転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 タイトルがスタァライトばっかになっちゃってる気がするんですが、設定とか言葉が本作と噛み合いが良すぎてね……。

 それでは新章、宝塚記念編スタートです。
 とはいえ、まずは一旦のスローダウンから。





彼と彼女と宝塚の季節
驕りと誇り


 

 

 

 4月26日、ウィルの天皇賞(春)は、トウカイテイオーとの1着同着という形に終わった。

 これを以て俺たちの陣営は、一旦の小休止に入った形となる。

 

 今シーズン、担当の出走予定のレースは、残り2つ。

 直近が5月31日、ブルボンと獲る2つ目の冠、G1日本ダービー。

 そしてその次がまた1か月後の6月28日、史上初の連覇を賭けたウィルの宝塚記念だ。

 

 ブルボンの皐月賞からウィルの天皇賞までが1週間と、昨日までとんでもない過密スケジュールだったからこそ、俺としては少しばかり肩の力が抜けた思いだ。

 ……いや、この脱力感は、ただ仕事を終えた安堵だけではないかもしれないが。

 

 ともあれ、やはり俺だけでなく、同陣営の他3人もどこか落ち着いた様子だった。

 考えてみれば、皐月賞と天皇賞だけじゃない。

 ブルボンのスプリングステークスから始まり、次週にウィルの大阪杯、2週間でブルボンの皐月賞、1週間後にはウィルの天皇賞……。

 担当が2人になったこともあって、この1か月はレースレースレースと、とんでもなく忙しなかった。

 

 それが、今回は次のレースまで、1か月以上の猶予があるんだ。

 多少気が抜けるのは、自然なことだったかもしれないな。

 

 緊張を常に保つことはできない。

 ああいや、できないわけじゃないか。寿命を前借りして延長する技術はある。俺も使ってた。

 だがそれはともかくとして、健常に緊張を維持するためには、定期的に緩和を挟まねばならないのもまた事実。

 

 この1か月、みんなよく頑張ってくれたし……。

 ここは一度、全員で足を止めた方が良いかもしれないな。

 

 

 

 そんなわけで、天皇賞翌日の27日。

 俺たちはそれぞれの次走対策会議を行った後、半日の休暇を取ることとなった。

 

 一応、3人それぞれの休暇の使い方を軽く聞いておく。

 何故かと言うと、放っておけばウィルが毎回のように自主トレに精を出してしまうからだ。そういう時は過度なものにならないよう、適切なトレーニングプランを組まねばならない。

 昌に関しても、この仕事やってれば急用が入ることも多いからな。お互い所在地くらいは把握しておいた方がそういう時にスムーズだ。

 

 まず、クラシック三冠を目指すブルボン。

 彼女はどこぞの先輩に似たか自主トレをしたいとのことだったので、軽く時間や距離の枠組みを組んでメモを渡した。

 過去の統計から言って、この年頃のウマ娘は休暇となれば、外に出かけたり友人と遊んだりする傾向が強いはずなんだがな。

 特に「アプリ転生」を持つ俺は、その体力を事故の発生ギリギリまで追い詰めることも多いので、担当ウマ娘である彼女たちは、それこそ丸一日寝て過ごす選択をしてもおかしくないのだが……。

 どうにも俺の担当は、どちらも自主トレ好きというか、走ることに熱心すぎるきらいがある。

 いや勿論、契約トレーナーとしてはこの上なくありがたいことなんだけどね。熱くなりすぎて暴走したりしない限りは。

 

 俺のサブトレを務めてくれている妹の昌は……。

 何やら、溜まっている趣味を片付けるとのこと。

 趣味というのが何なのか聞いてみたらすっごく嫌な顔をされてしまったので、その中身までは定かではないけど、どうやら部屋に籠るようだしインドア系の趣味らしい。

 昌、あれでいて結構サブカル面もイケるクチだからなぁ。もしかしたらそっち方向かもしれない。

 そう言えば、「給料が出るまでは広告費でやり過ごす」みたいに言ってたし、もしかして何かしらのサイトとかチャンネルとか運営してるんだろうか。

 ……嫌だなぁ、どうしよう妹がアフィカスとかやってたら。その時はちょっとお話が必要かもしれない。

 

 最後に春シニア三冠を期待されるウィル。

 彼女の予定も、予想通り自主トレ……かと思いきや、今日は部屋で体を休めるとのこと。

 正直、耳を疑った。次に自分の頭を疑った。そうしているとウィルがジト目で「私が休むって言うの、そんなに変ですか?」と言ってきたので頭をブンブン縦に振った。ウィルはちょっと拗ねた。

 いや、意外でしょ……この子、これまでは俺の方から言わない限り休まなかったし。

 率直に「何を企んでるの?」と訊いてみると、心外そうに唇を尖らせて「いや、昨日のレース結構苛烈だったので、一旦体を休ませるんですよ……」ととんでもなく理性的な返事。

 「すごいな……自主トレ欲を抑えて休めるようになったのか。偉いぞ」と感動のままに頭を撫でると、ちょっと嬉しそうな表情を浮かべながらもパンチされてしまった。

 

 

 

 さて、一方で俺はと言えば。

 3人が帰って行ってからも、少しだけトレーナー室で作業することにした。

 

 というのも、他に意識を向けて感覚が鈍ってしまう前に、すべきことがあったからな。

 

 そんなわけで俺は1人きりのトレーナー室で、昨日の天皇賞のレース映像を見ながら、その展開とそれぞれの動きのデータ化を試みて……。

 

 改めて、トウカイテイオーの常識外れっぷりに頭を抱えることとなった。

 

 

 

 ハッキリ言おう。

 意味がわからない。

 

 俺はこれまで、何万というレースを見てきた。

 勿論ただ観戦しただけではない。

 その中で出走ウマ娘たちのコンディションを見比べ、彼女たちのステータスやスキルがレースにどう作用するか、死に物狂いで研究してきた。

 

 故にこそ、俺にはレースでの展開が予想できる。

 そのレースにおいて、誰が誰を意識し、どんな戦術を取って来る可能性が高いか、その時誰が勝利に近付くか、数値で割り出すことすら可能だった。

 

 ……可能だった、はずなんだが。

 

 

 

 何度見ても、今回のトウカイテイオーの走りは、俺の常識の外に出ている。

 それも、圧倒的に、だ。

 

 レースを見る直感はもはや俯瞰的視点でも持っているんじゃないかという程で、咄嗟のフェイントや仕掛け方は強引でありながら流麗、フレーム単位で見ても無駄な動作がほぼ絶無。

 レースを見る才能、体を動かすセンス、それに付いて行けるフィジカル。

 それら全てを持ち合わせる、ウィル曰く「本物の天才」の面目躍如といったところだろうが……。

 

 トウカイテイオーの恐ろしいところは、それだけじゃない。

 

「……円弧のマエストロ。クールダウン、不屈の心。他3つ……いや、4つか?

 いや、スタミナもそうだが、何よりこの加速……どうして淀の坂でここまで加速できる? 4メートル越えのコーナー内の下り坂だぞ?

 いや、わかる。何故できるかはわかるが……弧線のプロフェッサーと曲線のソムリエで無駄をなくした上で、スピードスターに怒涛の追い上げ、それに他にも5つ? いや……6だろうな」

 

 トウカイテイオーがレース中に使ったであろう、いつかの映像で見たような気もする上位のスキルを、指折り数える。

 

 俺の数え間違いでなければ。

 その数は、20を、優に越えていた。

 

「…………」

 

 俺は、自らの持ち得る全ての技術を用い、ホシノウィルムを完璧に鍛え上げてきたつもりだ。

 考え得る最良のプランで、そのステータスと共にスキルも万全なものとしてきた。

 

 その結果、現在彼女が所有する上位スキルは、オリジナルのスキルに昇華した三歩飛翔も含め、10個。

 あのトウカイテイオーが未だ5つしか持っていないことを考えると、この10個という数がどれだけ多いか察しも付くというものだろう。

 

 ……だが。

 ウィルがレース上で実際に発揮した上位スキルは、不発した脱出術を除いて、9つ。

 

 対して、トウカイテイオーが……20オーバー……?

 

 

 

「…………マジで、意味、わからん」

 

 思わず、粗い口調の愚痴が口からこぼれ落ちる。

 うわ、我ながら久々にやっちゃった。衝動的に口走ってしまったのは、一番最初にウィルのことを見た時以来かもしれない。

 

 初見時のウィルも、そりゃあ衝撃的だった。

 意味深なコンディションに高すぎるステータス、圧倒的と言う他ない、けれどなんとも評価し辛いレースの走り方。

 あれはあれで、ブラッドスポーツという言葉を全否定したくなる程のショックだったが……。

 

 今回のテイオーの才気は、まさしくあのウィルに並ぶ程のモノだった。

 比較的とはいえ浮き沈みの激しいウマ娘だ。今回の天皇賞(春)は、恐らく彼女の上限に近い──はず、多分。流石にこれ以上があるとは思いたくない──ものだったんだろう。

 

 だが、だからと言って、ウィルに……俺の愛バである、ホシノウィルムに並ぶ?

 

 ホシノウィルムの後ろではなく、横に、他のウマ娘が存在する……?

 

 メンタルの揺れを感じた。

 これは、困惑? 動揺? 焦燥? 苛立ちか?

 

 担当を勝たせてやれなかったことに、今更?

 

 ……バ鹿が。

 同着を取られた癖して、一丁前にトレーナー面か?

 あの子を勝たせてやれない俺に、何の価値が……。

 

 

 

「……あー」

 

 一旦思考を停止し、額に手を当て、クールダウン。

 

 ……駄目だな、これ。

 昌やウィルから、自虐はやめるよう言われている。

 自分を過度に貶すな。それは最終的に他者への侮辱にも繋がるから、と。

 

 一旦キーボードから手を離し、椅子を引いて伸びをする。

 そうしてまぶたを閉じ、30秒程自分を見つめ直して……。

 

 ……うん。

 俺、今結構追い詰められてるな、と感じた。

 

 

 

 当然の話ではあるが、この1か月忙しかったのは陣営の3人だけじゃない。

 ウィルとブルボンのメインのトレーナーである俺もまた、そこそこのハードワークを強いられた。

 ブルボンの走りをより最適化するのもそうだけど、結果としては無意味に終わったが、トウカイテイオー対策は二重どころか三重四重の対策を取っていたし……。

 まぁ、直近数日は睡眠時間あんまり取れてなかった感じ。

 

 そうして体調と共に少しメンタルが落ちかけていたところに、俺が万全に整えたウィルが、初めてレースで勝ちきれなかったという結果が重なった。

 

 有記念でウィルが敗北した時は……正直に言うと、あまり実感がなかったんだ。

 俺の感覚では、ブルボンの朝日杯FS前夜に意識を失い、目覚めた時にはウィルの有が終わってしまっていた。

 ウィルには本当に心の底から申し訳ないが、俺の主観からすればどうしようもなく、介在の余地すらなく彼女の敗北が決まってしまっていたんだ。

 実のところ、大事な時に呑気に寝ていたという自分への怒り半分、どうしようもない現実へのままならない感情半分、といった感じで、敗北へのショック自体は薄かった。

 

 だが、今回の天皇賞は違う。

 俺が万全に整え、完璧であると判断し、送り出したホシノウィルムの……完璧な「競走ウマ娘・ホシノウィルムの走り」。

 それが、敗北はしないまでも、無二の勝利を刻めなかった。

 

 どうやら俺はその事実に、相当深くショックを受けているらしい。

 

 

 

 俺とウィルならば、誰にも負けないと思っていた。

 ホシノウィルムの凄まじいまでの素質と体の頑健さ、何の因果か堀野歩が持つことになったおかしな力と培ってきた各種能力。

 これらが合わされば、誰にも負けるはずがないという、驕りがあった。

 

 ……いや、驕りではないな。

 ホシノウィルムの力も、トウカイテイオーの脅威性も、正当に評価していたつもりだった。

 故にこそ、俺には微塵も油断はなく、できることは全てした。

 だからこれは、驕りではない。

 

 では、驕りでないならば何なのか?

 今、俺が心を揺らされているのは何故なのか?

 

「……むむ」

 

 難しい。

 自分の心だと言うのに……いや、自分の心だからこそなのか。

 この心理状態をどう言い表せばいいかわからない。

 

 

 

 見慣れた木目の天井を見上げながら、ぼんやりと考える。

 

 今考えるべきは、この心理状態の正体ではなく、これの落ち着け方だ。

 

 明日からは再び、ウィルやブルボンのトレーニングの管理と、本格的なレース対策や他陣営の調査なども始まるわけで、ずっとこんな心理状態を続けるわけにはいかない。

 結局のところ心理状態の把握は、あくまでもそれを落ち着けるための一手段に過ぎないんだ。

 

 だが、このままトレーナー室にいても、これが解決するとも思い辛い。

 昨日の天皇賞を思い出せば、考えを巡らせていた脳内リソースがモヤモヤに奪われてしまう。

 ここは一旦、ウマ娘やレースから、思考を逸らすべきだろう。

 

 

 

 となれば……今日取るべき行動は、1つ。

 

「行くか、釣り」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 珍しく短いスパンで赴いた、海釣り。

 雲間から差す陽射しに照らされる中、俺はちょっとしけた風に吹かれながら、釣り竿その他を持っていつものポイントに向かったのだが……。

 

 そこには、久しぶりの先客がいた。

 

「おりょ? おにーさん、久しぶりー」

 

 プラプラと呑気に手を振る、オーバーオールのウマ娘。

 

 彼女の名は、セイウンスカイ。

 俺の前世の愛バであり、今世の釣り仲間、友人である。

 

 

 

 俺は突然の再会にちょっと驚きつつも、彼女の言葉に返事を投げる。

 

「久しぶり、というか……つい数日前にもLANEで釣具について相談させてもらったわけだが」

「いやいや、リアルに会ったのは数か月ぶりじゃん? だったら久しぶりでしょー」

「それもそうか」

 

 取り敢えず、立ったままでもアレだな。

 俺は彼女の隣でクーラーボックスを置いて折り畳み椅子を展開、それに腰かけながら釣り竿の針を海に向かって放り投げた。

 

「お。結構手慣れたね~」

「まぁね、ここ数か月で何度も釣りに向き合ってきたから」

「向き合うって、相変わらずまっじめ~」

「それだけが取り柄なものでね」

「で、釣れるようにはなりました?」

「……まぁ、小さいのなら、3匹くらいは」

「にゃは♪」

 

 軽く言葉を交わしながら、2人して釣り糸を垂らす。

 ちらと見ると、スカイのバケツには既にそこそこ大物が2匹程入っている。

 流石だなぁ……という思いすら湧かない。だって釣りでスカイに勝てるわけないし。

 

 ……ん。

 明確な技術と結果の敗北なのだが……。

 ここでは、メンタルを揺らされないんだな。

 

 ということはやはり、俺は単純に勝てなかったことを悔しがっているわけではないのか。

 

 むぅ、我ながらなんとも難解な心理状態だ。

 

 

 

「……お兄さん、なんか悩んでる?」

 

 俺の顔色を覗いたのか……いや、覗くことすらなく察したのだろうか。

 スカイは、海の方に視線をやりながら、何気なく訊いて来る。

 

「あぁいや……」

 

 一瞬誤魔化そうともしたが、冷静に考えるとセイウンスカイの観察眼を誤魔化せるわけがないし……。

 何より、今の俺はトレーナーではなく、一般釣り人A。

 釣り人の友人Sに相談するくらいは、構わないだろうか。

 

「……まぁ、お恥ずかしい話だが、ちょっとな」

「ふーん。どしたの?」

 

 ちらりと視線を向けて来るスカイ。

 その瞳に宿っているのは、既に色々と察していそうな色。

 

 だが、それはあくまで彼女の中の推論でしかない。

 これは俺が、俺自身の言葉で話さねばならないものなのだろう。

 

 手の中の竿を握り直しながら、脳内でどう話すべきか整理し、声を吐き出した。

 

「君のことだ、昨日の天皇賞は見ていただろう?」

「そりゃあね。結局ウィルムちゃんには勝ち逃げされちゃったし、あの子がドリームトロフィーに来たときのために、ね?」

「であれば、結果も知ってるよな」

「すごいよねー、史上初だよ史上初。同着ってだけでも珍しいのに、G1レースの1着同着って」

「……お恥ずかしい話だが、その件で今、メンタルを崩してる。そして、その理由がわからない」

「あー……」

 

 俺の恥ずかしい独白に、スカイは何とも言えなさそうな表情で苦笑し、軽く竿を揺する。

 

「うん、まぁ、気持ちはわかるかな」

「わかってくれるか」

「ごめん嘘。わからないけど想像はできる、が正しいかも」

 

 ちょっと茶化すように笑うスカイ。

 けれどその瞳は、全く笑っていない。

 

 あるいは、俺が彼女のことを一方的によく知っているからなのか。

 彼女のいつもの取り繕った笑みの中に、仄かな悔しさと虚しさの感情が、透けて見えた。

 

「セイちゃんはさー、ほら、お兄さんと違って挫折とか失敗とかいっぱいしてきてるんですよ」

「俺もしてるが? わんさかしてるが?」

「いやいや、お兄さんのはアレでしょ? 得意分野以外の部分でしょ? 具体的には、トレーナーとしての能力じゃなくて、コミュニケーションとか人間性とかそっち方向の」

「…………え、ストーカー?」

「なわけないでしょ。見てたらわかるよ……なんとなく」

 

 なんでわかるのかはセイちゃんにもわかりませんが、と。

 そう付け加えて、彼女はそこで口を閉ざす。

 

 見れば、彼女の手に持つ竿が震えていた。

 彼女はクイクイと手慣れた調子で竿を引きながらリールを巻いて……。

 

 ……しかし、残念ながらその先には、何かの海藻が引っかかっているだけだった。

 

「ありゃ、引っかけちゃったか」

「ワカメ?」

「アオサ。……お兄さん、セイちゃんのトゥインクルシリーズの戦績は知ってるよね?」

「皐月賞及び菊花賞の二冠、天皇賞(春)覇者。G2も3勝で、13戦8勝、連対率76%。

 そして、それらのレース中でも、最大の戦果を選ぶとすれば2つに絞られるだろうな。

 菊花賞でのコンマ6秒もの差を付けた独走。3分3秒2の勝ち時計で、ぶっちぎりで当時の3000メートルのワールドレコードを更新したこと。

 そして1年半という長すぎるブランクを越えて、メジロマックイーンを破った天皇賞(春)。

 俺は個人的には前者が好きだが、後者も後者でとんでもない偉業だった」

「あ、うん。……トレーナーって、もうシリーズ抜けたウマ娘の記録、そんなに覚えてるもんなの?」

「言っただろう、俺は君の一ファンでもあると」

「……あー、やりづら」

 

 彼女は海藻を針から外しながら、ちょっと恥ずかしそうに顔を掻く。

 相変わらずと言うか、直球な言葉には弱いらしい。

 こういうとこ可愛いんだよねこの子は。

 

 スカイはこほんとわざとらしく咳払いし、話を戻す。

 

「話戻すけど、セイちゃんはさ、結構頑張ったし、まぁそこそこ走りに自信あるわけですよ。

 ……あ、これお兄さんだから言うんだからね。他言無用、セイちゃんとの約束ね?」

「ああ。そしてわかってるさ。君の内に秘めた誇り高さ、俺は好きだからな」

「う! ……いや、そうじゃなくて、そこだよそこ!」

「え?」

 

 スカイは恥ずかしさを誤魔化すように大きめの声で言ってきた。

 そこ……? 俺が好きってとこ?

 そりゃ、君のことは競走ウマ娘としても1人のウマ娘として見ても好きだが……。

 

 どうやらスカイが言っているのは、そこではないらしい。

 ピッと俺の方を指差して、ちょっと赤い顔をした彼女は言う。

 

「誇り高さ! 要はそこが問題!」

「……?」

 

 誇り高さ?

 

「お兄さんはさ、これまでトレーナーとしてはほぼ失敗してこなかったわけじゃん? あぁいや、ちっちゃい失敗は置いといて。

 お兄さんが健在の中で、担当がレースに勝てなかったことって、なかったでしょ」

「……まぁ、確かにそうだな。ウィルもミホノブルボンも強いし」

「確かにあの2人も強いけど、それはそれとして。

 ……だからお兄さんの心の中には、いつの間にか誇りができてたんじゃないかって思うわけですよ。

 それを傷つけられちゃったとか、そんな感じじゃない?」

「誇り……」

 

 誇り、か。

 そんなものが、俺の中にあったのだろうか。

 

 昌やウィルからはしょっちゅう、俺は自己肯定感が低すぎると言われている。

 最近は俺も、自分がその傾向があるのだろうな、くらいの自己認識はできている。

 

 そんな俺が、自らに誇りを……?

 

 

 

 ……いや、違う。

 そうか、わかったかもしれない。

 

 

 

「少し違うな」

「ありゃ、そう?」

「俺は、自分のことを信じていない。なにせ才能というものをからきし持ち合わせていないものでな」

「えぇ……? そうかなぁ」

「そうだよ。そして自信がないからこそ、俺が誇りに思っているのは俺自身の技量じゃない」

 

 そうだ。

 俺が誇りに思っているとすれば、その対象はただ1つ。

 

「俺は、俺とウィルで作り上げる、『競走ウマ娘ホシノウィルムの走り』に誇りを持っているんだ。

 彼女と共に作り上げる、この世界にたった1つ、唯一無二の、最高の走り。

 それだけは、何があっても絶対に譲りたくはないんだろうな、俺」

 

 だからこそ、今回トウカイテイオーに追い付かれそうになったことに、俺は「悔しさ」を覚えた。

 俺とウィルが積み上げて来たものが負けかけた。地に付いたとまでは言わないが、俺たちの努力を否定されたような気になった。

 

 だから、俺はただ、悔しかったんだ。

 それが、この2日間の感情の変化、その正体だった。

 

 

 

「……しかし、そう考えると1つ、不満が出て来てしまうな」

「不満?」

 

 手元に軽い揺れを感じて、半ば反射的に釣り竿を振り上げ、リールを回す。

 結果は……あ、糸切られた。

 

 イマイチこの辺が上手く行かないんだよな、なんて思いながら、俺は話を続ける。

 

「まぁ、不満というか、ただのエゴなんだけどね。……どうせなら、ウィルにも同じように悔しがってほしかったな、なんて」

 

 今のホシノウィルムにとっての最優先目標は、強いライバルと楽しいレースをすることだ。

 いやまぁ、今のっていうか、俺自身がそういう風にしてしまったんだが……。

 

 結果として、ハッキリ言ってしまえば、彼女にとって勝利はそのための手段の1つとなっている。

 

 自分が勝利を目指して誰よりも速く走れば、周りのウマ娘がもっと速くなって付いて来てくれる。

 自分が強くなればなるだけ、どこまでもレースは過熱し続ける、という寸法だ。

 

 勿論、だからと言って勝負に勝てなかったことに悔しさを覚えていないわけではない。

 明確に負けてしまった有記念の時なんか、駄々っ子になるまで悔しがっていた。

 だがそれでも、前世まで含めて何十年、ようやく小さな誇りを抱くことができた俺と比べれば、彼女の「悔しい」という感情は、かなり小さいように思える。

 

 二人三脚、人バ一体のパートナーであるからこそ、同じ想いを抱き、共有したい。

 俺はつい、そう思ってしまうのだが……。

 

 

 

「いやぁ、それはどうでしょうね?」

 

 どうやらスカイは、そう思わないらしい。

 思わずチラリと様子を窺うと、彼女もこちらに視線を投げかけていた。

 

「まぁ、気持ちはわかりますよ? 大切なパートナーだからこそ、同じ考え、同じ嗜好、同じ趣味を持ってほしい。そういう気持ちはね」

 

 その言葉は、恐らく彼女の趣味を示唆していたんだろう。

 

 セイウンスカイの趣味は、言うまでもなく今やっている釣りだ。

 だが、恐らく彼女と最も親しいであろうトレーナーは、別段それを趣味にしているわけではない。

 

 彼女は数か月前、俺に「釣り仲間が欲しかったんだよね」と言っていた。

 そこから察するに、恐らく彼女はこれまでに何度かトレーナーをその道へと誘い、しかし結局断られているのだろう。

 

 だが……。

 

「でもまぁ、それはそれでもいいんじゃないかな~って、セイちゃんは思いますね」

 

 海に視線を戻す直前の彼女の瞳には、深い親愛の情が宿っていた。

 

「さっきも言ったけど、気持ちはわかりますよ? でも同時、そういうのが違うのも良いなって思う。

 だってさ、トレーナーとウマ娘はパートナー、互いに足りないところを補い合うのが強みじゃん? 全部同じだったら埋められる部分も足りない部分も同じになっちゃう。

 だから、トレーナーとウマ娘は、似てるけど正反対、くらいでいいんですよ。……多分ね」

 

 

 

 ……ふ。

 なんとも惚気てくれるな、この子。

 

 思うところがないわけではなかったが……それ以上に、あの子の言葉を思い出す。

 

 『私たちはパートナーじゃないですか! 歩さんの相性の悪い相手には私が、私の相性の悪い相手には歩さんが対処すればいいんですよ!』

 

 ……本当、恥ずかしいことに。

 本来、彼女たちを教え導く立場だっていうのに、俺は彼女たちから学んでばかりだ。

 

「そっか。……そうだな。そうだといい」

「うんうん。おにーさん、前と比べて話がわかるようになっててセイちゃんは嬉しいです!

 ま、担当があんまり悔しがってないんなら、その子の分までお兄さんが悔しがってあげればいいじゃないですか。

 そういうのが適材適所ってモンでしょ?」

 

 

 

 適材適所か……うん、その通り。

 

 きっと、俺には俺で、できることがある。

 ホシノウィルムでは手が届かないところ、トレーナーとしての領分。

 

 俺が今すべきは、きっと、自分ができないことを嘆いてウジウジと悩み続けることではなく……。

 自分の手の届くところから、少しずつこの手を伸ばしていくことだ。

 

「取り敢えず、このムカムカを釣りにぶつけてやるか!」

「いや、それ逆に釣れなくなっちゃいますよ?」

 

 

 

 

 







 堀野君は友人として、スカイと定期的に連絡を取ってます。
 主にレースの分析や策についての意見交換、良い釣具やテクニックを教えてもらったりとかですね。
 なおこの頻度はウィルとの連絡のそれに迫るレベルであり、これをウィルが知るとかなりむくれます。ぷんぷんです。



 次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、帝王と休息の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました。
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