転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 前回のあらすじ:ホシノウィルム、風邪を引く。


看病とはいったい……うごごご

 

 

 

 早朝、ホシノウィルムが熱を出したという情報が飛んできた。

 

 正直、結構慌てた。

 いや、結構じゃないな。座っていた椅子から立ち上がりかけて、滑って転ぶくらいには大慌てした。珍しく昌に心配されたが、今はそれどころではない。

 

 当然ながら、俺はトレーナーとして、そして保護者代理として、彼女の調子を伺わなければならない。

 急いで届けるべきものを買い込み、彼女の元に向かうことにした。

 

「……落ち着け、俺」

 

 ドクンドクンと、心臓がうるさい。

 

 ここ1か月の過労が祟ったのかとか、体力は管理してたのにとか、最悪何らかの感染症の可能性もとか、もしかしたら競走の続行が不可能になるかもとか。

 根拠のない仮定と嫌な妄想がいくつもいくつも頭をよぎり、しかしそれに踊らされるわけにはと、急ぎながらも焦らないように栗東寮に向かう。

 

 まだ登校していなかったウマ娘たちに驚愕の目で見られながらも、事前に電話で話を通しておいたので大きな問題もなく、フジキセキの案内でホシノウィルムの部屋に辿り着く。

 普段であれば、ウマ娘たちのパーソナルスペースに踏み入ることに罪悪感でも覚えるところだっただろうが……この時は気が急いていたせいか、正直言ってウィルのことしか頭になく。

 

 だからこそ、彼女の部屋に辿り着き、そのドアを勢いよく開いた時。

 

「ウィル!」

「ふっ……と、はえ?」

 

 そこで、部屋に設置したポールで懸垂してるウィルを見た時、すさまじい感情の濁流が俺を襲った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「全く君は……自分が今熱を出しているというのがわかっているのか?」

 

 ひとまず懸垂をやめさせて、深く深くため息を吐く。

 気まずげに笑うウィルは、多少の汗を滲ませている。そこそこの時間運動していたと見える。体調を崩しておきながら、だ。

 

「いやすみません本当……ミーク先輩も登校しちゃって1人になると、やっぱり手持無沙汰で……」

「だとしても寝てなきゃ駄目でしょうに」

「一昨日からあんまり体を動かせていなかったのが気になって、せめて軽い筋トレだけでもと」

「どれくらい?」

「え?」

「どれくらいやった?」

「……まぁ、30分くらい?」

 

 駄目ですかねえへへとばかりに笑うウィルに、改めて深く息を吐く。

 

 呆れと……彼女には言えないが、何より安堵のため息だった。

 

 ……まぁ、アレだ。

 酷く驚いたし、こうしてたしなめてはいるが、ある意味では良かったとも思う。

 

 連絡を受けた時は「ホシノウィルムが体調を崩した」とだけ聞いていたから、どんな状態なのかわからなかったが……。

 もしもこれで彼女が、ベッドから立ち上がれないくらいに憔悴していたり、あるいは彼女とは思えないくらい静かに寝ていたりしたら……俺のメンタルは、激しく揺さぶられたかもしれない。

 

 だが実際は、なんとも彼女らしいこの様子だ。

 こんな時にまでいつも通りのウィルの姿は、俺の焦っていた心をだいぶ落ち着かせてくれた。

 

 

 

 ……ま、それはそれとして、さっさとベッドに連れ戻して寝てもらうのだが。

 

「ほら、ウィル。早く寝なさい。今日は俺が看病するから」

「はーい……」

 

 ウィルは残念そうな表情の中に、どこか嬉しそうな色を滲ませ、けれど渋々といった風を装って俺の言葉に従う。

 その手を取って、彼女をベッドに導いて……。

 

 ……あぁ、やはり、少し熱いな。

 ウィルの手はいつでも温かいが、今回はいつにも増して体温が高い。

 

「悪い、少し触れるよ」

「はい?」

 

 一言断って彼女の額に手を当てると、手にひりつきを感じる僅かな高温を感じた。

 感覚から言って、恐らく37度半ばだろうか。

 

「まったく。元気してるから熱が下がったのかと思ったが、熱は出たままじゃないか」

「……あの、そういうのって自分のと比べて相対的に測るものじゃないですかね。手の感覚でわかるものです?」

「俺、昔はそこそこ体調崩しがちだったからな。多少はわかるよ」

 

 幼少期の頃合い、俺は3か月に1回くらいの高頻度で体調を崩していた。

 当時は「今世は体弱めなんだな」なんて思っていたけど、今思えば、まだ体も成長し切らず体力もない時期に3徹も4徹もしてれば当然のことだったかもしれない。

 

 たとえ体調を崩しても症状が軽度の内は勉強や鍛錬も続けていたわけだが、重症になると流石に休まざるを得なくなるため、自分の体温や状態に関してはそこそこ気にしていた。

 結果として、俺はいつしか自分の手で体温を測るのに慣れてしまったわけだ。

 自慢できる程ではないが、ちょっとした特技みたいなものと言えるだろう。

 

 

 

 さて、そんなわけでため息1つ、俺はウィルのことを強制的にベッドに放り込むことにした。

 背中と膝からひょいっと持ち上げ、有無を言わさず抵抗も許さず、ちょっと乱れたベッドに向かう。

 

「わ、わ」

 

 子供扱いが恥ずかしいのかウィルは赤くなっているが、今回ばかりは無茶した罰と思ってもらおう。

 

 

 

 ウィルをベッドに運んで布団をかけ直した後。

 俺の方は彼女に許可を取り、机に添えられていたウィルのものだろう椅子に座らせてもらうことにした。

 

「改めて、おはよう。調子はどうだ、ウィル」

「おはようございます。調子は……うーん、正直不調はあんまり感じてないです。

 多少怠いのと、若干ボーっとして集中するのが難しいくらい?」

「うん、それ普通に不調だね」

 

 症状自体は自覚できてるけど、感覚が薄くて気にならず、気になったとしても呑み込むタイプか。

 彼女の過去を思えば、あるいはそれも当然のことかもしれない。

 

 どれだけ痛くても走るしかなく、どれだけ苦しくても泣きつける相手がいない。

 そういう環境に、この子は何年もその身を浸していたのだ。

 

 責めるのはお門違いだし、あるいはそれが、彼女の在り方なのかもしれないが……。

 それでも、少しずつ、誰かに頼ることも覚えてほしいな。

 ……俺が言うな、という話かもしれないけどさ。

 

「できればこれからは、何かあったらすぐに言って欲しい。正直、朝連絡をもらった時は肝を冷やしたよ」

「すみません……。で、でもその、あんまりLANEすると引きません?」

「担当からの連絡で引くわけないだろう」

「1分に10回くらい送りますし、内4回は送信取り消ししますよ?」

「流石に引くかも」

「嘘つき!」

「うん、嘘。別に引かないからいつでも送っておいで」

 

 冗談交じりに互いの要望をすり合わせる。

 

 連絡は密に取るに越したことはない。

 それが1分に10度メッセージが来るというなかなかアレな頻度だったとしても……まぁ、悪くない。

 流石に全部に返信はできないだろうけど、それでもいいなら問題はないさ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、少し雑談もして落ち着いたところで……。

 俺は、来る前に買って来たレジ袋に手を伸ばした。

 

「あ、もしかして、何か買ってきてくれました?」

「うん。冷えピタと経口補水液、あといくつかカットフルーツとゼリー」

「すみません、助かります……」

「それから、体を冷やさないようにブランケットとカイロと厚手のソックス、風邪薬に解熱剤と頭痛薬、ティッシュボックスとタオルも新品を6枚程。あと明日病院の予約取ってあるから、今日中に体調が良くならなかったら検査行こうな」

「思ったよりガチ」

「担当が体調を崩したと聞いてガチにならないヤツはトレーナー失格だよ。もし要らないなら俺が使うから言ってくれ」

「要ります! トレーナーからもらったものを拒むヤツはウマ娘失格ですし!」

「いや、それはおかしい気もするが」

 

 取り敢えず、持って来たものを列挙していく。

 最大サイズのレジ袋にぎちぎちに詰めて来ただけあって、展開するとなかなかの量だ。

 特にブランケットとかティッシュボックスあたりはかなり幅を取る。

 

 とはいえ、栗東寮は学生寮としてはかなり一部屋一部屋のサイズが大きいし、整理さえすれば置くこと自体は問題ないかな。

 

 軽く周りを見回すに、ウィルの部屋はそこそこ片付いている。

 ……というか、案外ちゃんと女の子らしいインテリアだな。

 

 ベッドの枕元には自分とネイチャ、テイオーにマックイーンのぱかプチや、いつだったか発売されたウィルを模したクッションが所狭しと配置され、サイドテーブルには可愛らしいランプや小物入れが置かれている。

 壁の棚には、いくつかの写真立ても並んでいた。あれは……宝塚記念の時と菊花賞の時の優勝写真、それに……あれ、俺の写真?

 

 そんなことを思っていると、病人とは思えない程の俊敏さで身を起こしたウィルが、俺の首を掴んでぐいっと彼女の方に向け直す。

 

「ちょっと! 女の子の部屋をジロジロ見るのはちょっと問題では!? デリカシー!!」

「あぁ、すまない。いや、思いの外年頃の少女らしい部屋をしている、と思ってな」

「私が残念系だったのは去年までの話ですから! ……いやごめんなさい、本当のことを言うとネイチャがコーディネートしてくれただけですけど」

「ネイチャか」

 

 確かに、ウィルの交友範囲の中だと、こういうところで強いのは彼女だろうな。

 テイオーやライスもできないわけではないだろうけど最近は走ることに全力だし、マックイーンはちょっと高級志向でウィルに合わないだろうし、ブルボンは……うん。言うに及ばずだ。

 ウィルの嗜好に方向性を合わせつつも、可愛さを出しながらバランスの取れた内装を選ぶとすれば、やはりネイチャが最適だろう。

 

「良い友達を持ったな」

「ええ、私には勿体ない程……じゃなくて! あんまり部屋の中ジロジロ見ないでくださいね! 特に写真とか! デリカシーですからね!!」

「ごめんね……」

 

 確かに、異性に部屋をジロジロ見られるのはちょっとアレかもしれない。

 俺も部屋がウィルとブルボンのグッズで所狭しと埋まってるし、あんまり人に見せられる状態じゃないんだよな。

 ……いや、単純に気恥ずかしがってるんだろうウィルと、とても他人に見せられる状態じゃない俺の場合では、ちょっと事情が異なる気もするんだけども。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 熱を出した人間が取るべき行動は、何をおいても休むことである。

 そんなわけで、本日のウィルの予定は、丸一日ベッドに入っていること。

 更に言えば、睡眠を取ることができればベストだな。

 

「さて、どうだ、眠れそうか?」

「うーん、眠気はないですね。なにせ昨日ぐっすり寝てましたし、まだ起きてから数時間ですし」

「そうか。……それなら、話でもしていようか。横になっているだけでも、だいぶ疲労は軽減されるだろう」

「ですね! ……えへへ」

 

 ウィルはベッドの中で、例のちょっとアレな笑顔を浮かべた。かわいい。

 

 ……そう言えば、最近はウィルとゆっくり話すタイミングを持てていなかった気がするな。

 勿論毎日のようにLANEはしてるし、トレーニングの合間に話すことなんかはあったけど、長時間2人きりで話すなんていつぶりだろうか。

 

 本当は今日は、改めてテイオーの走りの研究を行う予定だったのだが……まぁ、時にはこういう時間を取るのも良いだろうな。

 トレーナーとウマ娘間の絆は、彼女たちの走りをより良いものとする、なんて話もあるくらいだし。

 

 本当は俺の力だけで彼女を押し上げたいところだが、それではテイオーのような才気の化け物に敵わない可能性がある。

 それなら、神でも仏でも絆でも、ありとあらゆる手段に頼って彼女を支えねば。

 

 

 

 そんなことを考えていた俺は、ウィルの言葉に現実に引き戻された。

 

「えっと……いつまでいてくれるんでしょう」

 

 見れば、彼女は眉を寄せて、どこか不安げな表情を浮かべている。

 

「ん? まぁ、夕方辺りまではいようかと思っているが。迷惑か?」

「いえ、そんなことは! ただ……その、大丈夫ですか? ブルボンちゃんのトレーニングとか」

「あぁなるほど、それを気にしていたのか。よく気が回るな、君は」

 

 俺の陣営は実のところ、実質的に俺のワンマンに近い形で回っている。

 特に担当たちの疲労とトレーニング時間の管理に関しては、俺が見て判断し、決定する形。

 昌にも考えさせてはいるが、これに関しては陣営の運営のためではなく、彼女が独り立ちする時のために目を培わせているという側面が強いし。

 

 そんな俺が抜ければ、ブルボンのトレーニングが上手く回らないのではないか、と。

 彼女はそう心配しているわけだ。

 

 ……弱った時ですら他人の心配とはね。

 相変わらず、根っこが善性な子だ。

 

 だが、そこに関しては心配に及ばない。

 

「試してみたいことがあったからな。これはある種、ちょうど良い機会だったよ」

「試してみたいこと、ですか?」

 

 彼女がそう言った時、ちょうど俺のポケットに入っていたスマホから音が鳴った。

 ウィルに許可を取ってから、それを見ると……。

 

「うん、問題ないな」

 

 昌のアカウントから届いたのは、制服を着たブルボンの全身を映した……なんか自撮りっぽくなっちゃってる写真だった。

 

「……ちなみに、誰からのどういう連絡か、聞いていいですか? ちょっと重いですか、こういうの?」

「重い? とは別に思わないが。今届いたのは、ほら、ミホノブルボンの写真だよ」

「あぁなるほど、ブルボンちゃんの自撮りですか。うんうんなるほど、自撮り。自撮りですね。

 ……ブルボンちゃんの自撮りですかッ!?!?

「えっ、いや、ただのミホノブルボンの写真だが?」

 

 がばっと起き上がり、俺の手を……というか、俺のスマホを手に取るウィル。

 病人とは思えないくらいの勢いで引っ張られ、スマホを覗き込まれる。

 

「え、何? どうした?」

 

 目を白黒させていると、ウィルは安心したようにほうと息を吐いた。

 

「……エッチな自撮りじゃないんですね」

「エッチな自撮りなわけがなくない?」

 

 なんでブルボンが俺にそんな自撮り送って来ることになるんだ。

 というか、ブルボンが何故か両手でピースサインしてるからなんかそれっぽくなってるだけで、あくまで昌に撮ってもらった写真だし。

 

 ……前から思ってたけど、この子って時々、ちょっとこう……おかしくなるよね。

 発想がどことなく、こう、オタクチックというか、なんというか。

 

 勿論、ホシノウィルムというウマ娘の生涯の中で、彼女がそういう文化に浸っていた時間はありはしなかったはずだ。

 故に、本来そちら側に思考が傾くことなんて、あり得るはずがないんだけど……。

 

 

 

 ……ねぇ、これ、前から思ってたんだけどさ。

 

 やっぱりこの子、俺と同じ転生者じゃない?

 

 このホシノウィルムらしくない思考、前世でそういう時間を持ってたからそっちに引っ張られてる、って考えた方が余程自然に思えるんだけど。

 

 やけに成熟した考えといい、文字通りこの世のものとは思えないような素質といい、彼女が転生者であると判断できる要素はかなり多い。

 勿論、それらは状況証拠に過ぎない。「確実だ」と断言するためには、やはりウィル自身にそれを確認する他ないのだが……。

 

 そうなれば、俺は、ウィルとの関係の瓦解のリスクを踏むことになる。

 トゥインクルシリーズのレースで立て込んでいる今は、そんなリスクは冒せない。

 故に今は、まだこの仮説の真相を確かめることはできない。

 

 でもさ、こんなにも状況証拠が揃うと、やっぱりそうなんじゃないかなーと疑ってしまうわけで。

 多分、俺自身の「同族が欲しい」という欲望もかなり入っているとはいえ、そろそろこれを無視するのも難しくなりつつあるんだよなぁ。

 

 

 

 ……と、それは一旦置いておくとして。

 

「というか、制服姿の自撮りって何に使うんですか? そっち目的じゃないですよね。証明写真とか?」

「自撮りじゃないし、君の言う『そっち』が何かはわからないが、これはさっき言った試してみたいことに関するものだ」

「あ、そうだ。その試してみたいことって言うのは?」

「その前に、少しメールをしていいかな」

「あ、はい、どうぞ」

 

 パタパタとスマホを指で叩き、ブルボンへの返信を入力。

 彼女の体力の状態や、そこから導かれる最適なトレーニング法、気を付けるべきいくつかの情報の伝達に、トレーニングを見てくれることになっている昌自身への伝言。

 

 よし、まぁこんなものか。

 送信、と。

 

 俺はスマホをポケットに仕舞い直し、再びウィルに向き合う。

 

「さて、それでは俺が試したかったことについてだが。

 端的に言えば、今回は俺がリモートでトレーナーをできるかどうかの試金石になるんだ」

「えーっと……言葉と状況から察するに、担当ウマ娘の様子を直接見ることなくトレーニングを付けること、でしょうか」

「その通り。察しが良くて助かるよ」

 

 わしゃわしゃと頭を撫でると、ウィルは「うぇへへ」と蕩けた声を漏らす。

 

「宝塚記念が終われば、俺は君に伴い、凱旋門賞に挑むために海外に向かうことになる。その間、日本にいるミホノブルボンのトレーニングを見ることができなくなってしまう。

 故に、今の内にこれが可能かどうか調べておこう、というわけだな」

「あぁ、そっか、そうですよね。私がフランスに行ってる間もブルボンちゃんは日本に残るわけで……」

「その間は、昌にサポートに回ってもらうことになるな」

 

 ウィルはそもそもその発想がなかったのか、はっとした表情で頷いた後、ちょっと申し訳なさそうな顔で俯いた。

 

「……ちょっと、申し訳ない気がしますね。私が凱旋門に挑むせいで、菊花賞に挑むブルボンちゃんから、トレーナーを取り上げてしまうことになるわけですか」

「気にするな……と言って、気にならなくなるものでもないか。

 だが実際のところ、気にする必要はないんだ。俺たちの時代には、スマホとLANEという便利なツールがあるからな」

 

 改めてスマホをかざし、彼女にミホノブルボンの自撮りを見せる。

 

「知っていると思うが、俺はウマ娘を見れば、その子の残った体力や育ち具合を見て取ることができる」

「改めて考えると、とんでもなくすごい能力ですよね、それ。パドックとか見ればそのレースの結果まで予想できるわけで……。

 え、もしかして、その自撮りって」

「うん、そういうこと。俺は映像とか画像越しにでも、状態を観察できるんだ」

 

 俺のよくわからん「アプリ転生」という力は、実のところ、かなり汎用性が高い。

 映像や写真を通してでも、とにかくウマ娘を見さえすれば、その子のステータスが読み取れるんだ。

 条件と言えば、相手が現役の競走ウマ娘であることくらい。

 

 故に、例えばニュース記事に添えられた小さな写真であろうが、相手が現役の競走ウマ娘であればステータスを覗くことができるし……。

 逆に、直接会ったとしても、相手が引退後のウマ娘であればステータスを見ることができないわけだ。

 

 これのおかげで、俺は遠隔からでもトレーナーとしての義務を果たすことができる。

 

「だから、ミホノブルボンに定期的に自撮りを送ってもらえさえすれば、それに応じてトレーニングプランと注意事項を返信し、体力や状態の管理が可能なのでは……と思ったわけだ」

「なるほど、それがブルボンちゃんの自撮りの真相と、歩さんの『試したいこと』なわけですか。

 ……実際のところ、どうですか? できそう?」

 

 僅かに不安そうなウィルを安心させるように、俺は頷いた。

 

「可能だろうな。小さい問題がないわけではないが」

「その問題というと?」

「時差だ」

「……あー、そうか、そうですよね。確かに」

 

 日本とフランスの間には、おおよそ8時間の時差がある。

 フランスよりも日本が8時間程進んでいる形。

 要するに、フランスでの1時は日本の9時、というわけだ。

 

 で、ブルボンから飛んでくるメッセージと自撮りは……まぁ、取り敢えず朝の6時、昼の12時、夕方の6時の3回だとして。

 このタイミングは、フランスでは夜の10時、朝の4時、昼の10時にあたる。

 夜と昼の10時はまぁいいとして、朝の4時にも応答しなければならないわけで、睡眠時間をどのように確保するかが、なかなか難しい課題になりそうだ。

 

 まぁでも、そこに関しては俺がなんとかすればいいだけの話。

 担当2人に支障が出るわけではないので、大きな問題ではない。

 

 強いて言えば、出すべきオーダーの微妙なニュアンスを伝えにくくなること、それから若干のタイムラグが問題と言えば問題になるだろうが……それも、致命的なものじゃない。

 

 ミホノブルボンへの、リモートでのトレーナー的監督行為。

 これは、決して不可能ではない。

 

「すみません、ご迷惑おかけします」

「謝るな。これは俺自身が選んだ道でもある。

 俺は君が走るのならばその隣にいたいし、そのために能力も付けたつもりだ。

 昌もブルボンも、その選択を認め、支えてくれると言ってくれてるんだ。

 俺は……俺たちは、後は勝ちに行くだけ。そうだろ?」

「……そうですね。勝ちましょう!」

 

 ウィルはぐっと拳を握って、ニヤリと笑った。

 

 うん、やっぱり、彼女には不敵な笑顔が良く似合う。

 まぁ一番似合うのは、先程も見せた、ちょっとネチャっとした、自然と漏れ出る笑顔なんだが。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 それからしばらく、俺がカットフルーツをウィルの口に運ぶ作業を繰り返していた頃。

 ふと思い出したと言わんばかりに、ウィルは言ってきた。

 

「……ところで、ですね。祝勝会では言えませんでしたが、ちょっと歩さんに相談したいことがあったんですよ」

「ほう? 言ってみな」

「いや、曖昧模糊で正答のない相談ってことはわかってるんですけどね? ……もっと強くなるには、どうすればいいかなーと」

「……ふむ」

 

 彼女がそんなことを言うのは珍しい……というか、おおよそ初めてのことだ。

 

 ホシノウィルムはずっと、その素質と素養で問答無用の勝利を収めて来た。

 

 もしかすれば俺の「アプリ転生」と同じく転生特典なのかもしれない、異次元の初期ステータスと適性、コンディション。

 生来走り続け、そして俺の下でも走り続けたことによる、すさまじいまでのステータスの向上。

 この2点において、ホシノウィルムは決して他者の追随を許さない。

 

 単純なステータスの比較で、ホシノウィルムに勝てるウマ娘は、おおよそこの世界に存在しない。

 

 ……しかし、ただ「才能」という一点だけで全てを覆す怪物も、この世界にはいたわけで。

 

「天皇賞のテイオー、すっごい強かったですし……歩さんのことを疑うわけではありませんけど、これまで通りのトレーニングじゃ厳しいかも、って思ってしまって。

 だから、もっと強くなりたいんです。今度はキッチリテイオーから逃げ切れるように」

 

 ……そうか。

 

 ウィルは走りを楽しむ事を第一にしている、と思っていたが……。

 

 

 

「もう、負けたくないんです。歩さんと私の作った最高の走りが負けるなんて、認められない」

 

 

 

 ……なんだ。

 彼女もちゃんと、俺たちの走りに、誇りを持ってくれてるじゃないか。

 

 

 

「……よし、わかった。それなら、精一杯考えようじゃないか。

 俺たちの走りをずっとずっと良くして、もう誰にも止められない、最強の走りにしよう」

「はい!」

 

 それから俺たちは時間も忘れ、日が傾くまでの間、話し合いを続けた。

 

 ホシノウィルムの持つ長所と短所、彼女にできることできないことの整理から始まり、どのレースで得意不得意だとか、こう走れば相手はこう来るだとか、そう言えばあのレースはどうたらこうたら。

 いつしかウィルの走り以外のことにも話は流れ、病気とか看病とかそういった前提の話すら忘れて、共通の趣味の話を続けたのだった。

 

 トレーナーとしては、病人相手にこんなことを続けるのはどうかと思ったが……。

 

 すごく楽しい時間だったと、後から思い出してもそう思う。

 

 

 

 ……まぁ、ウィルがハイテンションになりすぎた結果。

 

「あっついなぁ! 暑い暑い! もう汗とかめっちゃ出ちゃう!

 あーあ汗すごいなー! これこのままにしたら風邪とか悪化しちゃうかもなー! 誰か拭いてくれたら嬉しいんだけどなー!!」

 

 大して汗もかいていないのに、顔を真っ赤にしてそう言ってきたのには困ったが。

 

 ……実際に拭いたかって?

 

 …………まぁ、これも保護者代理の役目だからな。

 可能な限り目を離して、背中だけは拭いた、と言っておく。

 

 結局全っ然汗をかいてはいなかったので、「そういうからかいはやめなさい!」とお説教することになったのだが。

 

 

 

 放課後になると彼女の友人や先輩後輩が訪れ始め、部屋がウマ娘と見舞い品でパンパンになり始めたので、俺は退却することにした。

 

 最後に熱を測った時、その熱はだいぶ下がっていた。

 きっと明日には復調し、再びあの綺麗な走りを見せてくれるだろう。

 

 

 







 個人的な話なんですが、昔はイチャイチャ系書いてると恥ずかしくなってたんですけど、今は冷静に書けるようになりました。人間は適応する生物なんですねぇ。



 次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、走る者と走らない者の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!
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