転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 前回のあらすじ:堀野君の視線がブルボンに釘付けになった。そしてウィルはそれを隣で見ていた。





楽しいレースを見たり想像して脳を守ってね

 

 

 

 わかってたことではあったんだ。

 いつかトレーナーは、担当ウマ娘を増やすって。

 

 

 

 そもそも歩さんは、スンってしてるように見えて、案外ウマ娘のことを好きなんだと思う。

 今までは初等部の頃の因縁故に楽しむ余裕がなかっただけで、本質的にはウマ娘のトレーナーとして必要な「愛」みたいなものを持ってる感じがするんだ。

 

 実際、昌さんから定期的に仕入れている情報によると、最近の歩さんは楽しそうに仕事してるらしい。

 以前までのように淡々と作業的にこなすのではなく、テンションに浮き沈みが見られるようになった。

 特にあなたのトレーニングを見に行く時は、露骨にワクワクしている、とのことで。

 

 ……正直、めちゃくちゃ嬉しい。

 好きな人に気にされて嫌な乙女なんていないもん。

 私が歩さんを男性として気にしているように、歩さんの方も私のことを、一人のウマ娘として見てくれるようになった……というのは、ちょっと気が早いと思うけど。

 それでも、私を特別に見てくれているのは間違いないわけで……うん、やっぱり嬉しいな。

 

 と、私の感想はともかくとして。

 そんな風に、歩さんがトレーナー業を楽しめるようになったのは、多分……。

 

 彼が、トラウマの発端になった記憶を、忘れてしまったせいなんだろうな。

 

 

 

 昌さん曰く、歩さんはあの事故で、初等部の頃の記憶を忘れたのだという。

 体は殆ど無事だったけど、頭を強かに打ったせいで記憶障害を……それも一時的ではない、不可逆的な記憶の欠損を起こしたのだと。

 

 私は、辛い過去は受け入れ、乗り越えるべきものだと思ってる。

 過去は変わらない。過ぎ去っていった今は、決して覆せない。

 だからこそ、あの宝塚記念の日に、たくさんの人たちに貰った温かさで、ちゃんと両親との過去と向き合って認識したように……。

 どれだけ辛くともそれに向き合って、自分の糧にするべきだ、と。

 

 でも、歩さんの過去は失われてしまった。

 もう彼は、それを思い出すことも、受け入れることもできない。

 だからそれを聞いた時、私は思わず、ちょっと微妙な顔をしてしまったんだけど……。

 

『兄の過去は、あなたのものとは違う。どうしても正には繋がらないものなんです。

 あなたとは違う意味で、それは届かない、手の伸ばしようのないものだから……。

 だからといって、忘れていいというわけではありませんが……それでもきっと、これは兄さんたちにとって、前に進む唯一の方法だったんだと思います』

 

 昌さんにそう言われて、そのどこか思い詰めたような表情を見て、受け入れざるを得なかった。

 

 

 

 昌さんは歩さんと、大きな年の差がない。

 ということは、初等部の頃は普通に一緒にいた記憶があったはずで……。

 その記憶が、家族として一緒にいた記憶が消えたんだ。辛くないはずがない。

 

 2人は一見険悪なようで、その実かなり仲が良い兄妹だ。

 昌さんは歩さんにツンケンしてるように見えるけど、ああ見えて家族への愛情は深い方っぽいし。

 歩さんの方も、この前ご実家にお邪魔した時のことを考えても、家族にはかなり優しくしてた。

 

 妹はずけずけと兄の駄目なところを指摘できて、兄は苦笑してそれを受け入れるような、温かな関係。

 それを一言で表現するとすれば……やっぱり「仲の良い兄妹」というのが妥当なところだと思う。昌さんは嫌そうな顔をするかもしれないけど。

 

 そんな兄に、一部分とはいえ自分のことを忘れられて、平気なわけもない。

 昌さんが感じている精神的な苦痛は、私の想像をはるかに超えているだろう。

 そんな彼女が受け入れているんだ、私がとやかく言うわけにもいかないよね。

 

 そもそも、アレは偶発的な悪意と事故で起こったことだ。歩さんが悪いわけじゃない。

 忘れてしまうっていうのは悲しいことだけど……それでも、歩さんが前向きになれたっていうのは、私からすればとても良いことだし。

 

 だから私は、ただ今の歩さんを受け入れたんだ。

 

 

 

 ……と、そんなこともあって。

 歩さんは、前よりも幾分か前向きになったと思う。

 

 トレーナー業を「しなければならないこと」と義務的に捉えてたあの人が、今は自分から私に向き合ってくれるんだもん。

 私としては、そりゃ当然すごく嬉しい。

 

 嬉しい……が。

 

 それは同時、歩さんがその内に隠し持っていた、ウマ娘好きの本性が出てしまうということでもあって……。

 そうなれば、ブルボンちゃんのあの走りを見て、感動しないわけもないんだよね……。

 

 

 

 今日開催されたG2レース、スプリングステークス。

 あそこのブルボンちゃんは、ちょっとばかりすごかった。

 

 もうちょっと育てば私に届いたかもって思う程のスタートダッシュ。

 最後の最後まで変わらなかった、一定ペースでの隙のない疾走。

 掛かり癖も乗り越え、距離の適性すら関係ないと言わんばかりに走る姿は、一種芸術的ですらあった。

 

 正直、私でさえブルボンちゃんから目が離せなかったくらいだもん。

 まだまだ本格化も1年、彼女の成長はこれからだ。

 果たしてブルボンちゃんは、どこまで上って来てくれるんだろう、どれだけ私を楽しませてくれるんだろう、って。

 

 適性的には、マイルが主戦場になるかもしれないブルボンちゃんと、ゴリゴリのステイヤーである私は、あんまり相性が良くないんだけど……。

 それでも、中距離……2000メートルの大阪杯とか2200メートルの宝塚記念、2400メートルのジャパンカップあたりなら、お互いイーブンな条件で走れるはずだ。

 

 シニア級まで上がって来てくれたブルボンちゃんと、そこで全力を出し合って競う。

 1人の大逃げウマ娘と1人の逃げウマ娘として、互いに全力を振るう……。

 うん。考えるだけで、胸の底から熱いものが込み上がってくるね。

 

 

 

 ……が。

 彼女の走りに感動しているのは、何も私だけではなかった。

 

 スプリングステークスが終わり、ブルボンちゃんが4つめの勝利を刻んだ後。

 私が「すごかったですね!」と共感を求めようとして歩さんの方を向いた時……。

 

 歩さんは、ゴール板を越えたブルボンちゃんを見ていた。

 

 

 

 今まで、私だけに向けてくれていた目。

 その走りに惚れた、担当ウマ娘に向ける目で。

 

 

 

 ……実際のところ。

 歩さんは今まで、ブルボンちゃんのことを本当の意味で「担当ウマ娘」として見てはいなかった。

 いや、確かに担当という意識はあったんだろうけど……何と言うべきかな、この辺。

 

 例えるなら、私が宝塚記念を走るまでの歩さんの意識が近いかな。

 確かに担当契約してるけど、それだけだけの関係、みたいな。

 

 全力で支えるし、責任も取る。契約トレーナーとしてすべきことはきちんと……というか、普通の300%くらいにこなす。

 けど、そこから先の一線は、決して踏み越えない。

 

 自分がそのウマ娘に釣り合わない、あるいは自分以上にその子を伸ばせる人がいると思えば……。

 もしくは、ウマ娘の方から契約の打ち切りを求められれば。

 悩むこともなく、それを受け入れる。それがその子のためになると信じて。

 

 正しい意味で、「競走ウマ娘をサポートする契約トレーナー」。

 歩さんは原則的に、その一線を越えることはない。

 

 つまるところ、歩さんの中に、その子への「執着」が生まれていないんだ。

 自分の方から「この子を担当したい」「この子を支えて共に走りたい」と想ってはおらず、ただ「その子をより速く、強くさせなければならない」と認識しているだけ。

 だからこそ、自分以外のトレーナーが担当することになろうと構わない。それでその子が伸びるのなら、何の問題もない。

 

 宝塚記念を走るまでの、歩さんから私への意識は……。

 そして、スプリングステークスが終わるまでのブルボンちゃんへの意識は、そういう状態のものだった。

 

 

 

 けど……。

 スプリングステークスで、状況が変わった。

 ブルボンちゃんの、あの機械的な美しい走りが、状況を変えてしまった。

 

 あのキラキラした目。

 歩さんにしては幼い、シンプルな憧れの色。

 それを見た瞬間、私は歩さんの中に、ブルボンちゃんへの執着が生まれたのを察した。

 

 まぁ、あんなに良い走りを見せられちゃ、トレーナーとして疼くってのは当然の話かもしれない。

 殊に、今の歩さんは長年苦しめられた記憶を捨て去って自由になった直後だもん。

 

 トレーナーは自覚はどうあれ実際の能力はめちゃくちゃ高いわけで、あのブルボンちゃんの走りを見ても、もっともっと上に導く方法をたくさん思いつけるんだろう。

 だから、彼女がどこまで行けるのか、どこまで自分は彼女を支えられるのか……。

 そう思うことがあっても、なんらおかしくはない。

 

 

 

 おかしくはない、が。

 

 これにて、歩さんの担当ウマ娘が、正式に1人増えたことになる。

 それはつまるところ、「歩さんが自分から(担当であることを)唯一求めてくれるウマ娘」という私の最大の恋愛的アドバンテージが崩れてしまう、ということでもあるわけで……。

 ブルボンちゃんの先輩としては当然嬉しいんだけど、歩さんのことを好きな1人のウマ娘としては、すごく頭が痛いことになっちゃった。

 

 ……わかってはいたんだよ、いつかこの日が来るってことは。

 歩さんが私を求めるようになってくれたのは、宝塚記念での走りで魅せたから。

 逆説的に言えば、歩さんを惚れさせる走りさえできれば、本質的にウマ娘が好きな歩さんはその子を担当にしたくなる。その子を支え、共に夢を叶えたくなってしまう。

 だから、いつかは担当ウマ娘が増えるってのも、覚悟していた……はずだったんだ。

 

 

 

 でも実際に歩さんがあの目を他のウマ娘に向けてるってなると、すごく、なんかこう、心に来るものがあるんだよね!

 これが……この胸に来るこの感じが、NTR(寝取られ)……ッ!?

 ぐぬぬぬぬ……。モヤモヤする……! 胸の中がムカムカする……! あとなんかこれずっと味わってたら癖になっちゃいそうでちょっと怖い!

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ふぅ……」

 

 そんなわけで、スプリングステークスの日の夜。

 私はライトNTRの心地を味わいながら、自分の住む寮に帰っていた。

 

 

 

 歩さんの陣営では、レースのある日は基本的に全休となる。

 出走ウマ娘であるブルボンちゃんは疲労が蓄積しているし、観戦していた私もその熱に浮かされて無茶をしてしまう可能性があるからだ。

 スパルタと言われがちな歩さんだけど、基本的には慎重というか、ウマ娘の怪我絶対許さないマンなところあるからね。自主トレも最小限って約束するまでは許してもらえないレベル。

 

 更に言えば、最近は昌さんの提言で、レースの後は祝勝会が開かれる。

 別日になることもあるけど、当人さえ調子が悪くなければ、当日の夜に行われるからね。

 流石にこの手のお祝いを「トレーニングするから行きません!」は……うん、感じ悪いよね。

 

 そんなわけで今日は、ブルボンちゃんのウイニングライブが終わった後、祝勝会として結構お高めらしいバイキングに行ってきた。

 

 主役のブルボンちゃんは、レースで失ったエネルギーの補給と言わんばかりに、陳列されたものを消し去る勢いで料理を口に放り込んでた。

 あれを処理しきれるとは、すごいなウマ娘の胃と消化器官。自分で言うのもなんだけど。

 まぁブルボンちゃんはウマ娘の中でもかなりの……それこそスペ先輩やオグリ先輩に次ぐレベルの健啖家だ。彼女の胃が殊更に強いだけかもしれないけど。

 

 一方で歩さんと昌さんは、ブルボンちゃんの様子に苦笑しながら、名家の出らしく気品のある様子で舌鼓を打ってた感じ。

 お皿を持ってる立ち姿すらシュッとしててカッコ良いんだよなぁ。

 やっぱりアレか、教育による自信の賜物だろうか。

 三冠を獲って以来なんか気品のあるパーティにお呼ばれされる機会も増えた私だけど、あれだけの余裕を身に付けられるのはまだまだ先になりそうだ。

 

 で、そんな私はと言えば、色んなものにチャレンジしてみた。

 いやぁ、何と言うか、高級な食事って、こう……味が薄いよね。

 いや、薄いっていうか、不思議っていうか、いや、こういうのは繊細な味って言うのかな。間違いなく美味しいんだけど、普段は食べない味すぎて首を傾げることが多かった感じだ。

 こういうのを貧乏舌って言うのかな? まったく、我ながら庶民派な三冠ウマ娘だよ。

 

 

 

 ……さて、そんな祝勝会も終わってようやく寮に帰る頃には、既に日も落ち切って。

 玄関あたりでブルボンちゃんと別れた後、私はため息を吐きながら自室に戻った。

 

 あー……前世でオタクやってた頃は、まさか異世界転生するとは思ってなかったんだよな。

 そして自分がウマ娘になってトゥインクルシリーズに参加するとも思ってなかった。

 で、当然のことながら、まさか自分がNTRる立場に回るとも思ってなかったわけで。

 

 時間を空けても、やっぱり思考はそこに戻って来るわけで……。

 どうしたもんかなぁと、どうしようもないことがわかっていながら、思わず眉間を揉んでしまう。

 

 元々、歩さんを独占できるとは思っていなかった。

 だからこそあの日も、「私は歩さんのウマ娘だ」とは言っても、「歩さんは私だけのトレーナーだ」なんてことは言わなかったんだ。

 

 だって歩さんはトレーナー、それも超絶優秀なチートトレーナーだもん。

 例外的にすぐ専属契約を許されたり、2年目にして2人目の担当契約を許されてるって辺り、その異次元さがよくわかる。

 いずれ複数のウマ娘を担当するってことは、当時の余裕のない私ですらわかってた。

 

 もしも私が生まれるのが10年くらい遅かったら、歩さんは既に何十人というウマ娘を抱えるチームトレーナーだっただろう。

 私が歩さんの最初の担当になれたこと、ここまで1対1で向き合えてたってことは、ただの偶然の産物に過ぎなかったのだ。

 

 わかってる。

 私は理解ある転生チートウマ娘。そんなことは当然ながらわかってるんだ。

 

 ……わかってるけどぉ!

 やっぱNTRは辛いよぉ! 脳が壊れるよぉ!

 

 くそぅ……この状況を乗り越えるには、もはや走り以外の部分で、つまり1人のウマ娘として歩さんを惚れさせるしかない……!

 数いる担当ウマ娘の中でもたった1人の唯一無二、絶対的なパートナーって認識させるしか……いやしかし、あの歩さんにどうすればそう思ってもらえるだろうか。

 私、すごい速いことと転生チート持ってる以外は割と普通のウマ娘だし……後者を歩さんに明かすのは、流石にちょっと勇気がいるし……。

 

 

 

 そんな風にうだうだと考えながら、私が自室のドアを開くと。

 

「……ウィルちゃん、おかえりなさい」

 

 そこには、既に帰って来ていたらしい、ミーク先輩の姿があった。

 

 ハッピーミーク先輩。

 私がこのトレセン学園に来て最初に仲良くなった、共に栗東寮に暮らすルームメイトであり、尊敬できる先輩でもあるトゥインクルシリーズ現役のウマ娘。

 いつもぼんやりぽやぽやしている印象のある彼女は、今日も今日とてこっちを見てるのか遠くを見てるのかよくわかんない視線を投げかけて来た。

 

「ただいま、です。今日は遅くなっちゃいました」

「……ブルボンちゃんの祝勝会、ですよね。……私もテレビで見てました、スプリングステークス」

「ミーク先輩も見てくれました? 我が後輩ながら、かなり強い勝ち方でしたね」

「……影も踏ませぬ勝利、お見事です」

 

 相変わらず表情の移り変わりの少ない先輩だけど──あぁいや、これに関しては仮面を被ってる私が言えたことじゃないか──、こくりこくりと頷く様を見るに、ブルボンちゃんの勝ち方を評価しているのは間違いないらしい。

 

 実際、アレは私でも評価せざるを得ない走りだったからね。

 

 スタートで一気に引き離してリードを広げ、そこからも一定のペースで疾走を続けて、無駄なスタミナ消費もなく脚を余すこともなく、完璧な計算を現実に落とし込んで通して勝ち切る。

 あれは……私やスズカ先輩とはまた別の意味での、理想の逃げだ。

 

 サイレンススズカは、単純に速すぎる。

 唯一無二のスタートダッシュ、無限大のスタミナを活かした、理論上誰も追いつけないっていう夢のような走り。

 

 ホシノウィルムは、自分で言うのもなんだが、ズルい。

 歩さんに鍛えられた抜群のステータスと技術群、そして私の転生チートたる「アニメ転生」により、割と無茶苦茶が通せてしまう。

 

 対して、ミホノブルボンのそれは……無駄がないと言うべきか。

 機械的な程に計算され尽くしたペース、スタミナ配分。

 終盤、頭に酸素が回らない状態ですらそれを完遂できるんだもの、彼女の走りは、そのスペックにおける理論値の走りと言っていい。

 つまるところ、ブルボンちゃんと同じスペックのウマ娘が100人いたとしても、ブルボンちゃんはその中で必ず1着を取れるわけだ。

 

 作戦も何もなく、ただ「最適解」を算出し、自らの強さを押し付ける走り。

 ブルボンちゃんの特性を最大限に活かした、ブルボンちゃんだけの走り方。

 歩さんの導きと共に見出したそれが弱いはずがなく……。

 

 下手なクラシック級G1レースよりも豪華なメンバーだった、今回のスプリングステークス。

 彼女はそこで、これでもかってくらいに、自分の実力を証明したんだ。

 

 

 

 私はブルボンちゃんの走りを思い出しながら荷物を置き、愚痴るようにため息を吐いた。

 

「正直なところ、少し羨ましいですね。

 私が自分の走りを見つけたのは、あの宝塚記念。クラシック級の6月でした。

 それなのに、ブルボンちゃんはクラシック級の3月でもう見つけてるんですもん。これも早熟の才能なんですかねぇ」

 

 走り方を見つけるってことは、それだけ熱いレースができるってことで、つまりはレースが楽しめるってことだ。

 私が完全に楽しめなかった皐月賞を、日本ダービーを、ブルボンちゃんは自分らしく楽しめる。

 先輩としては見苦しいってわかってるんだけど、それがちょっと羨ましくなってしまうんだよね。

 

 

 

 ……全く、後から思うと、我ながら情けない。

 大切で可愛い後輩に、こんな醜い妬心を向けていることもそうだけど……。

 

 それ以上に。 

 それを、もっともっと羨ましがるかもしれないウマ娘がいることに、私は気付けなかった。

 

「…………そう、ですね。……羨ましい気持ち、わかります」

 

 その、僅かな哀愁が宿った声の響きに、自分の失言を悟った。

 言ってはいけないこと……って程ではないと思う。踏んだらすぐ大爆発する地雷ではない。

 けど、それほどではなくとも、まだ少しだけ痛む傷ではある。

 

 つまるところ、今の私の発言は、この優しい先輩の琴線に触れてしまうものだったんだ。

 

「あ、その……」

「……大丈夫です。……ただ……」

 

 そこで言葉を切ったミーク先輩は、ちょっと考え込むように視線を上に上げて……。

 

「……少しだけ、お話ししましょうか、ウィルちゃん」

 

 静かに、彼女のことを話してくれた。

 

 

 

「……私が、自分に合う走りを見つけたのは、シニア級の1年目が半分が過ぎた頃。

 ……それまでの私は、陸の上を走る亀さんみたいなウマ娘でした」

 

 懐かしむような、あるいはどこか苦いものを想うような、複雑な声音。

 

「……私のトレーナーと同期だった、当時の新人トレーナーさん。

 ……あの人が契約したセイウンスカイちゃんと、何度も何度も競って、知って……それで、ようやくわかった。……私は、ようやく私だけの走り方がわかった」

 

 ライバルと走って、自分の走りを見つけた。

 それだけ聞けば、ありがちなハッピーエンドに聞こえるものだ。

 

 でも、ミーク先輩の雰囲気が、そうでないことを悟らせる。

 

「…………でも、遅すぎた。

 ……結局、URAファイナルズでも勝てなくて、決勝で4着。

 ……ちゃんと勝てるようになったのは、シニア級2年目からでした」

 

 だから、早熟なのが羨ましいって気持ちは、わかります。

 だって、私は間に合わなかった側だから、と。

 ミーク先輩は、そう、言葉を結んだ。

 

 

 

 想像以上に重い、ミーク先輩の過去。

 それに、私は何と言おうか悩んで、そもそも何か言えるのかって迷って……。

 

 でも、言葉は出さないと、分かり合えない。

 だから、取り敢えず頭を下げた。

 

「すみません、その、配慮に欠けることを言って……」

「……ですから、大丈夫。……気にしていませんし、むしろ、私は嬉しいです」

「嬉しい?」

 

 思わず首を傾げてしまった私に、ミーク先輩は淡く微笑んだ。

 

「……ウィルちゃんが、自分の走りを見つけて、領域を開いた時も、嬉しかった。

 ……だって、わかってましたから。……ウィルちゃんは私と同じで、一杯頑張ってる子だって」

「頑張ってるなんて、そんな……」

 

 むしろ私は楽しんで……いや、確かに最初の頃は、過ぎるくらいに頑張ってたかもしれないけど。

 思わず謙遜しそうになった私に対して、ミーク先輩は緩く首を振る。

 そして、私の少し上を見上げて……昔を思うような表情を浮かべた。

 

 

 

「……私の世代には、間違いなく天才って言える、すごい子たちがいました。

 ……スペちゃん、スカイちゃん、キングちゃん、エルちゃん、グラスちゃん。

 ……みんな天才で、みんなすごいウマ娘で、みんなライバルで……みんな、全然、勝てなかった」

 

 俗に言う、黄金世代。

 それは、トゥインクルシリーズの最盛期であろうとまで言われた、とんでもない世代だった。

 

 私でさえ敵わなかった日本総大将、最強と言っていい末脚を持つ、スペシャルウィーク先輩。

 策略に優れ機智に富み、宝塚記念では完膚なきまでにハメられた、セイウンスカイ先輩。

 何度負けても俯かずG1勝利を目指し続け、果てにはその夢を実現させた、キングヘイロー先輩。

 日本どころか世界最強とも名高い、もっとも門の栄光に迫ったウマ娘、エルコンドルパサー先輩。

 怪物級と言われたグランプリの鬼、爆発的な瞬発力を持ち全てを差し切る、グラスワンダー先輩。

 

 その誰もが、それこそ年に1人、あるいは5年、10年に1人出るかどうかの傑物。

 それがたった一世代に集まり、クラシックレースを、八大競走を競い合った。

 

 最も熱く、最も猛り、最も厳しく、最も恐ろしい世代。

 それを、人は黄金世代と呼ぶのだ。

 

 ミーク先輩は、幸か不幸か、そんな世代の中に生まれた。

 クラシックレースを、ティアラレースを、あるいは八大競走を、彼女たちと競うことになった。

 

 ……けれど、その結果は、決して振るったものではない。

 ミーク先輩が結果を残し始めたのは、シニア級2年目以降。

 そして、その頃には……もう、黄金世代の多くのウマ娘が、ドリームトロフィーリーグに移籍してしまっていた。

 

 だからミーク先輩は、彼女たちに、一度も勝てたことがない。

 ずっと苦戦して、ずっと頑張って、それでも間に合わなかった。

 

「……私は、見てました。ウィルちゃんが、ネイチャちゃんやテイオーちゃんに苦戦したところを」

「あ、いや、別に私は……」

 

 彼女の過去を知ったからこそ、私は言葉を濁さざるを得なかった。

 だって、私はミーク先輩程に苦戦したわけじゃないし、苦しんだわけでもない。

 

 だけど、ミーク先輩はそんな私を見て、わかってると言わんばかりに頷いた。

 

「……はい、ウィルちゃんは楽しんでましたね。……でも、他の子に勝つために頑張ったのは、間違いないでしょう?」

「それは……まぁ、そうですけど」

 

 確かに、去年のダービー辺りからは、かなりトレーニングが厳しかった。

 特に宝塚のラストスパートは、無茶を超えて無理を通してしまった。今でも歩さんに時々持ち出されて怒られるくらいだ。

 

 そういうのを「頑張った」と褒められるのは……なんというか、少しこそばゆい。

 そうするのは、当時の私にとって当然のことだったし。

 

 でも、そうして恥ずかしがってる私に対して、ミーク先輩は大真面目に頷く。

 

「……私も、同じでした。世代のみんなに勝つために、スカイさんに勝つために、ずっとずっと頑張って……それでやっと、見つけた。

 ……だから、私は嬉しいんです。……あなたも、ブルボンちゃんも……頑張った子が、自分の走りを見つけて、困難に打ち克って……」

 

 そう言ってミーク先輩は、窓の外の空を見上げた。

 昼まで続いた雨が止んで、綺麗に晴れた夜空。

 

 そこに輝く、満天の星を。

 

 

 

「そうして、私と、走ってくれることが」

 

 

 

 ゾクリと、背筋が震える。

 同時に、甘く艶やかな喜悦が走る。

 そして何より、心の底から湧き上がる、滾るような熱。

 

 ……そう、これは。

 強者と相対した時の、緊張と興奮。

 

 ミーク先輩の纏う雰囲気が、優しい先輩ウマ娘のそれから、恐るべき競走ウマ娘のそれに変わった。

 

 

 

「……あの日に言ったことは、嘘じゃありません。

 ……スペちゃんとスカイちゃんがいなくなった今、現役最強はマックイーンちゃんと、三冠を獲ったウィルちゃん、そして私、ハッピーミークです。

 ……でも、本当の最強は、1人だけ。

 ……だから、ウィルちゃんがフランスに行く前に、決めちゃいましょう」

 

 それは、つまり……。

 

「有記念では不甲斐ない走りを見せてしまって、ごめんなさい。

 今度こそ……今年の宝塚記念でこそ、私の走りを見せます。

 ……そして、相手がウィルちゃんだろうと、勝っちゃいますから。ぶい」

 

 指でブイサインを形作るミーク先輩を前に、自然と口角が上がる。

 

 あぁ、この人も……。

 また、私の前に立ってくれるんだ。

 私と本気で競ってくれるんだ。

 

 テイオーにネイチャ、マックイーンさんみたいに……。

 私を支え、助けてくれたこの先輩とも、本気でやり合えるんだ!

 

「……ふふ、ふふふ。それじゃあ、待ってますね。

 先輩にこう言うのもなんですが、去年の宝塚記念覇者として、待ち構えてます。

 だから……私のこと、楽しませてくださいね?」

 

 

 







 ミークパイセンはウィルに似て、困ってる子がいたら助ける善性を持ち、同時にその子と全力で走れることに喜悦を覚えるタイプ。いやまぁウマ娘はみんなそんな感じかもしれませんが。
 あの日出会ったカニさんがここまで育つとは、感慨深いなぁ……(後方ぽわぽわルームメイト兼ライバル面感)。



 次回は3、4日後。トレーナー視点で、春のファン大感謝祭前編。
 本当はそろそろ別視点を入れたいところですが、諸事情でもうちょっとだけ続くんじゃ。



(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。
 ウィルのトレーナーへの呼称は「トレーナー」と「歩さん」で安定しておらず、トレーナーとしての要素が強い時はそっちで呼ぶこともある感じです。
 でも多くの場合は歩さん呼びになります。脳内お花畑状態なので。
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