執筆が遅れた理由は、殆ど書き上げた後になって、「今回堀野君視点じゃなくてウィル視点じゃね?」って気付いたからです。アホですね。
正直全部書き直しは辛かった……。
ウィルムは激怒した。
必ず、かのトレーナーの歩を射止めねばならぬと決意した。
ウィルムには恋愛がわからぬ。
ウィルムは中央のウマ娘である。芝の上を走り、ライバルたちと切磋琢磨して暮らしてきた。
けれどもNTRの気配に関しては、人一倍に敏感であった。
そうして今日夜分、ウィルムは寮を抜け出し、寮長を越え警備を越え、500メートルくらいは離れたトレーナー室にやってきた。
ウィルムには父も、母もない。今のところ夫もない。勿論内気な妹なども存在しないので、実質的には天涯孤独だ。正直ちょっと寂しい。
だがウィルムは、トレセン学園のある律儀なトレーナーを、遠からず花婿として迎える気でいた。
……い、いや流石に花婿は早くない? 今は取り敢えず、彼氏……とか? 大事な人、とか? 今日のところはそこら辺で許してやろうと思います。
とにかく、ウィルムはそれゆえ、普段のやり取りで互いの信頼感や想いを遠回りに確認し合い、満足感と共に日々を過ごしていた。
ところで、ウィルムには可愛い後輩があった。
ミホノブルボンである。
今はこのトレセン学園で、歩さんの指導下で競走ウマ娘をしている。
その後輩と、ウィルムはとても仲良くしていたのだ。
トレーニングの時にはスタートダッシュとかコーナーのコツを教えたり、逆にブルボンちゃんからはペースキープのコツとか聞いたりもしたし。……いやまぁ、お互い感覚の部分が大きかったし、学びになったかは微妙なところだったけど。
それに私生活でも、一緒に外に軽く食べに行くとか、最近増えたらしい友達との付き合い方の相談に乗ったりとか、色々やってるくらいには仲が良いのである。
そんなわけで、可愛い後輩とのコミュニケーションは盛んだった。
ブルボンちゃんの反応は毎度毎度素直で素朴で可愛らしいので、非常に楽しみである。
しかし、毎日を過ごしているうちにウィルムは、トレーナーとブルボンちゃんの関係を怪しく思った。
いや、別にそこまでおかしいことはないんだけれども。
もう既に実質的には私に堕ちてるようなもので、歩さんが私のものであることは当たり前なのだが、けれども、なんだか、担当としての信頼感ばかりでなく、ブルボンちゃんの女性的な魅力が、やけに恐ろしい。
のんきな私でも、流石にだんだん不安になってきた。
(中略)
そうして、ウィルムは単純なウマ娘であった。
これ以上ブルボンちゃんにリードを埋められてなるものかと、歩さんから帰還の報を貰うと着の身着のままで、だだだっとトレーナー室に向かったのだった。
* * *
以上が事のあらまし。
つまるところ、そろそろテコ入れの時間。
アニメとかだと一旦水着回とかが挟まるヤツなのだ。
勿論、私と歩さんの間に不可侵レベルの絆があることは、もはや疑いようのない事実だ。
私は彼を救ったし、彼は私を救ってくれた。もう長いこと一緒にいる、以心伝心のパートナー。
何なら家族や保護者のいない私にとっては、この世界で最も親しく、そして信頼できる人でもあったり。
けれども、「長い時間を共にした経験が培ってきた絆」が絶対のアドバンテージだと言うのならば、世の幼馴染系ヒロインはみんなトップティア、常勝無敗のはずである。
彼女たちが負けヒロイン属性と言われている時点で、決して予断を許される状況ではない。
と、そんなわけで、寮を抜け出してたったかたったかトレーナー室に向かった私。
緊張と興奮と僅かな疲労から乱れた息を整えて、扉をノックすると……向こうから返って来たのは「どうぞ」という聞き慣れた声。
それだけで緩んじゃいそうになるだらしない頬に気合いを入れて、私は扉を押し開く。
そこにいたのは……やっぱり、歩さんただ1人。
今日一日中央トレセンを離れ、ブルボンちゃんのご両親との挨拶を済ませてきたらしい彼は、改めてパタパタとキーボードを叩き、仕事に精を出しているようだった。
……ここにいないところを見るに、どうやら昌さんは先に上がったらしい。
いやまぁ、自室に持ち帰って仕事をしてるのかもしれないけど。数日前にお話しした時は、大阪杯以降仕事超忙しいって言ってたしね。
勿論ブルボンちゃんの方も、今日は全休なのでトレーナー室には不在。
今はこのトレーナー室にいるのは、歩さんただ1人である。
ふっふっふ……計画通り。
いや嘘、行き当たりばったりで偶然上手く事が運んだ感じだ。
で、その歩さんは、こちらを見るなりビックリしたような表情を浮かべた。
そりゃ驚かれるか。アポ取ったりもせず、いきなり来ちゃったから。
「……ウィル?」
「こんばんは……えっと、来ちゃいました」
「来ちゃいましたて……寮の門限はとっくに過ぎているはずの時間だが」
歩さんはキーボードを打っていた手を止めて、苦笑しながらこちらを見てくれる。
門限破りを窘めはしてるけど……来訪を迷惑に思ってる感じはない、かな?
正直、少なからずホッとした。
2月辺りからは落ち着いてた私のウマ娘としてのお仕事も、大阪杯の勝利以降またぶり返してきた。
それはつまり、昌さんもそうだけど歩さんのお仕事も増えたってことを意味する。
もしかしたら、歩さんが今取り掛かってるお仕事が死ぬほど忙しくて、訪ねたら迷惑になっちゃうんじゃないか……なんて可能性も、頭の片隅にあったんだ。
……いや、歩さんのことだから、並大抵の仕事よりは私のこと優先してくれそうな気もするな。
何なら大事な仕事に取りかかってる最中でも、私が「お時間ください」って言ったら普通に仕事放り出して付き合ってくれそうまである。
…………なんか、考えると心配になってきた。
本当に大丈夫かな。
「えっと、今、お時間大丈夫ですか。急ぎのお仕事だったら出直しますが……」
「いいよ。今やってたのはそこまで急がなきゃいけない仕事じゃない」
「ちなみに何を?」
「君のライバルたちの成長率をエクセルで管理しながら、海外のウマ娘のレース映像を見てたところ」
「お、海外の方ちょっと気になります。今年の凱旋門賞の有力候補とかいました?」
「いやぁ……今年も去年に続いて小粒って感じだ。これという台風の目は確認できてない。
今のところの最有力は、君とマックイーンが去年のジャパンカップで擦り潰したウィッチイブニングという感じだが……彼女は今年に入って調子を崩してるようだし」
ウィッチイブニングちゃんって言うと……あぁ、あの鹿毛の子か。
確かフランスのウマ娘で、魔法を使えるって自称するちょっとナルシスト気味な子……だったかな?
正直、あのジャパンカップの時は、めちゃくちゃ気合の入ったマックイーンさんに意識を集中させてたから、他の子ってあんまり印象に残ってなかったんだよなぁ……。
ウィッチイブニングちゃん、歩さんとか世間からはすっごい評価されてるっぽいし、実はフランス本国だと強キャラだったりするんだろうか。
というか、調子崩してるって大丈夫かな。
あんまり縁のないウマ娘ではあるけど、やっぱり一度一緒に走った子が調子を崩してるって聞くと、どうしても心配になる。
「何かあったんでしょうか。ジャパンカップの時は、走りはともかく精神的には好調そうでしたが」
「いや、君たちが容赦なく圧殺したのが堪えたんじゃないかと思うんだが」
「……あー」
あの時は……うん、マックイーンさんと一緒になって、ハイペースで飛ばしまくったからなぁ。
聞いた話、欧州の芝は日本のそれに比べて深く根付いているため、走るのにパワーを必要とする。そのためレース展開は比較的重いものになるんだとか。
逆に言えば、日本の芝は走りやすく、レース展開が早くなるんだよね。
そんなわけで、私たちのペースは欧州の子たちのそれと比べると、だいぶ速いんだと思う。
ハイペースで走り、他の子のスタミナをすり減らすスタイルのマックイーン先輩と競うと、それはなおのことで。
日本のハイペースなレース展開や私の大逃げに不慣れな海外の子には、あのジャパンカップはちょっとばかり厳しい戦いだったかもしれない。
なにせ、私たちに付いて行こうとすると自然にスタミナを浪費しちゃうわけで……抜本的に走り方を日本向けに改造しないと、自分の走りのテンポが崩れちゃうものね。
そして、ナルシスト系の子って、勝ちまくってる間はいいんだけど……その自信を挫くレベルの敗北を味わっちゃうと、ドツボにはまりやすいからなぁ。
ウィッチイブニングちゃんもそういう負のスパイラルに囚われちゃったのかもしれない。
ちょっと申し訳ないと思わないでもないけど、これもレースの結果だ。どうか受け入れて、そして乗り越えて、もっと強くなってほしい。
どっちみち、次に競う時にはあっちのホームグラウンドになるわけだし……。
「……と、そうじゃなくて!」
ぶんぶんと頭を振り、改めて話題を戻す。
こーいう話は明日以降でもできるのよ。
今は歩さんと1対1じゃないとできない、というか勢いのある今じゃないとできない話をしなければ。
「今日はちょっと用がありまして、時間をもらえたらって思うんですけど、構いませんか」
「勿論。君のためならどれだけでも時間を作るよ」
「うへへ……あ、ちなみにブルボンちゃんが同じことを言って来たら?」
「当然時間は作るが」
「むぅぅ」
やっぱりえこひいきはしてくれないかー。
まぁそもそも、歩さんは仕事に私情を絡めたりはしないタイプだ。相手への好感度の高さで、担当に対する態度を変えたりなんかしないだろうけども……。
でもなー。やっぱり、ちょっとなー。
そういう歩さんだからこそ好きになったんだという恋心と、こういう時にも贔屓されたいという乙女心。
素直に喜べもしなければ悲しめもしない、すっごく複雑な心境です。
まぁ、今日はそれを少しでも揺るがすために、ここに来たわけだけど。
「ではちゃちゃっと話を済ませますけど……」
そこで、私は歩さんのデスクに手を突いて、言った。
「私も、ご褒美権行使です。
……今度、あの家の家具、見に行きましょう!」
* * *
実のところ、私は帰れる家がない。いわゆるホームレスというヤツである。
ああいや、一応賃貸という形になっているらしい寮に住んでるし、ホームレスって言うのはちょっと語弊があるかもしれないけども……それはともかく。
私がかつて住んでいた北海道の実家は、トレセンに入る際に土地ごと売っちゃった。
当時は両親の死を認められない心理から遺産に手を付けられなかったし、その結果奨学金とか消耗品による借金もすごかったし、とにかくお金が必要だった……。
……というのもあるんだけど、今思えば、ぶっちゃけ無意識的に辛い過去から逃げるつもりで手放したんだろうなって思う。
今になって思うと、すっごい情けない……そしてもったいないことをしてしまったな。
あの家は、私と両親の記憶が詰まっていた。
勿論その中は、辛い過去もある。お母さんから向けられた憎々し気な瞳も、お父さんから向けられた空っぽの瞳も……まだまだ、まぶたの裏から離れてはくれない。
でも同時、楽しかった時代の記憶もあるんだ。
家族団らんの中で、今世ではまともな人間になれるかなって、そう思えてた頃。
温かくて、幸せだった毎日の記憶が。
辛い記憶を思い出さないようにするためには、楽しかった記憶ごと消す必要があって……。
それを全部捨ててしまうのは、今の私からすると、とんでもなくもったいないことだと思えた。
この前調べたら、もう家は解体されてしまったようだったし、後悔先に立たずなんだけどさ。
……やべ、なんかしみじみとしてしまった。
とにかく、今言いたいことは1つで。
そういう事情もあって、私は今やマイホームを持ってないってこと。
で、そんな私に気を遣ってくれた歩さんは、今年の2月22日、私の誕生日にとんでもないプレゼントをくれた。
家、である。
……家。
それも分譲マンションの一室とかじゃなく、めちゃめちゃデカい一軒家。
一回だけ歩さんに連れられて見に行ったことがあるけど、2階建ての8LDK。
流石に屋外プールとかめちゃでか庭園とかがあるわけじゃないけど、十分に豪邸と呼んでいいレベルのお家だった。
普通さ、誕生日にこんなの贈る?
いくら名家出身と言えど、金銭感覚狂い過ぎてない?
あるいは、もしかして……その、アレかな。私への、愛情? みたいな?
……ま、そんな都合の良い展開はないだろうけど。
歩さんは昔から、担当のためなら全力な人だ。
私たちのトレーニングのために最新の機材の導入案を理事会に通してくれたり、私財を投じて近くのレンタルグラウンド貸し切ってくれたり、なんかよくわかんないけど大量の瓦を買ってきたりもする。
今回も、そういうのの一環なんだろう。
私に帰る家がない……言ってしまえば、精神を安定させる拠り所がないことを気にして、あくまでも担当ウマ娘のため、その走りを十全にするためにやってくれたんだと思う。
……いや、でも、本当に?
マジのガチで二心なく、担当の走りを完璧にするために何千万とか何億とか、そんな金額を払うの?
だとしたら、狂ってるなぁ、歩さん。
……ま、そういう過度に真面目なところも好きなんだけどさ。
はーもう、惚れた弱みとはよくいったものですよ。
で、だ。
私は結局、そのお家というめちゃでかプレゼントを突っぱねてしまった。
理由は、まぁ、色々あった。
あまりにもデカすぎるプレゼントにビビってしまった、とか。
好きな人からの心尽くしに感極まった、とか。
……あとは、まぁ、その、ちょっとだけ下心も。
その結果……。
『歩さんの家に住ませてください』
……などと。
恥ずかしすぎることを言ってしまったのだ。
謂わば、同居の約束。いやもはや同棲の約束?
あなたが所有し住んでいる家に、私も住ませてください、と。
そして歩さんは、そんな私のお願いを、呑み込んでくれた。
将来を……約束? してくれた? みたいな!?
……う、また恥ずかしくなってきた。顔が火を噴きそうだ。
と、とにかく!
私は誕生日に、家をプレゼントされた。
それ自体は突っぱねてしまったので、本来は私がどうこうできるものじゃないんだけど……。
それでも歩さんは、今でもその家の主導権を、私に置いてくれているんだ。
けど、私も歩さんも忙しかったってこともあって、今のところあの家はノータッチ。
まだ新築ほやほや、家具の1つも入っていない状態のまま放置されている状態だ。
一応歩さんがハウスキーパーさん? を雇って状態を維持してるらしいけどね。
でもそろそろ、あの家にもテーブルとか椅子とか……ベッドとか? 色んな家具を入れたっていい頃合いだろう。
そうなれば……ね?
やっぱり、一緒に住むわけですし? 気に入った家具とか、色合いとか? そういうのを話し合うためにも、一緒にお店に行って選ぶっていうフェーズが必要じゃない?
私は競走ウマ娘で、しかも絶賛春のG1戦線中。
本来ならこんなラブコメに時間を使ってる暇はないのかもしれないけど……。
同時に、思春期の女の子でもありますし? こういう時期にしかできない体験を積んでおくのも大事な人生経験ですし? 時にはいいんじゃないでしょうか。
トレーナー当人である歩さんからすれば、これまで組んで来たトレーニングプランが瓦解するわけで、ちょっと難しいかもしれないけど……。
こうしてご褒美権を使えば、多少のごり押しも利くというもの。
そもそも本来、褒美ってそういうものだし? こーいう時々のお茶目は許していただけると幸いです。
* * *
さて、そんなわけで。
歩さんと一緒に家具を選びに行くぞッ!!
「これ良くないですか?」とか「うーん、配色が……」とか、そんなこと話しながら互いの将来に思いを巡らせ、イチャイチャラブラブ一時のスイートタイムを過ごすんだッ!!
これを以てブルボンちゃんに大差を付け、二度と逆らえないようにしてやるッッッ!!! いや別に最初から逆らってきてるわけではないけども!
……などと。
そんな風に考えていた時代が、私にもありました。
「それでは、こちらのモダンなシェルフなどどうでしょう。落ち着いた意匠と調和の取れた色彩が空間を整えてくれると思いますよ。こちら、完成予想図です」
「ふむ……幅はどうでしょう。できれば歩ける空間を少し広く確保したいのですが」
「縦50センチ、横40センチ、高さ80センチですね。取り外しできるキャスターも付属していますので、邪魔になれば場所を移すこともできます」
「なるほど。……高さを調整することはできますか? あと20センチ程足したいのですが」
「了解しました、問題ないと思われます」
「ありがとうございます、それから……まだ年若い彼女が使うには少しカラーが暗すぎるので、もう少し彩度を高く」
「承りました」
歩さんは私……じゃなく、インテリアコーディネーターのおじ様と、家具について話し合っている。
ついでに言うと、ここはお値段異常な某お店でもホームセンターでもその他家具が並ぶお店でもなく、なんかすっごいオシャレなインテリアが並ぶオフィスだ。
……なんか、違う。
なんか思ってたんと違うぞ、これェ!!
「ウィル、君はどう思う?」
「あ、えっと、いいんじゃないですかね……」
いや正直、こんなハイセンスなインテリアとか配置の良し悪しなんてわからんし、思いの外ガチすぎる話題に全然付いて行けないんだけど。
私、「水色とベージュならどっちが良いと思う~?」とか、「あ、この収納の模様、綺麗で素敵~☆」とか、そういうレベルの家具選びを予期してたんだけどなぁ。
ご褒美権使った時に調子に乗って「(デート)プランは歩さんにお任せしますね♡」なんて言ったのが運の尽きだったかぁ……。
というかそもそもさ、予想出来て然るべき事態だったんだよね、これ。
思えば、歩さんの金銭感覚はぶっ壊れてる。
誕生日プレゼントで、家なんか贈ってくれるくらいに。
あるいは、壊れてるって思うのはあくまで一般家庭基準な私の感覚で、すっごいお金持ちな名家としては、歩さんくらいの感覚が普通なのか……?
……って、そんなわけないよな。
昌さんすごいブチ切れてたもんね、家をプレゼントするってなった時。
いやしかし、今回インテリアコーディネーターを起用するって話になった時は、昌さんも特に否定せず、むしろ当然のことのように頷いてたんだよね。
もしかしたらこの辺の事情は、家具をオーダーメイドするとこまで含めて、名家としては普通なのかもしれない。
改めて、名家の力ってすげー。決定的な文化圏の違いを感じるよ。
私は付いてゆけるだろうか、お金がある世界のスピードに。
「ウィル?」
ちょっとぼんやりしていた。というか唖然としてた。
私も将来住む家の話だし、しっかり聞かないとな。
「……あ? えっと、何の話でしたっけ」
「ベッドはダブルでいいかという話だが」
「ベッドはダブルでいいかと言う話!?」
「いや突然の大声」
ダブル!? ツインじゃなくてダブル!?
つまり、つまりその、あれだよね……2人で、一緒に寝る、同衾的な?!
え、本当に!? ちょ、ちょっとそんな積極的な、インテリアコーディネーターの人も聞いてるんですよ今!! 私も今日はそこまでしっかり変装してるわけでもないですし、というかそもそも身長低くてロリ体型だし、聞かれて大丈夫なヤツなのこれ!?
い、いや、大丈夫とかじゃなくて、歩さん……これ、これ! お誘いってことだよね!?!?
頭が沸騰しそうに熱い。思わずこの場から逃げ出したくなる。というか無意識にちょっとお尻浮かせてた。
けども……ここで逃げちゃダメだ。
今ここで勇気を振り絞らないと、今度こそ恋のダービーに勝てなくなるぞ、私ッ!!
「いいです!! ダブルで、全然! むしろウェルカム!!!」
「今日はテンション高いね? まぁでも了解、では材質など決めていくが……」
「そ、そこは歩さんにお任せで……! 私は特に選り好みとかしない方なので!! はい!!」
「あ、そう? わかった。……それでは、この子にはこの白基調の落ち着いたフレームのもので、俺のはこっちの……」
……いや、待て。
なんか聞き逃せないフレーズなかったか今。
「はい? 私のと、歩さんの?」
「え? ……えっと、ほら、せっかくだし俺も、どんな形であれこの家を使わせてもらおうかと思っているわけだが……駄目、か?」
「いやそれは良いっていうかそもそも前提というかむしろ使ってもらわないと困るんですが」
「あぁ良かった、安心した。どこかで意思のすれ違いがあったのかと……。それでは改めて、俺の部屋に運ぶ分は、この黒のもので」
「………………???」
いや、意思のすれ違い自体はどうやらあるっぽいですねこれは。
え、ダブルだよね?
ツインとダブルって……ツインがベッドを2つの奴で、ダブルが1つのベッドで寝よう的な意味だよね?
ダブルを……2つ? ダブルツイン? ターボ?
混乱にお目目をくるくるさせる私を気遣うように、歩さんはゆったりと声をかけてくれる。
「ウィル、やはりクイーンサイズにしておくか? もしも寝相が不安なら、ベッドは大きいに越したことはない。今からでもサイズ変更しておく?」
「……いや、理解しました。サイズですよね、私はそこまで広くなくとも大丈夫です」
「了解した。それではダブルで」
……正直、途中からわかってたよ。
というか、言っちゃえば最初からわかってましたとも。
歩さんが急にそんなこと言い出すわけないもん。
ダブルっていうのは所詮ベッドのサイズの話で、それを2つそれぞれの分頼むって話ね。
わかってたわかってた。そんなことだろうと察していましたとも。
……でもそれはそれとして、急に梯子を外されるのは、やっぱつれぇわ……。
* * *
そんな感じで、私の必殺の切り札だったはずの家具選びは、甘い話題の1つもなく淡々と進み、淡々と終わった。
なんなら私なんて、ほとんど意見も出さないままに終わってしまった。
だってさぁ、コーディネーターさんがすっごいセンス良いのよ。
流石は歩さんが依頼した人と言うべきか、カッコ良くて優雅で調和の取れた、その上で機能性も抜群の家具群をセレクトしてくださったんだ。
最初に「こういう方向で」って伝えさえすれば、後は特にこっちから何も言わなくとも、勝手にすごく良いのが出来上がるんだもん。
一方で歩さんも、基本的にセンスはあると言うか、物の良し悪しは分かってる感じに意見を出す。
出すんだけど……時々コーディネーターさんが「いやぁ、それは……どうですかね……」みたいな苦笑いを浮かべる場面もあった感じだ。
そういう時のは……まぁ、私から見てもちょっと避けてほしいというか。なんとも歩さんらしいね。
で、そんな2人に対して私は……ぶっちゃけると、普通にセンスがない。
前世でもそっち方向に殊更強いわけじゃなかったし、今世に来た後も走り一辺倒で勉強なんて全然してなかったもんね。そりゃあセンスを磨く経験もないわけで。
そんなわけで、私はまともに提案とか意見もできず……。
テキパキ決められていく間取りに対して「何か意見した方がいいのかなぁ」とか「いや普通に良いなこの雰囲気」とか「え、普通にここで暮らすの楽しみになってきた」なんて思いながら、ぼんやり見守ることしかできなかったわけだ。
結果としては素敵なお家が出来上がりそうだから、そっちは良かったんだけど……。
「……うーん」
メインミッションである、歩さんとの恋愛好感度上昇は達成できなかったなぁ。
いやまぁ、今回に関しちゃ、私のプランが甘すぎたよね。
歩さんは名家出身なわけで、金銭感覚とか物ごとの方針が私とは全然違うってのは前からわかってた。
家具を選ぶって言った際に「どこかのお店で一緒に選びましょう」とか条件指定しとけば、少なくともコーディネーターさんというお邪魔虫の発生は防止できたはずだ。
というかそもそも、家具選びでイチャイチャするってのが無理な方針だったかなぁ。
必殺の切り札みたいに思ってたけど、確かにちょっとインパクトは弱いか。これなら素直にデートとか申し入れた方が良かったかもしれない。……その名目は思い付かないけど。
まぁ、前回はなぁなぁになってしまった同棲の約束を、しれっと確かに取り付けられたのは良かったんだけど……。
なんというか、ちょっと満足感が足りない。
私の時間を使って、そして歩さんの時間をもらったにしては、残念な結果になっちゃったなぁ。
そんなことを思いながら、コーディネーターさんが持ってきてくれた完成予想図を見ていると……。
ふと、気になったことがあった。
倉庫、客間、事務室兼作業部屋、それから私の部屋、歩さんが使うらしい部屋など、使用用途が決定してる部屋の他に……。
1つだけ、不自然に家具などが配置されず、明確に空けてある部屋があったんだ。
「歩さん、これ、何の部屋ですか?」
特に気負わず聞いてみると、歩さんは一瞬だけたじろぐように黙って、言った。
「そこは……何かあった時のための予備、というのもあるが。
メインの用途は、将来の……君にできるかもしれない、家族のためのものだ」
「家族、って……」
それは……。
……それ、は。
あー…………うん、はは。
やっぱり、恋愛対象としては見られてないんだろうなぁ、私。
将来、私にできるかもしれない、家族。
つまり……歩さん以外に、私が家族を持つだろうって、そう言われてるんだろう。
わかっていたことではあったけど、意識の違いに、少し悲しくなる。
私は、歩さんと結ばれたいと、ずっと一緒にいたいと、そう思ってるけど……。
歩さんにとってそれは、そこまで優先度の高い未来ではないんだなぁって、そう思わされるようで。
でも、そんな感情を、この人に押し付けるわけにはいかない。
「あー、なるほど。すみません、そんなことまで考えさせてしまって」
努めて、笑顔を形作る。
悲しさなんてどこにも感じさせない、完璧な笑顔を。
それでこの感情を取り繕い、誤魔化そうとして……。
けど……そうだね。
そんなもので誤魔化せる領域は、とっくの昔に過ぎていて……。
けれど私たちは、まだまだお互いのことを知らなかった。
「……やはり、子供については、少し思うとところがあるか?」
「子供?」
言葉の意味を理解し損ね、おうむ返しに問う。
そうして見上げた先にあったのは……少し物憂げな表情をした、歩さんの顔だった。
「確かに君は……親というものに、あまり良い印象を持たないかもしれない。子供を育てる自信がないというのもあるかもしれない。
だが……いつか、子供を持ちたいと思う日が、もっとたくさんの家族が欲しいと思える日が、来るかもしれない。
君にはこれから、無限にも近しい時間がある。その時間が君を変えてくれるかもしれないんだ。
だから、その万が一の場合に備えてだな……」
「いやあの、別に親とか子供に悪印象はないんですが」
「え、そうなの!?」
本気で驚いた顔をする歩さんを見て、ふと気付く。
……そうだよね。
私、両親への想いとか、あれ以来全然語ってなかったじゃん。
それなら、誤解して当然だ。そもそも情報が足りないわけで。
「もう両親との過去には決着をつけましたから、今は思うところなんてありませんよ。強いて言えば、どこかで私のレースを見守って、自分の子供は強い子に育ったって誇りに思っててもらえれば、それだけで十分です」
「そうか……良かった」
安堵の息を吐く彼に、続けて「子供に対しては……」と、語りかけて気付く。
私、自分の子供のこととか、考えたことなかったな、と。
……そっか、そうだ。
私もウマ娘。性別で言えば女性なわけで、将来的には子どもを生むこともあり得るんだよなぁ。
前世ではついぞそういうことに縁がなかったから、実感が湧かないというのが正直なところだけど。
しかし、ウマ娘の能力はその血統による部分が大きく、いわゆる2世には大きな期待がかかる。
自分で言うのはなんだけど、割と結果を残した私は、多分世間からも子供を望まれるだろう。
もちろん、だからと言って誰かとの婚姻を強制されるとかそういうわけじゃなく、自由恋愛の原則は守られてるわけだが……。
私の場合は……。
「ん?」
チラリと視線を向けた先では、歩さんが首を傾けている。
この、カッコ悪いところも多いけど、肝心なところではカッコ良い、私の最愛のパートナーと……その、将来的には、子供を……。
「……ッ!!」
あっつ! 顔あっっっつ!!
マズい。この思考はマズい! 頭が沸騰した後破裂しそう!!
この思考を続けるのは駄目だ! 一旦思考放棄! 話を逸らさねば!!
「あっ、あの! えっと……そう、そうだ! わ、私の……こ、こども? の部屋はあるのに、私の相手の部屋はないんですねー……って、はは、当然ですかね、分けられないのが正常? っていうか、一緒に住んでる? みたいな、えっと、あはは……」
な、何言ってるんだ私!? 動転したからって変なこと口走りすぎでは!?
混乱に混乱が重なってもはや平静に思考が働かないっていうか、思ったことが全部口からゲロゲロと流れ出ていくんだが!?
あせあせしすぎて完全に空回ってる私。多分これが漫画なら今頃「つつつ」みたいな汗が飛び散ってることだろう。
そして、そんな私を見ていたトレーナーは、私の言葉に数秒硬直した後……頭を抱える。
「……ごめん。いや、すまん。完全に意識の外にあった。
そうだよな……そういう可能性もある。ああ、クソ……我ながらなんとも恥ずかしい……」
しばらく自省するように、小声でブツブツと言葉を漏らしていた歩さん。
しかし心配そうにする私の視線に気づいたか、軽く頭を振り、咳払いをした後話し出した。
「君に相手ができたら、俺が責任を持って客間を改造しよう。それで構わないか」
あ、マズい。そっち方向を意識させるのは恋愛的にポイント低い。
私は他に恋愛対象を見つけたいわけでもなく、そして見つけるつもりでもないのだ。
「あー……えっと、その。まぁアレです、その必要がない可能性……も、あるわけでして?
勿論相手ができないとかじゃなく、いやできるかどうかは相手の想い次第としても、可能性の1つとして、あり得るわけですよね? ですよね??」
熱暴走した思考のままに、ペラペラと口が回る。
ひっどい無様さだなぁ、私。
前世と今世の色んな経験で、多少は仮面も厚くなったと思ってたんだけど、ちょっと焦ればこのザマ。
もうちょっとなんとかならなかったんですかね我ながら。
で、そんな醜態を晒す私に対して、歩さんは……。
「……あー、まぁ、そうだな。そういう可能性も……ある、か?」
そう言って、少し気まずそうに……いいや、気恥ずかしそうに、頬を掻いた。
……え?
え、いや、これ、どういうこと?
なんか、こう……すっごい脈アリな気配を感じるんですけど!?
トレーナーは、ひどく赤面した。
次回は3、4日後。トレーナー視点で、今の彼女とライバルの話。
(追記)
誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!
日本語警察、めちゃくちゃ助かります……!