転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 意味がありそうでなさそうな意味深な描写すき

 そんなこんなで天皇賞(春)編、開幕です。





彼と彼女と春天の季節
お前もしかしてまだ自分だけが悪いとでも思ってるんじゃないかね?


 

 

 

 いつかの、悪い夢の、続きを見た。

 

 

 

 その場を包む、静寂。

 自分が見ている目の前で、夢と希望の全てが潰える瞬間。

 

 そんな中で、聞こえた音は、ただ1つ。

 

 骨が、砕ける音が。

 肉が、引き裂ける音が。

 ……命が、終わる音が。

 

 熱狂が冷め逝く中で。

 その音だけが、スタンドまで聞こえた、気がした。

 

 

 

『無理をさせすぎた』

 

 「その子」のパートナーが暗い顔で語ったように、原因は、ひとえにそれに尽きた。

 

 灰を被った蛇。

 その血統を乗り越えた、例外中の例外。

 素質はなく、望みもなく、けれどその努力で以て帝王を超えて、誰もが驚く無敗の二冠。

 

 ……しかし、そもそも。

 「その子」が帝王に勝つこと自体が、無理で、無茶で、無謀で。

 

 その皆が望んだ夢を、半端に叶えてしまった代償こそが、その結果。

 

 灰を被った蛇は天に昇り(・・・・)、その名の通り星になった(・・・・・)

 

 それが、「その子」が辿り得た可能性。

 灰の蛇の、バッドエンドの1つだ。

 

 

 

 ……でも、そんなの、あんまりだと思う。

 

 

 

 「その子」は懸命に走って、走って、走って。

 可能な限りの努力をして、誰かの期待に応えたいと、愛される自分でありたいと、あるいはただ誰かに勝ちたいと、そう願い走り続けて……。

 

 それで得た勝利が、達成した偉業が、悲劇で終わって良いはずがないんだ。

 

 

 

 だから、それが運命だというのなら……。

 彼女が無理をすることが、その挫折に繋がるというのなら……。

 

 俺はきっと、これまでも、これからも。

 彼女の無理を認めることはできないし、してはいけないのだろうと思う。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ぼんやりとした微睡みから、目を覚ます。

 頭は……冴えてるな。ちょっと浅い眠りだったのかもしれない。

 

「はぁ……」

 

 しかし……なんとも意味深な、それでいてよくわからない夢だったな。

 

 夢というのは大抵、無茶苦茶なモノだ。

 なんでそんなことを、ってことを思ったり。

 なんでそんな展開に、ってことが起こったり。

 なんでそれに納得できるのか、って展開に納得してしまったり。

 

 根本的にカオスで、よくわからないもの。

 理解しようとしてもできないし、そうする意味もないもの。

 それが夢だ。

 

 今日見た悪夢も、そういったものだってことはわかってるんだけど……。

 

「……久々に見たな、悪い夢は」

 

 知らない天井を見上げるのはやめて上体を起こし、取り敢えずスマホのアラームをオフに。

 それから、ぼんやりと考える。

 

 俺はかつて、結構悪夢を見る方だった。

 特に堀野の家にいた頃は、3日に1回は見ていたくらいだ。

 ……まぁ、勿論内容とかは覚えてないんだけども。

 

 が、ここ最近は寝付きも良くて、全くと言っていい程に悪夢を見なかったんだよな。

 多分だけど、毎日の激務による疲労と……それから、2人の担当が少しずつそれぞれの夢に近付く充実感で、ぐっすりと気絶するように眠れていたのかもしれない。

 あまりにも眠りが深ければ問題だろうが、そういうわけでもないしな。基本的にはスマホのアラームで起きることができているわけで。

 

 

 

 しかし、最後に悪夢を見たのはいつだっただろうな。

 

 ……あぁ、そうだ。

 多分、宝塚記念の日に見た、妙な夢以来か。

 

 そう言えば、今日の夢は、どことなくあれに似ていたような……。

 

 ……あー、いや、駄目だ。

 もう今日見た悪夢のことを忘れてしまった。

 

 夢は記憶に定着しにくい。

 一説によると記憶の整理整頓の際のビジョン的なモノらしいし、根本的に記憶する必要性がないんだ。

 だからこそ、寝起きにすぐ思い出して書き留めたりなどして、起床後に改めて定着させないと、すぐに忘れてしまう。

 

 まぁ、夢はあくまで夢。ただの記憶のモザイクでしかないはずだ。

 それならまぁ、忘れてしまっても構わないだろう。

 

 なにせ、夢は覚えていても何も生まない。

 今の俺にとって、大切なのは現在(いま)であり、過去(いつか)ではないのだから。

 

 そもそも夢の内容だって、何かを意味してるわけでもないだろう。良い夢か悪い夢かなんて、その時の精神状態にもよるし……。

 

 

 

 ……昨夜の、精神状態?

 

「あ」

 

 そうして、俺は思い出した。思い出してしまった。

 昨日、レースを走り終えた担当に対して、自分がやらかしてしまったことを。

 

「あぁ……おぉ、うわ、うわぁ……」

 

 ヤバい、鬱。マジでめちゃくちゃ鬱。

 俺、何やってんだマジで……。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 本日は4月6日。

 ホシノウィルムが大阪杯で限界を超えた走りを見せ、レース後に倒れ込んでしまった、翌日であった。

 

 ウィルは大阪杯で危険な暴走をしてしまって、俺もその後最悪な暴走をしてしまったが、昌の仲裁もあってなんとか纏まった形になり。

 彼女の無事を確認した後、少しだけ2人で話して、その後はウイニングライブに出席。

 その後はウィルを急いで病院に担ぎ込み、安全を取って徹底的な精密検査にかけ、その間に昌と2人でURAの職員と情報共有したり今後の予定を立てたりして。

 

 それが終わる頃には、時刻は既に0時近く。

 担当2人には後部座席で寝てもらって、俺が送り届けようとも思ったんだが……2人と昌に止められ、結局近くのホテルに泊まることになった。

 

 大阪杯直後ということで混雑していたので、仕方なく堀野の名前を使って、ちゃんとした部屋を確保。

 担当2人のことは昌に任せて、俺は1人で部屋を取って眠りに就いたんだが……。

 

 そう、そうだった。

 昨夜は自らの失態に、とんでもなく頭を悩ませてたんだった。

 

 多分、あの懊悩が、悪夢を招いてしまったんだろうな。

 

 

 

 ……しかし、改めて。

 

「ウィルにはひっどいことをしてしまった……」

 

 昨日、俺はレースを走り終えたウィルを、手酷く叱責した。

 いや、叱責と言うには、あまりにも理屈が通っていなかったな。

 アレはただ、自分の怒りをぶつけていただけだ。

 

 ウィルが倒れ込んだ瞬間の、焦り、悲しみ、恐怖、絶望、怒り。

 そういった感情は、一時は昌のおかげで抑え込めていたんだが……。

 ……楽しそうにレースのことを語るウィルを見て、それがぶり返してしまった。

 

 それで……本当に情けないことに。

 俺はウィルに、その負の感情を、ぶつけてしまったわけだ。

 

 あぁもうホント、何やってんだ俺。

 自分を何だと思ってるんだ。感情むき出しにするとかガキか。

 それも相手が担当とか、最悪にも程があるだろうが。

 

 俺はウィルと違って、年齢を重ねた大人だ。

 それも、個人的な感情を抑制し、大義のために殉じなければならない名家の出。

 もっと言えば、前世の記憶と人格を受け継いだ、転生者でもあるんだ。

 

 精神年齢は高くて当然、自分の感情なんぞ抑え込めてなんぼ。

 こう言うと傲慢に聞こえるかもしれないが、スタート地点から他と違うんだから、この辺は他者より優れて当然なのだ。

 

 そんな俺が、あろうことか自分の感情を相手に押し付け、怒りを露わにするとは……。

 酷い失態だ。あまりにも酷すぎて頭を抱えてしまうレベル。

 

 

 

 彼女の行動を咎めること自体は、あくまで俺の視点からすればだが、そんなに悪いものじゃなかった。

 ウィルはレースに楽しさを感じると熱くなる。

 これ自体は悪いことではないが、テイオーとの激戦のように熱くなりすぎると、思わず無理をするラインに踏み込んでしまうんだ。

 これはダービーの時点からわかっていたことで、俺としては少し認め辛い部分だったので、いつかタイミングさえあれば指摘しようとは思っていた。

 

 今回の大阪杯で言っても、もしも「思考力増加能力」のデメリットが走っている最中にやってきた場合、最悪彼女は受け身も取れず転倒していたかもしれない。

 もしもそれで彼女の脚が折れ、あるいは脳に重い障害を負いでもすれば、俺は勿論彼女の知り合いと全国のファンが嘆き悲しむことは想像に難くない。

 それに何より……もう彼女には、宝塚記念の時のように、負傷してほしくはないのだ。

 

 だから今回、ここに関して彼女に注意喚起できたのは、悪いことではなかったと思う。

 

 しかし、目的はともかく、手段が非常に悪かった。もはや最悪に近いレベル。

 というか、結果的に目的を達成できただけで、あの時の俺の主目的は怒りを露わにすることだったし、ウィルがここを反省してくれたのは、言うならば偶然噛み合っただけだ。

 つまるところ、ただの棚からぼた餅。

 偶然……というか、ウィルの賢さや昌の仲裁のおかげで、なんとか形になったに過ぎない。

 

 もしもウィルの精神年齢がその実年齢と同程度だったり、あの場に昌がいなければ、ただ無用にウィルの心を傷つけて終わってしまっていたかもしれない。

 改めて、彼女には無体というか、大人げないことをしてしまったと思い、俺は俯いた。

 

 

 

 ……あぁ駄目だこれ、考えてると永遠に落ち込んでしまう。

 反省はともかく、落ち込むのは極めて生産性のない行動だ。早く次に進まなければ。

 

 そうだな、取り敢えず、これから取るべき行動を考えよう。

 

 1年前の俺であれば、「こんな俺はホシノウィルムのトレーナーに相応しくないだろう」と思い、彼女より良く育ててくれるトレーナーを探すとかしてたかもしれないが……。

 それはもう、取ることのできない、というか取りたくない選択だ。

 

 ウィルは俺のことを信頼してくれているし、俺はそんな彼女の信頼に応えたいと思っている。

 それに……お互い、信頼以上の感情もあるし。

 俺は自分こそがウィルのトレーナーでありたいと思うし、多分ウィルも俺にトレーナーでいてほしいと思ってくれている……はずだ。自意識過剰でなければ。

 

 今更、ウィルとのこの関係から逃げたいとは思わない。

 彼女が俺を望んでくれるのならば、俺はそれに応えたいし……。

 ……こんなことを言うのは公私混同に当たるかもしれないが、俺だって彼女の隣にいられることを望んでいるんだから。

 

 であれば、今回の件で失態を犯し、信頼を失ってしまっただろう俺が、次に彼女に対して取るべき行動は何かと言えば……。

 

「……謝ろう。精一杯」

 

 それしかあるまい。

 

 悪いことをすれば償う。駄目なことをしたら謝る。

 これは小学生でも習う、現代社会における常識である。

 

 ……いやまぁ、俺にはもう小学生時代の記憶はないんだが。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 本当は、朝の内に謝罪を済ませようと思っていたんだが……。

 残念ながら、そう上手くは展開が運ばなかった。

 

 というのも、ウィル、こう見えて朝に弱いんだよな。

 それも生半可じゃなくて、めちゃくちゃに、とんでもなく弱い。

 

 情報によると、普段は周囲にそういう弱みを見せないため、朝早くに起きて意識がしっかり覚醒するまでベッドで過ごしているとのことだったが……。

 昨日は大阪杯での限界を超えた全力疾走、その後の諍いによる精神的疲弊、ウイニングライブでのファンへのアピールに精密検査での就寝時間の遅延と、色々要素が重なった。

 

 その結果、なのだろうな。

 今朝のホシノウィルムは意識が覚醒しきらず、過去最高にふにゃふにゃしていた。

 

 朝食のバイキングで顔を合わせた時も、既にシャキッとしてる昌やいつも通りのブルボンに引きずられるようにして現れた彼女は、半分くらいは……いや、9割は意識がない状態だった。

 一応ちゃんとした服に袖を通してはいるんだが、明らかに他者に着せられた様子。

 その上、昌に「ホシノウィルムさん、いくつかてきとうに取って来ましょうか?」って言われた時も両目を閉じたまま「んー……」って呻っていたし。

 

 もそもそと目玉焼きを頬張って口元を黄色くするウィルはすさまじく可愛かったし、なんなら1日中眺めていたいくらいだったが……。

 流石に、トレセンに帰らずホテルに滞在し続けるわけにもいかない。

 

 チェックアウト、そして出発の頃になって、ようやく正気に近づいてきたウィルを車の中に押し込んで、俺の運転で中央に戻るのだった。

 

 ……正直、車内はちょっと気まずかった。

 上手く会話を続けてくれた昌のおかげでなんとか耐えられたな。ありがとう昌。

 

 

 

 さて、そんなわけで時は正午過ぎ、トレセン学園の俺のトレーナー室にて。

 俺は、頭を下げて誠心誠意、心からの謝罪を行った。

 

「改めて謝罪させてほしい。すまなかった、ウィル。

 昨日のアレは、レースを頑張った君に対して、心無い仕打ちだったと思う。これからは決して、あのような態度は取らないことを誓う」

 

 こんな謝罪1つで、信頼が戻ったりすることはないだろう。

 行動によって失われた信頼は、行動によってしか取り返せない。

 

 だが、これは1つの区切りだ。

 失ってしまった信頼を、今後の行動で少しずつ取り返していく、という宣言。

 これから少しずつ自分の行動を変えていく、というスイッチ。

 

 ウィルにも、そう感じてもらえればいいな。

 

 

 

 ……と、俺はそう思っていたのだが。

 

 俺の予想に反して、神妙な面持ちをした彼女は、受け入れてくれるでもなく、逆に拒否するでもなく。

 

「いえ、謝るのはこちらもです」

 

 ぺこりと、逆にウィルの方にも、頭を下げられてしまった。

 

 思わず固まる俺を前に、彼女は謝罪の言葉を並べる。

 

「歩さんの心を何も考えず、あなたのウマ娘に相応しくない判断をしてしまって……本当に、すみませんでした」

「いや、それは君が勝ちたいと望んで……」

「はい、勝ちたいと望んだのは事実です。あの時は、テイオーとの勝負の熱に浮かされて、何も考えずに走ってしまって……。

 でも、私の本当の望みは、歩さんと一緒に何の悔いもなく勝つことです。歩さんが、大事なパートナーが悲しむような勝ち方をしたら、何の意味もないんです。

 だから……だから、私の方こそ、すみませんでした! もうあんなことはしません! しませんから、あの、その……」

「その?」

「契約解除だけは、どうか……。私、もっとちゃんと、歩さんのウマ娘として頑張りますから!」

 

 そう言う彼女は、必死さを滲ませる口調で叫び、頭を下げ続けていた。

 

 

 

 …………。

 

 あぁ、そうか。

 そうなんだな。

 

 俺と彼女は……案外、似た者同士なのかな。

 

「ふ、くくっ」

「え、な、ちょ! 笑うところじゃあないですけど!?」

「いやすまない。決して侮辱するような意図はなくてな。少し、なんというか、嬉しくなったというか」

「嬉しい?」

 

 俺は笑いを消して、「ん、ん」と咳払いした後、心の内を語る。

 

「契約解除はやめてほしい、君に相応しくなる、と……その言葉は、元々俺のものだったからな。

 君が俺と同じようなことを考えていると、おかしいような嬉しいような、複雑な心境で」

 

 去年の宝塚記念で、全てを置き去りにする彼女の走りに魅せられて以来。

 俺は、彼女のトレーナーでありたいと、彼女に相応しい存在でありたいと、強く望むようになった。

 

 もっとあの脚を育てたい。

 あの走りの極致を知りたい。

 ……そして、彼女のパートナーでありたい。

 これからも、彼女の隣にいるために。

 

 だからこそ「力不足で契約解除」なんてことにならないよう、必死に彼女に相応しいトレーナーであろうと思ってきたんだが……。

 そういう想いは、どうやらお互い様だったらしい。

 

 俺のウマ娘として……か。

 そうだな。彼女はずっと前から、そう言ってくれていたものな。

 

 

 

 そうして想われている以上、その件に関しても、きちんと謝らなきゃいけないだろう。

 

「不安にさせてしまってすまなかった、ウィル。

 だが、俺はもう、何があっても君に契約解除を求めたりはしないよ。たとえ君が俺にとって本意でない行動をしたとしても、その時はきちんと話し合って、止めてほしいと言おうと思う。

 ……いやまぁ、そんなことを言っておきながら昨日のあの無様だ、信頼できないと言われれば何1つ言い返せないが」

 

 いや、本当にね。

 これが言えるの、そういう事態になっても冷静に対処できた奴だけでしょ。

 マジでどの口が言ってんだよ状態だよ。我ながら恥ずかしいわ。

 

 自分の厚顔無恥さに思わず苦笑する俺を前に、ウィルは安堵したように息を吐いた。

 

「良かった……。帰りの車でちょっと張り詰めてるみたいな空気感じてたので、もしかしたらって思って、ちょっと怖くて……」

「いや、君にどう謝ったものかと考えていてな」

 

 俺の方も、ウィルから張り詰めた空気を感じて、気まずく思っていたんだが……。

 なるほど、俺たちは互いに深読みしすぎた結果、警戒心を露わにしていたらしい。

 

 なんとも言えないすれ違いに苦笑する俺だが、ウィルの方は笑い事ではないと言わんばかりに、がばっと身を乗り出してきた。

 

「というかそもそも、歩さんは謝る必要なんてないんですよ! 私と歩さんの2人の敗北だったのに、それを受け入れられなくて、皆をすごい混乱させちゃった私が悪いんですし!」

「君はただウマ娘の本能に従っただけだ、なんら悪いところはない。ただそれが俺の主義と相性が悪いというだけだ。だからこそ、そこについては話さねばならないと……。

 いや、論点がズレてるな。今回露出した問題は、俺が感情的になり過ぎたと言う部分で……」

「それこそ悪くなんてないです! だって歩さん、それだけ私のことを大事に想ってくれたってことじゃないですか! トレーナーが担当を大事にすることが間違いなはずないです!」

「それを言ったら君だってそうだ。勝ちたいという自分の熱を、俺のために曲げてくれようとしている。根本的に、ただ勝ちたいと、もっと走りたいと思うそれが悪いはずがないんだ」

「いや、だからそうじゃなくて、そもそも歩さんに謝ってお願いするのは私の方で、これからも2人で二人三脚で走っていくにはですね……」

「俺の方こそ君に謝らねばならないし、それに己の至らなさが君を傷つけるなどトレーナー失格で……」

 

 そんな感じで、俺とウィルは激論を交わしていたんだが……。

 

 

 

「……あの、もういい?」

 

 煮詰まった議論に、昌の声が挟まる。

 俺とウィルに同時に視線を向けられて、俺の妹は辟易としたような表情で言った。

 

「いやこれ平行線だし、お互い相手を大事に想ってるってことはよーくわかったからさ。

 もうどっちが悪かったかじゃなくて、喧嘩両成敗でお互い気を付けようね、ってことで先に進まない?

 私たちに必要なのは犯人捜しならぬ自首合戦じゃなくて、これからの指針の協議だと思うんだけど」

 

 ……む、確かに言えている。

 

 俺は、俺が悪かったのだと思う。

 昨日は過度に感情を出しすぎたし、俺の存在が彼女の方針を歪めてしまうから。

 

 彼女は、彼女が悪かったのだと思う。

 背負った希望を放り出して走ってしまったし、俺の願いを裏切ってしまったから。

 

 俺たちは故意でなく互いの領分に踏み入ってしまったし、それが悪かったのだという自己嫌悪を止められない。

 であれば、どちらか片方が悪かったのではなく……。

 両者共に、悪い部分があった。反省すべきところがあった、と。

 そう片付けるのが、最も自然な形かもしれない。

 

 ウィルの方を窺ってみると、あちらもあちらで「確かに」という表情。

 いや、例によって無表情寄りではあるけど、いつもより僅かに眉が上がってるし、耳も立ってるからな。長い付き合いだ、これくらいはわかる。

 

「……そうだな、それでは、この件はお互い謝って終わり、ということで。それでいいか、ウィル」

「ええと……うん、それでいいと思います。改めて、今回はごめんなさいでした」

「俺の方も、悪かった。次回から気を付けるよ」

 

 そんなわけで、俺はウィルと頭を下げ合って、それで手打ちとしたのだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、俺とウィルの不毛な自首合戦が終われば、次に考えるべきは、昌の言う通りこれからの方針だ。

 

「さて、今回の件に関して、これから取る改善策だが……これに関しては、俺とウィルがそれぞれ互いに求めることについて語るのが早いか」

 

 俺がそう言うと、ウィルは可愛らしくコクリと首を傾げた。

 

「求めること、ですか?」

「要は、お互い破ってはいけないルールを明確にしておこう、という話だ。

 俺はウィルに対して、『思考力増加能力』の30秒を超過した使用、及びその期間外の前傾姿勢……天星スパートの使用の禁止を求める」

 

 結局のところ、俺が求めるべきはそこだ。

 

 ホシノウィルムの持つ、天然チートとでも言うべき「思考力増加能力」。

 そして彼女の生み出した埒外の走り、「天星スパート」。

 

 これらを上限を超えて使うことは、彼女の体に対して強すぎる負担を強いる。

 謂わば、強い薬みたいなものだ。用法用量を守る内はレースで強い効果を為すが、それを破った瞬間に彼女の体の毒となる。

 

 だからこそ、俺は彼女のトレーナーとして、今後はそれを徹底して守らせるべきだろう。

 

 トレーニングの際も、勿論レースの中でも。

 俺は俺にできる限りのリスクヘッジを行い、彼女たちを無事に走らせ、その帰りを迎える。

 

 それが、トレーナーとしての俺の役割なのだ。

 

 

 

 ……と、俺が俺のすべきことを再認している最中。

 

 目の前のウィルは、顎に手を当てて考えていた。

 

「なるほど、そういう感じ。では私は……いえ、私からは特に、制限すべきことなんてないんですが」

「悪いが何か捻り出してくれ。そうじゃなきゃ対等という形にならないし」

「そうですよね……あぁ、それじゃ」

 

 彼女はちょっと申し訳なさそうに、儚げに笑う。

 

「もしも私が、また駄目なことをしたら、ちゃんと叱ってください。

 今回で改めて自覚したんですけど、私、自制心が強い方じゃないみたいなので……その分は、歩さんが抑えてくれたら助かるなって」

「……厳しいことを言うなぁ」

 

 俺は思わず、後ろ頭を掻いた。

 

 彼女の言葉はある意味で、理知的に彼女を叱るという自らの責務を放り出し、感情を暴走させた俺への皮肉のようですらあった。

 お前は教導者として取るべき、最も初歩的なことすらできないのだと、そう言われているようで……。

 

 ……でも、そうだな。

 彼女が求めるのなら、俺は応えるしかない。

 できないなら、できるようになるしかないよな。

 

「わかった、心がけよう。君が道を間違えそうになれば、いつでも俺が止める」

「な、なんか、尚更パートナー感のある言い方に……いえ、そう、それを望んだのは私なんですけども」

 

 ウィルは恥ずかしそうにコホンと咳払いし、堪えきれなかったように不器用な笑みを漏らした。

 

「……まぁ、その。その辺り、お互いよろしくです、はい」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、ひとまず話は落ち着いた。

 

 ごたごたがあったから対応していたが、本来今日は春のG1シーズン真っただ中の月曜日だ。

 いよいよ始まるブルボンの三冠への挑戦、その最初の一歩である皐月賞は2週間後に控え、ウィルの次走である天皇賞(春)すら3週間後。

 当然ながら、彼女たちは可能な限りトレーニングに勤しむべき状態。

 

 そんなわけで早速、担当2人をトレーニングに向かわせようと思ったのだが……。

 

 そう言おうと口を開いた俺の言葉は、ブルボンが上に挙げた手によって止められた。

 

「ん、どうしたブルボン、何か言いたいことがあるのか?」

「肯定。発言の許可をいただきたく」

「構わない。言ってみてくれ」

「了解しました」

 

 ぺこりと頭を下げて、ブルボンは改めて口を開く。

 

 

 

「『ご褒美権』を行使し、要請します。

 マスター、お手隙の際に私の両親への挨拶をしていただきたく思います」

 

 

 

 その言葉に。

 今までにへにへと笑っていたウィルが、凍り付いた気がした。

 

 

 







 しんみりとした空気を吹き飛ばす唐突な爆弾投下。
 担当ウマ娘は「2人」いたッ!



 次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、もやもやと後輩たちの話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
 色々とミスが多かったです。言い訳になりますが、ちょっと余裕がなかった……。
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