ちなみに第二部完結も8か月前です。
フェルン、それは流石に嘘だよ。第二部完結は2か月前だよ。
……気付けば本当に長引いちゃってますね!? リアル8か月かけて作中4か月しか進んでないの!? 本当に!?
一応、自分なりのペースでちゃんと進めてるつもりだったんですけど……これはもうちょっとペースを上げなきゃいけないかも。
私の属する堀野歩トレーナーの一陣は普段、担当ウマ娘の公式レースを勝利で終えると、祝勝会を開く。
もはや通例になりつつあるけど、実のところこれ、最近始まったばかりの風習だ。
なにせ私が提案してからのことだし。
去年までの兄さんは、前世の記憶から精神的に乾いていたということもあり、担当ウマ娘のメンタル的な部分への配慮が限りなく薄かった。
……いや、まぁ。私がトレセンに来た時には、家にいた頃よりは多少マシにはなってたと思うけれど。
それでも、兄さんの担当ウマ娘との付き合い方はすっごく……こう、ビジネスライクと言うか……とにかく多面的な配慮に欠けたものだった。
「競走ウマ娘の」管理はやはり限りなく上手いようだったけど、ウマ娘の……乙女の精神状態の管理がちょっとアレだったんだ。
ま、人間得手不得手はあるもので、それを補い合うからこそのコミュニティだ。
そんな兄さんのサブトレーナーに就いた以上、私は私のできることをしよう、と。
そう思った私は、トレーナーとしての研鑽を積みながら、担当ウマ娘のメンタルケアに回るようにしたのだった。
で、そのメンタルケアの一環として兄さんに提案したのが、レース後の祝勝会or残念会。
レースに勝つにしろ負けるにしろ、そのことを盛大に祝うなり悲しむなりのちょっとしたお祭りを行い、次の日からは新たな気持ちでトレーニングに臨んでもらう、と。
そういう狙いと……何より、何か月もトレーニングを頑張ってきたウマ娘たちへの労いが必要だろうと思ってのことだった。
まぁ実際のところ、ホシノウィルムさんは何より走ることを楽しんでるし、ミホノブルボンさんも走ることに対してすごく真面目で前向き。
日々のトレーニングを苦にしているかと言えばそれはないだろうし、祝勝会よりも次のレースとそのためのトレーニングを望みそうな子たちなんだけど……。
それでもとにかく、切り替えっていうのは大事だ。
頑張った子には、頑張っただけのご褒美を。堀野のトレーナー云々の前に、人間として当然の話だよね。
そんなわけで、ホシノウィルムさんの参加する天皇賞(春)が開催されたその日も、私たちは小規模ながら祝賀会を行った。
……ただ、この祝賀会っていうのがなかなか難しくて。
ホシノウィルムさんやミホノブルボンさんは、今のトゥインクルシリーズの花形。全国どころか全世界規模で顔の売れた存在だ。
そんな彼女たちを、よりにもよってレース直後に下手な場所に連れて行ったりなんかすれば、ファンに見つかって大騒ぎになってしまうだろう。
故に、祝勝会の会場はそこそこ値が張って客層が良い店の中から、彼女たちの願望も交えて選ぶことになるんだけど……。
今回はせっかく京都に来ていることだし、いつもより更に高めの料亭に行くことになった。
もう入口からして世界観をバッチリ出してるタイプの、あからさまな高級店。
私と兄さんはこういうの慣れっこだし、ミホノブルボンさんも相変わらずのマイペースっぷりで気にしてないみたいだけど……。
本日の主役の1人であるはずのホシノウィルムさんは、ちょっとおどおどしちゃってたな。
ま、こういうのに慣れてもらう必要もあるだろうし……。
お祝いが2つ重なった今日くらいは、それはもう豪勢に祝わないとね。
* * *
仲居さんに風情のある個室に通してもらって、一息つく。
担当ウマ娘のG1レース直後ということもあって、ここまでかなり気を張っていたけど……それもここまでだ。
ここから料亭を出るまでの間、おかしな人に見つかる危険はない。
流石高級料亭と言うべきか、ここは外に音を漏らさない仕組みも完璧だし、人伝にも決して外部に情報が漏れない。
何せ元々、やんごとなき家系の……つまり私たちのような名家の人間が、会談に使うような場所だからね。その辺りのセキュリティは万全なわけだ。
そんなわけで、ちょっと気を抜いて──約1名は、最初から全く緊張感もなく兄さんの左腕に引っ付いてたけど──今日のレースのことや次走のことなんかを話している内に、料理が届き始める。
パーティと言ったら、やはりまずは乾杯の音頭。
兄さんはウーロン茶の入ったグラスを持ち上げ、私たちを見回して口を開く。
「みんな、グラスは持ったな? ……よし。それでは、ホシノウィルムの天皇賞(春)勝利に、そしてミホノブルボンの誕生日に、乾杯!」
「いえーい、乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯」
そう、今日の食事会の題目は、ホシノウィルムさんの祝勝だけじゃない。
今回は、ミホノブルボンさんの誕生日会も兼ねているのだった。
* * *
今日は天皇賞(春)の開催された4月26日なんだけど……。
実は、ミホノブルボンさんの誕生日は、4月25日。つい昨日のことだった。
当然ながら、トレーナーである私や兄さんがそのことを忘れるわけもなく。
私は昨日の内に、彼女に集中力を高めてくれるアロマとデフューザーをプレゼントした。
ちょっとクール寄りでありながら確かに可愛さを秘めるデザインで、ちょっとお高めで機能性も抜群。匂いはウマ娘からしても主張の強すぎない清涼系のヤツだ。
我ながら、結構良い感じのセレクトだと思う。自画自賛。
一方で兄さんは、ここ20年のダービーと菊花賞のデータを編集してまとめたスクラップブックをプレゼントしてた。
どうやら実家に死蔵されてるデータまで引っ張って来てるらしく、中身はとんでもなく重厚で長大。私なんか、正直言ってその厚さを見ただけで「うげっ」となったくらい。
ミホノブルボンさんの「クラシック三冠」っていう夢を応援してのプレゼントだろう。こんな時にまで真面目というか何と言うか……。
……まぁ、ブルボンさんは私のより兄さんのプレゼントに強く反応してたんだけどさ。
正直、ちょっと悔しい。兄さんにこういうので負けるなんて……。
ちなみに、私や兄さんが誕生日プレゼントを贈るところを目撃したホシノウィルムさんは……。
「あー、いや、忘れてたわけじゃないよ!? ないけど、ほら、明日本番だし、ちょっと用意する時間が取れなかったというか……!!」とあたふたしていたのだった。
まぁ、仕方ないことだと思うけどね。ホシノウィルムさん、ここ最近は「テイオーとマックイーンさんとレース!!」ってすっごい夢中でトレーニングしてたし。
ホシノウィルムさんに限らず、レースに臨むウマ娘はレースに一極集中しがちだ。物忘れの1つや2つくらい発生してもおかしな話じゃない。
で、結局「本当にごめんなさい、ちゃんとプレゼントを選びたいので1週間だけ時間をください……」と平謝りしてた。
うん、ミスした時に素直に謝れるのは偉いね。
社会人でもできない人がいるっていうのに、自己中心的になりがちな中等部の年頃にこれができるのは、本当にすごいと思う。
……改めてこの子、精神性が大人に近いよね。自己と他者をきちんと認識できてる、というか。
やっぱり、兄さんと同じで転生者だったりするんだろうか。だとすればその破天荒なまでの素質にも納得がいくし。
と、少し話が逸れてしまった。ブルボンさんの誕生日の話に戻ろう。
私たちは、それぞれが個人的にプレゼントを渡しはしたけど……。
流石にホシノウィルムさんの出走レース前日に、大々的にパーティを開くわけにもいかず。
誕生日の本格的なお祝いは、ブルボンさんにはちょっと申し訳ないけど、今日のホシノウィルムさんの「祝勝」会と一緒に行おう、ということになったのだった。
……そう、祝勝会。
お疲れ様会ではなく、祝勝会だ。
「いやーでも、今回は本当にヒヤっとしましたよ。まさか長距離のレースでトウカイテイオーがあそこまで伸びてくるとは! すごーっ! て感じです!」
正直なところ、私たちの陣営の誰もが、今回のレースにおけるホシノウィルムさんの勝利を疑っていなかった。
彼女のことを無意識的に神格化してしまいつつあった……というわけじゃなく、シンプルに彼女の能力が飛び抜けて高かったからだ。
兄さんの転生チート──実のところ、それが本当に転生特典と呼ばれるヤツなのか、あるいは兄さんの生まれ持った特異な能力なのかはわからないんだけど──である、「アプリ転生」ってヤツ。
それによれば、ホシノウィルムさんのステータスとスキルは、何かの間違いなんじゃないかってくらいに飛び抜けていた。
それこそ、あの慎重派の兄さんが「このレースにおいて、ホシノウィルムが負けることはあり得ない」って断言してしまうくらいに。
それなのに、トウカイテイオーは迫って来た。
追込ウマ娘かと疑いたくなるレベルの末脚で、最終直線で一気に上がって来て……。
そうしてついに、ホシノウィルムさんに追いついてしまったんだ。
彼女が、そんなことをできた理由は……。
「とんでもなかったですよねアレ! 完全にアドリブであそこまで伸びてくるの、流石はトウカイテイオー、本物の天才です!!」
そう。
アドリブ、だった。
今、気まずそうな顔でブルボンさんのグラスにジュースを注いでる兄さんは、確かに観察眼が鋭い。
なにせ、対象のウマ娘を視認すれば、数値化した能力と習得している技術を把握できるのだ。その命中率に関しても、今のところ百発百中。読み間違えたことはない。
正しくチートレベルの能力と言っていい。理論上、兄さんよりも正しくウマ娘の能力を測れるトレーナーは存在しえないだろう。
だが、そんな兄さんも測れないものがある。
それが、不測の事態だ。
……なんか言葉遊びみたいになっちゃったけど、これがなかなか難しい問題で。
兄さんは昔から理論派かつデータ主義だ。そりゃあ数値化したステータスが見えてりゃそうなるだろうと思いきや、話を聞くにどうやら前世から続く気質らしい。
で、そういう兄さんが最も苦手とするのは、レース中の成長や爆発、そしてアドリブ。
データを頼るからこそ、データに表れない部分にはどうしようもなく弱いわけだ。
今回のトウカイテイオーの走りは、兄さん曰く「本来は持ち得ない技術を無理やり持ち寄って縫い付けた」ようなアドリブ性の強すぎる走りだったらしい。
らしい、って言うのはどの走りがどの技術に基づくものなのかは、兄さん本人にしかわからないからね。
まだ身に着いてない、知識だけ知っているような技術。
それを脳内でシミュレートし、即興で自分の体に落とし込んで、常に揺れ動くレースの中で適切なタイミングで用いる……。
本当にとんでもないことをしてくるよね。言葉で聞いただけでも、直接走るわけじゃない私たちトレーナーでさえ、その難易度の高さには察しが付くくらいだもん。
ホシノウィルムさんが時々言う「トウカイテイオーは本物の天才」って言葉は、限りなく真実に近いんだろう。
そして私の兄さんは、そういう感覚派の天才と、最悪に相性が悪いんだ。
「……ウィル、すまん。今回も読みを外してしまった」
罪悪感が抑えきれなかったんだろう、ペコリと頭を下げる兄さんに、カニの脚から身を出していたホシノウィルムさんは慌てたようにぶんぶんと手を振った。はみ出た身がぷりぷり揺れる。
「いえいえいえ、何を仰います! 歩さんは『テイオーはレースのペースに合わせずに自分の走りを貫いて来る』って読み、当てたじゃないですか!」
「そこは当たったが……まさかテイオーがあそこまで伸びてくるとは思わなんだ。完全に伸びしろを見誤ってしまった」
「そこは得意不得意ありますからね。だいじょーぶだいじょーぶ、気にしてませんよー?」
「ま、まぁ、そう言ってもらえるのは嬉しいが……」
ホシノウィルムさんはカニを置いて立ち上がり、兄さんの背中をぺしぺしと叩いて慰める。
それを受けて、兄さんは……うん、ちょっと困ったような、困惑したような表情を浮かべてる。
うん、そりゃ困惑するよね。
……ホシノウィルムさん、まだランニングハイが抜けてないんだよなぁ。
ホシノウィルムは、レースに強い悦楽と幸福を見出す生粋の競走ウマ娘だ。
なので、レースを走り終えた後は興奮からハイになってしまうんだけど……。
それでも、レース後に勝利者インタビューとウイニングライブに備えて休んでる内に落ち着いてくれるのが通例だった。
けど、今回のレースがいつにも増して楽しかったからなのか。
勝利者インタビューになっても、ウイニングライブが終わっても、そうして今になっても……。
彼女はまだ、その熱を落ち着けられていないようだった。
「第一、私たちはパートナーじゃないですか! 歩さんの相性の悪い相手には私が、私の相性の悪い相手には歩さんが対処すればいいんですよ! 今回だってそれでレースには勝てたじゃないですかぁ!」
「ウィル、何か変なもの飲んだ? 酔ってない?」
「酔ってませーん! 極めてシラフです!!」
兄さんがこっちを見てくるけど、首を横に振って返す。
車での送迎中もこの調子だったけど、彼女が飲んだのはクーラーボックスに入れていたスポドリとジュースだけで、アルコールの類はそもそも持ってきてすらいない。
当然ながら、ここで出て来た飲み物もノンアルコールだ。いくらお祝いとはいえ、彼女たちの周りでお酒なんて飲むわけにもいかないしね。
つまるところ、これはアルコールに酔ってるわけじゃない。
ただ、レース後のハイが続いているだけなのだ。
極めてアレな言い方をすれば、浮かれポンチなのであった。
しかし、ホシノウィルムさんのハイテンションに、兄さんは付いて行けてない。
その表情はまだ曇ったままだ。
「もー、なーんでそんなにテンション低いんですか! せっかく勝ったんですから、もっともっと喜ばないとじゃないですか!」
「あー……君が嬉しいのなら、いいんだが。やはり同着だと勝った気がしないんじゃないか、と……」
「あぁ、まぁ正直そういう側面もありますね。私はレースに勝ちたいんじゃなくてライバルに勝ちたいわけで、そういう意味では今回のレースは万全な勝利とは言えなかったかもしれません」
ふむ、と顎に手をやりながら、カニの身をポン酢にくぐらせるホシノウィルムさん。
ペラペラと話を続けながらも箸を運んでるの、器用だな……。兄さんなんて、さっきから完全に箸を置いて腕を組んじゃってるのに。
私も冷める前に食べちゃおう。
「でも、いいんですよ、私の一番の目的は勝利じゃなくてレースを楽しむことですから!
テイオーと最高のレースができたんです。私に思うところはありません。
それに、次は勝ちます! そのためにバッチリ鍛え上げてくださいね!」
にへへと笑うホシノウィルムさん。
その顔には、とてもじゃないけど嘘はなさそうだ。
……うーん。
やっぱりこう、人間とウマ娘、大人と子供の思考方針の違いを感じるな。
私も兄さんもそうだけど、大人っていうのは結果ばかりを求めがちだ。
特に競争や競走となれば、その過程ではなく、誰を上回ることができたかの結果ばかりを見てしまう。
ふと、思い出す。
子供の頃、私は学校へと通う道で遊んでいた。
友達と話し、笑い合いながら、白線を踏まないよう歩いたり、電柱の周りを回ったり……。
けれど成長してからは、いつしかそうしたことはしなくなった。
周りからの視線が恥ずかしくなったというのもあるけど、それ以上に、どこかへと向かう過程はあくまでも手段であって、それ以上ではなくなった。
だから、その過程を楽しむ、なんて発想自体がなくなってしまった。
そういう幼児性を……いいや、過程を見ることのできる彼女たちの視点は、大事にすべきだと思う。
それはきっと、なくしてしまえば、二度と戻らないものだ。
だから、私はちょっとわざとらしく咳払いして、兄さんに言う。
「兄さん、反省は後でしょ。今はお祝いの場なんだからさ」
「……そうだな、うん。今はとにかく、お祝いしよう」
そう言って、ようやく兄さんはその表情を解して、箸を握った。
* * *
流石は料亭の味と言うべきか、運ばれてくる料理の味はかなり良かった。
繊細で独特な風味と舌触りのものが多くて、食べていて飽きが来ない。
兄さんも「これはなかなか」って顔してたし、払った値段分の味はあったかな。
……ただ、当のホシノウィルムさんは、若干微妙な顔。
というか、初の味覚に戸惑ってる顔かな、あれは。
繊細な味ってつまりは薄めの味付けってことだし、食べ盛りな歳頃の彼女としては、もう少し濃い目の味の方が好きかもね。
私も中等部高等部の頃、立食パーティとかでつまむものより、そこらのファストフードの方が舌に馴染んだりもしたし、気持ちはわかるよ。
その上、彼女は一般家庭の……ちょっと特殊な生い立ちだ。
こういう味にはあんまり舌が慣れないんだろうね。
まぁでも、今や彼女も日本の中心の1人だ。これからはパーティや食事会に呼ばれることも増えるだろう。というかもう増えて来てるし。
今の内に、この手の食事に慣れておくのは悪いことではないはずだ。
……馴染めるかどうかは別として、ね。
一方で、本日のもう1人の主役であるミホノブルボンさんは、やはりいつもの無表情で、時折話に加わりながらもひたすらに箸とフォークとスプーンを動かし続けていたんだけど……。
その姿を見ていると、少なからず罪悪感が湧いて来る。
「改めてごめんなさい、ミホノブルボンさん。せっかくの誕生日のお祝いを、他のお祝いと一緒にしてしまって……」
声をかけた私に、ブルボンさんは口パンパンに詰めた料理を呑み込んだ後、改めて応えた。
「問題ありません。私としては、むしろこの形が好ましかったと認識しています」
「好ましかった?」
「はい」
ブルボンさんは、テンションが上がり過ぎて「ご褒美権行使です! あーん! あーんを要求します!」とかやってる浮かれポンチ2人組に目を向けながら、静かに言った。
「私は、ホシノウィルム先輩ではありませんから」
「……と、言うと?」
「昨年の、ホシノウィルム先輩の皐月賞の記録を記憶していらっしゃいますか?」
当然だ。あの記録はあまりにも衝撃的だった。
ウマ娘のトレーナーであれば、あるいはウマ娘のトレーナーを志す者であれば、おおよそ誰もが記憶しているだろう。
その上、私にとっては実の兄の担当ウマ娘の活躍だったんだもの。当然記憶には色濃く残っている。
「1分58秒2。当時のレースレコード、シンボリルドルフさんの記録を3秒近く縮めた、8バ身差の1着……ですね」
「はい。これを以て、ホシノウィルム先輩は『世代のクラシック三冠最有力候補』と見なされるようになりました」
そう、ホシノウィルムというウマ娘の力が完全に周知されたのは、あのレースだった。
元よりG1ホープフルステークスでの大差勝ちによって実力は示していたものの、それがジュニア級G1であったことやフロックの可能性などから、確かな評価には繋がっていなかったんだけど……。
当時三冠最有力候補であったトウカイテイオー相手に、8バ身。
そして、あの永遠の皇帝シンボリルドルフ相手に、3秒。
この差こそが、世間にホシノウィルムを受け入れざるを得ない状況を作った。
寒門の、名も知られていないウマ娘の血統でありながら……。
それでもなお「ホシノウィルムこそが最強である」、と。
そう、誰もが認めざるを得なかったんだ。
ブルボンさんは当時に思いを巡らすように数秒黙った後、話を続けた。
「けれど、そんなホシノウィルム先輩も、日本ダービーでは一気にハナ差まで詰められました」
ホシノウィルム世代と呼ばれていた彼女たちの世代の名称を、星の世代へと変えたレース。
8バ身の差を付けられ、実力差を叩きつけられたトウカイテイオーが、一度はホシノウィルムを差し切り、あとほんの少しで逃げ切りかけた一件だ。
ホシノウィルムも無敵ではない、それに迫り得る存在は確かにいる。
それがトウカイテイオーであり、ナイスネイチャである、と。
そこまで聞いて、ブルボンさんの言いたいことが……『自分はホシノウィルム先輩とは違う』という言葉の意味が、ようやく予想できた。
「そんなホシノウィルム先輩に対して、私が皐月賞で付けた2着との差は、2バ身余り。
適性の側面で予測しても、これからの戦いは指数関数的に厳しくなるはずです。
……それこそ、次回の日本ダービーで、ライスさんに差されてしまいかねない程に」
それは……端的には言えないと思うけれど。
今回の天皇賞で確信できたけど、あのダービーでホシノウィルムさんをかわしきれたのは、トウカイテイオーさんだからだ。
彼女の圧倒的と言える才気と努力あってこそ、ホシノウィルムというウマ娘に迫れた。
ライスシャワーさんに、同じだけの才気があるとは限らない。
今ミホノブルボンさんが抱えている懸念が適切とは限らない。
……でも、それは同時、ブルボンさんがそれだけ、ライスシャワーというウマ娘を警戒しているということでもある。
その警戒心自体は、決して悪いモノじゃない、かな。
彼女は胸の前で拳を握り、少しだけ下に向けたその目に、微かな感情を燃やして、言う。
「私は、ホシノウィルム先輩とは違う。先輩のように、他に意識を向けながらトレーニングを行ってなお勝つ、という器用なことはできないでしょう。
故に私は、ミッション『クラシック三冠』達成のため、更に鍛錬を積みたいと望みます。
そのためには、クールダウンの時間は可能な限り短い方が都合が良い」
「なるほど」
「……とはいえ」
そこまで言って、彼女は握っていた拳を開いて、視線を上に上げる。
その先にいたのは……いや、何やってるのかなあの2人は。互いに魚の切り身をつまんだ箸を向け合って、牽制し合ってる? みたいだけども。
どことなく緊迫したような、しかし本人たちは幸せなのだろう胸焼けしそうな光景を見て……。
ブルボンさんは、ほんの少しだけ、口角を上げた。
「勿論、そういった私の都合と、先輩のレースの勝利は全く別の話。本日の天皇賞勝利を祝うことには異存ありません。
そして、そこで私の誕生までも祝っていただけるのであれば、それが最も良い形なのだと推測します」
トレーニングの時間を減らしてまで、自分のためにパーティをしてほしいとは思わない。
けど、誰かのためにパーティを開くのまでは否定しないから、そのついでに祝ってくれたら嬉しい、と。
なるほど……。
……うーん。
「? どうかしましたか」
「いえ、私もあまり人のことを言ってはいられないな、と」
「???」
ミホノブルボンさんのプレゼントの件然り、今回のバースデーパーティの件然り……。
どうにも私、自分の「普通」を前提に考えすぎてるかもしれない。
普通、この年頃の女の子は、可愛い小物を欲しがるだろう、とか。
普通、誕生日のお祝いは、他のイベントとは別にやってほしいだろう、とか。
そういう、私が属していた「普通」の常識に、視点をロックしてしまっている。
でも、彼女たちはただの女の子じゃないんだ。
女の子である前に、1人の競走ウマ娘。
少なくとも、ホシノウィルムさんやミホノブルボンさんは、そういうタイプなんだろう。
そういう子もいるんだって、ちゃんと理解して寄り添わないと、メンタルケアとか言ってられない。
少なくとも今回に限っては、私より兄さんの方がウマ娘に寄り添えてたんだもん。これは深く反省しないといけないことだ。
……よし、反省。
そして、反省したからには、行動を改めなければ。
私は1つ頷いて、しっかりとミホノブルボンさんの目を見ながら言った。
「……よし。明日からも一緒に頑張りましょう、ミホノブルボンさん!」
「文脈は理解しかねますが、はい。クラシック三冠達成の日まで、どうかよろしくお願いします」
最近ちょっと張り詰めがちだったので、平穏な日常を一つまみ。
ちなみにウィルは今バチクソテンション上がってますが、1度寝たらリセットされます。つまり、明日の朝はいつも以上になかなかベッドから出て来られないでしょう。
次回は3、4日後。遥か遠くの誰かの視点で、始まりの話。
(禊)
私はここに、感想を寄せていただいた読者様ににわか知識で間違ったことをドヤ顔解説してしまったことを謝罪いたします。
他の読者様にご指摘いただいて自分のミスに気付いた時、顔から火が出る程恥ずかしかったです……。
もし今回も読んでいただけていたら、本当にすみませんでした!! 自分が全面的に間違ってました!!
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!