転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 大阪杯前編。
 いやこれを大阪杯と呼んでいいのかは微妙なところですが。





徒然芝

 

 

 

「実のところ、ホシノウィルムは一般的に言われている程無敵ではない」

 

 大阪杯当日。

 ウィルを阪神レース場に送り届け、レース前の激励も済ませた後。

 俺はスタンドで、傍らの担当ウマ娘とサブトレーナーに講釈を垂れていた。

 いや、講釈というか、もはやお決まりになったレースへの考察なんだけも。

 

「ウィルは今、世間から『トレーナー不在で、なおかつサイレンススズカとスペシャルウィークを同時に相手取ってようやく抑えられる化け物』という認識を受けているが……流石にその評価は過分と言わざるを得ないだろう。

 彼女もあくまで1人のウマ娘。神がかりな脚と素質を持ち合わせるアスリートであろうと、等身大の少女であることは忘れてはならない」

「……なんか今日、えらく予防線が厳重じゃない?」

 

 腕を組んで話していたところに、横から昌の言葉が飛んでくる。

 あとついでに、ちょっと硬めのチュロスをかじる音も。

 

 名家の出としては、食べながら話すのは行儀が悪いぞ、と言いたいところだが……。

 この子、昨日からろくに食事取れてなかったからな。

 レース開始の時間も近いし、ここは仕方ないと思うべきだろう。

 

 名家の行儀やプライドと、トレーナーとしてすべき話。

 この2つなら、後者の方が優先度が高いんだから。

 

「データベースを参照するに、マスターの話の進め方は重度の慎重派であると推測されます。

 私たちがホシノウィルム先輩の力量を見誤らないように、という配慮ではないでしょうか」

 

 そんな風に昌に取りなしてくれたのは、ミホノブルボン。

 昌が買って来てくれたあんぱんを片手に、彼女はターフの方に視線を投げている。

 

「…………」

 

 そんな様子を見て……取り敢えず、安心。

 深く考え過ぎて追い詰められている、なんてことはなさそうだな。

 

 

 

 ミホノブルボンは、大感謝祭の日辺りから、何かに悩んでいる風だった。

 ミーティングではどこかぼんやりしていたし、トレーニングの際にも精彩を欠いていた。

 何より彼女の得意とするはずの坂路を走った時なんか、不意に立ち止まって何かを考え込んでしまうこともあったんだ。

 

 彼女は恐らく、今、何らかの個人的な悩みを抱えている。

 それがどんなものであるかは、情報が少なく推察も難しいが……。

 これがなかなか、対処が難しいんだよなぁ。

 

 ウマ娘の悩みにどう向き合うかは、トレーナーの難題の1つだ。

 

 勿論、悩む彼女たちを放置するようなことはあってはならない。契約トレーナーとしての職務には、担当のメンタルケアも入っているのだから。

 

 だが、だからと言って無理に言って聞き出すのは逆効果だろうし、1人で悩む時間も必要なはずだ。

 入れ込んでいるウマ娘に手を出すのは危険だし、手助けは時に人の成長を妨げてしまう。

 

 俺たちトレーナーと担当ウマ娘との距離感は、近すぎてもいけないし遠すぎてもいけないのだ。

 

 そんなわけで、ある程度以上に重症化するか、あるいはあちらから相談してくるまで、こちらからは触れないようにしていたんだが……。

 

 どうやら今、大阪杯を前に、ひとまず割り切ることができているらしい。

 彼女はこの大阪杯を見て、少しでも自分の走りに活かそうとしている。

 真面目なブルボンらしく、「今はレースに集中しなければ」と自制して切り替えているのだろう。

 

 ……もしも相談に乗るとしても、大阪杯の後になるかな。

 

 

 

「兄さん?」

「ん、話を戻そうか」

 

 ブルボンの方に傾いていた思考を、再びレースへと向ける。

 

 大阪杯。

 阪神芝、右内回り、2000メートル。

 

 このレースを、端的に表現すれば……。

 

「2000メートルは、中距離としては最短に近い距離だ。

 ミドルディスタンスのトウカイテイオーにとっては最も有利で、ステイヤーのホシノウィルムにとっては最も不利なものと言える。

 ……勿論、マイルや短距離も含めれば『最も』とは言い辛いが、俺はウィルをマイル以下の距離に出す気はないからな。

 総じて、条件的にはトウカイテイオーが有利と言っていいだろう」

 

 距離で言えば、去年の皐月賞の時と同じで……。

 しかし、ウィルとテイオー両者ともに、あの時とは比べ物にならない程の成長を遂げている。

 

 ウィルは、彼女の最大の欠陥であった敗北への忌避感を乗り越え、過去との決別も済ませて、掛かり癖を解消した。

 そのステータスやスキルも、まさしくトップクラスと言う他ない状態だ。去年11月時点では一枚劣ると言わざるを得ない状態だったスペシャルウィークやサイレンススズカと比べても、遜色ないと言っていいレベルに脚を踏み入れていた。

 ……更に言えば、例のサイレンススズカ対策も既に形になっている。この大阪杯でお披露目する形になるだろう。

 

 対してテイオーも、半年もの休養期間があったとは思えない程に、急速に力を付けている。

 彼女にとっての最大の弱みと言ってよかった慢心を捨て去り、あの負担の大きすぎる走法も、先日のトレーニングを見るに別物と言っていいレベルに改良されていたようだった。

 更にステータスやスキルに関しても、脚質や距離適性の関係上単純に比較することは難しいが、総合値で言えばあのメジロマックイーンと肩を並べかねない程になっている。

 特に注目すべきは、持っていたはずの「レースプランナー」が消え、その代わりと言わんばかりに「レースの天才」というスキルが追加されていることだ。推察するに、スペやスズカが持っていたのと同じ特殊スキルだろうな。

 総じて、今のテイオーはまさしく一線級のウマ娘。星の世代の二等星に相応しい実力者だろう。

 

 あの有記念の大敗から、たったの4か月。

 まさかとは思っていたが、本当にここまで仕上げて来るとはな。

 ウィルの言う通り、そして「アプリ転生」が示す通り、まさしく彼女は「レースの天才」なのだろう。

 

 その上で、ウィルにとっては不利で、テイオーにとっては有利な条件での勝負となるわけで……。

 今回のレース、ホシノウィルムが確実に勝つ、とは断言できないものになる。

 

 ……というかそもそも、「確実に勝てる」なんて言葉は、互いの実力が余程離れていなければ出せないものだ。

 国内最高峰のG1レースで、こんなことを言える方が異常事態なんだけど。

 

 

 

「確認だけど、兄さんは今回のレース、トウカイテイオーさん以外のウマ娘は警戒していないの?」

 

 昌に言われ、顎に手を当てて、2人以外の出走ウマ娘のことを思い出す。

 

「実力者は数人いるが……先程パドックで確認した限り、調子が噛み合っていないな。

 ハートブロウアップは絶不調、ダイサンゲンやイノセントグリモアは不調。その他のウマ娘は単純に地力の問題でウィルには迫れないはずだ。

 出遅れや掛かり、事故でも起こらない限り、この流れは変わらないと思う」

 

 ウマ娘のレースは、何もステータスだけで決まるわけではない。

 ……とはいえ、少なからずそこに依存する部分はある。

 ステータスが低ければそれだけ活躍し辛いし、スキルがなければいざという時力を出せないからだ。

 

 あくまでも領域や覚醒状態という例外があるというだけで、原則的にはレースはステータスとスキル、適性によって決まるのだ。

 だからこそ、俺は昔からレース展開の予測を得意としていたわけで……。

 

 ……逆に言うと、「アプリ転生」や資料を読んだだけの浅知恵では測ろうとしても測りきれない、領域と覚醒状態が本当に怖いんだけども。

 

「今回の大阪杯は、ウィルとトウカイテイオーの一騎打ちになる可能性が高い。

 恐らく、少なくとも3バ身、更に開けば5バ身。2着から3着の間には差が開くだろう」

「そんなに……?」

「まぁ、ウィルはその素質だけで言えば、長い歴史でも10本指に入るレベルの優駿だろうからね。

 加えて言えば……すごく手前味噌で情けないけど、彼女のトレーナーである俺も一応は堀野の家で学んだ人間だから、多少は彼女の力になれている……と思うし」

 

 ……しかし、そう考えると恐ろしいな、テイオーの実力。

 

 ホシノウィルムは、恐るべき天才だ。

 なんというか、この世界にはあらざるべきバグとでも言うような、圧倒的な素質を持っている。

 本格化を迎えたばかりである時期の、桁違いの初期ステータス。レース1回で大逃げを掴んで来るような、並外れたセンス。「思考力増加」という、トンデモチートパワー。

 その全てを持っている彼女は、間違いなく走るために生まれて来た優駿と呼べるだろう。

 

 更にそこに、一応とはいえ堀野のメソッドを学び、「アプリ転生」というチート能力を持っているトレーナーが付いているわけで。

 今の彼女は……多少身内贔屓なところがあるとしても、それこそシンボリルドルフやサイレンススズカに並ぶ、史上最強のウマ娘の一角だと思う。

 

 ……で。

 そんな彼女に付いて来てるテイオーは……なんなんだろうな。

 

 いやそりゃ、テイオーだってトップレベルの優駿だよ?

 でも、初期ステータスが高かったりしたわけでもないし、今のところ常軌を逸したチートパワーを持ってる様子はないんだ。

 更に言えば、テイオーのトレーナーはベテランでこそあれ、流石にこちらもチートを持ってるわけじゃないだろう。

 その上、テイオーはウィルより2か月多く休養していたはずで……。

 

 それなのに、今、テイオーはウィルの「ライバル」として……つまり、ウィルを打ち負かし得る強敵として、あのターフに立っている。

 

 ウィルは彼女を称して「本物の天才」と言っていた。

 確かに、ウィルとの間にある差を埋め、懸命に食い下がって来るテイオーは天才と言えるだろうな。

 

 いやしかし、それだとまるでウィルが「偽物の天才」とでも言っているようで、ちょっとやだな。

 まるで彼女の才能がズルか何かだと言っているように聞こえてしまって……。

 

 

 

 …………ん?

 今、なんか引っかかった。

 

 この世界にあらざる……ズル……「チート」パワー?

 

 ホシノウィルムは「思考力増加」というチートレベルの特殊な能力を持ってる。

 一方俺も、「アプリ転生」という真正のチート能力を持ってる。

 

 俺たちはどこか、似ている気がする。

 

 本来ありえないはずの、血統を無視して現れた、ズルと呼んでいい程の高い素質。

 大人のそれとまでは言い辛くとも、その年齢にはそぐわない程の理性と思考。

 ここまでの……特に最初の内に多かった、ネームドのウマ娘に対する多少過剰な反応。

 これだけ強力かつ印象的でありながら、前世アプリでテイオーのライバルとして名前が上がらなかった記憶。

 

 ……まさか。

 

 いや、まさかとは思うが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホシノウィルムも俺と同じく……。

 前世の記憶とチートを持つ、転生者?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……い。

 いや、いやいやいや。

 

 流石にそれは結論を急ぎすぎているだろう。

 

 そもそもこの世界には、アプリには存在しなかったチートじみた能力が他にも存在する。

 サイレンススズカが持つ先頭絶好調状態なんかその典型だし、ある意味ブルボンの正確無比な感覚もその1つだろう。

 

 変な期待とかせず冷静に考えた時、「ホシノウィルムが転生者で、『思考力増加』能力がチートである」可能性と「ホシノウィルムがチートレベルの超常的な素質を持っている」可能性なら、後者の方がまだ現実的だと思う。多分。

 

 というか、ただウィルがとんでもない素質を持ってたからって、それを転生者と繋げるのは無理がある。

 ……なんかやだな、そういう歪んだものの見方から、同じく前世の記憶を持つ転生者に会ってみたいっていう自分の欲を感じる。

 しかもそれが、2年の時を共にしてきた愛バであれば尚更良いと……。

 

 ……はぁ。久々に重い自己嫌悪。

 俺、今日も頑張る彼女に対して、なんて勝手なイメージを着せてるんだろうか。

 

 前世の記憶を持つ転生者など、この世界に他に存在するとは思えない。

 単純な話、それだけ母数がいるのなら、多少は世間的に知れ渡るはずだからだ。

 この情報が行き交う現代社会において夢物語とされている以上、転生後に記憶を持ち越す人間は極めて少ない……それこそ何兆人に1人とか、あるいは俺だけである可能性が高い。

 

 昌という理解者を得られたことはこの上ない幸福だったが、同じ転生者という同類は得られない。

 そんなことは、とうの昔に呑み込んだはずだったんだけどな……。

 最近は肩の力が抜けたと言われることが増えたが、こういうところまで緩むのはよろしくないな。改めて気を付けなければ。

 

 契約トレーナーは、ウマ娘に寄り添い、支えるべき存在。

 互いに助け合うことはまだしも、一方的に救いを求めるようなことはあってはならないんだから。

 

 

 

「兄さん? どうしたの眉寄せて」

「……あ、ごめん。なんでもない、ちょっと変な想像しちゃっただけ」

 

 軽く頭を振り、俺は改めて視界をターフの上に投げる。

 転生者云々は、取り敢えず忘れよう。今は気にしてる場合じゃないし。

 

「……じゃあいいけど。それで、改めて聞くけど、なんで今日はやけに予防線が厚かったの?」

 

 空気を換えるように聞いてくる昌に、何と言うべきか迷う。

 昌単体であれば簡単に説明できたんだけど、横にブルボンがいるとな……。

 

 ……いや、むしろブルボンなら、殊更何も聞かず、納得してくれるか?

 

「ん……端的に言えば、今回のレース、俺が測れない部分が大きいからだな」

「測れないっていうと……」

「領域だよ」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 領域。

 前世の名称で言うところの、固有スキル。

 

 ウマ娘の極限の集中力が引き起こすゾーン状態……と認知されているこれだが、実際には恐らくそれだけではない。

 ウィルの体験談を聞く限り、その本質は彼女たちの中にあるウマソウルによる、自らの「世界」の展開。自分の周囲に効率良く走ることのできる心象風景の世界を広げる、といったところだろうか。

 まぁ勿論、これはまだ仮説の段階……というか、観測できない以上妄想の段階を抜けないんだが、それはともかく。

 

 今回の大阪杯においては、恐らくこの領域がキーになるだろう。

 ……いやまぁ、そもそも領域がキーにならないレースなんて、これまでになかったかもしれないが。

 

 

 

 俺の意図したところが伝わらなかったのか、昌は「は?」と首を傾げた。

 

「領域って……ホシノウィルムさん、もう領域は習得してるよね。もっと洗練させるって意味?」

 

 あー、そっか、そこからか……。

 そうだな、前世アプリをやったことがない人にはそこから説明しないといけないだろう。

 

「いや、違う。……昌、ブルボン、この前2つ目の領域の話をしたのを覚えてるか?」

「えっと……2つ目の領域を得るためには、2着目の勝負服を着なきゃいけない……だったよね」

「勝負服という『形』に、ウマ娘の魂という『色』を着色することで、領域という『絵』になる。故に、そのウマ娘の走りへのイメージ、ファンの総意である勝負服は、領域に強く影響する、という内容であったと記憶しています」

「うん、ありがとう」

 

 ブルボンの記憶力、改めてすごいな。

 あれか? サヴァン症候群ってヤツ? 持ってたら持ってたで色々と苦労しそうな記憶力だけど、正直少しだけ羨ましい。

 

 俺、何気に物忘れ激しい方だしな。

 今年のローテーション決定の際にも、ブルボンに迷惑かけちゃったりしたし。

 

 と、それはさておき。

 

「今ブルボンが言った通り、勝負服は『形』だ。それを着るウマ娘は、領域という『絵』における『形』を規定されてしまう。つまり……」

「……もしかして、2着目の勝負服を着ている間は、1つ目の領域が使えない?」

「うん、そういうこと」

 

 まぁ、俺の『形』やら『色』やらという推論が正しいとは限らないが……。

 少なくとも、昌の言うことは間違いない。

 

 俺は一旦話を切り上げ、ターフの上でストレッチしているウマ娘たちの方に視線をやった。

 

 他のウマ娘たちから少し距離を置いて、2人のウマ娘が立っている。

 片や、深い群青のコートに身を包んだ大逃げウマ娘、ホシノウィルム。

 片や、燃えるような赤いジャケットを羽織る先行ウマ娘、トウカイテイオー。

 

 不敵な笑みを浮かべて何かを話している、新たな勝負服に身を包んだ2人だが……。

 「アプリ転生」によれば、彼女たちのスキルからは、有記念時点ではあったはずの領域……『天星の蛇龍』と『究極テイオーステップ』の表記がなくなっている。

 そして勿論、今のところ2つ目の領域の表記はない。

 

 ……つまるところ。

 今、彼女たちは領域が使えない状態に戻っているのだ。

 

 

 

「それって……その、マズくない? 他の子たちは領域を使ってくるかもしれないのに、新しい勝負服を着た子は使えないの?」

 

 昌の指摘は尤も至極。

 俺もそこは難しいと思ったが……。

 

「話を聞くに、2つ目の領域の習得は、1つ目の習得よりずっと簡単らしい。

 ロジック的には……『絵』の例えで言えば、既に『形』に『色』を通す感覚自体は理解しているわけだから、勝負服の『形』さえ掴めば簡単なんだとか」

「そういうものなの……?」

「少なくとも、これを聞かせてくれたシンボリルドルフは、2着目の衣装を着たそのレースで2つ目の領域を開いたらしい」

 

 話を聞くに、URA賞を獲った直後の天皇賞(春)でのことらしいが……。

 それを聞いた昌は、何とも言えない顔で眉を寄せた。

 

「うーん……それは……」

 

 彼女の言いたいことはわかる。

 何せ、シンボリルドルフはシンボリルドルフだからな。

 

 ただ、心配はご無用だ。

 俺の担当ウマ娘を舐めないで欲しい。

 

 俺は人差し指を立てて言う。

 

「確かに、シンボリルドルフの才能が故かもしれないが……才能という点では、ウチのウィルだって負けてないと思う」

 

 俺の言葉に、昌は眉をひそめた。

 

「……時々、親バ鹿ならぬトレーナーバ鹿だよね、兄さん。シンボリルドルフさんに負けてないって」

「実際、ホシノウィルム先輩の才能は飛び抜けたものがあります。シンボリルドルフ先輩と才覚の面で同等以上という仮定も、在り得ない話ではないと推測します」

「それはそうかもしれませんけど……いや、流石に永遠の皇帝とは……」

「こっちだって無敗三冠だぞ。なんならこの大阪杯で勝てば、G1勝利数も並ぶし」

 

 いや実際、シンボリルドルフとホシノウィルムを比べれば、少なくとも独自の素質という面ではウィルが勝ると思うんだよね。

 当時のメイクデビューの映像を見るにルドルフの初期ステータスも普通だったっぽいし、恐らくこれと言ってチート級の能力も持ってはいない。

 レースへの感覚や要領に関しても、ウィルは流石「切れ者◎」と言うべきか、とんでもない要領の良さを見せてるしな。

 

 ……そういう意味で、俺はウィルが然るべきタイミングで2つ目の領域を発現させることを疑ってはいないんだけど。

 問題は、それが今回になるかはわからない、ってことなんだよな……。

 

「シンボリルドルフさんより才能で優ってるなら、彼女も今回のレースで領域を開けるんじゃない?」

「その条件が整えば、な」

「条件って、領域を会得する条件は確か……えっと」

「1つ目、そのウマ娘が心身共に充足し、完成された状態であること。

 2つ目、そのウマ娘が自分に合った走りを実現できていること。

 3つ目、そのウマ娘が走りを楽しむこと。

 4つ目、相応する勝負服を身に着けること」

「ありがとう、ミホノブルボンさん。……この4つなら、ホシノウィルムさんは満たしてるんじゃない?」

「あぁいや、そっちじゃなくて……」

 

 俺はそこについて語ろうとしたけど……。

 開けかけた口を、レース場に響く実況解説の声が止めた。

 

 

 

『さぁ、いよいよゲートインが始まります。

 晴天に恵まれた本日、今年最初の芝の中長距離G1レースには絶好の日と言えるでしょう。

 果たしてこのレースの行く末は、現代に紡がれる神話の新たな1ページか、小さな帝王の最初の冠か、あるいは新たなヒーローの誕生秘話か!?』

『注目はやはりダントツの1番人気、5枠9番ホシノウィルム。有記念で無敗神話は惜しくも破れてしまいましたが、今なお龍は健在か?

 輝く1等星に抗うは2番人気、1枠2番トウカイテイオー。完全に復調したという話ですが、果たして長い療養期間を感じさせない走りで一等星に下剋上を見せられるか』

 

 

 

 

「……少し脇道に逸れて、時間を使い過ぎたな。

 要約すると、今回のレースは領域の発現という、俺でも測れない部分が大きなウェイトを占めている。

 故に、少しばかり予防線を張らせていただいた、というわけだ」

「少しばかり? ……まぁいいけど、兄さんから見てホシノウィルムさんが負けちゃう可能性は、実際どれくらいだと思ってるの?」

「だから、このレースは測りきれないってば」

「概算でいいから」

 

 難しいこと言うなぁ、この子。

 うーん……概算ね。

 

 ……阪神レース場。芝。良バ場、状態良好。晴れ。2000メートル。右回り。地形。坂。直線距離360・370・270。急激な勾配変化。その先90。

 大逃げで差を離す。スタートは万全。トウカイテイオーはどう来る? 好位に控えて差すとすれば仕掛けるのは向こう正面中盤以降? 1400からラインを上げるのでは間に合わない。基礎ペースを落とすとすれば。ウィルはいつそれに気付く? トウカイテイオーのスタミナは700余りと控えめ、しかし「レースの天才」は表記上回復スキル。大阪杯の距離なら問題なし。詰めるとすればダービーと同じく二段階での加速か。領域を開く可能性。どの作戦を取りどのように加速しどのように詰める。「思考力増加」は既にバレている前提で考え、ウィルの上がり3ハロンペースから逆算。必要になる最低限の距離は? やはり中盤からのロングスパート、終盤でのラストスパートしか勝ちようがないか。俺が観測できない切り札はあるか? 領域、ウマソウルについて、何かしら気付いていないことは? ウィルの精神的欠陥については。いや、少なくともそこは問題ない。トウカイテイオーがホシノウィルムに迫るとすればそれは終盤、既に彼女は熱している。であれば残る懸念事項はやはり……領域への覚醒。その一点のみ。

 そこを加味して、ホシノウィルムの総合的な敗北の確率を求めるとすれば……。

 

 うん。

 

「30%かな」

 

 色々考えて出た、酷く大雑把な数値。

 そこまで極端に高いわけではないと思うんだが……どうやら、昌は驚いたようだった。

 

「30%!? そんなにあるの!? 30%ってことは一撃必殺が当たる確率だし、つまり当たるかどうかの50%だし、それってつまり100%ってことじゃん!」

「一撃必殺……昌ってポケモンとかやるんだね。ちょっと意外。あととんでもなく理論破綻してるよ」

「いやそこじゃないから! ポケモンはやるけど! そうじゃなくて、30%って!」

 

 まぁ、言いたいことは理解できるけども。

 

「いや昌ね、G1レースの勝率が70%というのはすごいことなんだよ? ウィル、すごく強いんだよ?」

「だってホシノウィルムさんが負けるところとか、あんまり想像できないし……」

「そりゃまあ、領域と『思考力増加』が揃ったウィルはすごいからね。

 でもそれまでの……ダービーの頃までのウィルは、あれで結構ギリギリの戦いだったんだからね?」

 

 

 

 去年のダービー辺りのことを思い出し、ちょっとばかり鬱屈とした気分になる。

 

 ウィルの勝利もそうだけど……正直俺も、当時はかなりギリギリだった。フィジカルもメンタルも。

 

 今思うと、あの頃はめちゃくちゃ焦ってたよな。

 ネイチャが、そしてテイオーが続々と領域に目覚める中、ウィルを領域に導けない不徳。

 彼女の素質を上手く伸ばせず、レースの度にライバルとの差が縮まっていく光景。

 

 それが、辛かった。

 自分の無能さを……自分が何もできないことを、何もできていないことを、見せつけられるようで。

 

 その苦しさが、あるいは俺の視界を狭くしていたのかもしれない。

 ウィルの向けてくれる信頼に気付かず、俺のような若輩ではなく、もっと良いトレーナーに教導を受けるべきだと考えた。

 それこそが、競走ウマ娘としての彼女のためだと、そう思って……。

 ……酷い、裏切りをしてしまって。

 

 そうして。

 

『私はっ! 他の誰でもない、あなたの……『堀野のトレーナー』じゃない、たった1人の、堀野歩トレーナーの!! あなただけの担当ウマ娘なんですよ!! あなたと信頼関係を結んだウマ娘なんですよ!?』

 

 彼女は、俺に向ける無上の信頼を、言葉にして教えてくれたんだ。

 

 その後、ウィルは自分の力で過去を乗り越え、競走ウマ娘として一皮剝けて帰って来た。

 素晴らしい、完璧と言う他ない走りを見せてくれた。

 

 ……あぁ、思い返しても、やっぱり。

 俺はあの日に、ホシノウィルムに救われたんだろうな。

 

 まったく、何が「いつの日か、私にあなたを救わせてください」だ。

 俺が君を助けた分は、既に十分返してもらってるっていうのに。

 

 

 

「兄さん?」

「ん……すまん。ちょっと古傷というかなんというか」

 

 いや古傷というか、どっちかと言えば黒歴史。担当にめっちゃ迷惑かけて助けられたっていう黒歴史だ。

 あーもうホント、過去にタイムスリップして自分をぶん殴ってやりたい……。殺してやりたい……。ウィルが向けて来てる想い……好意はともかく、信頼には気付くべきだろ、トレーナーとして……。

 

 ……あー、駄目だ駄目だ、切り替えなきゃ。

 今はウィルのレース直前だ。黒歴史はもう過去のもの、悶えるのは後でいいんだから。

 

「ん、ん。とにかく、今回のレースはウィルとテイオーが領域を開けるかにかかってると言ってもいい。

 まぁどうあれ、俺たちとしては、ウィルの勝利を信じ続けるだけだな」

「……結局、信じるしかないんだよね、私たちは」

 

 あぁ、その通り。

 トレーナーは、実際に走るわけじゃない。

 ウマ娘を鍛え、導き、信じる。

 俺達にできるのは、それくらいだ。

 

 だからこそ、精一杯、応援しないとな。

 

 

 

 * * *

 

 

 

『さぁ、ウマ娘たちのゲートインが完了。いよいよ出走準備が整いました』

 

 

 

 いよいよ、始まる。

 久々の……俺からすればジャパンカップ以来の、リアルタイムで見られるホシノウィルムのレースが。

 

 知らぬ間に、口角が上がっているのを自覚した。

 また彼女の走りを見られると思うと……それだけで、嬉しい。

 

 あぁ、だからどうか見せてくれ、ウィル。

 俺に、君の、脳が沸騰するような、最高の走りを。

 

 培ってきた研鑽が、積んで来た努力が積み重なった、その果ての……。

 俺と君とで作り上げた、「競走ウマ娘ホシノウィルムの走り」を。

 

 

 

『春の中・長距離三冠第一弾、大阪杯。栄冠を掴むのは誰か!

 …………今スタートしました!』

 

 

 

 その瞬間。

 

 ホシノウィルム(灰の龍)は、飛び立った。

 

 

 







 そんなわけで、大阪杯スタートです。

 本当はもうちょっと先まで書こうと思ってたんですけど、書いてる内に内容が膨らんでそこまで行けなかった……。
 内容も散文的だし、もうちょっとプロットの作り方工夫した方がいいかもしれない。



 次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、大阪杯中編・龍視点。



(雑談)
 「流石に海外レースをちゃんと実装するのは難しいだろうし凱旋門賞書いちゃお~w」とか思ってたら凱旋門賞シナリオ来ちゃったんですけど!? もうそこそこプロット組み上がってますけど!?
 ローレルストーリー読んだ時に「あれ、これ凱旋門賞実装……? いやまさかな」とは思ったんですけど、だからってホントに来るとは思わないじゃん!?
 ど、どうしようこれ……! 取り敢えず読んでみないと……。

(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!
 測ると量ると計るの使い分け、難しすぎ。
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