転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 最初は「ピンクのそうりがはしるとき」ってタイトルだったんですけど、このタイミングで「そうり」はちょっと怖いからね……。





ピンクのくろすがはしるとき

 

 

 

 さて、私が風邪から復調してから、2週間程が経った。

 私やブルボンちゃんは相変わらず、次のレースに向けて、日々懸命に走っていたんだけど……。

 

 その日はちょっとしたイベントがあったので、私たちは一旦トレーニングを切り上げることになった。

 

 ……いや、「ちょっとした」じゃないか。客観的に見れば、結構デカ目のイベントだ。

 具体的に言えば、ライト版日本ダービーである。

 

 

 

「いやぁ……すごいことになっちゃいましたね」

 

 トレセングラウンド内、ターフを取り囲む傾斜の付いた芝。

 そこに腰を下ろした私は、眼下のターフを眺めながら、ぼんやりと言った。

 

 私の視線の先にいるのは、18人のクラシック級のウマ娘。

 今年の皐月賞3着、上位2人に次いで活躍を期待されるゴーイングノーブルちゃん。

 同じく皐月賞4着、中団に付けて追い上げ差し切りを狙うリボンララバイちゃん。

 皐月賞6着、テイオーと同じような先行抜け出しを得意とするデザートベイビーちゃん。

 更には、今のところあまり結果は振るっていないけど、ネームドでもあるマチカネタンホイザちゃん。

 皐月賞に参加していた、G1級のウマ娘たちが勢ぞろいだ。

 

 更に、それだけじゃない。

 弥生賞では3着を取る好走を見せながらも皐月賞には参加できなかったらしいオリジナルシャインちゃんや、ダービーのトライアルレースを制したタクティカルワンちゃんもいる。

 私は詳しくは知らないけど、歩さん曰く、今年のダービーに参加し、高確率で活躍するであろう強さを秘めた子たちらしい。

 

 ……そして、そんな彼女たちの中にあって、誰よりも目立つ2人。

 皐月賞1着、サイボーグの如き正確無比な走りを見せる、ミホノブルボンちゃん。

 そしてそんなブルボンちゃんを唯一2バ身差まで追い詰めた、ライスシャワーちゃん。

 

 今年のクラシック世代の中長距離、その最高峰。

 今日はなんと、そんな超絶豪華メンバーが走る模擬レースが開催されるのだった。

 

 そしてレースの条件は、左回りの2400メートル。

 傾斜や直線・曲線の長さが違うとは言え、実質的には日本ダービーと同等の条件。

 

 故に、今から行われるのは、ライト版日本ダービー。

 本番まであと3週間を切った今、その予行練習をするかのように、出走予定のウマ娘+αのレースが開催されるのであった。

 

 

 

 実質的には、日本ダービーの結果を測る試金石。

 

 そんなレースが開催されるとなれば、当然ながらとんでもない数の見物客がやってくる。

 それは私たちのような、シニア級のウマ娘ですら例外でなく……。

 

「『すごいことになった』って、そもそもこの模擬レース開催したのってアンタんところのトレーナーさんなんだけど?」

 

 そうツッコんで来るのは、私の右に座り込む親友、ナイスネイチャ。

 

「ていうかウィル、去年はしょっちゅうこういうレース開催してたじゃん。……あ、ってことはウィルとかブルボンじゃなくて、あのトレーナーのやり方なのか」

 

 呆れたような口調から一転、なるほどって頷いてるのは、私の左で足を組んでるライバル、トウカイテイオー。

 

 俗に三星なんて呼ばれる私たちも、模擬レース見物に訪れていたのだった。

 

 

 

 実際、こういうレースは見学しておいて損はない。

 ウマ娘の走りは千差万別だし、その身に修めた技術もまたウマそれぞれ。

 ある程度仕上がってるクラシック級以上のウマ娘であれば、その走りを見れば学べる、あるいは盗めるものがあることも多い。

 

 それが今年のクラシック級の注目株たちが勢揃いとなれば、もはやこれを見ないのは機会損失だ。

 真っ当な判断ができる人やウマ娘であれば、是が非でも見たいと望むところだろう。 

 

 そんなわけで、現在グラウンドには何百人という人やウマ娘たちが集まっている。

 というか何なら、よくテレビで使ってるデカいカメラを担いでる人までいる。

 耳聡い人たちだなぁ。まだこのメンツが集まるって情報流れてから1日経ってないと思うんだけど。

 

 

 

 ……とはいえ、何も歩さんも、こんなにド派手なイベントを開催したかったわけではないんだよね。

 

「誤解なきように言っておきますけど、今回こんな大騒ぎになっちゃったのは、私たちが悪いってわけじゃないですからね?

 むしろ、どこかのウマ娘ちゃんが情報出て即決即断で参加表明してきたってのが大きいんですからね?」

「うっ……」

 

 私の言葉に呻きを漏らしたのはネイチャ。

 ま、彼女のところの後輩ちゃんの話だもんね。

 

 今回開催する模擬レースがこんな豪華メンバーになったのは、実のところ、ライスちゃんの参加っていう要因が大きい。

 

 ぶっちゃけブルボンちゃんだけなら、そこそこのメンバーが揃いはすれど、多分今の半分くらいの集まりだったんじゃないだろうか。

 実際、去年私が模擬レースのメンバーを募った時も、ネイチャは大体応えてくれたけど、G1級のウマ娘にはむしろ敬遠されるくらいだった。

 まぁ、大逃げである私と走ったら最悪走りの調子を崩してしまうので、それを回避しようって意図だったのかもしれないけど……。

 

 ともかく、ブルボンちゃん単体であれば、そこそこのメンバーで終わってた可能性が高い。

 けれどそこに、皐月賞2着のライスちゃんが参加することで……このレースで戦える相手は、現在のクラシックレース最上位層2人となった。

 ブルボンちゃん対策だけじゃなく、ライスちゃん対策までできる、うま味の強いレースになったわけだ。

 

 で、ライスちゃんが即断で参加を表明したために、この情報が早期に広まった結果。

 他の優駿たちも、自分の力を試す為&戦力調査のために、このレースへの参加を続々表明してきた、というわけだ。

 

 ライスちゃんだけのせいとは言わないけど、ブルボンちゃんや歩さんのせいにされるのもなんだかなぁ、という状態なわけだ。

 

 

 

「あー、ていうかさ! この3人で集まったの、ちょっと久々じゃない?」

「え、そうだっけ?」

 

 話題を変えようと無理やりひねり出したネイチャの話題に、テイオーはちょっと意外そうな顔。

 そんな彼女に、私は苦笑いを浮かべる。

 

「今『そうだっけ』って言った子が、今年入ってからピリピリしてて声かけづらかったですからねぇ」

「そんなに?」

 

 そんなに。

 

 テイオー、今年に入ってから……というか去年の有記念が終わってから、それはもう話しかけづらかったからね。

 ずっと走りのこと考えてるような感じで、寄らば斬るみたいな雰囲気。

 なんなら一部の後輩ちゃんからは「テイオー先輩どうかしたんですか?」って訊かれたまである。

 

 まぁ、ウマ娘にはそういう時期がある。ソースは有記念の時の私。

 なので、私は特に何か言うでもなく、テイオーが本調子に戻るのを待っていたんだけど……。

 

 ここ最近は言動も柔らかくなり、雰囲気も自信満々だった頃に戻って来つつある。

 しっかり自分を取り戻してきたらしい。

 

「天皇賞が終わってから軟化したみたいだけど……何かあったの?」

「んー……まぁ、なんというか、ようやく自分の走り方を完璧に掴めた、みたいな?」

「自分の走りを掴めてなかったテイオーにハナ差まで詰められてたんですか、これまでの私……」

「なんだよー、掴んだって追い抜けなかったんだから、悔しいのはどっちもどっちでしょ?」

 

 どっちもどっちじゃないんだよなぁ。

 こちとら転生特典持ちですよ? 特典込みでも勝てない=特典抜きの地力じゃ圧倒的に負けてる、ってことだからねコレ。

 

 まぁ、テイオーの地力に勝てないのは当然と言えば当然なんだけどさ。

 相手は良血の大天才。血統がおおよそ良いとは言えず、レースに関しても所詮は要領が良いだけの凡人である私が、普通にやって勝てる相手じゃない。

 

 ……言ってて悲しくなるな、これ。

 まぁ自分が凡人だってことくらいはわかってたけどさ。

 

「ま、気が抜けたってよりは良い感じに整ったみたいだし、悪いことじゃなさそうじゃん?

 私としちゃ、一気に2人に差を付けられたみたいで、ちょーっと焦る部分もあるけどさ」

「ネイチャともちゃんと走ってみたいんだけどねー。まだ復帰しないの?」

「復帰は秋からだねぇ。どこかの誰かさんたちみたいに、無茶して競走人生擦り減らしたくないからさ、ネイチャさん」

「私たちも別に競走人生減らしたくて走ってるわけじゃないですが?」

 

 いやまぁ、確かに結構危ない走りをしてる時はあったけども。

 ダービーでは完走直後に昏倒したし、宝塚後は脚折れたし、有では本当に限界中の限界まで振り絞ったし、大阪杯でも吐いちゃったし……。

 ……いや、冷静に考えると私、確かに結構無茶苦茶してたかもしれない。反省してます、はい。

 

「ていうか、テイオーだって人のこと言えなくない? 宝塚記念回避して休養するらしいじゃん」

「ボクは元から決まってたんです~! ボクの脚じゃこれ以上は危ないんですぅ~!」

 

 テイオーもテイオーで、ダービーでは骨折するわ春天ではぶっ倒れるわ、脚の脆さ以上に無茶苦茶な走りで怪我してる印象。

 思えば私たち、案外似た者同士か? あのテイオーと似てるとか、ちょっと照れるね。

 

 ……まぁでも、私は無理はもうやめたんだ。

 これからは地道にコツコツ、勝つべくして勝ち、G1勝利数を増やしていく。

 それが新生・ホシノウィルムの方向性なのだよ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そんなこんなで話している内、模擬レースの開始が近づいてきたらしい。

 コースの内ラチの中で何かしらを話していたトレーナーさんたちが、出走ウマ娘に声をかけている。

 

「お、始まりますか」

「勉強させてもらうとしようかねぇ」

 

 いざ始まるレースに目を輝かせる私とネイチャに、テイオーが尋ねてくる。

 

「実際、2人は誰が勝つと思う?」

 

 え、それ訊く? 訊いちゃう?

 いやいや、流石にその答えは一択ですよ。

 

 

 

「そりゃあブルボンちゃんでしょ」

「まぁライスだよねぇ」

 

 

 

 ……?

 ???

 

 ネイチャ?????

 

 私が思わずネイチャの方を見ると、彼女もまた怪訝そうな目でこちらを見ていた。

 

「いやいや、皐月賞では2バ身以上差付けてたんですよ?」

「そうだね。でもライス、あれから2週間必死にトレーニングしてたし、距離も400メートル延びてるんだけど?」

「トレーニングで言うんならブルボンちゃんだって必死にトレーニングに取り組んでるんですが? 距離だって既に中距離までなら克服してるって歩さん言ってましたが?」

「まぁそりゃあブルボンの努力は認めるよ? 合同トレーニングの時見ててもすごい前向きに取り組んでるもんね。でもさ、ライスのトレーニング1回見てみ? ホントすごいからあの子」

 

 はー?

 何がレースメーカーですかこの子、レースのことぜーんぜんわかってないですよ。

 今回もウチの後輩が勝つに決まっているのだが???

 

「ライスちゃんとは定期的に走ってますけど、確かにすごいですよ。正直私から見てもとんでもないなこの子って思わされることもあります。でもね、ブルボンちゃんだってとんでもなく真面目で良い子ですから! この前だってトレーニング後に疲れ切ってる中で『私が片付けますので、ウィルム先輩は上がっていただいて大丈夫です』なんて言ってくれましたからね!」

「それ言うならライスだってすっごい良い子なんだけど? 最近かなりトレーニングに入れ込んでるのに、ふとした時に『ネイチャ先輩、いつもありがとうございます』って頭下げてきたりするんだよ。普通できる普段の感謝とか? 気恥ずかしさとかあるでしょそういうの」

 

 喧々諤々と議論を交わす私たちを見て、テイオーはボソッと呟いた。

 

「先輩バ鹿……」

 

 誰がバ鹿ですか誰が。

 

 

 

「まぁでも、真面目な話、ブルボンちゃんとライスちゃんは互角に近いと思いますよ」

 

 スタートラインに並ぶ子たちを見る。

 やっぱり、中でも強そうな感じがするのは、ブルボンちゃんとライスちゃん。

 この2人は18人のメンバーの中でも1枚上手な感じの雰囲気を醸し出している。

 

 そして直近の皐月賞のことを考えれば……まぁ、やっぱりちょっとブルボンちゃん優勢だとは思うんだけど、ほぼ互角な実力が予想された。

 

 その上で、レースの勝敗を決める分水嶺は……そうだな。

 

 ブルボンちゃんが、他のウマ娘を見て掛からないか。

 そしてライスちゃんが、良い展開の中で走れるか。

 

 この2点が、大きく響いてきそうだ。

 

「そうだねぇ。ライスも特別レースの展開作りが上手ってわけじゃないし、素直に走りやすい状態が整ってくれればいいんだけど……どうだろうなぁ」

「走りやすい状態かぁ。ボク、意識したことないなぁ」

「そりゃテイオーは走りにくかろうが無理やり突破するからね。春天の時なんか、あんだけ取り囲まれててなんで脱出できるんだーって感じだったし」

「え? 一瞬テンポ落として隙間縫えば簡単じゃない?」

「簡単じゃないけど?」

「あー、それわかります」

「なんでアンタがわかるのよ、大逃げでしょうが」

 

 ネイチャには呆れられたけど、私、故郷では差しで走ってたからね。

 そういうダメな展開に押し込まれたら、地力の高さで無理やり展開を破り捨てるのが最高効率だってことは、骨身にしみてわかっておりますとも。

 

 ……まぁ、それをこの中央のG1レースなんかでできるとは思えないけども。

 

 私がフィジカル突破できてたのは、あくまで相手との実力差が隔絶してたから。

 あの天皇賞でそんなことしてたって聞くと、やっぱこの子天然チートだなー、と思う。

 

 

 

「ブルボンちゃんの方は、あの子の掛かり癖次第ですけど……まぁ、それとの付き合い方を学びさえすれば、って感じですね」

「あー、掛かり癖ってどうしようもないって言うもんね」

 

 私たち三星は全員、掛かりとはあんまり縁がないから、ちょっと他人事気味だ。

 クラシック級序盤の私はかなり酷い掛かりっぷりだったけど、今はそれも皆無だからね。

 

「掛からないようになるまで走るしかないって感じ?」

「いやー、今の感じ、軽減はできても完全にやめさせるのは無理そうでしたね。

 癖とは言いますが、あれは多分、闘争本能を抑えるべき弁が弱いっていう、生来のものっぽいです」

「あー……そりゃあ困るね」

 

 そう、困る。

 何が困るって、闘争本能それ自体は、決して悪いものじゃないってことだ。

 

 ただ熱を抑えるのでは走りが弱くなるだけで、でも抑えなければ過剰に暴走してしまう。

 なかなか難しいよね、自分の気性との付き合い方ってヤツはさ。

 

「なので、あとはそれを上手ーく利用しないと……お」

 

 そんなこんな言ってる内に、眼下の参加者たちはスタートラインに付いた。

 

 いよいよ、レースが始まるらしい。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 今回の模擬レースの主催である歩さんの手で、フラッグが振り下ろされる。

 

 それと同時、誰よりも速く駆け出したのは……。

 期待を裏切らず、ミホノブルボンちゃんだ。

 

「うっわ、クラシック級のスタートじゃないね、相変わらず。流石はウィルの後輩」

「私の方が速いですけどね」

「後輩可愛がるかマウント取るかどっちかにしなよ」

 

 ブルボンちゃんのスタートダッシュは、かなり速い。

 流石はスタートダッシュ教の開祖、歩さんの担当ウマ娘。その速度は他のウマ娘の比ではない。

 

 

 

 ……ただ、今回は、独走とはいかなかった。

 ずば抜けた彼女に迫ろうと、懸命に追いすがる子がいたからだ。

 

「おお」

「ありゃ?」

「付いて行く気かー、無謀じゃない?」

 

 三者三様の反応を漏らす私たち。

 

 ブルボンちゃんの疾走に、1人のウマ娘が追従する。

 セミロングに伸ばした綺麗なピンク色の髪をたなびかせ、彼女の背を負うのは……私のよく知る後輩ちゃんの1人。

 

「ソウリちゃん、やる気だなぁ」

「誰?」

「私の可愛がってる後輩ちゃんですよ」

 

 ネイチャもテイオーも、彼女のことを知らない。

 残念だけど、当然かもしれない。

 だってソウリちゃん、現状の成績は、殊更に良いわけじゃないんだ。

 

 3戦1勝、メイクデビュー以後一度も勝ち星を上げられていないウマ娘。

 当然ながら、G1級ウマ娘たちの並ぶこの場において、彼女の知名度やその肩に負わされる期待は、おおよそ最底辺と言っていい。

 この模擬レースに参加できたのだって、ブルボンちゃんがプッシュしたが故に主催者権限で参加できた、というのが真相だ。

 

 

 

 だけど……。

 今の彼女は、決して無力なウマ娘ではない。

 

「……へぇ」

 

 テイオーが、ちょっと興味を引かれたように、小さく声を上げる。

 ネイチャの方を覗き見れば、彼女は眉をひそめてソウリちゃんを見てた。

 

 ソウリちゃんは付いて行っている。

 付いて、行けている。

 ミホノブルボンというウマ娘の平均ペース……通常のウマ娘にとっての、かなりのハイペースに。

 

 勿論、ソウリちゃんはかなりの無理をしているのだろう。

 土台、彼女は自分でも言っているように、特別な才能を持ったウマ娘ではない。

 ああいや、G2級の素質は十分に持っているとは思うんだけど……。

 天賦の柔軟な体、クラシック三冠への強烈な執着、私というちょっとしたサポーター、そして何より歩さんという最強のトレーナーが揃った、ミホノブルボンちゃん程ではない。

 

 だからこそ、彼女は無理をしている。

 ……でもそれは、逆に言えば、無理をすればついて行けているんだ。

 

 

 

「あの子の名前教えてよ、ウィルム」

「ソウリクロスちゃんですよ」

「あんな子見落としてたのかぁ……うーん、ちょっと失敗」

 

 ブルボンちゃんの「ハイペース」は、G1レース基準でのもの。

 そこに付いて行けるというのは、つまるところ……。

 

 ソウリクロスというウマ娘が、G1級のウマ娘に、足を踏み入れかけているということに他ならない。

 

「……ふふ」

 

 ソウリちゃんの戦績は、1勝2敗。

 しかしこれは、「今年の1月までの」記録だ。

 

 公式レースは普段のトレーニングの総決算だ。

 しかし、レースで勝利を目指そうとすれば、対策のために時間を取られてしまう。

 レース場の構造の把握、専用の技術の習得、戦略の構築、そして追い切り。

 それらに使う時間は、決して少なくない。

 だから、頻繁にレースに出走しようとすれば、結果的に鍛錬に使える時間が少なくなり、実力が中途半端なものになってしまいかねないんだ。

 

 ソウリちゃんには、そうして公式レースに出ながら体を鍛える余裕はなかった。

 高い素質も素養も持たない彼女が菊の舞台での勝利を遂げるには、誰もが当然とする余裕すら投げ捨てなくてはならなかった。

 

 故に、ソウリクロスは決断した。

 2月以降、公式レースへの出走を取りやめ、トレーニングに専念することを。

 

 菊花賞に出るための条件は2つ。

 十分な人気と実力を持つか、2種のG2レースのどちらかで3着以内に入ること。

 彼女はそれを最低限に達成できるだけに出走するレースを絞り、その他を捨てた。

 

 その結果として……。

 

 必死な顔で、唇を結んで、その目をかっと見開いて。

 ソウリちゃんは今、ブルボンちゃんと同じ景色の中で、走っている。

 

 

 

 そして、誰もが思いもしなかった伏兵が、展開を大きく捻じ曲げる。

 

「掛かったね」

「まぁ、状況が状況ですから」

 

 ブルボンちゃんは、想定外の脅威を前にして、掛かってしまった。

 

 彼女はこれまで何度もソウリちゃんと走ってきたけど、それらは全てトレーニングでのこと。

 本気を出したソウリちゃんと走ったことは、ない。

 

 更に言えば、自身のペースに付いて来るとも思わなかっただろう。

 ソウリクロスは逃げウマ娘だ。

 けれど、ミホノブルボンという怪物に敵い得るほどの傑物ではない。

 そして彼女自身、それを悟れないほどに愚かでもない。

 

 故に、彼女は彼女らしく、その身の程に合った走りをすると、そう思い込んでたんだろうね。

 

 けれど……。

 あるいは、それが、彼女の抗い方なんだろう。

 

 彼女は今、更に速度を上げたミホノブルボンの疾走に、それでもなお追従し続けて……。

 

 

 

 ……そうして。

 

「ここまでか」

「いやぁ……伏兵だったね」

 

 そうして、限界に至った。

 

 残り600メートル程だろうか、ソウリちゃんの脚が、鈍る。

 圧倒的なハイペース、絶望的な素質の差を前に、精神より前に肉体が限界を迎えた。

 

 想定外の伏兵は、前半の無理が祟り、ズルズルとバ群の中に沈んでいったのだった。

 

「……うん、頑張ったね、ソウリちゃん」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その後は、誰もが想像した展開になった。

 

 ミホノブルボンが逃げ切るか、ライスちゃんが差し切るか、だ。

 

 結果は、やっぱり道中での掛かりが致命的だったか、ややペースダウンしてしまったブルボンちゃんをかわし、ライスちゃんが差し切り勝ち……。

 ……と思われたところで、ブルボンちゃんが根性の再加速。

 

 結果として、半バ身差、ギリギリでブルボンちゃんが逃げ切った形となった。

 

「う~……ライス、惜しかったなぁ」

「まだまだ勝ちを譲ってはあげられませんねぇ!」

「ウィルはどこ目線なの?」

「先輩目線ですが?」

「後輩の褌で相撲を取るのやめな?」

 

 そんなこんなで、大盛り上がりのレースは終了したのだった。

 

 

 

 正直に言えば、今回のレースの結果は、割とどうでもいいんだ。

 これはあくまで模擬レース、本番ではないんだから。

 

 大事なのは、このレースから何を学ぶか。

 そういう意味で、きっと今回の模擬レースは、かなり良い経験だったんじゃないだろうか。

 

 順調に走っていたはずが、想定外の奇襲に掛かってしまったブルボンちゃんにとっても。

 そんな彼女に、皐月賞の時よりも更に迫ることのできた、ライスちゃんにも。

 そして……今の自分の限界を見極められた、ソウリちゃんにも。

 

 ……さて、この3人、果たしてどこまで伸びて来てくれるかな。

 今から楽しみだよ。

 

 

 







 ウィル:ブルボンが良い子すぎてめちゃくちゃ身内贔屓している。
 ネイチャ:ライスが良い子すぎてどちゃくそ可愛がっている。
 テイオー:1人だけ後輩がいないので「何言い合ってんだこの2人」となっている。



 次回は3、4日後。トレーナー視点で、彼女に勝つ方法の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!
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