春のライバルになりそうなあの子のお話ver.2。
「龍」、と。
誰かが呟いた声が、耳に入る。
その声は呆然としたようなもので、思わず口からまろび出たと言った感じで……。
直感的な言葉だからこそ、ある意味において核心を突いていた。
故にこそ、多くの人がそれに同意する。
確かに今、目の前にいる存在は、神話に登場する龍の類であると。
……ま、それもそうだろう。
ボクたちの目の前では、信じられないような奇跡が起こっていたんだから。
たたた、と音がする。
ウマ娘がグラウンドを駆ける音だ。
ただし、流石に公式レースのような速さではなく、あくまで小走り程度のものだけど。
……問題は、走っている彼女が、目隠しをしてるってことで。
彼女はその両眼を塞がれたまま、小走りに駆けながら、その手に持つ棒を縦に振り抜く。
それは過たず、他の参加者の頭に吸い込まれるように滑り……。
スパン! っていう気持ちの良い音と共に、彼女の競争相手が1人、脱落に追い込まれた。
「……っ!」
その音に反応し、あるいは怯えて、他の参加者が棒を振り下ろす。
耳を頼りに探し当てたか、あるいはただの偶然か、彼女の頭に直撃コースだ。
目が見えていない今、彼女の脱落は避けられないって、きっと誰もが思っただろうけど……。
ボス、と。
振られた棒は空を切り、地面に叩きつけられた。
寸前に身を躱した彼女は、反撃と言わんばかりにもう1度棒を振り……ものの見事にクリーンヒット。
また1人、脱落者が出てしまった。
……うん。
まぁ、こうなることはわかってたけどさ。
実際に見てみると、あまりにも一方的な試合運びに、呆れの声が出そうになるね。
今、ボクたちの前で無双を繰り広げているのは、ホシノウィルム。
ボクの友達であり、同時に最大のライバルでもあり、今のトゥインクルシリーズの台風の目と言っていいウマ娘だ。
淡くて綺麗な鹿毛のセミロングをたなびかせ、青白い瞳を目隠しで覆って、その手には柔らかくてしなりのある棒を持ち。
今は小走りにフィールドを駆け抜けながら、彼女の存在に気付いて動こうとしたウマ娘を、その手に持つ棒で片端から狙い撃ちしてる。
……そう、狙い撃ちだ。
本来、ウマ娘はその目を塞がれてしまえば、まともに走ることもできなくなる。
当然だよね。ボクたちは本来、どこにラチがあるとかどこに他のウマ娘がいるとか、そういうのを目で見て知ってるんだから。
でも、あの子は違う。
目で見なくとも、それがわかるんだ。
ボクの考えを裏付けるように、ウィルムは目隠しをしたままに、振られた棒を躱し、あるいはぶつかりそうになるウマ娘を避けて、フィールド中を駆け回る。
そうして一切の容赦なく、一方的に犠牲者たちを刈り取っていって……。
結局、試合開始から30秒を待たずに、決着は付いた。
大半のウマ娘を薙ぎ払っての圧勝。
もはや蹂躙と言う他ない、とんでもなく酷い、一方的な勝利だった。
勝負の最中は困惑してざわついていた観客も、最後の1人を打倒したウィルムを見て、思わずといった感じで歓声を上げてる。
理屈はわからないけど、ホシノウィルムは気配切りで無双したんだ。
それは多分、ただの気配切りにしては集まり過ぎたお客さんたちの望む展開で……。
だから、多少わからない部分があったとしても、大いに盛り上がっちゃうわけだね。
目隠ししたままあんなに動けるウィルムは、異常と言えば異常だけど……まぁそもそも、ウィルムは普段から異常だし。
普通のウマ娘は大逃げして、最後もなお十分な末脚を振るう、なんてことはできないんだ。
更に言えば、会長と同じように無敗で三冠を獲ったり、これまで不可能とされてたいくつもの偉業を成し遂げる、なんてのもそう。
あの子が常識外れなのは今更な話で、だからこそ困惑は最低限。
それ以上に、勝利の興奮に浸ることができたんだろう。
……まぁ、ボクからすれば、想像通りの結末って感じだったけどね。
「ふーん……わかってたけど、普段から聴覚が強化されてるのは確定か」
ぼそっと呟いて、ボクは興奮する観客の中から抜け出した。
* * *
ごった返すお客さんたちの波を抜けて、校舎の中をしばらく歩く。
ファン大感謝祭はトレセンでもかなり大きなイベントで、外部の人たちも入って来るから、なかなか落ち着ける場所なんてないんだけど……。
蛇の道は蛇ってヤツなのか、2年間もここに在籍していれば、ある程度空いてそうな候補に目星が付く。
そこは普段、特に雨の日なんかは、学園所属のウマ娘でごった返す場所。
けれど今日に限っては、ボクみたいな知恵の回る子以外は使わないから、ガランとした空間になってるはずの場所でもある。
そう、そこは即ち……。
学園内の、ジム施設だ。
お祭りの日にもトレーニングをするような子は、まぁ少ない。
競走ウマ娘はプロのアスリートでもあるけど、まだ子供でもあるんだ。年に2度だけのお祭りの日にまでストイックにトレーニングしてる子は少数派と言える。
……まぁ、中にはウィルムみたいに走ることを何よりの娯楽とするランニングジャンキーで、休日も走りたがるような子もいるだろうけどさ。
そういうのはちょっと例外っていうか、少なくとも一般的なわけではないんだ。
普通に考えれば、たまのお休みくらいはトレーニングなんて忘れて、自分の趣味なり何なりをしたくなるってもの。
更に言えば、春のファン大感謝祭ではシニア級の強いウマ娘には企画への参加が求められるし、直後にレースを控えて体を休めたがる子も少なくない。
だからこそ、いつもは人が多いジムも、絶好の休憩スポットになるわけだ。
で。
ボクはそこで、1人のウマ娘と待ち合わせをしていた。
早歩きで待ち合わせの場場所に向かうと、ジムスペースの片隅、壁に沿う形で配置されたベンチで、ボクの友人が待っていた。
「あ、来ましたわね」
「ごめーん、お待たせ!」
「こういう時は、今来たところ……と言うのでしたか? まぁ、そこまで待ったわけではありませんから、お気になさらず」
ボクにとってはライバルでもあり、親しい友人でもある、メジロマックイーン。
彼女は今日も今日とて、口元に微笑を浮かべた余裕の表情で、軽く手を挙げてくる。
「ごめんね、時間もらって」
「構いませんわ」
「そっちの企画は?」
「直近のものは2時間後に。昼食を取ることや集合も考えて、使えるのは1時間ですわね」
「そんなに使うつもりはないけどね」
「あら、私としては1時間全て使ってもらっても構いませんわよ? 今のあなたとの意見交換にはそれだけの価値があると思っていますから」
「今の」あなた、か。
……これ、喜ぶべきなのかな。それとも恥ずかしがるべきなの?
ま、いいや。
今のボクを認めてくれるっていうんなら、悪い気分じゃないし。
ボクは取り敢えずマックイーンが座っていたベンチの隣に座って、口を開いた。
「んじゃ、研究会、やろっか」
少し前に、ウィルムの研究をマックイーンに見られて以来。
なんやかんやで、ボクとマックイーンは、定期的に彼女についての研究会をするようになった。
まぁ研究って言っても、トレーナーたちがやっているようなちゃんとしたものじゃないけどね。
ホシノウィルムの走りの映像を見たり、走った時のことを思い出しながら、同じウマ娘としての感覚とか所感を話すとか、そんな感じ。
いやまぁ、そう言う意味じゃ、ボクはあんまり役に立てないんだけどさ。
ぶっちゃけて言うと、ボクは最近のホシノウィルムを知らない。
ボクが彼女と走ったのは、模擬レースで1回と皐月賞、日本ダービー、そしてこの前の有馬記念で、合計たったの4度だけ。
それも有馬記念を除く3つは、ほとんど1年前のレースだ。
唯一の例外である有馬記念も、中盤から全然脚が伸びなくて、ウィルムのことを感じられる程に近づくことはできなかった。
総じて、ボクは最近のウィルムと走ったことがない、と言えるだろう。
それに対して、マックイーンは最近のウィルムに詳しい。
いや、詳しいっていうか、ウィルムが直近に出走したジャパンカップと有馬記念を走ってるんだよね。
ジャパンカップでは2着、有馬記念では4着と好走したし、当然ながらウィルムにもかなり迫ってる。
多分マックイーンは、最近のウィルムを一番よく知るウマ娘ってことで間違いないだろう。
そうなると、この研究会において、ボクは経験面じゃ足を引っ張ってしまうことになるんだけど……。
まぁ、これでも天才だからね。ウィルムの走りを見てて色々と気付くことが多いのはボクの方だし、考察力まで加味すれば釣り合いは取れてるかな?
さて、そんなわけで。
大感謝祭当日の今日も、ボクとマックイーンは研究会を行っているのだった。
「それで、前回出た課題についてはどう? 考えてみた?」
「考えはしましたが……えぇ、確かにあなたの言う通りな部分はありましたね。微妙な違和感程度ではありましたが」
前回の研究会で出た議題は、ジャパンカップの時と有馬記念の時で、ウィルムに何かしらの違いがあったか、ってもの。
ま、普通に考えれば、違いはあったに決まってるけどね。
自分が信頼していたトレーナーが、自分を導いてくれていたトレーナーが、事件に巻き込まれて意識不明になったんだ。
そんな状態で、恐らく万全だったはずのジャパンカップと同じように走れるわけない。
……でも、ここで大事なのは、「彼女の走りが万全だったか」じゃないんだ。
「ジャパンカップの際と、有馬記念の際のウィルムさんには、確かに違いがあったと思います。ただ、それを具体的な言葉にするのは……」
小首を傾げるマックイーン。
まぁこの辺りは感覚的な話だもんね。言葉にする方が難しいと思う。
ボクにできるのは、せめて……怪しいところを洗い出すくらいかな。
「個人的には、さ。レースの前半に注目したいんだ」
「前半……というと、サイレンススズカさんとの先行争いですか?」
「いや、その前。ターボも含めた3人での先行争い」
「あら、そこを……あぁ、なるほど」
マックイーンは視線を上に上げ、口元に拳を当てて少し考えたけど……。
すぐ、合点がいったようにこっちに視線を戻した。
「確かに、私もトレーナーさんとレースを振り返った時、違和感を持った部分がありました。
何故ウィルムさんは、ターボさんとスズカさんの競り合いが完全に終わるまで仕掛けなかったのか」
「そう、そこそこ。ターボが垂れ始めた辺りから仕掛けても悪くはなかったと思わない?」
「そうですね……。スズカさんの闘争心に火を点けてしまう可能性を考えると、少し難しいところではありますが」
多分、直感なんだけど。
ここで大事なのは、彼女が十全に走れたかどうかじゃなく……。
いつもの「ホシノウィルムらしい作戦」で走ったかどうか、だ。
「全体的に見ても、あの有馬記念のウィルム、そこまで悪い走りをしてたとは思わないんだ。ただ……唯一、難癖を付けられるとしたら、それはあそこだと思う」
「難癖って……」
「まぁウィルムの走りは特殊過ぎて、どこが間違ってるかもわかんないって部分も大きいけどさ。
いつも通りの抜群なスタート、掛かりもせず、スズカだけを適切に封殺する速度感。完璧ではないにしろ、確かにホシノウィルムらしい走りだったけど……」
「あそこで仕掛けなかったところが引っかかる……ウィルムさんらしくない走りだったと?」
「本当に誤差レベルだけど、そんな感じがする」
あくまで感覚的な話だから、マックイーンに伝えるにはどうすれば、言葉選びに迷うけど……。
「レースってさ、慎重すぎてもいけないし、だからと言って大胆すぎてもいけないじゃん?
普段のウィルムってその辺りが絶妙なんだけど、あの日は結構慎重に寄ってた気がするんだよね」
「……あぁ、なるほど。言葉にされれば、確かにその通りですね。
確かに、ウィルムさんはあの日、いつも以上に慎重だった気がします」
ホシノウィルムというウマ娘は、かなり大胆な戦略を取って来る。
そもそも大逃げっていうのが極めてダイナミックな脚質だし、宝塚記念での大逃げの放棄や、有馬記念でのサイレンススズカとの猛烈な先行争いを見ても、とてもじゃないけど慎重派とは言えないだろう。
しかし同時、ただ大胆なだけじゃないのが、あの子のすごいところで。
大逃げはとんでもなく難しい脚質で、ただ速く走るだけではターボのように垂れてしまう。
自分の中のペースを適切に保ち、そして恐らくウィルムに限っては他のウマ娘との距離感を把握することで、自分にとっての適切なペースを掴まなきゃいけないんだ。
ホシノウィルムは、その繊細な調整を、毎度のように適切にこなしている。だからこそ、大逃げでG1に連勝、なんてこともできるわけで。
総評すると、ホシノウィルムの走りは大胆不敵でありながら、極めて慎重で繊細。そのどちらかに偏ることもなく、綺麗に両立していると言っていいだろう。
……ま、強いウマ娘の走りは、多かれ少なかれそうなんだけどさ。
でも、あの日のウィルムの走りは、ちょっと違った。
スズカへの仕掛け時に関してだけは、どこか慎重に寄ってたというか……ハッキリ言ってしまえば、臆病だった気がするんだ。
「ふむ……。ホシノウィルムさんの戦術は彼女のトレーナーさんが組み立てていると聞きます。しかし有馬記念の際は、トレーナーさんが不在だった。
つまり……戦術の大枠は成形し終わっていたけれど、細部は詰められなかった。だからウィルムさんは、どこで仕掛けるかに迷い、慎重さを取った、ということでしょうか」
「ありそうな話じゃない?」
「えぇ、十分にあり得る話かと」
ボクとマックイーンは頷き合い、改めてあの日の回想をする。
空前絶後の有馬記念、そこで勝利を刻んだのは、ホシノウィルムを差し切ったスペシャルウィークだった。
スペシャルウィークとホシノウィルムの間に付いた差は、3センチメートルというほんの僅かなもの。
あの差が、ウィルムのほんの少しだけ過ぎた慎重さから生まれた、とするのは……そこまで違和感のある話ではないと思う。
「もしもこの推論が正しければ……つまり」
「うん。ホシノウィルムの『弱点』が見えて来る」
ボクとマックイーンは、神妙な顔で頷き合った。
ホシノウィルムは、おおよそ弱点のないウマ娘だ。
大逃げっていう破天荒な脚質を取り、更には長距離を走るようなステイヤーでありながら、これといった明確な弱点が見当たらない。
スタートの精度は極めて高く、掛かり癖があるわけでもなく、コーナリングも非常に流麗、作戦も判断力も良好であり、スタミナも十分以上に備えて、その最高速度も非常に速い。
彼女はおおよそ、ステイヤーとしては十全に過ぎる素養を、その身に宿している。
……けれど。
それはあくまで、「競走ウマ娘ホシノウィルム」と「堀野歩トレーナー」が揃った場合の評価だ。
「トレーナーが介さない、彼女単体の状態であれば、咄嗟の判断の際に慎重に寄ってしまう、ということでしょうか」
「そうだね、多分ウィルムの判断力が、根本的に保守的なんじゃないかな。
……いや、もしくは、ウィルムはそういう状況での判断力を培う場があんまりなかったのかもしれない。
前に何度か話したことがあるけど、あの子の契約トレーナーはちょっと異常だよ。とんでもない観察眼とレースの読みしてる。ぶっちゃけボクより鋭いと思うよ、アレ」
「テイオー以上……? え、冗談とかではなく?」
「うん、本気で」
確かウィルムと一緒に入院してた頃かな、ちょっとあのトレーナーと話したことがあったんだけど……。
理屈屋なのにボクよりレースの読みは鋭いし、何よりウマ娘の体についての知識がとんでもない。
ボク自身も、「その歩き方だと少し脚に負担がかかるからこうした方がいい」ってアドバイスもらっちゃったし。
堀野歩っていうトレーナーは、少しばかり異常だ。
あまりにも失礼だし、正確には言葉にしにくいから、誰にも言うつもりはないけど……。
こう、なんというか、この世界にあっちゃいけない異分子、みたいな印象さえ受ける。
ボクがそう感じるような、とんでもないトレーナーが付いてたんだもん。
そりゃあウィルムも、自分で何かを判断する機会は少なかっただろうな、って思う。
「多分、あのトレーナーが戦術面で強すぎたから、ウィルムは自分で判断する必要がなかったんだ。
トレーナーが言う通りに走れば勝てるんだもん。レースの中で大胆に行くとか慎重に行くとか、そんなことを考える必要はない。
その上あのトレーナー、もしも展開が思い描いてた筋道から外れても、多分無数にサブプランを組んでるんだと思う。更に言えば、完全に予想から外れても……ま、ウィルムの判断力も、ちょっと慎重寄りってだけでそこまで悪いわけじゃないからね。これまでは対処出来てたんだ」
つまりは……やっぱりあの2人は、チートスペックのコンビだってことだ。
ズバ抜けた素質を持ってて、大逃げっていう対策のし辛い脚質を選ぶウィルム。
そんなウィルムの唯一の弱点と言ってもいい慎重に寄った判断力を、あまりにも鋭い観察眼と万全に過ぎる作戦で補うトレーナー。
あの2人が合わさると、もう手の付けようがない。
おおよそ隙のない、無敵のコンビになってしまう。
けれど、逆に言えば。
片方であれば、まだつけ入る隙があるってことだ。
まぁ、隙って言っても、それこそサイレンススズカとスペシャルウィークっていう二大巨頭をぶつけてようやく勝てるっていう、針に糸を通すような小さな隙だけど……。
それでも、いくら小さくても、隙は隙。
他の誰かが付け込めたのなら……ボクだって。
「付け入るとすれば、多分ここだ。っていうか今のところ、ここ以外に隙が見当たらない。
なんとか堀野トレーナーの想定外に出る……のは、ちょっと厳しいか。正直、知恵比べで勝てる気がしないんだよね、今のあの人。
だとすれば、未確定の要素がレースに上がっていれば……いや、それもあの観察眼だもんなぁ。どこまでボクたちのことを見抜いて来るのか……」
半ば独り言のように呟いていると、ふとマックイーンが言ってくる。
「……やはり変わりましたね、テイオー。
昔のあなたなら、『ボクなら真正面からぶつかれば勝てるし』とでも言っていそうなものでしたが」
……確かに。
あのダービーを、あるいは有馬記念を経験するまでのボクであれば、きっとそう言っていたと思う。
自分以上の素質なんて、この世界にあるとは思ってなかった。
誰かと同じだけ頑張れば、当然自分が勝つって思ってたから。
……でも、今は違う。
「実際、真正面からぶつかってダービーで負けてるからね。あれだけ全力で負けたんだから、今更ウィルムに素養だけで勝てるとは思ってないよ。
……ま、それでもボクは勝つ気でいるけどね。走りの素質では負けても、レースへの勘では負けてるとは思わないし?」
実際、レースの勘っていうただ1点のみで比べれば、ボクは多分ウィルムに勝ってる。
あの子の体はそれこそ抜群の素質がある。ハッキリ言ってしまえば、この世界の会長以外のウマ娘は、きっと素質で彼女には勝てないんじゃないかって思うくらいに。
でも、頭の出来とか精神の方向性まで完全にレース向きかって言われれば、それは否だ。
ホシノウィルムの圧倒的なチート性は、あくまで体と「思考力増加能力」に限ったものっぽい。
思考の動かし方にまで一分の隙もないわけじゃないのは、今さっき結論を出したばかりだもんね。
だからこそ、こうやって対ウィルムの戦略を練ってるわけで。
そもそもウィルム側だって、これ以上ないくらいにしっかりと作戦を組んでくるんだ。こっちもバッチリ対策してようやくイーブンってものじゃん?
……いや、なんか言い訳するみたいになっちゃったけどさ。
多分、競走ウマ娘として本気になるって、こういうことだ。
自分にできる全てをする。考えられることを考えて、走れるだけ走って、全力で壁に立ち向かう。
それが今、ボクにできる唯一のことで……。
きっと、ウマ娘・トウカイテイオーにとって、すごく大事なことなんだと思う。
「ふむ……。参考までに、1つ伺ってもよろしいですか?」
「何?」
色々と考えていたボクに、思案顔をしてたマックイーンが尋ねて来る。
その顔は……これまでに見たことがない程、真剣なものだった。
「何故、そこまでウィルムさんに拘るのですか?
今のあなたは、走ることやレースの勝利というより、彼女に勝つことにこそ執着しているように思えるのですが」
* * *
トウカイテイオーにとって、ホシノウィルムというウマ娘は、すごく複雑な存在だ。
突如として現れ、自分のプライドを根こそぎ奪っていった憎き敵であり。
全力を出して抗うべき、高すぎる壁であり。
憧れの会長に次ぐ、ボクがなり損ねた2人目の無敗三冠ウマ娘であり。
ところどころおかしなところもあるけど、付き合ってみれば案外普通の女の子らしかった友人であり。
……そして、これはきっと一方的だろうけれど、自分以上の才能を持っている、少しだけ妬ましい相手でもある。
念のため言っておくと、別にホシノウィルムは悪いヤツってわけじゃないんだ。
むしろ、彼女単体で見れば、まぁまぁ良い子だと思うよ?
気は回るし話も面白い。一緒にいて、決して不快なわけじゃない。
そもそもそうじゃなきゃ、友達になんてなってないしね。
あの子は間違いなくボクの友達で、何か困ったことでもあれば助けるし、嬉しいことがあったら祝うことだってする。それくらいには彼女のことを気に入ってるんだ。
ただ……やっぱりボクからすると、色々と思うところもある、っていうのも事実なんだよね。
去年の……つまり、ボクたちがクラシック級だった年の、春までは。
ボクは、三冠レースの最有力候補だった。
誰もが「トウカイテイオーが三冠を獲る」って疑ってなかったんだ。
……今思うと、なんだか信じられないけどね。
あの頃はまだ、ウィルムがそこまで頭角を現してなかった。
いや、彼女自身はホープフルステークスで大差勝ちしたりして頭角を現してたんだけど、世間がそれを認めてなかった感じかな。
この界隈には、フロックという言葉がある。端的に言えば、「まぐれ勝ち」って意味だ。
ウマ娘たちによるレースは、その日の天気とかバ場の状態といった運の要素も決して小さくない。
だから、強いウマ娘を他のウマ娘が打倒するような、大番狂わせも起こり得る。
それを世間はフロックって言って……当時のウィルムは、そういうものだと思われてた。
実際には、この世界にまぐれ勝ちがあるかないかと言われると……まぁ、ありはする。
レースの運の要素次第で、強いウマ娘が沈むことも、そこまで強くないウマ娘にチャンスが回って来ることも、起こり得るんだから。
それでも、基本的なトコができてないと、いくらまぐれを掴んでも勝てはしない。
G1レースで大差勝ちした時点で、ウィルムは間違いなく実力者だった。
それを当時、世間は……そしてボクも、見落としてたんだ。
ま、皐月賞の頃にはその評価も逆転して、ボクは僅差の2番人気に落ちてたんだけどさ。
そんなわけで当時、自分が一番強いんだって調子に乗ってたボクにとって、彼女の存在はすっごく癪に障った。
この世界じゃ絶対的な指標ってされてる血統的にも見るべきところがなくて、そのトレーナーも今年から専属を持つっていう新人で、更には大逃げなんていうピーキーな脚質で……。
そのくせ、メイクデビューのウイニングライブ後や、インタビューでボクについて訊かれた時には、ほとんど直球にボクを煽ってきたりするんだもん。
いわゆる売り言葉に買い言葉? 変なこと言われたらムカつくなんて、当たり前のことじゃない?
……まぁ、仲良くなった後に聞いてみたら、ウイニングライブ後のアピールについてはそういう意図はなかったみたいだし、インタビューについても「あれは、その……そう、当時は私がテイオーに対してヒール的な立ち位置でしたから、ロールプレイしたんですよ」って言ってた。
ボクに喧嘩を売りたかったとかじゃなくて、最初にアクシデントがあって、それからはファンのために演技してた、ってこと。
ホシノウィルムは、別にトウカイテイオーのことを意識してたわけじゃないんだ。
まぁ、つまりさ。
……結局全部、ボクの独り相撲だったんだよね、悔しいけどさ。
結局、皐月賞でボコボコにされて、全力で行って領域まで使ったダービーでも僅差で負けて、しかも致命的なことに、そこで骨折までしちゃって。
復帰した直後の有馬記念では、走法も完成してない上体調の健全化も間に合わず、不甲斐ない結果になっちゃったし。
……本当、あの子のライバルって名乗るのも、おこがましいくらいだよ。
それでも。
あるいは、だからこそ。
大阪杯は、勝ちたいんだ。
ボクはトウカイテイオーだ。
永遠の皇帝に続く、帝王になるウマ娘だ。
無敗の誓いも、三冠の夢も、既に散ってしまったけれど……。
それでも、ボクがトウカイテイオーだってことに、なんら変わりはない。
あの日、ウィルムがそう望んでくれたように……。
ボクは、ボク自身に誇れる「トウカイテイオー」であり続けたいんだ。
だから、勝ちたい。
あの常識破りの、神話の如き星の龍に。
そして、未だ遠く背中しか見えない、永遠の皇帝に。
そこに細かい理屈はない。
何故越えたいかとか、何故あの2人なのかとか、そんな理由はどこにもないんだ。
強いて言えば……そうだな。
「ボクが1人の競走ウマ娘で、ウィルムがまだボクの前にいるから、だよ」
長かった別視点ラッシュもついに終わり。堀野君とウィルがイチャイチャしてる裏では、割とシリアスなスポ根物語があったりしたよ、というお話でした。
次回からは堀野君とウィルの視点に戻ります。
いや本当は掲示板回も挟みたかったんですけど、流石にこれ以上はテンポがね……。
次回は3、4日後。トレーナー視点で、新たな装いの話。
(追記)
誤字報告を頂き、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!