実は、ずっと練習しているが口笛が吹けない。
歩さんと家具を選びに行ってから、おおよそ1週間と少し。
私やブルボンちゃんは、ひたすらトレーニングの日々を過ごしていた。
平地のランニング、坂路、室内プールでのスイミング、時には座学とかレースの映像視聴に、わけわかんないくらいデカいタイヤ引きも。
トレーナーに言われるままに、色んなことをコツコツと毎日こなしてきた。
……トレーナー、あのクソでかタイヤどこから見つけて来たんだろう。横に倒してもブルボンちゃんの身長の3倍くらいあるんだけど、どんな車に使われてるんだアレ?
とまぁ、タイヤのことはどうでもいいとして。
本当のことを言うと、もうちょっとだけ日常を楽しみたい気持ちはあった。
何せあの日……歩さんが、ちょっとデレた? 疑惑があったんだ。
そこについてもうちょっと深堀りしてみたいというか、本当に歩さんが……その、私の好意に気付いてくれてる? というか、受け取ってくれたりしてくれてる? のか?
その辺を、ちゃんと確かめておきたかった。
だって、もしもこれが私の勘違いじゃなくて、本当に、歩さんが私の想いを受け止めてくれるんなら……。
…………えへ。
えへ、えへへへ。
あ、い、いや、勿論今すぐ告白なんて短慮なことはしないよ!?
そんなことしたって職務に忠実すぎる歩さんは断らざるを得ないだろうし、というか仮に受け入れたら中等部の女の子に手を出したヤバい大人になっちゃう。
私の方だって、恋愛に夢中になりすぎてレースが疎かになっちゃう予感がある。恋は盲目、恋愛は人の脳を破壊して浮かれポンチDQNにする魔力があるのだ。
勿論将来的には……それこそ学園を卒業したら、好き放題浮かれたいなぁとは思うけどね。
でも、せっかくお母さんの夢だった競走ウマ娘になれたんだもん、今はその夢を背負って精一杯に駆け抜けたいと思う。
そんなわけで、今愚直に告白なんかしても、歩さんにも私にも悪いことしか起きない。
これはビビってるとかじゃなくて、あくまで論理的に考えてお互いの利にならないから行動を起こさないだけなのは留意されたし。
ただ、告白とかの直接的な行動はしないにしても、現時点で歩さんが私の想いを受け止めてくれるかを確認することは決して無駄にはならない。
だって、もしもそうなら、「もう少し待ってほしい」って言えるんだもの。
歩さんだって自由恋愛の権利を持っているわけで、私以外の誰かを……好きになったりとか、お付き合いしたり結婚したりすることも、できる。あー想像しただけでNTRの味で吐きそう。
でも……私が学園を卒業するまで待っていてもらえれば、その……改めて、お付き合い? とか、将来的には一緒になったり? とか、そういうのできるわけだし。
私、自分で言うのもなんだけど、結構優良物件だと思うしね?
これでもウマ娘ってことで顔は良いし、実績的にも日本で私に勝てるウマ娘は1人くらいしかいないし、お金いっぱいあるし、あと基本インドア派だから面倒なこと言い出さないし……あとは……そう、それにあんまり記念日とか気にする方じゃないし!? あ、でも、誕生日と出会った日と宝塚記念の日と有馬記念の日の4日は大事にしてほしいかもだけど……。
とにかくお買い得! お買い得ですよ私! お手頃契約で無敗三冠ウマ娘があなたの伴侶に! おまけに今なら凱旋門賞日本史上初勝利まで付いて来る!
……いや、うん。
歩さんは、こっち系で攻めても意味ないよなぁ。
プレミア感云々より相手との幸せで穏やかな毎日を望む方だろうし……勿論私ならそんな日々をプレゼントしてあげられるけど、それは他の女性もそうだしなぁ。
うーん、どうしたものか……。
……ていうか、アレだな。
皐月賞前日にこんなこと考えてる時点で、私はもう、だいぶ恋愛浮かれポンチになってるのかもしれない。
* * *
皐月賞。
言わずと知れた、クラシックレースの1つ目の冠。
中山レース場、右内回り2000メートル。最も脚と成長の「はやい」ウマ娘が勝利すると言われる、伝統あるG1レースであり……。
去年私が7バ身……いや、8バ身だっけ? そのくらい差を付けて快勝したレースでもある。
いやぁ、あの頃が懐かしい。
まだ私は走りを楽しんでるって自覚できてなかったし、テイオーは本気出せてなかったなぁ。
1年前のことなのに随分昔に感じるというか……。
正直、あの頃の自分のあまりの駄目駄目さに、恥ずかしくなっちゃうくらいだ。
何が私は勝たなきゃ価値がないだよ、誰かと走ることの楽しさも歩さんへのこの想いも何も知らない無知なメスガキがよぉ……。あー、顔を埋める用の枕が欲しい。
と、少し話が逸れてしまったか。
皐月賞に参加できるのは、クラシック級の時のみ。
平たく言えば、競走ウマ娘としてトゥインクルシリーズに登録してから2年目。
さらに分かりやすく言えば、中等部2年のタイミングだ。
私ことホシノウィルムは、今年度中等部3年になったシニア級なわけで、勿論この皐月賞に参加することはできない。
本当は楽しいレースとあらば参加したいのだけれど、規則なら仕方なし。
その代わりと言ってはなんだけど、1週間後のテイオーとマックイーンさんとの天皇賞を、精一杯楽しませてもらうとしよう。
で、そんな皐月賞に、ウチの陣営からは可愛い後輩たるブルボンちゃんが出走予定だ。
彼女の出走する、初の中距離区分のレース。前回のスプリングステークスから200メートル延びて、ブルボンちゃんの適性から言うとまた少しだけ厳しいレースになるだろう。
勿論、レース当日である明日は、私たちの陣営全員で応援&見学に行く予定。
明日は結構朝早くから、ブルボンちゃん含む4人で中山レース場に行かねばならない。
そんなわけで、私もブルボンちゃんも今日のトレーニングは早めに切り上げた。
流石のトレーニング大好きウィルムさんと言えど、寝坊で後輩のレースに遅れるようなことはあってはならない。ちょっと寂しいけど、今日はしっかり休むとしよう。
……私、ちょっとだけ朝に弱いからな。歩さんに会う2時間前には起床しておかねば。
あ、自主トレと言えば、最近はライスちゃんが自主トレ誘ってくれないんだよなぁ。
まぁ時期的にも皐月賞直前、そりゃあシニア級のウマ娘と走って調子が乱れたりしたら大変だ。
だから仕方ないと言えば仕方ないんだけど……。
「うーん……」
栗東寮の靴箱にいつも使ってるトレーニングシューズを入れてから、思わず腕を組んで悩む。
一緒の自主トレ、ただ公式レース前だから遠慮されてるってだけならいいんだけど……どうにもそれだけじゃなさそうなんだよなぁ。
今朝、食堂でライスちゃんに出くわした時……いや出くわすっていうか、遠くからパンをもきゅもきゅしてるのを見かけた時って言うのが正確なんだけど。
その時のライスちゃん、なんというか、ちょっと入れ込んでるっぽかったんだよなぁ。
例えて言うと、ほら、アレだ。
前世アニメ2期で、春天絶対出ないマンになってた頃の、塞ぎこんじゃってる様子というか。
あの時に比べれば全然マシな程度っぽかったんだけど……それでも、空気感のベクトルとしてはあれに近い感じで。
何かしらの悩みとか憂鬱とかがあるっぽいのは、遠目でもわかった。
……でも、問題はそれをどうするか、なんだよなぁ。
「どうするかなぁ」
私はライスちゃんの先輩なわけで、彼女が何か悩んでいるのなら、相談に乗りたいところではある。
ただ……今日は重賞の、それもクラシックレースの前日なんだ。
この時期のウマ娘は、追い切りやレースへの緊張感もあってピリピリしていることが多い。
本来は、同陣営でもないウマ娘にちょっかいをかけていいタイミングではないんだよね。
勿論、私は善意で彼女の不調をなんとかしようと思っているわけだけど、善意で取った行動が必ずしも良い結果を生むわけでもない。
ライスちゃんのことを思えばこそ、ここは一旦待ち、皐月賞が終わってから声をかけるべきだろうか。
それとも、皐月賞を悔いなく走るために、今こそ話しかけるべきか?
……いや、そもそも私が接触して悩みを解決できるとは限らない。
彼女の悩みをなお深めてしまう可能性もあるし、それで彼女の走りが更に駄目になったら……あんまりよろしくない。
「自分の走りが悪かったから負けた」と認めることは、私たち競走ウマ娘にとってすごく大事だ。
その意識こそが、私たちの成長に繋がり、私たちの走りをより良くするから。
しかし、仮に私が彼女と接触し、結果として彼女の走りを駄目にしてしまえば……ライスちゃんの中には、たとえほんの僅かとしても、「先輩のせいで負けた」という意識が生まれ得る。
勿論ライスちゃんは優しい子だし、そう思わない可能性もないわけではないけど、その可能性があることは確かで……。
それが原因で、ライスちゃんの道行きが閉ざされてしまう可能性を考えると……なかなか難しい。
歩さんとの勝負や前世アニメ2期で憧れた彼女の想い、そしてこの前歩さんに言われたこともあるし、私はこれからもライスちゃんをしっかり強くしていかねばならない。
同陣営のブルボンちゃんの強化も、彼女のライバルであるライスちゃんの強化も、どっちとも進めていかなきゃいけないっていう、なかなか複雑な状況なんだけど……。
その上で、今、どうすべきかなーって、そんなことを悩んでいると……。
「……うお」
「先輩」
私が歩みを進めようとした先には、いつか見たことのあるような光景があった。
寮の廊下に、明日が本番ということで早めに帰されたはずのブルボンちゃんが待ち構えていたのだ。
* * *
時は夕食前、ブルボンちゃんの部屋にて。
彼女の勧めでベッドに座らせてもらった私は、なんとなく呟いた。
「なんか懐かしいな」
「懐かしい?」
「ブルボンちゃんは覚えてない? 去年の皐月賞の前の日も、こうやってお話ししたこと」
「なるほど、確かにアーカイブに記録が残っています。改めて、去年に続き今年もお時間をいただきありがとうございます」
「いやいや、去年はともかく、今年は私が時間をもらう側だよ。明日皐月賞に出るのはブルボンちゃんなんだし」
去年の皐月賞前日。
私は今日と同じように、ブルボンちゃんにお話に誘われた。
前にも言ったように、公式レースの直前のウマ娘には、あんまりちょっかいをかけるべきじゃない。
この辺は、トレセンの学生寮に住む者の暗黙の了解だ。
故に、まだほとんど接点のない後輩であるブルボンちゃんからの急な申し出は、本来は結構無作法とされるヤツだったんだけど……。
彼女が前世アニメでも見た憧れのネームドだったことや、可愛い後輩であることから、私はそれを了承。
持ちかけられた相談の内容は……確か、自分の血統と目標の間のギャップのことだったな。
実際には転生チート持ちっていう種も仕掛けもあるんだけど、世間から見れば、私は全く無名の──というか、競走ウマ娘にすらなることのできなかった──母から生まれ、皐月賞1番人気に輝いた突然変異のウマ娘。
そんな私に、ブルボンちゃんは血統の壁を越えることについて訊きたがったんだ。
……というか、後から聞いた話になるけど、あの話し合いの直前にブルボンちゃんは前のトレーナーさんと破局したらしいし、本当に夢を叶えられるか不安になってしまった、って感じなんだろうね。
で、それに対して私は、歩さんの考察と私の見た前世アニメを元に勇気付けて……って感じだ。
ブルボンちゃんなら、絶対にクラシックレースの場に立てる。
私を追ってくれるウマ娘の1人になってくれる、って、そんな風に言った……んだったかな、多分。
正直、この1年は色々なことがありすぎて、もう1年前の記憶すらもおぼろげなんだよね。
流れは間違ってなかったと思うけど……どうだったかな。
そして、そんなこんなの1年後。
今度はブルボンちゃんの皐月賞前日に、私は再びブルボンちゃんとの話し合いに呼ばれたわけだ。
「それで、どうしたの? ブルボンちゃんならトレーナーの言葉を守って、早めに休みそうなものだと思ってたんだけど……」
今日のトレーニング終わりのミーティングでは、歩さんから「明日に備えて各自早めに寝ておくように」との通達があった。
大事な日の前日なんだし、そりゃあみんなしっかり寝るだろう。だからいちいち確認しなくともいいんじゃないかって思ったけど……そういう当然のことを毎回確認するのも管理者の大事な仕事なんだとか。
まぁその後、昌さんに「兄さんは何時に寝るの?」って聞かれて「多分……まぁ、日付が変わるくらいには……」と目を逸らす、なんて一幕もあったんだけどね。
そんな風に医者の不養生やっちゃってる歩さんだけど、一方ブルボンちゃんはすっごく真面目な子だ。
たとえ自分が言ったことすらできてないダメダメな歩さんに言われたことでも、素直に従うだろうと思ってたんだけど……。
「いえ、これはマスターにより入力された優先オーダーの実行のための行動です」
「マスター……トレーナーに?」
思わず、その言葉に首を傾げる。
あぁいや、相変わらずのブルボンちゃん弁を理解できなかったわけじゃなくてね?
彼女の特殊な言い回しには未だに慣れないものの、取り敢えず、マスター=自分のトレーナーさん、入力=伝えられた、優先オーダー=優先するべき約束、くらいはわかるようになってきた。
彼女と付き合うようになってからおおよそ1年、積み重ねた時間とは偉大なものである。
しかし、歩さんが皐月賞前日に、休む以上に優先させること……?
あの人、担当ウマ娘の安全と健康最優先の人だし、レース本番の前の日は「頼むから自主トレはやめてくれ」って言ってくるくらい、徹底して休ませに来るイメージがあったんだけど。
……いや、もしかしてアレって、私だけか?
私が自主トレばっかりしてるから仕方なく言われてたり?
ブルボンちゃんみたいに言うこと聞く真面目な子には別の対応してたってこと?
いやまぁ、そこは確かめようもないし、歩さんの前で今更良い子ちゃんぶろうとは思わないからいいとしても、だ。
そこまで歩さんが優先する約束、かぁ……。
うん、ちょっと真剣に聞いてみようか。
「わかった。元から真面目に聞くつもりだったけど、ちょっと襟を正すよ。
……それで、相談って話だったよね。どんな話なのかな」
「では、端的にお聞きしますが」
コクリと、ブルボンちゃんは頷き……訊いてきた。
ちょっとばかり、色んな意味で、頭の痛くなる質問を。
「どうすれば、走ることを楽しめるのでしょうか」
* * *
少し、話は逸れてしまうが。
歩さんと出会うまでの私は、走りを、他のウマ娘との競走を、楽しんでいなかった。
その理由は……まぁ、アレだ。
端的に言えば、ちょっと捻くれていた、と言うべきか。
両親との死別を認められず、事実だけを受け入れた気になって、でも心のなかではどこか生きてるんじゃないかって錯覚して。
それで、お父さんに認められるには、誰かに愛されるには、とにかく負けずに勝ち続けるしかないんだって、そう思っていた。
だから、楽しさを感じるとかそれ以前に、負けないことに躍起になっていたんだ。
優しい人なら、これを「両親との死別によって起こった悲しい精神疾患」とか、そんな風に言ってくれるかもしれないけど……。
当人である私からすれば、ただ捻くれてただけだと思う。
両親から愛されなかったことが悲しくて、それを認めたくなくて、意地を張ってなんにも楽しくないって頬を膨らませて。
すっごい子供っぽいっていうか、本当に中等部の女子かよっていうか……。
まぁ、うん。ハッキリ言おう。
割と黒歴史気味なのだ、昔の私。
両親のことはいいよ? 愛すべき、そして間違いなく愛した、私の両親だ。
でもね? 両親の死から逃げ出していじけてた私は……正直、我ながらすさまじく恥ずかしいんだ。
前世の記憶とか人格も持ち込んだ転生者のくせに何イジイジしてんだよって、そう思ってしまう。
だからこそ、あの時代の私のことは、あんまり知られたくない。
前世で中等部……中学生だった頃に、授業中に手慰みに書いてた、全ページの10分の1も書き切ってない落書きノートの中身みたいなものだ。
その話を持ち出されたら必死に止めるし、多分顔も赤くなっちゃう。知り合いに見られたら憤死しかねないくらいの赤っ恥。
ファンの皆に見せるような表側はともかく、あの頃の私の内実を知るのは、今や歩さんにネイチャとそのトレーナーくらい。
みんな気が良いからあんまりからかったりはして来ないけど、私からすれば怖い事この上ない。
正直、あの時の私を知る人は、これ以上は1人たりとも増やしたくはないんだ。
……で。
何の因果か、ブルボンちゃんの相談は、私のそういう過去を思い出させるものだった。
思わず後輩ちゃん向け余裕の先輩フェイスが凍り付くくらいのショックを受けている私に気付かず、ブルボンちゃんは情報開示を続ける。
「私は、自身が自我の薄い……物事に執着を覚え辛い性質であると自覚しています。
しかし、マスター曰く、領域を開く4つの条件の内の1つは『走りを好きであること』。
父に聞くと、『好き』とは、『楽しい』という感情を覚える行為を指す言葉だと言っていました。
故に、私はクラシック三冠の達成のため、走ることを楽しむ必要があると推測します」
……なるほどね。
その話は理解できた。いや、ブルボンのお父さんもうちょっと言葉多めに話した方がいいんじゃないかなと思わなくもないけど、とにかくブルボンちゃんの話の内容と思考過程は理解できた。
理解できた、けど……。
「……ごめん、それへの相談は一旦置いておいて、聞いてもいい?
それって、歩さんとの……えっと、優先オーダーだっけ。それはどう繋がってるのかな」
「はい。元より、本件はマスターに相談し、回答を求めたものとなります。
しかしマスターは、これに関して明確で具体的な答えをくださることはなく、『それは君自身で見つけ出すもの』『もしもどうしようもなく見つけられなかったら、ウィルに助言を求めるように』とのオーダーをくださいました。
それに従い、皐月賞直前まで走ることを楽しもうと試行錯誤を繰り返しましたが、結局それは達成できず、こうして助言を求めることとなった次第です」
…………あぁ、なるほど、そういうこと。
歩さんったらもう……あー、もう、ほんともう!
ちょっと黒歴史を掠られたことに、思うことがないわけじゃない。
ない、けど……それに憤慨する本能以上に、これが一番スマートな解決法だろうなっていう理性の納得が先立ってしまう。
確かに、これが最適だ。
ブルボンちゃんに、走る楽しさを教えるのも。
今のトゥインクルシリーズを、クラシックレースを盛り上げるのも。
そして……私が密かに気にしてた、申し訳なさに言い訳をするのも。
せっかくならちゃんと相談してほしくはあったけど……。
ま、こうして何も言わずに行動を期待してもらえるっていうのも、ある意味じゃ信頼の証かな?
いいでしょう。
可愛い後輩ちゃんのためにも、私自身のためにも、歩さんの思惑に乗ってあげようじゃないですか。
「……なるほど、わかった。確かに私に相談してもらって正解だ」
「では……」
私に楽しさを感じる方法を聞こうと、ブルボンちゃんは気持ち身を乗り出してくるけど……。
残念。今言えることは何もないのです。
「ごめんね。これに関しては、口で説明することはできない」
「……では、どうすればいいのでしょうか」
ほんの僅かに眉をひそめたブルボンちゃんに、安心させるように笑いかける。
「どうすればいいかと言えば、簡単だ。明日の皐月賞、精一杯頑張って」
そう言って、私はベッドから立ち上がった。
ブルボンちゃんは首を傾げるけど……うん、こればかりはね。
「こういうのは、ただ口で言うだけじゃ嘘になっちゃう。実際に自分で走って、感じて、掴んで、モノにしないといけないんだ。
だから、私にできるのは、精々……」
言おうとして、ふと気付く。
あ、これ、いつも歩さんが言ってたことだ、って。
「精々、その道を敷くところまで。
実際にそこを走ろうと頑張るのは、ブルボンちゃんの役割だよ」
……えへへ、嬉しいな。
私も、歩さんみたいに、誰かを助けられるかもしれないんだ。
可愛い後輩ちゃんを……上手くやれば、2人も。
思わず本心からの笑みを漏らして、それじゃ行ってくるね、と片手を挙げる。
「どこに」って尋ねてくるブルボンちゃんに、よくぞ聞いてくれましたと思いながら、ちょっとカッコ付けて、私は答えた。
「君を楽しませてくれる子のところに、だよ!」
ウマ娘にレースの楽しさを
次回からは、また別視点がいくつか。
まぁ今回に関しては、皐月賞やったりあの子の視点やったりと色々あるのでね……。
そんなわけで、そちらもそちらでお楽しみいただけると幸いです。
次回は3、4日後。背を追う子の視点で、ヒーローの話。
(追記)
誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!