転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 エルデンリングDLC、いつになるんだ……?





熱よ、力を!

 

 

 

『さぁ、今18番グレイトハウスがゲートに入って行きました。

 これにて全18人のウマ娘たちのゲートインが完了。出走準備が整いました』

 

 

 

 アナウンスを聞きながら、再度のコンディションチェック。

 

 脚部、及び身体の状態、良好。

 精神状態(システム)、オールグリーン。

 走るという行為を取る上で、これ以上ない状態と言っていいでしょう。

 

 クラシックレース2つ目の冠、日本ダービー。

 父やマスターと共有する夢、クラシック三冠を成し遂げるためのレースの1つ。

 これに対し万全の状態で臨めることは、僥倖と言う他ありません。

 

 ハードなトレーニングに耐え得るだけの頑丈な体に生んでくれた両親。

 そして、私をここまで鍛え上げてくださったマスターのおかげで、私はここにいる。

 

 けれど、それに対して私は……。

 皐月賞では、マスターのオーダーを守ることができず。

 模擬レースでは、ソウリさんの存在に自らの熱を抑えることができず。

 ここに至るまで、何度も醜態を晒して来ました。

 

 父の娘であるウマ娘ミホノブルボンとしても、マスターの契約した競走ウマ娘ミホノブルボンとしても、これ以上の失敗は許されない。

 

 故に、必ずや勝たねばならないのです。

 

 父の子供として、マスターのウマ娘として……。

 そして、競走ウマ娘・ミホノブルボンとして、この名に相応しくなれるように。

 

 

 

 この戦い(・・)に、勝つ。

 

 

 

『……スタート!!』

 

 

 

 ゲートが開く瞬間、私は渾身の力で地面を蹴り跳ばしました。

 やや遅れて、ガタンという音と、ビュウと吹き抜ける風の流れを知覚。

 

 「コンセントレーション」及び「先手必勝」、「地固め」。

 マスターがそう呼ぶ3つの戦術は過不足なく成功し、私はバ群の中から一気に突出。

 100メートル弱の登り坂を一瞬で駆け上がり、前を向く私の視界から、他のウマ娘の存在は消え去りました。

 

 

 

『どっと飛び出したミホノブルボン好スタート! 徐々に内にコースを変えながらミホノブルボンハナを切ります。

 続くはライスシャワー、クレイジーインラヴ、ミニオーキッドが前に出る。そこにゴーイングノーブル、マチカネタンホイザ、えーナルキッソスにデザートベイビーという並びでしょうか』

『2400メートルは彼女たちにとって未知の距離、果たして逃げや先行ウマ娘はどのようにペースを作って行くのかに注目です』

 

 

 

 スタートは問題なく成功。

 対抗バは不在、独走の形を確認。

 フェーズ1をケース01で完了、続いてフェーズ2に移行します。

 

 脳内で自らの残存リソースと条件を整理、それらを元に今回のレースの最適なペースを算出。

 残存スタミナは89.62%。舞台は東京レース場、左回り、2400メートル、稍重、芝の状況良好。

 

 ……計算終了。

 この状況下における最適ペースは、秒速16.72メートル。

 

 フェーズ2では、可能な限りこのペースをキープすることがメインタスクとなります。

 ですが、私の体は常に完璧なペースキープをこなせる程、繊細な動きができるわけではない。

 故に、常に速度の計測と調整を行い、誤差が生まれる度に修正していく必要があります。

 

 とはいえ演算と数字、行動の修正は、私の得意とするところ。

 これまでに何度も訓練してきたこともあり、今更失敗することなどあり得ない。

 

 ……故に、フェーズ2で失敗することがあるとすれば、それは内的要因ではなく、外的要因によるもの。

 競合する程の逃げウマ娘の存在しない今、もしもそれが発生するとすれば……。

 

 私の背後を追う、ライスシャワーさんによるものでしょう。

 

 

 

『位置争いが落ち着いたところで1コーナー回り終わりました、2コーナーカーブに向かうところで早くも抜けましたミホノブルボン! リードは4バ身余り広がっています。

 番手争いは内にミニオーキッド外にソワソワ、間を縫うようにライスシャワーが一歩前に出ているか?』

『外枠だった影響か、ミホノブルボンは快速の逃げを打っていますね。皐月賞の時と変わらない、あるいは更に速いペースでラップを刻んでいます』

 

 

 

 棘のように背に刺さる視線を、感知。

 決して外さぬと言わんばかりに突き刺さり、心胆を寒からしめる不気味な視線。

 

 その主を、今更間違えるはずもありません。

 2週間前の模擬レースでも向けられたそれは、ライスシャワーさんのもの。

 私を容赦なく追い抜かさんと、そして討ち負かさんとする、捕食者の瞳。

 

 チリ、と。

 心を凍らされるような、あるいは焼かれるような、不可思議な感覚。

 これまでに何度か味わった……私の中の熱が、暴れ出そうとする前兆。

 

 しかし……。

 

「……まだ」

 

 まだ、その熱に浮かされるには、早すぎる。

 

 

 

『さぁコーナー抜けて向こう正面に入りここで1000メートル地点を通過、通過タイムは59秒9、完全にミホノブルボンのペースですね』

『2年前のダービー覇者、アイネスフウジンよりもなおハイペース! 最後までこのペースを維持できるのか、そしてそれに最後まで喰らい付けるウマ娘は誰なのか!』

 

 

 

 ……マスターはいつか、私に仰いました。

 『ミホノブルボンの走りは、自分との戦いである』と。

 

 私は肉体的な刺激の吸収率において、他に類を見ない逸材であるとのことで。

 故に、ミホノブルボンという競走ウマ娘に単純なスペックで勝てる者は殆ど──少なくとも同世代には──存在しない。

 だからこそ、私の走りは他者との競走ではなく、自分との戦いなのだ、と。

 

 それを伺った当時は、私が正しくマスターのプランを実行すれば勝てるのだと、そう解釈しました。

 他に惑わされず、きちんとオーダーを達成することが勝利へ繋がる。

 寒門出身の逃げウマ娘、ホシノウィルム先輩を無敗の三冠に育て上げたマスターのプランに従えば、私は確実に勝利できるのだ、と。

 

 しかし、それは浅い理解でしかなかった。

 

 マスターの言葉の真意を理解したのは、2週間前のウィルム先輩との併走でのこと。

 その終盤に、私は悟ったのです。

 私が勝つべき相手は、ライスシャワーでも、ソウリクロスでも、クラシックレースでもない。

 

 この、胸の底から込み上げる熱。

 競走ウマ娘としての、己自身の本能こそが、真なる戦いの相手なのだと。

 

 

 

 ……しかし、この本能は容易く抑え込めるものではない。

 如何に気を付けようと、あるいはホシノウィルム先輩の気配に慣れようと、その獣性を完全に抑えることはできなかった。

 結果として、想像以上に好走したソウリさんの影に怯え、私は十全に走ることができなかったのです。

 

 無理に抑え込もうとしても、暴発するのみ。

 しかし何もしなければ、それに踊らされてしまう。

 

 であればどうすべきか……。

 

 その答えは、ただ1つ。

 自らの内に潜む獣と折り合いを付けるべし。

 

 

 

『向こう正面を駆けて行きます18人の優駿、中団にはデザートベイビー、ナルキッソスはここでスルスルと上がって行った!

 最後方からはオリジナルシャインが睨みを利かせている、果たして追い上げは叶うのか?』

 

 

 

 フェーズ2、想定の範囲内で進行中。

 

 今回該当するのは、ケース01。

 ライスシャワーさんが番手を取り、レースを進める中で徐々にリードを詰めて来る、という仮定。

 マスターが想定した「最も確率の高いレース展開」であり、「最もミホノブルボンが追い詰められる可能性が高い未来」。

 それが今、現実となっている。

 

 マスター曰く、ライスシャワーの最大の強みは、その集中力。

 彼女の集中力は狭く深い、極めて指向性の高いもの。

 ただ1つの事象に対し極限まで集中し、どこまでもその1つと向き合い続ける。

 誰かを差し切る(刺し斬る)ことだけに特化したナイフのような在り方。

 それこそが、ライスシャワーというウマ娘の、唯一にして最強の武器である、とのこと。

 

 そんな彼女の取る戦術は、ただ1人の強敵をマークし、そのウマ娘の背を越えることだけに集中するというもの。

 複雑なことを考える必要などない。本来1着を取るウマ娘よりも前に出れば、それは即ち自分こそが1着を取ることになるのですから。

 

 ……そしてその戦法は、ミホノブルボンへの、極めて有効な対処法でもある。

 

 自らの熱をコントロールし切れず掛かってしまう私にとって、極端に強い意識を向けられることは、致命的な隙になり得る。

 本来17分割とは言わないまでも相応に振り分けられるはずの意識を一点に注がれてしまえば、私はそのウマ娘のことを意識せざるを得ない。

 そして一度他者を意識してしまえば、どうしてもこの胸の熱が疼いてしまうのですから。

 

 そういった意味において、ライスシャワーは正しく、ミホノブルボンの天敵と呼べる存在でしょう。

 

 

 

 ですが……。

 いいえ、だからこそ。

 

 私は、理解せねばならなかったのです。

 

 ミホノブルボンは、ライスシャワーと戦うわけではない。

 ミホノブルボンは、日本ダービーと戦うわけではない。

 

 ミホノブルボンは、ただ、自身と戦うのだと。

 

 

 

『さぁいよいよ3コーナーの下りに入っております、先頭は変わらずミホノブルボン。番手ライスシャワーとの距離はぐっと詰まってあと1バ身!

 ソワソワとマーメイドタバンも懸命に食い下がるが少し下がって1バ身、やはりこのハイペースに付いて行けるのは彼女しかいないのか!』

 

 

 

 ライスシャワーは、1着になるはずのウマ娘の背を越えれば勝てるのだと思い、ただ1人に意識を集中する道を選んだ。

 他のウマ娘や状況、バ群に向けるはずの集中力を、ただ1つに注ぎ込む。

 故に、自身がゴール板の前を駆け抜けるその瞬間まで、決して集中は乱れず、相手の背中を見失うことがない。

 

 他を捨て、一点に集中することで、本来以上のパフォーマンスを発揮する。

 それは1つの戦術、1つの真理なのでしょう。

 彼女が自身の気性と向き合い、トレーナーや先輩と共に編み出した、彼女独自の走りなのでしょう。

 

 ……であれば。

 彼女に、そして菊花賞に勝つためには、私もまた、それと同じだけのものを捨てる必要がある。

 

 そして、私が何を捨てるべきなのかは、マスターが既に教えてくださっていた。

 

 『ミホノブルボンの走りは、自分との戦い』であると。

 

 つまるところ……他のウマ娘を見る必要はない。

 状況を、バ群を、私以外の全てを、気にする必要はない。

 

 1着を取るはずのウマ娘の背を越えれば、自然と1着が取れるように……。

 ミホノブルボンが最高の走りをすれば、自然と1着が取れるのだと。

 

 マスターは、信頼してくださっているのです。

 私とマスターが設計し組み上げた、「ミホノブルボンの走り」を。

 

 ……その信頼に、今こそ、応える。

 

 

 

『後方にはクレイジーインラブ、デザートベイビー、ナルキッソスが第3集団を形成。そしてフルーツパルフェも中団やや前まで上がって来ました!

 大ケヤキを越え4コーナーへ、ここからが勝負所! 後方集団追い込みをかけられるか!?』

 

 

 

「……ふっ」

 

 小さく息を吐きながら、再度の計算を開始。

 スタミナのロス、想定より-1.6%。誤差圏内、プランの細部調整を実行。

 目標速度を秒速16.81メートルに再設定。速度の微調整、完了。

 

 後方からの圧は、なお強く。

 それはもはや無視できるレベルにはなく、私の内心で滾る熱は、爆発寸前に追い詰められていました。

 

 他のあらゆる条件に囚われず、私の走りを貫く。

 それこそがマスター、堀野歩トレーナーに見出された、ミホノブルボンの走り。

 

 けれどやはり、その最大の障害となるのが、掛かり癖。

 

 私は自らの獣性を、最後まで抑え込むことができない。

 この熱はいずれ爆発し、自身の脚を過剰に昂らせてしまう。

 

 これは、避けられないことなのでしょう。

 何故なら、きっとその「熱」こそが、ミホノブルボンというウマ娘の本質の1つであるが故に。

 

 

 

 ……ウィルム先輩との併走の直後、マスターに言われた言葉を想起。

 

『自分を否定するな。その「熱」は決して悪いものじゃない。

 今の君に必要なのは、熱を排除することじゃない。それを自分の力として使いこなすことだ。

 ……とは言っても、君は既に、その感覚を掴んだのかもしれないが』

 

 いいえ、マスター。

 私にとって、感覚とは不確定の変数。

 それらは定義付けされ、確かな名前を頂いて、初めて意味を成す。

 

 マスターが教えてくださるからこそ、私は私を知ることができるのです。

 

『とにかく、自分の走りを乱すな。

 すぐさま先頭に立ち、残った距離、バ場、条件……そのコースにおける最適な速度を維持し続けろ。

 そうして……』

 

 自分の熱を、獣性を、飼いならして(・・・・・・)みせろ、と。

 

 マスターは、そう仰ったのです。

 

 

 

 私の熱は、抑え続けることはできない。

 けれど、本質的にこれは、「誰にも負けたくない、誰より速く走りたい」という本能的な衝動。

 であれば……。

 

 「誰よりも速く走るため」という動機で、熱の溢れ出るタイミングを遅らせる程度は、可能。

 

 

 

 視界には、最終コーナーで大きく曲がる曲線。

 後方のウマ娘たちがそうであるように、私もまた、ここではトップスピードを出すことはできない。

 

 故に。

 

「まだ……」

 

 まだ……まだあと、100メートル。

 

 この曲がった視界が直線的に是正される、その時まで耐えなければ。

 

 マスターのオーダー通り、最終直線に入った瞬間に。

 この、胸の中に吹き荒れる熱を……。

 

 

 

『ミホノブルボンのリードは1バ身、ライスシャワーが2番手! 3番手グレイトハウスまでは2バ身余り、大歓声が轟く中勝負は最終直線に持ち越された!!

 525メートルの長い長い直線、果たしてミホノブルボンは逃げ切れるか──!?』

 

 

 

 ……その熱を、推進力へと、変換する。

 

 ライバルに、レースに……。

 そして何よりも、自分自身に勝つために。

 

 

 

 右脚が、芝の揃う大地を捉える。

 強く、強く、今までにない程に強く、大地を蹴った私は……。

 

 そこにあった()を、呆気なく破ることができたのでした。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 何1つとして見えはしない、光源のない暗闇の中で。

 

「起動」

 

 私の口からは、自然とその言葉が漏れ出しました。

 

 それは、競走ウマ娘ミホノブルボンが勝負を決めに行くという宣告。

 あるいは、自らの中にある熱を使うという宣言。

 

 言葉に応じるように、青い照明が薄く周りを照らし、ここが宙へと飛び立つための滑走路であることを明かします。

 とはいえその照明は暗く、全てを伺うには不完全な薄暗闇。

 

 しかし、今はそれが心良い。

 

 私は、セイウンスカイ先輩やナイスネイチャ先輩のような、柔軟な演算回路を持っているわけではない。

 どこまでも愚直に、目の前のタスクに注力することしかできない。

 

 故に、自分1人しか見えないこの暗闇こそが、周りのことなど考えなくて良いこの空間こそが、ミホノブルボンにとって最適な環境なのです。

 

 

 

「リミッター解除」

 

 次のキーワードを口にすると同時、全身に熱が巡りました。

 私がこれまで、幾度となく苦しめられてきた熱が。

 

 しかし……その獣性を、私は飼い慣らす。

 致命的な破綻にすらなり得るその熱を……私の力として、使いこなしてみせる。

 

「セット」

 

 新規動力の適用を開始。

 既存動力と併せた最適化及び再計算、そして走りの換装を開始。

 

 腰部安定化パーツ、推進機として再形成。

 脚部装甲を展開、排熱を開始。

 

 ……最適化、及び再計算、完了。

 目標速度を秒速17.26メートルへ更新。

 

 行ける。

 今なら、誰よりも先へ。

 

「オールグリーン」

 

 心の底から湧き出る熱を、純粋な推力へと変換。

 

 エネルギーパイプ(血流)、圧力最大。

 緊急弁(痛覚)閉鎖、リミッター(速度制限)解除。

 タービン(筋力)全開、ブースター(脚力)増加。

 

 発艦準備、完了。

 

 

 

「……ミホノブルボン、始動!」

 

 

 

 滑走路を駆け、加速を開始。

 踏み出す一歩ごとに、前へ前へと加速していき……。

 いつしか空を駆けるような速さになり、私の体は滑走路から飛び出しました。

 

 そこで見えたのは、いつか見たウィルム先輩のそれと近い、星の瞬く宇宙空間。

 

 しかし、それが持つ意味合いは、先輩のものとは大きく異なる。

 

 ここは、冷たい空っぽの宙を星々が照らす内在世界ではなく……。

 空気抵抗も最果てもない、どこまでも一定の速度で飛んで行ける、私の飛行場。

 

 この中ならば、私は……。

 どこまででも、誰よりも速く、走れる。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 言語化の難しい、奇妙な感覚でした。

 私の視界にあるのは、当然ながら、東京レース場のターフ。

 しかしそれと同時、まるでまぶたの裏に焼き付いているかのように、「私の世界」が見える。

 そして私自身、そのどちらにいるかわからない……いいえ、両方に同時に存在しているように感じる。

 

 これが、領域。

 競走ウマ娘の、次のステージ。

 

 まるで現実というレイヤーの上に、自らの内的世界を重ねるような状態。

 確かにこの世界でならば、普段以上の走りをすることもできるでしょう。

 何故なら……領域とは即ち、自らが走るのに最適化された、自分だけの世界なのだから。

 

 そしてその領域を開き動かす燃料こそが、「熱」。

 私たち競走ウマ娘の闘争本能、勝利を望む純粋な想い。

 

 ……なるほど、マスターとウィルム先輩が「熱を消す方法」ではなく「熱との付き合い方」と表現されていた理由が理解できました。

 

 この熱がなければ、ウマ娘は次の段階へと進めない。

 「勝ちたい」という欲望がなければ、私たちは前へと走れないのですから。

 

 

 

 そして、私は今……。

 

 その段階を、1つ、進んだ。

 

 

 

『ミホノブルボン先頭! ミホノブルボン先頭のまま400を切りました! ここからは未知の世界!

 長い直線の中、しかしそれでもなおミホノブルボン健在!! 内からミニオーキッド、外の方からレベレントがやってきた! 中からライスシャワーも懸命に粘るがしかし、それでもなお2バ身から3バ身と差は開くばかりだ!!』

 

 

 

 想定の、遥か上を行くパフォーマンス。

 

 感覚する脚の重量は、普段の3分の1未満。

 踏みしめる芝の感触には痛みも不快感もなく、ただ充足感と快感だけが心を満たす。

 痛んでいた肺も歪んでいた視界も、今このひと時だけは気にはならない。

 

 

 

 この透き通った世界の中で走ることが、誰よりも速くゴールを目指せることが……。

 

 ……この上なく、心地良い!

 

 

 

 更なる熱が、心を舐める。

 もっと速くと、ミホノブルボンの魂が求めている。

 

 ……行ける。

 まだ、もっと速く、走れる。

 

 再計算開始。

 目標速度をアップデート。

 新規目標、秒速17.61メートル。加速を開始。

 

 流れる風が頬を切る。

 澄んだ視線の先には、広大に続く芝と、どこまでも広がる宙。

 クリアな思考はただ、最も早くゴールすることだけを考えて。

 

 

 

 ……あぁ。

 

 マスターのオーダー通り、私は今、自らとのみ戦えている。

 熱という獣性を飼い慣らし、最適かつ最速の速度を目指している。

 

 

 

 であれば、マスターの言う通り……。

 

 ミホノブルボンが、敗北するはずがない。

 

 

 

『ミホノブルボン更に引き離す!! 3バ身から4バ身、未だそのペースは衰えを知らない!!

 これはもはや決まったか、決して詰められないセーフティリード!!

 もう大丈夫だミホノブルボン、4バ身程の差を付けて2400を逃げ切りゴールインッ!!』

『6戦6勝、去年のホシノウィルムに続いて、またもや無敗の二冠バが誕生!! 血統による距離適性、そして日本ダービーの長い直線という大きな壁を越え、その圧倒的と言う他ない力を示しました!

 そして同時、アイネスフウジン、ホシノウィルム、そしてミホノブルボンと、3年連続で逃げウマ娘がダービー制覇! 今新たなる伝説が更新されています!!

 そしてその伝説は秋の京都へと引き継がれていく! 2年連続の無敗の三冠バというビッグドリームに期待が高まりますね!』

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ゴール板の前を踏みしめると共に、脚から力が抜けるような感覚。

 

 私の身に残った力は、ほぼ全て使い果たしました。

 誤差は、0.02%。

 スタミナの分配と速度の調整は、成功したと言っていいでしょう。

 

 スローダウンしながら、私は努めてゆっくりと息を吐きました。

 

「ふぅ……」

 

 まぶたを閉じて、思考を巡らせます。

 

 皐月賞の時のように、マスターのプランを破ってしまい、辛うじて勝ったわけでもない。

 かと言って前回の模擬レースのように、熱を使い損ねて暴走してしまったわけでもない。

 

 マスターのプランを遵守した上での、完全な勝利。

 ミホノブルボンというウマ娘の、強さの証明。

 

 ようやく……。

 ようやく、父とマスターに捧げられる勝利ができた。

 ようやく、私はあの人の娘であり、マスターのウマ娘なのだと、誰にでも堂々と言える。

 

 ……本当に、良かった。

 

 

 

 そして、この日本ダービーの勝利が意味するところは、もう1つ。

 

「あと1勝で、目標達成……」

 

 私の目標は、クラシック三冠の達成。

 そのために勝利せねばならないレースは、皐月賞、日本ダービー、菊花賞の3つ。

 

 残ったのは、菊花賞。

 秋に開催される、クラシックロード最後のG1レース。

 

 舞台は京都レース場、右外回り、3000メートル。

 血統的には短距離・マイル向きであるミホノブルボンにとって、クラシック級で挑む中では最も適性のない、不利になるだろうレース。

 

 しかし、これに勝てば、私はようやくクラシック三冠という夢を叶えることができる。

 父とマスターと共に見る唯一の夢を、叶えることができるのです。

 

 

 

 ……けれど、そこには、きっと壁が立ち塞がるでしょう。

 小さな、けれど途轍もなく大きな壁が。

 

「ブルボンさん」

 

 背後からかけられた声に、私は振り向きました。

 

 その先にいたのは、2400メートルというレースを走ってなお肩の1つも揺らしてはいない、小柄な黒鹿毛のウマ娘。

 ……そして恐らくは、私にとって、最大のライバルとなるだろうウマ娘。

 

 ライスシャワー。

 マスターが認める、生粋のステイヤー。

 菊花賞における最大にして最強の障壁。

 

 レース中に常に私を強く意識し続けていた彼女は、しかし今もその様子を変えず。

 未だ勝負は終わっていないと言わんばかりに、こちらに鋭い……射殺すような視線を向けて来ていました。

 

 その瞳の奥には、煌々と燃え盛る炎。

 彼女もまた、私と同じく、その内に獣を飼っているのでしょう。

 

 ……あるいはそれは、獣と呼ぶにはあまりにも無邪気さのない、底知れない冷たさを持っているようにも思えましたが。

 

 

 

「すごかったよ、ブルボンさん。日本ダービーでこそ勝つって思ってたのに……まさか、もう領域まで使ってくるとは思わなかったな。

 皐月賞でブルボンさんの限界は見たって思ってたけど、私とトレーナーさんの読みが甘かった。

 ブルボンさんのポテンシャルは、ずっとずっと高かったんだね」

 

 勝者への賞賛と、自責。

 しかし、それには1つ、決して頷き難い部分がある。

 

 故に私は頭を横に振り、彼女の言葉を否定しました。

 

「いいえ、私が強かったわけではありません。あなたが、強かったんです」

 

 その言葉に、ライスさんは眉をひそめました。

 4バ身の差を付けてレースを制した私が、2着のライスさんを評価することに、違和感を覚えたのかもしれません。

 

 ですが、私にとってはそれが事実なのです。

 

「ライスさんは、強かった。皐月賞でも、模擬レースでも、私を追い詰めてくださった。

 その苦戦が、あなたという強者の存在が、私をここまで高めてくれたのです」

「ライスが……?」

 

 

 

 ミホノブルボンの走りは、自身との戦い。

 究極的に、私は他者とレースをすることはない。

 

 けれど、競う相手もいないレースのために体を鍛えられる程に、私は無駄な行動を取ることはできないのです。

 私が自身に集中するのは、結局のところ、誰よりも速くゴールするための方法に過ぎない。

 ライスシャワーやソウリクロスのようなライバルがいるからこそ、私はどこまでも自分と向き合って走ることができるのです。

 

「『ライバルの、強敵の存在が、競走ウマ娘をより強くする』と……マスターのその言葉を、よく実感できました。

 ライスシャワー。あなたがいなければ、きっと私は領域を開くところまで行き着かなかった」

 

 どうすればライスシャワーに勝てるのか。

 どうすれば掛かり癖を解消できるのか。

 その問題点を見つけられたのも、それを解決しようと動けたのも……。

 そして何より、領域を開くための燃料を得られたのも。

 全ては彼女たち、ライバルのおかげだったのです。

 

 

 

 だからこそ……。

 

 この借りは、同じ形で返しましょう。

 

「ライス、菊花賞で待っています。そこでこそ、決着を付けましょう」

 

 私のその言葉に、ライスさんの瞳の奥の熱が高まることを感じました。

 冷たく青い炎が、ゆらりと……のように立ち昇る。

 

「うん。……次は、もっと強くなってくるからね」

 

 そう言う彼女は、もはやウマ娘と言うよりは、幽鬼(おに)とでも呼ぶべき様子で。

 

 きっと……いいえ、間違いなく。

 菊花賞は厳しい戦いになるだろうと、そう予感させられました。

 

 

 

 

 私にとって菊花賞での勝利は、必ず叶えるべき大願。

 しかし同時、彼女への借りを返せないままでは、きっと心残りができてしまうでしょう。

 

 だから、私は……。

 菊花賞で、全力のライスシャワーとぶつかり、勝つ。

 

 マスターのウマ娘として、必ずや成し遂げてみせます。

 

「負けませんよ……ライス」

「いいや、私が勝つよ、ブルボンさん」

 

 私たちはそう言い合い、瞳の奥の熱を交感したのでした。

 

 

 







 ミホノブルボン
 『G00 1stF∞ Lv1』
 出遅れずに最終直線で前の方にいると速度が上がる、前方の順位をキープしていた場合はすごく上がる



 普通逃げウマ娘って最終直線までで稼いだリードを守り切る走りをするはずなんですけど、なんでこの子G1の最終直線でリード広げてるんですかね?
 この先輩にしてこの後輩ありって感じですね。



 次回は3、4日後。トレーナー視点で、不明な脅威の話。



(雑記)
 イクイノックス、もうここまで行くと「強すぎぃ……」という感想しか出て来ませんね。まさしく絶句というヤツです。
 G16連覇、獲得賞金最多おめでとう。有馬も無理しない程度にお願いします。

(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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