転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 別視点回第3段。
 今回は祝福の名を持つあの子の視点です。





蕾は未だ、庭園の影に

 

 

 

 あの日、お姉さまと交わした言葉は、今でも忘れてない。

 いいや、きっと、忘れられないと思う。

 

『君も、駄目な自分を変えたいと思うなら、そうすればいいんだよ。

 君にはその力がある。経験者の私が保証するよ』

 

 暗い夜の道の中で、それでも輝く星のように、温かで明るい言葉。

 ライスはそれを聞いて、本当に……本当の本当に、救われたんだ。

 

 

 

 あの日、お姉さまと話すまで……。

 ライスは、庭園の青いバラだった。

 いいや、青いバラだって、自分を諦めてたの。

 

 ライスは昔から、隣にいる人を不幸にしてしまう。

 嫌なことが起こったり、何か壊しちゃったり。

 その種類こそ色々あったけど……いつもいつも、周りの皆に迷惑をかけてしまうことは変わらなくて。

 

 自分はそういうモノなんだって、諦めてた。

 世界で一番駄目なウマ娘で、きっとずっと変われないんだって、諦めてしまってた。

 

 

 

 けど、あの日。

 お姉さまは、ライスに教えてくれたんだ。

 

 ライスより、もっと不幸なウマ娘もいて。

 でも、そんなウマ娘だって、皆を幸せにできるように変われて。

 ……ライスも、自分の力で、そうやって変わっていけるかもしれないって。

 

 諦めて、冷たくなっていた心に、温かな光が差した気がした。

 こんなライスでも、変われるんだって……そう、信じてくれるウマ娘がいる。

 ライスが強くなるのを、一緒に走れるのを、待ってくれるウマ娘がいる。

 

 

 

 お姉さまは、ライスに大切なことを教えてくれた。

 庭園に咲いて、諦めて萎れていたライスに、日のあたる窓際への行き方を教えてくれた。

 

 だからこそ……そんなお姉さまに、喜んでほしかったんだ。

 

 目をかけて良かった。

 待ってて良かった。

 期待して良かった。

 楽しく走れて良かった。

 

 そう言って、笑ってほしかった。

 

 きっとそれが、ライスが幸せの青いバラになる最初の条件。

 ライスを救ってくれたウマ娘を、今度はライスが幸せにする。

 そんなこともできないようなら、道行く人たちみんなを幸せにすることなんて、きっとできないもの。

 

 

 

 ……だから。

 ライスにとっての最大の目標は、お姉さまのライバルになることで……。

 

 そのためにも、ブルボンさんには注目してたんだ。

 

 

 

『……ふふ、まぁ私とぶつかるにはシニア混合のG1レースに出なきゃいけないし、その分たくさんレースに勝たないといけないけどね。

 勝ち上がってきなよ、ライスシャワー。ブルボンちゃんを超えて、さ』

『ブルボン、さん……?』

『そう、ミホノブルボンちゃん。君がクラシック三冠を目指すんなら、彼女は間違いなく壁になるよ。

 何せ、私のトレーナーが持った、2人目の担当ウマ娘でもあるしね』

『ウィルム先輩と同じ、トレーナーさんの……』

『ブルボンちゃんは強いよ。きっと君の良いライバルになる。

 だからまずは、彼女の背中を目指してごらん。きっとそのレースが、君を新しい自分へ導いてくれるからさ』

 

 あの日、お姉さまが指定した、ライスシャワーが目標にすべき背中。

 お姉さまと同じトレーナーさんの下で指導を受ける、三冠を目指す逃げウマ娘。

 

 無敗のジュニア級王者、ミホノブルボンさん。

 

 お姉さまに追いついて一緒に走るために、強いウマ娘になるために……。

 私はまず、クラシックレースを目指さなきゃいけない。

 お姉さまの話だと、そこで壁になるのがブルボンさん、という話だった。

 

 確かにブルボンさんは、強い。

 無名の血……いわゆる寒門であり、更には逃げっていう難しい脚質を選びながら、メイクデビューやG1朝日杯でその溢れんばかりの才気を証明したんだから。

 

 当然ながら、ライスやトレーナーさんは、そんなブルボンさんのことを強く意識してた。

 ブルボンさんについての調査は欠かさなかったし、合同トレーニングの時も、ブルボンさんに負けないよう必死に走ったんだ。

 

 だから、ライスにだって勝機は十分にある、と。

 そう思って、私は、レースに臨んで……。

 

 

 

 

 

 ……けど、結局。

 

 ライスは、お姉さまの言葉の真意を、理解してなかったんだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 3月29日。

 ライスにとって、半年ぶりの公式レース……。

 1800メートル、G2、スプリングステークス。

 

 私とトレーナーさんはそこに、渾身の力を注ぎこんで挑んだ。

 久々のレースってこともあるけど……何より、初めてブルボンさんと競えるレースだから。

 

 縁がなかったというのもあるけど、昨年末以降はライスが脚部不安を起こしてしまって、公式レースに出走することできなかった。

 だから、こうして公式レースの場でブルボンさんと競うのは、初めてのことになるんだ。

 

 ……とはいえ、その時のライスに、大きな不安はなかった。

 

 その日まで、ライスはしっかりと走ってきた。

 合同トレーニングの時に一緒に走ったこともあるし、ブルボンさんの呼吸もなんとなく掴んでる。

 中盤から追い上げてブルボンさんの後ろに付いて、最終直線で一気に追い抜いて差し切るっていう、トレーナーさんと一緒に立てた作戦もある。

 

 その上、お姉さまに教えてもらったこともあるんだ。

 「コンセントレーション」っていう、限りなく最速に近いスタートを切る技術。

 お姉さま曰く、「かなりライスちゃんに向いてる」らしい技術でもある。

 これを習得するために、何度も何度も目の前で見せてもらったり、一緒にスタートしてみたり、体感を話してもらったりと、お姉さまには本当にお世話になった。

 ある意味で……その、お姉さまとの絆の象徴。そう言ってもいい、ライスのとっておきだ。

 

 だから、負ける気はなかったんだ。

 相手がブルボンさんだろうと、今日は絶対に譲る気はなかった。

 

 

 

 ……それなのに。

 

 

 

『既に200も通過しました、逃げ切り態勢濃厚ミホノブルボン! ライスシャワー追い上げるがしかし距離はなかなか縮まらない!

 これは圧勝ムード、衰えぬ脚でそのまま綺麗にゴールイン!!』

 

 

 

 ……勝てない。

 

 勝てなかった。

 

 スタートが、速かった。

 タイミング自体はライスとそう変わらないけど、加速力が段違いで。

 圧をかけようとしたライスの手を、ブルボンさんは一瞬ですり抜けていった。

 ……ライスは、忘れてたんだ。

 そもそもお姉さまから教わった「コンセントレーション」は、お姉さまがそのトレーナーさんから教わったものだってこと。

 同じトレーナーさんが付いてるんだから、ブルボンさんだって抜群にスタートが上手くなることは、当たり前のことだったんだ。

 

 中盤に、隙が無かった。

 ブルボンさんは、垂れなかった。

 いいや、垂れないどころじゃない。速くもならなければ遅くもならない、完全な等速疾走。

 番手のバクシンオーさんと大きな差が付いてることもあって、もはや誰も手の出しようがない。

 その越えられる気がしない後ろ姿は……どこか、お姉さまを連想させる程で。

 

 終盤に……届かなかった。

 外目から一気に迫って、ブルボンさんに肉薄するつもりだったのに……。

 差が、まったく縮まらない。

 結局、何百メートルとかけて、詰められたのは3、4バ身程度。

 その丸々倍、ライスとブルボンさんの間には、差が広がっていた。

 

 つまり。

 ブルボンさんの背中は、ライスが想像してたより、ずっと、遠かったんだ。

 

 

 

 

『2着入線ライスシャワーに4バ身の差を付け、その強さを見せつけました!

 素晴らしき脚の速さ、成長の早さ! 距離適性という大きな壁を越え、皐月賞を制するのは彼女になるのか!?』

 

 

 

 4バ身。

 距離にして、大体10メートル。

 数字にすれば、そんなに長い距離でもない。

 

 その日ライスたちが走ったレースは、実に1800メートル。

 この距離を2分弱で駆け抜けるウマ娘たちにとって、10メートルなんて、それこそ1秒もかからず詰められる距離でしかない。

 

 ……けれど、その1秒が、その僅かな距離が、私にとっては……遠い。

 ブルボンさんの背中は、とてもじゃないけど、この手の届かないところにあった。

 

 

 

『昨年ホシノウィルムに続いて、血統を越えた勝利を見せてくれるのかミホノブルボン。新たな伝説の樹立に期待が高まりますね』

 

 

 

 ……あぁ。

 そうか、そうなんだ。

 

 あの日、お姉さまが言っていたことが、ようやくわかった。

 まずはブルボンさんを目指してみなさい、と。

 何はともあれ、まずは彼女を越えてから、と。

 

 それは、つまり……。

 

 お姉さまは、ライスより、ブルボンさんを評価してる、ってことだ。

 

 ライスよりブルボンさんの方が、強い。

 だからこそ、「ブルボンさんに勝て」じゃなくて、「ブルボンさんの背中を目指せ」って言ってたんだ。

 

 

 

 マイラー気質のブルボンさんに対して、ライスはステイヤー気質。

 今回のレースの距離では、ブルボンさんの方に分があるっていうのは間違いない。

 

 けど、たとえ距離が延びたとしても、あの走りを……どこまでも緻密で自由な走りを見せたブルボンさんを越えられるか、と言うと……。

 正直、自信がなかった。

 

 ブルボンさんが見せつけた、圧倒的な強さ。

 G2にしてはかなり強力なメンバーの揃ったスプリングステークスで4バ身の差を付けて圧勝する、恐ろしい程の身体能力と計算能力。

 

 この2つを破れる程に……今のライスは、強く、ない。

 

 だから、多分……。

 まだライスは、ブルボンさんに勝つとか負けるとか、そういう段階にはなかったんだ。

 

 隣を走っているのがお姉さまと、お姉さまと同格のネイチャ先輩、そしてブルボンさんだけだったから、相対的に近く見えていただけで……。

 実のところ、ライスシャワーとミホノブルボンの間には、大きな大きな隔たりがあるんだ。

 

 

 

 ブルボンさんまでの距離は、遠い。

 でも、お姉さままでの距離はもっともっと、遥かに遠い。

 

 ……だから、ライス、頑張らないと。

 

 クラシックレースまでは、もうたったの1か月。

 頑張って、少しでもブルボンさんとの差を縮めないといけないんだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 トレセン学園、春のファン大感謝祭。

 ずっと楽しみにしていたそこに、ライスは結局、参加しなかった。

 

 本当は、いくつか企画に出るネイチャ先輩の手が空くタイミングで、お祭りを回ろうって話をしてたんだけど……。

 やっぱりライスは、数日前の負けが忘れられなかった。

 

 

 

 あのスプリングステークスの大敗の後……。

 トレーナーさんにも、サブトレーナーさんにも、そしてネイチャ先輩やお姉さまにも、慰めてもらった。

 

 今回は残念だった、次はきっと。勝負は時の運だから。徹底して対策を立てよう。ドンマイ。惜しかったね。良く頑張ってた。

 

 いくつもいくつも、たくさんの慰めの言葉をもらった。

 

 ……でも。

 ライスにとっては、その言葉こそが痛かったんだ。

 

 負けたくなかった。

 初めてブルボンさんと走れるレース。

 お姉さまが課してくれた、ライスが幸せの青いバラになるための、最初の挑戦。

 

 だから、負けたくなかった。

 ライスは、ライスの強さを証明したかった。

 ブルボンさんに、お姉さまにだって追い付けるんだって。

 きっと多くの人を幸せにできる、勝利を勝ち取れるウマ娘なんだって。

 

 ……けど、届かなかった。

 トレーナーさんの戦略、お姉さまから教わった技術。

 それらがあった上でも、ブルボンさんよりライスの方が、弱かったから。

 

 それが悔しくて、慰めの言葉が辛くて。

 だからライスは……。

 

 ただ、走った。

 

 

 

 トレセン近くの、人通りの少ない川沿いの真っすぐな並木道。

 ライスはそこを走りながら、荒い息を吐いていた。

 

「ふっ、ふっ、はっ……!」

 

 肺が、痛い。

 吸い込んだ息が、喉を、体の中身を焼く。

 体の末端は感覚を失い、その意識までもがチカチカと明滅する。

 

「くっ……!」

 

 朝からひたすらに走り続けること、しばらく。

 ライスのスタミナは、いよいよ限界に近付きつつあった。

 

 そこまで速いペースではないけど、もうずっと、何時間も走りっぱなしだった。

 今の私だと、これ以上は走り続けられないみたい。

 ……でも、お姉さまなら。ホシノウィルム先輩なら、まだまだ笑って走ってるだろうと思う。

 

 本格化してからの時間が丸々1年少ないって、そう言い訳するのは簡単だけど……。

 今のライスは、とてもお姉さまには追い付けない。

 それだけが、辛くて痛い事実だった。

 

 

 

「ライスさん、一旦休憩しよう! ちょっとフラついてる!」

 

 後ろから、段々聞き慣れてきた、でも少しだけ焦ったような声が届く。

 

 声の主は、ネイチャ先輩やライスに力を貸してくれる、サブトレーナーさん。

 ネイチャ先輩を見るために感謝祭に参加しているトレーナーさんに代わって、今はライスのトレーニングを見てくれてる。

 

 その言葉を聞いて、もっと走るべきだって、そう思いはしたけど……。

 多分、ライスが故障を起こせば、悲しんでくれる人たちがいる。

 トレーナーさん、ネイチャ先輩、サブトレーナーさん、それにお姉さまも、多分ブルボンさんや堀野トレーナーさん、他にも友達だって。

 だからきっと、今無茶をするのは、正しいことじゃない。

 

 声に従って脚を緩めたライスに、すぐにサブトレーナーさんが漕ぐ自転車が追い付いて来る。

 差し出されたタオルを受け取って、ライスは思わず、膝に手を突いた。

 

「はぁ、ふぅ、ふぅー……」

 

 頭が、ガンガンする。

 熱がこもって、じわじわと広がるような、締め付けられるような、変な感じ。

 

 ……いざ立ち止まると、疲れがどっと押し寄せて来た。

 ちょっと、無茶、しすぎちゃったかも。

 

「ライスさん、これ、スポーツドリンク。冷えてるから、ゆっくり飲んで」

「ごめ、ん、なさい……助かり、ます」

「こんなことで謝るな。俺たちトレーナーの……いや、俺はまだサブトレーナーだけど、俺たちの本来の仕事なんだから、これくらいはさせてくれ」

 

 サブトレーナーさんはそう言いながら、自転車を立ててライスの顔を覗き込んでくる。

 

 ……ライス、今、どんな顔してるんだろう。

 汗でぐしゃぐしゃだろうし、あんまり人に見せたくはないんだけど……。

 今は、それを取り繕うだけの元気がなかった。

 

「うん、疲労困憊だな。そこのベンチで休もう、ライスさん」

「……はい」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ライスは、本質的にはステイヤーらしい。

 これは、ライスを拾ってくれたトレーナーさん、ライスたちの陣営の調査・分析担当になりつつあるサブトレーナーさんや、お姉さまやお姉さまのトレーナーである堀野トレーナーさん……。

 ライスがお世話になってる皆が、口を揃えて言ってることなの。

 

 実際、ジュニア級の時に出走した1200メートルのG3レース、新潟ジュニアステークスでは、脚を残したままゴールしてしまって、かなり大きく負けてしまった。

 それに対して、先日の1800メートルのG2レース、スプリングステークスでは……あれも大敗ではあったけど、それでもタイム的にはだいぶ縮んだんだ。まぁ、それでも脚は残ってしまったんだけど……。

 とにかく、やっぱりライスにとっては、1800メートルはまだ短すぎたみたいだけど。

 

 そういう実体験からしても、やっぱりライスは距離が長い方が走れるんだと思う。

 ステイヤーっていうのは、主に長距離を主戦場にする、スタミナ自慢のウマ娘のこと。

 ライスはこれから、長く使える脚で勝負していくべきなんだろう。

 

 でも……。

 ライス、そこに1つ、決して小さくない疑問があるんだ。

 

 ……ライス、本当に、スタミナ自慢って言えるのかな、って。

 

 

 

 目を閉じて、思い浮かべる。

 去年の、お姉さまとネイチャ先輩が走った、菊花賞のことを。

 

 去年の菊花賞は、本当にすごかった。

 リアルタイムで見た時も、改めて映像を見返しても、何度でもすごく興奮できる、最高のレースなんだ。

 

 いつも通り突き抜けて、常識なんて知るかと言わんばかりに駆け抜けるお姉さま。

 3000メートルっていう長距離の中、賢明に体力を温存しながらお姉さまに迫るネイチャ先輩。

 本来トップスピードで駆け下りてはいけない淀の坂を、2代前の三冠ウマ娘を思わせる加速で一気に駆け降りて……。

 そこからは、お姉さまとネイチャ先輩の末脚勝負。

 

 あと1バ身という近距離にまで詰められて、しかしそのネイチャ先輩の勢いに乗るように再加速するお姉さま。

 渾身の力を振るってそれに追いすがり続け、決して勝利を諦めずに喰らい付くネイチャ先輩。

 2人とも、すごくキラキラして、ギラギラして……。

 

 すごかった。

 圧巻の、名勝負だった。

 

 とんでもないレースを前に、ライスはポカンと口を開けて、それを見守ることしかできなかった。

 

 

 

 ライスは今、クラシック級だ。

 あと半年すれば、シニア級との混合レースに出走することができる。

 そうなれば……ネイチャ先輩やお姉さまと、走ることになるかもしれない。

 

 そうなった時……。

 ライス、あの2人に対しても、「スタミナ自慢だ」なんて言えるかな。

 体力だけで、勝負していけるのかな。

 

 私と同門の先輩であるネイチャ先輩も、私の憧れであるお姉さまも、どちらもステイヤーだ。

 いや、ネイチャ先輩は長距離も走れるだけで、これからは中距離を中心にしていく方針らしいけど……3000メートルの菊花賞で、お姉さまとあそこまで競り合えるんだもん。少なくともスタミナ自慢であることは間違いない。

 対してお姉さまは、莫大なスタミナを持ち、他の子のスタミナをすり潰す、純粋なステイヤー。その性質上、やはり距離が延びる程有利になる。

 

 2人の背中は、遠い。あまりに遠すぎる。

 今のライスじゃ、追い付けない。

 あの時の、菊花賞の2人ですら、追い付く前に体力が尽きてダラダラと垂れてしまう。

 

 

 

 いや、そもそも、それどころじゃない。

 去年のお姉さまとネイチャ先輩に追いつけないどころか……。

 今年の菊花賞、ライスはブルボンさんに勝てないかもしれないんだ。

 

 距離への適性で言うなら、ライスとブルボンさんを比べた時、菊花賞はライスに分がある。

 ブルボンさんの血統は、彼女の適性が短距離やマイル距離にあることを示してるから。

 

 実際、確かにブルボンさんは、長距離に向かないものらしい。

 当時は噂にもなってたし、この前ブルボンさん本人に聞いたけど……。

 ブルボンさん、ジュニア級の頃には、自分の目標を応援してくれるトレーナーさんを探すのに相当苦心したんだって。

 

 最初に契約したトレーナーさんとも、ブルボンさんの適性と夢のギャップについて、意見が合わなかったらしい。

 それも意地悪なんかじゃなくて、前のトレーナーさんはブルボンさんのこれからのことを真摯に想ったが故にこそ、マイラーに転向することを強く勧めてきたんだって。

 それでも、それがいくら正しいとしても、ブルボンさんには譲れない一線があって……最終的には、合意の上での契約解除を行ったらしい。

 「次に会ったら、改めてオペレーション『謝罪』を実行します」って、ブルボンさんもちょっと申し訳なさそうにしてた。

 

 その後、自分の目標を受け入れてくれるトレーナーさんを探して……。

 ……ウィルム先輩が、自分のトレーナーさんを紹介してくれたって、ブルボンさんはそう言ってた。

 

 

 

 お姉さまが、何の意味もなく、自分のトレーナーさんとの契約を提案するわけがない。

 きっとその時点で、お姉さまはブルボンさんの素質を見抜いてたんだろう。

 自分の信頼するトレーナーさんの下で学べば……あるいは、自分と同じように、無敗の三冠を獲り得る逸材だって。

 

 ……そう。

 お姉さまが見出したのは、ライスじゃなくて、ブルボンさんだったんだ。

 

 

 

 勿論、ライスはライスのトレーナーさんに不満があるわけじゃない。

 というか、すごくすごく感謝してるし、あの人がトレーナーさんで良かったって思ってる。

 

 ライスの周りにいれば自然と不幸になるのに、それでも「構わないよ。ライスのためならえんやこら、だ」って笑ってくれるトレーナーさん。

 きっとライスには、ライスみたいなウマ娘を見てくれるトレーナーさんは、あの人しかいない。

 

 確かに、よく本人が自嘲してるように、能力だけで見れば堀野トレーナーさんに劣ってるかもしれないけど……。

 きっと、ウマ娘のトレーナーって、能力だけで決まるものじゃない。

 だからライスは、今のトレーナーさんと契約できて、本当に良かったと思ってる。

 

 

 

 ……ただ、もしも。

 もしも、お姉さまが契約したのが堀野トレーナーさんじゃなくて、ライスたちのトレーナーさんだったら。

 ネイチャ先輩とお姉さまがどっちも、ライスの同門の先輩だったら。

 それは、とても……とっても、幸せだっただろうな、って。

 

 そんな、あり得ない夢を、見たくなる時があるんだ。

 

 

 

 でも、現実は、夢とは違う。

 

 お姉さまが契約したのは、堀野トレーナーさんで。

 お姉さまが見出したのは、ミホノブルボンさんだ。

 

 ライスとトレーナーさんはこれから、そんな2人を相手取ることになる。

 

 とんでもない好成績と類まれなる観察眼から、例外的に経験の少ない中でウマ娘との専属契約を許され、その期待に応えるかの如くお姉さまを見出し、無敗の三冠に育て上げた堀野トレーナーさん。

 

 誰もが「その目標は不可能だ」と諦める中でお姉さまがその才気を見出し、その期待に応えるかの如くメキメキと力を付けて、1800メートルでも4バ身の差を付けて圧勝したミホノブルボンさん。

 

 この2人は、今年のクラシック級の子たちにとって、台風の目と呼んでいい存在だ。

 

 

 

 ……ライス、そんな2人に、勝てるのかな。

 

 ブルボンさんはマイラー気質で、ライスはステイヤー気質。

 だから、距離が延びれば延びる程に有利になるはずだ。

 

 ……でも。

 

 2000メートルの皐月賞。

 2400メートルの日本ダービー。

 ……3000メートルの、菊花賞。

 

 どこまで距離が延びれば、ライスは勝てるんだろう。

 

 …………いいや。

 そもそも、あの堀野トレーナーさんなら。

 「不可能を覆す」と言われる三冠ウマ娘を育てた人なら……。

 ブルボンさんの距離適性の問題も、解決してくるんじゃないかな。

 

 そうなれば、ブルボンさんの不利は覆る。

 ライスは、ライスの持つ強みだけで、ブルボンさんに勝たなきゃいけなくなる。

 

 

 

 ブルボンさんに、抗うには……。

 とにかく、ライスも頑張るしかない。

 

 ライスはお姉さまみたいに、すごい素質があるわけでもない。

 ネイチャ先輩みたいに、すごく頭が良いわけでもない。

 

 ライスは、ただ……。

 

『いや、すごいね。自分で教えておいてなんだけど、まさかこんなに早く「コンセントレーション」と呼んでいいレベルに上達するなんて。

 やっぱりライスちゃん、私と同じように、無駄な思考を切り捨てて集中する才能あるかも』

 

 ……ただ、あの時、お姉さまに言われたことだけが自慢で。

 

 余計なことを切り捨てて、とにかく走る。

 走って、走って、走って……ライス自身の力で、ブルボンさんの背中を越えて、お姉さまに辿り着く。

 

 そのために、無駄なことは考えず、とにかく頑張るんだ。

 ブルボンさんに負けないために……そしていつか、お姉さまに追い付いて、お姉さまを幸せにして……。

 

 ライス自身も、窓辺に咲く、青いバラになるために。

 

 

 

「サブトレーナーさん。ライス、行きます」

「うーん……うん、わかった。ただ、危なそうになったら止めるからな」

「……はい」

 

 

 







 ライス視点のブルボンはラスボスみたいなもんです。
 なにせ憧れのウマ娘のパートナーであるトレーナーが、憧れのウマ娘の見出した傑物を育ててるわけですからね。
 ……まぁ実際は、別に見出したとかじゃないんですけどね。むしろ「なんでこんなことに」って頭を抱えてたりしたんですけど。

 しかし、女の子が思い詰めて頑張るシーン、見てて辛いけど、書いてても辛い……。



 次回は3、4日後。別視点で、走る理由の話。
 すみません、前回は別視点ラッシュ、今回も含めて2回って言ってたんですけど、今回含め3回に延びそうです。
 ぶっちゃけウィルと堀野君イチャイチャさせすぎて情報整理を怠りました。反省はしているが書いてて楽しかったし後悔はしていない。



(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!
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