転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 時期が悪いお兄さん

 尺の調整に失敗しまくっているのでちょっと長めです。久々の13000文字。





時期が悪いよ時期がー

 

 

 

 トゥインクルシリーズには、年2回のファン大感謝祭がある。

 即ち、4月頭の春の大感謝祭と、9月頭の秋の大感謝祭である。

 

 そもそもレース興行は、ウマ娘たちを支えてくれるファンの方々のおかげで成り立っている。

 これは綺麗事でも何でもなく、紛うことなき事実。

 そもそもレース開催やウイニングライブにかかる莫大な費用は、ファンが落とす席代やグッズ代から賄われている。もっと言えばURA傘下であるトレセン学園の運営もそうだ。

 

 ファンの方々による応援がなければ、俺たち関連業種は立ち行かなくなる。

 俺たちは常にファンの善意に依存しているのだ。

 

 である以上、定期的にレースやライブ以外のお返しをするのは、ある意味自然なことで……。

 それこそが、年2回のトゥインクルシリーズファン大感謝祭なわけだ。

 

 

 

 で、だ。

 秋はいいんだよ、秋は。

 

 9月頭と言えば、秋のG1レースが始まる前。

 9月末のスプリンターズステークスや10月前半のマイルチャンピオンシップ南部杯、10月末の秋の天皇賞といったレースを控え、徐々にトレーニングが厳しくなっていく頃合いだ。

 7月から8月までは夏合宿が控えているので、それが終わった後、そしてレース群が本格化する前に、ファン大感謝祭を終わらせてしまおうという、という意図なわけだ。

 ここに関しては非常に理知的な選択だと思う。俺も年2回開催日を選ぶとすれば、片方はここにする。

 

 

 

 ……が、春の感謝祭は、ちょっとばかり話が違う。

 

 春の大感謝祭が開催されるのは、4月頭。

 

 4月頭と言えば、シニア級G1レースである大阪杯とドンピシャのタイミングだ。

 更に言えば、同じくG1レース高松宮記念ともぶつかるし、何ならクラシック・ティアラレースである皐月賞や桜花賞にも近い。

 そう、春の大感謝祭は秋と違って、名のあるレース直撃コースなのである。

 

 ……いや、改めて考えてもわからん。

 なんで4月頭にあるんだこれ。

 

 クラシック級レースの方は、まだいい。

 クラシックロードやティアラ路線を走るウマ娘への配慮もあり、クラシック級春の時点では、まだウマ娘たちは企画の提出や参加が強制されない。

 なんなら、この大感謝祭自体への不参加すら許されるくらいだ。

 現にウィルも、直近に迫る皐月賞に集中するため、去年の春の大感謝祭にはほぼほぼノータッチでトレーニングばかりしてたしな。

 

 が、シニア級のウマ娘となると、そうもいかない。

 

 ファン大感謝祭は、その名の通りファンへの感謝を伝えるためのイベントだ。

 ウマ娘がシニア級になる頃には、クラシックレースやティアラレース、八大競走を経て、特定の子に多くの人気が集まるようになる。

 そんな子たちがこのイベントに参加しなければ、ファンへの感謝を示せない。

 故に、G1タイトルを獲ったり特別な人気を得たウマ娘は、企画の提出、あるいは参加を義務付けられている。

 

 まぁ、理屈の上ではよくわかる。

 実際、例えばウィルやマックイーン、ハッピーミークといったウマ娘が不参加だったら、そりゃあファンとしては肩透かしを食らってしまうだろう。

 

 ……けど、問題はこの時期だ。

 4月頭。多くのG1レースが控えた、とても大事な時期。

 大阪杯や高松宮記念に参加するG1級ウマ娘の一部は、ファンとの交流やその準備で疲弊した状態で、レースに臨まなければならなくなってしまうわけだ。

 

 全く、何度考えても、この時期に大感謝祭を開催する意味がわからない。

 せめて3月頭、できれば2月中旬あたりに開催してくれれば、トレーナーとしても競走ウマ娘としても助かるのだが……。

 

 ……と、そんなことをぼやいていても仕方ないか。

 

 聞いた話、現場からこういった不満が出ていることは、URAの上層部でも知られているらしい。

 というか、URAとしても出来ることなら時期を変更したがっているのだとか。

 まぁそれも当然か。この時期に忙しくなるのは、何もウマ娘たちだけじゃないし。

 

 そんな意図があってなお開催時期が変更されないのは、歴史だとか伝統だとか承認だとかの面倒臭い諸々の問題があるからなんだとか。

 なかなか難しいな、その辺りの話は。一朝一夕で解決できることばかりじゃない。

 

 ともかく、URAとしてもウマ娘たちに強い負担がかかってしまうことは理解してる。

 だからこそ、時期自体は変わらないものの、春の大感謝祭には多少の配慮があるんだ。

 

 それこそが、学園側が主催するチーム対抗型企画群。

 通称、大規模企画である。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「いやぁ、ここしばらく忙しかったねぇ」

 

 俺の隣にいる男が、柵に寄りかかってそう言ってくる。

 直接会ったのは少し久々になる俺の同期、ナイスネイチャとライスシャワーのトレーナーである。

 

 この前、最後に会ったのはいつだったか……。もう1か月前になるか?

 『付いてくれたサブトレ君が業務より調査向きでね』と言って、最近はトレーナー室に籠って書類仕事に専念していたが、今日は流石に外に出てきたらしい。

 

 更に言えば、コイツの調子の良さそうな顔を見るのは、もっと久しぶりか。

 去年の年末には今にも死にそうな顔をしていたが、業務に慣れて来たことと、最近は落ち着ける時期ということもあってか、かなり顔色はマシになったな。

 まぁ、ここからはライスのクラシックレースが始まるし、また忙しくなってしまうんだが。

 

 

 

 ネイチャとライスの2人を支える、俺と同期のトレーナー。

 

 コイツとは専属契約の研修で一緒になって以来、何だかんだ一緒にいることも多い。

 去年はウィルとネイチャがライバルだったり、今年はブルボンとライスがライバルだったりと、何かと担当同士が因縁深いこともそうだが……ぶっちゃけて言えば、単純に性格的な相性が良いからな。

 

 そんなわけで今日、春の大感謝祭当日も、担当の参加する企画を一緒に観戦しようという話になり、こうして2人してグラウンドを眺めているわけだ。

 

「本当にこの時期は忙しないな。今日まで必死に感謝祭の準備をしてきたが、4日後には大阪杯だぞ」

「僕もライスの皐月賞があるし、それが終わったら間もなくダービーだ。気が抜けないな。

 とは言え、僕はネイチャが全休だから、堀野君の半分未満の業務量なんだけどさ。

 ……そっか、考えたら堀野君はこれの2倍仕事してるのか……。やっぱり超人?」

「凡人だよ俺は。……多少、努力は重ねて来たつもりだが」

「お、堀野君がそういうこと言うのはちょっと珍しい」

「そうか?」

 

 まぁ、努力ってあまりひけらかすものでもないしな。確かに、ある程度仲の良い、冗談が通じ合える相手じゃないと言えないようなことだが。

 俺が首を傾げていると、ネイチャのトレーナーは軽く首を振り、話を変えてくる。

 

「それで、ホシノウィルムはどれに参加するの?」

 

 訊かれ、俺の担当ウマ娘が参加する企画を思い浮かべた。

 

「ウィルが出るのは……午前の気配斬り、正午の模擬レースが2本と、それから午後に玉入れだな」

「おー、結構出るんだね。少し意外かも」

 

 まぁそうだよな。

 俺も1か月前は、まさかこんなことになるとは思ってなかったし。

 

 

 

 春の大感謝祭では、ウマ娘たちが出す企画以外にも、学園が主催する大規模企画が開催される。

 これは大雑把に言えば、参加するウマ娘たちが三女神を象徴する色である赤・青・黄の三陣営に分かれ、様々な対戦企画で点数を稼いで、陣営の勝利を目指す、というものだ。

 一般的な学校の運動会とか体育祭を想像すればイメージしやすいだろうか。

 

 通常の体育祭等と違う点としては、まず、全生徒が参加を強制されるわけではないこと。

 これはあくまで数多くある企画の1つであり、当然ながらこれ以外にも、ウマ娘個人やチームが数多くの企画を主催する。

 更に言えば、ジュニア級の子やクラシック級の子は企画の提出・参加が強制されない。

 故に、全体で見た大規模企画の参加率は、大体2から3割といったところ。

 一般的なものと比べれば、決して高い参加率とは言えないだろう。

 全生徒の内3割が参加するわけで、企画としてはかなりの大規模ってことは間違いないんだけどね。

 

 それと、競う科目が運動だけに限らないことも大きな特徴か。

 一言中央トレセンのウマ娘と言っても、中にはG1レースを走るような高い身体能力を持つ子もいれば、そうでない子もいるわけで。

 題材を運動だけに限ってしまうと、活躍するのはもっぱらG1級ウマ娘だけになってしまうだろう。

 それを避けるためにも、大規模企画では運動系以外にも、様々な対決型の企画が行われる。

 早押しクイズやパズルの早解きに早食い勝負、変わったところだとミスコン(ミストレセンコンテスト)など、さまざまな題目での競技が用意されているのだ。

 

 運動だけでなく、知識や魅力、運や食欲など、たくさんの条件で競われる、チームでの対抗戦。

 要は、学生らしくお祭り感覚で対決する、という企画なわけだ。

 

 

 

 この大規模企画の優れている点としては、何より自分たちで企画を立案・準備しなくていいところだ。

 俺たちトレーナーは事前の申請や処理の手間がなくて済むし、ウマ娘の方も準備に取られる時間をレースへのトレーニング、追い切りに使える。

 更に、大規模企画に内包される企画群は、長くても1つ15分そこらで終わる。それに1つ2つ出るだけなら、脚や精神への疲労も大幅に軽減できるというわけだ。

 

 そういうわけで、この大規模企画は俺たちへの配慮となっている。

 なっている、はず、なんだが……。

 

 

 

「まぁ、URAがな……。流石に年度代表ウマ娘が殆ど出ないってわけにもいかないから」

「ああ……。心中お察しするよ」

 

 残念なことに、ウィル……史上2人目となる無敗三冠ウマ娘ホシノウィルムともなると、配慮とか言ってられなくなるわけだ。

 

 現在、ウィルが獲得している人気、世間からの話題性は、ちょっととんでもないことになっている。

 去年の有記念で敗北を喫したことで、ウィルの話題性も多少落ち着いた……。

 ……かと思いきや、むしろレース内容の研究が進むにつれ、「トレーナー不在の状況で、なおかつサイレンススズカとスペシャルウィークの2連戦でギリギリ敗北した」という風説が広まってしまったからだ。

 

 異次元の逃亡者と、日本一のウマ娘。

 現役日本最強の2人をして、ギリギリ敗北に追い込むことのできた、正真正銘の怪物。

 時に不可能を覆し得る、星の如く輝く灰の龍(今を生きる神話)

 それが今、ホシノウィルムが纏っているイメージだ。

 

 そうなれば当然、URAとしては彼女を前面にプッシュしたくなる。

 人気絶頂、最強の王者。

 トゥインクルシリーズを盛り上げたければ、これ以上の人材はいない。多分あと10……いや、20年は現れないレベルだろう。

 

 ファン感謝祭においても、これは例に漏れない。

 今、日本において最も多くのファンを獲得しているのは、疑うべくもなく彼女だ。

 走り、外見、声、踊り、動き、性格、対応。その全てが、一挙手一投足が人を惹き付ける。

 であれば当然、ファン感謝祭においても、その登場と活躍を望まれる。

 故に、URAやトレセン学園としては、俺たちにより多くの企画に出て欲しいと思うわけだ。

 

 ……とはいえ、まさか本来は1、2件出ればいいはずの企画に、4件も出るはめになるとは思わなかったけどね。

 まぁ「3件出ていただければ嬉しいんですけど……!」と非常に丁重に当たってきたあちら側に対し、無茶を言ったのはむしろ俺たちだったりするから、文句なんて言えないんだけどさ。

 

 

 

「しかし、見事に運動系ばかりだね。ウチのネイチャはあんまり運動系に偏らせないで欲しいって言われて、『地元愛を量る! タイマン早押しクイズ』とかに参加することにしたんだけど……」

「まぁ……ウィルたっての願いでな。URAには悪いが、少し無茶を言わせてもらった」

 

 本来ウィルは、運動系の企画への参加は1件までとされていた。

 何故かと言えば、それは簡単な話で……彼女の身体能力が高く、その勝負を一方的なものとしてしまいかねないからだ。

 

 この大感謝祭、ファンは自分の愛するウマ娘たちを見に来るわけだが、それと同時、この大規模企画においては伯仲する勝負を期待している。

 そりゃあ、三陣営による勝負事だからな。一方的なワンサイドゲームより、最後の一瞬まで目が離せない勝負の方が好まれるわけで。

 だからこそ、戦力を均一化するためにも、強力なウマ娘は運動系の企画は制限されることがある。まぁ強制ではなく要請って感じだから、無茶を言えば拒否もできるんだけど。

 

 ……では何故、ウィルは運動系企画に4件も出るのか?

 というか、何故俺がそれを許したか?

 

 そこには、非常に深い訳がある。

 

 

 

『トレーナー……もっと運動系出たいです……』

『そうは言っても、URAからのお達しだからなぁ』

『「ご褒美権」』

『はい……』

 

 

 

 と、まぁそういうわけで。

 ウィルの申請を受け、俺がURAに平身低頭三顧の礼した結果、なんとか運動系の企画4件への参加を認めてもらったのだった。

 その代わり、いくつか個人的な仕事も頼まれてしまったが……まぁ可愛い担当のためだ、こればっかりは仕方がない。

 

 ……いやでも、改めて考えてもトレーナーのASMR録音音声とか需要なさすぎると思うんだが。

 ぶっちゃけ本気で恥ずかしいから今からでも断りたい。演技は殆ど未経験でロクにできないだろうし、失笑モノのクオリティになる予感しかしないぞ。

 

 

 

 と、俺の事情はともかくとして。

 そんなわけで、ウィルは本日、4本の運動系企画に出ることになった。

 

 メインのトレーナーである俺は、当然ながらそれを見守り、何かあった際に備える予定。

 一方で、先日のレースでの疲労が残るブルボンは企画に参加することなく、この前のレースで改めて親しくなったらしいサクラバクシンオーと共に感謝祭を見て回る、とのこと。

 残る昌は、残った仕事を片付けた後、彼女なりに企画を見て回るつもりらしい。

 

 今日くらいは仕事もお休みしていいと思うんだけど、昌、めちゃくちゃ真面目だからなぁ……。

 「残った仕事は明後日に回して、明日は感謝祭見たら?」と提言したら、「うるさい」と切り捨てられてしまった。

 お兄ちゃん、頑張りすぎる妹が心配です。

 

 

 

 そんなことをぼんやり考えていると、横にいる男が声をかけてくる。

 

「しかし、気配斬りか。運とコツの絡む難しい競技だね。

 やっぱりホシノウィルムに注目が集まると思うけど、勝つ見込みは?」

 

 気配斬り。

 この競技を簡単に言い表すと、目隠しして柔らかい棒を持ち、音を頼りに相手を斬る、というもの。

 

 むやみやたらに棒を振り回せば風切り音で相手に場所を悟られるし、そもそも歩いた時点で相手に情報を与えてしまう。

 故に、お互い慎重になるわけだが……如何せん視覚が閉ざされているため、向き合っているつもりが見当違いの方向を向いていたりする。

 そういうシュールさや面白さを楽しむ遊び、というわけだ。

 

 この気配斬り、人間に比べると、ウマ娘の方がスムーズに事が運びやすい。

 ウマ娘たちは優れた聴覚を持っているため、より相手の情報を得られるからだ。

 とは言っても、本来最も頼りにしている視覚が失われるのはやはり大きく、シュールな戦いになるのは避けようがないんだが……。

 

「いや、勝つよ。ホシノウィルムだぞ」

「信頼感すごいね。……正直ちょっとわかるけど」

 

 今日本人に「負けるところが想像し辛いウマ娘は誰か」と尋ねれば、まず挙がるのはシンボリルドルフとホシノウィルムだろう。

 そしてこのイメージは、決して的外れなものではない。

 

 たとえその競技がレースではなく気配斬りであろうと、彼女は勝つ。

 俺は、そう信じている。信じさせる何かがあるんだ、彼女には。

 ……いや、ただ俺が彼女を依怙贔屓しているだけかもしれないけども。

 

 

 

「……まぁそうは言っても、昨日練習したら負けたんだけどな、ウィル」

「負けたの? あぁ、ミホノブルボンに?」

「いや俺に」

「君に!?」

 

 え、そんなに驚く? ちょっと失礼じゃない?

 

「俺、一応名家の出で、護身術習ってるからな? その反応は若干不服だぞ?」

「護身術習ってると気配斬りも上手くなるの……?」

「なるぞ。視覚に頼らず戦う訓練とかあるし、ある程度学べば相手の気配とかわかるようになるし。

 あと、堀野の護身術は主に特殊警棒の棒術中心だからな。気配斬りとは比較的相性が良い」

「そ、そうなんだ……」

 

 昨日の練習では、トレーナー室で、俺の陣営4人で実演してみたわけだが……。

 

 まずは俺と同じく護身術を習っていた昌を不意打ちで潰し、次いで動揺していたウィルにフェイントをかけて打倒。

 その後は一瞬で動揺を収め防御を固めたブルボンと睨み合いになり、5分程揺さぶりをかけた後、なんとか1発入れた感じになった。

 

 ウマ娘の聴覚やパワーは恐ろしいが、武術の類を学んでおらず、視覚を制限され、更にウレタン素材の扱いが難しい棒となれば、ある程度脅威性は下がる。

 事態に冷静に対処しに来たブルボンは脅威だったが、なんとかギリギリ、俺のこれまでの修練が上回った形になった。

 

「……そういう運動の類で、ウマ娘に勝てるものなんだねぇ」

「まぁ、時と場合によるよ。……本当に」

 

 そう、まさしく、時と場合だ。

 

 今日の競技と同じ条件であれば、俺は間違いなく、ウィルに瞬殺されていただろうから。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 友人と語り合いながらしばらく待っていると、いよいよ気配斬りの開始時間が迫って来た。

 早めに集まっていた俺たちの周りに、ファンの方々がウマ娘たちを一目見ようと集まって来る。

 

 流石は中央のファン大感謝祭と言うべきか、あるいは流石はホシノウィルムと言うべきか。

 気付けば俺たちの周りには、公式レースもかくやという程の人だかりができていた。

 

「……こんなに集まるか」

「例年盛り上がる昼の模擬レース以外で、ここまでお客さんが集まるのはすごいね。

 ……まぁホシノウィルムの気配斬り、見てみたいって気持ちはわかるけどね」

 

 一応、気配斬りは隣の区画でも3件同時に行われてるんだけど、やはりウィルの参加する試合が最も耳目を集めたようで……。

 満員電車……とまでは言わないけど、軽く横に動くことすらできないレベルの人だかり。

 それが今、ウィルの参加する気配斬りのフィールドを取り囲んでいた。

 

「フィールドが広くて助かったね。狭かったら後方の人たちは見えなかったよ、これ」

「その辺りまで含めての敷地設定だろうな。流石はシンボリルドルフといったところか、狭すぎもしなければ広すぎもしない、非の打ちようもない広さだ」

 

 今回の気配斬りは、かなり広いフィールドで行われる。

 なにせ参加するのは全員が競走ウマ娘、ウマ娘特有の優れた聴覚を持っているから互いを見失いにくいし、ちゃんと戦うためには広いフィールドが必要だろうという判断だろう。

 

 それに加え、コイツの言っている通り、狭すぎれば後方の人たちからは見えなくなってしまうからな。

 ある程度はフィールドの直径の広さが必要になってくるというわけだ。

 

 いくらトレセン学園が広大な敷地を持つとはいえ、一区画にここまで広い面積を使うのは、かなり豪勢だと思うんだが……。

 驚くべきは、そこだけではない。

 

 

 

『さぁ、いよいよ春の大感謝祭、気配斬り、Cブロックの開始時間が近づいてきました。

 解説の細江さん、今回の勝負はどうなるでしょう?』

『やはり注目が集まるのはホシノウィルムでしょうね。今日も気合十分、良い顔をしています』

『ホシノウィルムの所属は赤組、現在2位の黄組にやや差を付けて1位です。ここで勝って差をより大きくできるか?』

 

 

 

 ……なんと、よくわからんがプロによる実況解説まで付いてるのだ。

 

 いや、こういう時の実況解説ってこう、有志の生徒が「青組の皆さん、頑張ってください」みたいにやるもんじゃないの? 

 なんで公式レースで引っ張りだこの有名解説者の方まで来てるの? 雇ったの? 大感謝祭のために?

 

 

 

 かなり豪勢に敷地を使った企画で、ホシノウィルムが参加し、多くのファンの方々が見に来て、その上実況解説まで付いている。

 

 こうなると自然と言うべきか、俺たちの周囲にはなかなか物々しい空気感が漂っている。

 

「なんかこう……もう学生のお祭りとかそういう雰囲気じゃない何かになってるね……」

「もはや公式レース……いや、競技のことも考えれば闘技場かな、これは。賭け事の1つでも始まりそう」

「レースに関しては賭け事禁止って公文があるけど、こういう場合は良いのかな」

「……学生のチャンバラに金を賭ける情けなさを呑み込めるならいいんじゃないか」

 

 まぁ、純粋に楽しみに来ている人が多い以上、そういったことは起こらないはずだが。

 そんなことを思い、ふと観客たちの方を見回す中で……。

 

 ふと、見覚えのある鹿毛のウマ娘を見かけた。

 

「……トウカイテイオー?」

 

 ホシノウィルムの友人でありライバル。

 4日後、大阪杯を競うことになる先行ウマ娘だ。

 

 てっきりウィルの友人として、彼女の応援をしにきてくれたのかと思ったが……。

 俺の予想に反し、その視線は真剣で、真面目なものだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そうしていよいよ、俺の担当が参加する気配斬りが始まった。

 

 楽しそうにルールを説明する実況の声に従って、各ウマ娘たちが黒い目隠しを巻き、その手に棒(殴られても「痛い」で済む安心設計)を握って、方向感覚を狂わせるためにしばらくその場で回転。

 

 中にはくらくらとふらつくウマ娘もいたが、その中でもウィルはいち早く正気を取り戻して、棒をしっかりと握り直す。

 流石は最高峰の競走ウマ娘、三半規管もつよつよだ。

 

 そして、ウィルが立ち直ったということは……。

 

「うん、終わったな」

「え?」

 

 軽く頭を振った後、ウィルは駆け出す。

 

 今回の気配斬りのフィールドは、かなり広い。

 それこそ……ウマ娘が、軽く走っても問題ないくらいに。

 

 そして、ウィルが走ることができるってことは、つまり……。

 

 

 

 スパン、と。

 グラウンドに鳴り響く、綺麗な衝撃音。

 まず1人、ウィルが最も近くにいたウマ娘を討ち取った。

 

 

 

 更に、すぐ構え直して1人、もう1人。

 周りで鳴り響く、心地良いくらいの敗北の音に戸惑う子たちを、ウィルは容赦なく刈り取っていく。 

 まるでその目が見えていると言わんばかりに、正確無比に。

 

「え、っと……」

「想定外……いや、想定以上か?」

「……うん、正直ここまでとは」

 

 駆け足程度の緩い走りで、しかし確実に、ウィルは生き残ったウマ娘たちへと向かっていく。

 

 それを見て、呆気に取られていた観客たちから、ようやく当惑のざわめきが上がった。

 視覚を閉ざしているにしてはやけに的確な動き。もしかして彼女の目隠しは万全でなく、その目は見えているのではないか、と。

 

 そんな疑問が湧き上がるとほぼ同時に、事態は動く。

 

 ウィルの後ろ、撃ち漏らした……と言うより、彼女が無視していたウマ娘が動く。

 それまで一歩たりとも動かず状況を窺っていた彼女は、周りで何らかの異常事態が起こっていることを悟り、直感か、あるいはその足音からか、ウィルの方へと棒を振り下ろしたのだ。

 

 如何に目が見えていたとしても反応できない、完全な死角からの奇襲。

 展開を見ていた全ての観客が、ウィルの敗北を確信して……。

 

 

 

 ……しかし。

 

 後方から襲い掛かる、不可視のはずの一撃を……。

 ぬるりと、ウィルは躱してみせた。

 

 

 

 たとえ目隠しがなくとも予期できなかっただろうそれを避けたことで、ウィルの異常性は露わとなった。

 

 ……いや、それ以前に、そもそも誰もが違和感を持っていたはずだ。

 これまでにウィルが攻撃したのは、動いていたウマ娘だけ。

 じっと静止して状況を窺っているウマ娘に対しては、攻撃を仕掛けようとしなかった。もっと言えば、その存在に気付いてすらいないようだった。

 

 そう、ウィルは目が見えているわけではない。

 ただ、動くものに対して……それが立てる音に対して、反応しているのだ。

 

 

 

 それからも、ウィルの異常な攻勢は続く。

 

 駆け足でフィールドを駆け抜けながら、スパン、スパン、スパン。

 焦った子の乱雑な攻撃を当然のように躱し、音を聞きつけて振り下ろしてきた正確な攻撃を受け止め、逸らして……そして、一撃。

 彼女は、容赦なくライバルを蹴散らしていく。

 

 

 

『こ、これは……恐ろしい快進撃! 目が見えているのか!? いいや、たとえ見えていてもここまで隙のない回避はできないのでは!?』

『これが灰の龍、ホシノウィルムの本気といったところでしょうか。目が見えないというデメリットなど知ったことかと言わんばかり、一体どのようにこの不可能を成しているのか?』

 

 

 

 どのように、と言われれば、話は簡単。

 彼女は走行中に限り、視覚ではなく、聴覚からこそ情報を仕入れているのだ。

 

 ホシノウィルムは、その脚を動かして走っている間、非常に聴覚が鋭くなる。

 具体的には、実に10バ身……25メートル周囲の足音に対して、「これは誰の足音だ」とか「まだ余裕がありそうだ」とか、そういったことがわかるくらいに。

 彼女は「恐らく『思考力増加』が30秒しか持たないのは私の脳に限界があるからで、これくらい聴覚処理能力を強化するだけなら、そこまで強い負荷がかからない。だから常時発動で、ちょっとだけ『思考力増加』が働いてるんじゃないでしょうか」と推理していたが……まぁ、理屈はともかくとして。

 

 つまり、どういうことかと言えば、だ。

 走っているウィルにとって、視界が塞がれるということは、大きなデメリットにはならない。

 「フィールドが走れる程度に広い」という条件こそあるものの、彼女にとって気配斬りは、自分だけ目が見える状態のチャンバラ……いや、後ろからの音も聞こえることを考えると、更に有利な状態での勝負になる、というわけだ。

 まぁその分、音を立てない、つまりじっと動かない相手は気付きにくくなってしまうが……それでも、他の子たちより情報面で圧倒的有利になることは変わらない。

 

 そうなれば当然、軽い無双状態になるわけだ。

 メインの情報収集手段である視覚を封じられた他のウマ娘たちは、状況すらよく掴めないまま、一方的に嬲られることになる、と。

 

 

 

「……なんというか、容赦ないね、ホシノウィルムは」

「まあな……」

 

 横から呆れたような声がかかる。

 うん、正直俺も、これに関しては大人げないなぁと思います。

 ただでさえ頂点級の競走ウマ娘、身体能力もすさまじく高い。

 そこに唯一無二の特殊能力による情報取得を上乗せすれば……もはや誰も彼女に勝てはしないだろう。

 

 更に言うと、今日は使わないよう言い含めてるけど、負けず嫌いな彼女のことだし、敗北の可能性が見えたら「思考力増加」も使うはずだ。

 そうなると……まぁ、まず勝ち目がなくなる。

 思考力増加中のウィル、耳で捉えられる範囲がすさまじく伸びる上、全く精神的に動揺しなくなる……というか、加速した思考の中でそれを落ち着かせることができるみたいだし。

 精神的動揺や躊躇を誘うのが基本になる対人戦において、これは途轍もなく大きなアドバンテージになるはずだ。

 

 まぁ最大の欠点、というか制限は、この聴覚の強化も「思考力増加」も、自分が走っている間にしか使えないという点だろう。

 現に、昨日は狭いトレーナー室で行ったために走れる空間がなく、俺に討ち取られてしまったわけだし。

 

 まさしく勝負は時の運というか……。

 状況によってここまで有利不利が分かれるというのも、なかなか珍しいだろうな。

 

 

 

 ウィルの無双劇を眺めながら、同僚の彼と言葉を交わす。

 

「でも、ちょっと意外かな。あの子って互角の勝負を楽しむ気があったから、こういう一方的な勝負は好まない印象があったんだけど……」

「そこに関しては……まぁ、俺のせいだな、うん。

 レース前ということもあってあまり気が入っていないようだったから、『出た企画で全勝したらご褒美を用意しよう』って言ったら……」

「本気になっちゃったわけか。……うん、まぁファンは盛り上がってるしいいとは思うんだけどね」

 

 その時、俺たちの視線の先でウィルが最後の1人を討ち取り、試合終了。

 結果は、僅か23秒弱での決着。

 息をつく暇もない、一方的な試合だった。

 

 見ていたファンたちは、そりゃもう大盛り上がりだ。

 まぁ集まった人の大半がウィルムのことを、そして彼女の活躍を見に来ていただろうし、予想を遥かに上回る無双劇を魅せられたらむべなるかな。

 

 まぁそれでも、どうやってこんな勝利を勝ち取ったのか、疑問はあるだろうが……。

 その疑問に関しても、近々答えは出す予定だしな。

 

「にしても、良かったの? これ、勘の良い人なら、彼女の特異性を察する大きな材料になっちゃうよ?」

 

 周りに聞こえない程度のボリュームで、ネイチャのトレーナーはそう言ってくる。

 

 コイツは去年、ウィルのライバルであったネイチャと共に、いち早くウィルの聴覚の鋭敏さを突き止めてきた者の1人だ。

 互いの担当がライバル関係にあるトレーナーとして、コイツは容赦なく秘密を暴いてくれたが……。

 

 しかし同時に、コイツは俺の同僚であり、同期であり、そして付き合いの長い友人でもある。

 だからこそ、俺の陣営の不利になりかねないこの行動に、眉をひそめてくれるんだ。

 

 ……やっぱり良いヤツなんだよなぁ、コイツ。

 担当のためなら手段を選ばない冷徹さと努力を怠らない泥臭さを兼ね持ち、担当のことは担当のこととして、個人的な感情と割り切る。

 そういうところも、本当に尊敬できるヤツだ。

 

 

 

 が。

 殊今回に限っては、彼のそれは、無用な心配と言えるだろう。

 

「問題ない。そろそろ公表するつもりだからな」

「……耳が良いってことを?」

「ああ。そもそもこれだけ注目されれば、G1級のトレーナーやウマ娘は皆しっかりと研究してくる。

 これ以上秘匿することはできないだろう。それならこうして派手にお披露目しようか、とな」

「なるほど……。やっぱり注目されるのは、必ずしも良いことばかりじゃないね」

 

 そう言って、俺の同僚はうんうんと頷いた。

 ……コイツもネイチャが有名になって、色々悩まされたんだろうな。

 俺もウィルが有名になって以来、変なファンレターとかファンの民度とかSNSや掲示板サイトの書き込みとか、色々悩まされたし。

 

「……贅沢を言えば、もうちょっとトレーナーに慣れてから、あの子たちを担当したかったよな」

「死ぬ程同意。ネイチャにはかなり迷惑かけちゃったからね……」

 

 そう言って、俺とネイチャのトレーナーは苦笑し合った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、ウィルの気配斬りでの圧勝から数時間。

 褒めて褒めてオーラを出していたウィルを、頭を撫で繰り回して讃えたり。

 昼からの模擬レースに備え、2人で少し早めになる昼食(俺の手作り)を取ったり。

 色々と準備を整えた後、俺とウィルは、今日の模擬レースの作戦会議を開始した。

 

 ……いやまぁ、作戦会議も何もないんだけどな、今回は。

 

 トレセン主体の大規模企画の内の1つ、模擬レース。

 これはいつもの模擬レースと違い、ウマ娘やトレーナーが相手を決めることができない。

 学園の行う大雑把な等級分けの中で抽選が行われ、ほとんどランダムで相手が決まるんだ。

 

 問題は、この等級分けの中で最も上のランクが、「重賞レースでの勝利経験のあるウマ娘」であること。

 G3に1勝でもしていれば、問答無用でこのランク帯に放り込まれてしまうのだ。

 

 ……つまり、何が言いたいかと言うと、だ。

 

「今回の対戦相手は、最も有力な子でもG2未勝利。

 ……特別な仕込みはなくとも、君のスペックで負けることはおおよそあり得ない。情報開示を避けるため、領域と『思考力増加』、それからアレ(・・)はなしで走るように」

 

 まぁ、なんというか……。

 少し言葉は悪いが、例年この模擬レースは、弱いものイジメみたいになっちゃいがちなわけだ。

 

 ウィルの参加するものの他にも大体100回程度の模擬レースが開催されるんだけど……。

 先輩トレーナーに聞いた話、G3からG2級のウマ娘にとっては、「G1級のウマ娘と当たらないようにお祈り」みたいな雰囲気になっているらしい。

 ……もうちょっと等級制度を見直した方がいいと思うのは俺だけなんだろうか。

 

 

 

 こう言うと他出走者たちに失礼に当たるかもしれないが、はっきり言って、このレースでウィルに本気を出させる意味はない。

 今やウィルの走りには、万の富を超える価値がある。

 灰の龍の走りという意味でも、研究材料という意味でも、だ。

 

 ここでウィルの力を見せるということは、他陣営に情報的アドバンテージを握らせてしまうと同義。

 トレーナーとして、無意味にその一線を越えさせることはできない。

 

 更に言えば、大阪杯はもう目の前、たった4日後に迫っているのだ。

 ここで疲労を蓄積させることは、敗北に直結すると言っていい。

 

 故にこそ、今回は抑えて走る。

 決して本気は出さず、5から6バ身差を目安に、程々に勝ちに行く。

 これは、事前にウィルにも(数十分のご機嫌取りの果てに)了解を取ったことだったんだが……。

 

 

 

 作戦会議中のウィルは、何かを考え込むように俯いていた。

 そして、俺の言葉を聞き終わった後……。

 どこか決意を固めた表情で、こう言ってきたのだった。

 

「1戦だけ。1戦だけ、本気を出しちゃ……駄目ですか?」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その日の、1回目の模擬レース。

 

 ホシノウィルムは、領域と新たな切り札の2つを縛った上で……。

 それでも、2着に20バ身以上の差を付けて、圧勝した。

 

 ……どうしてもあの子に甘くなってしまう自分が憎いよ。

 

 

 







 Tips
 堀野君は武術的にはめちゃくちゃ強いです。
 護身術、トレーナー業、語学、名家の作法、クレーンゲームに関しては、実家でめちゃくちゃしっかり学んでるからですね。

 去年末の事故も、もし堀野君が電話中じゃなかったり体調が良い状態だったら、後ろから近づく気配(敵意)を察知して投げ飛ばすくらいはできてました。
 昨日の気配切りと同じように、勝負は時の運。条件が悪ければ、どんなに強くても負けることはあるのです。



 次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、大感謝祭後編。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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