転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 今回は別視点、背を追うあの子の視点です。





i故に

 

 

 

 結局。

 ライスは、ブルボンさんを越える方法を見出せなかった。

 

 1か月弱前の、スプリングステークス。

 あの日のブルボンさんは、とんでもない強さだった。

 

 誰より早く駆け出して、誰より速く駆け抜けて……。

 ブルボンさんを見てたライスでさえ、どこでどう攻めればいいかわからずに、4バ身も差を付けられてしまったくらいに。

 

 最速でスタートを切って、誰にも干渉されないままに首位を独走。

 最初から最後まで一定のペースを維持して、垂れたところを差し切ることさえ許さない。

 自分の体の強さを押し付けての、どうしようもない圧勝。

 

 ……そう。本当に、どうしようもなく。

 ブルボンさんは、圧倒的な力を以て、「勝つべくして勝った」んだ。

 あれだけのメンバーの、皐月賞のトライアルレースである、G2スプリングステークスで。

 

 

 

 ……どうすれば、あのブルボンさんに勝てるんだろう。

 

 ただひたすらに強靭なフィジカルと、それを最大限に活かせる計算。

 一定のペースで走るってことは、つまりスタミナのロスが全くないってことで。

 つまるところ、ブルボンさんの走りに、弱点というものはないんだ。

 

 だから、わからない。

 ブルボンさんに勝つ方法、その背を越える方法が、わからない。

 わからないから、がむしゃらに走って……がむしゃらに走っていると、なおさらわからなくなる。

 

 

 

 ライスは、ブルボンさんに勝たなきゃいけないんだ。

 それが、お姉さまに与えられた、私が青いバラになるための道筋だから。

 

 でも……。

 あの走りを、どうやったら越えられるのか、わからない。

 

 スプリングステークスでは、第三コーナーからペースを上げて、ブルボンさんに迫った。

 それがいつものライスの定石で、先行ウマ娘の常識。

 だから、トレーナーさんとも打ち合わせて、最初からこの戦術で行くことは決まってたんだ。

 

 けれど……どうしようもなく、届かなかった。

 少しずつ追い上げはしてたけど……それは、本当に少しずつ。

 1ハロンかけて1バ身も縮まらないくらいのペースだった。

 

 あんなのじゃ、ブルボンさんには追い付けない。

 けど……あれ以上のペースを出すのは、今のライスじゃ難しい。

 

 だから、少しでも速くなれるよう、ひたすらに走って、走って、走って……。

 

 

 

 ……それでも。

 全然、追いつける気がしなかった。

 

 あの背中に。

 私の前を逃げ続ける、ブルボンさんに。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……はぁ、はぁ」

 

 結局、皐月賞前日になっても、ライスは勝ち目を見出せていなかった。

 

 トレーナーさんは「ライスなら展開次第で十分勝ちを拾えるよ。落ち着いて行こう」って、そう言ってくれたけど……。

 

 ……自分のことだからわかる。

 トレーナーさんの予測は、ライスへの慰めか、あるいはブルボンさんのことを過小評価してるって。

 

 今のライスじゃ、展開の是非もなく、2000メートルのブルボンさんには勝てない。

 そもそもブルボンさんの戦術が展開に左右されるものじゃないから、ライスの走りがバ場状態とかバ群の動きと噛み合うかって問題になるけど……。

 どれだけことが上手く運んだって、ブルボンさんまでは届かない。

 

 だから、このままじゃマズいって、そう思って……。

 本当は休むべきその日の夜も、ライスは走りに出ていた。

 

 

 

「はぁ……ふぅ」

 

 地面を蹴る脚が重くなってきた頃、脚を止めて、ベンチに腰かけて……思わず俯く。

 

 ……何やってるんだろう、ライス。

 トレーナーさんには「焦らなくていいから、今日はゆっくり休もう」って言われて……。

 それなのに、こうして勝手に寮を抜け出して、走ってしまって。

 

 良くないことだって、わかってる。

 わかってるけど……でも、少しでも多く走らないと、ライスは強くなれない。

 お姉さまみたいな才能もないし、ブルボンさんみたいな素質もないライスは、とにかく走り続けないとダメなんだ。

 

 けど……本当にこれで良かったのかなって、そう思ってしまう。

 一緒に歩むべきトレーナーさんの言葉を無視する形になって、良かったのかって。

 

「……どうすれば、良かったんだろう」

 

 ちりちりと、胸の奥が焦げるような錯覚。

 

 皐月賞までは、あと1日を切ってる。時間にして、多分19時間くらい。

 このままじゃ間に合わないって、わかってる。

 でも、これ以上どうすればいいかは、わからない。

 

 どうすれば。

 どうすれば勝てる?

 ライス、どうすればいいの……?

 

 

 

 

 

 

 ……なんて。

 ライスがそう思いながら、肩を上下させている時。

 

 その人は、魔法みたいに……。

 いいや、流れ星みたいに、急に現れた。

 

 たったったって、軽快な足音が聞こえて。

 こんな夜中にここに来る人なんて少ないはずだから、思わず警戒して身構えるライスに……。

 ひょこっと顔を覗かせたその人は、笑いかけてくれたんだ。

 

「やっと見つけた、ライスちゃん!」

「……お姉、さま」

 

 ライスの憧れる、お姉さま。

 去年の皐月賞覇者であり、無敗三冠ウマ娘。

 

 ホシノウィルム先輩が。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ライスが休憩中だったってこともあって、お姉さまと2人揃ってベンチに座る。

 ちょっとだけ乱れた息を整えるお姉さまの横で……ライスは、混乱の真っ最中だった。

 

「あの、お姉さま。なんで……どうしてここが?」

 

 ライスが使ってたのは、トレセンからちょっと離れたところにある山の中のお寺。

 少し前にトレーナーさんが教えてくれたスポットで、お姉さまにも教えてなかったはずなのに……。

 

 そんな中途半端にしか言葉にならなかった疑問に、お姉さまは苦笑で応えた。

 

「結構探したよ。ネイチャに心当たりを聞いて……それからずっと走り回ってさ」

「は、走って探して!?」

 

 私にとってかなりハイペースで3000メートルを駆け抜けても、「ジョギング程度だからね」って言ってほとんど息も乱さないお姉さま。

 そんなお姉さまが、今はちょっと肩を上下させてるってことは……。

 

 つまり、それだけ本気で、ライスを探してくれたってことだ。

 

「ど、どうしてそこまで……?」

 

 思わず口に出した疑問に、お姉さまは微笑んでくれた。

 

「どうしてもライスちゃんに伝えたいことがあったからさ」

「伝えたいこと?」

「うん」

 

 お姉さまは頷いた後、少し間を空けて、空を見上げる。

 

 釣られて、ライスも見上げると……。

 

 お昼まで続いてた雨が降り止んで、雨雲さんがいなくなった空。

 そこには綺麗なお星さまがたくさんたくさん浮かんでいて。

 

「……綺麗」

 

 ライスは思わず、そう呟いてしまった。

 

 思い返してみると、こうしてゆっくり落ち着いて空を眺めるなんて、いつぶりだろう。

 スプリングステークスの日以来、ずっとずっと勝つためにってトレーニングに集中してて、まともに休むような暇もなかった。

 体を休める時間はあっても……なんていうか、心は常に走ってた。どうすればもっと速くなれるのかって、そんなことを考えてた気がする。

 

 だから、なのかな。

 久々に見上げた空は、すっごく綺麗に見えたんだ。

 

 

 

 空を見上げて、ちょっとぼんやりしてたライスに、お姉さまが声をかけてくる。

 

「これは、あくまで個人的な意見なんだけどさ。走るのって、楽しくないといけないと思うんだ」

「楽しい……ですか?」

「うん」

 

 ちらっと横顔を覗くと、お姉さまは星を見上げながら、どこか未来を信じるような表情で呟いた。

 

「ライスちゃんはさ、走るの、好き?」

 

 その質問に、ライスは即答できなかった。

 

 それは簡単な質問のはずなのに、とても難しい質問のように思えたんだ。

 

「……どう、なんでしょう。

 昔は、好きだったと思います。誰かと走って勝つのが、嬉しくて、楽しくて。

 でも……今は」

「今は?」

 

 お姉さまの相槌は落ち着いて、優しくて、温かくて。

 解されるように、私の心が、口から流れ出る。

 

「……ライスは、人を不幸にしちゃうから。

 ライスが走れば、一緒に走る子が不幸になったり、レースが駄目になったりして……」

「どうして、そう思うの?」

 

 そう思う、理由。

 ライスが、自分を不幸な子だって思う……思うようになった理由。

 

 

 

「……あぁ」

 

 ……そうだ、思い出した。

 

 まだ、ようやく自我がハッキリした頃。

 子供たちで走る運動会のレースで、私が圧勝した時に。

 

 ライスは、自分が駄目な子だって、そう自覚したんだった。

 

「ライスは…………勝っても、人を不幸にしてしまうから」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その日は、ライスの通ってた学校の、運動会の日だった。

 

 その運動会では、人は人と、ウマ娘はウマ娘とかけっこをするっていう競技があって……。

 当時は走ることをすっごく楽しんでたライスも、勿論そこに参加した。

 

 全力で脚を動かして、荒れる息と痛む肺を懸命に抑えて、そうして誰よりも早くゴールして。

 

 そうして、観客席を見た。

 誰かを笑顔にできたかなって、笑ってくれてるかなって、そう思って。

 

 

 

 ……でも。

 

 一番最初に見えたのは、残念そうにしかめられた顔だった。

 

 多分、ライスが走ったレースの、他の出走ウマ娘の親御さんだったんだと思う。

 ライスが勝ってしまったから。その誰かの、勝利を奪ってしまったから……。

 

 その結果、誰かを、不幸にした。

 

 ライスが、誰かを幸せにしようとして取った行動は……。

 その真逆の結果を、生んだ。

 

 

 

「あ、ぁ……」

 

 ライス、駄目な子、だ。

 

 

 

 それが、駄目な子(ライス)の始まりのお話。

 誰かに言えば、「なんだ、そんなこと?」って言われかねないような……つまらないお話だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 あの日に受けた衝撃を、あの日に感じた悲嘆を……。

 思い出さないようにしていたことを、思い出した。

 

 まぶたの裏にはまだ、あの時の残念そうな顔が焼き付いてる。

 でも、この過去は、この運命は……きっと、ライス自身が決着を付けるべきもの。

 お姉さまから答えをもらったら、永遠に前に進めなくなっちゃう気がする。

 

 だから、まぶたを開けて、自分のことだけを話した。

 

「……ライスは、人を不幸にしかできないウマ娘です。

 ライスが勝てば、誰かが不幸になる。ライス以外のウマ娘を応援している人が、みんな不幸になる。

 今でも、ライスは勝ちたいって、それで誰かを幸せにしたいって、そう思ってるけど……」

「それでも、走るのが辛い?」

「……辛い、とまでは言いませんけど。

 それがわかった時から、楽しいって思うことは、ほとんどなくなったかもしれません」

「そっか」

 

 その後、しばしの沈黙。

 お姉さまと2人で、夜空を見上げた。

 

 勿論、ライスが勝つことで、喜んでくれる人もいる。

 あの運動会の時も、ライスが1着を取ったことを、両親は喜んでくれたけど……。

 

 でも、レースで勝てるのは、たった1人だけ。

 輝かしい勝者が1人生まれるのと引き換えに、その何倍、時には十何倍もの敗者が生まれるんだって、ライスはそう知ってしまった。

 

 それこそ、今見上げている星空みたい。

 「美しい」って思える星は、人がその目で捉えられる星は、宇宙にあるすべての星のごく一部。

 遠すぎて見えないような星もあれば、そもそも光を発さない星もあって。

 輝かしいものの陰に、そういった輝けない多数がいて……。

 

 もしも、ライスが1着に輝けば、他のすべてのウマ娘は輝きを失う。

 そうして、その子たちを応援してた人たちは、不幸になってしまう。

 

 ……仕方ないことだって、わかってはいるんだけどね。

 勝利は残酷で、痛くて苦しいものなんだ。

 トレセンに来て、お姉さまに出会って、忘れかけてたけど……その現実は、確かに変わらずそこにある。

 

 

 

 そんなことを考えていると……。

 しみじみと、お姉さまが呟いた。

 

「……ライスちゃんは、本当に優しいよね」

「優しい……ですか?」

 

 お姉さまにかけてもらった言葉に、首を傾げる。

 今の話に、優しいって思ってもらえるところなんて、ないと思うんだけど……。

 

「優しいよ。そんなに他人のファンのことを想えるウマ娘って、そうそういないから」

「それは……ただ、ライスは怖くて。その人たちを不幸にするのが怖い、臆病なだけのウマ娘なんです」

「うん、確かに臆病とも言えるかもね。だから、臆病な優しさ、かな。

 少し羨ましい。私には、その素質はないから」

 

 どこか寂しそうに言うお姉さまに、慌てて手を振る。

 

「そっ、そんな! お姉さまは優しいです!」

 

 けど、お姉さまは気恥ずかしそうに……いや、どこか気まずそうに言ってくる。

 

「……まぁ、確かにライスちゃんに対しては、結構優しくしてきたつもりだよ。

 でも、それはさ、ライスちゃんの頑張りが報われてほしいっていうエゴと、私のライバルになってくれそうだからっていうだけ。

 要するに、ライスちゃんの臆病な優しさとは違う、利益ありきの利己的な優しさなんだよ、私のは」

 

 自嘲するお姉さまに、ライスは思わず眉をひそめてしまう。

 

 ライスからすれば、それだけでも十分優しいと思う。

 だってお姉さま、皐月賞の直前にブルボンさんの相談に付き合ってあげたっていう話だし……。

 あの日、お姉さまを追いかけてたのがバレた日にも、「一緒に走ろう」って優しく言ってくれたんだ。

 

 どんな思いから出たものであろうとも、ブルボンさん……はちょっと断言できないけど。

 少なくとも、ライスはそんなお姉さまに救われてる。

 

 ……それに、ライス、知ってるよ?

 お姉さまが、仲良くしてたライスの同期の子がトレセンを去ることになってしまった時、本当に残念そうにしていたこと。

 

 露悪的に「自分のため」なんて言ってるけど……お姉さまはやっぱり、他の誰かのために動ける、とっても優しい人なんだと思う。

 ……多分、直接言っても否定されちゃうから、今は黙っておくけど。

 

 

 

 そうして、お姉さまはふと、ライスの方に向き直って言った。

 

「ライスちゃん、おじいさんとおばあさんとロバ……じゃなくて、ウマ娘か。あのたとえ話知ってる?」

「えっと……ごめんなさい、多分知りません」

「謝ることじゃないよ、大丈夫。

 あるところに、疲れたおじいさんと疲れたおばあさん、そして元気で力持ちなウマ娘がいます。

 3人は家まで帰らなきゃいけないのですが、残念ながら車やバス、電車はありません。こうなったら歩いて帰るしかありませんね。

 さてそんな時、3人はどうやって移動すればいいと思いますか?

 はい、ライスちゃん、答えてみて」

 

 ライスはちょっとだけ悩んで、答えた。

 

「えっと……ウマ娘が、2人を背負って歩いて運ぶ、とか?」

「ウマ娘を自分に重ねたのかな? うん、優しいライスちゃんらしい答えだと思う」

「うぅ……」

 

 さっきから褒められてばかりで、ちょっと照れてしまう。

 でも、実際ウマ娘が元気で力持ちなら、疲れてる2人を背負ってあげた方がいいと思うんだ。

 というか、疲れたおじいさんやおばあさんを、これ以上歩かせるべきじゃないって思う。

 

 でも、褒めてくれたってことは、これが正解なのかなって思うライスに対して……。

 お姉さまは、ちょっとだけ意地悪に微笑んだ。

 

「でも、それを見かけた人はこう言いました。

 『2人も人を背負わせるなんて、ウマ娘がかわいそうだ!』ってね」

「あぅ、確かに……」

 

 ウマ娘は人よりも力持ちで、大抵1人くらいは人間を背負っても走れたりする。

 けど、流石に2人となると……重さもそうだけど、体勢を崩さないようにする姿勢の制御がかなり大変そうだ。

 

「じゃ、じゃあ、『おばあさんだけ背負う』で」

「見てた人は『おじいさんがかわいそうだ』って言うね」

「『おじいさんだけ』……」

「『おばあさんがかわいそう』って来る」

「う、うぅ……じゃあ、『3人とも歩いて帰る』ですか?」

「『あのウマ娘、薄情じゃない?』って言われるね」

「むうぅ……」

 

 もしかして、近くにあるものを使ってソリを作ったりするのが正解なのかな。

 ライスがそう悩み始めた時、お姉さまは苦笑を漏らした。

 

「ごめんごめん、実はこの問題って、正しい答えがないんだよ。

 どの方法を取っても、どんな結論を出しても、絶対に一定数のイチャモンが付くんだ。

 ……現実のレースと同じようにね」

 

 そこまで聞いて、ライスはようやくお姉さまが言いたいことが、ちょっとだけわかった気がした。

 

「残念だけどさ、レースに限らず、「誰もが納得のいく結末」なんてものは、そうそうないんだよね。

 私もさ、去年結構言われてたよ? 特に皐月賞と日本ダービーの時なんかさ、『なんでお前みたいなぽっと出が勝つんだ』とか『テイオーが勝つはずだったのに』とか、もっと酷い時は『テイオーの代わりにお前が骨折れよ』とかね」

「そっ、そんな……酷い……」

 

 想像の何倍も酷い悪態に、ライスは息を呑む。

 前の2つだけでも酷いけど……最後のなんて、当時のお姉さまはなんて思ったか。

 

 ……けど。

 お姉さまは悲しむことなんてなく、むしろライスに向かって笑顔を見せた。

 

「まぁ、でもさ。私はこういう悪態、そんなに嫌いじゃないんだよ」

「え……な、なんで」

「だってこれ、私憎しじゃなくてさ、テイオーが好きだから言ってるんだよ。

 自分が大好きで応援してたウマ娘が負けて、しかも骨折してしまって……感情のぶつけどころがなくなって、その結果私に八つ当たりしてきてる。

 確かに、罵倒されるのは悲しいし、なんでそんなことをって思うけど、そういう人たちだってウマ娘が憎いんじゃなくて、好きだからこそ思わず口に出しちゃうんだと思う。

 そういう暴走した愛を受け止めてあげるのも、勝ったウマ娘の役目だ」

 

 暴走した愛を受け止めるのも、勝ったウマ娘の役目。

 ……そうなのかな。

 

 あの日に向けられた残念そうな顔に、ライスはショックを受けるんじゃなくて……。

 それもまた愛だって、受け入れるべきだったのかな。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 考え込む私に対して、お姉さまは「それとさ」って話を続ける。

 

「何より忘れちゃいけないよ、ライスちゃん」

「何を、でしょうか」

「そんな風に、あなたが負けたら『悔しい』って思ってくれるファンが、あなたにもいるってこと」

 

 お姉さまはポケットから取り出したスマホを少し触って、「ほら」って言って見せてくれる。

 そこには、「ライスシャワー 皐月賞」と入力された、ウマッターの検索画面が表示されていて……。

 

 

 

『皐月賞一押しはライスシャワーでしょ! ミホノブルボン差し切りも全然夢じゃない!』

 

『ライスシャワー、公開トレーニングでもめちゃくちゃ頑張ってるし応援したい。皐月賞なら距離も伸びるし勝てる。絶対勝てる。』

 

『頑張れライス! 皐月賞も応援してる! でも去年みたいな思いはしたくないから体は大事にね』

 

『皐月賞は流石にミホノブルボンだと思うけど、ライスシャワー来たら最高に熱いよな。今年のクラシックレースの目玉はこの2人か?』

 

『ライスシャワーマジで頑張れ! 長らくトゥインクルシリーズ見て来たけど今までで一番応援してる! 皐月賞でミホノブルボンに勝つところ見せてくれ!!』

 

 

 

「これ……」

 

 思わずスマホを握りしめるライスの手を、そっとお姉さまの手が包み込んだ。

 

「あなたが勝てば喜んで、あなたが負ければ悲しむ。そういうファンは、他のウマ娘と同じように、あなたにもいる。きっとネイチャや君のトレーナーさんだってそう思ってくれる。

 ……正直言えば私だってさ、勿論同陣営のブルボンちゃんを応援はしてるけど、きっとライスちゃんが負ければ、それはそれで悲しくなっちゃうと思う」

 

 ファンのみんなに、ネイチャ先輩に、トレーナーさん。

 そして……お姉さま。

 

 ライスを応援してくれるファンが……いる。

 

 私が1着を取れば、悲しむ人がいるように、喜んでくれる人もいて……。

 それは、きっとどんなウマ娘でも変わらないんだろう。

 

「……レースの世界は残酷だ。すべての人を幸福にするような救世主にはなれないかもしれない。

 でも、応援してくれる人たちを幸せにすることは、ライスちゃんにもできるはずだよ」

 

 そうして、お姉さまはニコリと笑って、言った。

 

 

 

「だから、目指してみなよ。そういう、誰かを幸せにできる、ヒーローをさ」

 

 

 

 その言葉に、思わず息を呑む。

 

 ヒーロー。

 誰かを幸せにする……祝福を届ける、ヒーロー。

 

 その言葉は、なんというか、すごくしっくりきた。

 まるで私の心に、目指しているものに、ピッタリとハマるような……そんな響きだった。

 

 青いバラ。

 誰かを幸せにできるヒーロー。

 

 ……叶うのなら、ライスも、そんなウマ娘になってみたい。

 

 

 

 けど、だからこそ、どうすればいいかって悩んでしまうところもあって。

 

「……でも、ライス、皐月賞でブルボンさんに勝てるとは思えなくて……どうすればいいのか」

 

 本当は言うつもりじゃなかったのに、思わず弱音を吐いてしまう。

 

 結局、勝てなきゃ、みんなを幸せにするヒーローにはなれない。

 けど、どれだけ頑張っても、ライスじゃブルボンさんには追い付けそうになくて……。

 

 思わずため息を吐くライスの横で、お姉さまは顎に手をやって「うーん」と考える。

 

「何度か合同トレーニングしてた時から思ってたんだけど、ライスちゃん……」

「は、はい」

「ぶっちゃけ、器用な方じゃないよね」

「うっ!!」

 

 ちょっとだけ気にしてたところを突かれて、思わず胸を押さえた。

 

「テイオーみたいに天才的なわけでもないし、ネイチャみたいにレースメイクできるわけでもない。私みたいに思い切った走りも難しそうだし、ブルボンちゃんみたいに感覚が鋭いわけでもない。

 強いて言えば、フィジカルで押すマックイーンさんに近いタイプかな?

 でも、大局的に視点を持とうとすると集中力が切れて精彩に欠けることがあるよね」

「うぅ……」

 

 ……それは、トレーナーさんにも言われたことだった。

 

 ライスシャワーは、器用じゃない。

 星の世代の3人みたいにそれぞれの強さを持ってるわけでもないし、ブルボンさんみたいに強すぎるフィジカルと感覚機能を持ってるわけでもない。

 

 というか、そもそもそういう長所を持つ以前に、ライスは大きな短所を持ってる。

 それが、全体を見渡せないってところだ。

 

 他のウマ娘がどこにいる、どういう展開になる、だからこう動かなきゃいけない。

 そういうことを考える、レース勘と呼ばれる部分が、ライスは他のG1級ウマ娘たちに比べて弱い。

 それはこの前の、ブルボンさんに追いつけなかったスプリングステークスでも実感したことだった。

 

 そういうダメなところをお姉さまに知られてるのは、恥ずかしくもあり、同時によく見てもらえてるようで嬉しくもあるけど……。

 

 ふと、気付く。

 これって、なかなかマズい事態かも?

 

「も、もしかして、それって堀野トレーナーさんも知って……」

「え? うん、まぁ間違いなく知ってると思うよ。私が気付けて歩さんが気付かないとかありえないし」

「うぅ……」

 

 ブルボンさんのトレーナーさんが私の弱点を知ってるってことは、それだけブルボンさんの走りや作戦が私に強くなるってことだ。

 更に自分に不利な条件が出て来るようで、少し凹んでしまう。

 

 しかし、お姉さまは慌てた風にぶんぶんと腕を振った。

 

「あぁいや、ごめんごめん。大丈夫だよ、ブルボンちゃんは作戦も何もない走りだから、ライスちゃんの弱点を知ってても知らなくても変わらないからさ」

「それは良かったです……けど、いつかお姉さまと走る時は、結局不利になっちゃいますよね」

「あ、それはうん」

 

 うぅ……やっぱり克服するべきなんだろうなぁ、この短所。

 

 そう思って肩を落としていたライスに、しかしお姉さまは言ってきた。

 

「……いや、でも、いいんじゃないかって思うよ」

「え?」

「確かにライスちゃん、レース中は視野狭窄になっちゃうかもしれないけど、それは一点に集中できるっていう長所にもなり得る。バ鹿とハサミは何とやらって言うし、それはそれで使いこなせばいいさ」

「使いこなす……」

 

 レース中の視野狭窄を、一点集中に……。

 ……あ、そうか、そんな方法もあるんだ。

 

「多分、ライスちゃんなら、1着になる子がいいかな」

「1着になる子……?」

「うん、ライスちゃんがいなければ、本来1着になるだろう子。ほら、1着の子を超えたら絶対1着になるじゃん?

 だから、そのレースでいっちばん強い子に勝つことだけに集中して、ただひたすらそこに専心、ってのはどうかな?」

 

 ……やっぱり、お姉さまってすごい。

 まるで自分でも体験したかのようにすらすらと、ライスの駄目なところとか、それを長所として活かす方法を提案してくれた。

 

 

 

 一番強い子に、一極集中。

 ライスに……できるかな。

 

 ……いや、できるかな、じゃなかった。

 

 一番最初に、お姉さまに教わったこと。

 できるか考えるくらいなら……自分の力で、それをやるんだ。

 

 

 

「明日……トレーナーさんと、色々話し合ってみます」

「うん、それがいい。そのためにも、今日はもう休みな」

「はい……あっ」

 

 立ち上がろうとして、かくっと脚の力が抜けた。

 マズい、って思うよりも早く、横から伸びて来た手に抱き上げられる。

 

「おっとと……体力の限界かな、っと」

 

 お姉さまはその言葉と共に、ライスの体を抱え上げて……。

 こ、これっ……お姫様抱っこ……!?

 

「さっきの、おじいさんとおばあさんとウマ娘の話だけどさ。私もライスちゃんと同じで、疲れた人がいるのなら背負って行った方がいいなーと思うよ。ま、ライスちゃんは軽いから抱っこだけどさ。

 そんなわけで、できるだけ急いで帰るから、少しだけ待っててね。寝ててもいいよ?」

「ひゃい……!」

 

 う、うぅぅぅ……!

 こんなの、恥ずかしすぎて寝るどころじゃないよぉ!!

 

 

 







 ライバルになる子にやる気着火マン、参上。

 ライスのもやもやも多少晴れたところで、次回からはいよいよ、今年のクラシックレース1つ目、皐月賞です。



 次回は3、4日後。夢を追う子の視点で、皐月賞。
 ちょっとまだわかりませんが、もしかしたら前後編になるかもです。短く纏めるの下手くそなので……。



(追記1)
 本作を投稿し始めて1年が経過しました。
 活動報告の方で、謝辞と今後のことについて述べさせていただいております。
 また、ちょっとした裏話なども書かせていただいているので、ご興味のある方は是非ご一読ください!

(追記2)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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