有望そうな未来の後輩ちゃんを見出したり、歩さんと楽しく回ったり、残り2回のご褒美権を死守したりした大感謝祭が終わって、翌日。
私とテイオーは、URA公式がスポンサーに付くテレビ番組に出演することになった。
舞台裏でしっかりと歩さんニウムを補給させてもらって元気を出した後、私はテイオーと一緒に番組の表舞台へと上がっていく。
え、歩さんニウムって何だよって? 歩さんの温かさを感じることで孤独に冷え込む心にモチベーションをもらうことだよ、言わせんな恥ずかしい。
そしてカーテンを潜り、表舞台に出た、その瞬間に感じたのは……。
熱のこもった、たくさんの視線。
番組の撮影を観覧する、多くのファンの方々が、こちらに視線を注いでいた。
前世の頃なら、この熱視線だけで怯んでしまったかもしれないけど……。
こちとら何十万という人間に熱視線を向けられる競走ウマ娘だ。今更視線の10や20に動揺するわけもない。
そんなわけで。
「どうもー! トウカイテイオーでーす!」
「ホシノウィルムです、こんばんは」
そう言いながら、私たちはカメラの画角に入って行ったのだった。
たたたっと駆け出すテイオーは、観覧席やカメラに向かって元気いっぱいに手を振っている。
それに対して私は、落ち着いたテンションで軽く手を振るのに留めた。
こういうメディア出演で大事なのは、個性とバランスだ。
2人のペアで出るんなら、片方が元気いっぱいなら片方はクール系が良い。
どっちもやる気いっぱいだとちょっと疲れちゃうし、どっちもクール系だと取っつき辛いからね。
片方が突っ走って片方がブレーキ役なくらいの方がバランスがよく見えるし、画的にも映えたりするらしい。ちょっと前の撮影でスタッフさんに聞いた。
今回の場合、テイオーが元気系だと世間的に知られている以上、私はそこまで強く主張することなく、軽く微笑むくらいの態度で臨むのがいいだろう。
私が今すべきことは、むやみやたらに目立つことじゃなく、このお仕事を完遂し、番組を成功させることなんだから。
……と。
そんな私の思惑と、観覧客さんたちの思惑は全く別のものであり。
私とテイオーが現れた瞬間、そして特に、私が現れた瞬間に。
ざわりと、観覧席には興奮と動揺が広がった。
ま、この反応は、そこまで意外なものでもないけれどね。
私たちが所定の席に着くと、司会が改めて声をかけてくれる。
「お越しいただきありがとうございます、ホシノウィルムさん、トウカイテイオーさん。
いやぁ、2着目の勝負服もよくお似合いですね!」
「ありがとうございます、私もこれ、すごく気に入ってるので嬉しいです。テイオーは?」
「勿論ボクもお気に入り! 大阪杯からしばらくはこれで出るつもりだよ!」
にっこり笑うテイオーを包むのは、見慣れたものとは別のシルエット。
そう。
私とテイオーは今、新たな勝負服を身に着けているのだ。
テイオーは去年の企画で、私はURA賞受賞の時にもらった新勝負服。
私の方は、以前の赤を基調としたボーイッシュな服から、群青を基調とするマニッシュなものに一新。
深い群青のロングコートを主体とするカッコ良い系のファッションで、頭には王冠型の髪飾りが追加されてる。
1着目のボーイッシュでシンプルだったものから一気に雰囲気が変わり、我ながら強キャラ感の溢れるものとなった。どや。
しかも色々と様変わりした一方で、胸元には1着目と同じ形の星のブローチがあったりして、変わらない点も残ってるという素敵仕様。
後方腕組み古参面ファンの皆もニッコリだ。
歩さんからの評価もめちゃ高い一品となっており、私個人としてもすごく気に入ってる。
ボディタッチの機会とか、意識してもらえることとかがぐっと増えるからね。
で、テイオーの方は私とは真逆で、マニッシュな礼服っぽい衣装からボーイッシュな赤い衣装へ。
インナーにショートジャケット、下には丈短めのスカートとかなりの軽装で、その色合いも白青赤黄の王道ガンダムカラーから、赤黄黒の燃え上がるような三色へ。
私、この衣装に、すごく見覚えがある。
いや、この目で直に見たのは今日が初めてなんだけど、モニター越しに見たっていうか……。
……そう。
これぞ前世アニメで見た、骨折から復帰したテイオーの、2着目の衣装である。
思えば、前世アニメでテイオーがこの衣装を着たのは、大阪杯からだったっけ。
復帰直後のレースでこれを着て快勝した……んだよね、確か。
アニメを見たのはだいぶ前、というかもはや前世のことだし、その上当時はレースの知識が全くなかったから、ぼんやりとしか覚えてないけど……。
……というか、私の記憶が正しければ、前世アニメのテイオーってこの世界のテイオーに比べるとちょっと復帰が遅くて、有馬記念じゃなくて大阪杯からだったよね。
スピカの皆と初詣に行った後だったはずだから、少なくとも有馬記念ではなかったのは間違いない。
宝塚記念以降は歩さんに夢中だったり色々あったりで考え忘れてたけど、既にテイオーは……この世界は、前世アニメっていう正史から離れちゃってるんだよね。
……いや、正史って言うんなら、〈チーム・スピカ〉がなかったり沖野Tがいなかった上、私という異分子が三冠獲っちゃったりで、とうの昔に……というかもはや、最初から別物ではあったんだけども。
それでも、前世アニメの流れとこの世界の流れの違いに、少なからず私が関わってるっていうのは間違いない。
テイオーの獲るはずだった皐月賞やダービーを、力づくで奪っちゃったこともそうだし……。
テイオーの負傷を軽くして、復帰を4か月早めたのも、私や歩さんの行動の結果だろう。
ダービーの直前、私と歩さんは積極的とは言えないまでも、テイオーのために色々と画策した。
その結果、骨折の早期発見と治療に入ることができて、結果として有馬記念からの復活になったんだ。
私の行動が実を結んで、彼女を助けたと思うと、ちょっと……いや、かなり嬉しい。
だってさ、あのトウカイテイオーの負傷を、少しだけとはいえ軽減できたんだよ?
そりゃあ誇らしい気持ちにもなるってものだよね。
理想を言うのなら、ここから何度も続くかもしれない負傷もなんとか軽減、可能なら防止できればいいんだけど……。
……と、話が逸れ過ぎた。
とにかく、私とテイオーは新たな勝負服をいただいた、って話ね。
そんなわけで、新たな勝負服のお目見えとなったこの番組。
当然と言うべきか、観覧席からは黄色いどよめきが上がることになった。
私もテイオーも、勝負服として割合的に多い可愛い系の衣装ではなく、1着目に引き続き男装的なカッコ良い系の衣装だもんね。
こういうの、やっぱり女性ファンとしては結構嬉しいのではなかろうか。前世の「私」だったら、推しのカッコ良い衣装とか見たら絶叫して気絶してたまであるし。
「お二人ともすごくカッコ良い衣装ですが、ご自身としてはお気に入りのポイントなどは?」
黄色い声に便乗するように、司会が尋ねて来る。
「ボクはやっぱり、右肩のマントかな! どうこれ、ヒラヒラしてカッコ良いでしょ!」
即答したテイオーに続いて、私は少し考え込むような姿を見せてから回答。
「私は……うん、この星のブローチですかね。1着目と同じものなので、愛着があります」
「なるほどなるほど、やはり競走ウマ娘さんにはそれぞれの勝負服へのこだわりがあるんですね! 大阪杯ではそういった部分にも要注目ですよ!」
司会は上手くまとめて、話を進めた。
前座の次……本日の本題へと。
「それでは改めて、お二人には今年の春のG1シーズンについて伺っていこうと思います。
直近の大阪杯……は、やはりお二人も語りたいところも多いでしょうね。
なのでまずは、お二人が直接関係しないクラシック級の三冠レース、皐月賞と桜花賞について語っていきましょう!」
* * *
皐月賞、桜花賞。
これらはそれぞれ、クラシック三冠レース、トリプルティアラレースの内の1つだ。
今更語るまでもないけど、トゥインクルシリーズのクラシック級には、世代最強を決める2つのレース群がある。
それこそが、クラシック三冠と、トリプルティアラと呼ばれるレースシリーズだ。
私も去年駆け抜けたし知名度的にも語るまでもないだろう、皐月賞、日本ダービー、菊花賞の3つで構成される、クラシック三冠。
そして、それらとほぼ時期を同じくして行われる、桜花賞、オークス、そして秋華賞の3つで構成される、トリプルティアラ。
これらはどちらも、同一の世代の中での最強決定戦だ。
では何故、2つに分けられているかと言えば……距離の得意不得意があるからだね。
クラシックレースは2000メートルから3000メートルの間で競われるのに対して、ティアラレースは1600メートルから2400メートルと、少しばかり短い距離での開催になる。
つまるところトリプルティアラは、マイル距離から中距離までを主体とし、でも長距離はちょっと厳しいような、マイラーからミドルディスタンスまでのウマ娘たちの戦場となるわけだ。
多分、ブルボンちゃんも適性だけで見るとこっち向きなんだろうね。
世代の区分として使われる「クラシック級」という名前通り、どちらかと言えば注目されるのは、昨年私も参加したクラシックレースの方。
ティアラレースはクラシックレースに比べると、ちょっと地味に思われがちだ。
現に、最強議論になると歴代三冠ウマ娘の名前はよく上がるけど、トリプルティアラのウマ娘の名前はそこまで挙がらないしね。
……いやまぁそもそも、これまでの歴史でトリプルティアラを獲得したのはただ1人、魔性の青鹿毛メジロラモーヌさんだけって事実も大きいと思うけども。
ちなみに、短距離に特化したスプリンターやダートに特化したウマ娘たちはこの最強決定戦にも参加できず、というかそもそも走れるG1レースが少ないということで、ちょっと不満の声が上がってたりもした。
で、こういう不満の声を受けて「誰もが活躍できるレース」を指標に掲げて創設されたのが、つい先日マックイーン先輩が勝ちぬいたURAファイナルズだったりする。
ダート、短距離、マイル、中距離、長距離と様々な条件が整えられ、世代の中でもその分野に限った最強を決める、っていう催しなわけだ。
この企画を立案してほぼ1人で作り上げたっていうちっちゃい理事長さん、ホントめちゃくちゃ良い人だよね。普通に尊敬するよ。
さて、話を戻して。
そんなわけで、これから語るのは2つのレース。
今年のクラシック三冠の始まりである皐月賞と、トリプルティアラの始まりである桜花賞だ。
私たちが頭の中で会話を練っていると、いよいよ司会が話を始める。
「世間的には、皐月賞はミホノブルボンさん、桜花賞はニシノフラワーさんが一歩リード、という見方をされていますね」
「そうですね……私はニシノフラワーさんにはあまり接点がありませんが、ブルボンちゃんはかなり強力ですよ。適性の壁を越えてクラシック三冠、というのも決して夢物語じゃないと思います」
「ホシノウィルムさんはミホノブルボンさんと同門、同じ契約トレーナーに就いているのでしたね」
「いやぁ、去年の三冠ウマ娘が言うと説得力違うねー。でもまぁ実際、この前のスプリングステークスでは見事に大勝してたし、皐月賞の最有力候補ではあるよね」
ブルボンちゃんを持ち上げる私に、うんうんと頷くテイオー。
ブルボンちゃんが勝ったスプリングステークス、2着のライスちゃんまでは4バ身差だったけど、そこから3着の子までは更に3バ身空いてるからね。
高いスタミナで何とか食い下がったライスちゃんを除けば、あるいはライスちゃんを入れたとしても、あれはブルボンちゃんの独壇場だったと言えよう。
勿論、他に強いウマ娘がいないってわけじゃないけど……それでも、ブルボンちゃんの実力はちょっと群を抜いている。
……まぁ、これは公平を期すべきテレビ番組。あんまり強い言葉は吐けないけども。
「皐月賞はスプリングステークスと同じ、中山レース場右内回り。言うならば距離が200メートル延びるだけですもんね。
弥生賞1着のリボンララバイさんを筆頭に強力なウマ娘も出走予定ではありますが、やはりあの強烈な逃げ切り勝ちを見ると、皐月の舞台でも、と望みたくなりますね」
「リボンララバイも弥生賞で2と半バ身差、かなり強さが出てたけどね。特に末脚は冴えてたし」
「ただ、ブルボンちゃんのスプリングステークス、上がり3ハロンで見ても37秒3のライスちゃんに続く37秒6ですからね。後半に垂れるはずの逃げウマ娘なのに、末脚まで鋭いっていうのはとんでもないことですよ」
「……ねぇそれ、遠まわしな自慢?」
「ホシノウィルムさんも、後半に垂れないことに定評がありますからねぇ」
「あ、すみません。無意識に」
ははは、と観覧席から笑い声が上がる。
良かった、なんとか笑いは取れたらしい。
……これSEとかじゃないよね?
「一方、桜花賞はどうでしょう」
「こちらもこちらで、強力なウマ娘が揃ってますね。単純に勝率で見るとニシノフラワーさんが強いんですが、連対率や掲示板入りの確率を見ればなかなかの役者揃い。楽しみですね」
「言いたいこと全部言われちゃった……」
「あ、ごめんなさいテイオー」
やば、ちょっと段取り失敗。
ある程度の台本とリハがあるとはいえ、こういうトークは割とアドリブだから難しいなぁ。
ちょっと肝を冷やした私に対して、司会が上手く手を差し伸べてくれる。
「では、レース場についてはどうでしょう?」
「阪神右外の1600、だっけ。ボク、実は阪神走ったことないんだよね。大阪杯が初だったり」
「私は内回りだけど宝塚で走りましたね。最終直線直前の仁川の坂が、逃げとか先行の子にはちょっと厳しい感じでしょうか」
「ニシノフラワーは基本先行だっけ。じゃあ若干不利かな?」
「どうでしょう。言っても高低差は2メートル、有名な京都レース場の淀の坂の半分ですからね。通過するのも一度きりですし、上手くスタミナをやりくりさえすれば不利を回避はできますね」
……え、私が走った時はどうしたって?
呪いが解けて領域にも覚醒して、その上チートも解禁されて脳がズギューンってなってたから、最高効率の走りを計算し続けてぶち抜いたわ。
参考にならない先輩でごめんね?
「ウィルムとしてはこの桜花賞、どう見てる? やっぱりニシノフラワーが本命って感じ?」
「ですね。可愛い後輩のブルボンちゃんと同室らしいですから、その縁もありますし、応援してます」
「あ、そっか、ミホノブルボンとニシノフラワーって同室なんだっけ。冷静に考えるとすごい偶然」
いや本当にね。
ジュニア級王者が2人同じ部屋、しかもそれぞれクラシックレースとティアラレースの最有力候補ってどういう確率だよ。
トレセン学園って2000人のウマ娘抱えてるのよ? 殆どが寮に入ってるんだよ?
……いやまぁ、あのオールラウンダー先輩と同室の私が言えることでもないんだけどさ。
「テイオー的にはどうですか?」
「個人的には、この前のチューリップ賞でニシノフラワーを破ったチョコチョコに期待したいかな。当日のバ場とか調子次第ではあるけど、末脚には見るものがあるし」
「なるほど、桜花賞も皐月賞に優るとも劣らぬ大決戦となりそうですね。トリプルティアラの最初の1つ、果たして取るのは誰になるでしょうか?」
* * *
クラシック級の子たちに関してはこんなものか。
大きな問題も起きずに展開が進んで、内心で安堵の息を吐く。
勿論、私やテイオーが言っている意見は、この場で考えて出してるわけじゃない。
というかそもそも数日前にリハーサルとかやってるしね。多少話の流れが変わったりすることはあっても、言うことの大枠自体は最初から決まってる。
ま、そりゃそうだよね。こう見えて私たちって、割と影響力のあるインフルエンサーだし。
下手なことを言えば炎上不可避。ちょっと誰かに肩入れするような態度見せるだけでもアウトな可能性すらある。
流石に同門の後輩を応援するくらいはセーフだろうけど、肩入れして過大評価するのは駄目だろうね。
……うーん、改めて、メディアって面倒くさい。
色々あってファンへの感謝を痛感した私ではあるけど、それはそれとして、この……こういう、なんだろうな、配慮って言うの? そういうのへの忌避感はどうにもなくならない。
こっちにインタビューしてきてるのに、本心を話せなかったり、あるいは過剰な言葉で飾らなきゃいけなかったり。
そういうのって本末転倒じゃない? って思うんだけども……。
いや、心を傷つけられる人がいるなら、そこに対応しなきゃいけないってのはわかるけどさ。
わかるけども……なんというか、アレだ、おじいさんとおばあさんとヤギ。万人が納得する回答なんてこの世界にはないんだよね。
それなのに、無理に全員が納得する回答を作ろうとするもんだから、誰も何も言えなくなっちゃう。
仕方ないことではあるけど、どうしようもないことではあるけども……どうにもなぁって。
ま、これも仕事だし、仕方ないからその通りにこなすけども。
これでも一応、ジュニア級……つまり2年前から芸能界入りしてる、プロみたいなものだしね。実際に露出が多くなったのはクラシック級からだけども。
さて、改めて。
これでクラシック級の話が終わった。
クラシック級の1つ下であるジュニア級は、まだまだレースも始まらないし、G1レースがあるのは年末から。今から展望を語ったところでただの妄想、夢物語でしかない。
そんなわけで、クラシック級の次は私たち、シニア級の話になる。
「やはり次は、シニア級レースですね。ホシノウィルムさんとトウカイテイオーさんには、今後の展望なども含め、大阪杯への意気込みを語っていただきたいと思います」
……ま、そういう意図のキャスティングだよね、これ。
今回の大阪杯において、恐らく最も注目されるの、私とテイオーだもん。
実のところ。
ホシノウィルムをイーブンな状態から最も追い詰めたのは、ナイスネイチャでもメジロマックイーンでもスペシャルウィークでもなく、トウカイテイオーだったりする。
私の成績は有馬記念以外全勝なわけだけど、その有馬記念では私のトレーナー、歩さんが不在だった。
つまるところ、私は半身が欠けたような、不完全な状態だったわけだ。
言い訳がましい、というか普通に悔しさからの言い訳だけど、これはちょっとイーブンとは言い辛い。
で、そんな有馬記念を除いて、最も私が差を詰められたのが……そう、去年の日本ダービー、テイオーとの決戦。
いやまぁ、あっちは領域覚醒しててこっちはまだだった、って部分は少なからず大きいんだけどさ。
けど、そこは外的要因ってわけじゃなく、私たちの早熟具合。少なくとも条件的にはイーブンと言っていい状態だったはずだ。
あっちはバチバチに覚醒してて、追い詰められに追い詰められた瞬間。
降りしきる雨の中、最終直線で爆発的に加速して、一気に迫ってきたテイオーの足音を、よく覚えてる。
それに対して私は、テイオーの走りを見て思い付いた超前傾姿勢を試し、なんとか勝てたはいいものの、ものの見事に自爆して炎症を起こしてしまったわけだけど……。
……今思うと、アレは歩さんのウマ娘にあるまじき行為だったな。
いくら勝っても、あの人の下に無事に戻らなかったら、意味がない。
あの人が求めてるのは勝利とか名声じゃなく、身近な人と当然のように明日再会できることなんだから。
もしも、もしもあそこで私の競走人生が尽きてしまったら、あの人のことだから「俺がちゃんと鍛えられなかったからホシノウィルムは潰れたんだ」とか思ってたはずだ。
そしたら……ホシノウィルムが彼の新たなトラウマになってしまったかもしれなかったのか。
うわ、鳥肌立った。最悪の可能性すぎる。
いやホント、そうならなくて良かった。無茶しても炎症程度で抑えられる自分の脚の頑丈さに感謝しかないよ。転生チート万歳!
……閑話休題。
とにかく、トウカイテイオーは唯一無二、私をイーブンな条件からハナ差まで追い詰めたウマ娘だ。
しかし、ダービー直後に骨折が発覚し、遅れて私も宝塚記念で骨折。
次の直接対決は遅れに遅れて有馬記念となったけど、そこではスペ先輩やスズカさんに話題を攫われてしまったし、何より私には歩さんがおらず、テイオー自身が本調子ではなかった。
しかし、今、私の横には歩さんが立ってくれていて、テイオーは本調子を取り戻した。
故に、この大阪杯。
私とトウカイテイオーは、あの日のダービーの続きを、再度の決着を期待されているのだ。
リハーサルでこれを聞かれた時は、まず私が軽く受け答えしたはず。
そう思い、私が口を開きかけたところで……。
不意に、テイオーが話し出した。
「ボクは今のところ、大阪杯に全力を注ぐつもり。一応天皇賞にも出るつもりだけど、先のことは大阪杯が終わってから考えるよ。
なにせ、ボクのライバルの一等星はステイヤーだ。戦う距離は長ければ長い程、ボクの不利になっちゃう。
……だから、この大阪杯で、ボクに最も有利な舞台で、超えるよ」
横から、熱を帯びた視線を向けられた。
以前やったリハーサルとは違う流れの、アドリブ。
その時よりもずっと熱い、言葉と視線。
……あは、なるほどね。
テイオーがこの企画を受けた理由って……。
公の場で、私に、挑戦状を叩きつけるためか。
面白い。楽しい。嬉しい。あるいは、愛おしい。
そんな感情が、胸の中を埋め尽くす。
テイオー……ホント、楽しいことしてくれるね。
「みんな期待してくれてるように、ボクはこの大阪杯で、ウィルムにリベンジする予定。
無敗三冠の夢は破れちゃったけど、トウカイテイオーはそんなトコで終わってあげないよ? 一等星だって超えて、ボクこそが永遠の皇帝に次ぐ、絶対の帝王だって証明してみせる」
真摯な想いの告白に、私以外の全員が気おされ、思わず一拍黙り込む。
……けど、その沈黙は長続きはしなかった。
すぐにテイオーが「ニシシ」って感じで笑ったからだ。
「……って感じかな! ま、そうやすやすと勝てるとは思ってないけどさ、全力で行くから。みんな、応援よろしく~!!」
ちょっとふざけたような口調に、周りからは笑いが起こった。
……いやぁ、上手いな、テイオー。
テレビ番組っていう公の舞台で挑戦状を叩きつけながら、きちんとエンタメに戻した。
場慣れ……っていうより、雰囲気を調整する要領が良いんだろうね、この感じ。
私も多少は要領は良い自信があるけど、この手のコミュニケーションは……あんまり経験がないし、テイオー程できるとは思えないな。
「なるほどなるほど! では、ホシノウィルムさんの方はどうでしょう」
考えてる内、こっちに話題が振られる。
……よし。
売られた喧嘩は、買ってあげますか。
私は、自分の口角が上がるのを感じながら、口を開いた。
「そうですね。私としては、ファンの方々の期待を裏切らない、私らしい走りをしたいと思っています。
大阪杯、天皇賞(春)、そして宝塚記念。春シニア三冠ルートの全てで勝利を刻み、万全の状態で以て凱旋門賞へと挑みたいですね」
そう言って、私はチラリと横に目を向けて……。
こちらを見ていたテイオーと、視線がかち合った。
「……えぇ、勿論、そこに立ち塞がる壁は正面から越えましょう。
それがターフを駆ける名優であろうと、偉大なるオールラウンダーであろうと……あるいは、復活した帝王であろうとも。追い縋る全てから、私は逃げ切ります」
あぁ。
灼けるような、熱。
お前を倒す、超える、絶対に差し切る、と。
テイオーの視線からは、煮え滾る野心が、ひしひしと感じられた。
ぶるりと、快感に体が震える。
本当に……本っ当に、ライバルって最高だ。
それも、相手はテイオー。本物の、レースの天才。
確信した。
大阪杯は、絶対に、最高に熱いレースになる。
……さてと、それはそれとして。
そろそろこっちもオチに行かないと、だ。
「……ま、つまりはいつも通りですね。
私は私らしく、ファンの皆さんと私自身のために、最高に楽しく走りたい。最高に熱いレースをしたい。
そのためにも……ふふ。皆さん、応援、よろしくお願いしますね?」
妄信にも似てるようなライバルへの信頼って良いよね……。
そんなわけで、お膳立てはようやく終了。
ようやく次回から、大阪杯が始まります。
次回は3、4日後。トレーナー視点で、大阪杯前編。
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!