転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 は? 逃げるのは恥なんだが? 恥ずかしさなんかに負けないが?





逃げるは恥だが?

 

 

 

 そもそもの話をするけど……。

 私たち競走ウマ娘には、時間がないんだ。

 

 ウマ娘がその身体能力を伸ばせるのは、長い生涯の中でもたった3年しかない、本格化の期間中だけ。

 日数にすればおおよそ1000日強……本格化のブレも考えると1000日弱か。

 

 1000って数字で見れば一見長そうに見えるけど、実際には決して長い時間じゃない。

 だって、3年だよ? 中等部から高等部に、あるいは高等部から大学に進むまで。

 

 気付いてみれば一瞬で過ぎ去っていくくらいの、刹那のひと時。

 殊に、こうして充実した毎日を送ってればなおさらだ。

 

 だからこそ私たちは、決して時間を無駄にできない。

 1日トレーニングをサボるってことは、1日分だけ他の子にリードされることを意味する。

 そしてその差は、その子が休んでいる間に自分が頑張らない限り、決して取り返せないんだ。

 ……ああいやもちろん、実際には肉体の成長率とかトレーニングの吸収率の違いみたいなものがあって、単純に日数だけで比べることはできないんだけど、それはさておき。

 

 本当に強いウマ娘になろうとするなら……本当にトゥインクルシリーズで勝とうとするなら、少なくとも本格化中は、走ること以外を考えてはいけない。

 少女である以上にアスリート。思春期である以前に本格化中。

 私たちが普通の女の子らしい何かしらをするために浪費した時間、それそのものが私たち自身に牙を剥いて来るわけだ。

 

 では、ひたすらに禁欲的に走ればいいかと言うと……これもまた否。

 ある程度は自分の欲求を満たさないと、集中力が落ちたりモチベーションに響くからね。

 走ることに集中するためにも、ある程度まではフラストレーションを発散しておく必要がある。

 

 理論上、トレーニングの果てに肉体的な疲労が蓄積したタイミングで、体を休めながらストレス解消を行うのがいいんだけど……。

 その辺りは、当人である私たちでは管理し辛い。

 気が逸っている時は「もっと行ける!」って思っちゃうし、逆にモチベーションが終わってる時は「いやもう無理ぃ」ってなっちゃうからね。

 

 じゃあ、その辺りを誰が管理するのかと言えば……。

 それこそ、トレーナーのお仕事だ。

 

 担当ウマ娘の体力、やる気を正確に見計らい、最適なトレーニングスケジュールを組み上げる。

 ……トレーナーエアプの私だけど、思春期の女の子の心情を推し測らなきゃいけないっていのがめちゃくちゃ大変なのはよくわかる。

 人生2周目の自分ですら、この体に引きずられるように面倒くさい態度を取っちゃうことがあるんだ。

 普通のウマ娘ともなれば、ウマによってはとんでもなく面倒なんじゃないだろうか。

 

 そんな子たちと良質な関係を築き、機嫌を取ってモチベーションを維持しつつ、最適なトレーニングプランを実行させなければならない。

 ……うん、場合によってはすごく胃が痛くなる仕事だよね、これ。

 

 

 

 閑話休題。競走ウマ娘には時間がないって話に戻ろうか。

 

 私たちはその人生を賭けて勝負に挑むアスリート。余計なことに時間を割くような暇はない。

 これは本当に切迫した事情であり、もうどうしようもなく言い訳できないくらいに絶対的で、他を優先なんてしてはいられない最優先事項なのである。

 

 そう、だからこそ。

 だからこそ、私は日頃から、歩さんにアピールとかできないのだ。

 

 決して、恥ずかしすぎてできないとか……。

 もうトレーナーとウマ娘の距離感に慣れてしまって踏ん切りが付かないだとか……。

 拒絶なんてされようものなら本気で落ち込んじゃいそうで怖いだとか……。

 そんな都合は全く以てこれっぽっちも欠片たりとも存在はしない。

 

 ただ、ただただ、単純に時間がない。

 そう、それだけだったんだ。

 

 

 

 ……けれど。

 つい先日、状況が変わった。

 

 私の持っていた「唯一無二の担当ウマ娘」というクソでかアドバンテージが、一瞬にして消失。

 恋のダービーのライバルとして、ブルボンちゃんが驚異的な追い上げを見せて来たのだ。

 

 ……いやまぁ、実際のところ、そこまで脅威があるわけじゃないんだけどさ。

 ブルボンちゃんが歩さんへ恋愛感情を持ってるかと言うと……ぶっちゃけないと思うし。

 

 なにせブルボンちゃんは今、クラシック三冠という夢の達成のため、とにかく走ることに集中している。

 とてもじゃないけど、色恋沙汰に思考を使う余裕はないだろう。

 

 ただ、それは同時に……。

 彼女がクラシック三冠の栄誉を頂いた時に、ずっと自分を支えてくれた歩さんに好意を向けない保証はどこにもない、ってことも意味している。

 

 ……ていうかさ、ぶっちゃけ歩さんの隣にいれば、そりゃあ惚れるでしょ。

 顔も良い、声も良い、体まで良い、トレーナーとしては超一流、尖っているとはいえスペックはめちゃくちゃ高い、不器用ながら気遣いもできる、完璧超人なようでいて抜けたところもある、自己評価最低だったけど改善中で偉い、本当に辛い時に隣にいてくれる、この人のことを助けてあげたいと思える。

 こんなの嫌える要素なくない? 世が世なら傾国の美男だよ。

 

 だからブルボンちゃんも、きっと歩さんにピンクのハートマークが刻まれた目を向けるようになるんだ。

 どうせこの後入って来る後輩たちもみんな、きゃいきゃい黄色い声上げて歩さんの周りに集まるようになるんだ!

 クソ、この泥棒猫ならぬ泥棒ウマ! いや別に歩さんは私だけのものではないんだけど、それでも心のもやもやしたものが抑えられない! ぬわーっ!!

 

 

 

 ……こほん。

 ちょっと興奮してしまったけど、まぁとにかくそういうことだ。

 

 ホシノウィルムには時間がない。

 競走ウマ娘としてもそうだし、乙女としてもそう。

 

 競走ウマ娘としては、歩さんが完璧に近い調整をしてくれているから、それに従えばいいとして……。

 乙女としての恋のダービー攻略戦は、非常に激ヤバな課題と言える。

 

 前世ではラブコメ系の作品やギャルゲーを一通り通って来た私だが、つい最近気づいたことがある。

 

 

 

 ゲームの恋愛と、現実の恋愛は、別物だ、と。

 

 

 

 臨場感が違うし、非合理的な感情に振り回されちゃうし、何より恥ずかしさと怖さがとんでもない。

 世の乙女たちは、みんなこんな戦いを潜り抜けて好きな人と結ばれてるのか? もうそれだけで歴戦の猛者として尊敬できちゃうんだけど。

 

 ギャルゲーや乙女ゲーでは負け知らずの私でも、初体験となる現実の恋愛にはどうしようもなく弱い。

 果たして自分がどれだけ歩さんを惹きつけられるのか、惹きつけられているのか。

 それが全然わかんないし、わかんないからこそ怖いんだ。

 

 もし、何とも思われてなかったら。

 私の体や顔、声、性格じゃ、歩さんには好かれないんじゃないかって。

 それが怖くて怖くて、仕方ない。

 

 

 

 ……でも、もう怖いだとかなんだとか言ってられない段階に入ってしまった。

 

 ブルボンちゃんには、負けられない。

 歩さんの担当がどれだけ増えたとしても、やっぱり1番は私であってほしい。

 彼に救われたウマ娘として、これからの生涯は彼と共に歩み、彼が危うくなった時にはその手を取って助けたい。

 

 

 

 だから……。

 もう、私は迷っていられないのだ。

 

 さぁ、覚悟を、決めよう。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「歩さん!」

「ん、どうした?」

「い、一緒に、デー…………ぇー、っと……あ、その、感謝祭、一緒に回りませんか」

「ああ、いいぞ。1時間くらいなら」

 

 むりだった。

 

 迷うとか覚悟とか、そういうお話じゃない。

 いざ口に出そうとすると、かっと頭に血が上って、興奮と恐怖がすごくて、脈がどくどくして、無理。

 

 いや、言っとくけど逃げてるとかじゃないよ?

 別に逃げてるとかそんなんじゃ全然なくて、ただちょっとだけ怖くて、ほんのちょっとね? ほんのちょっと怖いなーって……。

 いや別に怖くないが? これはあくまで戦略的撤退だし?

 そもそも、デートするんだったら歩さんを1日独占できる日に言ったほうがいいだろう。

 そうだそうだ、そうに間違いない。これはデートという非日常的イベントの希少価値を保つために取った積極策。日和って逃げたとかそんなんじゃないからね!?

 

 

 

 そんなわけで、私は歩さんと大感謝祭を回ることになった。

 残念なことに、誠に遺憾ながら、デートという形にはならなかったけどね。

 

 ……とはいえ。

 ビビってるとかそういうんじゃないとしても、一切動かないわけにもいかない。

 

「あの……」

「ん? ……あぁ」

 

 歩さんの手の辺りで自分の手をもじもじさせていたら、すいっとその手が拾われる。

 思わず見上げた先で、歩さんは微かに微笑んでくれた。

 

「今日は人が多い。君の体格では、一度はぐれると再会も難しそうだからな」

「っ、はい!」

 

 絶好の大義名分に、思わず口角が上がる。

 

 そう、これはあくまではぐれないためだから!

 別に他意は……いや他意はあるけども! むしろ他意しかないんだけども!

 

 

 

 * * *

 

 

 

 2本の模擬レースと、凛々しい後輩や将来有望な未来の後輩との交流も終わった後。

 ブルボンちゃんの様子を見に行く予定らしい1時間後まで……。

 私は歩さんと一緒に、久々の感謝祭を歩いた。

 

 

 

 春の大感謝祭は、秋の大感謝祭とはだいぶ空気が違う。

 

 体感だけど、秋の方はお祭りと文化祭を足して2で割ったみたいな空気感だった。

 穏やかで、けれど楽しく、浮ついていて、同時にどこか落ち着いている。

 そんな満ち足りた空間の中で、ウマ娘たちがわちゃわちゃと楽しんだり楽しませたりするんだ。

 

 でも、春の大感謝祭は、全くの別物だ。

 秋を静とするなら、春は動。

 そこらじゅうでウマ娘が駆けまわり、勝どきを上げたり、あるいは悔しさを叫んだり。

 あっちを見れば障害物競走、こっちを見れば早押しクイズ、ミストレセンだとかビーチフラッグだとか色々な企画が同時に行われてる。

 それだけ活気のある催しが行われてれば、ファンもウマ娘も自然と熱量が上がるわけだ。

 

 秋は文化祭に近いけど、春は体育祭に近い。

 むくつけき……という表現は乙女に使うべきでないにしろ、アスリートとしての本性がまろび出る。

 その結果、トレセンはとんでもない熱気に包まれているのだった。

 

 

 

 ……とはいえ、今の私たちの目的はそっちではない。

 

 いや、歩さんと一緒ならそっち系も楽しめるだろうけど、そもそも私は今日4本も運動系企画に出るわけで、そっちは十分お腹いっぱいだ。

 なので私たちは、盛り上がる運動系の企画からはちょっと離れ、比較的静かな一角へと避難してきた。

 

 運動系企画が行われるグラウンドから少し離れた校舎沿い、生徒たちによる出店が並んでるスペース。

 その中でふと見かけた出店に、歩さんの手を引いたまま走り寄る。

 

「あ、にんじんアイスですよ! 買ってもいいですよね?」

「カロリー的なことを気にしているなら問題ないぞ。お金的なことなら奢る」

 

 この世界にはありふれた、にんじんアイス。

 名前そのまま、にんじん味のアイスである。

 

 いくつか種類はあるけど、今回見つけたのは最もメジャーなもので、スティックが刺さった半シャーベットのアイスキャンディだ。

 私が懐からお財布を取り出していると、歩さんが聞いて来る。

 

「ウィル、にんじんアイス好きなのか」

「えぇ、まぁそこそこ。ネイチャに味を教えられまして」

 

 あれはいつだったかな。まだまだ暑い頃だったから、去年の8月か9月あたり?

 そろそろちゃんと走らなきゃなーって頃に、リハビリ頑張ってるからってネイチャに奢ってもらったんだよね。

 

 さて、いくつかの小銭を店員ウマ娘に手渡して、念願の アイスにんじんを 手に入れたぞ!

 早速舌を付けてみると、ぴりりとした冷たさとまろやかな甘さを感じる。

 そうそう、これ。やっぱり夏場はアイスだよね。まだ夏じゃないけども。

 

「すみません、俺も1つ。……うん、慣れ親しんだ味だ」

「えへへ、良いですよね」

 

 アイスの味や冷たさもそうだけど……。

 

 こういう体験。

 好きな人と、同じものを食べて、感想を言い合う。

 なんか、いいじゃん。青春っぽくない?

 

 私は前世じゃ厭世的で、そういうのに疎かった。

 だからこそ、こうして二度目の生でそういうのを楽しめるっていうのは……すごく、幸福だね。

 

 

 

 ……しかし、前世か。

 あの頃は、にんじんのアイスを食べるようになるとは思わなかったなぁ。

 いや、探せばあったんだろうけど、やっぱりアイスと言えばバニラとかじゃない? 

 

「なんか……感覚的な話なんですけど、アイス業界でにんじんがバニラよりも高いシェアを占めてるの、違和感ありません?」

 

 半ば独り言のように呟いた言葉を、歩さんが拾ってくれる。

 

「あ、それすごくわかる。絶対バニラの方が広まってる……ような気がするよな」

「え、歩さんもわかるクチですか」

 

 おぉ、ちょっと意外だ。

 

 ウマ娘世界のにんじんの人気は凄まじく、何故かハンバーグに1本丸ごと刺したにんじんハンバーグなる謎メニューが一世を風靡しているレベルだ。

 

 催眠系の転生チート持ちが全世界をにんじんに染めたんかってレベルの人気を誇るにんじん。

 まさか歩さんがこの甘い誘惑を振り切り、バニラの良さを理解しているとは……!

 

「どうやらこの世……この時代のにんじんは、品種改良の果てに柔らかさと甘さを手に入れているらしい。

 愛されるのはある意味で当然だろうが……やっぱりバニラだよな。クーリッシュとか」

「クーリッシュ良いですね! 個人的には爽とかも好きです」

「爽、良いね。溶けても美味しいし」

 

 は、話が……合う……!!

 え、すごい、こんな話合うんだ!?

 この世界にここまでにんじん脳じゃない人間いたんだなぁ。

 いやまぁ好みって人それぞれだし、そんなもんなのかな。

 

 ……いや、考えてみれば私、そもそも嗜好の話で盛り上がれる程親しい人、あんまりいなかったわ。

 両親とは割と早い段階で関係が破綻しちゃったし、初等部の頃までは友達の1人もいなかった。

 トレセンに入ってからは、歩さんに昌さん、ネイチャにテイオー、マックイーンさんと、ブルボンちゃんライスちゃん、他後輩ちゃんたち数人できたくらいか。

 

 その中でもちゃんと話すのって、同陣営の歩さんと昌さん、ブルボンちゃん、それに親友であるネイチャ。あとはよく私のことを聞いて来るライスちゃんくらい。

 顔が広いネイチャなんかに比べると、人付き合いはかなり少ない方だと言えるだろう。

 

 昔に比べればマシにはなったけど、やっぱり私、根がコミュ障なんだよね。

 わざわざ友達作ろうとするのとか、面倒くさくてさ……。走ってた方が楽しいし。

 

 その結果、この世界じゃにんじんがとんでもない人気を誇ってるってぼんやりと理解してこそいるけど、それがどれくらいの割合なのかはわかんない。

 案外、にんじんがそんなに好きじゃないって人もいるのかな。

 

 

 

 にんじんアイスペロペロしながらそんなことを考えていると、歩さんに訊かれる。

 

「ウィルの方こそ、にんじん、そんなに好きじゃないのか? ウマ娘はにんじんが好きなのが通例だが」

「普通に好きですよ? ただ、アイスにまで求めるかと言うと……」

「あぁ、肉は好きだがパフェに入れるとなると話が変わる的な」

「すごい例えだなとは思いますけど大体そんな感じです」

 

 実際、好きな食べ物を1つ選ぶなら、やっぱり甘めのにんじんソテーだし。

 昔、まだ家庭崩壊する前にお母さんが作ってくれたんだよね。前の世界のとは全然違う口触りの良さと甘さに、赤ん坊ながらすごく驚いたのを覚えてる。

 

 最初の自己紹介の時にそれを言ったのを覚えててくれてたのか、歩さんも時々にんじんソテーを作ってくれる。今日の昼食にも少しだけ入ってたね。

 歩さんのはお母さんのとは全然味付けが違うんだけど……それはそれで美味しい。繊細で優しくて、なんかこう、奥深い感じだ。

 

「ちなみに俺は、クランキー系で中がバニラのアイスが一番好き」

「わかりみが深い……。私、クレープ系も好きです」

「あれもいいな。ただ夏は下の方から溶けてこぼれやすいのがたまに瑕」

「あー、カップじゃないアイスだといつも付き纏いますよね、溶けてこぼれる問題。あとアイスじゃないですけど、ハンバーガーとかも具材が漏れたりしません?」

「ハンバーガーの方は縦に潰せば漏れなくなるぞ。ライフハックな」

「いやそれ味落ちません?」

「落ちるが?」

「駄目じゃないですか……」

「まぁ男って腹に入ればそれでいい、みたいなところあるからな……」

「名家出身の歩さんでもそうなんですか?」

「え? あ、いや……まぁ、昔はそうだった。

 今は……せっかくなら美味しいものを食べたい、という思考の余裕くらいはあるかな」

「いいですね、もっと美味しいもの食べましょう! ほらあそこ、にんじんキャンディーににんじんわたあめ、にんじん焼きそばもありますよ!」

「本当ににんじん尽くしだな……。まぁ美味しいからいいんだけどさ」

「じゃあ、あのにんじんおしるこ行ってみますか」

「にんじん……おしるこ……?」

 

 どうでもいい、けれどすごく楽しい話をしながら、私は歩さんと歩く。

 

 ……この手に、彼の温かさと、大きさを感じながら。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 で、色んな出店を見ながら、しばらく歩いてる内に。

 

「……ん?」

 

 何やら、視線を感じた。

 

 いや、一応今はファン感謝祭なわけで、そりゃあジロジロって程じゃないにしろ、ある程度ファンから見られることは想定済みなんだけどさ。

 

 まぁ私は注目を集めすぎるだろうってことで、ウマ耳を隠せる大きめのニット帽とサングラスを着用してはいるけど……。

 それでも、髪や背格好から、ファンにバレることは想定済みだ。

 

 現に今日も、何度かファンに声をかけられたりしたしね。

 「やっぱりトレーナーと仲良いんですね!」とか「トレーナーとのデート中申し訳ないんですけどサインください!」とか言われちゃった。

 へへ、デート。デートかぁ……! やっぱ外から見るとデートに見えちゃうかなぁ!

 まぁ実際、トレーナーと2人きりでお祭り回ってるわけだし? 名目上はどうあれ、事実としてこれはもうどう見てもデートだしね!

 

 

 

 しかし、この世界には良い人が多いってのはわかってたけど、歩さんと手を繋いで感謝祭を周ってるのがここまで受け入れられるとは思わなかったなぁ。

 

 普通、少なくとも前世の世界においては、アイドルは男女問わず異性の影が差すと怒られたり炎上したりするものだった。

 競走ウマ娘だってアイドルとしての気質があるし、そういうのは厳禁だと思ってたんだけど……。

 実際には、案外そういうのも受け入れられやすいというか、純粋なアイドル程にタブーって感じじゃなさそうだ。

 

 勿論、私たちはまだ学生なわけで、成人済みのトレーナーと「恋愛」に発展してしまうと社会的にヤバいんだけど……。

 少なくとも、淡い想いを抱いてる程度ならセーフって感じだ。

 何なら、この前調べたけどこの世界には「トレウマ」なる概念があるっぽいしね。理解のあるファンが多くて助かるよ、いやホントに。

 

 ここからはあくまで妄想だけど……。

 この辺は、根本的にウマ娘は別種族って意識が響いてる気がする。

 

 ウマ娘は人間と非常に似た見た目をしてるけど、あくまで全く別の種族だ。

 ……いや、人間の父から生まれるのに別種族ってどういうこと? って思わなくもないけど、とにかくそういうことらしい。

 

 だからこそ、ウマ娘を可愛いと思い応援することはあっても、それ以上はない。

 人間の本能が「異分子」であると認識するから、性欲や独占欲が比較的湧きづらいんだ。

 もっと深い感情を持つには、その子をよく知ることによって「自分と同じ存在だ」と認識する必要があったりなかったり……。

 

 ……とか、そんな感じ? 割とてきとうだけども。

 

 いや正直、この辺はよくわかんないんだよね。

 私や他のウマ娘のことを、独占欲の宿った目で見る人は少ない。

 これはウマ娘への加害事件の発生率を見るに間違いないだろう。

 

 ただ、その理由はよくわからないんだよね。

 まるでこの世界がそういうルールに守られているかのように、ウマ娘に対する目は優しいんだ。

 どうなってるんだろうな、ホント。

 

 

 

 あれ、ずいぶん話が逸れちゃったな。何の話だっけ?

 ……あー、そうだ、視線を感じたって話。

 

 歩さんとおしゃべりしながら歩いていた私は、ねっとりと絡みつくような、覚えのある視線を感じ取り、立ち止まる。

 

「ウィル?」

 

 ……私は、この視線を知っている。

 

 まるで舌でねぶるような、ねちょついた若干の気持ちの悪さ。

 でも同時に、本気の下衆ではないこともわかる、悪意の少なさ。

 

 これは、間違いない……ッ!

 

「オタクが、推しを眺める目……!」

「ウィル??」

 

 歩さんの手をにぎにぎしながら、周りを見回す。

 この視線の性質からして、当該オタクは恐らく、観葉植物になりたい系と見た。

 

 であれば堂々としているのではなく、気配を隠してどこかに潜んでいるはず……!

 

 数秒、視線を移動。

 

 屋台の陰、いない。

 大樹の洞の傍、いない。

 木の裏、いない。

 

 ……いや、木の上か!

 

「見つけた!」

「ウィル??? あの???」

 

 私が送った視線と、こちらに飛んできていた視線が交わる。

 その瞬間、相手は……。

 

 

 

 ぐらりと、姿勢を崩した。

 

 

 

「ちょっ!」

 

 遠目にも耳が見えたし、あのオタクちゃんはウマ娘だ。

 そしてウマ娘なら、たかが数メートルの高さから落下したってどうにもなりはしないだろう。

 

 ……でも、駄目だ。

 一応知り合いの子が怪我するかもしれないとか、普通に寝覚めが悪い!

 

 「アニメ転生」はさっき使ったばかりだけど、このくらいの距離なら……。

 「コンセントレーション」に、アレ(・・)アレ(・・)で、ギリギリ、届くッ!!

 

「ふッ!!」

「うぃ゛」

 

 多分、国内で誰も勝てないだろう最高のスタートを切った私は、勢いそのまま地面を駆け……。

 木の上から落ちて来るちっちゃい少女の体を、片手でギリギリキャッチ。

 彼女を体の内へ抱え込み、歩さんから仕込まれた受け身術でゴロゴロと転がって事なきを得る。

 

 舞い散る埃、ざわつく野次馬、そして腕の中にはピンク髪のウマ娘ちゃん。

 

 ……ふー、なんとか間に合ってよかった。

 

 いやまぁ、なんか逆に大事になっちゃった気がしないでもないけど……いくらウマ娘とはいえ、打ち所が悪いと後遺症残ったりもするからね。

 将来有望な、私を楽しませてくれるかもしれないウマ娘に、そんなことは許せませんよ。

 

 

 

「……さて、大丈夫?」

「ひ、は、はひ……」

 

 ちょっと無理くりしたせいで、引き倒すような形になっちゃったウマ娘ちゃんに声をかける。

 

 眼下には、多分初等部の3年生くらいだろう……いや、背丈的には1、2年もあり得るか? それくらいの風貌があった。

 その中でも特徴的なのはやはり、ピンクのツーサイドアップと大きな赤のリボンだろう。

 クリクリとした目は淡い空色で、今は何故か涙を浮かべてこちらを見ている。

 

 可愛らしい、未来の競走ウマ娘の卵。

 私はその見た目に、すごく見覚えがあった。

 

「久しぶり。元気してた?」

「え……ひょ? 認知?」

「いや認知って……去年の秋に相談所に来てくれた子だよね? 途中で鼻血で倒れちゃった」

「なっ、え、そんな、覚え……嘘、嘘ォっ!? ホシノウィルムさんがあたしなんかをォ!?」

「そりゃあ覚えてるよ。あなた、すごくキャラが濃いし」

 

 美少女としてそれでいいんかって思うくらいに顔芸を披露したり、ウマ娘へのめちゃくちゃ深い愛を持っていたり、限界オタクだったり。

 一度見たらそうそう忘れられないでしょ、この子。

 

 しかもこの子、公式レース走るごとにファンレターくれてるっぽいしね。

 私が負けた有記念の時なんか、「結果的に負けたとしても、これ以上ないって程の最っ高の走りでした!!」って内容を20枚近い大長文で伝えてくれてた。

 

 ここまで主張が強くて、忘れるわけないでしょ。

 むしろなんで覚えられてることにびっくりしてるんだよ。君、絶対皆の記憶に残るタイプだからね?

 

 私はその子の自意識の低さにちょっと呆れてたんだけど……。

 取り敢えずどいた方がいいか、と体勢を立て直すことにした。

 今私、この子を押し倒してるような体勢だ。ちっちゃい女の子に対してこの姿勢はよろしくない。世間体的に。

 

「っと……取り敢えず、怪我がなくてよかった。ほらお嬢さん、お手を拝借」

「ひ、ひゃだ……!」

 

 ひゃだってるピンクの子の手を引っ張り上げて立たせ、軽くボディチェック。

 突然のことに動転してるっぽいけど、特に外傷はなさそうだ。焦点も合ってるし取り敢えず一安心。

 

 ほぅと息を吐いていると、ピンク髪のウマ娘ちゃんはがばっと頭を下げて来た。

 

「そっ、そのっ、すみませんでしたッ!! ちょっとウマ娘ちゃんウォッチングしてたらお2人の姿が目に入って、咄嗟に隠れなければと思ってしまい……!」

「まぁ気持ちは分かるけども。君はオタクであると同時に将来有望な競走ウマ娘なんだから、怪我には気を付けないと駄目だよ?」

「す、すみませ……え、えぇっ!? あたしなんかが有望……ッ!?」

 

 ピンク髪のウマ娘は、やけにぎょっとした表情で反応する。

 私はコクリと頷いて口を開いた。

 

「誰より近くで推しを見たい。その輝きを目指したい。……その想いがあれば大丈夫。

 君はきっと強くなるよ。だから……トゥインクルシリーズじゃ厳しいかもしれないけど、ドリームトロフィーリーグで待ってるからさ。いつか、一緒に走ろうよ」

「うッ、なァッ、がはッ!!」

 

 あ、倒れちゃった。

 ……流石に推しの過剰供給だったかな、今のは。

 

 オタク側の経験は我ながら潤沢なんだけど、推し側の経験はまだまだ足りないなぁ。

 どれくらいで相手が許容限界を超えるのか、測りかねるところがある。特にこういう限界オタクちゃん。

 

 

 

 しかしこの子、ほんと根っからのオタクって感じだね。

 感情表現豊かで、何かを追い求めて、その渇望を満たすために道を外れることを厭わない。

 

 ……だからこそ、きっとこの子は強くなる。

 

 私とはまた違う意味で、走ることへのモチベーションが高い。

 奇異の目で見られることも、自分が苦しい想いをすることも、少しだって辛くはなく……。

 ただ、眩い光をその目で見るため。

 それだけのために、彼女は走るのだ。

 

 頑張れる意味と理由を持ってる子は、強い。

 彼女なら、あるいはG1を獲れるような、そしてドリームトロフィーリーグに上がって来るような、ネームド級のウマ娘になれるかもしれない。

 

 元オタクとして、やっぱり同志には感情移入しちゃうし、彼女の未来に期待したいところだね。

 

 

 

「それはそれとして、この子を保健室に運ばないと。歩さん、私ちょっと……あれ、歩さん?」

 

 あっ、やべ。

 無意識に手を繋いだまま思いっきり引きずったせいか、歩さんはぐったりしてて意識がない。

 ……ついでに言うと、気持ち、歩さんの腕がぷらぷらしてる。

 

「あ、歩さん! 歩さーん!!」

 

 

 

 ……その後、本日のデートは保健室デートになってしまったのだった。

 取り敢えず歩さんは無事だったみたいだ。本当に良かった……。

 

 彼自身は笑って許してくれたけど、流石に罪悪感が抑えきれない。

 いやもうホント、咄嗟のことだったんです、ごめんなさい。

 この分はきっと、大阪杯で汚名返上します。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ちなみにこの日の大感謝祭、私は出た企画で全勝。

 無事に使った分の「ご褒美権」を取り戻したのだった。いぇい!

 

 ……まぁ、最後の1件に関しては、割と運任せだったというか、同じチームの子たちの奮闘のおかげだったけどね。

 

 

 







 ピンク髪のツーサイドアップで小柄なオタクウマ娘……一体何ネス何タルなんだ……。
 確認したら、秋の大感謝祭でこの子が登場したのは51話。実に70話前。
 ……な、ななじゅう? 体感20話くらいだと思ってた……。時間の経過が早すぎる……。



 次回からは、怒涛の別視点ラッシュ。
 春の大感謝祭の一方その頃をいくつかお届けします。



 次回は3、4日後。別視点で、三冠の味の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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