転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 そろそろ走るか……♠





恋愛クソ雑魚と頼れる先輩両方の性質を併せ持つ♣

 

 

 

 私のトレーナーが、ブルボンちゃんのご両親にご挨拶するために、ブルボンちゃんと2人で出かけた。

 

 私の、トレーナーが。

 ブルボンちゃんのご両親に、ご挨拶するために。

 ブルボンちゃんと、2人で、出かけた。

 

 彼女の、実家に。

 

 …………いや?

 全然気にしてないが。

 全く以てこれっぽっちも欠片たりとも少しだって気にしてないんだが???

 

 「君が間違ったら俺がいつでもその道を正すよ」なんていうパートナーどころか伴侶に告げるようなことを言ってきた後、というかよりにもよってその数十秒後に他のウマ娘のご両親に挨拶しに行くことを決めるとかいう浮気トレーナーのことなんて全然気にしてないが?

 というかそもそも私と歩さんの間には今更他者が挟まることなんてできようはずもない絶対的で不可侵の絆がある(はずだ)し、それはもう1人の担当ウマ娘となったブルボンちゃんだって例外ではないんだが?

 

 は? 「でもお前ご両親にご挨拶っていうイベントにビビってんじゃん」って?

 これっぽっちもビビってないんだが!?!?

 

 いいか? よく聞け。

 私は歩さんに、とうの昔に、実に1年半近く前に、両親に挨拶に来てもらってるんだよ。

 

 あの日、寒空の下、どこまでも真摯に私に向き合ってくれた歩さん。

 どこまでも真面目で、それなのに優しくて……だからこそ私は、当時の私にとってかなり重かった両親の話をできた。

 歩さんは、そんな仄暗い私の過去を、受け入れてくれた。

 その上で、私の両親に「ホシノウィルムさんをお預かりしています」とか「彼女を導きます」って言ってくれたんだ。

 

 更に、それだけじゃない。2回目の挨拶だってちょっと前に済ませた。

 もうこれは完全にそういうこと。実質的には婚約みたいなもんでしょ。違う? そっかー。

 

 まぁでも、その人の好さで私の心を溶かしてくれたのは歩さんで、そんな歩さんの心を救ったのは(多分)私なんだ。

 つまるところ、私と歩さんの間には、救い救われるという人とウマ娘が結ぶ中でも最も強固で無敵の関係性が築かれているのである。

 

 今更ブルボンちゃんが歩さんを連れてったとしても、その関係性が脆弱になるわけでもなく、また反転するわけでもなく。

 そうして大きな大きなアドバンテージがある以上、今更ブルボンちゃんに遅れを取るわけもなく……。

 

 つまり。

 「恋のダービー1番人気」はこのホシノウィルムだッ!! 依然変わりなくッ!

 

 

 

「あの、先輩?」

 

 

 

 ……と、強気に出たいところではあったが。

 実際のところ、事態はそう楽観視できる状況でもない。

 

 そもそもの話だけど、歩さんは担当のことを、恋愛感情を持って見たりはしないだろう。

 どこまでもトレーナーとしての使命に真っ直ぐで職務に忠実な彼は、担当ウマ娘のことを担当ウマ娘としてしか見ていない。

 言うならば、すごく真面目な先生みたいな感じ。生徒は生徒、恋愛対象には入らないのだ。

 

 故に必要なのは、直接的なアプローチ──つまり、告白だとかデートだとか、そういうちょっと恥ずかしくなるようなヤツ──ではなく、間接的で回りくどい、日常に内在するようなもの。

 

 歩さんにとってのヒロインというのは、日常を一気に塗り替える非日常系ヒロインではなく、幼馴染みたいな日常系ヒロイン。

 いつも隣にいて当然の存在だったが、ふとした瞬間に対象に「異性」を意識してしまい、そんな自分に自己嫌悪しながらも相手との新しい距離感を求める……みたいな。

 

 そういう関係性、そういう展開でしか、歩さんの担当ウマ娘である私が彼とお付き合いとかしたりするルートは存在しないのである。

 

 

 

 だからこそ、私は歩さんの隣で、積極的なアプローチは避けて明るい毎日をエンジョイしていたわけだけど……いやホント、アプローチにビビってたとかじゃなくあくまで戦略的にね? こうした方が良いと思ったからね?

 

 でも、やっぱり、競合相手が出てくると話が一気に変わって来る。

 

 それが生半可な相手ならば「最初の担当に勝てる担当ウマ娘など存在しない!」と言い放つこともできようが……。

 相手があのミホノブルボンとなると、お話が別のものとなるわけだ。

 

 え、何? なんでブルボンちゃんが特別かって?

 

 

 

 おっぱいがデカいからだよ。

 

 

 

 いやそんなトコ? と思われるかもしれないが、おっぱいが大きいことはこと恋愛においてはスーパービッグアドバンテージなのだ。多分。

 なにせ、前世知識にはなってしまうけど、ギャルゲーとかエロゲーにおいて巨乳ヒロインってもうそれだけで人気なんだもん。

 男性はやっぱり、基本的には胸の大きな女の子が好きなのだ。あとついでに一途な幼馴染とか清楚系委員長とかオタクに優しいギャルとかクール系優等生とかも好きらしい。男の人っていつもそうですよね! 

 

 ……てか時々思うんだけど、清楚系って何だろうね。逆説的に言えば清楚系じゃない子はみんな汚濁系なんだろうか。

 あとオタクに優しいギャルってのも前世じゃよく聞く概念だったけど、ぶっちゃけギャルだろうがそうじゃなかろうが、女の子の対応はその子の性格次第なので、オタクにも優しく接するギャルって実在はすると思うんだよな。まぁオタクに理解を示すかとか好意を持つとかはまた別の話だと思うけども……。

 

 いや、ちょっと話が逸れた。

 ブルボンちゃんのお胸の話に戻ろう。

 

 

 

 ブルボンちゃんは、実に豊満な体をしていらっしゃる。

 いや豊満っていうか、全身デカい。いわゆる恵体ってヤツだね。

 

 競走ウマ娘は本格化が始まる際に、その体型が最適なものに固定されるんだけど……ミホノブルボンにとってのそれは、大人の女性に近いものだったらしい。

 身長も高くて体格も良い。ぶっちゃけ見た目だけなら大学生でも十分通じるレベルの見た目だ。

 というか、顔の良さと胸の大きさまで含めれば、大学のミスコンも圧勝できる見た目、と言うべきか。

 

 そして先述の通り、男性の感じる異性の魅力において、胸の大きさは大きな加点ポイントになるっぽい。

 勿論個人の嗜好によっては、小さい方が好きとかない方がいいとかいっそ同性の方がいいとかあるだろうけども、基本的にはデカい方が好きっぽいんだ。ソースは前世のネット。

 

 つまるところブルボンちゃんは、ただそこに存在するだけで、ある程度とはいえ男性の気を引いてしまう可能性のある、魔性のウマ娘ちゃんなのだ。

 

 更に言えば、ブルボンちゃんってば、声も良いし性格も良いんだよね。

 いやまぁ、前世で言えば二次元に属してた女の子なわけで当然と言えば当然なんだけど……。

 たとえ次元が1つ増えたとしても、というか美少女度そのまんま次元が1つ増えたことで、彼女の美少女力は増していると言ってもいい。

 画面の中から飛び出してきた美少女そのものなんだもん、あんなのもはやズルだよね。そりゃあ惹かれるのも当然ってわけで。

 

 

 

 対して私ことホシノウィルムは……性格は、理想の女の子なんかじゃない、等身大のめんどくさい女だ。

 歩さんが他の子と絡んでると嫉妬もするし、モヤモヤもするし、寂しがるし、時には暴走することもある。多分男性からすると、そこそこめんどくさいだろうなって思う。

 

 その上外見も、ブルボンちゃんと違って色気なんて欠片もない、初等部の子供って言われても違和感のないロリロリボディだ。

 まぁ顔の良さはウマ娘の種族値で保証されてるけども……やっぱり男性からすると、ブルボンちゃんの方に魅力を感じるんじゃないかな。

 

 めんどくせーロリ体型女と、可愛げのある真面目なわがままボディ(中等部2年)。

 この2つを比べてどちらに魅力があるかなんて、火を見るよりも明らかだ。

 

 あんな強い武器を持った子が相手なら、覇王翔吼拳……もとい、私も私の強みを使わざるを得ない。

 

 最近ようやく恋愛クソ雑魚を自覚した私だが、対抗の手段と弾丸くらいは持っているのだ。

 本当はこんなことしたくはなかった。焦りすぎっていうか、それこそ歩さんの恋愛対象外の非日常系ヒロインになりかねないからだ。

 

 けど、こうなってしまえば、もはや猶予などない。

 「ご褒美権」を使って一気呵成に……!

 

 

 

 

「先輩!」

 

「んっ……え、何、どうしたの?」

 

 大声に反応して、巡らせていた思考が引き裂かれる。

 

 そうしてようやく視界に入ったのは、トレセン学園のグラウンド、ターフより内周に敷設されたダートコース。

 ……そう言えば私、トレーニングの最中だったっけ。

 

 あー、マズいな。流石にトレーニング中にぼんやりし続けるわけにはいかない。

 

 先日も確認した通り、私は歩さんのウマ娘として、事故を起こしたり怪我をするわけにはいかない。

 彼が望むのは、担当の栄光ではなく、その安寧。

 勿論トレーナーとして全力で支えてはくれるけど……根本的に、歩さんは私たちの帰還をこそ喜ぶ人間なのだ。

 

 そして私は、彼のウマ娘だ。

 彼の「担当」ウマ娘でも「競走」ウマ娘でもない。彼のパートナーたるウマ娘。

 

 であれば、私は彼の望みをこそ、最優先にすべきだ。

 勝利よりも安定を。一瞬の輝きよりも長い競走人生を。

 それこそが、堀野歩とホシノウィルムというペアの、基本指針なのである。

 

 勿論、歩さんとブルボンちゃんや、あるいは来年以降増える気しかしない新たなる担当の子たちとの関係は、また違ったものになるかもしれないが……。

 

 ウマ娘とトレーナーの関係に正解はなく、それこそ十人十色の形がある。

 私と歩さんの指針はそれ、というだけである。

 

 

 

 改めて、脚を止めて、一度大きく深呼吸。

 

 そうして、後ろから付いて来る、へとへとな後輩ちゃんに話しかけた。

 

「ごめんね、ソウリちゃん。ちょっとボーっとしてた」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ソウリちゃん、もとい、ソウリクロスちゃん。

 私の可愛い後輩ちゃんの1人だ。

 

 ブルボンちゃんやライスちゃんと同期の、トゥインクルシリーズに属する現役競走ウマ娘。

 広義においては、私と同じ逃げの脚質を用いる子でもある。

 ……というか、私の走りに憧れて逃げをメインの戦術にしてくれたらしい。なんとも嬉しい話だね。

 

 実のところ、最近、彼女とはちょっと絡みが少なかった。

 というのも、私が大阪杯を前にして追い切りしてたからね。流石にシニア級の追い切りにクラシック級の彼女を巻き込むわけにもいかなかったわけで。

 

 で、その追い切りを必要とした大阪杯が終わった今、私にはちょっと余裕がある。というか、どうしても余裕が発生してしまう。

 公式G1レース、それもテイオーとの激戦で負った疲労を、天皇賞までに抜かなきゃいけないからだ。

 そんなわけでこれから1週間程度は、一旦トレーニングの負荷を下げることになった。

 その上なんと、危険な選択をした罰ということで、自主トレ禁止も厳命されてしまった。泣きそう。

 

 そんなわけで今日の午後は、軽く流す程度にダートコースのランニングをする予定だったんだけど……。

 

「あ、先輩」

「ソウリちゃん? お久しぶり」

「お久しぶりです!」

 

 偶然にも食堂で、ソウリちゃんと遭遇。

 せっかく負荷の軽いトレーニングだしってことで、昌さんの監修の下、トレーニングを共にすることになった、というわけだ。

 いや、共にすることになったっていうか、共にするようにお願いして拝み倒した、が正しいんだけど。

 

 歩さんにも確認した後、渋々という表情で頷いてくれた昌さん。

 その後、あっちのトレーナーさんに確認を取ってもらったんだけど、特に問題もなくするっと話が通ったらしい。どうやら私のネームバリューも大きな仕事をしたのだとかなんだとか。

 

 そんなわけで突発的に始まった、ソウリちゃんとの併走中……。

 私はぼんやりしすぎて突っ走っちゃったらしく。

 

 気付けば、必死に私に付いて来ようとしたソウリちゃんは、かなりへとへとになっていた。

 

 以上が、事の顛末なのでした。

 ……なっさけないなぁ、私!

 

 

 

 * * *

 

 

 

 昌さんからスポドリを2本受け取って、ターフに座りこんじゃったソウリちゃんに片方渡しながら、ゆったりとした調子を心がけて、声をかける。

 

「ほんとごめんね、ちょっとぼんやりしてて……。先輩としてちょっと情けない」

 

 本来先輩ならば、後輩ちゃんには弱みなんて見せるべきじゃない。

 ことに私は、これでも結構強めの先輩なのだ。いや別に競走の成績と人柄に相関関係はないだろうけども、せっかくなら強くて頼れる先輩と思ってほしいじゃん?

 

 そんなわけで、私は後輩ちゃんの前では、頼れる先輩たろうと心がけていたのだけれど……。

 こんなカッコ悪いトコ見せちゃ、先輩失格だよね。自分の至らなさにちょっと落ち込むくらいだ。

 

 そんな私に対して、ソウリちゃんは疲れた様子ながら、ぶんぶんと両手を振ってくれた。

 

「い、いえ、そんなにお気になさらず! 先輩も、やっぱり大阪杯でのアレとか、色々考えなきゃいけないことあるでしょうし……」

 

 ソウリちゃん、優しいなぁ。

 私のせいでかなり疲れただろうし、多少なら八つ当たりしたっていいのに。

 やっぱりウマ娘って基本聖人メンタルっていうか、良い子が多いよね。

 

 あと、別に大阪杯のことを考えてたってわけではないんだけど……わざわざ説明するにはアレすぎることだし、そこに関しちゃ一旦スルーで。

 取り敢えず、今はしっかり謝罪せねば。

 

「ごめん、次からは気を付けるよ」

「大丈夫です。それに、私も……将来的には、先輩について行けるようにならなきゃいけませんしね」

「うん、そうなってくれるのを待ってるよ」

「あはは……。一体いつになることやら」

 

 ソウリちゃんは控えめに笑顔を浮かべた。

 ……けど、その表情にはどこか、ほんの少しだけ悲しみが隠されてるように思えた。

 

 私に……というか、強いウマ娘に追いつけないことに、少なからず思うことがある……んだろうか。

 んー、何かあったのかな、これ。

 

 これに近い感じは……あぁそう、今年の初め辺りにもちょっとあったような。

 いやでも、あの時とは全然違うな。

 

 捻くれてるとか、やさぐれてるって感じじゃない。

 ただ、なんかこう……落ち込んでる?

 

 

 

 ソウリちゃんは今、落ち込んでいる。

 ただ、それはぱっと見ではわからない。皆を心配させないようにっていう気遣いからだろう、対外的には何事もないように取り繕ってるからだ。

 

 でも、仮面被りのプロである私からすれば、すぐにわかるレベルのペラペラの嘘だ。

 彼女は今、確実に、何かの悲しみを抱えている。

 

 その悲しみの所以は何だろうと、私は頭を捻った。

 

 今年の頭、彼女はブルボンちゃんのあまりの強さに、やさぐれていた。

 一緒に走っても、全然追い付けない。その差が全く埋まらない。

 彼我の実力の差を知って、それに腐っていたんだ。

 

 でも、今の彼女は、あの時とは……なんというか、少し雰囲気が違う。

 苛立ちとか焦りみたいなものはなくて、彼女が見せているのは、静かな諦観と……そして、仄かな憧れのような表情で。

 

 ……うん、悩むのは性に合わないな。素直に聞いてみよう。

 

 

 

「ソウリちゃん、何かあった?」

「いや、別に何も……」

「言ってみなよ。誰かに相談した方がすっきりするだろうし……ただの愚痴でも、聞いてあげるから」

「…………あー、もう、本当。先輩、目良すぎです。全然隠せないですね」

 

 彼女は苦笑した後、両手で持つペットボトルに視線を落として、語り出した。

 

「……なんていうか、最近になって、ようやくわかってきたんです。ブルボンちゃんのすごさ」

「ブルボンちゃんのすごさ、か」

「はい」

 

 ソウリちゃんの手の中で、スポドリのペットボトルがべこっと音を立てる。

 

 彼女は「おっとと」って冗談めかして言った後、一度深呼吸して、空を見上げて静かに言う。

 

「……この前のスプリングステークスを見て、あー、モノが違うなって思っちゃって。

 とんでもない速さでスタートして、その速度を維持したままゴールって……とんでもないですよ。そんなことできれば、そりゃあ最強じゃないですか。

 私、自分も一緒に走ったらってイメージして……でも、全然勝てなくて。ブルボンちゃんの走りも、レースの展開も全部わかってるのに……それなのに、どんなに贔屓目に見ても3着とか4着が限界で」

 

 ……スプリングステークスのブルボンちゃん、ぶっちゃけかなりすごかったからなぁ。

 

 スタートから一気に抜け出して他の子たちからの干渉と展開による不利を防止し、スタミナを活かしてリードを広げたままに疾走し続け、終盤まで垂れずに駆け抜ける。

 

 あれは私の走りにも近しいもの。

 歩さんから伝えられた、彼女の目指していた走りの、完成形だ。

 

 そりゃあ強い。まだ未熟で自分の走り方を確立してない同期の子たちじゃ、相手にならないだろう。

 これが長距離ならば話は別だったかもしれないけど、スプリングステークスはマイル距離、ブルボンちゃんの大得意な距離だったものね。

 

 そんなわけで、あまりにも強い走りを見せたブルボンちゃんだったけど……。

 強い光は、それだけ濃い影を生むもの。

 あの走りは、ソウリちゃんを含めて、多くの子に彼女との格の違いを悟らせたのかもしれない。

 

 

 

 ……が。

 それでソウリちゃんの心が折れているかと言えば、そうではなかった。

 

「すごいですよね、ブルボンちゃん。スタミナとかスピードもそうですけど、やっぱり何よりあのペースキープ……。あれ、実質的には外部からペースを乱せないみたいなものじゃないですか。

 どうにかするには、彼女の内面を揺さぶらないと駄目……でも、前には見せてた掛かり癖も最近はあんまり見られないみたいですし、どうすればいいのかって考えると、ちょっと憂鬱になって」

 

 独り言っていうか、多分愚痴みたいな感覚なんだろう、彼女は弱音を吐く。

 

 ……でも、その弱音は、決して勝負を投げ出したものじゃない。

 むしろ、強敵相手にどう抗するか、必死に考えてのものだった。

 

 それを聞いて、私は思わず、彼女には聞こえないくらいの小声で「へぇ」って呟いてしまう。

 

 ソウリちゃん……思ってたより、ずっと面白くなってるじゃん。

 

「……それだけ差を実感して、諦めてないんだね?」

「当然ですよ。言ったじゃないですか、菊花賞に出て、ブルボンちゃんに勝つって!

 今もその目標は変わってません。……ただ、その難易度が思ってたより高いって、今更ながらに痛感してしまった、ってだけで」

 

 ため息を吐いていたソウリちゃんは一転、ぐっと拳を握り締めてやる気をアピール。

 ……が、すぐにへろへろと力は抜けてしまった。

 

「……わかってるんですよ。というか、真剣に勝とうとしてたら、わかりました。

 私とブルボンちゃんじゃ、モノが違う。素質とか適性とか、あるいは努力の才能とか、そういうものが致命的なくらいに足りてないって」

「まぁ……そうだね」

「うぐっ、わかってたけど先輩に肯定されると傷つきますね……」

 

 実際、ブルボンちゃんとソウリちゃんでは、残酷な差がある。

 

 ミホノブルボンは、歩さんも認めるトップクラスの優駿だ。

 とんでもないストイックさによる過酷なトレーニングと、彼女自身の柔軟で素直な体質によって培われた、高すぎるくらいの基礎スペック。

 ソウリちゃんも警戒してる、正確無比な感覚器官による、完璧なペースキープとスタミナ管理。

 そこに、歩さんの教える安定した勝利のための技術と、走り方の方針が加わるんだ。

 

 ぶっちゃけ、前世アニメのようにライスちゃんが菊花賞で彼女を差し切れるかはかなり微妙……というか贔屓目なしにブルボンちゃん優勢だと思う。

 それだけ、今の……あのスプリングステークスのブルボンちゃんは、驚異的だった。

 

 対して、ソウリちゃんは……言葉を濁さず言えば、トップクラスとは言い辛い。

 優駿ではあるが、あくまで重賞級のウマ娘って感じだ。

 

 決して勝てないウマ娘じゃない。

 むしろ「自分は普通のウマ娘」という言葉に反して、彼女はかなりの上澄みだ。重賞レースにだって十分出走可能だろう。

 

 でも、上澄みの、更に上澄みにはなれない。

 勝ててもG2が限界で、G1勝利はかなり運とか展開が噛み合わないと……あるいは、どう足掻いても望めない。

 それが、私から見たソウリクロスというウマ娘だった。

 

 

 

 けど……。

 

 あるいは、その評価は改めるべきかもしれないな。

 

 

 

「……でも、今のソウリちゃんは、結構手強そうだ」

「え?」

 

 歩さんもよく言ってるけど、ウマ娘のレースの勝敗は、シンプルな能力差だけで決まるわけじゃない。

 むしろ、それぞれの想いとか気合とか、そこから湧き出るいつも以上の力や領域。

 そういったもののウェイトも、これがなかなか大きいのだ。

 

 だからこそ、今のソウリちゃんは、ちょっとばかり侮れない。

 

「ソウリちゃん、本気になってようやく差が実感できたって言ってたよね。

 それってつまり、ブルボンちゃんとちゃんと競えるレベルになったってことだよ」

「……え、っと」

 

 あー、この辺りって案外本人は自覚しにくいもんな。

 何と言って伝えるべきか頭の中で筋道を立てながら、私はスポドリを口に含み、飲み込んでから言った。

 

「まだトレセンにも入ってない子ってさ、走ることの厳しさとか苛烈さとか全然知らないし、上澄みがどれだけすごいかもわかんないから、自分も活躍できるかもって思うでしょ?」

「うっ、こ、心が痛い……」

「大丈夫大丈夫、みんなそうだよ。私もそうだったし」

「私も……って、ウィルム先輩も!?」

「あはは、私だって普通のウマ娘だからさ。入学した時は、私は最強のウマ娘で勝って当たり前、負けるはずがない、なんて無意識に思い込んでたよ」

「そ、それは……あながち間違いでもないのでは」

「そんなわけないさ。実際、これまでの人生で2回、負けたことあるし」

「逆に言うと2回しか負けたことないんですね……」

 

 片方は最初の模擬レース、もう片方は去年の有記念だ。

 公式非公式含めて、私が敗北したレースはあの2つきり。

 

 ……そう言えば、あの最初のレースで私を下した栗毛の子、今は何をしてるんだろうか。

 名前も聞かなかったし顔も覚えてないから、はっきりしないんだけど……。

 

 あぁいや、思考が逸れてるな。

 それでさ、と話を戻すことにした。

 

「そういう子が現実を見ることができないのはさ、余りにも実力差が開きすぎてるから、って部分もあるんだよ。

 例えるなら、天上の星。あまりにも遠すぎるから、どれくらい遠いのかすらよくわからない」

「あぁ、その感覚はわかります。ウィルム先輩がまさにそんな感じですし」

「ありがとう。……でもさ、ソウリちゃんにとってのブルボンちゃんは、そうじゃなくなったんだよね?」

「っ、……なる、ほど」

 

 そう。

 今のソウリちゃんにとって、ブルボンちゃんは天上の星ではない。

 

 本気になって彼女を追いかける内、ソウリちゃんはブルボンちゃんへの現実的な距離を掴んだ。

 自分と彼女がどれだけ離れていて、どれだけその距離を詰めるのが厳しいのか、それを理解することができたんだから。

 

 謂わば、今のソウリちゃんにとって、ブルボンちゃんは天上の星ならぬ、天井の星飾り。

 背伸びして、道具を使い、脚立を用いれば、十分にその手は星に届き得る。

 

 それを称して、私は「ちゃんと競えるレベルになった」と言ったのだ。

 

 

 

「それに、自分が相手より劣ってることを真正面から認めて、その上で相手に勝つためにどうすればいいのか、必死に考えてるでしょ。

 そういう手合いが一番怖いって、私は知ってる」

 

 諦めない。

 言葉にすれば簡単そうに聞こえるけど、実際はすごく難しいことだ。

 

 頑張ることは、辛い。

 それが無理難題のためであれば、尚更に。

 

 星は遠い。手を伸ばしても、届くわけがない。

 土台最初から無理だった。人の身、ウマ娘の身では、星を掴むことはできない。

 

 そう言って自らが志した道を諦めるウマ娘を、私は、私たち中央トレセン学園所属のシニア級ウマ娘は、文字通り山程見て来た。

 

 星の遠きに望みを絶たれ、競走ウマ娘として死んでいく。

 上を目指すことを諦めて、ただ1つの栄光を譲って、腐り落ちていく。

 ……ハッキリ言ってしまえば、中央トレセンとはいえど、殆どのウマ娘はそういう道を辿るんだ。

 

 そんな中で……周りが努力を諦めて楽になっていく中で、自分1人だけはそれを貫く。

 

 それは、とても虚しく厳しい道で……。

 

 だからこそ、それができる子は、怖い。

 

 

 

 私は、それをよく知ってる。

 

 いくつかの模擬レースと、菊花賞で見たように。

 日本ダービーと大阪杯で見たように。

 

 あるいは、出走したレースで何度も何度も見る、多くの顔触れのように。

 

 「どれだけ辛くとも、1着を諦めないこと」。

 それはきっと、「優駿」となるための、必須条件の1つなんだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「先輩……」

 

 私が語り終えると、ソウリちゃんは、どこかポカンとした表情でこちらを見ていた。

 

 ありゃ、唐突すぎたかな。思いのまま言っただけなんだけど。

 

 私は改めて、言葉を紡ぐ。

 

「確かにブルボンちゃんは、掛け値なしに強いよ。なんてったって私のトレーナーが育ててるんだもん、間違いなく今年のクラシック三冠最有力候補だ。

 でも……ソウリちゃんは、それを崩し得る一角になるかもしれないって、今なら思える」

 

 単体じゃ……うん、ちょっと無理かもしれない。

 

 確かに今のソウリちゃんは怖いけど、相手は歩さん旗下のブルボンちゃんだ。

 ソウリちゃんと戦う菊花賞の頃には弱点は全部潰されてるだろうし、彼女の走りは完成を超えて安定してるだろう。なんなら領域を習得してる可能性すら高い。

 

 そんな状態の、十全すぎるブルボンちゃんに、単身で挑んで勝てる同期の子は……多分、いない。

 ぶっちゃけあの鬼がかったライスちゃんですら、まともにやって勝てるかわからないくらいだ。

 

 ……でも、競走っていうのは、常に1対1のタイマン勝負ってわけじゃないからね。

 

「どれだけ頑張っても、状況が悪すぎると負けちゃうことはある。私の有記念もそうだったし」

「サイレンススズカ先輩が、先輩を擦り減らして……スペシャルウィーク先輩が、差し切った」

「そうそう、それ」

 

 正直、あの時の記憶には、あまり苦みがない。

 悔しいことは間違いないけど、清々しい悔しさしか残ってないというか……まぁ、歩さんが復活したっていうのもあるだろうけど。

 

 だから私は、割と気軽に、それを言うことができた。

 

「だからソウリちゃんは、あの時の、ホシノウィルムに対するサイレンススズカになればいい。

 ……あぁ、勿論、擦り減らすだけ擦り減らして負けろって意味じゃないよ? そうやってブルボンちゃんを追い詰めて、誰かと一緒に倒して……それで、一番美味しい一着を持っていく。

 まだ現実的なプランとは言い難いけど、それが一番、勝ち目のある展開じゃないかな」

「スズカ先輩に……」

 

 ソウリちゃんは、ちょっと考え込んでたみたいだったけど……。

 何か決意したようにコクリと頷き、こっちを見上げてくる彼女の瞳は、決意の光に満ちていた。

 

「……やってみます。私は私なりに、私にできることを」

「うん。ソウリちゃんの走り方、きっと見つけてね」

 

 気合を入れ直したらしい後輩ちゃんと一緒に、私はしばらくの間、心地よく走ることができたのだった。

 

 

 







 なお数時間後の栗東寮某室には、「両親にご挨拶とかNTRやんけ~~!!」とベッドに顔を埋めるクソカッコ悪い先輩がいた模様。
 寒暖差でグッピーが死ぬ。



 次回は3、4日後。トレーナー視点で、走りを楽しむということの話。



(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!
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