転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 ブルボン父とかいう原作に殆ど台詞が存在しないエミュレートキラー。
 性格とかも解釈の余地ありですし二次創作殺しすぎませんかねこの人……。





此方も信じねば…無作法というもの…

 

 

 

 俺のもう1人の担当ウマ娘であるミホノブルボンの故郷は、トレセンから南に飛んで本州を抜け、九州の片田舎にある。

 

 九州には俺の兄が勤めている地方トレセンがあるんだけど、そこからも少し離れた場所。

 そこそこの家と、それ以上の数と広さの畑や田んぼが敷き詰められた……という程ではないにしろ、そこらじゅうにある地方。

 しっかりとコンクリで舗装された道と土で固められた道が、大体同数くらいになるようなところ……と言えば、この辺りの環境も少しイメージしやすくなるだろうか。

 

 徐々に暑くなってきた空気の中に、むせ返るような土と草の匂い。

 中央に出てからは見ることの少なかった山々の緑は白く霞み、澄んだ空気が肌に心地良い。

 平地よりもずっと多く、ぼこぼこして走りにくい坂道の数々は、通行にはともかく脚を鍛えるには向いているかもしれない。

 

 どこか既視感を覚えるような、穏やかで温かい時間が流れる静かな場所。

 

 ……ミホノブルボンというウマ娘は、ここで生まれ育ったんだな。

 

 肌寒く静謐なホシノウィルムの故郷に赴いた時とはまた違う、嬉しいような感動するような、複雑な感慨が込み上げた。

 

 

 

 ……まぁ、とは言っても、俺にとっては割と見慣れた光景ではあるんだが。

 

「不慣れな方からすると、多少歩行難易度が高い可能性があります。地面の凹凸にご注意ください」

 

 空港から出て電車に乗り、それから歩くことしばらく。

 その内、地面の舗装は荒くなり始め、側溝の蓋もガタガタし出した。

 

 ブルボンからすれば、そういう部分を注意したつもりだったんだろうが……。

 そこに関しちゃ心配は無用だ。

 なにせ俺は「不慣れな方」ではない。幼い頃に散々体験したからな。

 

「心配ない。というのも、俺も地元は九州の田舎で、しかも家は山の中だったからな。こういう道には慣れている」

「そうなのですね。新規情報を獲得、アーカイブに保存します」

「いやまぁ、わざわざ覚えてもらう程の情報でもないんだけどな」

 

 生真面目なブルボンに苦笑しながら、俺は見慣れない、そして同時にどこか見覚えのあるような景色に目をやる。

 

 この、すぐそばに生命豊かな自然がある感じ。

 中央にいればすぐに忘れるかとも思っていたが、やはり故郷の気配ってのは覚えているものだなぁ。

 

 

 

 

 ……と。

 

 事が事だ、流石にずっと悠長に構えてはいられない。

 

「さて、ブルボン。改めて、今日の目的だが……」

「はい」

 

 彼女は俺の横を歩きながら、1つ頷き、言った。

 

「私の両親に、ご挨拶いただきたいと思います」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ブルボンの実家は、小さな一軒家だった。

 

 ……いや、待て、全然そんなことないわ。

 だいぶ掠れて来つつある前世の記憶を参照すれば、むしろ一般家庭としては大きい方だと言えるはずだ。

 単純に名家の経験で俺の価値観がバグってるだけだこれ。あんまり良くないな、気を付けないと。

 

 ちょっと前に聞いた話、ブルボンの父親は元々地方のトレーナーだったという話だ。

 中央に比べれば流石に見劣りするとはいえ、ウマ娘のトレーナーは専門職で高給取り。彼女の家庭の懐事情は決して悪いものではないはずだ。

 

 

 

 さて、そんな家の前で、俺はブルボンにバレない程度に小さく深呼吸した。

 ……うん、流石に緊張が避けられないな。

 

 ウィルの両親の墓前に向かう時にも緊張はしたけど……。

 最初に行った時には、まだ堀野のトレーナーという仮面を被っていたから、ここまで強烈な緊張感は覚えなかった気がする。

 そして二度目は……今思えば、ウィルと2人だったから、そこまで緊張しなかったのかな。

 

 更に言えば、ウィルはご両親が既に他界していたため、ご挨拶とは言ってもあくまで墓前での報告に過ぎなかった。

 思えば、これは俺にとって初の、担当ウマ娘のご両親との対面か。

 そりゃあ初めてのことであれば緊張もしようというもの。

 

 無理に気に入られる必要はないにしろ、失礼のないようにせねばと、俺は改めて気合を入れ直す。

 

「マスター」

「あぁ」

 

 こちらを見てくるブルボンに頷きを返すと、彼女は自宅のドアを規則的に三度叩いた。

 

「はい、少々お待ちください」

 

 すぐさま返って来たのは、壮年の男性らしい声。

 そのまま少し待っていると、ドアのカギを開け、俺たちの前に1人の男性が現れる。

 その人こそは……。

 

「……久しぶりだな、ブルボン」

「はい、お久しぶりです、お父さん」

 

 ミホノブルボンの、父親だった。

 

 

 

 ミホノブルボンの、父親。

 彼を見て感じた第一印象は……俺の父に似た人だな、というものだった。

 

 いや、勿論だけど血が繋がってるわけじゃなく、見た目は似ても似つかない……とまでは言わないまでも、別に似ているわけではない。

 

 父は割と顔の彫りが浅い方だったが、ブルボンの父親は逆に深かったり。

 更に、父に比べればブルボンの父親はいささか体格に劣るところもある。……いやまぁ、日本人の平均身長からするとむしろ俺の父の方がちょっとデカいんだろうけど。

 

 そういったもの以外にも、いくつも小さな違いがある。

 故に、見た目は全く異なるんだが……。

 

 どことなく、雰囲気が父に近い気がするんだよな。

 自分にも他人にも厳しくて、いつも凛々しく厳めしくて……でも、根は不器用ながら優しくて。

 そんな父に、少し似ている気がしたんだ。

 

 

 

 そして……よく知る人に似ていたからだろうか。

 俺は抱えていた緊張が解れていくのを感じながら、そこまで気負うことなく声を出すことができた。

 

「こんにちは。ミホノブルボンさんをお預かりしている、堀野歩と申します」

 

 彼は厳めしい表情のまま俺に目を向け、見定めるように軽く視線を巡らせた後、コクリと頷いた。

 

「ようこそいらっしゃいました、いつもブルボンがお世話になっております」

 

 非常に慇懃で、しっかりとした態度だ。

 ……けれど、彼がこちらにいささか強い警戒心を向けてきているのもわかる。

 

 ま、それも当然だろう。

 ブルボンのご両親ときちんと話すのは初めてのことで、あちらからすれば自分の大事な娘がどこのウマの骨に育てられているのかもわからないのだ。

 

 今日は会話を以て互いへの理解を深め、少しでも信頼感や連帯感を培い、信頼を得られればいいな、と思ってるんだが……。

 どうだろう。俺のやり方が気に入っていただければいいんだけど。

 

「さぁ、どうぞ中へ。……ブルボン、お前のトレーナーさんを案内してあげなさい」

「はい。それではマスター、私の先導に続いてください」

 

 トレーナーとして1つの戦場に向かうような心地の俺を置いて、ブルボンは気持ちいつもよりテンション高く、実家の扉を潜ったのだった。

 

 普段はあまり感情を表に出さない……というかあまり感情の起伏が激しくないブルボンではあるが、やはり久々にご両親に会えたことは嬉しいんだろうな。

 彼女の珍しい歳相応の姿に、俺は自然と頬が緩むのを感じた。

 

 正直、その気持ちはよくわかる。

 俺も去年帰省して久々に父に会えた時なんかは、流石にちょっと嬉しかったし。

 

 生まれ育った家というのは、どうしても愛着が湧くものだ。

 愛用の家具だとか、よく知る傷の入った壁、使い慣れたコップに、懐かしい味。

 そういったものに包まれる、絶対的な安全地帯。思わず気を抜いてしまう自分の場所。

 

 いつもは機械的で淡々としているように見えるブルボンにも、そういう愛着を持った実家があり、家族がいるのだろう。

 

 

 

 ……彼女にも、そういう場所が用意できればいいんだけどな。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて。

 応接間に通された俺は、改めてブルボンと隣り合って座る、彼女の父親と向き合った。

 

 厳めしい表情でこちらを見て来る彼は、恐らく自分の愛娘に相応しいトレーナーかどうか、俺のことを見極めようとしているのだろう。

 

 彼にとってミホノブルボンは、優駿だとか競走ウマ娘である前に、大事な1人の娘であるはずだ。

 故にこそ、中央トレセンにおける保護者の代替であるトレーナーを、おかしな人間に対して許すわけにはいかないのだろう。

 

 ここで俺が信頼に値しない人物であると認識されれば……最悪、今後のブルボンに対するトレーナー業務にも関わって来るかもしれない。

 

 

 

 ……まぁ、だとしても、俺が取るべき態度は変わらない。

 飾ることなく、俺は俺らしく、だ。

 

 俺は、ホシノウィルムとミホノブルボンのトレーナーだ。

 彼女たちを導く者であり、彼女たちに全幅の信頼を寄せてもらえる人間だ。

 そんな俺が、自分のやり方に自信を持たず、他人の前で取り繕うというのは、ある意味で彼女たちへの裏切りになる。

 

 俺がすべきは、常に最善を尽くし、自分のやり方とその結果に自信を持つこと。

 自分が育てたウマ娘は間違いなく最高の状態だと、胸を張ることだ。

 だから過剰に卑下したり、自分のやり方や在り方を否定するようなことは、担当たちのことを思えばこそ、してはならないのである。

 

 ……以上、ちょっと前に昌にいただいた説教の受け売りでした。

 

 当時は全くその発想がなかったんだが、言われてみれば道理な話だ。

 最近はそれに気付かなかった自分の察しの悪さを恥じながら、彼女から教えてもらったことを実践しようと心がけているところ。

 

 とはいえ、自信はこれまでの成功体験の積み重ねだ。

 才能が欠如し、色々と躓くことも多かった俺が、一朝一夕で身に付けられるとは思わないが……。

 そこは、これから改善していくしかないだろうな。

 誠心誠意担当たちのために頑張って、それで彼女たちが無事に勝ち続けられたら……いつかは俺も、自分に自信が持てるようになるだろうか。

 

 ……しかし、相変わらずよく物事を考えてるというか、俺の気付かないことを教えてくれるよなぁ、昌。

 一応、トレーナー業という意味じゃ、俺が1年半以上先輩のはずなんだが……。

 それでもこうして教えてもらうことがあるっていうのは、やっぱりあの子の要領の良さ、俺の要領の悪さが故なんだろうな。多分。

 

 

 

 そういうわけで、俺は他者に対してトレーナーとしての自分を取り繕うことを禁じた。

 勿論、それは担当ウマ娘の父親に対面している今も変わらない。

 

 担当ウマ娘の保護者の方との関係性は、良好にしておくに越したことはない。

 そういう意味では、取り繕ってでも彼の機嫌を取る、というのも選択肢の1つなのかもしれないが……。

 

 優先順位を間違ってはいけない。

 俺にとって一番大事なのは、担当ウマ娘自身だ。

 

 彼女たちへの裏切りになると言われれば、取り繕いなど許されない。

 たとえ相手が彼女たちの父親だとしても、嫌悪されるリスクがあったとしても。

 俺は精一杯、俺なりの誠意を尽くすだけだ。

 

 

 

 そんなわけで。

 

「改めて、本日はお招きいただきありがとうございます。こちら、お受け取りください」

 

 俺は対面に座るブルボンの父に向かって頭を下げ、手土産を渡す。

 何を置いても、まずは礼儀だ。

 礼儀というのは、自分は相手と同じ共通認識があり、話し合え理解し合える存在であるという意志表明。これを欠いて会話というものは成立しない。

 ことに今回は、相手が担当ウマ娘の父親。俺は大事な一人娘をお預かりしている身なのだ。言葉でも態度でも礼を尽くすに越したことはない。

 

「お気遣いありがとうございます」

 

 対してブルボンの父親も、これまた慇懃な態度で返して来る。

 あちらもこちらと同じ気持ちだと嬉しいんだが……まぁ、むしろ娘を育成する者として俺のことを見極めようとする警戒心の方が強いかもしれないな。

 

 そんなことを思っていると、彼は横に座るブルボンをチラリと窺った後、改めて話を始める。

 

「どうでしょう、最近のブルボンは」

「トレーニングという意味であれば、ミホノブルボンさんはとても頑張ってくれていると思います。

 トレーナーをなさっていたということで既にご存知のことと思いますが、彼女は外部からの刺激に対して非常に素直な体質です。強い自制心もあり、現在は順調に能力を伸ばしています」

 

 こちらデータです、と予め作っておいた資料を差し出す。

 ブルボンと契約してから1年弱の、彼女のステータス……を、そのまま出すのは流石に怪しすぎるので、タイムや走破距離の数値を並べているものだ。

 更に、その横にはかつて堀野家に半ば死蔵されていた各種データも並べ、比較できるようにしてある。

 

 それらを見てみればすぐにわかるけど、ブルボンの成長率は、ちょっとばかり抜けている。

 前述の通り、彼女の成長率とトレーニングへの前向きな姿勢がもたらした結果なんだろうが……。

 

 

 

 ブルボンの父親は、数分間それらをめくり、眺めていたが……ピクリと、その手が止まった。

 ページ数からして、数か月前のデータか。

 

「確かに、急激に成長していますが……やはり、中長距離は……」

「ええ。マイルに比べると、些か伸びが悪かったことは事実です」

 

 ミホノブルボンは、間違いなく優駿だ。

 しかし、いくら優駿であろうとも、適性……というか、血統の壁というものはある。

 

 今ここにはブルボンの母親はいないが、聞くに彼女もまた競走ウマ娘だったのだという。

 彼女が所属していたのは地方のレースシリーズで、走ったのは主に短距離からマイルのレース。

 つまるところ、彼女の適性はスプリンター向きのものであったということで……。

 その娘であるブルボンもまた、生まれ持った適性はそちらに寄っている。

 

 逆に言えば……本来中長距離は、彼女の本分ではないのだ。

 

 もしもブルボンがクラシック三冠を夢見ていなければ、俺は間違いなく、彼女の適性に合った道を勧めただろう。

 クラシック三冠ではなくトリプルティアラ、あるいは三冠系のレースに拘らず、スプリンターズステークスやマイルチャンピオンシップなどを主眼に据えてもいい。

 そうして担当ウマ娘が最も活躍できる場所を選定するのも、俺たちトレーナーの仕事だからな。

 

 しかし、実際には、俺たちは異なる道を選んだ。

 ブルボンが結果を残せるかわからない、クラシック三冠という道を。

 

 

 

 あるいは、今更ながらにその判断を疑われたのかもしれない。

 ブルボンの父親は、少しだけ目を細めて、こちらを見てきた。

 

「堀野トレーナーは……ブルボンの三冠という目標を、どう思われていますか?」

 

 ……難しいことを聞かれてしまったなと、内心で苦笑する。

 

 これは、「トレーナーとしてどのようなあり方が正しいか」と同じ、正答のない問いだ。

 

 ブルボンの目標を支持すると答えれば、それは即ち彼女に無理と困難を強いることになり。

 ブルボンの目標を否定すると答えれば、担当の意志を無視して走らせることになる。

 

 どう答えても、どうあっても、何かしらの負の側面は避けられない。

 

 ……今一度確認するが、俺は今後、自分のやり方に嘘は吐かない。

 自分のやり方、取った判断、これからの未来を卑下も誤魔化しもするべきじゃない。

 しかしその上で、できる限りこの人の……担当の親御さんの信頼は得たい。少なくとも「お前などトレーナーとして認めない」という展開だけは避けなければならない。

 

 目標地点はそこで、そのための筋道は……殆ど整ってると言っていいだろう。

 一度まぶたを閉じてシミュレーションし、俺の本心を彼に向けて告げた。

 

 

 

「先に申し上げておきますと、私は個人の方針として、担当ウマ娘の望みを第一に考えます。

 トレーナーの仕事は、彼女たちの持つそれぞれの夢を叶えるための助力。その達成への現実的な道を整え、舗装し、彼女たちが走れる状態へすることだと思っています」

 

 それは、俺がまだ堀野のトレーナーであった頃に持っていた指針に似た理念だ。

 

 トレーナーは自らを捨てて、担当ウマ娘に尽くすべし、と。

 流石に今は、そこまで苛烈な思考は持っていないが……。

 

 それでも、担当になった子たちの抱いた想いは、遂げさせてやりたいと思う。

 

 トゥインクルシリーズは、全国に住む何万というウマ娘が切望する、輝ける舞台。

 彼女たちが勝利を望むレースにおいて、勝利できるウマ娘は18人中1人だ。

 そしてそんな苛烈で厳しい戦いを、天気やバ場、出走ウマ娘といった条件が一致する戦いを、彼女たちは一生に一度しか体験できない。

 

 『勝者の一滴の汗と、敗者の海の如き涙。それを受けて輝くのがトゥインクルシリーズだ』、と。

 あの日に聞いた、今でも耳に残っている父さんの言葉は、決して嘘偽りではない。

 1人の勝者を生むために17人の敗者が生まれ、二度と同じレースを走る機会は訪れない。

 そんな残酷な世界なのだ、ここは。

 

 ……であればせめて、彼女たちが子供心に抱いた夢と希望を、可能な限り叶えてやりたい。

 この残酷な世界でも、俺の手が届く限り、多くのウマ娘に笑っていてほしい。

 

 歪であろうが利己的であろうが、それこそが今の俺が抱けた1つの希望。

 堀野歩の新たな理念であり、新たな理想なんだ。

 

 

 

「なるほど。それでは、ブルボンの望みだからこそ、共にクラシック三冠の路線を歩む覚悟を決めた、と」

「いえ、それだけではありません」

 

 どことなく納得の気配を見せる彼に、俺はゆったりと首を振った。

 

 彼の言い方であれば、まるで俺が彼女の望みに殉じる気でいるように聞こえる。

 当然ながら、俺にそんな気は毛頭ない。

 

「まだ資料の最後までは目を通されていませんよね。どうかミホノブルボンさんの走りの成果を、最後までご覧ください」

「……ええ。では失礼します」

 

 そうして、改めて資料に目を落とした彼は……。

 

 数分後に、その凛々しく細められていた目を、少しだけ見開く。

 

「…………これは」

 

 そこに記されているデータは、ミホノブルボンの、ここ1か月のランニングデータ。

 そして、それらの数値が意味するところは……。

 

 

 

「ミホノブルボンさんは、既に中距離への適性不安を乗り越えました。

 少なくとも、2499メートルまでの距離において、もはや彼女が遅れを取ることはありません」

 

 

 

 そう。

 俺の目には……「アプリ転生」には、しっかりと映っていたのだ。

 

 ミホノブルボンの中距離適性が、おおよそ1か月前に、BからAに上昇したところが。

 

 その結果として、彼女のトレーニング中のタイムは急激に、なおかつ目に見えて縮まることとなった。

 

 彼女はその感覚について、「自分の中で歯車が噛み合った、あるいは錆び付いて回らなかった歯車に油を差されたような感覚」と称した。

 恐らく、中距離に区分される距離のランニングを繰り返したことで、彼女の意識の中でこの距離のペース配分への経験が蓄積されていったのだろう。

 そしてそれが閾値を越えたことで、彼女は1つ上の段階に至ったのだと予測できる。

 

 とにかく、ミホノブルボンの中距離適性は、A……例外的なウィルのそれを除けば、一般的に最高と呼べる値に至った。

 これを以て、皐月賞と日本ダービーにおける彼女の最大の敗因は、除去されたと言っていいだろう。

 

 後は各種ステータスを整え、彼女の掛かり癖へ対策し、領域の展開を模索しながら……菊花賞に向けて、長距離の適性も向上させる。

 それさえこなしてしまえば、彼女の勝利はすぐそこに見えて来る。

 

 夢物語でも何でもない。

 ミホノブルボンのクラシック三冠達成は、世間で思われているよりも、ずっと現実的なのだ。

 

 

 

「……なるほど。あのホシノウィルムと同じように、あなたがブルボンに血統の壁を越えさせた、と。

 あなたからすれば、ブルボンの夢も十分達成可能な範囲にあると、そういうことですね」

 

 彼女の父の言葉に、俺は静かに首を振った。

 

「いいえ。先程も言った通り、私がしたのは道を敷くところまで。

 その辛く苦しい道を実際に走ったのは、彼女と……彼女を走らせた、自身の意志の強さです」

 

 これは謙遜でもなんでもない。

 

 確かに俺は、考え得る限り最も彼女を成長させ得るトレーニングプランを組んだ。

 これだけやれば、確実に適性も伸びるだろうと思えるプランを。

 

 ただしそこには、彼女の精神衛生への考慮が、致命的な程に欠けていた。

 

 

 

『「ご褒美権」を行使します。私のトレーニングプランは、可能な限りハードなものとしてください。

 クラシック三冠達成のためならば、どれだけ厳しいトレーニングにも耐えてみせます』

 

 それは、去年の11月のベゴニア賞直後、ブルボン本人に言われたことだった。

 

 自分がクラシック三冠で勝つためには、この上なくハードなトレーニングが必要だと予測される。

 その夢を叶えるためならば、どんなトレーニングにも耐え抜いてみせる、と。

 彼女はいつもの無表情ながら、その瞳に確かな決意を秘めて、そう言った。

 

 それこそが、自分の望みだと。

 ミホノブルボンの、本当にしたいことなのだと。

 そう言われてしまえば、是非はない。

 

 俺は彼女の言う通り、事故を起こさないギリギリの、極めて高負荷のメニューを組んだ。

 それこそホシノウィルムのそれに迫る、並大抵のウマ娘には耐えられないものを。

 

 極力脚への負荷をかけないためにも、スタミナを鍛えるプールトレーニングの頻度を増やし、彼女も走り慣れている坂路も1日に何度も走らせて、その上本来は身を休めるべき夜にも軽度ながら運動を課し。

 外に情報が漏れないように合同トレーニングの際には負荷を落とし、むしろその時くらいしか脚を休められないくらいの、地獄のような日々を彼女に強いた。

 あのサイレンススズカですら2年に1度ペースでしか伸ばせなかった距離適性を1年弱で1つ伸ばすには、それだけハードなトレーニングが必要だった。

 

 そうして俺は、彼女がその負荷に耐えきれることを信じ、万が一のためと自分に言い聞かせて、サブプランも立てていたんだが……。

 

 

 

 結果から言えば、ミホノブルボンは、見事にそのプログラムを完遂した。

 

 トレーニングの苛烈さに弱音を吐いたり、そのために調子を崩すことは、ついに一度もなく。

 彼女はついに、自らの限界という壁を、乗り越えた。

 

 

 

「スタミナの不安も、適性の不足も、彼女は乗り越えました。

 幼い頃に父と見た夢を叶えたいという彼女の意志が、肉体の限界を上へと撥ね上げたのでしょう。

 だからこそ私は、彼女の三冠は決して夢物語でないと、むしろ必ずや叶えられるものと信じています」

「ブルボン……」

 

 彼は少なからず驚いた目で、横に座るブルボンの方を窺い……。

 しかしブルボンは、その首を横に振った。

 

「マスター、一点、訂正します」

「ん、何か見解の相違があったか?」

 

 正直、何を言われるのかと、俺はちょっとビビリながら彼女の真意を問うたんだが……。

 

 彼女はその胸に手を当て、瞳に信頼の光を映して、俺の方に語りかけて来た。

 

 

 

「クラシック三冠は、かつて私が父と共に見た夢であると同時、今私がマスターと共に掲げる目標です。

 私は、父とマスター。この両人の期待を背負って走っていると認識しています。

 故に、より正確には『父と見た夢、マスターと目指す目標のために努力した』、という表現が妥当なものであると考えます」

 

 

 

 俺は、彼女のその言葉を聞いて……思わず、固まってしまった。

 

 彼女が敬愛する父と並べて、あなたとの目標の為に走っている、と……。

 正直、ブルボンにそうまで言ってもらえる程に、信頼を寄せてもらっているとは思わなかったんだ。

 

 これがウィルであれば、まだ納得できる。

 彼女は今は亡き両親との仲が険悪であり、無意識下で誰かに愛されることを求めていた。

 その代償的欲求が最も近い位置にいた年上の男性である俺に向く、というのは……受け入れられるかはともかく、納得のできる話だ。

 

 だが、ミホノブルボンにそういった精神的余白はない。

 彼女は今、真摯にクラシック三冠に向き合っている。

 他の事に対して割いている思考リソースは最低限だと思っていいだろう。

 

 そんな彼女に対して俺がしてきたのは、トレーニングプランの立案や体調管理、消耗品の補充や走りに関する相談に乗るなど、トレーナーとして当然のことばかり。

 

 まさかそれだけで、三冠のことで頭を占められたブルボンが、実の父親に並ぶ程の信頼を向けてくれるとはとても思えなかった。

 むしろトレーニングの過酷さを加味すれば、嫌われてもおかしくないくらいだったのだが……。

 

「ブルボン……彼のことを、信頼しているんだな」

 

 俺の言葉を代弁するように、ブルボンの父親が彼女に訊ねる。

 

 対して、ブルボンはコクリと頷き、言った。

 

「前に担当してくださったトレーナーも、少ないながら存在する友人も……皆が『そうなればいい』と願うことはあれど、私のクラシック三冠達成を、心の底から信じてくださることはありませんでした。

 ホシノウィルム先輩でさえも、皐月賞と日本ダービーはまだしも、菊花賞まではわからない……と」

 

 ……あるいは、それが正常な反応なのかもしれない。

 

 ミホノブルボンというウマ娘は、常識的に考えて、長距離に向いてはいない。

 その血統が示す通り、彼女はどこまでも短距離・マイルに向いたウマ娘なのだ。

 

 その上、たとえ適性の問題を置いておくとしても、クラシック三冠は決して楽な道ではない。

 これまでの長いトゥインクルシリーズの歴史においても、ホシノウィルム含めて5人しか存在しないのだ。その道の厳しさも察せるというもので。

 

 確かに、彼女のクラシック三冠という壁は高い。

 それを信じ難いという気持ちも、決して理解できないものではない。

 

 けれど……。

 

「しかし、マスターは現実的に、私に可能な範囲でのプランを立て、菊花賞での勝利への計画を立ててくださいました。

 私がそのハードなトレーニングを完遂できると、そしてその果てに、菊花賞に勝利できるものと信じてくださったが故に」

 

 ミホノブルボンなら。

 素晴らしく柔軟な体、強すぎる精神を併せ持つ彼女なら。

 ……あのスプリングステークスで、この上ない走りを見せてくれた、俺の担当ウマ娘なら。

 

 獲れる。

 クラシック三冠……いいや、ウィルに次ぐ、無敗の三冠だって獲れるはずだ。

 

 俺は、あの宝塚記念で、学んだ。

 トレーナーの仕事は担当ウマ娘を支え、その道を舗装し、走りやすくすること。

 そしてそこを走っていく担当を、信じて待つことだ。

 

 だから。

 

 たとえ、それが困難なことであろうとも。

 たとえ、信じ難い程高い壁であろうとも。

 ……たとえ、彼女の運命が、それを否定するものであったとしても。

 

 俺は彼女の、クラシック三冠の達成を、信じている。

 

「そして、かつてお父さんに、信頼には信頼で返すべきであると教えていただきました。

 故に私は、私のことを信じてくださるマスターを信じるべきであると判断しました」

 

 

 

「……なるほどな」

 

 対面に座るブルボンの父親は、彼女の言葉を聞いて数秒考え、頷いた。

 そして俺に目を向けて、口を開く。

 

「堀野トレーナー。あなたにとってブルボンは、何ですか?」

 

 その質問は、非常に多義的で、答え難いものだった。

 

 ……けれど。

 

 相手が、元トレーナーであれば。

 ウマ娘に真摯に向き合ってきた人ならば。

 

 こう答えれば、俺の想いは伝わるはずだ。

 

「私にとって、彼女は……」

 

 ある意味当然の話で、ただ当たり前の事実を並べるようで……。

 

 けれど、俺たちにとっては、きっと別に大きな意味を持つ、1つの記号。

 

 

 

「ミホノブルボンは、俺の担当ウマ娘です」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 最後の問答を終えた後、ブルボンのお父さんの俺に対する態度は、心持ち軟化したように思えた。

 多少は信頼を得られた……のかな。そうだとすれば嬉しいけども。

 

 そんなわけで彼と、学園でのブルボンの様子や仲の良いウマ娘、ウマ娘の育成論とか根性論の是非について話している内に、あっという間にお昼になった。

 そのまま昼食をいただくことになり、不在にしていた御母堂の手料理がテーブルに並べられる中……。

 

 唐突に、ブルボンが口を開く。

 

「お父さんとマスターに、ご意見を聞きたいことがあります」

 

 

 

 ……なんとなく、その言葉に、彼女の真意を悟った。

 

 そもそも何故、皐月賞を前にした今、俺を実家に招いたのか。

 両親に契約トレーナーを紹介するだけなら、別に1月や2月でも良かったはずだ。

 彼女にとって大事なレースである皐月賞の直前である今である必要はない。

 

 だから多分、彼女がこのタイミングで、「ご褒美権」を使ってまで俺を実家に招いたのは……。

 自分だけでは解決できない何らかの問題が発生し、彼女の言葉を信じるならば、最も信頼しているらしい俺たち2人に、そのことを相談したかったから。

 その心残りを、皐月賞までに解消したかったからだろう。

 

 元トレーナーであり尊敬する父と、自分の「マスター」であり信頼する俺に、その答えを求めている。

 

 だから俺は、彼女の疑問に対して真摯に向き合おうと、居住まいを正して……。

 

 

 

「走ることを楽しむには、どうすれば良いのでしょうか」

 

 

 

 彼女らしい、けれど非常に難しい悩みに、どう答えたものかと頭を悩ませた。

 

 

 







 本当はこの後もしばらくお話が続く予定だったんですけど、例によって例の如く尺が足りなかったので、ブルボンご両親挨拶編はここまで。
 堀野君とブルボン父が最終的にどこまで距離感が近づいたのか、どれくらい信頼を得られたは、三女神のみぞ知るところです。

 次回はブルボンの挨拶アタックに焦ったウィルが暴走するかもしれないお話。
 つまりはラブなコメ100%の、砂糖でできたお花畑回です。



 次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、家具と子供の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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