転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 しかし体は競走を求める





火を点けろ、燻った彼女に

 

 

 

 4月19日。

 その日、とあるレース場のターフに立った私の耳にまで、いつもより遠く小さく、実況解説の声が届きました。

 

 

 

『さぁ、雨の降りしきる中山レース場、今年もこの日がやってきました!

 新進気鋭の顔触れが揃う、クラシックロードの始まり、皐月賞!!

 最も「はやい」ウマ娘が勝つと言われるこの舞台で、より早い成長、より速い脚を見せつけるのは誰だ!?』

 

 

 

 皐月賞。

 

 4月中旬、中山レース場、右内回り2000メートル、フルゲート18人立て。

 この条件下で競われる当該レースは、クラシック三冠を構成する冠の1つ。

 伝統あるG1レースであり……父との夢、マスターとの目標である道のりの一歩目でもある。

 

 昨年から……いいえ、あの日、父に連れられて見た有記念の日以来備えて来た、一生に一度のみ挑める、夢を叶える唯一の機会。

 

 そのレースが、ついに今日、始まるのです。

 

「…………」

 

 ターフの上で軽くストレッチをし、自身の脚の調子を確かめる私の下に、再び声が届きます。

 

 

 

『1番人気はやはりこの子しかいないでしょう。ここまで無敗のジュニア級王者、「サイボーグ」とも呼ばれる逃げウマ娘、ミホノブルボン!』

『他の子たちと比べても、仕上がりが一回り違うことが見て取れますね。筋肉の付き方といい気合の入り方といい、素晴らしいと言う他ありません。

 適性の壁を越えた勝利に向けて準備は万端。スプリングステークスの時のような正確無比な走りをまた見せてくれるでしょうか』

『昨年の無敗三冠ウマ娘ホシノウィルムに続く、2年連続の無敗の皐月賞に期待が高まりますね』

 

 

 

 私ことミホノブルボンは、どうやら多くの方に期待され、今回のレースにおける1番人気に選ばれたようでした。

 

 これは、普通ならば緊張を感じる場面なのかもしれません。

 念願のレースであり、二度と訪れることのないチャンス。夢の成就に向ける挑戦、その最初の一歩。

 その上で、数十万、あるいは数百万という、数多くの方々の期待がこの身に集まり、この背にのしかかっているのだから。

 

 ……しかし。

 今、私が感覚しているのは、充足感のみ。

 

 父と共に1つの夢を抱いて以来、私はひたすらに鍛錬を積み、自らの体を鍛え上げて来た。

 本格化が始まる前から地元の坂道を走り込み、トレセンに来てからもターフを走り続け。

 特にこの半年強の間は、マスターの下でハードなトレーニングを繰り返し……。

 そうして、ようやくここまで来たのです。

 

 マスターが提示した、私の走りにおける3つの問題……適性、スタミナ、掛かり癖。

 これら全てにある程度の処理を終え、致命的な欠点を克服。

 

 体の調子は非常に良好であり、成長も実感できている。

 思考のノイズも極小で、集中力も上々。

 

 マスターのおっしゃっていた通り、現在のコンディションはまさしく「絶好調」、オールグリーンと呼べる状態にあると言っていいでしょう。

 

 故に、今の私であれば、かけられるすべての期待を背負って走ることも可能であると推測します。

 

 

 

 そして、何より……。

 マスターは、おっしゃってくださいました。

 『ミホノブルボンの走りは、究極的には他者とのものではなく、自分との戦いだ。君が最高の走りをしさえすれば、クラシック三冠は必ず獲れる』と。

 

 マスターは、私の勝利を確信してくださっている。

 私の引く血にとって適切とは言えないこの場においてもなお、自らの担当ウマ娘は勝利するものと、当然のように勝つものと、信じてくださっている。

 

 故に、恐れるべきことはない。

 

 私が今携わるタスクは、課せられたオーダーをこなし、皐月の冠を我が物とすること。

 

 ファンの方々の期待も、私自身の夢も、その全てを棚に上げ……。

 マスターの立ててくださった綿密なオペレーションに基づき、今なすべきことを正確になすのみ。

 

 

 

 

 

 

 ……後から思えば、恐らく、事はマスターとウィルム先輩の想定通りに進んでいたのでしょう。

 

 ただ機械的に走れば良い、と。

 私はそう認識していたが故に、他のウマ娘を視界に入れることはなく……。

 

 

 

『3番人気を紹介しましょう、ライスシャワー!』

『スプリングステークスでの走りが評価された形になりますね。粘り強いガッツが魅力のウマ娘、果たして中山2000メートルでその真価を発揮しきれるか?』

 

 

 

「一点、集中……ブルボンさんに、ついてく……」

 

 そう呟く、1人の友人の異変に、気付くことはなかったのです。

 

 

 

 * * *

 

 

 

『ウマ娘たちが続々とゲートに入って行きます。流石は皐月賞、素晴らしいメンバーですが……どうでしょう、今回のレース、どこに注目すべきでしょうか?』

『注目はやはりミホノブルボンですね。彼女がスプリングステークスと同じ戦略を取るなら、他のウマ娘たちは彼女のペースに付いて行けるかのふるいにかけられます。

 去年程になるかはわかりませんが、スタミナを要求されるハイペースなレースになるかもしれませんね』

 

 

 

 じっと、ゲートの中で出走を待ちながら、アーカイブに保存された今回のレースプランを想起。

 

 今回の皐月賞における作戦は、前走スプリングステークスから変更なし。

 ラップタイムを重視した、一定の速度での走り。

 全てのハロンタイムを12秒から誤差コンマ4秒以内に収めた、一切のロスを出さないベストな走行。

 

 その為に、今回は外的要因によって進路を妨害される、あるいは影響されて速度を上下するようなことはあってはならず……。

 バ群に巻き込まれないためにも、まずは万全なスタートダッシュを実行し、ハナを切らねばならない。

 

 

 

『さぁ、各ウマ娘のゲートイン完了。出走の準備が整いました。緊張の一瞬……』

 

 

 

「……すぅ……ふぅ」

 

 細く息を吸って、吐き、集中を開始。

 

 問題は起こり得ません。

 私は既に、マスターとウィルム先輩から、その方法を伝授されている。

 

 ……オペレーション『スタートダッシュ』、開始します。

 

 

 

 

『…………今スタートしました!!』

 

 

 

 ガタンと鳴る音と同時に、右脚に込めた力の全てを解き放つ。

 

 最速のスタート。並びに、最大限の加速。

 2つを兼ね備えるスタートは、アーカイブに記録された私のデータの中でも有数の、まさしくこれ以上ない完全なものであり……。

 

 オペレーション『スタートダッシュ』、完遂。

 

 結果、私は一瞬の後、バ群の先頭に躍り出ました。

 

 

 

『全ウマ娘まずまずのスタートを切った中、好スタートでハナを切るのはミホノブルボン! 一気にぐいと引き離してリードを広げ、既におおよそ3バ身か!』

 

 

 

 極限の集中、及び停止状態からの急加速技術。

 マスターに言わせれば、スキル名『コンセントレーション』と『先手必勝』。

 私を教え導く方と、先を行く方。この2者から学んだ技術は、確かに実を結んだ。

 

 これ以上ないと言っていい、万全の態勢をもってスタートし、体感速度は即座に目標速度に到達。

 マスターの懸念なさっていた、ケース11……出遅れによりバ群に包囲される、最悪の展開は回避できたと言っていいでしょう。

 

 逃げウマ娘にとって最も大きな脅威となる展開は、序盤の先行争いと終盤のスタミナ切れ。

 その中でも、特にマスターが警戒なされているのは、前者。先行争いに敗北してしまうことでした。

 『どれだけステータスやスキルを鍛えても、出遅れてバ群に囲まれ、そのまま抜け出せずに負ける、なんてことは珍しくない』とのこと。

 

 そのため、私はマスターと担当契約を結んだ後、最初の内はスタートダッシュについての技術を、ウィルム先輩の実践と共に教わったのですが……。

 

 その教導は、確かに力になりました。

 

 私はバ群を突き抜け、脱出。

 これにて、皐月賞における第一フェーズは突破となりました。

 

 

 

 ここからは、第二フェーズに移行。

 以後は定速での走行を継続し、後続との距離を保つのが目標となる。

 

 マスター曰く、平均12秒での疾走は、他のウマ娘たちにとってはかなりのハイペース。

 故に、私のペースに付いて来ようとするウマ娘はその殆どがスタミナ切れを起こし、脅威ではなくなる。

 

 残る脅威は、自らのペースを守り、終盤に鋭い末脚を見せて来る、自制心と理性の強いウマ娘と……。

 私に付いて来ることのできる、豊富なスタミナを持ったウマ娘の2通り。

 

 特に警戒すべきは……やはり、後者でしょう。

 

 

 

『もう1人好調にゲートを飛び出したのはライスシャワー、前を見据えて内に陣取っていきます。続く3番手は横に広がって各ウマ娘懸命に続く形。2番人気リボンララバイは後ろから展開を窺っている』

 

 

 

 ……いけない。

 余分な思考をカットし、空いたリソースを走行に割り当てる。

 

 ミホノブルボンの走りは、自分との戦い。

 他のウマ娘の気配に気を取られ過ぎれば、再びあの「熱」に襲われてしまう。

 

 今思考すべきは、私自身がマスターによりインプットされた作戦を完遂できるかどうか、ただその1点。

 ミホノブルボン、オーダーを続行します。

 

 

 

 走りやすく調整された芝を踏みしめ後ろに蹴り飛ばしながら、再確認を実行。

 

 第二フェーズにおいて肝要なのは、とにかく自らのペースを乱さないこと。

 

 私を追うウマ娘、あるいは並びかけて来るウマ娘。

 彼女たちの存在に惑わされず、常に最適のペースを守り続ける。

 

 ウマ娘のレースにおいて、アクシデントは往々にして発生するもの。

 微妙な脚の踏み外し、後方からの圧力、予想外の進路変更など、いつ何時、何が起こるかわからない。

 であればこそ、浪費したスタミナと残ったスタミナを計算し、そこから最適なペースを計算し続けなければならない。

 

 故に、冷静に、淡々と。

 決して他のウマ娘の存在に惑わされず、私自身のペースで走り続ける必要があるのです。

 

 

 

『外からデザートベイビー、ライスシャワーは内ラチ沿いを維持して今第一コーナーに入りました!

 まず先頭はミホノブルボンです、ミホノブルボンが3バ身近くリードを広げています。

 続いて2番手はルンバステップとヤッピーラッキー、間を空けずすぐ後ろをライスシャワーが追走、3バ身開いてムシャムシャ、外にデザートベイビーと並びました』

『ミホノブルボンが引っ張り上げてハイペースな展開ですね。前の子たちのスタミナは持つでしょうか』

 

 

 

 緩い下り坂を駆け下り、向こう正面の直線に入る。

 

 脚は軽快、スタミナの浪費は誤差範囲。

 現時点で計画の修正は必要なし。

 

「はっ、はっ、はっ……」

 

 マスターの意図した通り、2番手のウマ娘が上がって来る気配を感じますが……。

 努めて冷静を保ち、対処を開始。

 

 以前マスターに閲覧させていただいた各ウマ娘の資料、及びマスターの立案した作戦より、該当すると思われる2者のデータを参照します。

 

 ケース01・04に当たる今回、前に詰めてきているのは恐らく、ルンバステップ、及びヤッピーラッキーの2人であると推定。

 内、ルンバステップは先行の作戦、特に前に付けて最終コーナーから差し切りを得意としているようですが……その中距離適性はC。マスターの提示したハイペースに、いつまでも付いて来られるとは思えない。

 また、ヤッピーラッキーも同じく前に付ける戦法を主としますが、彼女はスタミナの値が207と低めだったことを記憶しており、同じくこのペースに付いて来ることは厳しいはず。

 

 ……以上より、警戒及び処置の要なし。

 

 私はただ、ペースを保って走り続けるのみ。

 

 

 

『その後のグループ、間にはナルキッソスにマチカネタンホイザが続いています。

 そうしていよいよ第三コーナーに入ろうかというところ、変わらずミホノブルボン先頭です! 堂々と3バ身のリードをキープ!

 ルンバステップとヤッピーラッキーはやや下がり気味、番手は変わって内からライスシャワー、ライスシャワーが上がっていきます! 残り600を切った!』

 

 

 

 ……想定していたよりも、後方からの威圧感が、強い。

 より正確には、ただ私がウマ娘の存在を感じ取り、気を逸らせているだけなのでしょうが。

 

 マスターが挙げた、ミホノブルボンの抱える問題の内の1つである掛かり癖は、一応の処置こそ済ませましたが、決して完治したわけではない。

 他のウマ娘の存在を検知すると共に、私の中には不明な「熱」が発生する。

 この熱に浮かされるままに走ってしまえば、私は適切なペースをキープできなくなるのです。

 

 これへ施策した対処は、大きく分けて2つ。

 ホシノウィルム先輩との併走で、他のウマ娘の威圧感に慣れること。

 そして、それでも避けられない部分は、マスターの明快な指示とレースへの集中によって、無理やりに封じ込めること。

 

 二重の対策によって、私は自らから湧き出る熱を封殺することを可能とした。

 

 しかし、根本的に他のウマ娘に熱を感じることは、依然として変わるわけではなく。

 だからこそ、最初はそれを、ただ私自身が熱を感じ浮かされかけているだけだと思っていましたが……。

 

 

 

『さぁいよいよ第四コーナーの半ば、外からリボンララバイが上がってきた、デザートベイビーと並んで追い上げています!

 しかし2番手は譲らないライスシャワー、ミホノブルボンまでの距離をじわじわと埋めていきます!!』

『ここからが勝負所! 追い上げるのはライスシャワー、少し後ろにリボンララバイ、デザートベイビーが並んでいる! 中山の直線は短いぞ、後ろの子たちは間に合うか!?』

 

 

 

 ……違和感を、検知。

 

 これは、ただの焦燥ではない。

 

 

 

 第四コーナーを抜け、最終直線に入って、ようやく感じ取ったそれは……。

 

 ライスシャワーさん。

 

 何度も併走した彼女の、その気配が、徐々に私に近付いてきている。

 

 これは……ケース01・04・13に該当。

 問題ありません。この事態もまた、マスターによって想定済み。

 

 ライスシャワーさんとは、これまで何度も合同トレーニングで走って来ましたが……。

 最後の1か月、私は2000メートルで、一度たりとも彼女に敗北してはいない。

 以前のスプリングステークスでも、彼女との間には4バ身の差が開いた。

 

 警戒を怠ることはありませんが……障害になる程でもない。

 

 プランの変更の要はなし。

 このまま走行を続行して、問題ない……。

 

 ……ない、はずです。

 

 

 

『ライスシャワーグイグイと追い上げる! 3番手にはデザートベイビーとグレイトハウス、ここで間を割って上がってきたのはゴーイングノーブル!

 ハイペースが祟ったかバ群の勢いが衰えていく中、しかし負けじとミホノブルボンを追う4人!! 中でも前に出たのはライスシャワー、皐月の冠まであと1バ身で残り200!!』

 

 

 

 ……いいや。

 

 この気配。

 後ろを振り返りたくなる、確認せずにはいられない、この殺気にも近しい気配。

 

 合同トレーニングの際にも、スプリングステークスでも、こんな威圧感は感じたことはない。

 以前までのライスさんとは……何か、違う?

 

 気配は、なお以て近付いて来る。

 

 迫って来ている。

 肉薄している。

 あと少しで……差し切られる。

 

 

 

 負ける。

 

 

 

 そう、思った瞬間。

 以前何度も感じていた、身を焦がすような熱が、体の内から吹き上がる。

 

 掛かり癖と呼ばれていたもの。

 私を急かし、押し上げ、コントロールを奪い取る、不明な熱。

 他のウマ娘を認識し、それと競うことで沸き上がってしまう、「何か」。

 

 駄目だ、と。

 そう自重する暇すらなく、脚が、体が、堰を切って動き出した。

 

 エネルギーパイプ(血流)、圧力増加。

 緊急弁(痛覚)閉鎖、リミッター(速度制限)解除。

 タービン(筋力)全開、ブースター(脚力)最大。

 この身の持ちうる最大出力を、推力へと変換。

 

 前へ。更に、更に前へ。

 

 負けないために。

 勝つために。

 誰より早くゴールに駆け込むために。

 

 

 

 ……強敵(ライバル)に、打ち克つために!

 

 

 

『しかしミホノブルボン、ここでラストスパートに入りました! 堂々とそのスピードを見せつける!

 追い上げていたライスシャワーが、むしろ引き離される! これが、これこそがミホノブルボンの本気なのか!?』

 

 

 

 肺が、過剰に動作する。

 脳が、単一の思考を繰り返す。

 脚が、その機能を低下させていく。

 

 しかし、それでも……最後の、瞬間まで……!

 

 

 

『先頭はミホノブルボン! ミホノブルボン今、堂々と5連勝でゴールインッ!! 2着ライスシャワーとの差は2バ身余り、これが今年の「はやさ」の王の姿!!』

『ミホノブルボン、無敗の皐月賞勝利を刻みました! 2年連続の無敗の皐月賞です!!

 クラシック三冠の最初の一角を手にしたのはミホノブルボン! 夢の成就まで残る壁は2つだ!!』

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ゴール板の前を駆け抜け、ゆっくりとペースダウン。

 荒れた呼吸と精神を、肩を揺らしながら整える。

 

「はぁ、はぁ……っ、はぁ……」

 

 

 皐月賞、には……勝つことが、できた。

 確かに、誰よりも早く、私はゴールに駆け込むことができた。

 

 しかし……。

 

 とても、完璧な勝利とは、言えない。

 

 

 

「マスターからの、オーダー……不履行」

 

 今回マスターから下されたオーダーは、私にとって最速のペースをゴールする瞬間まで守り続けること。

 中央値12秒、誤差コンマ4秒以内となるように、自らの走りをコントロールすることでした。

 

 しかし、最後の200メートル、私は自らの使命を投げ出して駆け出してしまった。

 

 ライスさん……ライスシャワー。

 彼女から感じた圧は、他の比ではなく。

 

 それを受けて、私はマスターから承ったオーダーの実行を放棄し、全力疾走を開始したのです。

 

 なんとか最後まで走り抜けることはできたものの、もしも距離があと400……いいえ、200メートル長ければ、スタミナ切れの発生により、垂れていたかもしれない。

 そう思えば、この勝利は決して盤石なものではなく、むしろ薄氷の上のものだったと言えるでしょう。

 

 

 

「マスター……」

 

 マスターとは、ミホノブルボンというウマ娘の体調を整備し、その作戦を立案してくださる方。

 私が脚であるとすれば、マスターは頭脳。

 あるいは、私が皆に言われるようなメカであるとすれば、マスターはそのパイロットなのです。

 

 私たちが互いに力を尽くさなければ、レースという勝負には勝てない。

 それなのに私は、マスターの意向を無視し、自らの焦燥のままに走ってしまった。

 

 これは、ミホノブルボンというウマ娘の走り、私とマスター間の関係性、及びその中で培ってきた信頼性の否定にも等しい、恥ずべき行為。

 深く、反省せねばならないでしょう。

 

 

 

「はぁ……ふぅ……」

 

 手酷い失策を恥じると共に……あの瞬間に感じた、存在の圧を想起。

 

 私は昨年より、マスターの立案されたトレーニングプランの下、ホシノウィルム先輩と併走することで、他のウマ娘の存在感に感覚を慣らしてきました。

 

 無論、ウィルム先輩とて併走で全力を出していたわけではないのでしょうが……。

 それでも、やはり無敗三冠のウマ娘と言うべきか。

 いざ走るタイミングになれば、ウィルム先輩は普段の様子とは異なる、並大抵のG1ウマ娘を凌ぐ強烈な圧力を発する。

 

 その気配に慣れていたからこそ、私はスプリングステークスでサクラバクシンオーと先行争いをした際にも掛かることなく、自らのペースで走れたのです。

 

 ……しかし。

 今回ライスシャワーから感じた圧は、並のものではなかった。

 ウィルム先輩から感じたそれを超えることはないにしろ、思い起こさせる程のものであり……。

 

 つまるところ、今回のライスシャワーは、私が獲得した耐性を凌駕する程の威圧感を放っていた。

 その結果、私は掛かってしまった、と。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 状況整理、及び原因推定は完了。

 次に考えるべきは、これへの対策……オーダーを放棄したことへの謝罪と共に、これをマスターへ上奏せねばならない。

 

 アーカイブを参照するに、ライスシャワーは日本ダービーにも出走予定であったはず。

 そこまでに、彼女に対抗する手段を模索、及びその手段の獲得を……と。

 

 私がそう思いながら、息を整えている時。

 

 

 

「おめでとう、ブルボンさん」

 

 件のライスシャワーが、ゆっくりと歩み寄って来ました。

 

「ありがとう、ございます」

 

 彼女の言葉に応えながら、様子の観察を開始。

 黒い勝負服に身を包む彼女は、多少息が乱れてこそいるものの……それでも、大きく消耗している様子はない。

 

 流石は、ホシノウィルム先輩の認めるステイヤー。

 マスターに閲覧させていただいたデータでも、私と彼女の間には大きなスタミナの差がありました。

 

 彼女にとっては、このハイペースでの2000メートルという距離も、大して長いものではなく……。

 きっと、2400、3000と距離が延びる度に、彼女は更に手強くなるのでしょう。

 ……距離が延びる程に、抑えきれない無理の出る、私とは真逆に。

 

 これからのクラシックレースにおいて、きっと彼女は、大きな障害となる。

 

 だからこそ、私は、彼女に……。

 

 

 

「ライスさん……いえ、ライス」

「何? ブルボンさん」

 

 荒れる息を整え、私は彼女に向き合って……。

 

 そうして、右手を差し出しました。

 

「また、走りましょう。日本ダービーの日を、楽しみにしています」

 

 

 

 ……自らの発したはずの言葉に、衝撃を検知。

 

 楽しみにしている。

 彼女と走ることを……楽しみにする。あるいは、楽しむ。

 

 衝動的にこの口からこぼれた言葉が、私の本心を表しているとするのなら……。

 

 私は……既に、走ることを楽しんでいる?

 ただ、自らの感情を正確に分析できていなかっただけで、その感情は既に持っていた?

 

 だとすれば……まさか。

 この、他のウマ娘の存在を感じ、胸を焦がす熱さが……。

 

 ……この熱が、「楽しさ」なのでしょうか?

 

 

 

 内心で思慮を進める私は、差し出した右手に小さな感触と確かな熱を感じ、意識を目の前に戻しました。

 

「うん」

 

 そう言って頷いた、ライスシャワーは……。

 どこか底冷えのする笑顔を、私に向けたのでした。

 

 

 

「ブルボンさんのペースはわかったから、日本ダービーでは、もう負けないよ。

 ライスはブルボンさんを越えて……『ヒーロー』になるんだから」

 

 

 

 その瞳にあった強い輝きに、不可思議な情動と、鼓動の高鳴りを感知。

 

 そして……あぁ。

 なるほど、ようやく、理解に至りました。

 

 これが……これが、ホシノウィルム先輩の抱いていた、レースへのモチベーション。

 

 

 

 正面から彼女の視線に向き合い、私は彼女の言葉に応えました。

 

「いいえ、ライス、私は次も負けません。

 マスターのオペレーションに従い、私は……あなたというライバルから、逃げ切ってみせる」

 

 

 







 可能な限り文字数圧縮して、なんとか1話に収まりました。
 そんなわけで、ミホノブルボンは皐月賞を勝利。
 次のレースは1週間後のウィルの天皇賞。担当が2人になったこともあってこのシーズンはなかなか忙しいですね。大丈夫か堀野君、過労死しないか?

 と、その前に、次回はちょっと久々かもしれない掲示板回。
 いつものように飛ばしても大丈夫なヤツなので、苦手な方は読み飛ばしていただいて。



 次回は3、4日後。掲示板回。



(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!
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