転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 女の子やぞ。

 大阪杯中編、ウィル視点です。





サイレンススズカ絶対倒すマン

 

 

 

 数か月前。私とブルボンちゃんの今年のローテーションを決定した、その少し後のことだろうか。

 私はトレーナーに、こう言われたと思う。

 

『正直言うと、君に関して、これ以上手を入れなければならない部分は少ない。何故なら、現在のホシノウィルムは大きな弱点を有さないウマ娘だからだ。

 スタートも良好、掛かりもしない、コーナーも上手ければスタミナは十全、末脚までキレる。大逃げウマ娘として、これ以上はないと言っていいだろう。

 ……故に、これから取るのは有記念で立ち塞がった君の天敵、サイレンススズカへ特化した対策だ』

 

 サイレンススズカさん。

 私が有記念の前半で競った、異次元の逃亡者とあだ名される、私と同じ大逃げウマ娘。

 

 前世アニメでも、スペ先輩の先達として圧倒的な走りを見せてたスズカさんだもの。

 当然、とんでもなく強いってことはわかってたし、警戒してはいたんだけど……。

 実際に走ってみると、正直、想定の何倍もヤバかった。

 

 スタミナのやりくりとか考えてないのかっていう走りで──実際、彼女は先頭にいる限り体力が無限に湧いて来るらしいし、本当に考えてなかったんだろうけども──、こっちがチートまで使ってるっていうのに、それからすら逃げ切るかと思うくらいの速さ。

 今思い返してみても、あの有記念時点では、「アニメ転生」を使わずにスズカさんを越えることはできなかっただろうと思う。

 実際、「アニメ転生」の制限時間ギリギリ、頭痛がし始めるくらいでなんとか越えられたわけだし。

 

 まぁ、逆に言えば。チートを使ったとはいえ、あの異次元の走りを越えられたのは、私の新たな誇りの1つだったりするんだけど……。

 

 

 

 ……とはいえ、いつまでも後輩気分じゃいられない。

 スズカさんとの戦いは、終盤じゃなく序盤のもの。言ってしまえば前哨戦だ。

 ここで大きな負担を強いられる現状を、そのままにはしておけない。

 

 スペ先輩やスズカさんはトゥインクルシリーズから退き、ドリームトロフィーリーグへと歩みを進めた。

 つまり、トゥインクルシリーズにいる私とは、しばらくの間対戦することはないんだ。

 

 でも、それはあくまで「しばらくの間」だ。

 私がドリームトロフィーリーグに進めば、再びスズカさんとぶつかる可能性は、高い。

 そうなれば、また私は前半で「アニメ転生」という切り札を切らなきゃいけなくなる。

 そうなると当然、本来はそれを使うはずの後半の方で不利になるわけで……。

 

 私と歩さんは、これを何とかしようと対策し始めた。

 つまるところ目指したのは、スズカさんに対して確実に、なおかつ負担少なく勝つ方法の模索だ。

 

 ……いや、そんな方法があるのなら、他のウマ娘全員がやってそうではあるけど。

 そう思った私だったけど……歩さんが提示してくれた答えは、案外簡単で単純なものだった。

 

 

 

「3歩で、サイレンススズカに勝つ。

 それが……ホシノウィルム。次に君の身に付けるべき技術だよ」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 回想を終えて、まぶたを開く。

 

 白く眩しい視界に映るのは、ずっと先まで続いた煌めくターフと、私の周りを覆う無機質なゲート。

 それからついでに、1つ飛ばした隣で、ちょっとうずうずしてるライバルのウマ娘の姿も。

 ……いや、うずうずしてるっていうか、なんかこっち見て来てるな。

 

 あの子は……私の入ったゲートの2つ隣の内側だから、4枠7番……あぁそうだ、有記念でかなり好走した、ダイサンゲンちゃんだっけ。

 どうやら私をかなり意識してるらしくて、彼女はチラチラとこっちの様子を伺っている。

 

 が、その視線は唐突に途絶えた。

 ダイサンゲンちゃんが視線を戻したとか、そういうわけじゃなくて……。

 私のすぐ横、また1人のウマ娘がゲートインを果たしたからだ。

 

 落ち着いた様子の栗毛のウマ娘。特徴的なのは綺麗な流星と、ウマ娘としてはちょっと珍しい眼鏡……。

 私もよく知る前世アニメのネームドウマ娘、イクノディクタスちゃんだ。

 彼女はチラリとこちらを見た後、すぐにターフに視線を戻した。

 

 いやぁ、すごいマークされてるなぁ、私。

 まぁ、このレースのダントツ1番人気だもん、マークされない方がおかしいし……。

 何より、誰かを意識してるって意味じゃ、私も人のこと言えないんだけどさ。

 

 ……そんなわけで、大阪杯出走直前、ゲート入りの時間。

 私は物思いにふけりながら、その時が来るのを待っていた。

 

 

 

「すぅ、はぁ」

 

 軽く、深呼吸。

 ……さて、セルフチェックでもしようか。

 

 脚の状態は万全、違和感なし。精神状態も良好、気になる部分もなし。

 作戦はきちんと記憶に入ってるし……「アレ」のイメトレも完璧。

 

 つまるところ、今の私は絶好調。

 いつも通りと言えばいつも通り、レースに全てを注げる状態だ。

 

 うん、そうじゃなきゃいけないよね。

 

 なにせ今回走るのは……あの大阪杯なんだから。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 トウカイテイオー世代のシニア級1年目にあたる、大阪杯。

 これは、前世アニメで見た、テイオーの復帰戦だ。

 

 日本ダービー後に骨折を起こし、三冠を諦めなければならなかったトウカイテイオー。

 けれど彼女は、「無敗」を貫くために再び立ち上がり、このレースに挑んだ。

 

 その結果は、圧勝。

 1年弱ぶりのレースという不利を跳ね除け、彼女はその実力が健在であることを証明する。

 そうして、あのマックイーンさんとの天皇賞に続くわけだけど……。

 

 この世界のテイオーは、前世アニメのテイオーちゃんとは、ちょっと違う。

 

 そもそも復帰戦はこの大阪杯じゃなくて去年の有記念だし、何より……。

 

 

 

『このレース、勝たせてもらうよ。

 ボクはトウカイテイオーだ。ホシノウィルムの「絶対」を、ボクこそが覆してみせる』

 

 

 

 さっき言われた言葉を思い出して、ゾクリと背筋が震えた。

 あぁ、いけない、喜悦は抑えないと、自然と口角が上がってしまう。

 

 ストレッチしている時に真正面からぶつけられた、殺意にも等しい敵愾心。

 しかしそれは、冷たく痛い憎悪によるものじゃなく、熱く滾るような闘争本能によるもの。

 

 こちらを害し貶めるのではなく、自分を高め続けることで、必ずお前を越えてみせると……。

 私の最強のライバル(トウカイテイオー)は、その視線だけで堂々と伝えてきた。

 

 そうして、あの言葉。

 自分を、トウカイテイオーを証明するために、お前を倒す、と。

 どこまでもエゴイスティックに、どこまでも自分勝手に、彼女は私に宣言したんだ。

 

 

 

 その決意を秘めた視線に、灼け付くような熱に、私は見覚えがあった。

 いや、「ホシノウィルム」は覚えがなかったんだけど……「私」は、確かにそれを知っていたんだ。

 

 夢をかけた優駿。

 絶対の帝王。

 何度事故で挫けても、何度悔しさに突き落とされても、それでも這い上がり続けた奇跡の象徴。

 

 あの日、あの時に見た、私の憧れ。

 

 トウカイテイオー。

 

 日本ダービーの時より、なお強く。

 焦りもなければ悲しみもなく、ただただ目の前のレースに集中しきった彼女は……。

 私が憧れていた鮮烈な光、そのものだった。

 

 

 

 ……そんなあなただからこそ。

 このレース、負けられない。

 

 

 

 越えたいのは、私も同じなんですよ、テイオー。

 

 あなたが私を、最大のライバルと目して、その背中を越えたいと思ってくれてるのと同じように……。

 私だって、あの日に見た光を、憧れを、この脚で越えてみたいんだ。

 

 この世界に生まれついた、1人のウマ娘として。

 前世で憧れたあなたを、全力全開の帝王を……あの奇跡のような走りを、越えたい。

 

 

 

 あぁ……思えば私、あなたをちゃんと超えられなかったんですね。

 少なくとも、私自身の意識の中では、あなたを超えられたような気がしなかった。

 

 これまで、ホシノウィルムとトウカイテイオーが競ったレースはたったの3度。

 皐月賞、日本ダービー、そして有記念。

 けれど、そのどのレースでも、最初から最後まで本気で競い合ったことはない。

 

 皐月賞のあなたは、まだ本気になり切れていなかった。レースに集中できていなかった。

 ただ普通に走れば勝てるから。まだ敗北を知らなかったから。

 あなたはただ、いつも通りに走ろうとして……私に、負けてしまった。

 

 日本ダービーのあなたは、最後の最後で脚を緩めてしまった。

 未来の勝利を望むからこそ、最後まで無理をし続ける道を選ばなかった。

 誇りやプライドを投げ捨ててでもその道を選べたのはとても尊いことと思うし、きっとそれは彼女にとっての正解の1つではあるけど……1つだけ、自分勝手を言わせてもらうなら。

 最後の瞬間まで本気のあなたと走れなかったことは、ちょっとだけ残念だった。

 

 有記念のあなたは、まだ走りを模索していた。

 本気で勝ちたいと望むからこそ、年末の大一番を試金石として使うことを選んだ。

 足首への負荷は少なく、それでいてちゃんと速度の出る走法を模索して……それを調整する場として、年末の大一番、グランプリレースを消費した。

 

 あなたと、最初から最後まで、全力全開で走れたことはなかった。

 本当に「帝王を越えた」と思えた勝利は、これまでになかった。

 

 

 

 でも、今がその時だ。

 

 あの日本ダービー以来、あなたはちゃんと私に、レースに向き合ってくれるようになった。

 ダービーと有記念ではあなたの脚の調子から、本当の本当に本気の勝負とはいかなかったけれど……。

 

 その走法も仕上がったらしく、怪我のリスクの少ない今回こそが、その時。

 

 

 

 大阪杯は、その距離2000メートル。

 ステイヤーの私からすれば足を余しかねない、ミドルディスタンスのテイオーからすればその瞬発力を活かしやすい、絶好の距離。

 ここで全力のテイオーを超えれば、文句なんて出せないくらいの、完璧な勝利になるはずだ。

 

 だからこそ、この大阪杯は、特別。

 

 無冠の帝王が、灰の龍に挑むレースであると同時……。

 同時に、1人の転生者が、憧れのウマ娘に挑むレースでもあるんだから。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……ふぅ」

 

 興奮と、僅かな不安を、息にして吐き出す。

 

 ……どうだろう。

 勝てるかな、トウカイテイオーに。

 

 自画自賛になって申し訳ないけど、私は正直、とんでもなく強いウマ娘だと思う。

 転生チートのおかげで身体スペックも高いし、脚も他の子たちに比べて頑丈だ。

 その上「アニメ転生」での思考力爆増もある。

 ぶっちゃけ並大抵のウマ娘には……というか、それこそ相手が三冠ウマ娘級の相手だろうと、簡単に負けてやる気はない。

 

 が、相手がトウカイテイオーとなれば……流石に不安にもなるってものだ。

 

 ありとあらゆる不利を、逆境を、不可能を覆した、奇跡の復活劇。

 「勝てるわけがない」と言われたレースを実力だけで勝ち切ったのが、トウカイテイオーだもの。

 

 彼女が本気を出した時、そこにある不可能は不可能でなくなる。

 ……ぶっちゃけ彼女、私なんかより余程「不可能を覆す」存在なんだ。

 

 いくら私が、転生チートウマ娘とはいえ……。

 あのトウカイテイオーに確実に勝てるかと訊かれると、正直疑わしいと思ってしまう。

 

 

 

 ……でもね。

 今の私は、1人じゃないんだ。

 

 ゲートの中から視線を投げた先には……。

 昌さんやブルボンちゃんに何かを話している、歩さんの姿があった。

 

 競走ウマ娘は、1人で走るわけじゃない。

 トレーニングを付けてくれて、私生活まで支えてくれて、私たちを導いてくれるトレーナーさんと、二人三脚で走るんだ。

 

 だから……だからきっと、私だけじゃなく、歩さんとなら。

 2人でなら、あのトウカイテイオーにも勝てるって、信じられる。

 

 ……いいや、ちょっと違うな。

 信じられる、じゃない。

 

 ただ、勝ちたいんだ。

 あなたと私の2人で……あのライバルに、最高のレースに。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 私がターフを眺めながら自分の心をまとめていると、その時が訪れた。

 

 

 

『さぁ、ウマ娘たちのゲートインが完了。いよいよ出走準備が整いました』

 

 

 

 聞こえて来る実況の声が、忍び寄るレースの気配が……私の心を冷やす。

 

 けれど、その「冷やす」っていうのは、決して悪いものじゃない。

 

「……良い寒さだ」

 

 心から湧き上がる炎を消すことはなく、けれど一時的に底の方に封じ込めて、ひたすらに目の前のレースに集中させてくれる。

 荒れ狂う興奮と不安は徐々に沈静化していって、思考が一方向のみに向けられて……。

 

 そうして、スタートに万全な状態が整っていく。

 

 

 

 あぁ……感じる。

 多くの視線、期待、不安。

 歩さんが、そしてファンの皆が、私に想いを向けてくれているのがわかる。

 

 勝って欲しい。

 より良い走りを見せて欲しい。

 期待に応えて欲しいって。

 

 何万人という人たちが、ホシノウィルムに夢を見てくれている。

 

 ありがとう。

 そうして期待され、応援されるからこそ、私たちは前を向いて走れるんだ。

 

 そして、だからこそ、その期待に応えたくなる。

 皆の夢を背負って走るのが、私たち競走ウマ娘なんだから。

 

 

 

 スタートの時間までは、あとわずか。

 

 重心を落とし、集中する。

 

 いつでも駆け出せる体勢で、前を向いて、精神を研ぎ澄まして──。

 

 

 

 

 

 

『春の中・長距離三冠第一弾、大阪杯。栄冠を掴むのは誰か!

 …………今スタートしました!』

 

 

 

 

 

 さあ、今こそ、「飛翔」の時。

 

「……ッ!」

 

 ウマ娘が認識できる、最速のタイミングで。

 私が振るうことのできる、渾身の力で。

 大逃げという脚質として、絶妙な塩梅で。

 ……その全てが整っているからこその、盤石の態勢で。

 

 私は、地面を蹴り上げる。

 

 

 

 

 1歩。

 この脚に振るえる全ての力で、体を前へと蹴飛ばして。

 

 2歩。

 余りの速さに崩れかけた姿勢を整え、それよりもなお加速して。

 

 そうして、3歩。

 ……前もって設定していた、目標速度に到達する。

 

 

 

 言葉にすれば、ただそれだけ。

 私が全力で芝を蹴り飛ばし、抜群のスタートを切ったというだけだ。

 

 けれど、たったそれだけのことで……。

 私は、ただ1人だけの世界に、入った。

 

 まさしく、大空に飛び上がったように。

 

 

 

『いつも通り抜群のスタートを切って前に出たのはホシノウィルム、一気に前に躍り出て先頭の座を確かなものとしました!

 17人は揃って綺麗なスタートですが、いやしかしホシノウィルムが速すぎる! 3バ身4バ身とぐんぐん差が開きます! 内からイクノディクタスが後を追うが、初速の違いか差は開くばかり!』

『これは……すごいですね。とんでもないスタートダッシュ、もはやスプリンターと見紛うばかりです。有記念の反省からか、その翼は未だ衰えることなしといったところでしょうか』

 

 

 

 ……有記念で私が競ったサイレンススズカさんは、理論上、無敵のウマ娘だった。

 

 完璧なタイミングと言っていいスタートダッシュを決め、圧倒的な加速力で先頭に立ち、その後はスタミナの縛りを受けずに、最高速度でどこまでも逃げ続ける。

 そんなことができたらそりゃあ強いだろうねっていう、文字通りの「夢の走り」だ。

 

 実際、チートレベルで強いはずの私でさえ転生チートの「アニメ転生」を使わなければ追い抜けなかったわけで……。

 あれで終盤、領域まで使われたら、他のウマ娘はもうどうやったって勝てないだろう。

 

 まさしく、理論上最強。

 ぼくのわたしのかんがえたさいきょうのうまむすめ、というヤツである。

 ……ホントに転生者じゃないのかな、あの先輩。

 

 そもそもさ、「スタミナが無限になる」って能力があまりにもチートすぎるんだよ。

 スタミナ無限ってことはつまり、ゲートからゴール板前まで、常に全力疾走できるってことだ。

 スタミナの割り振りが肝要になるウマ娘のレースの競技性を真っ向から否定してるようなもの。とんでもない天然チートである。

 ……いやまぁ、600メートルとはいえスタミナ無制限のトンデモ走法のできる私が言うことじゃないかもしれないけどさ。

 

 

 

 とにかく、サイレンススズカは強い。

 いやもう強いっていうか、ぶっちゃけ彼女を越えられるのはチート持ちである私か、あるいはレース前半に領域を使う大逃げウマ娘くらいのものだろう。

 

 ……まぁそもそも、現在トゥインクルシリーズのG1級のウマ娘やドリームトロフィーリーグのウマ娘の中に、大逃げウマ娘は少ない。

 それを基本戦術にするのは、スズカさんと私、それからちょっと贔屓目に見てターボくらいかな。

 

 ターボの領域がどんなものかは知らないけど、多分ターボじゃスズカさん相手はキツいはず。

 つまるところ、スズカさんに勝つことができるのは、おおよそ私だけ、ということだ。

 

 それ自体は光栄だ。

 あの異次元の逃亡者に勝てるっていう称号は、シンプルに嬉しい。

 

 嬉しい、が……。

 この状況を、看過してはおけないのも事実。

 

 サイレンススズカさんには、いつかリベンジしなきゃいけない。

 いつかは必ず、真正面から逃亡者を超えなきゃいけない時が来る。

 

 更に言えば、彼女との戦いを制した後に、他のウマ娘たちにも勝たなきゃいけない。

 だからこそ、最も確実に、最も少ない消耗で、サイレンススズカを超える必要がある。

 

 そして考え得る限り、その方法は、ただ1つ。

 

 

 

 そもそも、サイレンススズカに、一瞬たりとも先頭を譲らない。

 スタートダッシュの段階で、私がサイレンススズカよりも、ずっと前に出る、ってこと。

 

 

 

 私はそれを為し得るために、歩さんの指導の下、徹底的にスタートを練習した。

 「アニメ転生」の思考加速も使って、新たに教えられた技術を走りに馴染ませながら、とにかくより速いスタートダッシュを追い求め続けた。

 

 その結果生まれたのが、これだ。

 

 タイミングも、加速力も、走りの勘も整えて、これ以上ない完璧な状態で走り出す。

 そうして……レース開始から3歩目までに加速を終了させ、既定の速度に到達する。

 

 これこそが、歩さんの組み上げてくれた、私の新たな技術の集合。この数か月の鍛錬の結晶。

 

 名を、「三歩飛翔」。

 

 先手必勝を誓うスズカさんから確実に先頭をもぎ取るための、ホシノウィルムの新たな切り札の1つだ。

 

 

 

『ホシノウィルムの埒外のスタートダッシュから始まった大阪杯、現在2番人気トウカイテイオーは先行集団外側で見ている。一方3番人気ハートブロウアップは後ろから3頭目、ゆっくりと状況を見ています。

 大歓声がゴール板前から第1コーナーへ尾を引く中で、今ホシノウィルムが第一コーナーへ入っていきました、現在400メートル通過!』

 

 

 

 目論見通り、私は抜群のスタートを切った。

 一気に番手の足音を引き離し、現在9バ身差。

 そう間もなく、これ以上加速することもなくとも、大差に広がるだろう。

 

 レース展開は順調そのもの。

 500メートルまでに2番手との距離を大差に広げるというプランは、問題なく果たせるはずだ。

 

 ……ただ、まぁ。

 

 それだけ早くスタートを切れば、当然ながら負荷もあるんだけども。

 

「…………」

 

 私の身に付けた新たな技術「三歩飛翔」は、端的に言えば、スタートで限界以上の加速をするってもの。

 限界以上ってことは、つまりは私の脚に許される範囲を超えて、という意味で……。

 ああいや勿論、長期的な脚へのダメージとか、そういうんじゃないけど。

 単純に、これを使おうとすると、一気にそこそこスタミナを消耗してしまうんだ。

 

 ……とはいえ、今回はそれも問題にならないんだけどね。

 

 私は、歩さん曰く、マックイーンさんに並ぶスタミナを持つ、生粋のステイヤー。

 そんな私にとって、この2000メートルの舞台で脚を使い切るなんて、そもそもありえないわけで。

 

 つまり。

 少なくともこのレースにおいては、「三歩飛翔」は、ほぼノーリスクで使えるってわけだ。

 

「ふっ……!」

 

 勢いそのまま、遠心力を殺しながら息を入れ、適度に脚を回す。

 

 息はまだまだ乱れてない。まだまだスタミナには余裕がある。

 このペースでなら、最後まで綺麗に走り切るとができるだろう。

 

 ……いや、むしろ。

 なんか、こう、何とも言い難い違和感を感じる。

 

 

 

『現在第二コーナーを快調で飛ばす新衣装のホシノウィルムを先頭とし、大きく開いて2番手は8番イクノディクタス! 3番手カジュアルスナップ、続いて外にトウカイテイオーとなっています!』

『縦に広がった展開ですが、ホシノウィルムが参加しているにしては例外的にローペースな展開ですね。あのスタートダッシュからこの展開は意外ですが、果たしてこれは龍の策略か、それとも?』

 

 

 

 もしかして……ちょっと遅い、か?

 

 私はいつも通りに走ってたつもりだったけど、気付けば少しだけ、予定よりもペースが遅くなってる気がした。

 これは……いや、「三歩飛翔」はちゃんと使いこなせるように調整した。歩さんからもお墨付きをもらったくらいだし、そこが問題なわけじゃない。

 では、不調? いや、これもありえない。もし私が不調なら、あの歩さんが見逃すはずがないし。

 無意識にテイオーの圧に屈した……とも思えない。むしろ楽しくて口角が上がりそうなくらいなのに。

 

 となると、これは……。

 

 もしかして、ハメられた、か?

 

「……さて」

 

 どうかな、これは。

 もしも私の予想通りなら、正直びっくり、そこまでやって来るか、って感じだけど……。

 

 ……いいや、やって来るか、あのテイオーなら。

 突発的にネイチャレベルの策謀を練って来ても、何らおかしくはない。

 

 しかし、だとすると……。

 歩さんのプランの中でも、かなりマズいトコに入ったな、これ。

 

 

 

 歩さんは、今回の大阪杯の前半部分で、6つのルートを想定していた。

 

 万全に前半を駆け抜けられる、Aルート。

 「三歩飛翔」によって想定以上のハイペースで走ってしまった、Bルート。

 まだまだ不慣れな「三歩飛翔」が不発し、万全なスタートとまではならない、Cルート。

 普段よりもローペースで走ってしまう、Dルート。

 私の不注意から、スタートで出遅れてしまう、Eルート。

 ……事故や不慮のアクシデントが発生する、Fルート。

 

 前にあるもの程私の有利に事が運んでいる展開で、逆に後に行けば行く程不利な展開だ。

 

 これらの想定の内、今回入ったのはDルート。

 最悪とまでは言えずとも、決してよろしくはない展開かな。

 

 しかもこれ、DルートはEやFとは別の意味でマズいんだよね。

 なにせ、EやFはあくまで不運や私のミスによるものだけど……Dは十中八九、他のウマ娘の策にハマっちゃったことを意味するんだから。

 

 

 

 歩さんには注意されたし、気を付けたつもりだったんだけど……マジか、あれで遅れてたのか。

 正直言って、全然わからなかった。1人2人なら足音から気付けたはずだけど……まさかテイオー、バ群全体を誘導したっていうのか?

 まさか、ネイチャレベルの扇動? 前もって布石を撒いていたのか?

 

 ……いや、違うか。

 思わず踊らされるくらい……誰もが、トウカイテイオーに注目していた、のか。

 

 全く、流石と言わざるを得ないな。これじゃどっちが1番人気かわかんないね。

 

 ……でも、これだけじゃ、駄目だ。

 これだけじゃ、負けてあげられないよ、テイオー。

 

 

 

『向こう正面の直線に入りました、依然変わらず先頭はホシノウィルム。輝くターフに群青のコートが映えますね』

『他のウマ娘からは距離が離れているためわかりづらいですが、ややギアを上げましたね。この距離からテンポを上げるつもりなのでしょうか?』

 

 

 

 ……よし、おっけー。

 今度こそ歩さんと決めた規定ペースに乗せた。

 

 ここからあと……ハロン棒通過。あと1200メートルか。

 良くないルートに入ったのはマズかったけど、まだまだ全然取り返せる。

 

 それに……いいや、むしろ。

 

 

 

 

 

 

 ゾワ、と。

 

 青い、陽炎のような炎が、視界の端に映った。

 

 

 

 

 

 

 ……なるほど。

 そういうことも、あるのか。

 

 思えばコレは、別に終盤に開くと限ったものじゃない。

 最終コーナー以降に開くものが多いらしいけど、序盤とか中盤に開くものもあるらしいって、ネイチャから聞いたことがある。

 その効果だって、速度が限界を超えるもの、一気に加速するもの、走るガッツを取り戻すものと多種多様。

 まさしく、十人いれば十色の領域があるわけだ。

 

 で、1つ目の私の領域……歩さん曰く、「天星の蛇龍」だったか。

 あれは、終盤に他のウマ娘を見て熱を感じることで開き、多分速度の上限が取り払われたり加速力が伸びたりと、総合的なスペックが上がるものだった。

 

 ……でも、2つ目の領域も、必ずしも終盤に開くとは限らない。

 

 こうして、レースの折り返し、中盤あたりがそのタイミングとなることも、ある。

 

 

 

「……ふふ」

 

 視界に、少しずつ、青い炎が増えて行く。

 

 この感覚、よく知ってる。

 

 まぶたの裏に焼き付いた、数多の星々が輝く空。

 私を温めてくれる、全てが詰まった世界。

 

 この炎は、あの星々と同じだ。

 歩さんの言葉で言うところの『形』は違うけれど……どちらも、流し込まれた『色』は同じ。

 

 青い炎が、視界に、ヒビのように走る。

 これは、私を温めてくれるもの。私を燃やしてくれる熱。

 

 あぁ、もう少し。

 もう少しで、この手に掴める。

 

 私の2つ目の、領域を、この手で────

 

 

 

 

 

 

 ────掴んだはずの、領域は。

 

 私の手を、すり抜けて、消えた。

 

 

 

 

 

 

 ……あぁ、クソ。

 なるほど、そういうことか。

 

 私は今、確かに領域を開きかけた。

 「天星の蛇龍」と同じ要領で、青い炎という『形』に私の『色』を流し込んだ。

 

 ……でも、開き切らなかった。

 あともう少しのところで……しかしながら、決定的な壁に阻まれて、領域を開けるタイミングは過ぎ去ってしまったんだ。

 

 そして、開きかけた領域の残滓がこの手に触れて、ハッキリとわかった。

 

 

 

 この、2着目の勝負服の領域。

 

 この距離(2000m)この(ロー)ペースだと……。

 消耗具合が足りなくて、使用できないらしい。

 

 

 

 あー、もう。

 確かにさ、思ったよ? 皆にダービーの続きを望まれてるとは。

 私とテイオーだって、あの日の続きを走るような気持ちで、このレースに臨んではいると思うよ?

 

 でもさ、領域が使えないってトコまでは再現しなくていいんだけど!?

 

 

 







 スキル進化!

「先手必勝」→「三歩飛翔」
 スタート時にスタミナを使って一気に前に出る。他の大逃げウマ娘と競う場合は更に加速する。〈作戦・大逃げ〉

 条件1:サイレンススズカとの先行争い勝利するorレース序盤に発動する加速スキルを2つ以上所持する
 条件2:パワーが800以上になる



 ホシノウィルム
『???』 未収得
 レース中間付近でスタミナを消耗していると……???



 ウィルの2着目の領域は、最大スタミナから計算した消耗割合で開くタイプ。
 2000メートルでそれと知らず発動するには、三歩飛翔のデメリット込みでも、今のウィルは育ちすぎていました。マエストロとかもあるしね。

 それと、スタートダッシュで発動していたのは、「コンセントレーション」「大逃げ」「三歩飛翔」「盤石の構え」の4つ。
 サイレンススズカ……逃げさせん……お前だけは……。



 次回は3、4日後。別視点で、大阪杯後編・帝王視点。



(追記)
 ついに来ちゃった、一等星ことシリウスシンボリさん。
 ウィルとか世代の設定を練ってた当時はシリウスさんのことを忘れててですね、うかつにもウィルのシンボルとして星と龍を採用しちゃいました。
 結果として、本作では一等星と呼ばれるウマ娘が2人もいることになります。
 紛らわしくてごめんなさい。シリウスさんファンの方にも本当に申し訳ない。
 でももう引っ込み付かないし、一等星は1つじゃなくたくさんあるってことで、どうぞよろしくお願いします。
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