並列創作は程々にしよう!(教訓)
逃げウマ娘にとって、総合的に見て最も肝要になるスキルは何か?
俺はこの問いに対しては、悩むこともなく「コンセントレーション」だと答える。
差しや追込ウマ娘にとって終盤が勝負になるように、逃げウマ娘にとってはスタートこそが勝負処だ。
逃げウマ娘は先頭を走るから、他のウマ娘たちに囲まれて進路を塞がれることもない。
良いスタートを切ったら、後は自分のペースで逃げるだけ。他の子に追いつかれないように疾走し続けるだけなんだから。
しかし逆に言えば、スタート時点で失敗すると……つまり出遅れてしまうと、悲惨なことになる。
バ群の中で走るのが苦手だから逃げを取る子が多いっていうのに、もしも出遅れて囲まれてしまったりすれば、調子が崩れることは避けられないからな。
逆に言えば、スタートの時点で失敗さえしなければ、逃げウマ娘はある程度の調子を保証されるということでもあるんだが。
そもそも逃げウマ娘でなくとも、ウマ娘にとっての一瞬一秒は非常に重要だしね。
コンマ1秒の差で1着2着が分かれることなんかしょっちゅうだし、それがスタートの差であることも決して珍しくない。
だからこそ、逃げや、そして先行。
前目の戦法を取るウマ娘にとって、スタートダッシュはかなり重要な技能であると言っていいだろう。
そういった思考があるからこそ、俺はこれまでに担当した2人のウマ娘に対して、まずは何よりそのスキルを覚えさせた。
「コンセントレーション」。
「集中力」の上位であり、抜群のスタートダッシュを切るための上位スキルを。
……で。
今、俺の視界には、2人の「コンセントレーション」持ちのウマ娘が映っている。
片や、俺がそれを教え込んだ担当ウマ娘、ミホノブルボン。
片や、1か月前までは「集中力」すら持っていなかったはずのブルボンのライバル、ライスシャワー。
G2、スプリングステークス。
まだまだ上位スキルを持っていない子も珍しくないクラシック級の3月末、まるで示し合わせたように同じスキルを所持した2人のウマ娘たち。
これは果たしてただの偶然か、あるいは運命か……。
……なんて、そんなわけがない。
これは明らかに作為的な一致だ。
「ウィル、君、ライスに何を教えた」
「え? あー、いや、別に」
「『コンセントレーション』」
「お見通しですか……」
てへ、と可愛らしく舌を出す、俺の最初の担当ウマ娘。
その様子は……まぁ、ぶっちゃけ言えばかなり可愛いけども。
それはそれとして、やってくれたなぁとは思う。
この世界におけるスキルは、前世アプリと違って、ポイントを使えば簡単に取れるようなものじゃない。
長い歴史の中で培われた技術が体系化された、謂わば先人たちの汗と涙の結晶とも言えるものだ。
コンセントレーション1つを取っても、特別な才覚に頼ることなく誰もが使える、これ以上ない程のスタートダッシュ技術。
当然ながら、これがスキルとして確立されるまでの間には多くの研鑽と挫折があったようだし……。
今でも習得しようと思えば、並みのウマ娘なら半年、要領の良い優駿でも2、3か月程度の特訓が必要になるような、トップアスリートからしても高度な技術……だった、はずなんだ。
……まぁ、中には1週間なんて短期間で身に付ける、とんでもない天才ウマ娘もいるわけだけど……。
それは多分、彼女のかつてのコンディション「命がけ」や「切れ者○」が働いた結果だろう。
特別なコンディションを持たないライスが、とんでもない短期間でこれを身に付けてるのは、ウィルの影響としか思えない。
原理は未だ不明だが、ウマ娘は他のウマ娘と走ることで、その能力を大きく伸ばすことが知られている。前世アプリで言うところのサポートカードによる友情トレーニングにあたる部分だな。
それがあるからこそ、俺は前世アプリのサポートカードという概念が、この世界にも何らかの影響をもたらすことがあると考えていたわけだが……。
ひょっとすると、サポートカードホシノウィルムは、イベント完走で「コンセントレーション」のヒントを貰えたりするんだろうか。
……うん、もうそういうことで納得しておこう。
流石にウィルの教育力が俺たちトレーナーを上回っているとは思い辛いし、これもまたもやウマソウルに関わる何らかの特異な現象だろう。
なんかこう、魂が共鳴? とかして、感覚共有? とか、そういう感じで技術の習得が早くなるとか、そんな感じだろうな。
正直なんもわからんけども、今はもうそういうことだって自分を納得させるしかない。
思わず渋い顔をしてしまった俺に対し、ウィルはちょっと焦ったようにわたわたする。
「い、いや、その、歩さんから許可も出たし、ライスちゃんを強化するならまずここかなーって……」
「ひとまず、俺の教えがしっかり生きているようで、そこは嬉しいよ。
まぁ、ミホノブルボンのトレーナーとしては、少しばかり頭の痛い展開になったが……」
「もしかして、ちょっとやりすぎましたかね……?」
「……いや、君が気にする必要はない。要は俺がブルボンをもっと強くすればいいという話だからな」
いや、これに関しては本当にその通り。
トレーナーは、競走ウマ娘を鍛える専門職だ。
一般人よりも、そして当然ウマ娘よりも、俺たちこそが競走ウマ娘の力を引き出してやれる。そうでなくてはならない。
だからこそ、ウィルがそんなことを心配するまでもなく、俺はミホノブルボンを鍛え上げ……。
必ず、クラシック三冠を獲らせる。
彼女の願いを、望みを、夢を……叶えるんだ。
そのためにも、受けたショックは程々に切り替えて、ちゃんと目の前の彼女たちを見なければ。
俺は軽く頭を振り、ウィルを安心させるように頭を撫でた。
「わ……えへへ」
「『コンセントレーション』は非常に強力な技術だが、それ1つで戦局を左右する程ではない。
君が教えたというのなら納得だし、そこに関してとやかく言うつもりはないよ」
実際、ライスシャワーの上位スキルは「コンセントレーション」と「弧線のプロフェッサー」の2つだけだが、ブルボンは「コンセントレーション」「先手必勝」「全身全霊」、そして今回は発動しないが「切り開く者」の計4つ。
ステータスに至っては、スタミナ以外は全てブルボンの方が高い。
ウィルがライスに肩入れしても、未だブルボンの有利は崩れてはいないと言っていい。
……というか、やっぱりブルボン、ちょっとおかしいんだよね。
ウィルの「一生けん命」のような特殊なコンディションがあったり、「アプリ転生」で見ても表記上の成長率が高いわけでもないのに、ステータスの伸びが異常だ。
俺はウィルのおかげでだいぶ感覚が壊れてる自覚があるんだけど、そんな俺をして「……なんかおかしいな?」と気付けるレベル。
恐らくは彼女の育ちやすい体質と……あとはウィルと一緒にトレーニングすることで良い影響が出ているんだと推測できる。
結果、現段階において、素のステータスでブルボンを凌駕するウマ娘は、彼女の世代には存在しない。
そして技術の面では、俺がきちんと支えているので問題はなく。
問題になって来るのはやはり適性と掛かり癖だろうが、今回はマイルレースだから適性不足もなく、掛かり癖も改善の様子を見せている。
「アプリ転生」で見ても、今回はライスが領域を習得しているようなことはなさそうだし、ブルボンが壮絶に事故ったりしない限りは問題なく勝てるはずだ。
……あくまで今回は、だが。
* * *
『さぁ、皐月賞を目指すウマ娘たちが集いました中山レース場、G2スプリングステークス。
天気は生憎の雨、バ場状態は重バ場の発表です。
弥生賞、若葉ステークスと並ぶ、皐月賞への優先出走権を賭けたトライアルレース。今年のトライアルは全体的に荒れているように思えますが、どうなるでしょうか』
『本日の1番人気は栗毛の新星、コンテストライバル! 5戦3勝の好成績、鋭いキレのある末脚が評価された形になりましたね。
一方、ここまで無敗のジュニア級王者ミホノブルボンは2番人気に甘んじる形となりました。やはり距離適性への不安と朝日杯の大幅な掛かりが不安視されたのでしょう。
そして3番人気は逃げ宣言サクラバクシンオー。短距離において鬼のような速さを見せつけてきた彼女は、1800メートルでも結果を残せるのか?
個人的にはこの3人に注目したいところですね。番狂わせがあるとすれば、気合が入っている6番人気ライスシャワーでしょうか』
実況の声に、俺は思わずターフの片隅へと視線を走らせる。
そこにいたのは鹿毛の逃げウマ娘、3番人気のサクラバクシンオー。
今日も今日とて元気に伸びをする委員長系ウマ娘であり……。
……俺にとっては、結構思い入れの深いウマ娘でもある。
時は前世、俺が友人に誘われて、アプリウマ娘を始めてすぐの頃。
なんとかダイワスカーレットを勝利させることはできたものの、どうにもURAファイナルズの攻略が安定せず、俺はほとほと困り果てていた。
アプリウマ娘はそのシステム上、育成をしなければサポカを育てるマニーが手に入らない。
しかし、その育成をクリアできるだけ育ったサポカがない。
つまりは、サポカを育てるために必要なマニーを稼ぐために育成をするために必要なサポカを育てるために……という悪循環が発生していたのだ。
この問題に風穴を開けてくれたのが、何を隠そうサクラバクシンオーことバクちゃん委員長。
複雑怪奇なシステムを理解せずとも、スピードサポカを積み込んでスピードトレーニングしてれば勝てるというシンプル極まりない脳筋っぷりで、俺のマニー不足問題を一気に解決してくれた。
恐らくはウマ娘をやったことがある人ならば誰もがお世話になっただろう、1200メートル3本ノックの覇者、偉大なる長距離(長距離ではない)逃げウマ娘。
それこそがサクラバクシンオーその人、もといそのウマなのだ。
実際、この世界でもバクちゃん委員長は非常に強い。
これまでに走った1200メートルのメイクデビュー・オープンレースでは、4バ身差と5バ身差の圧勝を刻んでいる。
3戦中2戦で4バ身差以上の勝利となると、そりゃあネームドにもなるという戦績。
彼女とスプリント勝負をして勝てるウマ娘は、恐らく同期の中にはいないだろう。
……が。
バクちゃん委員長が無敵なのは、あくまで短距離での話だ。
当然ながらこの世界でも彼女のことには注目していたが、やはりその適性距離は1600メートル程度までだろう。
……いや、ぶっちゃけ現状のステータスだと、1600も厳しいか。
実際今年1月の1600メートルのオープンレースでは、惜しくも2着に敗れてしまったし。
やはりこの世界でもバクシンしているのか、彼女のステータスはスピードに特化し、若干パワーが高い程度だ。
スプリングステークスの1800メートルを走り切るだけのスタミナは……残念ながら、ないと判断するべきだろう。
まぁこの辺は、「アプリ転生」があるからわかることなんだけども。
彼女がこれまでに走った公式レースの最大距離は1600メートルのオープンレースで、そこではアタマ差の2着と好走を見せていたわけで。
適性不足は否めないとはいえ、それはミホノブルボンも同じこと。
バクシンオーならこの距離も走るのではないかと、そう思われたからこその3番人気だ。
とはいえ、中長距離用にスタミナ・根性を育てて来たブルボンとは、この距離における地力が違う。
実際は最終直線以降から減速し、沈んでしまうことになるだろうが……。
さて、そんな一方。
G2とは思えないくらいにネームドの多いこのレース、ブルボンとバクシンオー以外のネームドで言えば、マチカネタンホイザとライスシャワーが参戦している。
……が、意外と彼女たちの人気は振るわず、マチタンが4番人気、ライスに至っては6番人気だ。
G1級のウマ娘の人気は、クラシックレースや八大競走で形作られることが多い。
なのでこの時期のウマ娘には特定の子に人気が集まり辛く、また出走レースの数が少ないからこそ実力も測りづらい。
勿論、公開トレーニングや当日の仕上がり具合である程度判断は付くだろうが、判断材料が少ないことに変わりはない。
結果として、この時期の人気はあまり着順に関係しないこともあるわけだ。
実力だけで判断するのなら、今回のスプリングステークスは……ぶっちゃけブルボンが突出して、他はかなり微妙なところ、というのが俺の所感だった。
ウィルのサポートもあってか、ステータスやスキルの面ではライスが頭1つ抜けてはいるが、残念ながら彼女のマイル適性はC。そこを加味すれば、他のウマ娘よりか少し前に出る程度だろうか。
出走ウマ娘の次は、今日のレースの環境周りを見るべきだろう。
今日のような重バ場の環境下では、逃げや先行のような前目の作戦の子が有利になる。
更に言えば例によって例のごとく中山の直線は短く、後ろのウマ娘たちは間に合わないかもしれない。
スタートからコーナーまでもそこそこ長いし、距離もそこまで長くはない。かなり逃げや先行に有利な形になったな。
強いて言えば。残り200メートルから高低差2メートルの坂があるので、この重バ場に脚を取られてスタミナを消耗し、そこで減速してしまえば不利にはなるだろう。
ミホノブルボンが掛かってしまうと、少しばかりマズいだろうが……。
「コンセントレーション」と「先手必勝」を習得したことにより、彼女のスタートダッシュは殆ど完成したと言っていい状態だ。
そこで差を広げ、後は彼女の目指すハイペースで一定のラップを刻んだ走りさえ実現できれば、周りはそれに釣られて潰れてしまう。
彼女に唯一抗えるスタミナがあるのはライスだが、やはり先述のマイル適性の低さがあり、ブルボンに追いつける程ではないだろうと推測できる。
何か事故でも起こらない限り、ブルボンが1着、続いて最低でも4バ身、最高で8バ身程度差を付けて他の子がゴールする形になるだろう。
2着に滑り込むのはライスシャワーの可能性が最も高いが、彼女自身1800メートルを走るのは初めてのこと。
果たしてどこまで冷静に走れるかで決まって来るが、今のライスシャワーは絶好調と言っていい状態。恐らくは彼女がブルボンに次ぐ形になるか。
* * *
……と。
いつものように、俺が今回のレースの展開予想を話していると……。
それを聞いたウィルは「まだ鍛え方が足りなかったか……」と顎に手を当てて考え込んでしまった。
察するに、もっとライスを鍛えれば良かった、とか思ってるんだろうな。
いや正直、基礎ステータスの向上と「コンセントレーション」の伝授だけでも、かなり強化は入ってるんだけどね。
ぶっちゃけウィルがいなかったら、ライスは今回のレースで2着にもなれなかった可能性が高いし。
……とはいえ、その強化もそろそろ打ち止めだろうか。
ウィルには先行の走り方を教えたことはないし、そのスキルも逃げに特化してる。
ステータスの面はさておいて、スキルの伝授は難しくなってくるんじゃないだろうか。
「コンセントレーション」の他は……あぁいや、「全身全霊」とか「円弧のマエストロ」とかもあったな。全然油断できないぞこれ。
まず「全身全霊」だけど、ライスの末脚が強化されるのはかなり怖い。
ダービーの開催される東京レース場は最終直線が長いし、菊花賞は3000メートルと距離が長い。
総じて逃げ切りの難しいレースだ。そこで「全身全霊」が発動すれれば、差し切られてしまうリスクがかなり高くなる。
一方で「円弧のマエストロ」で息の入れ方を学ばれるのも、それはそれで脅威だ。
ただでさえ高いライスの持久力が伸びれば、それだけ菊花賞終盤の爆発力が恐ろしくなる。
ブルボンがスタミナを削られて、なおかつライスが万全な状態で最終直線に入れば、そこにあるのは敗北の2文字だ。
実際前世アプリ、というか前世の史実ではそうなってしまったわけで、ここに関してはしっかり注意を払わなければならない。
……いや、ほんとにどうしようかな、これ。
前世アプリでのライスのことを考えれば、彼女が菊花賞で領域に目覚める可能性は決して低くない。
少なくとも、ブルボンの長距離適性がCのままでは、彼女に負ける可能性は無視できないレベルになる。
できればAに、そうでなくとも最低限Bに上げなければならないだろう。
さて、ウィルの呟きに対して思わず苦笑を漏らしてしまった俺だったが……。
その隣では、昌も昌で微妙な顔をしていた。
「相変わらずというかなんというか……どうしたらそんな予想できるの?」
「ん……まぁ俺にはアレがあるし、あとはデータを集めて計算していけば」
彼女の問いには、軽くぼかして答える。
今は横にウィルがいるし、「アプリ転生」なんて突飛な名前を出すわけにはいかないからな。
昌は俺が転生者であることや、「アプリ転生」という謎の力を持っていることを知っている、現状この世界唯一の人間だ。
担当には勿論、他の人にはそれを話さない方針も知ってるから、俺が言葉をぼかしたことで逆説的に「アレ」の正体を察してくれるだろう。
……しかし、いくら誤魔化そうとも、ウィルが小首を傾げることは避けられなかった。
「? アレってなんです?」
「いや、俺の観察眼の話だ」
「あー、歩さんの観察眼、天性のものっていうか……もはやチートじみてますもんね」
「ん゛ん゛っっ!!」
「えっ、あれっ!? 大丈夫ですか!?」
い、いや、ただの偶然だよね?
天性……チート……。
まさか察されてるとか……そんなことはない、よね?
* * *
さて。
そんなことを話している内、出走の時間が近づいてきた。
G2、スプリングステークス。
俺たちの陣営の今年最初の公式レースであり、ブルボンのクラシックロードの行く末を占うものであり、俺が見たレースの中では、恐らくあの有馬記念の次にネームドの多いレース。
1枠1番、ミホノブルボン。
2枠3番、ライスシャワー。
2枠4番、サクラバクシンオー。
4枠7番、マチカネタンホイザ。
ティアラ路線を進むニシノフラワーを除けば、彼女たちの世代のネームドが勢揃い。
ミホノブルボンは、紛うことなき優駿だ。
その血こそクラシック三冠には向かない無名のものだが、彼女の身体的素質は「群を抜いて」という言葉が適切な程に高い。
マイル距離、1600メートル付近で戦えば、それこそ生涯無敗を貫き得るくらいに強力無比。
そんな彼女を、決して向かない中長距離で走らせるんだ。
俺はトレーナーとしての責任を持って、できる最大限のことをして、彼女を支えなければならない。
ミホノブルボンというウマ娘を知り、鍛え、試し、仕上げる必要があるのだ。
今日のスプリングステークスは、その「試し」の部分。
俺が予測する彼女の最適距離の1600メートルから、200メートル伸びた距離。
サクラバクシンオーという強力な逃げウマ娘との競り合い。
これらの条件を越えてなお、彼女が最高の走りを見せることができれば……。
それはきっと皐月賞の、そして日本ダービーと菊花賞の勝利への、最初の一歩となり得る。
だからこそ、俺はこのレースを、少なからず緊張感を持って見守り……。
……しかし。
『スタートしました! 18人綺麗に揃いました、中でも抜けたのはミホノブルボン、先行争いは内から押しましてミホノブルボン出て行きます!
次いでサクラバクシンオー、この2人が抜けましたがサクラバクシンオー届かないか?』
『第1コーナーカーブに入ります。コンテストライバルは現在後方から4番手の位置、ナルキッソスはやや後退しています。
早くも第2コーナーを迎えまして抜けましたのはミホノブルボン、リードは3バ身!』
『ミホノブルボン、恐ろしく冷静な走り。朝日杯の失敗が堪えたか、掛かる様子を見せず淡々と、ややハイペースなスピードを維持しています』
『栗毛に続くはサクラバクシンオー2番手、ライスシャワーが3番手。続いて内を突いてジュエルルベライトという形で向こう正面の直線です』
『800を通過、第3コーナーに入って先頭は変わらずミホノブルボン。負けじと追い上げるサクラバクシンオー、その差はしかし2バ身と少しといったところか。
そこから3バ身程離れてライスシャワー、内に突いた小さな黒鹿毛がしっかりと前を見据えているぞ。
その更に後は1バ身程空いて、するすると上がってきたムシャムシャがここにいる!』
『さぁ第4コーナー外からマチカネタンホイザが上がってきた! その外にはやはりコンテストライバル! 好位固まって400の標識を通過! 殆ど一団固まって第四コーナー抜けて今、直線に入りました!
内を走るミホノブルボン先頭で再びその差が大きく開く、疲れを知らぬ疾走でその差は今5バ身か、これは強い!
番手は混戦少し抜けてライスシャワーがジリジリ追い上げているが果たして届くのか!?』
『既に200も通過しました、逃げ切り態勢濃厚ミホノブルボン! ライスシャワー追い上げるがしかし距離はなかなか縮まらない!
これは圧勝ムード、衰えぬ脚でそのまま綺麗にゴールイン!!』
『2着入線ライスシャワーに4バ身の差を付け、その強さを見せつけました!
素晴らしき脚の速さ、成長の早さ! 距離適性という大きな壁を越え、皐月賞を制するのは彼女になるのか!?』
『昨年ホシノウィルムに続いて、血統を越えた勝利を見せてくれるのかミホノブルボン。新たな伝説の樹立に期待が高まりますね』
……心配する必要、なかったな。
あの日「成長をお見せします」と言った彼女は、その言葉通りに、素晴らしい走りを見せつけた。
完璧と言う他ないスタートに始まり、追走するサクラバクシンオーの存在を感じていないかの如き冷静沈着な走り、殆どペースも乱さない定速に近いペース、そして最後までしっかりと残された脚。
その結果、ミホノブルボンが刻んだのは……。
自分の適性距離から200メートル離れたG2で、あのネームドたちを相手に、余裕の4バ身差の勝利。
「……いや、すごいな、これは」
ミホノブルボン。
彼女は、どこまで伸びるんだろう。
あの素晴らしく素直な脚は、限りなく正確な走りは、果たしてどこに辿り着くんだろうか。
皐月賞?
日本ダービー?
菊花賞?
……あるいは、もっと先まで?
「兄さん? ブルボンさんを迎えに行かないと」
昌に呼ばれ、ぼんやりとした夢想から戻って来る。
あぁ、そうだ。
あの素晴らしい走りを終えたブルボンを迎えに行って、そして……。
俺から改めて、彼女に願わなければ。
* * *
そうして俺は、地下バ道に戻ってきた、少なからず疲弊した様子のミホノブルボンに、ひとまずその場で息を整えるように伝えて……。
肩を上下させ、こちらの言葉を待つ彼女に、言う。
「素晴らしい、思わず見惚れてしまう走りだった。
改めて、ミホノブルボン。……俺に、君と同じ夢を見せてくれ」
その言葉を聞いて……。
ミホノブルボンは、彼女にしてはとても珍しいことに、薄っすらと笑みを浮かべた。
「はい、よろしくお願いします、マスター。
私の夢を……私と父と、マスターの夢を。
どうか、共に」
堀野歩トレーナーにとって2人目の担当ウマ娘、ミホノブルボン。
彼女との、トレーナーとウマ娘としての関係は、今、ようやく軌道に乗りました。
ちなみにそれを真横で見ながら、ウィルはとんでもなくモヤモヤしています。
そりゃいつかはそうなるだろうって思ったけどさぁ! 祝うべきことだけどさぁ! そういう意図がないってこともわかってるけどさぁ! それでも好きな人が女の子と親密にしてるとなんかヤだなぁ!
次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、迫る大阪とRe:最強の話。
(追加)
誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!