転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 nice nurtune.

 今回はおまけの別視点回です。
 読まなくても意味はわかるようにしますが、読めば本編をもっと楽しめると思います。





おまけ The sight of the stars makes me dream.

 

 

 

 ホシノウィルムというウマ娘は、アタシにとって天上の星みたいなものだ。

 どれだけ手を伸ばしたって届きはしない、テイオーと同じ「本当の天才」。

 アタシみたいな半端者は、その光に目を焼かれるばかり。

 ……ホント、うらやましいことですよ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その名が体を表すことは、ある。

 帝王と名の付いた天才のウマ娘とか、まさにその典型例だ。

 クラシック三冠という奇跡じみたことさえあり得るって言われるくらい、あの子の才能はずば抜けてた。

 

 でも一方、表さないことだって、ある。

 素晴らしい素質という名前を持って生まれたくせに、そんなでもないアタシとか。

 ……一応、故郷じゃ滅多に負けなかったんだけどね。所詮は井の中の蛙、中央に来てしまえば埋没する程度の「中途半端な素質」だったわけだ。

 

 

 

 じゃあ、あの子は?

 

 トウカイテイオーの一強と言われていた風説を覆し、今や彼女こそが真の強者とまで謳われるウマ娘。

 輝くような鹿毛。一房垂れた黒鹿毛。いつもクールで、表情を殆ど動かさない小柄な女の子。

 ホシノウィルム。

 世間ではまるで悪者扱い、蛇だ何だと言われ放題だ。

 けど、そんな彼女は、アタシにとっては……。

 

「キラキラ眩しい、星だよねぇ……」

 

 

 

 

 

 

 最初。中央トレセン学園に入学してから、1週間くらいの間。

 アタシは、彼女について殆ど何も知らなかった。

 何やら校舎をウロウロする、いつも俯いてる陰気な子がいる……って話は、友達から聞いてたけどさ。

 結局彼女もアタシと同じ、フツーのウマ娘なんだろうなって思ってた。

 

 その頃は、どうあがいたってこの世代はトウカイテイオーのものだって認識があったんだよね。

 血筋、才能、センス、その全てが図抜けた天才。模擬レースを走る前から中央のトレーナーに誘われまくれば、自然と噂になるってもので。

 アタシとは段違いの、本当の天才。本当の……素質。

 腐る気持ちがなかったわけじゃなかったけど……ま、アタシは昔から諦めが早い方だったからね。

 頂点なんてモノはさっさと諦めて、自分の器量に合ったトコを目指そうって切り替えたわけですよ。

 

 でも、その認識は、あの子の選抜レースとメイクデビューで吹き飛んだ。

 大差勝ち。その力が群を抜いてないと決してできない、最強の証明。

 ホシノウィルムは、その圧倒的な実力を世界に見せつけたんだ。

 今じゃトウカイテイオーと肩を並べて世代二強って呼ばれてる。

 ……すごいよね、ホント。

 

 アタシ? アタシはまぁ……メイクデビューは2着でした。たはは。

 まあ、そんなものだよ。アタシ程度の素質なんてそこら中に転がっている。埋もれちゃうのも当然だ。

 

 話を戻して、トウカイテイオーとホシノウィルムね。 

 ホシノウィルムがトウカイテイオーを挑発したこともあって、すぐに2人はライバルだって認識された。

 明るく社交的で自信家のトウカイテイオーと、俯きがちで底の知れないホシノウィルム。

 後半で一気に捲り上げるトウカイテイオーと、前半で逃げて差を広げるホシノウィルム。

 2人は色んな面で対極的だ。対決するとなればさぞ映えることでしょう。

 今年のクラシックレースは盛り上がるだろうねー、なんて……他人事みたいに、アタシは友達と笑い合っていた。

 

 ……燻る思いを、胸の底で押し殺しながら。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 状況が変わったのは、アタシが無事に未勝利戦でデビューした後。

 唐突に、アタシのトレーナーが言ってきた。

 

「ネイチャ、朗報だ! ホシノウィルムとの模擬レースを取り付けたよ!」

 

「…………はえ?」

 

 全く以て青天の霹靂。

 アタシの怠惰な競走人生は、その日を境にがらりと色を変えたんだ。

 

 

 

 アタシのトレーナーの話をしよう。

 トレーナーとしては若手……というか、ホシノウィルムのトレーナーさんを除けば最年少。

 特に名門の出ということもない、普通の新人トレーナーだ。

 

 彼と出会ったのは、選抜レースの前。色々と迷惑をかけた、今思えば恥ずかしい出会い方だった。

 過剰な応援が恥ずかしく、そして怖くなって逃げたっていう……あーもう、これは忘れよう。そんな過去はなかった、うん。

 

 で、その選抜レースで3着という平凡な結果を出したアタシを、トレーナーさんは何故かスカウトしてくれたんだ。

 何でも、その末脚に惚れ込んだ、是非自分と一緒に走って欲しい、命を懸けて支えてみせる……ってさ。

 恥ずかしいことを言うもんだって、思わず赤くなっちゃったくらいだよ。

 ……後から聞けば、ホシノウィルムを担当する堀野トレーナーさんのアドバイスを受けてのスカウトで、その文句も受け売りだったらしい。

 意外なところにキューピッドがいたものだよね。……あの仏頂面がそんなセリフ言うかなって、少し疑問だけど。

 

 その人間性と言えば、ちょっとばかり思い込みが激しくて、アタシなんかが主人公になれるって信じてくれる変人だ。

 生活力も低いし、身だしなみも……うん、正直あんまりパっとしない感じ。

 いや、悪口になっちゃったけど、勿論アタシはトレーナーさんに感謝してるよ。

 アタシなんかを拾って、支えてくれた大恩人。最近はちょっとでも恩返ししようと、時々ご飯作りに行ってるくらいだし。

 ……それで一緒に買い出しに行った時、アタシを気に入ってくれてる商店街の皆さまに見られて、すっごい恥ずかしい思いをしたこともあったけどさ。「僕の誇れる愛バです!」じゃないんだよ、ホント。

 

 で、そんな人間だから……たまに、こうして突飛な行動もしちゃうんだよね。

 

 

 

「ほっ、ホシノウィルムと模擬レース!? 嘘でしょトレーナーさん!?」

「勿論嘘じゃない。いやぁ僥倖だね、本当にラッキーだよ!」

「だ、駄目だこのトレーナーさん、興奮してら……」

 

 アタシがここまでビビってるのには、ちゃんと訳がある。

 選抜レース以来、ホシノウィルムは世代の強者かもしれないっていう噂が持ち上がっていた。

 それで気になって、アタシはこの目で見てしまったんだ。……彼女のメイクデビューを。

 

 そして、諦めた。

 

 トウカイテイオーを「強者」とするなら、ホシノウィルムは「唯一」。

 他のウマ娘なんて目に入っていない。ただ速くゴールするだけの、ある意味単調な走り。

 言われていた通り、確かにテレビで見たサイレンススズカ先輩の走りに似ていた。それだけ圧倒的で、見ただけで絶望するような走りだった。

 彼女と同じレースに出ても、一緒に走れる気がしない。

 最初から勝利が確定している彼女に続く、2着争いにしかならない。

 主人公と言うよりは魔王。ヒーローと言うよりはヒール。

 

 だから「蛇」なんていう、悪者みたいなあだ名が付いたんだよ。多分ね。

 

 そんなホシノウィルムに挑む?

 冗談でしょ。アタシはそんな大したウマ娘じゃない。

 そりゃあ地元じゃ滅多に負けないくらいだったし、多少は自信があった。

 でもここ、中央じゃ、良いとこまで行けても1着は取れない程度のジリ脚だ。

 そんなアタシが、あの台風に挑むとか、身の程知らずにも程があるって。

 

 ……なんて。いくら説得しても、決定しちゃったものは覆らなかった。

 トレーナーさん、こういう時だけ強情だからなー……。

 

 

 

 実際に会ったホシノウィルム……ウィルちゃんは、やっぱり謎な女の子だった。

 無表情で、耳も尻尾も滅多に動かない。それなのに、アタシを見た瞬間だけはピーンって固まっちゃったりして。

 他人に全然興味を持たないって話だったのに、いきなり友達になりましょうとか、呼び捨てで結構です、なんて言ってさ。

 その上、アタシなんかにキラキラした目を向けてくるんだもん。

 

 ……すっごくダサいけど、その時、アタシは舞い上がっちゃった。

 とんでもない天才である彼女に特別扱いされる優越感を感じて……アタシだってちょっとしたウマ娘なんじゃないかって、調子に乗って思い上がった。

 

 

 

 ま、そんな勘違いは、10分かそこらで崩れ去ることになるんだけどね。

 

 模擬レースが始まる直前、明らかに彼女の雰囲気が変わった。

 今まで静かで穏やかだった空気が、冷たく鋭くなっていく。

 明るかった家への帰路が、急に獣が潜む夜の森になったような不安と恐怖と緊張感。

 どうしようもなく、怖い……それこそが、「ウィルちゃん」じゃない「ホシノウィルム」の、ウマ娘としての本性。

 

 

「えっと……」

「寒い」

 

 自分の思考に集中し切って、アタシの言葉なんて気にしない。

 視線はターフに落とされて、アタシのことなんて見もしない。

 

 そこで、ようやく気付いた。

 

 

 

 ……この子が興味を持ったのは、「ナイスネイチャというウマ娘」じゃないんだ。

 

 

 

 レースが始まってすぐ、アタシは彼女との差を直視することになった。

 確かに、作戦の違いはある。逃げと差しじゃ、ペース配分が大きく異なることはわかってる。

 ……それでも、彼我の距離が開き続ける光景は、あまりにも絶望的なものだった。

 

 まぁ、そりゃそうだよね。逆に安心するよ。

 アタシとあの子じゃ、土台が違う。才能が違う。……素質が違う。

 ナイスネイチャは決して、ホシノウィルムに勝てない。

 そこには次元と呼んでいいくらいの断絶がある。

 だからさ、追い付けなくたって仕方ないんだってば。

 

 彼女は圧倒的だ。おおよそ平凡なアタシが太刀打ちできる存在じゃない。

 そもそも彼女は、アタシを見てない。一緒に走っていると、認識すらしてないと思う。

 …………いいや。

 

 同じウマ娘として見られてすら、いないかな。

 

 不意に。

 それを……柄にもなく、悔しく思った。

 ふざけんなって叫びたくなるくらいに。歯噛みして、両手を握りしめるくらいに。

 

 気付けば、地面を蹴ってた。

 どうせ最初から勝ち目のないレースだ。今のアタシがどうしたって、彼女を超えてゴールすることはできない。

 ならせめて、こっちを見させてやる。無視できないくらいに追い詰めてやる。

 そう思って、本気で、全力で走った。

 

 ……まぁ、結果から言うと、追いつくことすらできなかったんだけどさ。

 

 後方2バ身まで迫った時、彼女はちらりと、こちらを見た。

 温度のない瞳だった。冷たい、敵意しか感じない瞳だった。

 それは路傍に転がる石を見るように、一瞬だけアタシを認識して……。

 

 次の瞬間には、彼女は目を逸らし、遥か彼方へと走り去って行った。

 

 正直さ。

 アタシは嬉しかった。

 だって一瞬でも、その瞳にアタシが映ったんだ。

 天才に、ほんの少しだけ、認められた。

 アタシがここにいるってことを……認めて、…………。

 

 …………そんなの。

 

 そんなのを喜んだことが、一番悔しいよ。

 

 

 

 その日はもう、散々だったね。

 まだ身の丈に合わないレースして、ヘトヘトになってゴールして、トレーナーさんにダサいとこ晒して……。

 

 ……でも多分、この日が始まりだった。

 アタシとトレーナーさんが本当の意味で走り出した、始まり。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 模擬レースが終わった後、アタシとウィルちゃんは合同トレーニングをするようになった。

 何でもウィルちゃんから堀野トレーナーさんに頼み込んだらしい。

 ……アタシはどうやら、本気でこの子に好かれたみたいだ。悔しいことに、ウマ娘としての脚以外の何かしらを、だろうけどね。

 

 堀野トレーナーさんはとんでもないスパルタトレーナーで、毎回毎回限界直前まで追い込まれる。

 ……まぁ鍛えられるからありがたいと言えばありがたいんだけどさ。

 ネイチャさん、終わる頃には脚ガクガクで立てなくなるのはヤバいと思うんだけどなぁ。

 アタシたち、頑丈なウマ娘だよ? それが立てなくなるって、本当に大丈夫なの?

 

 お休みの日が被れば、堀野トレーナーさんにウィルちゃんを押し付けられたりもした。

 彼女は酷いトレーニングジャンキーらしい。……いやトレーニングジャンキーって何? それってもうシンプルにマゾなんじゃないの?

 まぁとにかく自主トレの鬼であるらしくて、アタシに任せるくらいしかそれを封じる方法がないんだってさ。友達だから、それくらいは全然いいんだけど……。

 とんでもなくストイックであることは知ってたけど、まさかここまでとは思わなくて、ちょっと苦笑しちゃうくらいだ。

 

 多分、この学園で堀野トレーナーの次にウィルちゃんに親しいのは、アタシなんだろうね。

 彼女が他のウマ娘と絡んでいるところ、あんまり見ないし。

 あ、でも寮の同室の先輩、ハッピーミーク先輩とはかなり親しいみたい。

 時々、ちょっとだけ尻尾を揺らめかせて、先輩の可愛いところを話してくれる。

 こういう時、耳や尻尾に注意しなきゃわかんないくらいのほんのわずかな感情が出るのが、この子の可愛いところだと思う。

 ま、表情は真顔のままなんだけど。

 

 

 

 ……そしてアタシは。

 そんな中で、ひたすら、ホシノウィルムを観察し続けた。

 

 アタシには、素晴らしい素質なんてない。

 アタシは強くない。普通に走ったら、万が一どころか億が一にも、ホシノウィルムに勝てはしない。

 だから、トレーナーさんに言われた通りに。

 

『勝ちたいのなら、まずは情報を集めよう。

 ホシノウィルムはどういうウマ娘で、どういう考え方をして、どういう走り方をするのか。

 彼を知り己を知れば百戦殆からず、だよ』

 

 癖。思考方法。判断の傾向。走法。姿勢。嗜好。利き足。食事のタイミング。

 

 つまらないことから大事なことまで、ひたすらウィルちゃんを観察し、知っていく。

 その情報の全てを纏め上げて、頭の中に「想定上のホシノウィルム」を作り上げる。

 

 レースでこういう展開になった時、彼女はどうする?

 レースでこういうミスをした時、彼女はどうする?

 レースでアタシがこういうことをした時、彼女はどうする?

 

 考える。

 考える。考える。考える。ひたすらに考える。

 

 体で勝てないなら、頭も使う。頭が動かなくなれば、体を鍛える。その繰り返しだ。

 あの模擬レース以来、アタシはアタシの全てを使って、ホシノウィルムに追いつくことを考えていた。

 

「次は……アタシが勝つからね、ウィルちゃん」

 

 本当、柄にもないことだけどさ。

 アタシは、これまでにないくらいに燃えていたんだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 リベンジの機会は、思ったより早く訪れた。

 

 テイオーと知り合ったり、若駒ステークスで2バ身差で負けたり、他のオープン戦では勝ったり、レース中に相手を威圧する方法を学んだりする内に、あっという間に半年の時間が経って。

 アタシのトレーナーは、またウィルちゃんとの模擬レースをセッティングしてくれた。

 

「芝2000メートル? 中距離までだと勝てないって話じゃありませんでした?」

「うん、勝機は薄い。でも今のネイチャなら、きっと掴めるよ」

 

 ……まったく、このトレーナーさんは。

 こんなダメダメネイチャさんを健気に支えてくれる上、こうして信じてくれちゃって。

 アタシが心の中に温かなものを感じている間に、彼は足元に置いていた段ボールを机に乗せる。

 

「ん、これは?」

「開けてみて」

 

 果たして、中に入っていたのは……これ、手紙?

 誰の……って。

 

「故郷の皆……それに、商店街の」

「ああ。最近届いた、君への応援の手紙だ」

 

 すごい。束になって、これ……50枚くらいあるんじゃないの?

 どれを見ても、応援してるとか、頑張れとか、信じてるとか、たくさんの言葉が並んでて……。

 

「僕だけじゃない。君を信じてくれている人は、たくさんいる。

 だから、君も君自身を信じてあげてほしい。頑張ってみてほしいんだ」

 

 

 

 アタシのトレーナーさんは、思い込みが激しくて、生活力もなくて、身だしなみも微妙で。

 けれどいつだって、アタシを見てくれてる。

 だから、こうして……アタシを焚き付ける最高の方法を知ってるんだろうね。

 

 アタシは素質には恵まれなかったかもしれない。

 でも、良いトレーナーさんに恵まれたことは……多分、間違いない。

 

 

 

「……あー、もう、こんなのちょっとズルいじゃん。

 悪いけど、トレーナーさん、ちょっとあっち向いててよ」

 

 トレーナーさんには、もう散々ダサイとこ見られちゃったけどさ。

 それでも、ぐしゃぐしゃになった顔なんて見られたくないから。

 

 きっと……今度は、かっこ良いとこを見せるよ。

 トウカイテイオーとホシノウィルム。アタシと同じ時代に生まれた、2人の本当の天才。

 あの2人に勝つとこを、さ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 2回目の模擬レースの状況は、その全てがアタシに味方していた。

 テイオーもウィルちゃんも、アタシを見ていない。互いが互いを警戒していて、アタシにまで気を配れていなかった。

 ……つまりアタシはノーマーク。これならやりたい放題だ。

 

 観戦客たちも、殆ど2人を見ている。テイオーを応援している人、ウィルちゃんを応援している人、そしてレースの結果を見たがっている人ばかり。

 アタシに注目している人なんて、物好きな1人くらいだろう。

 ……うん、それでも問題ない。何せアタシは、前日にパワーを貰ってますからね。

 トレーナーさんや皆が信じてくれるだけで、十分ホームグラウンドってもんですよ。

 

 状況は完璧。調子も絶好調と呼んで差し支えない。

 その上テイオーは好調ってわけじゃなさそうだし、ウィルちゃんに至っては珍しく調子を崩していた。

 全てが追い風だ。

 

 行ける。

 

 今日こそは勝つ。勝ちたい。

 アタシだってこの子たちと同じウマ娘で、同じレースを走ってるんだ。

 追い付く。追い抜く。絶対に、このキラキラした天才たちに。

 

「アタシは、アタシなりに……勝つ」

 

 そうして、レースが始まった。

 

 

 

『多分、ホシノウィルムはトウカイテイオーを潰すために、ペースを上げてくる。 

 ……いや、ホシノウィルムがそう判断するかはわからないけど、堀野君なら間違いなくそうさせる。

 それが一番確実で、完璧な勝利方法だからね』

 

 トレーナーさんの推論は当たって、ウィルちゃんが引っ張るハイペースな展開でレースは始まった。

 それに対してテイオーは、事前に吹き込んでいた通りに、ウィルちゃんに追いすがってくれた。

 ……テイオーは、確かにすごい自信を持ってる。他の子がどう走ったとしても、自分の走りを貫くだけの堅い自信を。

 けれど自信があるってことは、翻って言えば、自分の感覚に強く依存してるってことでもある。

 後ろからひたすら威圧感をかけ続けて、「なんか居心地が悪い、早く先に行った方が良い」と思わせてしまえば、彼女は自分の感覚に従って、素直に前へと急ぐ。

 これも、トレーナーさんの読み通り。

 そうして、テイオーをロングスパートさせる試みは成功した。

 

 ……けど、新たな問題が発生する。

 テイオーだけでは、ウィルちゃんを追い詰めきれなかったんだ。

 

 実のところ、アタシもトレーナーさんも、テイオーとウィルちゃんがどれだけ走れるのか、正確には知らない。

 彼女たちの間にどれだけの差があるのか。どれだけスペックが違うのか。

 外野のアタシたちは、それを知ることができない。予想を元にレースを設計するしかない。

 

 そして、彼女はその予想の上を行ったんだ。

 まさかウィルちゃんが、後続との距離を綺麗に保つなんていう、曲芸みたいなペースアップができるなんて。

 テイオーがあそこまで追いすがっても、それでもなお逃げ切れる程に実力差があったなんて。

 

 歯嚙みする。

 本当はあと少し、脚を溜めたかった。万全にウィルちゃんを追い抜くためには、もっとスピードが必要だから。

 でも、このままじゃウィルちゃんは「彼女の想定通り」に走り切っちゃう。

 ……それじゃ駄目なんだ。それじゃ勝てない!

 

 芝を踏みしめて、思い切り、蹴り跳ばす!

 こうなったら仕方ない。アタシもスパートをかけて、後ろからテイオーを威圧する。

 それでテイオーに後方2バ身まで詰めてもらおう。

 それで暴走して垂れたウィルちゃんとテイオーを、後ろから一気に抜く……これしかない!

 

 走る。走る。思い切り、この脚を振り回す。

 アタシの脚は、大して強いわけじゃない。そんなことはわかってる。

 だからこうして状況を作った。2人の脚をアタシと同レベルにまで引き落とした。

 この状況なら、アタシは……。

 

 1着に、なれる!

 

 

 

 

 

 

 ……でも。

 本当の天才は、何度でも想定を超える。

 

 ごっ、と。

 音がした、気がした。

 ウィルちゃんが、地面を蹴った音。加速した音。……更なるスパートをした、音。

 この時点で追い詰め切って、これ以上スパートするスタミナはない計算だったのに。

 ……彼女はまだ、底の底に、力を隠し持っていた。

 

「うそっ!?」

「……くっ」

 

 テイオーとアタシが、同時に呻く。

 今までの圧倒的なレース展開ですら、彼女の本気ではなかった。

 こうして差が開いていく現状こそが、ウィルちゃんとアタシの素質の違いを示している。

 

 

 

 ……はは。

 やっぱり届かないんだ。

 空の星はとっても高い。手を伸ばしたくらいじゃ届きはしない。

 凡人なりに努力したって、不可能ってものがそこにある。

 いつものように、すっぱりと諦めよう。

 アタシじゃ、ホシノウィルムには、絶対に勝てないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……なんて、ね。

 今更諦められるわけないでしょうが!

 

 

 

 歯を食いしばる。既に限界だって言ってる体に鞭を打つ。

 不可能? 無理? そんなの終わってからいくらでも言い訳できるでしょ。

 アタシはここに、ウィルちゃんとテイオーに勝つために来たんだ。

 今更、諦めない。そのキラキラを諦められない!

 

 アタシは今日、ここで、勝つんだッ!

 

 

 

 その時。

 パキ、と。

 疾走する視界に、ヒビが入る。

 

 

 

 ……ついにおかしくなっちゃったかな。アタシの目、どうなってるんだろ。

 どこか冷静な思考が、他人事のように頭の片隅で呟いた。

 でも、そんなの知ったことか。アタシは前に行かなきゃいけない。あの子たちを追い抜かなきゃいけない。

 邪魔だ、このヒビも……アタシの限界も。

 

 

 

 パキ、パキ。ヒビが広がっていく。

 流れる視界の外側に、割れた欠片が飛んでいく。

 

 

 

 土台、限界なんてものがあるからいけないんだ。

 もっと、もっと速く。もっともっともっと、もっと速く!

 テイオーも、ウィルちゃんも、自分の限界さえも追い抜いて。

 

 

 

 ……きっと、その先へ!

 

 

 

 バキン。

 何かが割れた音がして。

 

 

 

 ……視界の先、割れかけたヒビの向こう側に。

 キラキラした破片を纏い、ゴールラインを踏みしめるホシノウィルムが、映った。

 

 

 

「あ」

 

 認めたくない現実が、そこにはあって。

 アタシの視界は、一瞬で正常に戻る。

 

 ここは……そう、模擬レース中だ。

 頑張って2人の背中に追いすがったけど、アタシはそれでも届かなくて……。

 また、ホシノウィルムに、負けた。

 

 急に、脚が重くなった。

 全身の節々が痛い。視界が明滅する。体の先端の感覚がない。

 

 駄目だ、これ以上は走れない。

 走りたくても、どれだけそう望んでも……脚が、どうしても動かない。

 

 

 

 

 

 

 そうして、また、アタシは負けたんだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 あと一歩……ですら、なかった。

 テイオーとの着差はクビ差。……だけど、ウィルちゃんとの差は、8バ身以上。

 アタシはずっとウィルちゃんの情報を集めてきたのに、それでもまだ、彼女の限界を知らなかったんだ。

 だから……こうして、無様に負けた。

 

 

 

 悔しい。

 

 悔しい、悔しい、悔しい!!

 行けるはずだった、行けると思った! 状況は全部味方してくれて、これ以上ないくらい条件は整ってた!

 レースも殆ど上手くいって、あのテイオーを好き勝手に振り回して……!

 それで……それなのに負けた!!

 

 トレーナーさんも、故郷の皆も、商店街の人たちも、みんなみんなアタシに期待してくれた!

 アタシは勝つはずだった、勝たなきゃいけなかった!

 それなのに……この、脚が、もっと動けば……!!

 

 

 

 なんで。なんで……ッ!

 ヒビ割れの向こうに見えた、輝く鹿毛と、小さな背中。

 

 アタシは、あの星を掴めない……!!

 

 

 

「ネイチャちゃん……いいえ、ネイチャ」

 

 肩に、手が置かれる。トレーナーさんのじゃない、もっと細くて熱のこもった手。

 見上げると、今までに見たことのない表情をしたホシノウィルムがそこにいた。

 興奮、してるのかな。目を見開いている。喜びとも怒りともわからない、情動が漏れ出したような微妙な表情。

 耳はピンとこちらに向かって立って、尻尾まで振り回して。

 

「ネイチャ、お願いします。また一緒に走りましょう。……私は、また、あなたと走りたい」

 

 キラキラと燃える瞳をアタシに向けて、そう言ってきた。

 

 

 

 ……あぁ、つまりは、そういうこと。

 あの時と同じだ。

 1回目の模擬レースで、一瞬だけ振り向かせて、警戒させた時。

 あの時アタシは初めて、彼女の視界に入れた。そこにいるのだと認識された。

 

 そして今回、アタシはやっと、彼女にライバルだと……同じレースを走るウマ娘だと、認められたんだ。

 

 ようやく、本当にようやく。

 ナイスネイチャは、ホシノウィルムと同じ舞台に立つことを許された。

 

 その傲慢に腹が立つような、単純に評価されて嬉しいような気もした。

 けど、それ以上に……。

 

 アタシの中の、強い風に消えかけた闘志が……。

 再び、音を立てて燃え盛る。

 

「当然……今度は勝つからね、ウィル!」

 

 駄目だった。確かに、今回は負けた。完敗だよ。

 

 でも、「今回は」、だ。

 共演者になった以上、彼女との舞台は続く。

 何度でも、何度でも、その喉元に喰らいついて……。

 

 

 

 いつかはアタシが、勝つ!

 

 アタシは……、アタシだって、ウマ娘なんだから!

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ホシノウィルムは、アタシにとって天井の星飾りになった。

 今はまだ手が届かなくても、いつか必ず掴んでみせる。

 ……覚悟してよね、ウィル。

 アンタの三冠を止めるのは、このアタシだ。

 

 

 







 ナイスネイチャ
 『きっとその先へ…!』 未収得
 レース終盤で3番手の時に負けそうになると秘めた闘志に火が付き速度が上がる



 そんな訳でネイチャさん視点でした。
 彼女だってこの世界に生きるウマ娘であり主人公。彼女なりの物語があります。



 次回は3、4日後。トレーナー視点で、駄々っ子ウィルちゃんとご両親へのご挨拶の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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