転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 今回は別視点、とあるウマ娘の視点です。
 かなり前から書こうと思ってた内容でした。実現できてウレシイ。





Shadow Breakers

 

 

 

 ────足りない。

 

 足りない、足りない、足りない。

 

 暗い、満たされない、つまらない、響かない、腹に溜まらない……。

 

 あるいは、単に……渇く。

 

 その感情を、内から湧き出る渇望を、何と表現したものか。

 

 

 

 あの頃。

 私がまだ、飢えを知る前。

 

 目の前にある背中を、揺れる芦毛を、見知った気配を追いかける。

 私が追い付こうとすれば背中は更に遠ざかり、それを見て私ももっと脚を速めて……。

 私とねーちゃんはどこまでも互いを高め合っていた。

 

 ……そう。

 私がねーちゃんの背中を追い越してしまう、その時までは。

 

 あの日々に感じていた、心の底から満たされる充実感。

 本気を出し合い、誰かと競り合い、熱と熱をぶつけ合って勝利を目指す、あの感触。

 

 私は今でも、それを追い求めている。

 

 

 

 ……だが。

 現実は、私に牙を剥いた。

 

『……もうっ……無理……っ。ほんっと最悪……なんであんな速い子がウチに……!』

『ムーリー……あーあ、本気出しても敵うわけないじゃん』

 

 熱を失っていく。

 私と走れば、皆一様に、熱を失っていくんだ。

 

 私は渡り歩いた。

 多くの教室を、野良レースを、あるいは都落ちしてきたウマ娘を……。

 私の渇きを満たしてくれる相手との勝負を、求めて。

 

 勿論、その中には、私を超えるウマ娘もいた。

 本格化を迎えたウマ娘には、勝てないこともあった。

 ゴールラインを先に越えたウマ娘に対して、たまらない熱を覚えたこともあった。

 

 

 

 けれど。

 それでも、結末は変わらなかった。

 

 

 

『こんな……っ、こんな、本格化も来てない子が……っ!? 私の、私の2年は……!!』

『だって、そんな、おかしい! 私が負けるなんて!! こんな子供に!?』

 

 目の前で、熱が、火が、光が、消えていく。

 

 私が走って立てた風で、彼女たちの火は、かき消えてしまう。

 

 

 

 それが……嫌だった。

 

 私が走りを楽しめなくなることも……彼女たちが、もう二度と走れないだろうことも。

 

 それでも、あの満たされる瞬間を、一瞬の輝きを、忘れることが出来なかったから。

 だから、走って、走って、走って……その内、走る場所さえもなくなっていって。

 

 私は徐々に、諦めに近づいて行った。

 もう二度と、あの楽しい走りはできないのだろうと。

 ただ走りを楽しむには、私は強すぎるのだろうと。

 

 そういうものなのだと諦め、見切りを付けていって……。

 

 

 

 ……そうして、ある時。

 

「ブライアン。中央トレセンの、春の大感謝祭に行こう」

 

 ねーちゃんに……姉貴に、そう誘われた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 多くのファンとウマ娘たちによって盛り上がる、トレセン学園の春の大感謝祭。

 姉に連れられそこに来た私は、ただぼんやりと、目の前で行われる勝負を眺めていた。

 

 早食いだとか、大縄跳びだとか、借り物競走だとか……。

 少し視線を巡らせるだけでもいくつもの企画が視界に入り、そしてそこでは何十人何百人というウマ娘たちが覇を競っている。

 

 ここには、トレセン学園には、多くのウマ娘がいる。

 鹿毛、黒鹿毛、栗毛、芦毛。見たことのあるウマ娘もいれば、見たことのないウマ娘も。

 そしてその尽くが、全国でも選りすぐり。トップレベルの優駿たちだ。

 

 中央トレセン学園は入学の際、非常に厳しい試験が課せられる。

 一般的な学校と同じように筆記試験もあるが、姉貴によれば、何より見られるのは実技部分……つまり、競走ウマ娘としての走行能力らしい。

 

 ダート、短距離、マイル、中距離、長距離。その内で自分の得意とする距離を1人、9人、18人立てで3度走り、そのタイムやレース展開を元に合否が測られる。

 この試験は非常に厳しいらしく、私の姉貴ですらかなりギリギリの合格だった。

 本人は「読みが甘くて従来のプランが崩れてしまった。もう一度機会があればもっと上手く走るさ」とは言っていたが……それはともかく。

 

 つまるところ、トレセン学園に在籍するウマ娘たちは、姉貴と並ぶ精鋭たちの集まりなのだろう。

 実際こうして見ると、確かに私がいた地域にいたウマ娘たちより、一様に強い。

 恐らく、今の私が横で走っても……勝てないだろう程に。

 

 

 

 ……けれど。

 きっと、良い勝負は、できるのだろう。

 あの背中に、迫ることくらいはできるのだろう。

 

 そして、その時……あのウマ娘たちは……。

 

 

 

『こんな……っ、こんな、本格化も来てない子が……っ!? 私の、私の2年は……!!』

 

 

 

 いつか聞いた絶叫が耳に蘇り、思わず顔をしかめる。

 

 1年程前、より強いウマ娘との戦いを求め、私は中央から転校してきたというウマ娘と走った。

 結果から言えば、私はあの時、あのウマ娘に勝つことができなかった。

 2バ身の差を付けて、負けたんだ。

 

 中央に入ったという実績と、本格化による身体能力の上昇。

 これらを、私は覆すことはできなかった。

 

 それなのに……。

 それなのに、彼女の光は、私の目の前で消えてしまった。

 自分の努力を否定されたように感じ、走る意味を見失って、その脚を止めてしまった。

 

 

 

 その光景が、忘れられない。

 

 追っていた背中が、止まってしまう。

 目指していた光が、潰えてしまう。

 私の憧れが、終わってしまう。

 

 

 

 ──姉貴の背を越えた、あの時のように。

 

 

 

 だから、渇く。

 

 あの満たされる感覚が欲しいと、あの楽しかった頃が恋しいと思って。

 だから、他のウマ娘と走って……。

 

 ……そうして、再び、光を消してしまうのか?

 私のわがままで、ウマ娘を潰すのか?

 

 再び、そこに思考が戻る。

 何度思い返しても、結局はそこに行きついてしまう。

 

 

 

 走りたい。

 強いウマ娘の背を追いかけるあの悦楽を、再び味わいたい。

 

 けれど、私が走れば、相手のウマ娘は潰れる。

 私の強さが、才能が、そのウマ娘を絶望させる。

 ……伸びた影が、光を塗りつぶす。

 

 そうならないウマ娘を求めて、私はずっと挑戦を続けて来た。

 結局……そんなウマ娘は、どこにもいなかったけれど。

 

 

 

 中央のウマ娘ならば、あるいは私の渇きを満たしてくれるかもしれない。

 伸びた影に惑わされず、私の前を走ってくれるかもしれない。

 

 そう、心のどこかで期待していたが……。

 

「……駄目だ」

「ブライアン?」

 

 結局、どこも変わらない。

 

 私は、ナリタブライアンは、強いのだろう。

 だが、強い光は強い影を生み、他の光を呑み込んでしまう。

 そして私の周りの光が消えていった時……いつかは、私という強い光すらも、影に呑まれる。

 

 変わらない。

 変わらないんだ。

 

 いつか、私自身も、影に呑まれるという未来は。

 

 それが嫌になり……いいや、輝くウマ娘たちの笑顔が、あまりにも眩しくなって。

 私は姉の隣を離れ、企画で勝負していたウマ娘たちから目を逸らして、歩き出した。

 

 

 

 何故、私は彼女たちのように、楽しむことができないのか。

 強く生まれたことが罪だと言うのか。

 才能を持つウマ娘は、楽しく走ることすら許されないのか。

 

 煩悶する思考を抱えながら、目的地もなく歩き……。

 

 

 

 そして。

 

「うぐ」

「おわっ、と」

 

 ……そのウマ娘に、出会った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 曲がった角でぶつかったのは、1人の鹿毛のウマ娘だった。

 

 恐らくトレセン学園の生徒なのだろう、ここの制服を着ている。

 セミロングにした鹿毛、前に一房だけ垂れた黒鹿毛。

 見開かれた瞳は青みがかった白に近く、思わず尻もちを付いた私を、少し驚いたように見ていた。

 

 身長は……私よりも一回り低いか。

 まぁ、本格化を迎えたウマ娘の体格は、フォームに最適な形で固定されるという話もある。単純に体の大きさで歳を計ることはできないだろうが。

 

 ……しかし、このウマ娘。

 どこかで見たことがあるような気がしないでもないが……。

 

 

 

「大丈夫? ごめんね、ちょっと急いでたから。えっと、立てるかな」

「……問題ない」

 

 伸ばされた手を無視し、自力で立ち上がる。

 体の大小で力が決められるわけではないものの、それでも自分より小柄なウマ娘に助けられるのはストレスだ。

 ……いいや。思えば、小柄なウマ娘とぶつかって私だけが倒れている時点で、プライドも何もあったものではなかったのだが。

 

「ん、怪我とかないみたいだね、良かった」

「問題ないと言った」

「あはは、そうだね。……さて、こんな校舎裏でどうしたの? お父さんお母さんとはぐれちゃったとか?」

 

 頭1つ高い私を見上げながら、余裕のある表情で私を子供扱いしてくる鹿毛のウマ娘。

 正直なところ、その扱いに苛立つ思いがないわけでもなかったが……。

 

「……構うな」

 

 それ以上に、私は、恐れた。

 この鹿毛のウマ娘の、純真な表情を……私から伸びた影が、塗りつぶしてしまうことを。

 

 だから深く関わることのないよう、すぐに立ち去ろうとした、んだが……。

 

 

 

「ブライアン!」

 

 ちょうどその時、私を追いかけて来たらしい、聞き慣れた声が聞こえた。

 ……なんて間の悪い。

 

「姉貴……」

 

 振り返った先に、豊かな芦毛を持つ姉の姿が見える。

 途中で振り切ったはずの姉貴は、相変わらず私を追いかけて来ていたようで、少し苛立ったような表情で私に近付いて来る。

 ……いや、これは「苛立った」じゃない。

 ただ、私を心配してくれているだけか。

 

「まったく、いきなり駆け出すから何かあったのかと……」

 

 つかつかと私に駆け寄ってきた姉貴は……。

 

 ピタリと、私の後ろにいるウマ娘を見て、その動きを止めた。

 その目は見開かれ、視線は僅かに動き続けて情報を掴もうとしている。

 

 ……あの姉貴が、緊張している?

 

 私が眉をひそめている前で、姉貴は呟いた。

 

「ホシノウィルム、先輩……?」

 

 

 

 ホシノウィルム。

 

 その名は、聞いたことがある。

 確か、そう、去年7年ぶりにクラシック三冠を達成したウマ娘。

 目の前のレースに集中してばかりだったから、直接そのレースを見たことはないが……。

 

 ……この、鹿毛のチビが?

 

「お前が、ホシノウィルム?」

「ん? うん、ホシノウィルムだけど……」

 

 鹿毛のウマ娘、もといホシノウィルムは、僅かに驚いたような表情で私の方を見て来た後……。

 ぱっと、姉貴の方に視線を移した。

 

「っていうか、もしかしてあなた……ビワハヤヒデちゃん?」

 

 気持ち表情を緩め、ホシノウィルムはてててと姉貴の方へと駆け寄る。

 それに対し、姉貴は目を見開いた。

 

「……! 知って、いただけていたんですか。まだデビューもしていない、ジュニア級のウマ娘を」

「うん。歩さん……私のトレーナーも警戒してたし、私個人としても注目してるからね」

「驚きました。あなたはあまり他のウマ娘の名前を覚えない、と聞いていましたから」

「それは……うん、あんまり否定はできないけど。それでも、注目株はちゃんと覚えてるよ。選抜レースの大差勝ちは結構噂になってたしね。

 それに、君とは一度どこかで話したいとも思ってたんだ。やっぱり目標はクラシック三冠?」

「……そうですね。当面の目標はそちらになると思います」

「ふむ、成程。その先、ターフの上で叶えるべき自分の目標があるわけだ」

「! ……ええ」

「いいね。走る理由がある子はきっと強くなるよ。期待してる。

 ……あ、喉渇いてない? そこの自販機で何か奢ろうか? コーラとか。炭酸抜くよ?」

「え、炭酸……抜く?」

「……あれ、反応が芳しくない……なんで?」

 

 

 

 姉貴と話しているホシノウィルムに、思わず手を伸ばしかける。

 

 ……目の前にいるのは、史上2人目の、無敗の三冠ウマ娘。

 

 大逃げという破天荒極まる脚質で、6つのG1タイトルを取った現役最強ウマ娘。

 史上初めてクラシック級で、グランプリレース・宝塚記念を制した傑物。

 氷のような冷静さと炎のような情熱を両立する、多彩なる一等星。

 あるいは……あらゆる不可能を覆し得る、今を生きる最新の神話。

 

 ホシノウィルムを指す記号は、数えきれない程にある。

 それだけ多くの人間が、ウマ娘が、彼女という鮮烈な光に目を焼かれている証左だ。

 

 だから私も、その光に惹かれ、思わず手を伸ばしかけて……。

 

 ……けれど、手は、途中で止まった。

 

 

 

 確かに、彼女の輝きは眩しい。あまりにも鮮烈すぎるくらいだ。

 その輝かしい背中を負い、いつか届くようにと手を伸ばすのは、きっと最高の体験だろう。

 

 ……だが。

 その光もまた、私の影が覆い隠してしまうかもしれない。

 彼女も私と走れば、あの目を……希望を失った目を、するのかもしれない。

 

 そう考えると、思わず指先が震え……。

 けれど同時、自分の渇きを忘れることはできず。

 

 伸ばした手は、中途半端に空を切るだけだった。

 

 

 

 私がそんなことをしている間に、ホシノウィルムは、言った。

 

「……で。さっきから殺気を向けてくる黒鹿毛の彼女とは、どういう関係なの?

 彼女は姉貴って言ってたけど……」

「ええ、自慢の妹です」

「ふーん、そうなんだ。……ああ、どこかで見た気がしたけど、二期でハヤヒデちゃんの隣にいた子か。一期でもどこかで見た気がするけど……うーん?

 

 ウマ娘の聴覚でも聞き取れないくらいに小さく何かを呟くのは……。

 

 これ以上ない程に、美味そうな香りのする、獲物。

 

 ……ああ、駄目だ、抑えきれない。

 自分の中にある、獣の性を。

 

「アンタ」

「ん、何?」

 

 振り返ったホシノウィルムは、私の向けるギラついた視線にも動じず、静かに聞き返してくる。

 

 どこまでも理想的な態度に、強すぎる自信に、その光に、私は……。

 

「私と走ってくれ。レースを、してくれ」

「いや、無理だよそれは」

 

 考える様子すらなく、にべもなく断られる。

 嫌だからというわけではなく、当然のことを諭すような口調で。

 

「何故だ」

「まぁ、理由は大きく分けて2つあるね」

 

 そう言って、ホシノウィルムは1本目の指を立てた。

 

「多分君にとってつまらないだろう方から挙げると、競走ウマ娘と模擬レースをしたい場合、相手のトレーナーに話を通さなきゃいけないんだ。

 私たちの体調や体力は、全部契約トレーナーが管理してる。それはつまり、私たちが自由にはできないってこと。

 私にある程度本気を出させたいなら、私のトレーナーの許可を取るのは必須になるわけだ」

 

 それは……不可能だ。

 私はまだ、トレセン学園に入学すらしていない。

 契約トレーナーもいないし、勿論相手のトレーナーに話を通せるだけのコネもない。

 

 ……だが、そんな都合で諦められるわけがない。

 思わず目を細めた私に対して、彼女は薄く苦笑を浮かべ、2本目の指を立てた。

 

「そして何より。今の君じゃ、私の相手としては不相応に過ぎる。

 まだ本格化も来てない君では、私の感覚に……10バ身以内に一度入って来ることすらできない。レースが成立しないんだ」

 

 自分とお前の間には、決して埋められない、絶対的な差があるのだと。

 目の前の、鹿毛の競走ウマ娘は、そう告げていた。

 

 私はそれに、苛立つことはなかった。

 いいや、むしろ……心の底から、ゾクゾクとした喜悦が湧き上がる。

 

 彼女は、今、私の前を走っているのだ。

 目の前に、追いかけられる背中がある。目指すべき光がある。

 それを追い抜いてしまうまでの刹那のひと時の、どれだけ貴重なことか。

 

 だからこそ……。

 このウマ娘と走りたい。

 その背中を越えたいと、そう思ってしまうんだ。

 

「頼む。私にできることならする」

「いや、だから無理だよ。さっきも言ったけど、本格化も来てない今の君じゃ、まだ私とは走れないって。

 ……というか、なんでそんなに私と走りたいの? 相手に飢えてるの?」

「飢えている……ああ、そうだ。私は飢え、渇いている」

 

 この感情を何と表現すれば相手に伝わるのか、私にはわからない。

 故に、抽象的な表現になってしまったが……。

 

 ホシノウィルムは、ただそれを聞いただけで、「ああ、成程」と頷いた。

 

「うん、大体理解した。そういうことね」

「……理解? 私の、この渇きを?」

「ま、そんなに珍しい話じゃないからね。

 中央に来れるウマ娘って、地元じゃ負け知らずなことも多いんだ。私なんて、自慢じゃないけど向かない脚質と距離でも大差勝ちばっかりだったし。

 そして、そうやって走ってる内に周りの子のやる気が死んじゃって、一緒に走れる子がいなくなるっていうのも……これまた珍しい話じゃないわけだ」

 

 彼女はいとも簡単に、私の渇きの正体を言い当てた。

 

 そう、一緒に走れるウマ娘の不足。「独走」はできても「競走」ができなくなること。

 それこそが、どうしようもない、私の渇きだ。

 

「だったら……」

「いや、駄目だよ。何度も言うようだけど、今の私とあなたじゃ『競走』できるレベルになってない。

 頼むなら、私以外の子にしなよ。今年のジュニア級の子たちとならいい勝負になるでしょ」

「……それじゃ、駄目だ。また、私の影が、アイツらの脚を止めてしまう」

 

 思わず出た、弱音のような曖昧模糊な言葉。

 それを聞いて、ホシノウィルムは顎に手を当て考え込んだ。

 

「んー? 影、影……写し鏡、いや、行動のもたらす副次的産物みたいな意味合いか……? ……あー、そうか。この時点で競走への執着が生まれると、そういうことに……。私は負けないことばっかり考えてたから、この辺違いが出るなぁ」

 

 彼女はブツブツと呟いて数秒考えた後、「よし」と頷き、改めて私に向き直る。

 

「君の都合とか、望んでることは大体わかった。でも、やっぱり私は君と一緒には走れない。

 ……けどその代わり、君のために走ってあげる。

 この後12時半から、Cブロックの4番で私の模擬レースがあるんだ。見に来てよ」

「自分の走りを見ろ、と?」

「いや、違う」

 

 ホシノウィルムは、私に対してニコリと……いや、ニヤリと笑った。

 まるで未熟な子供を嗤うような、あるいは面白がるような、そんな意地の悪い笑顔で。

 

「そのレースで見てほしいのはさ、私以外のウマ娘だよ。

 ……君がとんでもなく舐めまくってる、トゥインクルシリーズのウマ娘たちさ」

 

 よくわからないことを、言ったのだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 結果を見れば、その模擬レースは酷いものだったと言えよう。

 

 1着入線のウマ娘から2着入線のウマ娘まで、その差は実に20バ身以上。

 そもそも、致命的な程、勝負になっていない。

 国内最強の生きる神話に対して、G2未勝利のウマ娘たちでは、とてもじゃないが分が悪かった。

 

 それはつまり、灰の龍の飛び抜けた性能を示すものであり、歴然とした格差の象徴であり……。

 ウマ娘たちにとっての、決定的すぎる敗北だった。

 

 ……だからこそ。

 ホシノウィルムでもなく、その大きすぎる格差でもなく、彼女たちのことを見ていたのは……私と、ごく一部だけだっただろう。

 

 ホシノウィルムが指定した見るべき対象は、彼女自身ではなく、「私以外のウマ娘」。

 だから私はずっと、先頭をひた走る彼女ではなく、その後ろを走るウマ娘たちを見ていた。

 

 ……しかし、視界の端に捉えても、わかる。

 圧倒的と言っていいスタートダッシュ。

 とても追いつけない程の猛加速。

 最後の瞬間に緩むどころか、むしろ冴え渡る末脚。

 彼女は、その模擬レースの出走ウマ娘の中で、明確に1人だけモノが違った。

 

 

 

 ああ……やはり、ホシノウィルムはバケモノなのだろう。

 それこそ私と同じく、光が強すぎるが故に影が伸び、他の光を掻き消してしまう程の。

 

 だからこそ、私にはわかってしまう。

 彼女の影が、他の全てのウマ娘の光を掻き消すと。

 

 絶望が、彼女たちの希望を覆い尽くす。

 自分たちとホシノウィルムの間には、決して埋め得ない差がある。

 どれだけ努力したところで、工夫したところで、我慢したところで、関係なく……。

 才能の多寡という、どうしようもない最初の段階で、彼女たちは「ホシノウィルムには勝てない」と決まってしまっているのだ、と。

 

 それを目の前で、こうも見せつけられるんだ。

 彼女たちからすれば、積み上げて来た努力を否定されるようなもの。

 抱いていた希望は叩き折られ、その目をどうしようもなく曇らせるのだろう。

 

 それはもはや避けられない未来で……。

 私は何度も、彼女たちから目を背けそうになった。

 

 

 

 ……けれど。

 

「…………、何?」

 

 私の見切りは、外れた。

 

 

 

 誰一人として、レース中に諦めた者はいなかった。

 ホシノウィルムが想定以上の力を振るうのに対し、最初こそ驚き戸惑ってはいたが、すぐに……彼女たちもまた、本気になった。

 

 ……あのウマ娘たちも、わかっているはずだ。

 ホシノウィルムには、勝てないと。

 

 素質が違う。能力が違う。技術が違う。……次元が、違う。

 どれだけ自分たちが本気を出したとしても、あるいは本気以上の力を出したとしても……。

 ホシノウィルムが、ある程度とはいえ本気で走れば、決して敵わない。

 

 それなのに、彼女たちは諦めなかった。

 目を見開き、歯を食いしばり、必死に脚を動かして。

 懸命に、最後まで、ゴールラインを越えるその瞬間まで……走り続けた。

 

 そうして、肩を上下に揺らして荒れた息を整えながら、遥か遠い先で追い抜けなかったウマ娘が観客に手を振っているのを憎々し気に眺め……。

 

 もっと、と。

 もっと強くなりたい、と、涙ながらに、トレーナーに訴えていたのだ。

 

 

 

 彼女たちの光は……消えて、いなかった。

 深すぎる絶望の影の中で、それでもなお、希望は潰えてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

「どうだった?」

 

 気付けばいつの間にか、首に巻いたタオルで汗を拭くホシノウィルムが隣にいて。

 ぼんやりとターフを眺めていた私に対し、いたずらっぽい微笑を浮かべながら、感想を尋ねて来ていた。

 

 どうだったか、と。

 今見たものの感想を訊かれれば……。

 

「これが、中央トレセンか」

「そうだよ」

「あれが、トゥインクルシリーズのウマ娘か」

「そう」

「……ああ、認めよう。確かに私は、アイツらのことを舐めていた」

 

 そう、白旗を上げざるを得ない。

 

 

 

 私は、彼女たちのことを舐めていた。

 決定的な差を見せつけられれば、諦めるだろうと。

 ここで折れて、走るのをやめてしまうのだろう、と。

 ……強いウマ娘と走れば、もう二度と、真っ当に走ることはできないだろう、と。

 

 けれど、彼女たちは……私の予想の上を行った。

 

「中央トレセン、すごいでしょ。私も最初、びっくりしたよ」

「ああ、確かにすごいな」

 

 そんな素朴な感想が出てしまうくらいには、彼女たちの健闘に、私はショックを受けていた。

 

 バケモノとの次元の違いを見せつけられ、愕然とし、苦痛を覚えながら……それでもなお立ち上がる。

 何度負けてもその背を追い続け、そしていつかはそれを抜き去りたいと望む。

 

 ……そう。

 まるで、過去の私と同じように。

 

 トレセン学園のウマ娘たちは、ただ捕食されるだけの肉ではない。

 地に脚を付け、相手を食らおうと駆ける、獣だったのだ。

 

 

 

「皆が、ああなのか」

「そりゃ、最初はそうでもないけど……クラシック級の夏を乗り切ったメンツは強いよ。

 ガチガチに勝ち続ける怪物か、負け続けても諦めないガッツのある子しか残らないからね」

「成程」

 

 「諦めないこと」。

 競走ウマ娘にとって最も肝要であり、同時に最も難しいかもしれないことだ。

 

 ここに入学したウマ娘の中でも、それができないヤツは、自ら去っていく。

 残るのは自然と、最大の素質を持ったウマ娘だけになる、というわけだ。

 

 ……そこで、ようやく得心する。

 あぁ、成程。

 ホシノウィルムが私に見せたかったのは、教えたかったのは、これか。

 

「お見通しというわけか」

「まあね、あなたと私はよく似てるから。誰かと競うことに取り憑かれてるところなんて、まさに」

 

 ま、私がそうなったのは割と最近のことなんだけど、と付け加え。

 彼女は小さく苦笑して、話を続ける。

 

「ここには、君を満足させるものがあるよ。追い付けない背中も、諦めずに追って来るウマ娘も。

 だから、君も来なよ、トゥインクルシリーズ……中央トレセンに」

 

 そう言って、ホシノウィルムは私を迎えるように両手を広げた。

 

 可哀そうなウマ娘に慈悲をかけている……。

 ……のでは、ない。

 

 コイツもまた、中央トレセンに巣食う獣の一匹。

 コイツはただ、より強いウマ娘と走りたいだけ。自分に迫って来れるウマ娘を求めているだけだ。

 

 ……そして同時。

 私はそうして、追わせてくれる背中を、求めている。

 

「……私が追い付くまで、アンタは前を走ってくれるのか?」

「ん……君、今何年生?」

「初等部6年だが」

「となると……クラシック級のジャパンカップとか有記念で走るとしても2年半。私はシニア級3年末か……。

 どうだろう、その頃の私、まだトゥインクルシリーズにいるかなぁ。ドリームトロフィーリーグまで来てくれれば、確実に走れるんだけど」

 

 トゥインクルシリーズで高い成績を残したウマ娘は、その次の段階であるドリームトロフィーリーグへ参加する権利が与えられる。

 もしかしたら自分は、その頃にはそちらに移っているかもしれない……と。

 ホシノウィルムは、そう言っていた。

 

 それは……面白くない。

 こんな絶好の獲物を、考えられる限り最高の味をするだろう相手を、みすみす逃してしまうのは。

 

 思わず目を細め、睨み付けた私に対し……。

 ホシノウィルムはしかし、「大丈夫」と笑った。

 

「そんなに心配しなくとも、君を楽しませてくれるウマ娘は必ず出てくるよ」

「そんなことが起こり得ると?」

 

 私は今まで、姉貴以外のウマ娘と走って満足できたことはない。

 姉貴は間違いなく優駿と言っていい存在だ。それと同じ、あるいはそれを超えるようなウマ娘が、そうやすやすと現れるとは思えなかった。

 

 だから私は、どこか懐疑的に、その言葉を疑ったが……。

 ホシノウィルムは、どこか確信を持ったような表情で頷いた。

 

「うん、起こるよ。……なにせ、私もそれ、体験したしね。

 君を追い詰めるウマ娘。それは一見弱々しく儚いように見えて、とんでもなく諦めが悪くて頭の良い子かもしれないし……。

 あるいは、君を超えるようなめちゃくちゃな天才かもしれないよ?

 どう、想像すると楽しくなってくるでしょ?」

 

 恐らく、自らのライバルたちを思い浮かべてのものだろう。

 ホシノウィルムは喜悦の表情を、ちらりとだけ覗かせる。

 

 そして、その瞳は……。

 ついっと、私にも向けられた。

 

「ま、私も君と走ってみたいし、できるだけ長く走るよ。それで、もしも走ることになったら……」

 

 彼女は、そう言って……。

 どこかで見たことのある、笑みを浮かべて、言う。

 

「その時は、全力で叩き潰す。

 食われたくなければ、全力で向かってきなよ?」

 

 

 

 ……ああ、思い出した。

 

 これは、腹を空かせた獣が、牙を剥いた時の表情だ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ふ……」

 

 ……ああ、なんて、眩しいのか。

 

 ホシノウィルム。

 現役どころか、歴代最強とまで謳われる、三冠ウマ娘。

 トゥインクルシリーズで一等輝く、眩き天上の()

 

 あれを食らえば、どれだけ満たされるだろう。

 この渇きが、飢えが、どれだけ満たされるのだろう。

 

 ああ……走りたい。

 あの背中を、追い抜きたい。

 

「……そのためには」

 

 まず、アイツと同じ場所にまで辿り着かなければ。

 

 ヤツの言ったように、まずは中央トレセンを目指そう。

 多くのウマ娘たちが走る、私の理想の舞台。

 そこに立って、多くのウマ娘たちを超えながら……ヤツと同じだけのものを勝ち取る。

 

 早熟の証明、ジュニア級年末のG1レース。

 ウマ娘にとっての強さの極致、クラシック三冠。

 

 それらを片端から平らげた後、メインディッシュだ。

 

 ……あぁ、やってやる。

 欠片の容赦もなく、やってやろうとも。

 

 待っていろ、ホシノウィルム。

 私は必ず、お前を捉え……そして、抜き去って(食い千切って)みせる。

 

 

 







 そんなわけで、未来の三冠ウマ娘、シャドーロールの怪物のお話でした。
 このオリ主、まーたライバル(になり得る)ウマ娘に火を点けてる……。
 ウィルが2話前で「模擬レースで1戦だけ本気を出したい」と言っていたのは、こういうことでした。ただ走りたいだけだと思ってた人は反省してください。

 ナリタブライアンはここから8か月後に入学となるんですが、堀野君と契約して鬼のような三冠排出率にしてもいいですし、ネイトレと契約してつよつよライバルになってもらってもいいですし、ハヤヒデと同門にしてもそれはそれで面白いですね。
 どう調理しても美味しい逸材、ナリタブライアン。果たして彼女の未来がどう転ぶのかは、三女神のみぞ知る。



 次回は3、4日後。別視点で、罪と後悔の果ての話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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