 

 ……が。

 今回はそういういつもの走りと、違う点があったわけだ。

 

「ウィルムは本来、天星スパートを領域と一緒に使うんだ。

 というかボク、あの天星スパートは領域の中だからこそできるものだと思ってたんだよ。

 ボクもちょっと負担の大きい走り方してたからわかるんだけど、ウィルムのアレは、普通に使えばかなり負担が大きい走法のはずなんだ」

「そう言えば……日本ダービーの直後、ウィルムさんは軽く足を傷めたと聞きましたわね」

「うん、ボクと同じ病院に入院してたから間違いない。

 あのスパート法をまともに使えば、たった1回本番を走っただけで故障する。それくらい反動の強い、ハッキリ言って使うべきじゃない走法なんだ。

 だからこそボクは、宝塚記念以降ウィルムが天星スパートを使えたのは、領域の恩恵だと思ってた」

 

 領域は人智を超えたものだ。

 それこそ『脚にかかる負荷を全てなかったことにする』……なんてことができても、おかしくはない。

 

 でも、ウィルムは有記念で、天星スパートを中盤に、領域を終盤に使った。

 その上で終わった後気絶したり、故障を起こしたりすることもなく、有記念直後からトレーニングを再開していたらしい。

 

 そこから考えるに……。

 ウィルムが領域パワーでスパートの負荷を踏み倒してるっていう推理は、間違いだったんだろう。

 

「……ふむ。そうなると気になるのは、ウィルムさんがどうやって負荷の強い走法を使っているのか」

「それともう1つ、今まで終盤に使ってたスパートを、なんで前半に使ったのか、もね」

 

 なんならボクは、後者の方が気になってるんだけど……。

 そう思い、小首を傾げていると、マックイーンはふと思いついたように声を出した。

 

「それは……サイレンススズカさんの特性故ではないでしょうか」

「特性? あぁ、先頭の景色が好きってヤツ? 要は調子を崩すために無理やり抜いたってこと?」

「いえ……あくまで私のトレーナーさんの考察、確かな物証はないのですが、サイレンススズカさんは先頭にいる限りその際のスタミナの消耗が大幅に抑えられるのだとか」

「え、何それ!? 先頭にいれば……!?」

「ちょっと、声を抑えて。……あくまでそういう仮説があった、という話ですわ」

 

 先頭にいる限り……いや、先頭にいるという条件を満たせば、スタミナの消耗が抑えられる?

 何それ……え、本当に何それ!? いや領域なんてものがある時点で今更なんだけど、そこまでいくともうスポ根漫画みたいになってない!?

 

 もしそれが本当だったとして……ボクのトレーナーは、それに気づかなかったのかな。

 いや、多分あの人のことだし、気付いた上でボクのノイズにならないように言わなかったのか。

 

 少なくとも今回の有記念で、ボクがそれに関わることはなかったわけで……。

 確かに、考えることが1つ増えるよりは良かったかな。おかげで今、ちょっとだけ恥をかくことにはなったんだけどさ。

 

「そうでなければ、スズカさんのように逃げて差す、ということはなかなか……あぁ、なるほど。

 あなたが感じていた違和感……つまりはそういうことですか」

「あー……うん、そうだね。ちょっと納得した。

 もしマックイーンのトレーナーの仮説が正しいんなら、ウィルムが前半に本気を出したのは、スズカ先輩の無限のスタミナを潰すためだったってことになる」

 

 この有記念を見るに、天星スパートを使っていないウィルムとスズカ先輩なら、後者の方がスペック的に上を行ってたと思う。

 だからこそ、領域を使われて手遅れになる前に、天星スパートを使ってスズカ先輩の無敵性、無限大のスタミナを潰しに行った。

 

 更に言えば、ウィルムにかわされた後、スズカ先輩の走りが精彩を欠いたことにも納得がいく。

 今までは無限に使えていたスタミナが、一気に制限された。そうなれば当然、どこでスタミナを使うか、どこで前に出るかの計算が必要になる。

 今までひたすら走るだけで勝てていたのが、急にそういうものを要求されるとなれば……そりゃあちょっと難しいよね。

 

 ……まぁ、それでもなお、サイレンススズカは8着。

 2バ身もの差を付けて、ボクの1つ上だったんだけどね……。

 流石の貫禄と言うべきか、ボクの未完成な走りがお粗末すぎたと言うべきか、微妙なところだ。

 

 

 

「となると、残る疑問は……ウィルムさんの天星スパートの不自然さ、ですか」

「そうだね。あんなに負荷が強いだろう走りを、どうやって……」

 

 ……言いかけて、ふと、思いつく。

 

 サイレンススズカが、そんな特殊能力(ズル)を持っているのなら……。

 

 ホシノウィルムが特殊能力(チート)を持っていない保証が、どこにある?

 

「……もし?」

 

 そうだ。

 そうだ、そうだ、そうだ。なんで今まで疑いもしなかった?

 

 彼女は、ホシノウィルム。会長に続く無敗三冠ウマ娘。

 その程度の不条理、その程度の不可思議、持っていたっておかしくない。

 

 ホシノウィルムの、その脚以外の特異性。

 それがあるとすれば、内容は何だ?

 

 後方5バ身以上にも伸びる、由来不明の索敵範囲。

 「天星スパート」と呼ぶ、本来不可能なはずのローリスクハイペースの走法。

 ……そして、大逃げという破格の走りを叶えるだけの、圧倒的なスタミナ。

 

 それら全てに説明の付く能力は?

 体の頑健さ。……違う。それでは説明の付かないことが多すぎる。

 第六感? ……いや、それだと無視できない違和感が残る。

 であれば……。

 

「聴覚……感覚の拡大。いや、それを処理できる思考能力の増加? そう、それなら……足取りの効率化ができるから……」

「あの、どうしました?」

「サイレンススズカが『先頭である』っていう条件を持っているのなら、ホシノウィルムも……有記念を見るに『先頭』じゃない。終盤でもない。

 いや、違うのか、発動の方じゃなくて……そう、ここで姿勢を立て直してることからして……そうだ、タイムリミット!」

 

 机に手を突き、立ち上がる。

 

 ようやくわかった。

 ホシノウィルムが持つ特異性。

 

 

 

 走行距離か、あるいは経過時間かはわからないけど……。

 3ハロン弱、おおよそ30秒の、思考能力の増加。

 それに伴う、走法の本来不可能な程の高度な効率化と、情報の大量獲得。

 

 それがホシノウィルムの持つ、領域と並ぶもう1つの切り札だ。

 

 

 

「ありがとう、マックイーン。ボク、ようやくわかったよ」

「えっと、何を……」

「ホシノウィルムのこと」

 

 多分だけど、この推論は正しい。物的証拠は何もないけど、状況証拠は十分に揃ってる。

 

 ……しかし、なんて厄介さだろう。

 思考能力と感覚の拡大。それは即ち、ボクたちが少ない情報を元に一瞬でしなければいけない判断を、彼女は多くの情報を元に長い時間をかけてできることを意味している。

 その上、恐らくそれに伴い、彼女の走りはおおよそ完璧と言っていいレベルに……いや、本来ウマ娘には不可能なレベルに洗練されているはずだ。

 更に言えば、もしもタイムリミット式っていう推理が正しければ、有記念でのスズカ先輩みたいに不意打ち気味に走りを崩すことも叶わないわけで……。

 

 決して派手なものじゃないけど、だからこそ外に露見しにくく。

 そのくせ効果は絶大で、対策も立てにくい。

 

 まさしく特殊能力(チート)と言って差しつかえないような、とんでもない力だ。

 

 ……でも、この世界に無敵の存在なんていない。

 種が割れてさえしまえば、取れる対策は……必ず、ある。

 

 ひとまず、これをトレーナーに報告して、判断を仰がないと。

 そのまま駆け出したボクの背中に、マックイーンの声が届いた。

 

「あの、ちょっと!? どうしたんですの!?」

「マックイーンにも今度教えてあげる! 悪いけど今日はここで解散ね!」

 

 ありがとう、マックイーン。君のおかげで活路が開けた気がするよ。

 トレセンの校舎を走りながら、ボクは心の中で、友人に手を合わせた。

 

 

 

 ……さぁ、情報は十分に得た。

 後はボクらしく、ボクの新しい走り方で、彼女を超えるだけだ。

 

 待ってな、ホシノウィルム。

 

 皐月賞では、ボクの心に慢心があった。

 日本ダービーでは、最後に脚を緩めてしまった。

 有記念では、まだ走法が未完成だった。

 

 でも、今度こそ。

 今度こそ、君が戦いたかった本当のボク……。

 全力のトウカイテイオーと、戦わせてあげるよ。

 

 

 







 直感力が強すぎる。
 骨膜炎で休養となったネイチャと入れ替わるように、春のレースではホシノウィルムの前にトウカイテイオーが立ち塞がります。
 ……どちらかと言えば、トウカイテイオーの前にホシノウィルムが立ち塞がってるような気がしなくもないですが。



 それと次回は、お気に入り1万人記念ということで、ずっと書くか迷っていたちょっとした特別編。
 本編にちょっとだけ登場した、とある人物の視点になります。
 本当にちょっとしか出ていませんし脇役も脇役なんですが、多分覚えている方は覚えていると思います。予想してみてね。



 次回は3、4日後。別視点で、小さな自慢と煌めく一等星の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!

(本編に関係ない呟き)
 自分は良い物語を見た時、創作意欲を掻き立てられると同時に「これに勝てる作品を書かなきゃな」となることが多いんですが、RTTT最終話はちょっと「勝てないなぁ、これ」感がありました。
 「大事な人のためにいらないものを持っていく」という展開は本作でも似たようなことをやったわけですが、あんなに美しくはできなかった気がします。悔しい~!
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