転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 テイオー視点で、天皇賞決戦編です。





ボクの小規模な奇跡

 

 

 

 風に乗って、足元の草が揺れる。

 静かで、穏やかで、柔らかい、地平の彼方まで続く草原。

 

 そんな世界の中央に、彼女は立っていた。

 

「あぁ、聞こえる」

 

 彼女が胸に握った拳を当てると、そこに青い炎が宿る。

 それは、赤よりもずっと熱い、全てを焼き尽くす色。

 その胸から込み上げる、あるいは自分自身すら焼かれかねないその熱を……。

 

 

 

「私を燃やしてくれる、声が」

 

 彼女は、腕ごと、振るった。

 

 

 

 炎は散り、草原いっぱいに広がって……。

 彼女の肌寒かった世界を、青い炎と、肌を焼く熱が埋め尽くした。

 

 草は炎へ。緑は青へ。

 舞台装置が改まり、世界は今、全く別のものとなる。

 

 静かで穏やかで柔らかだった世界から、苛烈で激しく刺々しい……。

 けれど、恐らく、何よりも彼女自身が望んだ世界へ。

 

 

 

「これが、ホシノウィルム(わたし)の歩む道」

 

 轟々と燃え上がる草原の中。

 彼女は……群青の勝負服に身を包んだホシノウィルムは、青炎を纏って走り出す。

 

 自分の世界を、自分の記憶を、自分の過去を、自分の経験を。

 自分の持ち得る限りの全てを、炉に入れ、燃料として。

 

 

 

「全てを踏み越え、全てを糧にし、今……誰よりも前へッ!!」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 鳥肌が、立った。

 

 ……これが。

 これが、ホシノウィルムの2つ目の領域の、神髄。

 今の彼女の、心象風景。

 

 見れば、直感的に理解できる。理解できてしまう。

 今までの人生を燃料として……人生の意味の全てを賭けて、今、彼女はレースを走っているんだ。

 

 彼女にとっての人生は、ただこの時走るためのもので。

 今できる走りこそが、これまでに生きてきた人生の結集。

 

 まさしく命懸けでの走り……。

 いいや、違うな。

 一つの生に、走りに、人生を賭けているって言うべきか。

 

 

 

 なるほどね。

 そりゃ、これまで勝てなかったはずだよ。

 

 ボクはまだ、本気じゃなかった。

 いや、これでも本気のつもりだったけど、それでも彼女に比べれば甘かった。

 

 ボクだって、培ったもの全てをぶつけてきたつもりだったんだ。

 でもそれはあくまで、選抜レースを走って、本格化を迎えて、トレーナーの下で育ててもらって……。

 そうしてトレセンに入ってからの、たった2年の蓄積でしかなかった。

 

 対して、彼女は、根本的に違ったんだ。

 彼女がぶつけるのは、その人生の全て。

 生まれて、育って、積み上げてきたものを、1つ残らず走りに注ぎ込んでいる。

 

 去年、ウィルから聞いたことを思い出す。

 自分は昔から走ってた、走ることしかないようなウマ娘だった、って……。

 今更になって、あの言葉が紛れもない事実だったんだと痛感する。

 

 彼女は物心付いてからずっと、ボクがこの1か月でやってきたくらいの本気さで走っていたんだろう。 

 この肌寒い草原で、ひたすらにひたすらに、妄執と言っていいレベルで自分を鍛え続けた。

 その経験の濃さは、正直言って想像を絶するものがある。

 

 

 

 だからこれは、単純な質量の問題だ。

 2年間頑張ってきた蓄積と、10年以上死に物狂いで稼いだ蓄積。

 そのどちらが大きくて、どちらが勝つかなんて、もはや考えるまでもない自明の理だ。

 

 しかも何が問題って、「ウィルムの真似をしてこっちも人生を賭ける」……なんて、そんなことはできないってこと。

 あの領域を見るに、ボクとウィルムじゃ、これまでに生きてきた人生の本気度が違い過ぎる。

 燃料の量が同じで質が悪ければ、ただの下位互換になるだけで終わってしまう。そうなれば張り合うことすらできずに終わるだけ。

 

 結局のところ、ボクはボク自身の力で、このウィルムに勝たなきゃいけないわけだ。

 

 

 

 視線の先、青い炎に包まれながら走るウィルムは、ぐっと目に見えて加速した。

 領域を開いて加速するってこと自体は珍しくないけど……スタミナ回復した上にここまで加速してくるなんて、もはやズルの領域に足を踏み入れてるって。

 

 スタミナはめちゃくちゃにある、脚を溜める技術もある、大逃げでレースをめちゃくちゃにする、末脚までキレる上に領域まで埒外。

 しかもそれらの能力の内大半が、才能ではなく努力で培われたものときた。

 もはや嫉妬も羨望も越えて、ただただ呆れるしかない。

 

 ……でも、呆れてばかりもいられないな。

 何せ……ボクは今、そんなウィルムの背中を追ってるんだから。

 

 

 

 * * *

 

 

「ッ!!」 

 

 京都レース場の第3コーナー、淀の坂の下り坂。

 そこから、ボクは渾身の力で加速を始める。

 

 第3コーナーって言うとレースも終盤に思えるけど、コーナーと直線合わせて、まだここから800メートルも残ってる。

 その上今はコーナーで、決して緩くないカーブの中の下り坂だ。ここで加速しすぎれば経済コースから外れてしまうし、残る距離を走るだけのスタミナを失う可能性もある。

 

 けど、ボクは今、ウィルムに大きく差を付けられてる。

 この距離を詰めるには、最終直線や第4コーナーからじゃとても足りない。

 去年の菊花賞のネイチャみたいに、下り坂を味方に付けないと……勝てなくなる。

 

 

 

 そう。

 あれだけの領域を見せられてもなお、ボクは勝ちを諦めていない。

 

 確かに、ウィルムのそれは、ボクにない圧倒的な強さだ。

 ズルみたいな素質がある上にずっとずっと死に物狂いで走ってきて、その十年を超える経験の全部をぶつけてくるとか……そんなの、真っ向から向き合ったら勝つのは不可能に近いよね。

 

 でも、それは「不可能に近い」であって、「不可能」ではない。

 少なくともボクの直感は、まだ諦めるべきじゃないって言ってる。

 

 ウィルムの領域込みの速度は確かに速いけど、それでもボクの全力の末脚の方が速い、はず。

 その領域を何秒間持続できるのか、そしてボクがここから如何に綺麗に走るか次第で……たとえ現実的ではないにしろ、勝てる確率は存在する。

 

 ならば、諦めるわけにはいかない。

 いや……諦めたくない!

 

 

 

『トウカイテイオーが動いた! 800の標識を過ぎたところでトウカイが動いたぞ! ぐんぐんと前へ駆けて開いた差を一気に詰め切るつもりか! 残り700通過でここからが未知の道のりトウカイテイオー!

 ホシノウィルム、メジロマックイーンもスパートをかけてここからが勝負所! 残り300メートル余り逃げ切れるかホシノウィルム!?』

 

 

 

 ウィルムの背中は、ずっと遠い。

 それこそ、今にもゴールしてしまいそうに見える程。

 

 けど……それでも。

 

 一瞬だけ、まぶたを閉じる。

 そうすれば、まぶたの裏に、これまでに見てきた多くのウマ娘の走りが蘇った。

 

 昂る鼓動のままに駆けた優駿の姿。

 怪物と呼ぶ他ないすさまじい爆発力。

 1人2人とかわしていく怒涛の追い上げ。

 スピードスターの華麗な抜け出し。

 あと一歩まで迫った王手。

 

 そして……これまで何度も辛酸を舐めさせられた、龍の全身全霊の末脚。

 

 

 

 ウィルム。

 君が君自身の人生、その全てをぶつけてくるのなら……。

 ボクは、ボクの見てきたもの全てを使う。

 観察して、研究して、実践して、盗んで、未だ身に付けることは叶わず、その場その場のアドリブ的な再現にしか過ぎないそれらを。

 

 人の袴で相撲を取るようで、本っ当に悔しいけれど……。

 少なくとも、今のボクが君に勝つには、君と対等以上に走るためには、こうするしかないから。

 

 

 

『とっ、トウカイテイオー、トウカイテイオーだ!! トウカイテイオーが追い込んでくる!!

 恐ろしい速さでぐんぐん差を詰め、一瞬で先行集団を抜き去って最終直線へ!! これが帝王の真の実力なのか、前方メジロマックイーンまで3バ身、ホシノウィルムまで6バ身!! 適性の壁を超越して今、帝王が初の冠に手を伸ばす!!

 負けるなホシノウィルム! 負けるなメジロマックイーン! そして負けるなトウカイテイオー!! 残る距離は200メートル!!!』

 

 

 

 左右に鋭く進路を変えて、他のウマ娘たちを抜き去って……。

 もはや今、視界に入っているウマ娘は、ずっと前のウィルムと、少し前にいるマックイーンだけ。

 

 いける。

 このままなら、マックイーンを差し切って、ウィルムに迫れる。

 

 

 ……しかし、あるいはこれこそ「フラグ」ってヤツだったのか。

 ボクがそう思った時、景色が切り替わった。

 

 ウィルムの炎に包まれた世界から切り替わるように……。

 前方から、白い空の世界が迫り来る。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 それは、失墜の夢。

 落ちぶれ、堕落し、敗北して、悲願を果たせぬままに力尽きる、そんな幻想。

 

 それを体現するように、彼女は空から墜落していた。

 

 今こそ失敗なき名優と呼ばれているものの、メジロマックイーンというウマ娘には、多くの失敗と挫折の経験があった。

 その筆頭が、去年の天皇賞(春)での敗北。

 多くのファンの期待とメジロ家の宿願を背負い、けれど勝利することができなかった、悲劇のレース。

 

 

 

 ……しかし、その失墜も、長くは続かない。

 

 閉じていたまぶたを開けば、そこには赤い羽根がある。

 それは、彼女を奮い立たせたとあるウマ娘の、1着目の勝負服のカラーであり……。

 ……もしかしたら、長いことライバルとして意識し合っていたボクが着ている勝負服のカラーでも、あるかもしれない。

 

 彼女がそれを胸に抱くと、その背には一対の翼が生える。

 彼女をどこまでも連れて行く、空を舞うための翼が。

 あるいは……ライバルたちと共に、ターフの上を走るための翼が。

 

 

 

「この翼で、高く高く……羽ばたいてみせますわ!」

 

 そうして、彼女は手を伸ばす。

 更に先へ。もっともっと前へ。

 

 勝利と栄光と、そしてライバルへの勝利。

 それだけを、焦がれる程に求めて。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 マックイーンが、2つ目の領域を展開した。

 

 初めて見たそれは、まさしく新生の領域。

 悲嘆と失墜の中から立ち上がり、飛び立つっていう心の風景だ。

 

 文字通り翼が生えたように走る彼女は、ぐんとその速度を上げる。

 

 シンプルな速度型の領域で、ほぼ確定。

 会長やウィルのように複雑なものじゃないシンプルな効果は、フィジカル重視のマックイーンらしい領域と言えるだろう。

 

 ……でもそれは、シンプルであるが故に、強い。

 

 ボクとマックイーンの距離の縮まりが、一気に小さくなる。

 流石はウマ娘の秘奥と言うべきか、領域の効果は絶大だ。

 今のマックイーンは、使えるものを全部使っているボクでも差し切れないかもしれないくらいに、速い。

 

 

 

 マックイーンを差し切らなきゃ、ウィルムも差し切れない。

 このままじゃ、ボクはこのレースで何もできずに負けてしまう。

 

 それは、嫌だ。

 勝ちたいんだ。あの子に。あの子たちに。

 

 だから……。

 

「勝つのは……ボクだッ!!」

 

 ライバルを前にして、高鳴る鼓動と込み上げる熱を、現実にぶちまけた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 視界を塗り替えて現れるのは、灼け付いた不毛の大地。

 この景色を見るのは2度目、あの大阪杯の日以来だ。

 

 性質としてはマックイーンのそれに近い、挫折と再起を誓う領域。

 この中でなら、ボクはマックイーンよりもウィルムよりも、ずっと速く走れる。

 

 

 

 ……けど、それでも。

 

「足りない」

 

 これじゃ、まだ足りない。

 また逃げ切られて終わってしまう。

 

 焼け付く大地程度の熱では、あの全てを焼き尽くす青い炎には勝てない。

 あの温度には……人生の全てを炉にくべて走るあの子の、殺意にすら近い闘争本能には、敵わない。

 

 

 

 でも、どうすればいい?

 

 ボクの中に、これ以上の熱はない。

 トウカイテイオーというウマ娘の熱は、ホシノウィルムには敵わないんだ。

 

 多くのウマ娘の技術を盗んで勝手に使い潰そうとも、根本的な魂の温度、これまでの人生の熱の総量とでも言うべきもので、ボクは彼女に勝てない。

 であれば、その心模様を強く反映される領域でも、彼女に勝てるはずはなくて……。

 

 

 

「まだ、足りない」

 

 それでも、諦めきれない。

 

 ここまで来たんだ。

 ボクに極めて不利な戦場で、使えるもの全てを使って、あと一歩のところまで来た。

 

 勿論、無理をした代償はあった。

 頭は使いすぎで割れるように痛い。

 酸素が回ってないのか、視界はぐにゃりと歪んでる。 

 脚も違和感こそないものの、既に感覚を失って久しい。

 肺だって壊れたように酸素を欲して、喉をガクガクと揺らしてる。

 満身創痍だ。これ以上ないくらいボロボロで、もはや立っていることさえも難しいくらい。

 

 それでも、脚は止めない。止めたくない。

 

 だって、勝ちたいんだ。

 今度こそ、これ以上ないっていう走りをして、あの子と競って、勝ちたい。

 

 だから……!

 

「もっと、もっと熱く!!」

 

 

 

 

 

 

 その、瞬間。

 

 灼け付いて不毛になっていたはずの大地から、溜まっていた熱が炎となって吹き上がる。

 

 でも、これは……この熱は。

 ボクから出たものじゃ、ない。

 

 半ば呆然としていたボクの背中に、炎と熱波が吹きつけて……。

 

 そこから、声がした。

 

 

 

『テイオー、負けるな!』

『大逆転見せてくれ!』

『行けるぞ! 差し切れ!!』

 

 

 

 聞こえた。

 たくさんの、ボクを応援してくれる、ファンの声が。

 

 それが……ボクの中にあったものなんかよりずっとずっと熱い熱になって、ボクの背中を押してくれて。

 

 そうしてボクは、空に巻き上げられる。

 

 

 

『あとちょっと!』

『このペースなら……!』

『テイオーの勝つ姿が見たいの!』

『天皇賞で初の重賞勝利飾ってくれ!』

『奇跡見せてくれ!』

 

『行け、トウカイテイオー!!』

 

 

 ……その声で、ようやく気付いた。

 

 見落としてたのは、これだったんだって。

 

 

 

 あぁ、バ鹿だったなぁ、ボク。

 

 ウィルを相手に「ボクに使える全部」で……言うならばボク1人きりで挑むなんて、その前提から間違ってた。

 

 ボクにはこんなにもたくさんの味方がいるんだもん。

 それを頼らず、一緒に戦わないなんて、そんなの舐めてるにも程がある。

 

 まぁ、その数自体は、ウィルやマックイーンに勝てないかもしれないけど……。

 それでも、こんなにも心強い。

 

 

 

 吹き付ける炎は、ボクの背中に集まって形を成す。

 大阪杯の日に得た翼よりも、もっと大きくてもっと強い翼。

 マックイーンのそれに似た、けれどボクだけの翼。

 ……いいや、ボクたちの翼!

 

 あぁ、これならきっと行ける。

 

 あと200メートルしかないけど……。

 ここから、本当のレースを始められる!!

 

 

 

「トウカイテイオーの走りは、ここから、だぁぁああああ!!!」

 

 そう言って、ボクは……。

 彼方の星に向けて、この手を伸ばした。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 風を切る音が聞こえた。

 それが自分が加速した音だったって気付いたのは、ずっと後のこと。

 

 ただでさえ満身創痍だった時に、極端に集中力を要する領域まで開いたからか、いよいよ思考も限界を超えてしまったらしい。

 もはや真っ当に意識を保つのも難しいくらいで、他のウマ娘の姿さえもまともに認識できない。

 

 それでも、あの子に勝ちたいって気持ちだけは、全然萎えることがなくて。

 もっと前に走りたいって、その想いだけが爆発するように心を焦がし、脚を動かして。

 

 だから白ばむ視界の中で、ただ、すぐ近くにあるような、あるいはずっと遠くにあるようなゴールに向かって、全力で。

 

「が、ぁぁぁぁぁああああああああ!!!」

 

 走って、走って、走って……。

 

 

 

 

 

 

 そうして、最後に。

 

「……ついに、追い付かれちゃったかぁ」

 

 そんな、聞き慣れた声が、聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 

 気付けば、地面に転がっていた。

 視界の先には、ただただ遠い、青い空と白い雲。

 手の届かないところにあるそれらは、倒れ込んだボクのことをなんか気にかけることもなく、ただ静かに流れていく。

 温かくなってきた空気と相まって、なんだか穏やかな雰囲気だ。

 

 ……まぁ、ボクの肺は未だにズキズキ痛んでるし、狂ったように酸素を求めてる。脚も棒になったみたいだし、完全にグロッキーってヤツ。全然穏やかなんかじゃない、ひっどい状態なんだけどさ。

 

 

 

「はぁ……はぁ、ふぅ……」

 

 我ながら、頑張ったなぁって思う。

 

 とてもじゃないけど、これ以上の走りはなかった。

 

 この1か月、ボクはボクに出来る全てをやった。

 あらゆる努力を積んで、あらゆる技術を盗んで、その全てをレースにぶつけた。

 適性の不適と、スタミナ不足。この2つの壁を越えるために、ボクにできる最大限、最高効率の鍛錬を、トレーナーと一緒に積んできたつもりだ。

 

 レース本番でも、持ってるものを不足なく全て出し切った。

 展開も悪くなかったし、ミスも一切ない、完璧な走りだったはずだ。

 何ならみんなに背を押してもらって、トウカイテイオーとしての限界以上の力まで出せたとすら思う。

 

 これ以上の走りは、ボクにはできなかった。

 これ以上のレースは、きっとボクにはできないだろう。

 

 それが……なんというか、残念だった。

 

 

 

 当然の話だけど、この世界で全く同じレースなんてのは二度と行われない。

 ボクが同じ走りができないかもしれない、ってのもそうだけど……。

 マックイーンはもうシニア2年目、ドリームトロフィーに進んでもなんらおかしくない頃合いだし。

 ウィルムだって、去年の宝塚記念とかでもわかるように身体的な限界はある。

 

 だから、来年もこの3人で、このレースを走れるとは限らないんだ。

 

 それに、たとえ走れたとしても、これ以上の走りをできる気もしないし。

 2人に完璧に勝つには、このレースしかなかったのに……。

 

 

 

 ……いや、違う、そうじゃなくて。

 勝てないかもしれない、なんてことが残念だったわけじゃなくて。

 

 ボクは、ただ、単純に……。

 

「……もっ、と……」

 

 もっと、2人と一緒に、走りたかった……のかな。

 

 

 

 熾烈なレースだった。

 一瞬でも気は抜けない、ずっと頭に血が昇りっぱなしの、地獄みたいなレースだった。

 

 でも、その厳しさが、激しさが、すごく……すごく、楽しかった。

 満ち足りて、心が躍って、胸が高鳴って、たまらなく楽しかったんだ。

 この、ライバルと一緒にやった、どっちが速いかを決める、すごく高度なだけの追いかけっこが。

 

 だから、こんなに痛くて苦しいのに、2人と走れる時間が終わってしまったことが、そしてもうこの2人と走る機会が来ないかもしれないっていうのが……すごく、残念で。

 

 

 

「テイオー、大丈夫ですか?」

 

 荒い呼吸のまま、ぼんやりと青い空を見上げて考えていると、上の方から声がかかった。

 

「……マック、イーン」

 

 青と白に染まってた視界に、サラリと垂れる芦毛と、気遣わし気な、でもどこか複雑な感情の混じった瞳が映り込む。

 

 マックイーン……やっぱり、余裕そうだね。少なくとも、ボクに比べると。

 あんな距離走ったのに、それでもまだ立って、誰かに声をかける、なんてことができてる。

 

 ……やっぱり、長距離じゃ、勝てないなぁ。

 

「すごい、や。マックイーン」

「何を仰っていますの。もう、皮肉ですか?」

「皮肉……?」

 

 マックイーンが伸ばしてくれた手に掴まって、なんとか上体を起こす。

 

 そこで……ようやく、すごい歓声とどよめきが、耳に入った。

 

 見れば、スタンドからレースを見ていた観客たちが、ボクたちの方を見て何かを言ってる。

 あまりに混沌としてるから、それぞれが何を言ってるのかはわからないけど……。

 かろうじてわかったのは、どうやらボクとウィルムの名前を呼んでるっぽいこと。

 

「…………?」

「その反応……なるほど、そこまで集中していた、ということですか。

 テイオー、掲示板をご覧なさい」

 

 掲示板。ボクたちの着順を確定して皆に伝えるための、大きな電光掲示板。

 ボクがそちらに視線を投げると、そこには……。

 

 

 

 1着のところに、ホシノウィルムの9番が表示されてて。

 2着に、ボクの18番が表示されてて。

 

 ……2つの間にある文字は……。

 

 「写真」。

 

 

 

「…………あ、え?」

 

 写真。

 写真判定。

 

 要するに、目視じゃどっちが1着だったか判断できないくらいに激戦だった、ってこと……のはずだ。

 

 ボクがその意味を必死に噛み砕こうとしていると、マックイーンはボクの横に膝を突いて言ってくる。

 

「完敗です、テイオー。この3200メートルの天皇賞で、まさかここまで綺麗に地を舐めさせられるとは……。どうやら、ウィルムさんの言葉は正しかったようですね」

「ウィルム、の……?」

「彼女は、あなたが必ず伸びてくると信じて疑っていませんでした。どれだけ理屈の上で不可能でも、あなたなら奇跡を起こせると。……えぇ、まさしくその言葉通り。綺麗に差し切られてしまいましたわ」

 

 マックイーンは、平静を保ったような表情でそう語ってるけど……。

 よく見れば、彼女は両手の拳を、血が出るんじゃないかってくらい強く握ってた。

 

 マックイーンはよく言ってた。

 メジロのウマ娘にとって、天皇賞の楯は何よりの悲願。去年の天皇賞(春)に敗北した以上、二度目は許されない、って。

 

 だから彼女にとって、春の天皇賞は大きな勝負の舞台だったはずだ。

 その上、適性のあるウィルムに負けるのならまだしも、適性のないボクに負けたのは、彼女のプライドを大きく傷つけてしまったのかもしれない。

 

 思わず「次はわからないよ」なんて慰めを言いかけて……やめる。

 

 そう言って謙遜することは、正々堂々と戦った彼女への侮辱に他ならないし……。

 それにボク自身、もう一度走れるかどうかなんて、わからないから。

 

 

 

 何を言うべきか迷っていると、ボクたちに1つの足音が近づいて来る。

 3200メートルの長距離を走って乱れの1つもない王者のそれの主は、疑うまでもなく。

 

「テイオー」

 

 ……ホシノウィルム。

 

 今にも倒れそうなくらいに疲弊したボクと違って、ウィルムは全然余裕がある感じ。それこそ、ここから後1000メートルくらいなら追加されても走れますよってくらいだ。

 

 その余裕は、そのカラッとした表情からも見て取れる。

 この子はレースを終えると、いつも満足気な笑顔を浮かべてるんだけど……。

 今日は、いつもに比べて一層、その笑顔が色濃いように見えた。

 

 彼女はこっちにたたたっと歩み寄ってくると、不意にボクの両手を掴み……そして、それをぶんぶんと振ってきた。

 

「テイオー、テイオー、あぁ、トウカイテイオー! 最っ高ですよ、流石はトウカイテイオーです!!」

 

 ウィルムの顔には、自分が負けかかった、あるいは負けたかもしれないことに対する不平不満や悔しさなんて、欠片もなかった。

 ただこのレースで自分を追い詰め、楽しませてくれたライバルへの感謝と感激だけが、ありありとその顔に表れている。

 

「正直最終コーナーまで詰めてこなかった時はどうかと思いましたが、素晴らしいと言う他ない末脚でした! というかなんで『アニメ……じゃなかったスパートしてる私より速いんですか、どれだけ鍛錬積んできたんですか! 私が言うのもなんですけどとんでもないですねぇ吸収力と精神力! もはや賞賛する他ありませんこれは!」

 

 嵐のように飛んでくる言葉に、まだ全然本調子じゃない脳がキンキンと痛む。

 褒めてくれてる……んだと思うんだけど、あまりに感情的な言葉の羅列だ。全部理解するのは、今のボクにはちょっとキツい。

 

 幸い、ウィルムはすぐにこっちの様子に気付いてくれたようで、ハッとした表情を浮かべてくれた。

 

「あ、ごめんなさい、落ち着きますね、ハイ。

 ……とにかく、すごく良い走りでした。まさしく奇跡を起こすウマ娘トウカイテイオーです」

「あー……うん、ありがと」

 

 正直、今褒められても、微妙に喜び辛いというか……現実に、認識が追い付いていないというか。

 

 ウィルムにここまで走りを認めてもらったのは、初めてのことで……それだけウィルムに迫れた、ってことだよね。

 いや、迫れたっていうか……そう、写真。写真判定になったんだよね?

 

 写真判定ってことは、これまでにないくらいウィルムに迫れたってことで。

 それに……それに、まだ結果が確定してないってことで?

 

 

 

 ……勝てた?

 

 ウィルムに……勝てた、かもしれない?

 

 そんな……そんなこと、あるの?

 いや、確かに、これ以上ない走りができたと思う。思うけど……。

 

 でも……そっか。

 

 ウィルムに、やっと、そこまで迫れたんだ。

 やっと、隣に並ぶところまで行けたんだ。

 

 

 

 ようやく思考が現実に追いついてきたボクの前で、ウィルムはまた口煩さを再燃させていた。

 

「いつかは、とは思っていましたが……ついに、ここまで追い付かれてしまいましたね。流石はトウカイテイオー。私の最高のライバルです!

 勿論マックイーンさんも、えげつなく強かったですよ! あんな早めのスパートかけてスタミナが持つとは、恐るべしですね! 1バ身差付けるつもりだったのに半バ身しか付けられませんでしたし、とんでもなくすごかったです!」

「評価には感謝しますが……必勝のつもりで挑んだレースで、1人だけ明確に敗れたのです。正直に言えば、悔しさが優りますわね」

「ナイス悔しさです! 敗北の悔しさはバネになりますからね、次回マックイーンさんと走る時が尚更楽しみです! 今度はもっともっと追い詰めてくださいね!」

 

 「次に走る時」「今度」って言葉を聞いて、ふわふわと浮きかけた気分が、少しだけ沈む。

 

 マックイーンが次に出るのは、多分、次の天皇賞を見据えて秋からになるだろう。

 けれど、ウィルムは秋になったら海外遠征に出てしまう。

 ボクは……大阪杯と天皇賞の疲れを抜くためにも、しばらくは休養になる予定だし。

 

 この3人でまた走れるのは、いつのことになるんだろう。

 ……もしかしたら、そんなタイミングは、もう巡って来ないのかな、って。

 

 この上なく高い壁、この上なく強いライバル、この上なく苛烈なレース。

 こんなにも条件が揃って、楽しく挑めるレースは……もう。

 

 

 

 そんなことを思ってたボクに、けれどウィルムは笑いかけてくる。

 

「ね、3人で約束しましょう、約束!」

「約束ですの?」

「そうです! 来月の宝塚で再戦しましょう! 今度こそは完全に勝ち切ってやります!」

 

 子供みたいに無邪気に笑って無茶を言うウィルに、思わずマックイーンと目を合わせて笑ってしまう。

 

「申し訳ありませんが、私は秋の天皇賞までは鍛え直しですわ。この条件で負けてしまう今、再びあなたと競っても勝ち目がありませんもの」

「ボクは……一旦、大阪杯と天皇賞の疲労抜き。それにもっと強くなりたいし、多分、レースに出られるのは……半年後くらいになるんじゃないかな」

「そ、そんな……私、秋は凱旋門賞ですよ!? 宝塚を逃せばしばらくは2人と走れないんですよ!? そんなの生殺しじゃないですか!!」

 

 何が生殺しなのかはよくわからないけど、ウィルは悔しそうに握った両手をぶんぶん上下に振る。

 そして言葉にならない呻き声を上げながら、小声でブツブツ呟いた。

 

「それじゃ、秋の……いや、天皇賞は微妙って言われてるし、ジャパンカップは抑えろって……うぅぅ」

 

 あんなに強かったライバルが見せる幼児性に、棘を抜かれたような気分になる。

 というかウィル、ファンの前では結構クールというかカッコ良い系で売ってるのに、こんなの見せて大丈夫だろうか。今更かな。

 

 

 

 あーでもないこーでもないと頭を捻っていたウィルは、ようやく納得できる答えを見つけたのか、深く頷いてボクたちを見て来た。

 

「わかりました! 今年の有記念! 有記念でもう1回この3人で走りましょう! 今度は追い付かせたりなんかしません、ボッコボコにしてやりますから!!」

 

 それは、すさまじく直球な宣戦布告だった。

 次に走ったら自分が勝つと、負けるためにレースに出て来いと。

 それにぴくっと来ないわけではなかったけど……。

 

 ……それ以上に。

 初めて、ウィルムの気持ちが、よくわかってしまった。

 

 この3人でまたレースができたら、どれだけ楽しいだろう、と。

 そして、その次のレースでこそ、自分はぶっちぎりで勝ってやる、と。

 

 だから……。

 

「……いいよ。ボクの方こそ、今度は完勝してやるから!」

「えぇ。メジロのウマ娘として、正々堂々と挑みますわ」

 

 ボクたちは、1つの約束を結んだのだった。

 

 

 

 もう二度と、同じレースは開催されない。

 この天皇賞(春)は終わってしまって、その結果を覆すことも、過程を体験することもできない。

 時間は川と同じように、流れていくばかりで逆流はしないものだから。

 

 ……けど。

 きっと、今回以上の、もっと良いレースを作ることは、できる。

 

 そう信じて、ボクたちはそれぞれ、年末までの短いようで長いモラトリアムを歩み始める。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 天皇賞(春)。

 その1着入線を決める写真判定の審議は、実に20分以上に渡って続けられた。

 

 異例の長さで続けられたこの審議の果てに出された、たった1つの結論は……。

 

 

 

 ホシノウィルム、及びトウカイテイオーの、1着同着。

 

 センチメートル単位ですら優劣の定まらない、トゥインクルシリーズ史上初の、G1レース1着同着となったのだった。

 

 

 

 ボクはその後、「適性の壁を正面から破壊した奇跡のウマ娘」「トゥインクルシリーズ現役で唯一ホシノウィルムと並べるウマ娘」なんて言われて、ちょっとばかり注目されたんだけど……。

 

 正直、奇跡というには成し遂げきれない、中途半端な結果になってしまったなぁ、と思う。

 

 だってボク、マックイーンと天皇賞には勝てたけど、ウィルムには勝ててないもん。

 同着ってことは横並びってことで、彼女とは勝ち負けがまだ決まってない。

 

 だからこそ。

 ボクは、インタビューで向けられたマイクに向かって、高らかに宣言する。

 

 今度こそ、決して大言壮語じゃない、ボクの新たな目標を。

 

「もう星の光に目を焼かれるばかりじゃない! 有記念では、今度こそ完全に勝ちに行くんだから!

 ファンのみんな、期待しててよね!」

 

 

 







 ホシノウィルム
 『青く燃えるクリカラ Lv5』
 レース中間付近でスタミナを消耗していると草原の上で持ち直す、長距離レースで最終直線に入った時先頭に立っている場合は燃え上がってひた走る。

 メジロマックイーン
 『最強の名を懸けて Lv5』
 レース終盤かつ最終コーナー以降に前の方で詰め寄られると速度を上げ続ける

 トウカイテイオー
 『絶対は、ボクだ Lv6』
 最終コーナー以降に前の方で追いすがっていると最終直線を走行中不屈の闘志で速度がすごく上がる。
 更に不利な戦場である程に帝王としての意地を見せ大きな奇跡を起こす。



 そんなわけで、天皇賞(春)でした。

 ウィルの新領域は、「今世では色々あったけど、それら全てが今の自分を作っている大切な過去」であることを認め、その全てを競走ウマ娘としてのパワーに換える(走る燃料にする)というもの。平たく言えば、アタシ再生産です。
 「青く萌える国(故郷)から」やってきたウィルが、「青く燃えるクリカラ(龍)」になる、という言葉遊びをしたかった。

 そして、ウィルに競り勝つまでは行かずとも、ついに並ぶことのできたテイオー。
 これを以て本作最強キャラランキングは、
 1位:1、2話登場の某モブ栗毛ウマ娘(ウィルに1バ身差勝利)
 2位:スペシャルウィーク(ウィルに3センチ差勝利)
 3位:トウカイテイオー(ウィルと同着)
 となりました。参考までに。

 さぁ、残すところは宝塚記念。ここまで目立ってこなかったあの子との戦いが来ます。
 ですが、その前に別視点回。掲示板と、ウィル陣営と……それから、どこかの誰かの視点の順の予定。



 次回は、3、4日後。掲示板回です。



(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!
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