転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 虹霓(こうげい)
 虹のこと。また、中国では虹は空を飛ぶ蛇と思われていたことより、蛇や龍を指すこともある。

 大阪杯後編。
 今回はウィルとトレーナーの視点を離れ、帝王の視点からお送りします。





空の虹霓、地の虹霓

 

 

 

 メイクデビュー。

 葉牡丹賞。

 ホープフルステークス。

 弥生賞。

 皐月賞。

 日本ダービー。

 宝塚記念。

 菊花賞。

 ジャパンカップ。

 そして、有記念。

 

 ホシノウィルムがこれまでに出走した、10の公式レース。

 更にそこに、最近は少なくなったみたいだけど、一昔前はしょっちゅう出走していた、非公式の模擬レースの数々。

 

 大阪杯の数週間前、ボクはそれらの映像を見てて、1つ、疑問に思ったことがあった。

 即ち……。

 

 ホシノウィルムは、一体何を基準にして自分の速度感を測っているのか、だ。

 

 

 

 色んな面で人間よりもスペックが優っていると言われるウマ娘だけど、勿論と言うべきか、そこには例外も存在するんだよね。

 

 例えば、燃費。

 ボクたちは高い身体能力を持ってる代わりに、人間に比べるとすごく燃費が悪い。

 どれくらい大食いかはウマ娘にもよるんだけど、どれだけ少なくとも成人男性くらいは食べるし、特に多い場合は……この前見たスぺ先輩たちのアレは、うん、正直ちょっと引いたよね。

 どう見ても本人の体より多い体積が口に流し込まれていくんだけど、どれだけ食べても箸が止まらないんだもん。しかも全部食べ終わっても、ちょっとお腹が膨らむくらいで済んでる。一体どんな消化能力してるんだろう、スぺ先輩とかオグリ先輩。

 

 燃費の他にも、思考能力もその1つだ。

 ボクたちは体こそすごいけど、その頭は人並みだって言われてる。

 いや、時速70キロで走りながら冷静に考える頭があるんだから、頑丈さは人よりは優れてるって言ってもいいかもしれないけど……。

 少なくとも、頭の回りの速さは、普通の人のそれと変わらないんだ。

 ……約1名の例外を除いて、だけどね。

 

 更には、聴覚と嗅覚を除く感覚も、そう。

 ボクたち、匂いだけでも個人を特定できるくらいには鼻が鋭いんだけど、この特徴的な耳からか、聴覚に比べると案外知られてなかったりする。

 でも、逆に言えば、それを除く五感……視覚に味覚、触覚なんかは、人間とそう大差ないんだ。

 思考能力と同じように頑丈でこそあるものの、センサーとしての機能は普通。

 その他にも、時間感覚とか平衡感覚とかも、基本的には人間の枠に収まっているレベルなんだって。

 ……これもまた、一部の例外を除いてだけども。

 

 

 

 で、だ。

 感覚が……特に、視覚や時間感覚が人間と同じであるボクたちは、実際に走りながら体感でタイムを測る、なんてことはできない。

 どれくらいのペースで走ってるかはわかっても、その正確な速度までは割り出せないんだ。

 だからこそ、トレーニングや追い切りの時も、トレーナーにストップウォッチで測定してもらう必要があるわけで。

 

 勿論、さっき言ったような例外……感覚が機械のように正確だって話のミホノブルボンとか、それこそ思考力増加能力を使っている状態のウィルムとかなら、そういうこともできるんだろうけど。

 

 ……が、それはつまり、逆に言えば。

 思考力増加能力を使っていない前半のウィルムは、ボクたちと同じ、普通のウマ娘として走っているはず。

 大まかなものはともかく、自分のペースの正確無比な調整は難しいはずだ。

 

 ウマ娘は、常に同じペースで走るわけじゃない。

 芝やバ場の状態、天候とかレーンに直線コーナーの条件……そして、他のウマ娘との位置関係。

 それらに合わせて、ボクたちは走る速度を調整するんだ。

 

 でも、逃げウマ娘は。違う。

 彼女たちは、他のウマ娘よりも前に出て、前半から距離を離すことが多い。

 だから、他のウマ娘たちと競い合い、そこから適切なペースを測ることもできない。

 結果として、あまりにも飛ばしすぎてスタミナを浪費したり、逆に緩く逃げてしまった結果差されたり、といったことも起こり得るわけだ。

 

 ……それが一般的なウマ娘であれば、の話だけど。

 

 ウィルムは、思考力増加の他にもう1つ、特殊な力を持ってる。

 まぁ思考力増加の方が目立つし、こっちがメインっぽく思いがちだけど……。

 「走ってる間、聴覚がめちゃくちゃ鋭くなる」ってのも、十分すぎる程強い力だ。

 

 春の大感謝祭での気配斬りを見て確信したけど、ウィルムはその聴覚で、自分の周囲10バ身くらいの足音を聞き取ってる。

 直接見たり気配を感じたりしなくとも、半径25メートル範囲内の相手なら、その動きを手に取るように感知できる、ってわけだ。

 

 

 

 では、改めて、ウィルムは何を基準としてレース毎にペースを整えているのか。

 

 多分だけど、ウィルムはこの鋭い聴覚を使って、レース序盤にペースを整えてるんだと思う。

 自分の聴覚が届いている間に、つまり2番手との差が大差に開くまでに、ボクたちの足音を聞き取って、それを元に自分のペースを調整してるんだ。

 

 これは流石に想像でしかないけど、指標としては……ハロン棒とか、坂かな。

 そういうコース上の目印までに、2番手との距離を何バ身まで開ける、と。

 そういう目標をこなすことで、彼女は「そのレースに合った自分のペース」を掴んでるんだと思う。

 

 

 

 一見して、それは非常に大きなアドバンテージだ。

 本来逃げウマ娘が掴めないハズの適切なペースを、正確に見出すことができる。

 ホシノウィルムの持つ、恐るべき素質。

 正直、ボクも最初は「ヤバいなぁ」って思ってたんだけど……。

 

 少しして、気付いた。

 ……この特徴は、利用できる、って。

 

 

 

 相手の特徴に付け込むなんて、ちょっとズルいような気もするけど……。

 なにせ、相手は龍。

 レースに絶対をもたらす永遠の皇帝の後継者であり、ボクにとって最も強いライバルだ。

 

 新たに生まれた神話の「絶対」を打ち破るためには……ボクも、ボクが使える全てを使わなきゃ。

 

 ボクは1つ頷いて、スマホでネイチャに連絡を取った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 この大阪杯において、最も注目を集めているウマ娘は誰か?

 そう訊かれれば、100人中99人は「ホシノウィルムだ」と答えると思う。

 

 なにせ、会長以来の無敗の三冠ウマ娘。

 その称号に寄せられる期待を決して裏切らず、クラシック級で平然とシニア級混合レースを勝ち進んだ、稀代の大逃げウマ娘なんだもん。

 先代の最強大逃げウマ娘であるサイレンススズカも有記念で打ち破った今、ホシノウィルムは「史上最強の大逃げウマ娘」と呼べるはずだ。

 その素質が評価・注目されないわけがない。

 

 その上彼女は、有記念で初の敗北を刻んだ直後。

 その初めての挫折を乗り越え、きちんと調子を取り戻してるか、多くのファンが気にしてる。

 

 そりゃあ当然、ボクを余裕でしのいだ1番人気にもなるはずで。

 彼女は今、色んな意味で話題性には事欠かないウマ娘と言えるだろう。

 

 

 

 そう、大阪杯で最も注目を集めているのは、ホシノウィルムで間違いない。

 

 ……けど、他の出走ウマ娘から最も警戒されているウマ娘は彼女じゃないんだよね、これが。

 

 ホシノウィルムが大逃げする。これはもう、仕方のないことだ。

 圧をかけようが何をしようが止まったり掛かったりすることもなく、自分勝手に逃げ続ける龍。彼女はそれこそ、同じ大逃げウマ娘が相手でもしない限り、止まることはない。

 同じ脚質の子を除けば、彼女に干渉できるのは、スタートの一瞬を除けば後は最後の一瞬だけ。

 そんな破天荒な相手を警戒しても、作戦上の利点がない。それだけ周りの子たちに払う注意が減って、レースに勝てなくなるだけだ。

 

 ホシノウィルムは討伐目標でこそあるけど、レース展開に何かをもたらすファクターにはならない。

 あぁいや、レースのペースを上げてくるからファクターではあるけど、彼女の存在によってこちらの走りが大きく乱れるようなことはない、って言うべきかな。

 

 だからこそ。

 ホシノウィルムはたくさんの視線を集める子でありながら、同時にその安定感から、ある意味ではあまり警戒されないウマ娘でもある。

 

 故に、本来は彼女が集めるべき出走ウマ娘の視線は、次点で警戒すべきウマ娘に向けられる。

 今回で言えば、警戒されるのは1番人気のウィルムではなく、2番人気の……。

 そう。このボク、トウカイテイオーだ。

 

 そして警戒されるってことは、それだけボクの動向に注目が集まる、ってことでもあって……。

 そうなれば、後は簡単だ。

 

 スタートは好調に切りながら、その後敢えて遅めの速度を維持して。

 まるでバ群の脚を引っ張るように、それよりほんの少しだけ遅い速度を出せば……。

 みんな、「それが適切なペースなんだ」って勘違いしてくれる。

 

 その状況は、思っていたよりも簡単に作れた。

 恥を忍んでネイチャに教えてもらったアレコレが十全に働いた、って感じだね。

 

 

 

 ……ただ、正直、これがウィルムに刺さるかは、賭けだった。

 

 ホシノウィルムへの考察が正しい自信自体はあったんだけど、ボクのレース設計をあの堀野トレーナーがどこまで読んでくるかわからない。

 もしかしたら、全て読まれた上で、ボクには思いもよらない策で、全部ひっくり返されるかもしれない。

 

 そして、もしも堀野トレーナーが気付かなかったとしても、ウィルム自身が気付く可能性もある。

 これはすごく単純な欺瞞だ。後で映像を見返せば「なんで気付かなかったんだろう」って言っちゃうくらいの、わかりやすい一手。

 ただ、それはやっぱり岡目八目な部分もある。

 実際に走りながら、この違和感を見抜けるかは……まぁ、ボクなら気付くかなってくらいか。

 

 つまるところこれは、ウィルムが2番手から逃げ切るのが早いか、それとも違和感に気付くのが早いかっていう賭け。

 その結果は、レースが始まる直前までのボクにはわからなかったんだけど……。

 

 ここに関しては、ウィルムが新たなスタート技術を身に付けてたっていう状況が、逆にボクにとって有利に働いた。

 

 

 

 ボクがやろうとしてる作戦は、端的に言えば「ウィルムが2番手との間に大差を付けるまで、バ群全体のペースを落とす」こと。

 それによって、ウィルムにこのレースでの適正ペースを誤解させて、脚を余らせる。

 謂わば、ホシノウィルムがバ群の遅さに気付くのと、あるいは2番手との間に大差を付けるのと。どちらが早くなるか、という賭けなんだ。

 

 そういう意味では、あの子がそのスタートダッシュを更に鍛えてきたのは、ボクにとって都合良く噛み合ったと言えるだろう。

 なにせ、彼女が2番手に大差の距離を付けるまで……つまり、違和感に気付くまでの時間が、だいぶ縮んだんだからね。

 

 

 

 そういった偶然の有利もあって……。

 

 大阪杯、ボクの策は、無事に成功した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

『縦に広がった展開ですが、ホシノウィルムが参加しているにしては例外的にローペースな展開ですね。あのスタートダッシュからこの展開は意外ですが、果たしてこれは龍の策略か、それとも?』

 

 

 

 今。

 ボクが向ける、視線の先で……。

 先頭の位置をほしいままにするウィルムは、ペースを落として走っていた。

 

 ホシノウィルムはステイヤー。

 高いスタミナを持つが、瞬発力の面で言えば他の子たちに一枚劣るところがある。

 ……いや正直、他のウマ娘はともかく、ウィルムに関してはその瞬発力もかなりのものがあるけど、それはともかく。

 

 このまま行けば、彼女は確実に脚を余らせる。彼女の最大の長所を活かせなくなる。

 そうなれば、ボクの瞬発力なら差し切ることもできるはずだ、って。

 

 そう思いながら、じわじわとペースを上げていたボクの前で……。

 

 

 

『向こう正面の直線に入りました、依然変わらず先頭はホシノウィルム。輝くターフに群青のコートが映えますね』

『他のウマ娘からは距離が離れているためわかりづらいですが、ややギアを上げましたね。この距離からテンポを上げるつもりなのでしょうか?』

 

 

 

 ウィルムは、900メートル辺りで、一気に脚を早めた。

 

「くっ……」

 

 合わせてペースを上げて、13バ身くらいの距離を保ちながら、ボクは思わず顔をしかめる。

 

 ……ボクの作戦が、バレた。

 

 どうやって、気付いた?

 周りにペースを比較できるウマ娘もいないし、流石に思考力増加能力も使わずに実況解説の声を聞けたとは思えない。聴覚とかの問題じゃなく、ボクたちのレースへの集中力や自分の立てる足音の煩さから、それは殆ど不可能なはず。

 であれば、どこだ? ウィルムはどこから気付いた?

 

 今のウィルムに、新たに疑いの種を持てる根拠はない。

 であれば、根拠のない直感か……あるいは、最初から種自体は持っていた?

 

 ……後者かな、多分。

 

 ボクの策は正直、かなり単純なものだ。

 あのネイチャと策を巡らせ合っていた堀野トレーナーが、これを読めないとは思わない。

 だから、「トウカイテイオーがバ群のペースを遅らせる可能性がある」ってウィルムに伝えてて……その結果、ウィルムは策にかかること自体は防げなくとも、自分の走りの微妙な遅さに勘付けた、ってとこ?

 

 ……あぁ、そうだね。そうだった。

 ボクが戦う相手は、ただのウマ娘じゃない。

 ウマ娘と、そのバックに付いているトレーナー。

 その2人が作り上げる、「競走ウマ娘の走り」、なんだもんね。

 

 

 

 ……で、あれば。

 

 ボクだって、自分のトレーナーを頼っていいよね?

 

 

 

 * * *

 

 

 

 一瞬、まぶたを閉じた。

 

 ここから、ボクがレースに勝ちうるルート。

 あの一等星に届く、ビジョンを思い浮かべる。

 

 

 

 正直に言って、ホシノウィルムとトウカイテイオーを比べると、前者の方が……強い。

 身体的なスペックもそうだし、走りの技術もそうだ。

 

 去年一緒に入院してた時、ウィルムから、少しだけ彼女の過去を聞いた。

 ずっと走っていた。それ以外に趣味や特技もない、それだけの人生だった、って。

 彼女は自嘲気味に言ってたけど……ボクからすれば、それはとんでもないことだと思えた。

 

 だって彼女は、ボクがレースを舐めて勝つのが当然と思ってた頃から、死に物狂いで走り続けてたんだ。

 更に、本気になった後も、長いリハビリや走法の模索でだいぶ出遅れてしまった。

 そりゃあ、現時点で負けてるのも当然だろう。

 

 ……だからこれは、格上への挑戦だ。

 状況を整え、万全の態勢を作り、策で上回って、それでようやく勝つ見込みができるくらいの。

 

 その上で、ボクが迫るまでホシノウィルムに脚を緩めてもらうっていう、一番望ましかった未来からは、離れてしまった。

 であれば……ここから勝つためには、どうすればいいか。

 

 

 

『……ホシノウィルムは、このレースでは領域を開けないかもしれない』

 

 一昨日、トレーナーから聞いた言葉が脳裏に蘇る。

 かつて会長を無敗の三冠に導いた、老獪なトレーナーの声が。

 

『これまでの経験から言って、恐らくウマ娘は、その勝負服によって得意な条件が変わるんだ。

 ルドルフは2着目を身に着けて、天皇賞(春)を筆頭とした長距離のレースが少しだけ得意になった。

 これは俺の私見で、何も根拠はないけど……多分、勝負服が変えるのは、領域だけじゃない。

 勝負服は、そのウマ娘の走り自体を、少しだけ変えてしまうんだと思う』

 

 最初はただ、会長のトレーナーだからって思って選んだんだけど……。

 適切にトレーニングをサポートしてくれて、可能な範囲で気も利かせてくれて、でも駄目なところはしっかりと怒ってくれて。

 そうしていつしか、ボクは彼のことを、自分の相棒のように思うようになっていた。

 

 そんなトレーナーはあの日、ホワイトボードの前で人差し指を立てて、ウィルムについての考察を語っていた。

 

『俺の考察が正しければ、ホシノウィルムの1つ目の領域は非常に条件が緩く、その分効果も控えめなものだったと予想される。

 そして、彼女が本質的にステイヤーであることを考えても、2つ目の勝負服はより長距離に特化したものである可能性が高い』

 

 その言葉には、正直、希望的観測が多かったけれど……。

 でも、彼は、皇帝の杖と呼ばれたトレーナーだ。

 信じようと思ったし……何より、信じたいと思った。

 

『領域の条件が1着目よりも厳しければ、その緩さに慣れた彼女では、想像よりも厳しい条件と走る距離の不一致で、領域にまで手が届かない可能性があるわけだ。

 だから、大阪杯でホシノウィルムが領域を使えない可能性は、十分に考えられると思う。

 ……まぁ、全てが可能性の話ではあるけどね』

 

 脚を折る可能性があるとわかっても、ボクが本気で望んでいると知れば、日本ダービーへの出走を認めてくれて。

 クラシック級の後半に走法を変えるなんていう挑戦に、どこまでも真剣に付き合ってくれて。

 そして、この大阪杯に勝てると、心の底から信じてくれている、彼を。

 

『だから、もしもそうなったら……ホシノウィルムの領域が不発に終わったら。

 すぐにペースを上げて、最終直線までに、彼女の後ろ4バ身あたりまで詰めるんだ』

 

 ボクのパートナーを、信じたい。

 

『信じてるよ。レースの天才、トウカイテイオー』

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ボクが目を凝らす先、ずっと前方で。

 領域が開く、特有の威圧感が集まって……けれど、形にならず霧散する。

 

 ……トレーナーの言う通り、ウィルムは領域の展開に失敗したらしい。

 それがどんな理由かは、ちょっと考察のしようもないけど……。

 

 トレーナーの予測は、見事に命中したってことだ。

 

 今ウィルムが通過したのは、10のハロン棒の横。

 ボクの位置はそこから離れて、12バ身くらいか。

 

 ここからゴールまで、あと1000メートル以上ある。

 ボクのスタミナからすると、ここからロングスパートしてしまえば、終盤に全力の末脚が出せるか微妙なところなんだけど……。

 

 うん。

 信じるよ、トレーナー。

 

 

 

『おっと、トウカイテイオー仕掛けました! 王道な戦術を選ぶ彼女としてはかなり積極的な展開ですね!

 すぐに第3コーナーですが、掛かってしまっているのでしょうか?』

『最後まで脚が衰えないホシノウィルムに最終直線だけで勝つことは困難、という判断かもしれません。

 果たしてどこまで位置を押し上げるつもりなのか?』

『釣られるようにして加速するウマ娘と自分のペースを維持するウマ娘で綺麗に分かれました、大阪杯はむしろここから始まるのか!?』

 

 

 

 ……落ち着け。

 ここで焦ったり、変に燃えすぎちゃ駄目だ。

 

 付いて来る子がいなくなってから、内に切り込み……コーナーでかかる遠心力を、上手く逃がす。

 大丈夫、コーナー内での加速は、これまでしっかり練習してきた。

 

 ホシノウィルムの背中までは……多分、あと8バ身。

 目標相対距離まで4バ身、残された距離のリミットはおおよそ400メートルくらいだろうか。

 1000メートル時点から、200メートルくらいで4バ身近く距離を詰めたんだ。

 このペースなら十分いけるはず……。

 

 

 

 ……いや、そう甘くはないか。

 

 ボクの視線の先で、ウィルムが、その速度を上げた。

 

「……、くっ」

 

 当然と言えば当然か。

 

 ウィルムの聴覚の有効距離は、多分10バ身くらい。

 こうして距離を縮めれば、「トウカイテイオーが加速してきてる」ってことは知られて当然。

 そうなれば、スタミナを余しているウィルは、当然のように加速してくる。

 

 あー、もう、困ったな。

 ウィルムのペースに付いて行って、更に距離を詰めようとするのなら、多分スタミナが持たない。

 

 ステイヤーであるウィルムに対して、ボクはミドルディスタンス。

 スタミナの面で見れば、正直かなり見劣りするものがある。

 だから、ただウィルムのペースに追従するだけでは……いつもマックイーンがしてるみたいに、擦り潰されて終わりだ。

 

 最終直線で全力を出そうと思えば、ここはスタミナを温存すべきだろう。

 でもそうすれば、トレーナーが出してくれた条件を達成できなくなる。

 

 トレーナーの条件を守るためには、ここで更に加速すべきだ。

 でもそうすれば、まず間違いなく最後までスタミナが持たない。

 

「……どっちだ」

 

 選ぶべきは、どっちだ。

 スタミナと、距離。

 王道と、トレーナー。

 

 ボクが選ぶべきは……。

 

 

 

 ……いいや、違う。

 

 前提が間違ってる。

 

 

 

 トウカイテイオーは、天才だ。

 トレーナーが信じてくれて、ウィルムが望んでくれてるんだ。

 間違いなく、ボクは、天才なんだ。

 

 そして、ボクが天才だっていうのなら。

 あのウィルムを越え得る、「本物の」天才だっていうのなら……。

 

 

 

 どっちも、選べるくらいじゃなきゃ駄目だ!

 

 

 

「すぅー……」

 

 大きく息を吸い込み、脚に渾身の力を込める。

 

 大丈夫。

 ボクならできる。

 

 だって、ボクは……。

 トウカイテイオーなんだからッ!!

 

「はッ!!」

 

 

 

『2番手入れ替わってトウカイテイオー、懸命に追いすがる!! 一気にペースを上げて先頭ホシノウィルムまでの距離を詰めていきます! 早すぎるスパートと思われましたが、まだ殆ど息は上がっていない!

 ダービーと同じく、またこの2人のマッチレースとなるか! 龍と争えるのは帝王のみ、もう他のウマ娘は土俵にも上がれない!!』

『ホシノウィルム、早くも前傾姿勢に入りましたね。ここから最終直線まで、果たしてどれだけ距離が詰められるのか?』

 

 

 

 息を吸い込んで、吐き出せ。

 酸素がないと、体を動かせない。だから、もっともっと。

 いっそ過呼吸になるくらいに、呼吸を繰り返せ。

 

 もっと脚を速く動かせ。

 脚への刺激に、そろそろ末端の感覚が薄れてきている。

 それでもなお、丁寧に、獰猛に、前を目指し続けろ。

 

 2つを、両立するんだ。

 息を入れながら、加速する。

 

 そうしなきゃ……あの龍には、届かない!

 

 

 

『トウカイテイオー迫る! トウカイテイオーが迫っているぞホシノウィルム! 最終コーナー入って残り600メートル、その差はおおよそ5バ身! このままかわしかわされてあの日の再現となるか? あるいは帝王がついに冠を手にするか!?』

 

 

 

「はっ、く……!」

 

 脳が、冷たさを感じる。

 視界が、ぼんやりと歪む。

 

 ……無茶をしてるのはわかってる。

 そもそも、息を入れながら加速するなんて、不可能だ。

 脚を壊してでもって言うのなら、あの走りをすればいいってだけだろうけど……。

 それはもう、できない。

 

 大きく脚を伸ばす、ストライド。

 トレーナーとの話し合いの結果、ボクはもう、あの走りを捨てるって決めた。

 そして、それに敵うくらいの、ちゃんとした走りを見つける、って。

 

 だから……。

 今はとにかく、ボクにできる最高の走りを。

 

 芝の生える大地に丁寧に脚を下ろして、丁寧に蹴り上げる。

 その反動を一切無駄にせず、全てを走ることに費やす。

 渾身の力で、ホシノウィルムに追いすがる。

 

 あと……あと、もう少しだ。

 もう少しで……届く!!

 

 

 

『さぁ残り400メートル、コーナー抜けて最終直線! トウカイテイオーとホシノウィルムの間の差はたったの4バ身だ!!』

 

 

 

 届いた。

 

 4バ身。

 たった、10メートル先。

 

 そこに、ボクの目指した、「絶対」の壁がある。

 

 レースに絶対をもたらす皇帝に次ぐ無敗の三冠ウマ娘、ホシノウィルム。

 大空をたった1人で舞う龍。

 圧倒的な大逃げで全てを捻り潰す、絶対強者。

 

 胸の底から、熱が込み上げた。

 

 ここまで来たっていう達成感。

 ここからやってやるっていう使命感。

 そして何より……。

 

 

 

「行け、テイオー!!」

 

 

 

 ボクのことを信じてくれた人たちの、願いと想いを感じて。

 その夢に応えたいと、そう思って。

 

 

 

 その熱が……世界を、塗り替えた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 熱の籠った、不毛の大地。

 そこでボクは、1人佇んでいた。

 

 ……あぁ、なるほど。

 この大地こそが、ボク自身。

 怪我で焼け焦げ、その走りを見失った、ただその内に熱を秘めただけの、もはや実りの望めないウマ娘ってわけだ。

 

 でも、それも、今日ここまで。

 

 背後から、強い輝きを感じて振り返る。

 そこには、1枚の羽が、大空から落ちて来ていた。

 

 あの日跳んだ大空への、寂寥。

 その大空を自由に飛翔するライバルへの、憧れ。

 そして何より、もっと走りたい、あの子に勝ちたいっていう、身勝手な希望。

 

 それを素直に、胸の中に受け入れて……。

 ボクの背中には、1対の赤い翼が生える。

 

 

 

 ボクはもう、あの日のように、自由に大空を跳ね回るようなことはできない。

 アレは脚の寿命っていう、大きすぎる代償を払うものだったから。

 

 ……でも。

 自由に跳ぶことはできずとも……。

 ただ一時、飛ぶくらいなら、今のボクにだってできるんだ。

 

 翼をはためかせると、自分の体が持ち上がるのがわかった。

 ……行ける。

 いいや、行ってみせる。

 

「君の『絶対』なんて、認めない」

 

 飛んでやる。

 最強のライバル(ホシノウィルム)のいる、あの空に!

 

 

 

「絶対は、ボクだッ!!」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 あの日と同じく、風を纏うようにして、ボクは走る。

 渾身の力でターフを蹴飛ばし、この身に残った力を全部、走りに変えて。

 領域も開いて、手札も切って、姿勢低く空を舞う龍に、迫る。

 

 残るは300メートル、ウィルムとの差は3バ身。

 

 距離的には、かなり微妙なところだけど……。

 

 

 

 ……行ける、と。

 

 熱く煮えたぎる思考の片隅で、冷静なボクがそう言った。

 

 

 

 多分、転機は、トレーナーの戦術だった。

 

 1000メートルから早めにロングスパートを切れ、と。

 多分、その言葉の真意は、領域云々ってところじゃなくて……。

 ウィルムを、焦らせることだったんだ。

 

 あの有記念で、ウィルムは慎重すぎる判断が故に負けた。

 だから次は……この大阪杯は、そうはなるまいと自戒するはず。

 もっと大胆に、もっと早めに動こうと、そう思うはずだ。

 

 そしてさっき、予想以上に早く仕掛けて来たボクに、ウィルムは動揺したんだろう。

 そうして、有記念の失敗を思い出したあの子は、「思考力増加」をちょっとだけ早く使った。

 多分、5秒かそこら。距離にして100メートルくらい早い段階で、彼女は切り札を切ってしまった。

 

 だからホシノウィルムは、最後の5秒間、この前傾姿勢のスパートを維持できなくなる。

 それだけあれば、勝てる。

 1バ身残っていても……今のボクなら、差し切れる!!

 

 

 

『さぁ最後の200メートル、その差は2バ身と少しといったところか!? ここから最後の登り坂!!

 負けられない、負けられないぞトウカイテイオー、今度こそと気炎を上げて坂を登る!!』

 

 

 

 負けたくない。

 勝ちたい。

 

 この子に……ボクの得た、最も高い目標に。

 もしくは、絶対を僭称する龍に。

 あるいは、最高のライバルに。

 

 だからボクは、頭も真っ白にして、ただただ前へ、前へと走り続けて……。

 

 そうして。

 

 

 

 チラリと、彼女が、こちらを覗き見た。

 

 

 

 ……あぁ、その視線に、その色に、見覚えがある。

 

 君も、同じなんだ。

 ホシノウィルムも、この熱の中で走ってたんだね。

 

 片やG1レース6勝の覇者、片や重賞未勝利の挑戦者。

 片や破天荒に過ぎる大逃げと、片や王道の極みの先行。

 

 立場も脚質も、何もかもが正反対なボクたちだけど、その想いは1つで。

 

 目の前のウマ娘に、勝ちたい。

 自分の憧れを、超えたい。

 

 ただ、それだけ。

 

 

 

 ……だから。

 

「あぁぁぁぁあああああああッ!!!」

「が、ぁぁぁああああああああッ!!!」

 

 飾り立てない、獣じみた咆哮を上げて、ボクたちは走る。

 

 走って、走って……そうしてついに、ウィルムの思考力増加の期限の、残り100メートルまで来て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでも、ホシノウィルムは、止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『2人がもつれ込むようにしてゴォォオオオルインッッ!!

 目視では確かではありませんが、勝ったのは…………勝ったのはホシノウィルム!!!

 今年の大阪杯を制したのはホシノウィルム、トウカイテイオーまでの着差はハナ差!

 龍と帝王の2度目の決戦、ここに決着!!』

『G1シーズンのレース1本目からとんでもない名レースとなりました!

 これはメジロマックイーンも含めて行われる次の天皇賞が楽しみですね!』

 

 

 

 * * *

 

 

 

「かっ、は、はぁ……ゲホッ」

 

 ゆっくりとスピードダウンしながら、ボクはぐちゃぐちゃの息を整える。

 

 あー……クソ、負けた。

 

 走っている本人だから、わかる。

 ウィルムまで、あとちょっと……20センチくらい、足りなかった。

 

 ……あぁ、もう。

 こんなに滅茶苦茶疲れてさ。

 「絶対は認めない」なんて言っちゃって。

 それで負けてるんだもん、世話ないよ。

 

 

 

 あー……。

 

 あー、もう、くそっ、くそっ、くそっ!

 

 悔しい、悔しい悔しい悔しい!!

 

 

 

 あと少し、あと少しだった!

 手を伸ばせば掴める距離、脚が伸びれば届く距離、すぐそこにあの子はいた!

 それなのに……その「あと少し」が、届かなかった。

 

 有利なレースだったんだ。

 2000メートルっていう距離、ウィルの新たな勝負服と領域会得の失敗。

 明らかに、今回はボクに有利な条件だった。

 

 それなのに、負けてしまった理由は……まぁ、考えるまでもなく、最後のヤツだ。

 絶対制限時間を超えたはずなのに、ウィルムは止まらなかった。ボクの想定を上回ってきた。

 30秒がタイムリミットなんじゃなかったの? あるいは、そう偽装してた? どっちにしろ、完全に想定外だった。

 

 更に言えば、前半でウィルムを抑えるために敢えてペースを落としてたのも、今思うと失敗だった。

 途中で気付かれてしまって、更には接近に気付かれて加速されたから、脚を十分に余らせることができなくなった。

 結局、総合的に見ればマイナスの方が大きくなってしまったと思う。

 

 策士策に溺れるというか、なんというか。

 ……簡単そうに思えて、なかなかネイチャみたいにはやれないな。

 やっぱりアレって、一種の才能なのかもしれない。ちょっとボクには向かない戦い方だ。

 

 他にも……あそこで息を入れた方が良かったんじゃないか、あそこでもっと頑張れば、なんて反省は無限のように湧き出してくる。

 

 

 

 ……でも、どんなに悔しがっても、現実は変わらない。

 

 届かなかった。

 あと少しだけ……届かなかったんだ。

 

 それがとにかく、悔しくて、悔しくて悔しくて……。

 

 ……それなのに。

 なんだか、何かを得たような満足感もあって。

 これだけ全力を出して負けたんなら、っていう、変な納得感もあって。

 そして、次回こそは絶対勝つっていう、未来への熱もあって。

 

 これが、全力を出して負けたってことなんだろうな、って。

 そうわかっちゃうのが、なんだかなおさら悔しくて。

 

 本当さ。

 強すぎるライバルを持つと、色々大変だよ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「はぁ、はぁ……ふぅ」

 

 ようやく息を落ち着けた後、ボクはウィルムを目で探した。

 

 これだけ有利な条件でなお、このボクに競り勝ったんだ。

 恨み言と、それから祝福の1つでも贈らなきゃ、気が済まないってもので。

 

「どこに……」

 

 そうして視線を向けた先で……。

 

 

 

 ウィルムは、ターフに、手と膝を突いていた。

 

 

 

 ……え?

 いや……え、何?

 なんで? ウィルム、だってボクよりスタミナあるはずで。

 それなのに、なんで、あんなに苦しそうに。

 

「ウィルム?」

 

 思わず呟いて、駆け寄った。

 

 近付いて、それで初めて、彼女が痛みをこらえるような表情をしてるのがわかって。

 それと、全身が震えているのが、見えてしまって。

 

 その光景が、ボクに、最悪の想像をさせた。

 

 

 

 ……嫌だ。

 嫌だよ、ウィルム?

 

 そんなことないよね?

 だってボク、まだ君に勝ってない。

 もっともっと、君と走りたい。

 

 こんなところで終わりなんて、そんなの、全然納得できないよ!

 

 

 

「ウィルム、ウィルム! ちょっと、冗談やめてよ!!」

 

 思わず肩を掴んで、がくがくと揺さぶる。

 ただのドッキリだとか、何かの間違いだって言って欲しくて。

 

 そして……。

 

「テイオー……」

「! 何、ウィルム!?」

 

 彼女の掠れた声に、思わず上擦った返事をして。

 

 

 

 

 

 

「あの、揺らさないで……吐きそう」

「え?」

「あまりにも本気出しすぎて、頭が痛くて……ゆ、揺らされたら、本気で吐きそう……あ、ごめん出る」

「は?」

 

 本当に芝の上に嘔吐し始めたウィルムに、絶句した。

 

 

 







 空を飛んで人々の夢という虹をかけた龍は、今度は地の上に鮮やかな虹をかけたのでした。
 なんて酷いオチだよ。



 大阪杯もこれにて終了。
 いつものように掲示板回と別視点回を入れて、フィジカルお化け3人組による天皇賞(春)編に入ります。



 次回は3、4日後。掲示板回。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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