転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 今回は特別編的なもの。
 とある人物の視点で、トレセン学園の片隅の、平凡な日常をお届けします。





おまけ 【モブの子】

 

 

 

 ウマ娘誰しも、自慢の1つや2つは持っているものだと思う。

 ちょっと調子に乗った時に出てくる「私昔こんなことしたんだー」とか、あるいはちょっと追い詰められた時に出てくる「でも私にはこれがあるし」とか。

 そういう、根本的な自己肯定感を支える支柱。

 ……まぁ、そういうのないって子もいるかもしれないけど、それはそれとして。

 

 私たち競走ウマ娘にとって、その「自慢」は大半の場合、成績や脚のことだと思う。

 

 私は中央のG1に勝てるウマ娘だ! とか。

 そうでなくても、重賞に勝てるウマ娘だ! とか。

 もうちょっと下げて、重賞に出られるウマ娘だ、とか。

 更に言えば、オープンレースには勝てるウマ娘だ、とか。

 もういっちょ行くと、未勝利戦には勝てたウマ娘だ、とか。

 ひとまず中央に入学の叶ったウマ娘だ……とか。

 まぁ競走ウマ娘になれる程度のウマ娘だ……とか。

 

 ……なんか言ってて悲しくなってきた。やめようこの話。

 

 成績以外の自慢となると、やっぱり脚や走りのことかな。

 自慢の末脚。長く使える脚。レース中の冷静な観察眼。いざとなった時の粘り強さ。競り合いで一歩も譲らないパワー、周りの子を振り回す策略、などなどエクストラ。いや、エトセトラだっけ?

 

 多分、G1を走るような、もっと言えば勝つようなウマ娘は、すんごいたくさんの自慢を持ってるんだと思う。

 例えば……私と同期の、一番有名な子で言えば。

 寒門出身にして無敗の三冠ウマ娘。大逃げして追い込む、異次元の脚の持ち主……とかね。

 

 で。

 そんなご大層なウマ娘じゃない私にも、そりゃあ自慢の1つや2つはありますよって話で。

 

 誰にも言わない、言っても冗談と思われて笑い飛ばされるだけだろう、私の中の思い出。

 

 

 

 私はあの無敗の三冠ウマ娘、ホシノウィルムに勝ったことがあるんだぞ、ってね。

 

 

 

 ……いや、他人に自慢できるようなものじゃないのは、わかってるけどさ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 改めて自己紹介をば。

 

 私の名前はシッソウビーム。

 学園で探せば1900人くらいは見つかりそうな、フツーのトレセン学園所属競走ウマ娘である。

 

 競走の実力は……まぁ、あんまり大っぴらには自慢はできないくらい。

 具体的に言えば、本当にギリッギリ重賞に出られるかどうかって感じかな。

 未勝利戦にはちょっと余裕を持って勝てて、オープンレースでもそこそこ善戦できるけど、G3レースに出ると大敗を以て大海を知る……。

 それくらいの、箸にも棒にもかからない、中途半端な一般ウマ娘なのです。げこげこ。

 

 

 

 ……ま、そんな普通のウマ娘な私ではあるけど、我が世の春ってのがなかったわけでもない。

 っていうか、あった。トレセン学園入学直後は、そりゃもう私の時代が来たーって感じだったんだ。

 

 ウマ娘って、早熟とか晩成とかって概念があるんだよね。

 要は早く育つか、ゆっくり育つか、みたいな。

 本格化は来るのが早い遅いがあるんだけど、来たとしても最初の頃にぐっと伸びるとか、あるいはある程度体ができてから伸びるとか、そういう個人差も当然あるわけで。

 

 その点で言えば、シッソウビームは、そりゃもうびっくりするくらいに早熟型だった。

 トレセンに入学した直後は、流石にあのトウカイテイオー程じゃなかったかもしれないけど、自慢に思えるくらいには強かったと思う。

 何度か出た模擬レースでは勝率が50%を超えてたもん。これ、何気にすごいことだよ?

 

 でも、その頃に私の実力を見込んでスカウトしてくれたトレーナーには、正直ちょっと悪いことをしたかもしれない。

 有力かと思ったウマ娘が、箱を開けたらただ早熟なだけなんだもん。あっちからすりゃ最悪だよね。

 「君が楽しく走れるならそれが一番だよ」って言ってくれる神トレーナーで本当に良かったですよ。

 

 閑話休題。

 そんな井の中のゲコゲコウマ娘だった私は、「よーし重賞総なめしてやるぞー」とか調子に乗って、トレーナーを得るべく選抜レース前の模擬レースに参加して……。

 

 

 

 そこで、バケモノを、見たんだ。

 

 

 

「寒い」

 

 ボソリとそう呟いた、小柄な鹿毛のウマ娘。

 

 彼女を見た瞬間、多分、私を含む全ての出走ウマ娘が絶望したと思う。

 だって一目見ただけで、誰だってわかるもの。

 彼女は、私たちとは、全く別の存在だって。

 

 覚悟の決まり方が違う。

 体の出来上がり方が違う。

 ……存在の圧が、決定的に違う。

 

 中央トレセンに入って一人前のウマ娘になった気でいた私たちは、所詮はまだまだ入り口に立っただけの赤ちゃんで。

 あの子は……あの子だけは、その2本の脚で立っている、競走ウマ娘だった。

 

 ちっぽけな自尊心とか、そこそこ強いっていう偽りの自負なんてものは、ものの一瞬で叩き折られた。

 残ったのは、こんなバケモノと競うのかという恐怖と、それでも一矢報いてやりたいという意地。

 

 だから私たちは、無言の内に協力関係を結んだ。

 

 1人じゃ、この化け物に勝つことは難しい。

 いや、難しいっていうか、絶対不可能だ。

 

 その時の空気は、例えるなら飢えた野生の熊に出くわしたような感じだった。

 食われる。自分たちは今から、無慈悲に狩られる。

 そう思わせるくらいには、鹿毛の彼女は他を圧倒する気配を持ってたんだ。

 

 そんな状況になったらもう、ウマ娘同士で敵対とかしてる場合じゃない。狩られたりしないよう、皆で協力して立ち向かわなきゃいけない。

 いや、そんな危険を冒すんじゃなくて、すぐ逃げ出した方が良いとは思うんだけど……流石に始まる直前の模擬レースから逃げるわけにもいかなかったしね。

 

 ……それに。

 私たちは競走ウマ娘だ。

 戦わずして負けを認めるなんてできない。走らずして1着を譲りたくはない。

 勝てそうにない相手にだって、挑まず逃げることはできないんだ。

 

 だから、全力で戦って、そして……。

 

 

 

 私は、幸運にも、彼女に勝つことができた。

 

 

 

 幸運。そう、まさしく幸運だった。

 後から思えば、あの子は合わない脚質で合わない距離を走ったんだ。

 その上、私たちが協力したことで徹底的にマークされ、バ群の中に閉じ込められた。結果として抜け出しが遅れたのも、彼女の敗因の1つだったと思う。

 

 合わない脚質。合わない距離。そして最悪な状況。

 その3点が揃って、私は初めて彼女に勝つことができたわけだ。

 

 

 

「はぁ、はぁ……、げほっ」

 

 レースが終わった後は、せき込んでしまうくらいに消耗した。

 そりゃそうだ。駆け上がって来るあの子に対抗した、あり得ないくらいのハイペースだったもの。

 

 それでも、勝てたことが嬉しかった。

 だってあのバケモノに、トウカイテイオーにすら勝てるかもしれない最恐のウマ娘に勝ったんだもの。

 この瞬間、ジュニア級のウマ娘の中で、最強は私だ……なんて。そんな風に思い上がりそうになった。

 

 ……でも。

 

 気になって、ちらりと視線を向けた先で、その鹿毛のウマ娘は……。

 敗北なんて何も感じてないとでも言うように、淡々とストレッチを始めた。

 

 それを見て、わかった。

 わかってしまった。

 

 あぁ、私、この子に敵としてすら見られていないんだなぁ、って。

 

 

 

 レースの前に見せた、凍り付いたような雰囲気。

 レースの中で見せた、獣のような荒々しい走り。

 レースの後に見せた、全てへの興味を失ったような瞳。

 

 それらは、私の網膜にハッキリと焼き付き、いつまでも離れなかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……と。

 以上が、私の経験した黄金期である。

 いや、黄金期って割にはなんか物悲しい終わり方をした気もするけれども。

 

 いやぁ、あの頃は良かったなぁ。私も周りの子も、まだ見ぬ明日への希望にキラキラしてた気がするよ。

 本格化の終わりも近付いて来るシニア級ともなれば、流石に自分たちの限界ってモノも見えて来る。

 流石にここから成りあがってG1勝利! ……なんてのは都合の良すぎる夢だと思う。

 

 私たちは2年の時間を経て「自分の実力は大体この辺りかなぁ」という実感を掴み、浮足立つこともなく、かといって逆に大して沈み込むことのない、落ち着いた状態になっている。

 

 だから……ちょっと悪趣味かもしれないけど、1月に入って来る新入生たちのはしゃぎようを見ると、なんとも複雑な心地になるよね。

 

 挫折を知らないからこその、未来を信じる無垢な心。

 それが羨ましいやら、心配になるやら、あるいは期待したくなるやら。

 

 あぁ、叶うなら若かったあの頃に戻りたいよ~……。

 

 

 

 なんて、そんなことを思いながら、しんみり下校していると。

 いきなり後ろから抱き着いて来る感触があった。

 

「ビームぅ!」

「にょわっ!?」

 

 こ、この背中に当たる無駄にデカい駄肉の感触……心当たりしかない!

 

「ちょっと、ポーちゃん! ビックリするからいきなりとびかかって来るのやめてって言ったよね!?」

「うへへへ、相変わらずビームは良い匂いがするねぇ! ほのかな諦観と自虐、でも底の底では自分を諦めきれずつい前を見ちゃう、ウマ娘らしい最高の匂い!」

「あとその精神分析ペラペラ話しちゃうのもやめてって言ったよ! もしかして覚えてないかなぁ!? それともお話聞いてない!?」

 

 首に回された手を解き、そのままぐいっと引き剥がす。

 

 そこでようやく目に入ったのは、フラフラと揺れる、ふざけた様子の芦毛のウマ娘。

 割とファッションに気を遣う方な彼女は、インナーカラーを入れてたり、こっそり制服を改造してたりするんだけど……。

 それ以上に目立つのは、やはりその胸だ。すごく、デカい。くっ、持たざる者の憂鬱。

 

 ていうかいい加減頭皮嗅ぐのやめろ。

 こっちはトレーニング直後だぞ、汗の匂いとかしたら恥ずかしいだろうが。

 

「……はぁ。ポーちゃんさぁ、距離感近すぎって言われない?」

「よく言われる! 主にビームに!」

「そりゃ私は言ってますけども」

「私ビームくらいしか友達いないから、他の人から何か言われたりはしないよー?」

「悲しい事実やめてよ、怒るに怒れなくなるってば」

 

 

 

 にははと猫のように笑う、芦毛のウマ娘。

 この子の名前は、ポートレートリアル。

 美浦寮に住む私のルームメイトで、大事な友達で、「元」ライバルのウマ娘だ。

 

 気に入った子に対しては極端に距離感が縮まる代わり、そうでない子には一切興味を持たないっていう、かなり風変わりな性格。

 匂いを嗅いでなんとなく相手の抱いてる感情を察してしまうという、よくわかんない変な能力。

 おおよそ配慮という言葉を知らない、良く言えば天真爛漫さ、悪く言えば自由奔放さ。

 総じて変な子で、自分で言う通り友達は極端に少ない。というか多分私しかいない。

 

 寮が同室だったことで接点が生まれ、なんかよくわからんけど変に気に入られてしまい、私はまんまとこの子の友達になってしまった。

 

 正直、彼女に振り回されるのは結構疲れる。

 壁に爪を立てたりそこらじゅうでおしっこしちゃう自由奔放キャットの面倒を見てるような気分だ。伝わるのかなこの例え。

 ただまぁ、彼女とも2年の付き合いだし……何より、いつも世話になってるからね。あんまり無下にもできない都合があるわけだ。

 

 

 

「ね、一緒に帰ろー? もうトレーニング終わったでしょー?」

「もしかして、私のこと待ってたの? ポーちゃんにはもうトレーニングとかないんだし、先に帰っててもよかったのに」

「好きで待ってたからいいでしょ? それに、ちょっと勉強もできたし~」

 

 そう言ってポーちゃんは、じゃーん! と本を見せつけてきた。

 表紙に控えめに刻まれたタイトルは「蹄鉄調整基礎」。

 

 この子、なんだかんだでしっかり未来を見据えて歩いてるとこ、偉いんだよなぁ。

 ちょっと変なトコさえなければ、きっとたくさんのウマ娘に尊敬されて、友人だってできただろうに。

 

 ……いや、変じゃないポーちゃんなんか、ポーちゃんじゃないか。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 競走ウマ娘の現実ってさ、すごく無慈悲で残酷なんだよね。

 

 私たちは、皆がずっとトゥインクルシリーズを走り続けられるわけじゃない。

 

 トゥインクルシリーズの公式レースの内、メイクデビューと未勝利戦を除くすべてのレースには、出走のための条件として「既に公式レースで1勝以上を上げている」というものがある。

 つまるところ、私たちはメイクデビューか未勝利戦に勝たない限り、重賞は勿論、オープンレースやプレオープンレースにさえ出走できなくなるんだ。

 

 で、その未勝利戦が開催されるのは、クラシック級の夏まで。

 そのタイムリミットまでに勝利を刻めないと、一部の例外を除き、基本的にはトゥインクルシリーズのレースに参加することができなくなる。

 

 私ことシッソウビームは、クラシック級の2月、3度目の未勝利戦でなんとかこの壁を越えて、トゥインクルシリーズを走る競走ウマ娘としての資格を手に入れたんだけど……。

 

 実に、7割。

 7割ものウマ娘たちが、未勝利戦に勝利できず、資格をなくしてしまう。

 

 この事実、この数字、残酷と言わずして何と言えばいいのか。

 

 ……そして。

 私の目の前にいる、ポーちゃんことポートレートリアルもまた、未勝利戦に勝てなかったウマ娘だった。

 

 

 

 トレセン学園というのは、大きく分けて2つの側面がある。

 1つは勿論、トレセン、つまりトレーニングセンターとしての面。

 そしてもう1つが、学園、つまり学びの園としての面だ。

 

 何が言いたいかっていうと、その内片方が欠けたとしても、ここに所属すること自体は可能なんだ。

 

 例えば……そんな例は聞いたことがないんだけど、規則上は「学園自体は中退し、トゥインクルシリーズへの参加とトレーニング施設の利用だけに絞る」こともできる。

 そして逆に、「トゥインクルシリーズからは退くけど、中央トレセン学園には所属し続ける」こともできるのだ。

 

 まぁ、私たちは中等部の女の子だ。アスリートとして失敗したからって学校に通わないってのもちょっとばかし不健全な話。

 それに中央トレセン学園では、競走ウマ娘関連の勉強はかなり盛んにおこなわれてる。将来そっち関係のお仕事を目指そうと思うなら、ここ程優れた環境はないだろう。

 そういう意味では、競走ウマ娘を引退しても、ここに所属する意味は確かにある。

 

 ……とはいえ、この選択を取るウマ娘は、決して多くはないんだけどね。

 なにせ、中央トレセンに入学できたってことは、地方のレースシリーズなら十分すぎるほど活躍できることを意味する。それへの参加のために地方トレセンに転向する子は多い。

 さっき言った未勝利戦に勝てなかった7割の内、5割くらいは地方トレセンに転向して、残りの2割くらいがこの学園に残るらしい。

 

 で、私の友人たるポーちゃんは、2割の中の1人なわけだ。

 

 

 

 クラシック級8月下旬、彼女の最後の未勝利戦。

 本人から聞くより早く、テレビで彼女の敗北を見てしまっていた私は、ポーちゃんに一体何と言うべきか、すごく迷っていた。

 しかし案ずるより生むが易しと言うべきか、拍子抜けと言うべきか、自室に戻った私を待っていたのは「おかえりー!」と突っ込んでくるいつも通りのポーちゃんであった。

 

 なんとこの子、未勝利戦の敗北に対して「やっぱ無理だったかぁ」で流してしまい、さっさと切り替えてしまったのである。

 いや、勿論悔しさはあったんだと思う。競走ウマ娘が走りを諦めるなんてことになれば、胸を刺されるくらいに辛いのは想像に難くない。

 でも、その悲しみを一瞬で切り替えられる変わり者。それがポートレートリアルというウマ娘なのだ。

 

 

 

 私はその後、彼女に後ろから抱きしめられた姿勢で、今後の展望を聞くことになった。

 

「やっぱり私、自分で走るのは向いてなかった。だから、他のウマ娘が走るのを支えられるようになりたいなーって思った!」

「そう。……それで、どうするの?」

「そんなに不安そうにしなくても、トレセン学園には残るよー? ここで装蹄覚えようかなーって」

 

 装蹄。

 それは、簡単に言えば、ウマ娘の使う蹄鉄に関するお仕事だ。

 

 主な業務は履き潰されゆくトレーニングシューズに蹄鉄を打ち付けたり、勝負服のシューズに使われる蹄鉄を綺麗に調整すること。

 蹄鉄って、軽くなら自分で調整できるけど、大きく形が歪んでしまった場合とかは、炉に入れる必要もあるからね。

 その危険性や要求される技術のこともあり、専門職があるわけだ。

 

 勿論、これはとても大切なお仕事と言える。

 私たち競走ウマ娘が平穏無事に走れているのは、装蹄師さんたちのおかげだ。感謝してもし足りない。

 しかし、それはそれとして、ウマ娘が装蹄師を目指すっていうのはなかなか珍しい。

 

 ウマ娘は人間に比べ、容姿とか声とか身体能力とか、色々優れてる。

 だからそういうのを活かした仕事に就くことが多いんだ。

 いやまぁ、鍛冶も力が必要になるし、そういう意味じゃ間違ってないかもだけど……。

 

「なんで装蹄? そんなに蹄鉄好きってわけじゃなかったよね?」

「うん。好きなのは蹄鉄じゃなくて……には、ビームならわかってるでしょ?」

 

 彼女は珍しいことに、ちょっと気恥ずかし気に微笑んで答えた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、そんな調子で元競走ウマ娘であるポーちゃんと一緒に、トコトコと帰路を歩くことしばらく。

 私たちは、美浦寮の自室へとたどり着いた。

 

「はー、今日も疲れた……」

「私は疲れてなーい!」 

「でしょうねー」

 

 ため息を吐く私の横で、ポーちゃんは伸びをしている。

 今日も今日とて厳しめなトレーニングに励んでた私と違って、彼女はずっと本読んでたんだ。そりゃ肉体的な疲れはないだろうね。ちょっと羨ましいよ。

 

 ああ、そんなことより、早くこの体の怠さを癒さなければ。

 

「うぅ、どうかこの疲れをお癒しください……!」

 

 そう独り言ちで、私はベッドの上に安置してあったでかぬいの1つを抱きしめる。

 はー、ふわふわの手触り、ちょうどいい反発、まだちょっと残ってる太陽のかぐわしい匂い。このウマ耳の部分がふわふわもちもちしてるのが最高……!

 あぁ、癒されるぅ~……。一生こうしてたいよ……。

 

「……ビーム、ほんとそのぬいぐるみ好きだよね」

 

 ちらと視線を向けると、ポーちゃんはちょっと呆れたような視線を向けて来ていた。

 

「うっさいよ、ポーちゃんに呆れられたかないっての。

 っていうか違うからね? 私が好きなのはこのぬいだけじゃないから」

「知ってるよぉー」

 

 私の抱えたぬい以外にも、この部屋の私サイドには、大小合わせて20以上のぬいが保管してある。

 まぁその大半は、埃を被らないようにガラスケースに保存してあるんだけども。

 

 更に言えば、ぬいぐるみだけじゃない。

 キーホルダーに観賞用のフィギュアとアクションフィギュア、彼女がタイアップしたハンカチにタオルケット、まだ封を開けてない彼女のイメージの香水が保存用観賞用布教用緊急用で4点。

 壁には彼女が宝塚記念に勝った時に見せた輝く笑顔とか、菊花賞のウイニングライブの後にネイチャと一緒に行ったダブルピースの写真を額縁に入れて飾ったり、タペストリーとかポスターで装飾してる。

 

 そして、個人的に一番自慢の一品は、やっぱりこれ!

 ベッドサイドに置いてある、ラミネート加工したチケット群!!

 

 一昨年のとあるメイクデビューとオープンレース葉牡丹賞、G1ホープフルステークスの観戦及びウイニングライブチケット。

 去年のG2弥生賞、G1皐月賞、同じく宝塚記念、ジャパンカップの観戦チケットとライブチケット、それから運よく手に入った有記念のライブチケットも。

 

 菊花賞と有記念の観戦チケットは、抽選漏れした上、知り合いに当選者ゼロという現実の厳しさの前に、血の涙を流して諦めるしかなかったけど……。

 それ以外の、彼女の……ホシノウィルムの道筋の全てを、私は直に見守ってきたんだ。

 

 そう。

 あの日、鮮烈な灰色の一等星に目を焼かれた栗毛の普通の(モブ)ウマ娘は……。

 以来、ホシノウィルムの大大大ファンになっていたのです。

 

 

 

「えへ、えへへぇ……ウィルム様ぁ……」

「キモ」

「やめなさい冷たい本音は。仕方ないでしょうが、推しのことを思えば頬が緩むっての。

 ウマ娘大好きだから装蹄師目指してトレセンに残ったポーちゃんと同じだって」

「……そういう時のビームとは、同じにされたくないなぁ。いつもならともかく」

 

 何を言うこのおたんこにんじん!

 ウマ娘が大好きで装蹄師を目指すポーちゃん、ホシノウィルムが大大大好きで推し活してる私、そこに何の違いもありゃしないでしょうが!

 

 ……いや、まぁちょっと違うかもしれんけども。

 真剣に将来を考えて動いてるポーちゃんと、今が楽しすぎて推し活してる私じゃ、色々違うかもしれないけども!

 

 でもでも、やっぱり趣味に冷たい目を向けられるのは悲しい。

 ここはちょっと意趣返し、っと。

 

「はんっ、そんなこと言っていいのかなー? ここにあるこれ、なんでしょーか?」

「え? そ、それ……っ、まさか!?」

 

 ポーちゃんは、ウマ娘が大好きだ。

 それも特定の子じゃなく、競走ウマ娘全体が好きな箱推しタイプ。

 

 現に、私が使ってる半分はホシノウィルムグッズで埋まってるけど、もう半分は色んなウマ娘たちのグッズで埋まってるもんね。

 ……まぁ「ホシノウィルムのグッズは見るだけでもお腹いっぱいかな」ってことで、あっち側には全然ないんだけども。そこだけはわかってないなぁと思う。

 

 で、そんなポーちゃんだからこそ、私の手に握られたチケットは見過ごせまい。

 

「てってれてってって~! 来たるG1、大阪杯の観戦チケット2枚~! しかもなんとなんと! ゴール板前の西エリアー!!」

「そ、それちょうだい! 大阪杯行きたい! しかも最高の位置じゃん!!」

「うーん、どうしよっかな~? 何度言ってもいきなり飛びつくのやめないような子はな~?」

「やっ、やめる! もうやめるから!!」

「……本当にやめる?」

「やめるやめる! もう絶対にやめる!」

「よし。それならこれを片方譲ってあげましょう」

「ははーっ! ありがとうございますビーム様!!」

 

 涙目でへりくだるポーちゃんが流石に哀れになって、私はチケットを手渡した。

 

 わーいわーいと子供のように喜ぶポーちゃん。ホントこの子体格と性格がミスマッチだなぁ。

 

 

 

「……ところでこういうやり取り、何度目だろうね」

「えっと、6度目?」

「ちなみに抱き着くのやめたことは?」

「ないよ?」

「今回からやめる?」

「やめないよ?」

 

 この後めちゃくちゃ喧嘩した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 競走ウマ娘の世界は、無慈悲で残酷だ。

 

 1人の勝者が生まれるために、17人の敗北者が犠牲になる。

 ゲートの枠、その日の天気、芝の状態といった運の要素で、レースの有利不利が大きく分かれる。

 それぞれの素質には、どうしようもない限界がある。

 タイムリミットに間に合わなければ、レースに出ることすらできなくなる。

 

 本当に、どうしようもなく、無慈悲で残酷だ。

 

 

 

 ……だけど、まぁ、アレよ。

 そんな残酷な世界でも、なんやかんやで毎日をエンジョイしてる、私たちみたいなウマ娘たちもいる。

 

 シッソウビームとポートレートリアルの縁は、このトレセン学園という場が紡いでくれたもの。

 こんな残酷な世界が、私に大事な友達をくれたんだ。

 

 このことを、忘れちゃいけないと思う。

 

 ここは無慈悲で残酷で、数多の悲劇を生む場所だけど……。

 同時に、私たちウマ娘に、新しい未来をくれる場所なんだってことを。

 

 

 

 あと、めちゃくちゃサイコーの推しと巡り合わせてくれる場所だったことも!

 

 

 







 シッソウビーム:栗毛の普通なモブウマ娘。1話・2話でウィルムに勝った子。
 一緒に出た模擬レースで脳を焼かれた最古参ファン。最初の頃は競走能力にのみ惚れ込んでいたが、徐々に柔らかくなっていく表情に惚れ、今はアイドル的にも推している。堀ウィルもいけるクチ。
 趣味はウィルムの香水(使用用)をウィルムのでかぬいに軽く付けて抱き締めること。そういう時の自分がちょっとキモいことは自覚しているので、推しには近づかないよう気を付けている。

 ポートレートリアル:芦毛の変なモブウマ娘。ビームの同室の子。色々でかい。背丈とかね。
 ウマ娘が苦悩し絶望しかけ、それでも負けずに立ち上がるのが性癖の箱推し勢。なのでテイオーやネイチャあたりは特に好きで、ウィルはそうでもない感じ。
 趣味は唯一の友人であり、同時に推しでもあるビームをからかうこと。これまであまり友人とかがいなかったので、彼女に向ける矢印は何気にかなり大きかったりする。でもでへでへしてる時のビームはマジでキモいと思ってる。



 そんなわけで、スペちゃんと並んでウィルに勝ったモブウマ娘ちゃんの視点でした。
 この子のその後の話は、ファン視点という意味でもいつか書きたいと思っていたので満足です。

 次回からは新章。
 いよいよ大阪杯、そして皐月賞に向けた日々が始まります。



 次回は3、4日後。トレーナー視点で、レース対策会議・シニア3月版の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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