転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 別視点第二段、今回は妹ちゃん視点です。

 公式の情報が殆どなかったから大感謝祭の設定それっぽく組んだら、ニンダイでまさかの大感謝祭テーマのゲーム発売が発表された件。
 やっぱりアレか、一流のウマ娘ともなるとビームとか撃てるのか。今からでもプロット変更してウィルにビーム撃ってもらうかなぁ……。





And they are dying bad end after.

 

 

 

 実のところ、中央トレセンに来た去年の秋に比べて、私が業務に携わる時間は、むしろ減少している。

 

 あのクソバ鹿アホボケ兄さんが「自分にできるんだから昌にもできるはず」と押し付けて来る無限にも等しい仕事(本人曰く新人向けの雑務)をこなしてた頃は、コイツマジで私を殺す気かって思ってたけど……。

 ある意味でその経験が活きたのか、慣れて来る頃には私の仕事の能率は跳ね上がって、同じ業務を半分どころか4分の1くらいの時間でこなせるようになったからだ。

 

 よって今は、多少兄から課せられる課題が増えたり、案件や調査の量が増えたとしても……うん、多分1日5時間は睡眠時間を確保できると思う。

 勿論、まだホシノウィルムさんやミホノブルボンさんを1人で担当するのは厳しいけど、それは彼女たちが世代の中心だからこそ。

 程々の人気のウマ娘なら、サブなしでもなんとかトレーナーをやっていけるんじゃないだろうか。

 ……いや、これは慣れてきたが故の慢心だな。調子に乗りすぎないようにしないと。

 

 とにかく私は、いささか高い壁を越えた。

 仕事は最初の頃が一番キツいってよく聞くけど、このやり方はある意味それを煮詰めたような感じだったのかもしれない。

 去年からインターン扱いでここに入った私は、なんとか「辞めよう」とは思わないまま、それを乗り越えられた、ということになる。

 

 

 

 ……が。

 

 業務時間は減ったとしても、業務量はむしろ格段に増えているわけで。

 私はその日も淡々とキーボードを叩きながら、ジリジリとメンタルを弱めていた。

 

 『彼女』と別れてからの兄さんの態度にも表れてるけど、トレーナーにとって一番楽しいのは、ウマ娘たちと触れ合ったり育成をしている瞬間だ。

 

 というか、私たちはウマ娘たちを育てたくてトレーナーになったんだ。

 そりゃあ本懐を果たす瞬間が一番満たされるのは当然の話で……。

 

 逆に言えば。

 こういう雑務をやってる時間は、どうしても面倒になってしまうのだ。

 

「…………ふぅ」

 

 仕事に一区切り付けて、ため息。

 

 目の前のモニターには、この数日分のお金の動きを入力し終わった会計ソフトが映ってる。

 後は、合計額が一致してることを確認して、予算案の方に細部の調整をして、領収書を纏めて、いくつか判子を押して、それから兄さんにいくつか連絡しなきゃ。

 

 そんなことを考えながら、私は当月残高をチェックして……。

 

「あ゛」

 

 ズレ、てる。

 通帳上の残高と、会計ソフト上の、残高が。

 

 えっと差は……通帳の方が……2万飛んで889円、多い。

 

 なんだこれ。

 どこ間違えた。

 奇数ってことは貸方借方逆にしたわけじゃない。

 こんな中途半端な金額に心当たりはない。

 単純な金額の入力ミスっぽい感じもしない。

 

 ……原因、わかんない。

 マジ? 何百件の記入の照らし合わせしなきゃいけないの?

 

「あぁー……」

 

 切れた。

 集中力が、もうこれ以上ないくらい、完璧にプッツン切れた。

 

 ただでさえ8時間くらいずっと書類仕事してて限界だった上、1時間以上かかった記入の調べ直し……。

 流石に、メンタルに限界が来てしまった。

 

 よし、ちょっとだけ休憩しよう。

 5分くらい思考を引き離せば、集中力も多少は戻って来るでしょ。

 

 そう思って、私はその場で大きく伸びをして……。

 

「んー……ん?」

 

 

 

 ふと、見上げた先に。

 

 黒いナニカが、2つ、見えた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 私こと堀野昌には、霊感……のような何かがある。

 

 正直、これに関しては、よく分からないことの方が多い。

 これが異常なことだとわかってすぐ、私は両親や兄たちのような肉親にさえ、このことを言うのをやめてしまったし……。

 そういう専門家に相談に行こうかと思ったこともあるけど、最初に当たったのがとんだインチキ霊能力者で、露骨にそこにいた変なモノが見えていなかったようだったから、同類を探すのも諦めた。

 だから、この霊感のようなものが本当は何なのか、私自身にさえよくわかってはいないんだ。

 

 ただ確かなのは、2つ。

 私は、大半の人々が感知も接触もできない者に対して、見て、聞いて、触れて、あるいは消すこともできるってこと。

 それと、私がそうやってナニカを認識するためには、波長? みたいなものが合う必要があること。

 

 そう、私の霊感は、そんなに強いものじゃない。

 経験則上、ソレらを見るためには、波長のようなものを合わせなくてはならないのだ。

 

 その日の気分とか体調、食べたものに月のものの周期。

 その他様々な要素を元に……つまり殆どランダムに、私はソレらと波長が合う。

 

 そうなってしまえば最後、それがズレるまでの間、私はソレらを認識してしまう。

 子供の頃は、そうやって変なモノが見えて困ったことも多かったけど……それはともかく。

 

 

 

 だからこそ。

 その日に見えた黒いナニカも、そういった一過性のモノだと思ったんだ。

 偶然波長が合ってしまった、それこそ30分も経てば、存在を認識することもできなくなるような、どうでもいいものだと。

 

 実際のところ、その「色」も、特別珍しいものじゃなかった。

 多分元は人間かウマ娘だったんだろう、複雑な色。

 黒くてぐちゃぐちゃした中からは、深い後悔と絶望の感情が垣間見える。

 

 どっちも、決して珍しいモノじゃない。

 高度な知性体の方がこういうモノになりやすいってのは経験則で理解してるし……。

 死を迎えて尚消えられないソレらは、暗い感情を抱えていることが多いんだ。

 

 だから、私は……。

 

「……仕事するか」

 

 ソレらを、無視することにした。

 

 どうせ波長がズレれば、見えなくなるモノだ。

 こちらへの強烈な悪意とかも感じられないし、放っておいても害はないだろう。

 

 まぁ、私がソレらを認識してるとあっちに気取られてしまえば、何かしら行動を起こして来る可能性はあるけど……。

 こっちは幼少期からそういうモノに触れ合ってきたベテランだ。存在丸々無視することにも慣れてる。

 

 異常があっても無視すればいいし、何か起こっても気にしなければいい。どうしても害になるようなら、最悪消してしまっても構わない。

 多くの人に「存在しない」と定義されているように、ソレらはこの世界になくていいモノ。本来交わるべきでないモノ。

 気にしすぎても、気苦労を背負い込むだけだ。

 

 

 

 そんなことよりは、会計作業の方がずっと優先度は高い。

 何せ、こんなことでもしっかりこなさないと、ホシノウィルムさんやミホノブルボンさん、ついでにあのバ鹿兄さんも困ってしまう訳で。

 

 無駄なことに労力を割くよりは、サブとはいえ世話を見ているウマ娘である、ホシノウィルムさんやミホノブルボンさんの力になってあげたい。

 おまけ程度に、メインのトレーナーである兄さんの手伝いをしたい。

 

 ……すごく今更で、根本的なことだけど。

 堀野昌という人間は、霊だとか化け物だとかよりもウマ娘のことが好きな、堀野家の娘なのだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……と。

 つい1か月程前は、そうやって呑気に構えていたわけだが。

 

「はぁ……」

 

 流石に、そろそろ看過できなくなってきた。

 

 確認していたミホノブルボンさんのシューズの納品書から目を上げると、そこにはやはり、黒いぐしゃぐしゃしたナニカがいる。

 前よりも鮮明に捉えられるようになってきたソレらは、今日も今日とて、うにょうにょとトレーナー室の片隅を漂っていた。

 

 ……消えない。

 全っ然、消えない。

 

 30分もすれば波長がズレて見えなくなるはずと思ってたけど、そんなこともなく。

 私の予想に反して、それらはずっとそこにあり続けた。

 

 私が最も長く活動する場所、中央トレセンのトレーナー棟、兄に割り当てられたトレーナー室。

 他に比べてそこそこ綺麗に整頓されているその部屋の、外に続く扉に向かって左奥の隅。

 2つの黒いナニカは、私が初めて目撃して以来、ずっとそこに佇んでいる。

 ……あぁいや、急にどこかに行ってしまう、例外的な時間もあったんだけど。

 

 更に言えば、ただ消えずにそこにいるというだけじゃなく……。

 ソレらは徐々に、より鮮明に見えるようになってきていた。

 

 ただ「黒い」「魂の色っぽいモノが見える」程度にしか認識できなかったそれは、いつしか「ぐしゃぐしゃしている」「やや浮いている」「時折行動している」と、複雑な認識ができるようになってきている。

 

 それはつまり……ソレらと波長が、更に合ってきている、ということを意味するのだろう。

 

 

 

 どうしたものかなと、書類を置いて、頬杖を突いた。

 

 今のところ、ソレらは悪い兆候を見せているわけじゃない。

 そこにいることで兄さんやウマ娘たちに悪い影響が出たことはないし、恐らく私がソレらを認識できていることには気付いているだろうに、特にアクションをかけてくることもない。

 

 生きた人間のような行動を見せないことから、自分たちが死んでいることには気付いてるっぽくて……。

 けれど、だからと言って寂しさからこちらを引きずり込むわけでもなく、おかしくなって変な行動を取るわけでもなく。

 

 ソレらは、ただ、そこにいるだけのモノだ。

 ……特定のタイミングを除いて、だけど。

 

 

 

 もしもソレらが害になるものであれば、話は簡単だった。

 さっさと消し去ってしまえばよかったんだ。

 

 どうやら私は、霊的な感覚こそ弱いが、破壊力? 祓う力? みたいなものはそこそこ強いらしく、昔からそういったおかしなモノには抗することができた。

 

 というか、それまで弱かったら、多分この歳まで五体満足で生きて来れなかっただろう。

 おかしくなってしまったモノに引きずり込まれて子供の頃に死んでいたか、少なくとも四肢の1本でも持っていかれていた。

 

 そうならなかったのは、ひとえに私に抗える力があったからだ。

 いざという時は、消し去ってしまえばいい。

 その意識があったからこそ、私はそういったモノに過度に怯えることもなく、ここまで生きて来れたというわけだ。

 

 まぁとは言え、そういうモノなら何でも消し去れるっていうわけではない。

 そういうおかしなモノらにも強弱があって、それこそ神様みたいなヤバいものとか、堕ち切ってドロドロになったモノとかもいる。

 そういう手を出しちゃいけないものは、消し去るとかそういう前の段階で、そもそも認識しただけで害になったりもするのだ。多分私の力も効かないだろう。やったことないけど。

 

 逆に言えば、そういうのを除けば……まぁ、なんとかなる。

 触れ合った時点で体調が悪くなったり、変なモノに波長が合いやすくなったりもするから、正直取りたくない手ではあるけどね。

 

 

 

 で、この黒いナニかは、どれだけ強いのかって話だけど……。

 ぶっちゃけ言って弱い。すごく弱い。

 多分だけど、消そうとする私に対して、悪影響を及ぼすことすらできないだろう。

 

 だから、ソレらが悪意を持ってたり、私や兄さん、ウマ娘たちの害になるのなら、その時は消してしまえばいいと思っていた。

 

 

 

 けれど、その黒いモノは、害がない。

 そこにあっても、私が見ても、何なら露骨に近づいても、強い反応がない。

 

 そうなると、私としても積極的に消す理由はないわけで。

 君子危うきに何とやら。私はこれまで、ソレらをだらだらと放置してきた。

 

 

 

 ……しかし。

 それが1か月も続くとなると、ちょっとばかり話が変わって来るわけで。

 

 私は仕方なく、ソレらに対してアクションを起こすことにしたのだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……めんどくさい」

 

 思わず、トレーナー室で一人、呟く。

 

 今日はトレセン学園、春の感謝祭の日。

 ミホノブルボンさんは友人のサクラバクシンオーさんと遊びに出ているし、ホシノウィルムさんと兄さんは今日出る企画のために外に出ている。

 一方私は、昨日アクシデントで残してしまった仕事を片付けるまでトレーナー室に籠ると宣言した。

 

 ……つまるところ。

 今日は、私以外の誰も、このトレーナー室に来ない。

 

 この黒いモノに対してアクションを起こすには、絶好のタイミングと言えるだろう。

 

 

 

「ちょっと、そこの、変なの」

 

 私は口を開きながら、書類を机に置き、ソレらに近付く。

 

「聞こえてんの? アンタたちに話しかけてるんだけど。言葉分かる?」

 

 反応は…………ある。

 ソレらは、僅かに身をよじった。

 偶発的なものじゃなく、私の言葉に対して反応してるっぽい。

 

 ……ただ、それ以上のアクションはなかった。

 

 これは……どっちだろうな。

 私の言葉を理解できず、ただ話しかけられたことだけはわかって、反応したのか……。

 それとも、あちらの言葉を私が理解できるほどには、私の波長が合ってないのか。

 

 ただ1つ確信できたのは、私の言葉は相手に届いてるってことだ。

 一昨日試した時は、この距離まで詰めても反応1つなかったのに、今話しかければちゃんと反応する。

 それはつまり、向こうからはともかく、こちらからの言葉は届いていることを意味する。

 

 なら、コミュニケーションの取りようはある。

 

「取り敢えず、聞こえてるっぽいか。そっちは話すとかできない感じ?」

 

 言葉に、再びソレらが揺れる。

 聞こえてるし、私の言葉の切れ目に対して素早く反応してきた。

 喋ることはできないみたいだけど、こっちの言葉を理解はできてるのかもしれない。

 

 それなら、聞きたいことを聞かせてもらおうかな。

 

 

 

「そ。それで……アンタたち、ここにいていいの?」

 

 

 

 ……反応なし。

 

 言葉を理解できていない……とは、思えない。

 私は恐らく、半年(・・)という短くない時間をかけて、コレらと波長を合わせた。

 そこまで合ってしまえば、不意にズレるようなことはないだろう。

 この言葉も、十分に伝わっているはずだ。

 

 だから、反応しなかった理由は……ひとえに、ソレらが「咄嗟に反応できなかった」からだ。

 

「……あのさ。それでいいと思ってるの?」

 

 呆れながらの言葉にも、反応はなし。

 

 

 

 ……あぁ、ムカついて来たな。

 こんなんでいいと思ってるのか。

 こんな状況で、ただ「そう」しているのが正解だと信じているのか。

 

 そんな訳がないのに。

 ただ逃げているだけの末路など、バッドエンドですらない。

 ……いや、既に「終わってしまった」ソレらは、ある意味バッドエンドの先の存在か。

 

 「終わってしまった」モノがどうなろうと、私の知ったことではないけれど……。

 死んでなお逃げ続けるソレらが目に入ると、それだけで腹立たしかった。

 

 ソレらを認識できるのは、私だけ。

 ソレらに何かを言えるのも、その意思を知ることができるのも、私だけだ。

 

 であれば、私のすべきことは……。

 

 きちんと、向き合わせることだろう。

 

 

 

「……付いて来なさい。

 あなたたちが、同じことを繰り返したくないのなら、ちゃんと彼女のことを見て」

 

 その言葉に。

 

 黒い、2つのナニカは、今までになく強く、震えた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 私の持つ霊感モドキ。

 これでこの世のものでないナニカを認識するためには、波長を合わせなければならない。

 

 これが合う条件は、大きく分けて2つ。

 

 1つは、先述の通り、私の状態だ。

 調子が良いとか悪いとかそういう大雑把なものじゃなく、多分何十何百という条件によって決まる、無作為でランダムに近い状態の変動。

 これが上手く噛み合った時に、相手のことを認識できるようになる。

 

 つまるところ、こちらの方法では、自発的に波長を合わせることはできないし、合ったとしてもすぐにズレて認識できなくなる。

 だから今、私の後ろを付いて来ている黒いソレらとは、この方法で波長が合ったわけではないんだろう。

 

 

 

 恐らくはソレらと波長が合った理由なんだろう、もう1つの方法は……。

 

 ソレと縁のあった者の近くに、居続けることだ。

 

 例えば、私が兄と共に共同生活を送った果てに、『彼女』との波長が非常に近づいたように。

 知り合い、友達、近親者、あるいは家族。

 そういった縁のあった者と共に時間を過ごすことで、少しずつ、私の波長はソレに近づいていく。

 

 私が見ていた者との関係が深ければ深い程に速く、私の波長はソレに近付いて……。

 それこそ、半年も近くにいれば、そのウマ娘の家族だったモノくらいは見えるようになるはずだ。

 

 

 

 ……その、黒い2つのモノに見えるのは、昏くて痛々しい感情。

 深い後悔と、絶望。

 こうして魂だけが浮き出た死人には決して珍しくない、ありふれた……悲しいモノだ。

 

 そしてその想いは、とあるタイミングで膨れ上がり、2つの黒いモノは、逃げ出すようにいなくなる。

 そのタイミングとは……。

 

 トレーナー室に、彼女が……。

 ホシノウィルムさんが、入って来た瞬間だ。

 

 

 

 それらの情報を照らし合わせれば……。

 この、2つの黒いモノが、元々は何だったのかは、想像に難くなかった。

 

 ……だからこそ、ムカついたんだ。

 

 

 

 私はこの前話した時に、本人からソレらの話を聞いた。

 嫉妬に狂い彼女を無視した母、母を愛する余り彼女を見なかった父のことを。

 「私とは、噛み合わなくて。歯車が1つ噛み合わなければ、機械って簡単に壊れちゃうんです。私が悪いとか、2人が悪いとかじゃなくて……ただ、相性が悪かった。それに尽きます」と、静かに告げられた。

 ただ、それだけだ。

 

 別に私は、その光景を実際に見てきたわけじゃない。

 私に、彼女に同情するような権利はないだろう。

 私が生まれ育った堀野の家は、温かかった。

 カッコ付けのコミュ障である父、頭のネジの飛んだ長兄、前世の記憶を持つ次男と、問題のある人間は多かったけど。

 それでも、上手く回っていた。それぞれがそれぞれに気を遣い、楽しくやれていた。

 彼女の言葉で言えば、これ以上ない程に、歯車が噛み合った家庭だったと言える。

 

 だからこそ。

 その温かさを知り、本物の冷たさを知らない私は、彼女に同情すらできない。

 その感情を知らないから。同じ情を、持っていないから。

 

 

 

 ……だけど、ムカつくくらいは、許されるはずだ。

 

 死んでしまって、取り返しが付かなくなって、そこでようやく自分たちのしたことに気付いて。

 後悔して、もはや何も取り返せないことに絶望して……。

 そのまま未練たらたらでこんなところにまで出て来て、そのくせ直視はできずに避けてまわるなんて。

 

 ふざけてる。

 そんなこと、許されるわけがない。

 

 

 

 ただの義憤だ。

 関係ない人が勝手に怒ってるだけ。

 

 私にそんな怒りをぶつける権利はない。

 誰かを正しく裁ける程に私はできた人間じゃないし、そうじゃない以上、私の行動は全てが私刑。

 そこには正しさなどどこにもない。

 私がここで行動を起こすこと、その全てがきっと誤りだろう。

 

 わかってる。

 そんなこと、全部わかってる。

 

 わかった上で……何度そう自分に言い聞かせても、私の足は止まらなかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そうして、黒いモノを背後に連れて、辿り着いた先は……。

 春のファン大感謝祭で賑わう、トレセン学園の一区画。

 ……を見下ろせる、校舎の片隅だ。

 

「……いた」

 

 目的の人物2人を発見し、私は動かしていた足を止める。

 

 どうせ一緒にいるだろうと思ってたけど、やっぱり予想通りだ。

 ま、ホシノウィルムさんは普段からあんなに好き好きオーラ出してるし、兄さんだってそれを憎からず思ってる様子を見せてる。

 お祭りの日に一緒に回らないとか、あり得ないとは思ってたけどね。

 

「見て、そこにいるから」

 

 背後にいる黒いモノに、言葉少なに言う。

 ソレらはうぞうぞとうごめき……まるで躊躇するように、その場から動かない。

 

 絶望と後悔に染まっていたソレらは、今は、強い強い恐怖の色に染め直されている。

 

 それが……尚更、ムカついた。

 

「……見ろ。アンタたちが崖に追い込んだ子の今を、ちゃんと見て、知れ。

 それが加害者の……いいや、あの子を産んだ親の、最低限の責任でしょうが」

 

 脅すように言うと、ソレらは硬直して……それからようやく、窓の方へと移動した。

 

 

 

 ……勝手にムカついて、勝手にキレておきながら、なんだっていう話だけど。

 正直に言えば、ソレらの恐怖は、決して理解できないものじゃなかった。

 

 自分たちが一時の激情、一時の喪失感で、その人生をめちゃくちゃにしてしまった相手。

 愛し愛されるはずだった、自分たちの家族になるはずだった、無辜の子供。

 

 ソレらは命を亡くしてその体から離れ、そこでようやく冷静になったんだろう。

 そして現実を見て、自分たちのやってしまったことを自覚した。

 

 遺した子供のその先を見るのは、即ち、自分たちの罪に正面から向き合い続けるに等しく……。

 ……もしも彼女が、今にも死にそうな顔で、命を捨てるように走っていれば……。

 それはきっと、ソレらの心を壊してしまう光景なのだろう。

 

 だからこそ、ソレらは怖がっている。

 それこそ、消えて(死んで)しまうことと同じくらいに、現実に向き合うことを恐れている。

 

 その気持ちは、共感こそ理解できないけど、理解はできるものだ。

 

 

 

 ……でも。

 だからって、中途半端に近づいて来たくせに、覚悟ができないから見ない、なんて。

 そんな選択が正しいとは、決して思えない。

 

 だから私は、ソレらに彼女を見るように強いて……。

 だからソレらは、きっと決死の覚悟で窓の外を覗き見て……。

 

 

 

 

 

 

 ……そうして。

 

 娘が、アホ面晒したクソボケトレーナーと一緒に、満面の笑顔でお祭りを巡っているところを、見た。

 

 

 

 

 

 

 目の前の黒いモノは、固まった。

 理解できない現実に困惑し、あまりにも希望に満ちた現在に瞠目する。

 

 私はそんな、ホシノウィルムさんの過去を縛っていた影に、静かに告げた。

 

「……アンタたちがどれだけ後悔しようと、絶望しようと、過去は絶対に変えられない」

 

 そう。

 過去は覆らない。

 

 私の知るある者は、かつての悲劇を受け入れ、乗り越え。

 私の知るある者は、自らと共に痛ましい悲劇を葬り、未来を託して。

 私の知るある者は、受け入れられない悲劇を忘れ、前に進んだ。

 

 それぞれが、それぞれの方法で前に進んだ。

 けれど、ただ1人として、その壮絶な過去を変えられた者はいない。

 

 人は、時間という軸を持たない。

 今この時を生きるしかない私たちは、それがどれだけ辛いものであろうとも、1度体験してしまった過去を覆せない。

 

 それは酷く、悲しく虚しい事のように思える。

 「これまで」が駄目だったら「これから」も陰ってしまうと、そういうことを示すのだから。

 

 

 

 ……けれど。

 

 人やウマ娘が今を生きることは、何も絶望だけを示すわけではないんだ。

 

「そうして迷っている間に、だらだらと時間を無駄にする間に、今は過去に、未来は今になる。

 ……そうして、アンタたちの想像もしないような未来がやって来る。

 勿論、アンタたちが想像してたように、ホシノウィルムさんが駄目になっていく未来もあったかもしれない。誰にも出会えず、そのまま朽ち果てるような悲惨な未来もあったかもしれない。

 でも、そうはならなかった。

 今のあの子は良き出会いを経て、走ることを、今を生きることを楽しんでる」

 

 未来は、悲惨な可能性を内包しているのと同じように、明るい可能性もまた、その中に孕んでいる。

 

 負けないことに腐心し、その心を凍てつかせて、いつしか腐り落ちてしまうような未来があれば……。

 トレーナーや後輩、ライバルにファンの方々。たくさんの、灯のような温かさに包まれて、走り競うことを何よりも楽しむ、と。

 そんな未来もまた、起こり得るんだ。

 

 ホシノウィルムさんは、天運と、そして何より彼女自身の強さと決意で、この現在を勝ち取った。

 今の彼女は眩しいくらいに明るくて、お返しと言わんばかりに周囲に熱を振りまく、最高にキラキラした無敗の三冠ウマ娘。

 

 きっと誰より幸せな、ハッピーエンドのその先にいる、1人の乙女なのだろう。

 

 

 

「アンタらが何もしなくたって関係ない。

 あの子は1人で過去を乗り越えたし、これから先も未来に進んでいける。

 ……もっとハッキリ言おうか。あの子の未来に、アンタたちはもう、必要ないんだ」

 

 死者は……。

 既に命の亡い者は、今命を持つ者に、干渉すべきじゃない。

 きっと、だからこそ、大半の人間はソレらを認識できないんだ。

 

 命が絶たれるというのは、この世界の現在との繋がりが絶たれるということ。

 既に過去の、影の中の存在となったソレらは、今まさに光の中にある彼女と触れ合うべきじゃない。

 

「アンタたちの罪は、なくならない。未来永劫、許されることはない。

 今更親面しようと、あの子のことを想ったつもりになろうと、その後悔も絶望も晴れることはない」

 

 私の言葉を聞いて……。

 ソレらは、ただ、立ち竦む。

 

 ただ、ガラス1枚を隔てた向こう側で、温かな幸せに浸る、自らの娘を見て……。

 

 

 

 ……そこで後悔や絶望を覚えるのではなく、ほんの僅かでも「良かった」と思えるのなら。

 

 きっとあなたたちには、罰を受ける権利があるのだろう。

 

 

 

「……だから、見てなさい。あなたたちの介在する余地すらなく、幸せになっていくあの子を。

 決して気付かれないまま、触れ合えないまま、報われないまま……最期の時まで、彼女をこの世界に産み落とした責任を持って、見ているの。

 それがあなたたちが果たせる、最後の責任。あなたたちが受けられる、最後の罰」

 

 それが果たして、あなたたちにとって、自らの成し得なかった奇跡を見る、罰となるのか……。

 あるいは、ただ1人の娘が幸せになるところを見る、救いとなるのか。

 それは、私には量りかねるけれど。

 

 

 

 結局その2人は、私が昼食を取りに行くまで……。

 ずっと、幸せな一人娘のことを、見守っていた。

 

 

 







 罪には然るべき罰があるべきだし、罰の先には救いがあるべきだと思います。
 『彼女』がそうであったように、『彼ら』もまたそのように。



 それはそれとして、実は寺生まれのTさんレベルの除霊力(?)を持ってる妹ちゃん。名家生まれのAさんです。
 その強さで凡人は無理でしょ……と思われるかもしれませんが、元より妹ちゃんは「トレーナーの名家に生まれ、トレーナーとして生きようと決めた」人間。霊感なんてモノがあっても邪魔なだけですから、自己評価には繋がりません。
 更に言うと、そもそも霊感が弱くてそういうのを見ることも稀なので、滅多に振るうこともありません。1年に1、2回くらい。
 ホラー系のお話で時々いる、何故か在野のバチクソ強い霊力持ち人間みたいなもんですね。



 次回は3、4日後。別視点で、憧れと大敗とその先の話。
 別視点は多分あと2話くらい。本格的にレースが始まる前に色々整理したいんです、許して……許して……。



(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!
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