転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 3行でわかる前回のあらすじ
 ・トウカイテイオーはほのおタイプ
 ・ホシノウィルムはみずタイプ
 ・策謀家のレースメーカーはくさタイプ





朱に交われば熱くなる

 

 

 

 トウカイテイオー。

 無敗の3冠ウマ娘という大きな夢を抱いて、日本ダービーでの怪我さえなければそれを叶えていた、最強のウマ娘。

 何度も繰り返す骨折によりへし折られかけ、それでも多くの人に支えられて立ち上がり、あり得ないと思われた奇跡を起こした主人公。

 

 

 

 私は、彼女が大好きだった。

 

 

 

 昔から創作の消費活動が盛んなオタクだった私は、理屈もなく無双するオリ主モノを嫌と言う程見てきた。

 別にそれらを悪と断ずる気はない。元の世界ではありふれた娯楽だったし。

 ……でも、そういうのってさ、ドラマ性がないと思うんだ。

 最強って、よろしくない。努力や苦悩というフラストレーションのない勝利には、大きなカタルシスが生まれ得ないからだ。

 単に暇つぶしとして消費するのならいいけれど、本当にファンになるためには足りない。そんな完全超人を好きになることは難しい。

 ……いや、まぁ。今や私がその立場なんだけどね。一応私なりに努力も苦悩もしてるので、ひとまず今は流してほしい。

 

 何が言いたいかっていうと、テイオーちゃんはギフテッドな主人公としてはこれ以上ない、色んな努力や苦労をしてきたってこと。

 誰かに負けるんじゃなく、彼女自身の体がその力に耐えきれずに自壊し……。

 それによって今まで培ってきた自信とか目標が崩れていき、進むべき道を見失う。

 そして多くの人に助けられ、困難の中でも必死に立ち上がり、自分の中で見つけたゴールへと突き進む。

 努力も苦悩もモリモリの、これぞまさしく主人公という物語。

 

 ヘイトコントロールとか物語全体の構成とか、小難しいことを論ずる気はないんだけど……。

 とにかくさ。

 トウカイテイオーというキャラクターは、当時の捻くれた私をして、涙を流して応援したくなる健気さとかっこ良さを持っていたんだ。

 

 

 

 だから転生した私は、傲慢にも彼女の無念を晴らそうとした。

 テイオーちゃんが本来果たすはずだった夢を、代わりに叶えようと。

 

 ……今思えば、なんと愚かなことだろう。

 当時は色々と忙しくて、精神的な余裕もなかったとはいえ……。

 せめて、テイオーちゃんがこの世界にいないのか、しっかりと確認してから宣言すべきだった。

 

 

 

「もう知っていると思うが、皐月賞にはあのトウカイテイオーが出る。

 恐らくは君の最大の敵となる存在だ。

 彼女から皐月の冠を奪い取ることが、君の無敗三冠の第一歩となる」

 

 

 

 …………本当、最悪だ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ある日。何の予兆もなく、彼女は現れた。

 ひたすらコーナリングの練習をしていた私の耳に、どこか聞き覚えがあるような声が聞こえたんだ。

 

「ね、ね、いいでしょー? 模擬レースしようよー!

 そっちも皐月賞出るんでしょ? その試運転ってことで!

 このテイオー様と模擬レースできるなんて、滅多にないことなんだからさー!」

 

 ちょっと子供っぽくてクセになる、半角カタカナで表記されそうな声。

 それはどうにも、私の最推しのものにしか聞こえなかった。

 

 でも、どういうこと?

 そっちも皐月賞出る、って何? テイオーちゃんの後輩が出るって話?

 テイオーちゃん、私の1つ上……だよね?

 だってさ、マックイーンちゃんと同期なんだよ……ね? そうじゃないの?

 

 ……あれ、待って。

 確か前世アニメのネイチャちゃん、菊花賞で「トウカイテイオーがいればなんて言わせない!」って言ってた……よね。

 菊花賞に出ることができるのは、クラシック級の時だけだ。

 ……つまり、ネイチャちゃんがクラシック級だった時、テイオーちゃんもクラシック級だった。2人は同期ってことにならない?

 それで、えっと、それでネイチャちゃんは私と同期だから……。

 

 

 

 …………私は、テイオーちゃんと、同期で。

 …………私が勝てば、無敗三冠という彼女の夢は、破れる?

 

 

 

 いつの間にか、足は止まっていた。

 ただわかったのは、私が皐月賞でテイオーちゃんと戦う、ってことだけ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 どうしよう。

 

 私は、レースの中じゃ手を抜けない。あの冷たい感覚に凍えた瞬間、本気で勝ちに行ってしまう。

 皐月賞に出走したら、私は……テイオーちゃんに、勝ってしまうかもしれない。

 私は、ホシノウィルムは、強い。そりゃあ転生チートウマ娘だもの、強いに決まってるんだ。

 

 一緒に話したこともないし、テイオーちゃんに勝てるのかはわからないけど……。

 ……いや。

 ホシノウィルムは負けられない。

 皐月賞に出るのなら、私はテイオーちゃんに……勝つ。

 

 でも、私が勝ったら。

 テイオーちゃんの夢は、そこで破れてしまう。

 

 

 

 テイオーちゃんの叶わなかった夢を叶えようと、無敗三冠なんて言い出して……。

 それなのにこの手で、テイオーちゃんの夢を……潰す?

 そんなの……そうなってしまったら、とんだ間抜けだ。何のためにここまで走ってきたんだ。

 

 

 

 どうしよう。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 

 私はどうすればいい?

 

 出走回避する? でも、そんなことをしてしまえば、どうなる。

 堀野トレーナーにとんだ悪評が付く。それだけはダメだ。

 あの人に迷惑はかけられない。ここまでずっと迷惑をかけて、こんなに助けてもらってるんだぞ。

 

 自分で骨を……折る、とか?

 自分で足の骨を折れば、私は絶対に出走できなくなる。事故ってことにすれば、悪評も少なくなるか。

 ……でも、悲しむ、よね。

 スズカさんやテイオーちゃんの怪我は、覚えてる。あの時の沖野Tの狼狽も。 

 トレーナーに、あんな顔をさせたくはない。

 私の選択であの人を悲しませるなんてことは、あってはならない。

 

 ……でも、じゃあ、だからって、テイオーちゃんの夢を破る?

 そんなの……。

 

 

 

 どうしよう。

 

 お父さん。……トレーナー。

 

 私は、どうすればいいの?

 

 

 

 * * *

 

 

 

「もう知っていると思うが、皐月賞にはあのトウカイテイオーが出る。

 恐らくは君の最大の敵となる存在だ。

 彼女から皐月の冠を奪い取ることが、君の無敗三冠の第一歩となる。

 ひいては2日後、トウカイテイオーとの模擬レースを組んである。備えるように」

 

「あの、トレーナー」

 

「何だ、ホシノウィルム」

 

「……いえ、すみません」

 

 何も言えない。言いようがない。

 

 今更皐月賞を回避したい?

 そんなことを言い出せば、まず間違いなくトレーナーさんの名に瑕がつくだろう。

 こんなに有能で、仕事もできて、ついでにイケメンで、考え得る限り最高のトレーナーだというのに、何故かおかしな悪評ばかり広がっている堀野トレーナー。

 この上、私のせいで「過重なトレーニングを積ませた結果、目標である皐月賞を回避させたトレーナー」なんて悪評が流れることは絶対に許されない。

 

 じゃあどうするの? 他にテイオーちゃんと戦わなくていい方法は?

 

 トレーナーの名に瑕を付けず、悲しませず、皐月賞を回避する方法は?

 

 

 

 ……いくら考えても、出てこない。

 

 

 

「ホシノウィルム。今日はもう休みなさい。……ああいや、外出を許可する。好きな場所で遊んでくるように」

「……はい、すみません」

 

 

 

 2日間、ベッドの上でどうすべきか考え続けたけど……。

 結論は、出なかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ついに模擬レースの日が来た。

 だと言うのに、私の精神状態は酷いまま。

 目の前のことに集中できない。思考はすぐに停滞して、どうすればいいかってとこに戻ってくる。

 文字通りの絶不調。こんな状態でレースを走るなんて、最悪の状況だ。

 

 アスリートは自分の体調も管理してこそ、だ。1人の競走ウマ娘として恥ずかしいわ。

 その上、私には専属のトレーナーが付いてるんだぞ。普通のアスリートよりも遥かに管理しやすいはずなのに。

 ……あーもう、これでも元大学生だぞ! 他の中等部と同じレベルで落ち込んでてどうするよ!

 

「すぅ……ふぅ」

 

 大きく深呼吸。

 切り替えろ。悩みは後に回せ。

 今は……勝つことを考えよう。私は負けるわけにはいかないんだから。

 

「おりょ、ウィルちゃんどうしたの。なんか顔色悪いね」

「ネイチャちゃん……いえ、気にしないでください」

 

 1人で深呼吸する私に声をかけてくれたのは、友達のナイスネイチャちゃん。

 ネイチャちゃんのトレーナーさんの計らいで、彼女も今日の模擬レースに参加することになったらしい。

 

「んー……わかった、そう言うなら。

 改めて、今日はよろしくね。アタシなりに健闘させてもらうからさ」

 

 その瞳には、ギラリと鈍い光。

 私に向けられたそれは……思わずレースの瞬間を思い出させる、敵意だ。

 

 ……あぁ、背筋が冷える。

 

 ちょっとだけ、冷たい感覚。

 レースの時のそれと比べれば僅かなものでしかないけれど、おかげで思考が凍てついた。

 

 そうだ、何を考えていたんだ、私は。

 ホシノウィルムに敗北は許されない。

 目の前にいるのは、ライバル……競走相手だ。

 油断するな。他に思考を割くな。

 

 瞼を閉じ、しばらくして、開く。

 荒れていた思考が軌道に乗る。余計なものが抜け落ちていく。

 あくまで一時的な平静でしかないけど、今この瞬間にはありがたい。

 

「はい、よろしくお願いします。私も全力で臨みます」

「うん、お互い頑張ろ。…………駄目かぁ」

 

 握手を交わした後、ネイチャちゃんがボソリと何か呟いていたのは、よく聞き取れなかったけど。

 

 ありがとう、ネイチャちゃん。

 その威圧感のおかげで、万全の状態で……テイオーちゃんとのレースに臨めるよ。

 

 

 

 ……言葉を濁さず言えば、ネイチャちゃんは今回のレースにおいて、ちょっとばかり実力不足だ。

 私とテイオーちゃんに比べれば仕上がりに欠けるし、これといった一芸も持っていない。

 勝てる可能性は……ないだろうな。私は負けないし、仮に私が負けるとしてもテイオーちゃんが勝つと思う。

 

 ネイチャちゃんのトレーナーさんにとっても、今回のネイチャちゃんの参加は、いわば限界への挑戦なのだろう。

 私とテイオーちゃんという双璧を相手に、どこまで走ることができるか。

 それを見て、これからのネイチャちゃんのローテーションを調整する、といったところかな。

 

 ネイチャちゃんは私から見るに、G1に出走するだけの力は十分備えていると思う。

 けれど、G1に勝てるかとなると、わからない。

 G1級ウマ娘ではあるけど、G1ウマ娘になれるかは……微妙なところかな。

 

 ……まぁ、あれ以来模擬レースとかしてないから、一緒にトレーニングしてる時の調子を元にした判断になるけどね。

 そういう意味では、私は今の彼女の実力を正確に知ってるわけじゃないんだよな……。

 

 

 

「しかし、ついにウィルちゃんとテイオーの模擬レースが実現しちゃったかぁ。

 見物客も多いし、こりゃあ緊張するな~。他人事じゃないけどさ」

「……そんなに注目度があるでしょうか」

「はへ? ……えと、ウィルちゃん、周り見えてる?」

 

 周り?

 軽く視界を動かす、と……。

 

 人。ウマ娘。人人ウマ娘人ウマ娘ウマ娘ウマ娘人。

 ウマ娘人ウマ娘ウマ娘人ウマ娘人ウマ娘ウマ娘ウマ娘人人人ウマ娘人ウマ娘ウマ娘人ウマ娘人ウマ娘ウマ娘ウマ娘人人ウマ娘人ウマ娘ウマ娘人ウマ娘人ウマ娘ウマ娘ウマ娘人。

 

 私たちの走るコースの周りは、多くの人とウマ娘たちに囲まれていた。

 ……は? なにこれ?

 

「……ええと」

「あー、やっぱ見えてなかったか。なんかウィルちゃん、心ここにあらずな感じだったしね」

「そう、見えましたか?」

「ん、ぼーっとしてたって言うか、何か考えてるのかなーって」

 

 ……それは、マズいな。

 私の仮面から、隠すべき感情が漏れ出てたか。

 あれだけ頑張って培ってきたポーカーフェイスが保てていなかったなんて、不覚にも程があるぞ。

 転生者とかそういう類の情報は漏れていない……と思いたいけど。

 あーもう、ホントに恥ずかしい。私としたことが……。

 

「んで、ありゃ観客だよ。みーんなウィルちゃんとテイオーを見に来てる。

 何せ世代二強が、皐月賞に近い条件でぶつかるんだもん。まだ2か月あるとはいえ、皐月賞の結果が見れるようなものだもんねー」

「あぁ、そういう……」

 

 なるほど、観客か。

 模擬レースの開催は、大体の場合どこからともなく噂で広がる。

 そしてその参加者の人気に応じて、野次馬……もとい、観客たちがレースを見に来るのだ。

 確かに、私とテイオーちゃんのレースとなれば注目度は高いか。

 

 ……あー、しかし。

 年末のG1レースである程度振り切れたけど、やっぱり視線には慣れないな。前世オタクの身としては、たくさんの人に見られるのは、ちょっと怖い。

 思考を集中させる「寒い」感覚がなければ、気が動転して調子が狂っていたかもしれないな。

 

「問題はありません。誰が見ていようと、私は全力で走るだけです」

「……うーん、そっか。そうだね~」

 

 ……? 今日のネイチャちゃん、なんか反応が鈍いような?

 

 

 

 それからいくつか話している内、私たちに近づく人影があった。

 

「おはよー! 今日は良い天気だし、走りやすそうだねー!」

「っ……おはよう、ございます。初めまして、トウカイテイオーちゃん」

「おはよう、テイオー。相変わらず元気だねー」

 

 振り返った先にいたのは、小柄な鹿毛のウマ娘、トウカイテイオー。

 私の、最推しの少女だ。

 

 思わず言葉に詰まってしまった。

 推しに突然声をかけられると心臓に悪い。しかも彼女は……。

 ……いや、今は、余計なことを考えちゃ駄目だ。

 今日の彼女は、私の競走相手。

 それ以上でも、それ以下でも、ない。

 

「今日はよろしくお願いします、テイオーちゃん」

「うんうん、礼儀正しくて結構結構! よろしく、蛇ちゃん!」

「蛇ちゃん……」

 

 なんか私が蛇って呼ばれてるのは知ってたけど、まさかテイオーちゃんにまでそう呼ばれるとは。

 蛇、蛇か……。特別嫌いってわけではないけど、良いイメージのない名前だな。

 まぁ、そう呼ばれてる以上覆しようもない。受け入れるしかないだろうけど。

 

 ちょっと落ち込んで黙り込んだ私をしり目に、テイオーちゃんとネイチャちゃんは話し始めた。

 

「てかネイチャ、ホントに参加するの? ボクと蛇ちゃんの走りに付いて来れるの~?」

「まぁ、アタシなりに頑張らせてもらいますよ。そっちこそウィルちゃんのペースに付いて行けるの? 遅れてたら追いつけなくなるよ?」

「ふふーん、無敵のテイオー様に不可能はないのだ!」

 

 ……2人は元から知り合いだったみたいで、テイオーちゃんの言葉は挑発的でありながら、どことなく親し気だった。

 一方でネイチャちゃんの方は、飄々と受け流して返す感じ。

 

 ……うーん、なんか今日のネイチャちゃん、温度感が微妙にいつもと違うような。

 こう、なんだろう、いつも平熱なネイチャちゃんなのに、今日は……表面が冷たい、みたいな。

 本人が言うように、緊張してるのかな。わかんないけど。

 

 

 

 それから間もなく、私たちはそれぞれのトレーナーに呼ばれた。

 どうやら今日の打ち合わせが終わったようで、これから各陣営で作戦会議だ。

 グラウンドの片隅でトレーナーと2人、誰にも聞かれないようにこそこそと話し合った。

 今日のコース、相手、気を付けるべきこと、そして作戦。

 

 そして。

 

「ホシノウィルム。当然のことを言うようだが、トウカイテイオーに気を付けろ。

 そしてトウカイテイオーの向こうにいる、ナイスネイチャにも」

「……? はい、了解しております」

 

 よくわからないことを言われて。

 最後に。

 

「勝ってこい、ホシノウィルム」

 

 勝ってこい、か。

 勝つ。テイオーちゃん、悪いけど私は勝つよ。

 ……少なくとも、今日、この時は。

 

「はい、必ず」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 スタートラインには、既に2人のウマ娘たちが並んでいる。

 

「ふーんだ、今日もボクが勝っちゃうもんねー!」

「こうなったからには、やるっきゃないし……!」

 

 2人は既に闘志を漲らせている。

 ついに抱え込んだものが爆発したのか、明らかに緊張しているネイチャちゃんに対して、テイオーちゃんはどことなく余裕の表情。

 テイオーちゃんにとっては今日のこれも、いつも通りの模擬レースなんだろうね。

 共に走るのが私であろうと、他のウマ娘であろうと変わらない。

 いつだって全力で走れば自分が勝つのだという、不遜な余裕がチラチラ漏れている。

 すごいな、その自信。やっぱりこの子は、怪我さえしなければとんでもないウマ娘だったんだろう。

 

 それでも、私が勝つけど。

 

 スタートラインに並ぶと、ぞっと、冷たい感触。

 ……あぁ、始まるんだ、レースが。

 

「…………寒い」

 

 寒い。冷たい。心が凍り付く。

 浮ついた考えは全てなくなって、意識は細く鋭く、目の前のレーンへと集中していく。

 私は、負けられない。ホシノウィルムは負けてはならない。だから……。

 

「勝つ」

 

 待っている内に、スターターの役を買ったテイオーちゃんのトレーナーがフラッグを持ち上げた。

 

 ……。

 …………。

 

 振り下ろされた、今っ!

 

 誰よりも早く駆け出す。

 スタートダッシュは、今の私からすれば完璧なものだった。

 勢いそのまま加速。全力とまでは言えないまでも、ある程度のハイペースだ。

 

 まずは、このままテイオーちゃんを引き剝がす。

 

 

 

 トウカイテイオーちゃんは、強い。

 これまでと同じペースで逃げては、スタミナを保たれて最後に差し切られる……ことはないまでも、接戦になる可能性がある、らしい。

 だから、最初からハイペースで飛ばす。

 私ですら終盤にスタミナの底が見えてくるくらいの超大逃げだ。

 そうすれば、負けん気の強いテイオーちゃんは同じくペースを上げてくる……らしい。

 そうしてレース全体のペースを速めてしまえば、全員のスタミナが削られて、最後にスパートをかけることができなくなる。

 ……結果として、テイオーちゃんの末脚を潰すことができるのだ。

 

 ホシノウィルムとトウカイテイオーを比べた時、前者が圧倒的に勝っている点は、スタミナだ。

 だからこうしてペースを速め、テイオーちゃんに末脚を使わせない。消耗させきる。

 今回トレーナーさんが教えてくれた、これまでになく緻密な「確実な勝ち方」の一部だ。

 

 

 

「この辺りか」

 

 第1コーナー、離れ切る前に後方2人の足音を聞く。

 

 実は、これも転生特典なのか、私はウマ娘の中でも特別耳が良いらしい。

 ……というか、レースになると遠くの音まで聞き取れるようになるのだ。

 理屈は知らないけど、これも「寒い」感覚と同じ、「そういうもの」だ。深く考えても答えは出ないだろう。

 

 地味な能力だなとは思うけど、これがなかなかレースで有用。

 ある程度全力で走りながらでも、背後10バ身程度までのウマ娘の足音が聞き取れる。

 その調子とかテンポ、踏み込む音で、誰の足音なのか区別することも可能だ。

 ……とはいえ、正確にわかるのは5バ身程度までで、それ以上となると最大1バ身くらいズレが生じることもあるし、あまりにバ群が固まってると勿論わかりづらくなるんだけど。

 前を走りながら、振り返ることなく後方の状態を確認できるのは、実のところ、かなり便利だ。

 

「さて」

 

 現在の、位置関係は。

 5バ身程度後方に……テイオーちゃん。小気味良く無駄のない、綺麗な音だ。

 そして……ん?

 テイオーちゃんの足音のすぐ後ろに、もう1つ足音。こちらは少し無理をしているのか、どことなく荒れた足取りだ。

 6バ身後方……いや、ほとんどテイオーちゃんの背後ピッタリに、ネイチャちゃんがいる?

 

 おかしいな。基本的にテイオーちゃんは先行、ネイチャちゃんは差しの作戦を取るという話だった。

 今のネイチャちゃんの位置は、あまりに前のめりだ。掛かった……にしては、テイオーちゃんに張り付きすぎてる。マークする作戦か?

 ……まぁいいか、気にする必要はない。どっちにしろ、彼女たちのペースが速くなればなる程私は有利になる。このまま潰れてくれれば一番楽だ。

 

 そんな2人に対して私は、スタミナ配分を前半に寄せた……つまるところ、今までと違って普通の大逃げウマ娘のような走り方をしている。

 このまま自由に走れれば、減速なくゴールできる予定。

 他の2人もまともなスパートはかけられないので、順調にいけば何事もなく勝てる……ハズ。

 

 すぐさま、背後の足音が聞こえなくなった。

 自分の立てる足音が邪魔で、10バ身離れるとどうにも判別できないんだよな。

 ……逆に言えば、もう背後10バ身以内には競走相手がいないということで、安心するんだけど。

 

 

 

 レースはつつがなく進む。

 何の支障もなく、背後から詰め寄る足音もない。ただ一定のペースを守って走るだけの独走。

 徐々に痛くなる肺や重くなる脚に活を入れ、ひたすら前を目指す。

 600、800、1000。

 ……変化があったのは、1200メートル地点。

 

 来た。……来た?

 

 背中に威圧感を感じる。今から詰め寄るっていう敵意だ。

 しかし、早すぎる。

 まだ800メートル残っているのに。ロングスパートをかける気? それとも掛かっているのか?

 少し重たくなっているけど、それでも地を滑るような軽やかな足取り。

 これは間違いなく、テイオーちゃんの足音だ。

 

「馬鹿な」

 

 おかしい、違和感しかない。

 トレーナー曰く、テイオーちゃんのスタミナは現状驚異的なものではない。むしろネイチャちゃんの方が高い、という話だったのに。

 当然の話だが、ハイペースでの疾走はそれだけスタミナを消耗する。トレーナーのレースプランだと、この模擬レースでトウカイテイオーは100メートル前後しかスパートできない設計だった。

 たとえ後先考えず、公式レース並みの本気を出しても300メートル。それがトレーナーの言っていた上限。

 それが、800メートルのロングスパート?

 何が起こってる?

 

 残りの距離と、そしてテイオーちゃんとの距離が、縮んでいく。

 700、600……500の時点で、4バ身。

 マズいな。どうする? こちらも暴走する前にスパートをかけるか?

 この距離関係を維持する、つまりテイオーちゃんと同速ならば、500メートルは……。

 ……いや、悩む暇はない。

 スパート開始。

 

「……くっ」

 

 後方からテイオーちゃんの声。

 距離は一定に保たれ、開きも縮まりもしない。そのことに気付いたのだろう。

 

 残り300。問題ない、これなら問題なく逃げ切れ、る……?

 

 

 

「足音?」

 

 

 

 聞こえた。10バ身後方から迫ってくる、誰かの……ネイチャちゃんの足音。

 嘘、なんで?!

 なんでネイチャちゃんが、テイオーちゃんだって詰め切ることのできないこのスピードより速いの?!

 9バ身、8バ身……どんどん縮まる。

 でも残りは250、この距離なら問題なく……!?

 

「負ける、かぁー!」

 

 テイオーちゃんが更に加速する。

 まさしく根性のスパート、そこまで速度は速くならないけど……それでも、少しずつ私との差は縮まっていく。

 マズい、2バ身まで詰められるわけにはいかない。

 勝利の最低条件を破ることになる……!

 

 考えろ、考えろ、考えろ。

 ゴールとテイオーちゃんとの距離、それぞれの縮まり方、足の具合……。

 打開策は、他にないか。

 

 ……ああ、駄目だ。

 ……どうしようも、ない。

 

 

 

 このレースが始まる前に、トレーナーさんから聞いた、確実に勝つ作戦は3つ。

 

『テイオーを潰せ。完全にスタミナを切らすため、序盤からハイペースで走ること』

『いざとなれば、後方2バ身まで詰められる前にスパートをかけろ。その際、距離を離すのではなく、維持するように意識しろ』

 

 そして、最後に。

 

『……もしもどうしようもなくなり、2バ身差まで詰められると思った時は、使い切ることを許可する』

 

 ……本当に、どうしようもなくなった。トレーナーの想定通りに。

 このレースで、後方で何が起こったのかはわからない。けれど、トレーナーはこの事態を警戒していた。

 ……つまりは、あくまで想定の内だった。

 ならば、問題ない。その上で、トレーナーは言ったんだ。

 

『言ったアドバイスを守りさえすれば、君は……必ず勝てる。

 俺を信じて走ってくれ、ホシノウィルム』

 

 もちろん信じます。

 私が、この命を託した相手だもの。

 

 

 

 足音を聞く。

 テイオーちゃんは3バ身。その差はなお縮まっている。このまま根性で走り切るつもりか。

 そしてネイチャちゃんは……6バ身。勢いが止まらない。テイオーちゃんよりもなお速く、私に迫ってくる。

 

 どうしようもなくなった。

 このままスタミナをセーブしていては、勝てない。

 

 だから、本当に使い切る。

 

 脚に、僅かに残していた力を入れる。

 本当はこの場で見せるべきじゃなかった、私の伏せていた札の1つ。

 でも、ここで勝つにはこれしかない!

 地に足を付け、渾身の力で、蹴るッ!

 

「うそっ!?」

「……くっ」

 

 一気に差を広げる。

 悪いけど、これで、……終わり!

 

 

 

「……ッ!」

 

 

 

 ゴールラインを、1着で走り切る。

 

 なんとか……本当になんとか、勝てた。

 

 

 

 すぐさま足を緩め、50メートルも行かない内に立ち止まった。

 膝に手を付いて、ゆっくりと熱が戻って来るのを感じながら、必死に息を整える。

 

「はぁーっ、はぁーっ……く、ごほっ……」

 

 キツい。疲れた。視界が歪む。胸が痛い。脚もなんかグチグチと、嫌な感じの脈動をしてる。

 ネイチャちゃんとの模擬レースの時程じゃないけど、全部出し切ってしまった。

 ……いや、あれは130%出してぶっ倒れたわけで、今日のこれこそがホシノウィルムの本当の限界なんだけど。

 

「はーっ、はーっ……くそーっ、あーっ、もうっ! このっ、ボクが、負ける、なんてぇ……!」

「かはっ……く、うぅ……」

 

 続いて、後ろから2人の足音。

 テイオーちゃんとネイチャちゃんもゴールして、今は息を整えているのだろう。

 ……模擬レースとは思えない全力疾走だったもんな。そりゃあ全員が疲労困憊だよ。

 

「ホシノウィルム、タオルだ」

「ありがとう、ございます……」

 

 走り寄ってきたトレーナーさんに冷えタオルを貰って、顔から溢れる熱を抑える。

 トレーナーのこういう時の気遣いは、本当にありがたい。

 熱されすぎた体に冷える感覚が気持ち良くて、思わずほっと息を吐いてしまう。

 

「本当に、……言う通りに、なりましたね。……あそこまで、詰められる、なんて」

「最悪の形でな。まったく、ウマ娘たちは常に予想の上を行く」

 

 ……今までになく、厳しいレースだった。

 テイオーちゃんが迫ってくるのはわかっていた。

 それでもまさか……ネイチャちゃんがここまでやって来るなんて、思ってもなかったよ。

 第1コーナーで息を入れてよかった、あそこで温存したスタミナがなければ、最後のスパートはできなかっただろう。

 

 1月前にそれを聞かされた時は、正直、トレーナーの判断を疑った。

 弥生賞も皐月賞も、前回のG1と同じ2000メートル。それどころかコースだって同じなんだ。

 それなのに、コーナーで息を入れる練習をする、なんて言うんだもん。

 けど結果としては、やっぱり正解だったな。あれがなければ、私はこのレースに勝てなかったかもしれない。

 ……この模擬レースが行われることまで全て計算済みだったとしたら、すごい先読みだと思う。

 相変わらず、底知れないチートトレーナーだ。

 

「結果は、どうでしたか」

「君がゴールする直前辺りから、2人は限界が来たのだろうな。最後は垂れていたよ。

 2着はトウカイテイオー、8バ身差。3着ナイスネイチャはクビ差だ。

 ついに大差を越えられたな。これが今年のクラシックのレベルということだろう」

「ふぅ、……構いません、負けなかったの、なら」

 

 そう。今回も負けなかった。だから大丈夫だ。

 その、はずだ。

 ……なのに、何故今も、動悸が止まらないんだろう。

 

「話は変わるが、ホシノウィルム」

「……何でしょう?」

 

 見上げた先で、トレーナーは、……無表情の隅から、なんとも言えない複雑な感情が漏れていた。

 

「……今回のレースは、楽しかったか?」

「楽しかった?」

 

 楽しい、とは、思わなかった。

 ただちょっとばかり、限界を出しすぎたのか……まだ動悸が収まらない。

 ドキドキと、心臓が高鳴って、落ち着かない。

 

「楽しく……は、ありません」

「そうか」

 

 トレーナーが、それに続いて何かを言おうとした瞬間。

 

 

 

「また、また! 勝てなかったっ……!」

 

 いつも飄々として、余裕ありげだったはずの、誰かの言葉が聞こえた。

 

「勝てる、はずだったのに……トレーナーさんが、皆があんなに……っ!!

 足が……足がもっと、動けば……! アタシはっ、結局!! 1人も……!!」

 

 ネイチャちゃんが、叫んでいた。

 いつもの余裕も自虐もなく、血が出るほどにこぶしを握り締めて嘆いていた。

 自分の非力を。足りなかった実力を。心の底から悔しんでいた。

 

「ネイ、」

「ホシノウィルム」

 

 彼女に声をかけようとした私を、トレーナーは手で制した。

 

「彼女は3着だった。けれど、それでも君たちと互角に……いや、それ以上に全力を尽くした。

 その上で負けたんだ……今は、放っておいてやれ」

「私たち……以上に?」

 

 確かに、ネイチャちゃんは予想以上に追い上げてきた。結果としてテイオーちゃんとクビ差まで行ったんだ。大健闘と言えるだろう。

 ……でも、それで私たち以上?

 私もテイオーちゃんも、必死に走った。それこそゴールした後、疲労で動けなくなる程に。

 ネイチャちゃんが、それより上?

 

「……さすがの君も、全てがわかっているわけではないか。

 彼女が落ち着くまで、少し、話をしよう……今回のレースを支配した、恐るべきレースメーカーの話を」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 トレーナーさん曰く。

 ナイスネイチャは、誰よりも戦力差を理解していたのだと思われる。

 特に私、ホシノウィルムとの戦力差を。

 

 ホシノウィルムの最大の強みは、高すぎるスタミナだ。

 スタミナがあるからこそ、序盤から大きくリードできる大逃げが可能。そして大逃げができるからこそ、掛かることなく安全に走ることができる。

 また、スタミナ以外の能力も総じて高い。最高速度はトウカイテイオーより少し、ナイスネイチャよりそこそこ高い。

 だから単純な末脚勝負になれば、差を詰めることができない。

 

 そんな相手に勝つにはどうすればいいか。

 その答えはただ1つ。

 ……不調を起こさせる、ただそれだけだ。

 出遅れ、掛かり、暴走、あるいは……事故。

 それらによってホシノウィルムを「正常に走れない状態」にしない限り、自分に勝ち目はないのだと……ナイスネイチャは、正しく理解していた。

 

 だから、「そういうレース」を作った。

 開始前、私に威圧をかけ、観客を意識させ、少しでも戦力を削ごうとしたり。

 トウカイテイオーに発破をかけ、自分は緊張しているように見せかける、盤外戦術も怠らず。

 始まれば、私がハイペースで走ることを予見していたように冷静に対処。

 焦って付いて行こうとするトウカイテイオーの後ろにぴたりと張り付いて、執拗に威圧感をかけ続けた。

 中盤に入ってその威圧に耐えかね、トウカイテイオーがロングスパートをかけた瞬間に足を緩め、息を入れる。

 

 ナイスネイチャは、ホシノウィルムの弱点を知ってる。

 詰め寄られた瞬間に暴走してしまうという弱点を。

 けれど、ナイスネイチャの能力では、私を追い詰めた上で差し切ることはできない。

 だから、トウカイテイオーを使った。

 まるで駒のようにトウカイテイオーを操り、私に詰め寄らせた。その状況を作った。

 ……全ては、私のスタミナを削り切り、ラストスパートをさせないために。

 

 そして、終盤。

 トウカイテイオーだけではホシノウィルムを追い詰めきれないと悟ったナイスネイチャは、自身もスパートをかけてトウカイテイオーを煽る。

 既にスタミナを切らしたトウカイテイオーは、それでもナイスネイチャの存在を感じて根性で前へと走り出す。

 ……そうしてもちろん、そんなことをすれば、トウカイテイオーは限界を迎えた時、更に減速する。

 ホシノウィルムも、トウカイテイオーが迫り暴走すれば、残り50メートルで垂れるかもしれない。

 一方、ナイスネイチャは中盤に温存したスタミナを以て、万全な状態でその末脚を披露することができる……。

 

 

 

 今回のレース、その全てが、ナイスネイチャの支配下にあった。

 ありとあらゆる状況を、可能な限りの全てを、彼女は作り上げた。

 

 ……その上で、それでも、想定外が3つ。

 1つ目は、ホシノウィルムの調子が安定していたこと。

 明らかに不調だった私は、しかしナイスネイチャの圧力に屈することなく、レースの直前には調子を立て直した。

 

 2つ目は、ホシノウィルムが第1コーナーで人知れず僅かに減速し、息を入れていたこと。

 あれがなければ私は確実に暴走し、最悪の場合、最後の最後で垂れていただろう。

 

 最後の1つは……ナイスネイチャのスペックは、それだけ策を巡らせてもなお、足りなかったこと。

 前半でハイペースのトウカイテイオーをマークした際の無理が祟って、最後までスパートを保つだけの余力が残らなかった。

 

 その3つが致命的な欠陥を生み、ナイスネイチャは敗北したのだ。

 

 

 

 ……それが、トレーナーが私に告げた、今回のレースの顛末だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「全部……手の平の上、だったと?」

「あぁ。彼女は、完全にレースを支配していたよ。クラシック2月までにここまでの勘とセンス、判断力を培うのに、果たしてどこまでの修練を積んだというのか。

 ……末恐ろしいよ。菊花の舞台ではどうなることか」

 

 堀野トレーナーは、眉をひそめてナイスネイチャちゃんを眺める。

 彼は今まで、私以外のウマ娘にその顔を向けることがなかった。

 これまで1度も、テイオーちゃんを見る時にだって、その表情をしたことがなかった。

 自分の想定を遥かに飛び越えていく者への……恐れと敬いの表情。

 それだけ、想像よりも遥かにナイスネイチャは健闘した、ということ?

 

 ……いや、健闘、じゃないか。

 注目されない状態。ナイスネイチャが力不足だという、全ての人が持っていた認識。観客の数。テイオーちゃんの自信。私の侮り。今までの経験。その才能。

 ここにあった全てを使って、ネイチャちゃんは私を喰らおうとした。

 実際その牙は、私の喉元まで届きかけた。

 

 彼女はその全身全霊を以て、素晴らしい素質を見せつけたんだ。

 

 ……私を倒し得る、恐るべき素質を。

 

「やはり数字では測れない。恐ろしいことだ。

 ……しかし、賢さが高いとは言っても、ここまで万全に運べるものなのか……? アイツの入れ知恵か、実は覚醒したとか……?」

 

 ……私はもう、トレーナーさんの声も聞こえなかった。

 

 気付けば、私の足は動いていた。

 なんだ、この感情は。私は何をしている。私は何をしようとしてる?

 自分で自分がわからない。コントロールできない。

 レースの時とは真逆の、熱に浮かされたような、地に足が付かない不思議な感覚。

 

 今にも倒れこむ直前のネイチャちゃんの前にまで走り寄って。

 この煮え立つような想いが何なのかすらわからず、私はいつの間にか口を開いていた。

 

「ネイチャちゃん、ネイチャちゃん」

 

 私の目には、テイオーちゃんではなく、ネイチャちゃんだけが映っていた。

 未だ肩で息をして、悔しさを吐き捨て続けている彼女は……これ以上なく、私の目を惹く。

 

 

 

 これまでは、重なって見えていたんだ。

 前世でモニター越しに見たキャラクター、ナイスネイチャちゃんと。

 今目の前で生きているウマ娘、ナイスネイチャちゃんが。

 

 でも、今、はっきり分かった気がする。

 

 彼女は、今、ここに生きている。

 私の命に手を伸ばし、懸命に生きようとしている。

 

 

 

 この子は、推しのキャラクターなんかじゃない。

 私の仲の良い友達で、警戒すべきライバルで、倒すべき敵で、そして大好きなウマ娘。

 ナイスネイチャだ。

 

 

 

「ネイチャちゃん……いいえ、ネイチャ」

 

 肩を掴む。怠そうに顔を持ち上げたネイチャと、目を合わせて。

 この溢れる心を、そのまま吐き出した。

 

「ネイチャ、お願いします。また一緒に走りましょう。……私は、また、あなたと走りたい」

 

 勝ちたい。ネイチャに勝ちたい。

 糸で絡め取るような謀略の末、この首に牙を伸ばす彼女に……再び勝利したい。

 

 この衝動が何なのか、私にはわからない。

 いつもの勝利への執着とは、どこか少しだけ違う……ような気がする、けど。

 でも、そんなことはどうでもいい。

 私はとにかく、目の前の少女と再び走って、そして勝ちたいのだ。

 

 ネイチャは、一瞬呆気に取られたような表情をした後、その瞳に熱を宿す。

 

「当然……今度は勝つからね、ウィル!」

 

 

 

 ……ああ、熱い。

 心の中の熱が、全く冷えてくれないよ。

 

 

 







 曇らせ展開を期待していた方、申し訳ありません。
 ネイチャがすごく頑張った結果、ホシノウィルムの何かに火が付いてしまいました。

 ホシノウィルムのメンタルは冷たくなったり熱くなったりで大変なことになっていますが、この章は今回で終了となります。
 次回更新でこの2人以外の誰かの視点でおまけを書いた後、新章突入です。
 次章は皐月賞。いよいよクラシック三冠の戦いが始まります。



 この時点での相互評価

 トレ→ウマ:自主トレとかウマッターなどから、ちょっと抜けた部分がある子だと思い始めた。まだまだわからない部分が多いが、段々と理解が進んでいる。思っていたより普通の女の子かもしれない。

 ウマ→トレ:スパダリとまでは言わないが、自分にとって理想のパートナーと感じている。信頼と親愛を抱く。もっと頭撫でてほしい。



 次回は3、4日後。誰かの視点で、素質と星の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正しました。ありがとうございました!
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