サイレンススズカさんを封殺するため、スタートダッシュを極める。
それが私こと、ホシノウィルムの当面の目標となった。
……しかし、ひとえに極めるって言っても、なかなか難しいものがあるよね。
私は歩さんと契約して間もなく、「コンセントレーション」なる技術を身に付けた。
これは簡単に言うと、しっかりと反射神経を鍛えて、なおかつめちゃくちゃに集中することで、スタートの瞬間を逃さないようにするってモノ。
模擬レースであればフラッグが振り下ろされる瞬間、公式レースであればゲートが開く瞬間。
それをコンマ1秒以下の単位で察知し、ノータイムで駆け出す、と。
簡単なように聞こえるけど、いざやってみると、これがなかなか難しいんだ。
人間もそうだけど、ウマ娘って脳内では無意識の内に色々なことを考えてるんだよね。
メインで働かせている思考の裏に、気にしてることとか気になってることとか、そういうノイズが大量にうごめいてる。
それが多ければ多い程「集中できてない」状態で、逆に少ない程「集中できている」状態というわけだ。
で、「コンセントレーション」って技術は、これらのノイズを極力排除して、自分の思考の全てをスタートの瞬間に注ぎ込む、ってもの。
全てを削ぎ落として集中し、鍛え上げた反射神経でスタートする。
……うん、改めて考えると、確かに1つの技術と言っていいかもしれない。
私は実のところ、この技術と非常に相性が良かった。
私が走る時に用いる3つのモードの内の1つ、「冷」のモード。
かつては呪いであったそれは、簡単に言うと「走ること、ひいては目の前のことにのみ思考力を全て注ぎ込む」っていう状態だ。
このモードはスタートダッシュと、そして「コンセントレーション」と、とんでもなく相性が良い。
極端に集中……過集中する状態だからね。それしか考えなくていいってシーンでは、おおよそ最高の結果を生み出せる。
多分、だからこそ「コンセントレーション」の習得も早かったんじゃないかな。
去年、学び始めて1週間くらいで歩さんから習得完了判定をいただいたのが懐かしい。
懐かしいなぁ、あの時、「え、嘘だろ……どういうこと?」って顔されたのは今でも覚えてる。
思えば、あそこまで露骨に感情の出た顔を見たのは、あれが初めてだったかもしれない。
さて、そんな調子で「コンセントレーション」はすぐに習得できた私に対し……。
後輩兼、夜限定の弟子となったライスちゃんはなかなか習得に苦戦しているようだった。
目の前で何十回かスタートを見せたり、感覚的にはこんな感じって伝えたり。
そういうことを繰り返す内、最初の頃に比べればだいぶ筋は良くなってきた。
実際、今のライスちゃんなら、並みのウマ娘よりは洗練されたスタートが切れると思う。
少なくとも皐月賞までなら、序盤は負けなしなんじゃないだろうか。
……あぁいや、ライバルには歩さんの育てたブルボンちゃんがいるか。流石にそこに勝てると思う程驕れはしないかなぁ……。
ともかくそんな感じで、明らかに上達はしているライスちゃんのスタート。
けど、まだ「コンセントレーション」って程ではないかな。
私やスズカさんと一緒に走ったら、ちょっと出遅れてしまうと思う。
……いや、そりゃあ当たり前か。
まだクラシック級も始まったばかりのライスちゃんを、私たちの戦いに突っ込むのは……うん。
というか、私は「冷」モード+「コンセントレーション」という必殺コンボ。
スズカさんは歩さんをして「唯一無二」と言わせる最強のスタート技能の持ち主だ。
クラシック級3月時点で私たちと対等にやり合えるなら、もうライスちゃんは三冠とか余裕だろう。なんなら今の時点で有馬記念に出ていいまである。
あ、いや、話が逸れちゃったな。
今はライスちゃんのことじゃなくて、私のトレーニングについて、ね。
私は「コンセントレーション」を習得して、おおよそウマ娘としては最速のスタートを切ることができるようになった。
では何故、去年の有馬記念でスズカ先輩に負けたのかと言うと……それは単純な話で、加速力の問題である。
スズカ先輩の最初の加速は、正直ちょっととんでもなかった。
少なからず自信のあった私を、優に一回り超える、神速のスタート。
それに勝つとなると、当然ながら私も加速力を鍛えなきゃいけないわけだ。
集中とか反射神経とかじゃなく、単純に脚力とそれの使い方の領分。
私が次に目指すべきは、ここになるわけだけど……。
「うーん……」
ちょっと手前味噌な話になるんだけど、正直現時点でもかなり速くはあるんだよな。
技術っていうものは、必ずしも右肩上がりに伸びるわけじゃなく、伸ばせば伸ばす程に成長速度は下がっていく。
そういう意味で言うと、私のスタート技術は既にかなり仕上がってしまっている。
歩さんの言葉を使うと、最速のスタートを切る「コンセントレーション」と、一気に加速する「先手必勝」。
これらの技術を私は体得している。
ここから更に伸ばすとなると、当然ながらもっともっとトレーニングを積まなきゃいけない。
というか、シニア級4年目の最強級の古豪だったスズカさんですら、私よりも少しだけ速かった程度なんだもん。
この上のステージに昇るために必要な労力は、推して知るべしというところだろう。
とはいえ、だ。
私は転生チートウマ娘。
今はちょっとした、いや、かなりズルいチートな手段もある。
大阪杯までにステップアップするのは、絶対に不可能ってわけじゃないと思う。
……いや、弱気は駄目だな。
絶対に上がってみせる。
歩さんのウマ娘として相応しくあれるように。
ファンの皆の期待に応えられるように。
そして……もっともっと、最高に楽しいレースができるように!
「……いよし、今日も走るか」
そんなわけで、私は日々のトレーニングを大事に、楽しくこなしていった。
* * *
さて、歩さんとの釣りから暫く時間も経って……。
ついに訪れたその日は、3月14日。
バレンタインデーのちょうど1か月後。
そう、世はまさにホワイトデー!
バレンタインで女性からチョコを貰った男性が、そのお返しにお菓子とかをくれる日だ!
今を生きる中等部女子としては、否応もなく盛り上がっちゃう一日である!
いやっふぅー! ホワイトデーばんざーい!!
……まぁ。
私個人としては、あんまりこの日は好きではないんだけども。
そもそもホワイトデーって由緒も何もないからね。
一応とはいえ、バレンタインはキリスト教から発生したイベントじゃん? 謂わばクリスマスみたいなもので、一種の由緒正しき祭日と言っていいと思う。
まぁ、そこでチョコが絡んでくるのは、各洋菓子メーカーの邪な意思が感じられなくもないけどさ。
それでも発端自体はとてもしっかりしたもので、ならば祝ってもいいと思うんだ。
そもそもお祭りって何かをきっかけにして皆で盛り上がるミーム的なヤツだし? その発端がある程度ちゃんとしてるなら、お祭りとして認められもするってもの。
それに比べてホワイトデー!! お前はなんだ!
由緒も何もない、企業が儲けようとして純粋な乙女心を利用するっていう俗すぎる発祥!!
企業戦略の塊! 100%純粋な営利目的の結晶! 金のことしか考えてねーのかよ企業どもはよ!
しかもこの日があるから、結果的にバレンタインが見返りを求めてチョコ贈る日みたいになるじゃん! 女の子の純情をなんだと思ってんのよ!
まったくまったく、憤懣やるかたない。
ホワイトデーなんて日がなければ、バレンタインは女の子の純な気持ちを伝える、とてもキラキラした日になるはずだったのに。
人の心を利用するようなこんな祭日、好きになれって方が難しいだろう。
そんなわけで、私は前世の頃からホワイトデーアンチである。
別に自分に縁がないイベントに僻んでるとか、そういうんじゃない。ないったらない。
まぁでも、女の子っていうのはなんとも現金なもので……。
そんな風にお返しを厭いながらも、実際に受け取る時になれば、やはり舞い上がってしまうものだ。
歩さんからお返しがもらえることが確定している私は、こんなことを言っておきながらも、そこそこ……いやごめん見栄張った。めちゃくちゃに期待してしまい、その日は珍しくトレーニングにも集中し切れない程だった。
そうしてトレーニングの終了後、「ホシノウィルム、先月のお返しを渡すからトレーナー室に来てくれ」って言われて、私は意気揚々と乗り込んだんだけど……。
「改めて、バレンタインの日はありがとう、ホシノウィルム。お返しだ」
そう言って差し出されたのは……差し出された? いや、差し出すっていうか並べられたのは、かなりの量のお菓子の群れ。
普通の、ココアっぽいの、チョコチップ、ナッツ入り、オレンジっぽいのと、色んな種類のクッキー。
可愛い果物モチーフのとか、中に甘いのが入ってるのとか、清涼感があるのとか、サプリっぽいのとか、コットンのとか、これまた色んな種類のキャンディ。
他にもホワイトチョコとかビターチョコ、マシュマロにガム、それからケーキが多種多様に山盛りで。
私の前には、あまりにもたくさんの、豪華絢爛なお菓子が並んでいた。
しかも、明確に全部手作り。
えっと、何……?
私たちのトレーナー室、いつの間にケーキ屋さんになったの?
「あ、あー……そのぅ」
「いや、言いたいことはわかる。実のところ、俺もそこに関しては悩んだ」
「あ、自覚的ではあるんですね。ちょっと安心しました」
「うん。やっぱりお菓子だけに囚われず、ハンカチとかネックレスなども視野に入れるべきだよな。
ピアスや指輪のようなものはさておいて、やはりアクセサリー系も必要かなーと思ったんだが……」
「いやそっちじゃないですよ? これだけでも十分以上に多すぎるって話ですよ?」
え? と首を傾げるトレーナーに、思わず眉間をつまむ。
歩さんって、なんかこう、金銭感覚とか物の価値感バグってるところあるよね……。
やっぱりアレか、生まれが名家だから消費活動が板に付いちゃってるんだろうか。
……いやでも、昌さんは割とフツーな価値観なんだよな。名家出身としてはどっちが普通なんだろう。
一方私の方は、3年前までの困窮っぷりがまだ記憶に新しく、金銭感覚はちょっと厳しめ。
……と、言いたいところだけど。
去年の春辺りから、順調に緩んできているのを感じる。
レース興行で入って来るお金もすごいんだけど、歩さんの金使いや物使いの荒さに慣れてきて、感覚が壊されて行ってるのを感じる。
まったく、罪なお人だよ。私のトレーナー観、男性観の次は価値観までグチャグチャにするとは。しっかり責任を取ってもらわねば……なんて。
「あのですねぇ……。普通、お返しって同じくらいの額で抑えるモノですよ?」
「え? 3倍とか4倍とか、そんな感じじゃないのか」
「なんですかその倍率!? 女尊男卑!? ていうかそれにしても4倍じゃ収まってないですけどこれ!」
「いや、競走ウマ娘ホシノウィルムがその貴重な時間を割いてお菓子を作ってくれたんだぞ? この程度じゃ等倍にも追い付いてないさ」
「……あー」
まぁ……あー、それはそう、かも。
少なくとも、金銭的な勘定をすれば、歩さんの言は一定の妥当性がある。
私、これでもかなり稼げるウマ娘だからね。
去年の年収は10桁行ってたし、時給を計算すれば10万を優に越えてる。
そんな私が、今年のバレンタインチョコ、歩さん専用スペシャルホットチョコは、大体10時間くらいかけて万端に準備したわけで。
時給から換算すれば、その値段は……うわ、頭おかしくなりそう。
あの1杯にそんな価値があるとは到底思えないけど、少なくとも額面上はそういうことになるわけだ。
……でも、それはそれ、これはこれ。
「あのですね、それを言ったら今の歩さんはG1トレーナーでダービートレーナー、そしてクラシック三冠トレーナーなんですよ? そっちだってこれだけ手作りするのはめっちゃ時間かかったでしょう?」
「いやまぁ、そこそこかかりはしたが」
「でしょう? ……だから、十分です。というかむしろ多すぎるくらいですよ」
実際のところ、私も相当に稼いでるけど、歩さんだってめちゃくちゃ稼いでるはずだ。
なんでもウマ娘のトレーナーは、担当が取ったレースの格と着順に応じてボーナスが入るらしい。
それがG1ともなると、かなりの額になるんだとか。
私の戦績は……えっと、今どんなもんだ?
最初のメイクデビュー、オープンレース葉牡丹賞、G2の弥生賞に勝って……。
G1は、ホープフルに皐月賞、ダービーに宝塚、それから菊花賞とジャパンカップで1着、それと有馬記念で2着。
並べると、デビュー戦1勝、オープン1勝、G2で1勝、G1で6勝、そしてG1で2着1回か。
更に言えば、もう1人の担当であるブルボンちゃんもデビュー戦1勝、プレオープン1勝、そしてG1も1勝してる。
こんだけ勝てば、そりゃあ歩さんだってガッポガポのはずだ。
流石にアスリート側の私と同じ程ではないにしろ、ぶっちゃけあと2、3年くらい勤めてれば、お仕事卒業できるレベルの収入が得られるんじゃないだろうか。
あぁいや、あのめちゃくちゃでかい家を維持するって考えると、もっともっとお金は必要か?
まぁそこは……私が一緒になったら解決、かもだけども。だけども。
いや、今考えるべきはそこじゃなくて。
「ていうかこの量、だいぶとんでもないですよ。大丈夫ですか、これ」
「ウマ娘の食欲を考えれば、消費期限には十分間に合うと思うが」
「いや、これだけ食べれば太っちゃうんじゃないかって話ですけど」
「……あ」
歩さんはポカンと口を開けてしまった。
え、嘘、考えてなかったのかその辺り。トレーナーとしてはどこまでも真面目な歩さんらしくない。
私はそう思って、小首を傾げたんだけど……。
「いや……その、君へのお返しということで気合を入れすぎた。すまん」
「あ……う、それは嬉しいです、けど」
後頭部を掻く歩さんに、口をつぐんでしまう。
う……や、やられた。
歩さんったら、こういう時は素直に気持ちを伝えて来るんだもん。
ズルいったらないよ。恥ずかしい気持ちとかないのこの人?
2人して少しばかり黙っていると、横から女性の声が届く。
「イチャイチャするのは結構だけど、仕事してもらえる?」
「あ、はい……」
……そう言えば、歩さんはまだ仕事中だった。
* * *
さて、その翌日、雨の降りしきる日。
3月も中旬、URAファイナルズ決勝の時期が訪れた。
私たちが見に行くのは、今回もマックイーンさんの出走する長距離部門。
予選や準決勝では同じ部門でもいくつかのレースが開催されるんだけど、決勝まで行くと開催されるレースは部門ごとに1つきり。
このレースを制した者は即ち、「その世代・その距離における最強」を証明するわけだ。
世代の上澄み、最強同士のぶつかり合い。
そうなれば自然、決勝はG1レースにも等しい、かなり熾烈なレースになるだろう。
「どうなりますかね、このレース」
着込んだウマ娘用の雨合羽の下、持って来た歩さんお手製クッキーを齧りながら、ぼんやり呟く。
……うん、すごく美味しい。
一口齧ればサクサク感と香ばしさ、バターの甘味が口の中に広がる。
歩さんってホント、食材調達はアレなのに、料理の方はとんでもなく上手いんだよなぁ。これ普通にお店で売れるレベルだと思うんだけど。
敢えて不満を挙げるとすれば……単純に量が多すぎて、その内飽きが来そうってことだろうか。
もらったお菓子の種類は多いしそうそう飽きないかと思ってたんだけど、消費期限を考えるとチョコとかマシュマロから食べなきゃいけないんだもん。
自然と、時期によって食べるお菓子は決まってしまう。どうしても飽きるのは避けられそうにない。
……逆に言えば、それ以外に欠点が見当たらないとも言える。
さて、そんなお菓子の中で、今回持って来たのは……バターの甘いヤツと、それとチョコチップの入ってるヤツの2つだ。
どっちも違った方向で美味しいので、1枚食べたらもう1枚と、どんどん口の中に放り込んじゃうね。
……体重? まぁ……食べた分自主トレすれば痩せるでしょ。多分。
そんなことを思いながらクッキーを齧っていると、一応お休みのはずの今日もスーツでカッチリ決まってる歩さんが口を開く。
「……今回のレースに関しては、メジロマックイーン一強と言ってもいい状態だな。彼女だけ目に見えて強い……というか、中長距離路線の子の多くが彼女を避け、中距離部門を目指したくらいだ。
ただでさえ強力なステイヤーだったのが、去年の秋の天皇賞で更に1つ上のステージに上がった。はっきり言って、彼女の世代のウマ娘では、長距離のメジロマックイーンに対抗すらできないだろう。
だからこそ、そうやすやすは負けないだろうな。あり得るとすれば……レース中の事故くらいか」
おぉ……。
歩さんがそこまで言うって、なかなかだよ。
正確無比な観察眼を持つ歩さんをして、長距離という部門においては間違いなく世代最強、と。
このレースにしても、マックイーンさんが事故を起こしたり巻き込まれたりしない限り、彼女の勝利は決して揺るがない。
彼がそう言う以上、それは決して揺らがない事実なんだろう。
流石はマックイーンさん、私のライバルの1人。
ライバルが評価されるのは、なんというか、ちょっと鼻高々な気分。
……と、その時。
『URAファイナルズ決勝、世代の頂点18人のウマ娘たちが最終決戦へ挑みます。
長距離部門の1番人気はこの子をおいて他にはいない、ターフの名優メジロマックイーン! 人気と実力を兼ね備えたウマ娘ですね。
今日も泰然自若と余裕の笑みを浮かべる彼女は、世代最強ステイヤーの名を手に入れられるか?』
『阪神レース場、芝右外周り3000メートル。天気は雨、バ場状態は稍重の発表です。
1年半前に雨・重バ場の菊花賞を、半年前に雨・不良バ場の天皇賞(秋)を制した彼女にとって、この状況はホームグラウンドと呼んで差し支えないでしょう。
スタミナとパワーが要求されるこのレース、果たして大番狂わせは起こり得るのか?』
実況の声が、拡声器を通してスタンドまで届く。
それを聞いて視線を落とすと……まず目についたのは、やはり件の芦毛のウマ娘。
自信ありげな笑みで軽くウォーミングアップしているのは、尊敬できる先輩でもあり、最高に熱くなれるライバルでもあるメジロマックイーンさんだ。
今日の彼女は、いつもの黒を基調とした勝負服ではなく、真新しい白のドレスのような勝負服に身を包んでいる。
去年のURA賞受賞の時にもらった、2着目の勝負服だろう。
……ってことは、彼女もまた2つ目の領域の存在を知り、その習得を目指してるんだろうね。
果たしてあの洗練された領域が、どう変化するのか。
それはまだ未知数で……だからこそ、一緒に走る日が、彼女が領域を見せてくれる日が楽しみだ。
さて、そんなマックイーンさんに対し、周りのウマ娘は彼女から一歩引いてる。
結果として、彼女の周りだけドーナツのように空白が出来ている状態だ。
いわゆる強者故の孤独、というヤツだろうか。
模擬レース前とか、あと自分のクラスとかで、私もよくああいう状況になるし。
……まぁ、それは私にコミュ力がないってだけかもしれないけど。
しかし、こうして露骨に孤立するっていうのは、マックイーンさんみたいなタイプのウマ娘にとってはあまり良い状態じゃない。
それはつまるところ、周囲からこの上なく意識されてるって意味でもあるからね。
マックイーンから1歩引いたところで、他のウマ娘たちはいっそ露骨なくらいに、マックイーンさんに意識を向けている。
敵視してるっていうか、もはや恨みがましい、親の仇を睨むような眼差しだ。
流石はここまで勝ち上がってきたウマ娘、絶対に一矢報いてやるというガッツに満ちてるね。
……まぁ、そんな敵意なんて何でもないように受け流されちゃってるけど。
しかし、意識されるってことは警戒されるってことでもあり、それはつまるところ、レース中にマークされやすいってことでもある。
そういう状況を上手く活用するネイチャのようなタイプならともかく、真正面から他を下すマックイーン先輩のようなタイプのウマ娘にとって、これはなかなかに不利な状況だ。
「うーん、マークされてそうですね。まぁ、マックイーンさんに限って心配の必要はないと思いますが」
「マックイーンだからね。勝つよ、絶対」
私の呟きに応えたのはトレーナーではなく、一緒にこのレースを観戦しに来た1人のウマ娘。
同じく雨合羽を羽織った私のライバル、トウカイテイオーだ。
URAファイナルズ準決勝までは「見る必要ないでしょ」と興味なさげだったテイオーだけど、数日前に聞いたところ、流石に決勝戦は見に行くとのこと。
私は半ば反射的に「一緒に行かない?」と誘い……結果として、今回は私と歩さんにブルボンちゃんと昌さん、そしてテイオーとのそのトレーナーさんという、なかなかの大所帯での観戦と相成った。
ちなみに、ネイチャとライスちゃんは中距離の方を見に行くということで不在。
もしあの陣営も長距離を選んでたら、これが更に4人増えてたかもだ。
三星揃い踏みな上に、今年のクラシックレースの有力候補までいるってなると、流石にかなり目立っちゃってただろうなぁ。
……まぁ、現時点でもかなり目立っちゃってるけどね。さっきもサインとか求められたりしたし。
しかし、テイオーが素直に誰かを評価するようなことを言うとは。
ちょっとばかり意外な気がする。
「流石のテイオーでも、マックイーンさんは評価の対象ですか」
「流石って何さ流石って。……そりゃ、マックイーンは春の天皇賞でぶつかることになるからね。ウィルムと一緒に警戒と評価の対象だよ」
「……へぇ」
ちょっと、びっくり。
以前のテイオーなら、こんなにも素直に返してこなかっただろう。
もうちょっと捻くれてたっていうか、「当然ボクが勝つけどね」っていう余裕や前提みたいなものがあったっていうか。
けど、今のテイオーには、そういった慢心がない。
勝つために、ただ淡々と私やマックイーンさんを警戒しているように伺えた。
ちらりと横顔を覗き見ると、彼女は真剣な表情で、マックイーンさんの方を眺めている。
負けるかハラハラしている……ってわけじゃない。
ただ、真剣に、見ようとしてる。
このレースから、何かを得ようと……学び取ろうとしているんだ。
……テイオーも、変わったんだな。
私が歩さんや彼女たちに出会い、少しずつ前向きになれたように。
ネイチャが彼女のトレーナーや私たちに出会い、レースに本気になれたように。
テイオーも……変わった。
恐らくは、私やネイチャ、マックイーンさんにとって、脅威的な方向へ。
そして私にとっては、心の底からワクワクする方向へ。
「ふふ、楽しくなりそうですね」
「ん? うん、そうだね。きっと良いレースになる」
私の言葉の意味が理解できていないテイオーは、どこまでも目の前のレースに集中していた。
* * *
『速い速い、速すぎるメジロマックイーン!! 突き抜けたまま脚衰えることもなくゴールイン!!
一騎打ちすら許さない、圧倒的強さ! 世代のスポットライトの1つが今、彼女を照らし出した!!
2着に8バ身もの差を付けて最強を証明! 勝ったのはメジロマックイーンだぁぁああーーッ!!』
実際に始まってみれば、そのレースは蹂躙と呼んでもいい有様だった。
マックイーンさんの足並みは、明らかなハイペース。誰もが彼女になんとか食らい付こうとして……けれど、届かない。
圧倒的な速度と、莫大なスタミナ。
複雑な技術すら介入しない地力で以て、メジロマックイーンというウマ娘は、ここに最強を証明した。
……いやしかし、とんでもないな、これ。
「テイオー。マックイーンさん、領域使ってませんでしたよね」
「……うん。多分」
そう。
スタンドから見ていた限り、マックイーンさんは今回、領域を使ってない。
いや、歩さんの言ってたことが正しいなら、「使ってない」じゃなくて「使えなかった」のか。
彼女の2着目の勝負服による領域は、まだ目覚めていない。……あるいは、その条件を満たせなかったのかもしれない。
領域を使えないことは、マックイーンさんにとって少なからぬデメリットだったはずだ。
更に言うと、彼女は他の17人のウマ娘たちに、徹底的にマークされてた。
早い段階でバ群に囲まれてしまい、その進路はかなり細く難しいものとなってたんだ。
……しかし。
それらのデメリットを加味した上で、8バ身差。
決定的な実力差がなければ、こんな数字は出てこない。
そりゃあトレーナーも「そうやすやすは負けない」って言うよね。
マックイーンさんはもう本格化も終わる時期で、しかし去年よりも更に洗練されてる。
技術も、意気込みも、レースへの熱も、益々上がるばかりだ。
私はそんな彼女と、天皇賞(春)で……ここから更に200メートル伸びた距離で、走るんだ。
どうすれば勝てるかな。
消耗させる? 脚を余らせる? それとも真正面からぶつかる?
そこに関わって来る外的要因は? テイオーはどう動いて、どう対処する?
考えれば考えるだけ楽しくなって、思考が熱を持つようだった。
……あぁ、これだよ、これ。
やっぱりレースって、これ以上ないくらい、楽しい。
「ウィルム」
名を呼ばれ、横にいたウマ娘の方を見ると……。
彼女は、未だターフの上にいるマックイーンさんの方を見ながら、静かにこう言った。
「大阪杯は貰うから。覚悟してよね」
……あー、もう。
みんなして、なんでそんなに、私を楽しませてくれるのかな。
「全力で追いかけて来て、私を捕まえてくださいよ。……できるものなら、ね」
心の底からの笑みを浮かべて、私はそう言った。
本当はもっとゆっくり進めるつもりだったんですけど、ちょっと巻きで。
尺の調整思いっきり間違えちゃったなぁ……。
次回は3、4日後。トレーナー視点で、今年最初のレースの話。
(追記)
誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!