転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 人はそれをフラグと呼ぶんだぜ





お、丁度いいくらいの凱旋門賞があるじゃねぇか。こんな年の凱旋門賞ならウィルが獲れるぜ

 

 

 

 大きな事故が発生することもなく、ブルボンの日本ダービーは無事終わった。

 結果はおおよそ想定通り、ライスシャワーに4バ身差付けての勝利だ。

 

 かなり大きく差を付けての勝利とはなったが、この結果は2着のライスシャワーが弱いことを示すわけじゃない。

 3着を取ったレベレントが、ライスから更に4バ身半遅れていることからしても、彼女がG1レースに勝ち得るだけの力を持っていることは見て取れる。

 

 では何故、こんなにも差が付いたかと言えば……。

 単純な話、ブルボンの走りがライスの想定の外にあったからだ。

 

 ライスシャワーは極端と言っていい程に高いスタミナと根性で、長距離すら余裕で走り切るステイヤー。

 しかし、あるいはだからこそだろうか、瞬間的な速度……つまりスピードの値だけを見ると、G1級ウマ娘として高水準ではなかったりするんだ。

 

 彼女の戦術はその不足をカバーするものでもあり、とにかく1着の子に注目し、自分の脚でもその子を差し切れるだけの距離感を保っている。

 つまるところ、俺の友人でもあるトレーナーと共に、マークしたウマ娘の大体の走りやタイムを解析し、それを元に走りのプランを立てているわけだ。

 

 だが、今回に限っては、ブルボンがその予想を大幅に裏切った。

 本来はそれまでと同じ速度で駆けるはずだった最終直線で領域に覚醒し、大幅に加速。

 スピードの面でブルボンに劣るライスシャワーは、そのとんでもないペースに付いて行くことができなかったというわけだ。

 

 要は俺も何度か食らった、不意の領域覚醒による想定外の失敗である。

 

 

 

 いつもしてやられていた領域で、今回はこちらが綺麗に勝ち切れた。

 それ自体は喜ばしいし、俺個人としても弱点を克服できたようで、ちょっと嬉しくはあるんだが……。

 

 それは同時に、彼女の持つ最大の鬼札を切ってしまったことも意味する。

 

「問題は、菊花賞だな」

 

 ウィルとブルボンのトレーニングを眺めながら、俺は独り言を呟く。

 

 そう、問題は菊花賞だ。

 俺の前世の世界の史実でもアプリでも、ブルボンは皐月賞と日本ダービーに勝利していたはず。

 つまるところ、俺がいなくとも、彼女はここまで勝つことはできたんだ。

 

 だからこそ、問題は菊花賞。

 前世世界において、彼女が勝つことのできなかったレース。

 

 ……彼女は俺を、自分のトレーナーとして選んでくれた。

 あなたが良いのだと、そう言ってくれた。

 そうして俺を信頼し、二人三脚でここまで一緒に歩んできてくれた。

 

 だからと言うわけではないが……いいや、やっぱりだからかな。

 私情を仕事に持ち込むのは、良いことではないかもしれないが……。

 そんな彼女だからこそ、彼女が本来勝てなかったはずのレースだろうと、勝たせてあげたいと思う。

 

 

 

 ただ、そこには俺が不在なトレーニング期間や、彼女の長距離適性が未だCであること、単純なスタミナの不足と、問題が山積みだ。

 

 実際今も、俺の視界の先では、担当2人の併走が行われているわけだが……。

 3000メートルと定めた距離の中で、ブルボンは2400メートル辺りから露骨にペースが落ちた。

 今回はいつもの算出した最適ペースでの走りではなく、俺が割り出した菊花賞の逃げ切り可能想定ペースで走らせたんだが……。

 やっぱり、今のブルボンにはまだまだ厳しいか。

 

 まぁ、スタミナの不足の方は、今のペースで想定通りに進めれば十分なんとかなるだろう。

 やはり最大の問題は適性不足。

 ステイヤーとして極まった素質を持つライスに、果たして抗えるかどうか……。

 

 

 

 と、そんなことを考えていると、唐突に横から声がかかった。

 

「確かにねぇ。ダービーは一見強い勝ち方してたけど、アレって領域で誤魔化しただけっぽいし。

 ……まぁ、去年ダービーで同じように領域で勝ちに行ったボクの言うことじゃないかもしれないけどさ」

 

 女性的と言うよりは中性的、ちょっと舌が回ってないような調子が特徴的な少女の声。

 

 俺が知る限り、それを発するのはただ1人だ。

 

「トウカイテイオー」

「こんにちは、ウィルムのトレーナー」

 

 ウィルのライバルであり、親しい友人でもある、トウカイテイオー。

 いつの間にか横に立っていた彼女は、ニコッと人当たりの良い笑顔を浮かべ、こちらに挨拶してきた。

 

 

 

 唐突なウィルのライバルの出現。

 驚いたかと言えば勿論驚いたが、それ以上に疑問が先立つ。

 

「こんにちは。今日はどうした? ウィルに何か用か」

「いや、別に用はないかな。強いて言えば、暇だったから?」

「なるほど、気まぐれに見に来たのか」

「まぁそんな感じかな~」

 

 テイオーは割と気分屋な子だ。

 先日のダービーを見てブルボンの様子が気になったのかもしれないし、あるいは単にふとウィルムの顔が脳裏に過ったのかもしれない。

 そんなこんなで、特に理由もなくトレーニングを見に来たらしい。

 

 ま、競走ウマ娘が友人のトレーニングを見学することは、決して珍しいわけじゃない。

 勿論そのトレーニングを公開している場合に限るけど、少なくとも今回は秘しているわけじゃないしな。

 

「そうか。ゆっくりしていけ」

「うんうん、歓迎するといいぞよ?」

 

 いや別に歓迎はしないけどね。

 俺の立場からすると、あくまでウィルと共に打ち倒すべきライバルだし。

 ……あと、個人的な都合にはなるけど、テイオーとはどうも相性が悪いんだよね。どうしてもちょっとばかり、苦手意識みたいなものは生まれてしまうわけで。

 

 

 

 表情に出そうになる苦笑を内心で押し殺していると、テイオーは2人の方に目をやりながら口を開いた。

 

「で、菊花賞が何だっけ?」

「何って……君の言う通り、ブルボンにとって菊花賞は本当の試練になるだろう、という話だ」

「まー、ブルボンってそもそも長距離向いてなさそうだもんね。中距離まではなんとかなりそうだけど、長距離となるとちゃんと走れるかは微妙な感じ」

「……ちなみに、なんでそう思う?」

「え? なんとなく?」

「そっか……」

 

 思わずため息が漏れる。

 それ自体は恐らく正しいだろう考えだけど、それを一切の理屈抜きで導いてるところが、もうね。

 

 これだから、天才は困る。

 ……いやまぁ、俺も「アプリ転生」とか前世知識も込みでブルボンを測ってるわけで、同類と言えば同類なのかもしれないが。

 

 

 

 これは、そこそこ研究して割り出した結論なんだけど……。

 「アプリ転生」で覗ける距離適性というのは、つまるところ、その距離におけるペースとスタミナの割り振りへの直感的センスだ。

 

 で、ミホノブルボンの長距離適性はC。

 ライスシャワーのAよりも、2段も劣ってしまっている。

 

 距離の適性が下がれば、競走ウマ娘はそのレース全体を通したペース感を見失う。

 つまり、どこでどの程度のペースを維持するべきか、どの程度脚を使うべきかわからなくなるわけだ。

 ブルボンは残った距離や自身のスタミナ等のデータから計算してペースを割り出すので、比較的この影響を受け辛いが……完全に受けないというわけではない。

 

 そして、ペース感が掴めない公式レースでは、傾向的に言って多くのウマ娘は慎重になりすぎてしまう。

 そうすればいつも通りの速度を出すことができず、結果的に脚を余してしまったりするわけだ。

 

 長距離適性がCのブルボンは、菊花賞では末脚自慢と言うわけではないライスと同レベルにまでスピードが落ちてしまうかもしれない。

 そうなれば、今回のダービーのように直線で引き離すことすらできず、スタミナ自慢であるライスにはどうやっても勝てなくなってしまう。

 

 これがブルボンの菊花賞における、最も難しい問題だった。

 

 

 

 テイオーも、直感的に距離適性問題の大きさを認識してるんだろう。

 2人の方から俺の方へと視線を移し、尋ねて来る。

 

「長距離に慣れさせるプランは順調?」

 

 うーん、こういうのは、あまり他に漏らすのはよろしくないんだが……。

 彼女はブルボンの直接的なライバルというわけでもないし、これを知られたとしても問題はないか。

 そもそも、適性の向上は知られたところで対処のしようもないしな。

 

「順調、と言えるかは、微妙なところだな」

「何その反応」

「当然試みてはいるが、菊花賞までに生粋のステイヤーレベルまで鍛え上げるのは難しいだろうからな。だから、順調かと言えば難しい」

 

 俺は去年から今年にかけて、ブルボンの中距離適性をBからAに、1段階向上させた。

 そこでの経験や積んだレーニングからの分析を元に判断すると、ウマ娘の距離適性を1段階伸ばすには、どれだけ短くとも半年はかかる、という結論が出たんだ。

 

 勿論、中距離の適性向上が終わると同時に、彼女のトレーニングメニューは長距離の適性を上げるためのものに切り替えてはいるが……。

 それでも、菊花賞までに上げられる適性は、恐らく1段階が限度。

 

 菊花賞に出走する際のブルボンの長距離適性は、ライスシャワーより1段劣る、Bが限界だろう。

 

 

 

「惜しいな。菊花賞が来年の4月辺りであれば、そこまで鍛え上げられたと思うんだが……」

 

 ブルボンを万全な状態で送り出せないことに、ちょっと悔しさを感じていると……。

 横に立つテイオーは、どこかジトッとした目を向けて来ていた。

 

「……いや、あのさ。自分が異常なこと言ってるってわかってる?

 血統的に向いてない子をステイヤーにするって、それ魔改造だよ? 普通、こんな短期間でできるものじゃないんだけど?」

「いや、多分そうでもないはずだぞ。サイレンススズカとかが良い例だ」

 

 サイレンススズカ。

 今はドリームトロフィーリーグに所属する、異次元の逃亡者の名で知られる大逃げウマ娘だ。

 

 本来、彼女はマイルから中距離向けのウマ娘。

 彼女の長距離適性は、クラシック級の時点ではEだったはずなんだけど……去年の有記念の時にはBまで、つまりは3段階伸びていた。

 

 サイレンススズカの競走歴は、去年で6年目。

 とは言っても、今のトレーナーが付くまで、そして沈黙の日曜日の後の療養のために、彼女は相当の時間を取られている。

 総合的に、適性の向上に使えた時間はこの半分、3年と見るべきだろう。

 そして、3年で3つ分適性を上げたということは、平均1年に1つのペースで上がっているわけだ。

 

 で、サイレンススズカは、ブルボンのように殊更に長距離を目標とするウマ娘ではない。

 ……とはいえ、興味がないというわけでもないんだよな。先頭を走れるのならマイルだろうが中距離だろうが何でもいいってタイプだ。

 故に、恐らくは「ついでに長距離も走れるように」とトレーニングを積んでいった結果、適性が上がったのだろう。

 

 だが勿論、それは優先度の高い目標ではなかったはずだ。

 あくまでも「いつかは走れるようになれたらラッキー」程度のもので、だからこそ1年に1つのペースだったんじゃないだろうか。

 

 まぁ後半には結構考察とか妄想も入ってるけど、確かに言えることは1つ。

 「アプリ転生」のような特殊な力など持っていなくとも、トレーナーはウマ娘の適性を伸ばすことができる、ということだ。

 

 であれば、長距離を主眼に据えるブルボンと契約し、堀野の歴史が紡いで来た叡智と「アプリ転生」というチート(?)まで持っている俺は、その2倍の速度で適性を上げられるのも当然だろう。

 

 

 

 そう思った俺だったが……。

 横にいるテイオーは、柵にべたっと寄りかかりながら、どことなく怪訝そうな目を向けて来る。

 

「……あのさ、スズカ先輩の契約トレーナーが誰かわかって言ってる?」

「え? いや……まぁ概要は知ってはいるが、そこまで詳しくはないかな」

 

 この世界のスズカのトレーナーは女性で、目の前のテイオーのトレーナーと同じく、原則的に1人しか担当を持たない変わり者らしい。

 ただ、トレーナーとしての実力は確かで、特にウマ娘の秘めた力を見抜く観察眼は高く評価されているのだとか。

 

 ただ、これはスカイのトレーナーに聞いた話なんだが……。

 どうやら彼女は……なんというか、グローバルな自由人らしい。

 

 担当ウマ娘の脚や走りが日本のレースに向かないと判断すると、すぐに海外へと飛び出したり、なんなら拠点をそっちに移したりする。

 一応日本の中央トレセン所属ということにはなっているけど、1年に1月程度しか帰ってこないようなことすらある。

 本人はやはり故郷ということもあってか日本が好きらしいが、そんな拘り以上に担当が活躍できる状況を探してしまう人なのだとか。

 

 去年のトレーナー忘年会も、来年のレースの調整がどうとかで参加していなかったし、俺も殆ど話したことはない。

 その上、ルドルフのような化け物を担当したことはほぼなく、スズカ以前は良くてG2級のウマ娘を担当するのみ。

 だから、彼女のことは殊更詳しくはなかったのだが……。

 

 

 

 彼女のトレーナーから聞いたのか、どうやらテイオーはスズカのトレーナーについて、俺以上に知っているらしい。

 ピッと指を立てて、それを教えてくれた。

 

「あの人、ウマ娘を魔改造するプロだよ。ていうか殆どそれ専門?

 スズカ先輩を引き取ったのも、『自分ならスズカの走りをもっと良いものにできる』って思ったかららしいし……実際、それで大逃げさせたら成功したわけで」

「……あー、なるほど」

 

 確かに、思い返してみると……。

 彼女の過去の担当は皆、最初期には適性に合わない走りをしていたり、あるいはブルボンのように適性のない距離のレースを目指していた気がする。

 なるほど、彼女がウマ娘を選ぶ基準はその辺りにあるのかもしれない。

 

 実際、気持ちはわからないでもないね。

 何せ俺も、マイル距離を差しで走っていたウィルを見て「なんと勿体ない」と声をかけたわけだし。

 

 ……仮定の話をしても仕方ないけど、もしも彼女がスズカと契約しておらず、あの当時のウィルを見れば、あるいはスカウトしていたのかもしれないな。

 そうなれば当然、新人の俺より実績ある彼女の方が契約していたはずで……。

 

 ……いや、この想像はやめよう。

 なんか脳が破壊される予感がする。

 

 

 

 頭を振る俺を後目に、改めてテイオーは言ってきた。

 

「あの人が3年かけてやってることを1年でやるって、相当ヤバいと思うんだけど」

「……いや、サイレンススズカとミホノブルボンでは、生まれ持っての長距離適性に差があるからな」

「え、スズカ先輩ってかなりの良血だよね? 寒門な上短距離向けなブルボンの方が適性あるの?」

「それが突然変異ってヤツの恐ろしさだな……」

 

 スズカとブルボンは適性的には近く、どちらもマイルから中距離あたりで本領を発揮できるウマ娘だ。

 しかし、最初期の長距離の適性1つを取れば、良血のスズカはEで、寒門であるブルボンはC。ブルボンの方が2段階も上だったりする。

 

 やっぱこの世界、全然ブラッドスポーツじゃないな。

 突然変異、怖すぎる。2年連続で契約してる俺が言うことでもないかもしれないが。

 

 

 

 で、それともう1つ。

 

「それに、俺は特別すごいことをしてるわけじゃない。あくまでも俺に見える範囲の情報から、過去の範例を元に最適と思われるトレーニングを課してるだけだ。

 すごいとすれば俺じゃなく、その範例を見つけ出すに至った過去のトレーナーたちの努力だよ」

「ふーん……」

 

 テイオーは納得がいかなそうだが、こればっかりはな。

 

 

 

 道具がすごいのか、それを使う人がすごいのか。

 この間には、とても大きなギャップがある。

 

 例えば、パソコンを使って高度な計算をする。

 この程度のことは、少し勉強すれば誰にだってできる。使用者がやっているのは、ただ数字を打ち込むことだけなのだから。

 故にこの場合、すごいのは使用者ではなくパソコンの方である。

 

 しかし、例えばパソコンを使って、独創的でこれまでにない絵を描く。

 これは誰にでもはできない、その人だけが生むことのできる、唯一無二のものを生み出す行為。

 故にこの場合、すごいのはパソコンではなく使用者の方だ。

 

 で、俺がそのどちらに該当するかと言えば、前者。

 すごいのは「アプリ転生」というチート能力と、堀野がこれまでに培ってきた長い研鑽の歴史。

 俺はあくまでそれを使い、当然出るべき結果を収めているに過ぎない。

 

 

 

 俺はまだ、俺にしかできないことを成し遂げてない。

 

 ウィルの成し遂げた初のクラシック級ウマ娘の宝塚記念勝利だって、俺はスカイに策で負けた。ウィルの覚醒がなければ、あのレースはそのまま負けていただろう。

 G1最多勝の栄光も、ダービーや宝塚での醜態を考えれば、俺自身の功績とは言い辛い。「アプリ転生」と堀野の叡智、その二点を以てなお支えられなかったのだから。

 

 まぁ、この辺りは多少卑下は入っているかもしれないが……。

 転生特典を持っている(かもしれない)ウィルならば、それらは俺がいなくとも達成できたかもしれないとは思うんだよな。

 

 多分、俺が、自分のことを認められるようになるのは……ウィルと共に、空前絶後の領域に足を踏み入れた時になるんだろうな。

 長い歴史の前にも後ろにも、決してそのようなことは起こり得ないかもしれないこと。

 

 それこそ、凱旋門賞の優勝、とか。

 

 ……うん、流石にそこまで行けば認めざるをえまい。

 ウィル1人の努力ではここまでは来れなかった。

 俺とウィルだから来れたんだ、と。

 

 だから、ウィルのためにも、そして俺自身のためにも……。

 まずは目の前のことから、頑張らないとな。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……と、改めて内心で奮起していると。

 いくらかテンションが上がった声音で、テイオーが訊いてくる。

 

「で、ウィルの方はどうなの?」

「……そっちが本題か」

「別に本題とかないけど? ボクがここに来たのもなんとなくだし?」

 

 彼女は鼻歌でも歌いそうなわざとらしさで、ウィルたちの方に向き直る。

 

 いやまぁ、いいけどね。

 いくら訊かれたってウィルに不利になるようなことを言うつもりはないし、逆にウィルの不利にならない程度の情報なら隠す気はないし。

 

「宝塚記念か凱旋門賞、どっちのことが訊きたいんだ。その先のことは言えないぞ」

「まずはやっぱり宝塚記念かなぁ。今年も勝てそう?」

「……勝てる、はずだ」

「これまた微妙な返事だね」

 

 いや、レースの勝敗なんて、普通はそう断言できるものじゃないと思うんだけどね?

 その上、今回はちょっと不確定要素が大きいんだ。ちょっと断言していい領域にはない。

 

「なにせ、ハッピーミークが未知数だからな」

「ミーク先輩ねぇ……」

 

 そう、今回のライバルはハッピーミーク。

 黄金世代の最後の1人、遅咲きの白い大輪だ。

 

 

 

 今回の宝塚記念で警戒すべきウマ娘は、当然ながら複数いる。

 ウィルやマックイーンの出走した天皇賞で3着、次いで安田記念ではヤマニンゼファーに次ぐ2着と好走続きのユグドラバレー。

 去年の有記念の好走がまだ記憶に新しいダイサンゲン。

 そして最近、爆逃げコンビとして名を轟かせつつある、ネームドのメジロパーマーとダイタクヘリオス。

 

 しかし、その全員を越えてなお警戒すべきだと判断したのが、ハッピーミークだ。

 

 彼女のこれまでの戦績は、31戦11勝。G1レースに限れば4勝。

 この時点で類まれなる優駿ではあるが、彼女には更にとんでもない特徴がある。

 それが、「あらゆる距離のG1レースで勝利した」史上初のウマ娘だ、ということだ。

 

 俺は前世アプリの「ウマ娘 プリティダービー」を知っているし、彼女の距離適性が全てAであることも見えているのでまだわかるんだが、一般人にとっては彼女はとんでもない存在だ。

 それこそ無敗三冠を獲ったウィルと同じくらいに評価されてもおかしくない。

 

 

 

 ……おかしくない、はずなんだが。

 

「ハッピーミークは何故か話題に上がりにくいからな。データ集めもなかなか捗らない」

 

 そう。

 本来は史上初の快挙を成し遂げたウマ娘として人気になってもいいはずだが……。

 実際のところは、彼女は極めて人気が高いわけではないんだよな。

 

 恐らくその要因は、彼女が自己主張の少ないタイプなことと、それから……。

 

「ミーク先輩、戦績が極端だもんねぇ」

 

 テイオーが訳知り顔で語った通り、彼女の戦績が非常に安定しないことだ。

 

 ハッピーミークは、G1スプリンターズステークスで3バ身差で1着を取ったかと思えば、ほぼ同条件のG3オーシャンステークスで3着に敗れたりすることもある。

 そのレース内容も、すさまじく冴え渡るような完璧な差しを見せることもあれば、こう言ってはなんだが凡庸な先行を見せることもあったりする。

 

 とにかく、彼女には戦績にも走りにも、安定感というものが欠けているのだ。

 

 ……まぁ正直、これらの理由だけで全距離G1制覇が評価されないのは、ちょっとばかり違和感が残る。

 もしかしたら、彼女のウマソウル……というか、前世アプリのオリジナルウマ娘であり、本編に大きく絡むことのないライバルキャラという立ち位置が、何かしらイタズラしてる可能性もあるわけだが。

 

 

 

 それはともかく。

 今大事なのは、話題に上がりにくいからこそ、ミークの調査が難しいということだ。

 

「ハッピーミークの調子が上振れるタイミング、あるいは条件。それを明確に割り出すまでは、確実に勝つとは断言できない。勝ちたいとは思うがな」

「全然わかってないの? その条件ってヤツ」

「いや、9割5分は絞り込めてるが」

 

 言うと、テイオーはなんとも微妙な表情でこっちを見てくる。

 時々ウィルにも向けられる、ちょっとこっちを責めるような視線だ。

 

「……流石に慎重派すぎない?」

「いやいや、こんな確率信頼できるわけないだろう。5%で失敗するってことはつまり、5%で失敗するってことだぞ?」

「すごいや、前後で1つたりとも情報量が増えてない」

 

 いや実際、「失敗率5%」って言葉を信じられるか? という話ですよ。

 俺は前世、確率1%の失敗を踏んで育成に失敗した男。同じミスを繰り返したくはない。

 

 真面目な話、これが何度でも繰り返し試行できる前世アプリならともかく、俺はそんな可能性を踏ませて担当に怪我なんてさせたくはない。

 20回に1回失敗すると言っても、最初の1回でその確率を引き当てる可能性はあるんだ。

 「どのトレーニングに誰がいる」なんて運要素のないこの世界で、わざわざリスクを負う意味はない。

 

 

 

 と、ちょっと話が逸れてしまったけども。

 

 とにかく、ミークの調子が整う条件、その残った5%が完全に埋まるまで、確実に勝利できるとは言い辛いのが現状だ。

 ……まぁ、俺の推察が正しいとすれば、たとえ条件が判明しても対処できない可能性も高いんだが。

 

 そればっかりは……正直、俺1人では如何ともしがたい。

 精一杯対策を練った後は、ウィルに頼ることになるだろう。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 とまぁ、宝塚記念はそんなところで。

 俺たちの話題は、自然と次に移った。

 

「で、凱旋門賞は? 対策は万端?」

「むしろ万端なわけがないんだよなぁ……」

 

 テイオーの言葉に、俺は苦笑を漏らす。

 まぁ、彼女は特に海外遠征をのぞんでいるわけでもないし、その困難を知らなくても不思議ではないか。

 

「海外のレースは……特にヨーロッパ辺りのレースは、日本のそれとは全く条件が異なる。

 日本の芝は硬く反発力があるが、対してロンシャンの芝は反発力が低く、自分の体を蹴り上げるのによりパワーを要求される。

 コースの形状も、日本の楕円形のような形と違って平仮名の『つ』のような形だし、レース展開も日本に比べてローペース、ぶつかり合う競り合いも積極的に行われる。

 当然ながらファンの求める走りの形、理想的な勝ち方も変わるし、ウィルは語学がアレなので現地の言葉は喋れないだろうし、そもそも水や食事が馴染むかどうかだってわからない。

 他にも、8時間という大きな時差による生活リズムの乱れ、殆どの観客が自分のファンではないというこれまでにないアウェー感、日本のウマ娘は凱旋門賞に勝てないというジンクス……海外のレースに挑むとなると、壁になる要素は本当に多いんだ」

 

 半分は脳内で不利条件を整理するための言葉だったが、それを聞いたトウカイテイオーはぱちくりとまぶたを瞬かせる。

 

「お、おぅ……なんというか、海外遠征となると、すごいんだね」

「ああ。そして問題は、それらの殆どが、当地に赴いてから対策するしかないもの、ということだ。

 だからこそ、早い時期からフランスに向かって適応を進めたエルコンドルパサーは、本当に勝利の寸前まで踏み込めたわけで」

「で、どうするのそれ? ……って、宝塚記念が終わるまではどうしようもないのか」

「そうだな」

 

 精々できるのは、今のうちに仮住まいの状態を整えておくこと、使用する家具やアメニティ各種の搬入、当地の空気や水の調査、ウィルの食生活の管理と整理と調整。

 そして何より……海外ウマ娘の戦力調査だ。

 

 

 

「1つ幸いなことがあるとすれば、今年は海外のウマ娘の中に、これといった最強が存在しないことだ。

 今のところ最も脅威的なのはウィッチイブニングだろうが……彼女はこの春、どうやら調子を崩しているらしいしな」

 

 あまり前向きな話ではないが、強烈なライバルがいなければレースの勝利は容易くなる。

 そういう意味で、今年の凱旋門賞は狙い目と言っていいだろう。

 海外のウマ娘たちは何とも言い難い小粒な子が多く、それこそ目の前のテイオーのような化け物は見当たらない。

 

 とは言っても、海外のウマ娘はクラシック級の子でも、勢いがとんでもないからな。

 これから各国のダービーやオークスも始まるわけだし、駆け上がって来る子たちには警戒しなくてはならないが……。

 

 それでも、圧倒的に強いシニア級ウマ娘がいないだけ、頭痛の種は少ないと言っていいだろう。

 ウィルを越え得るようなクラシック級のウマ娘なんて、そうそういるものでもないだろうし。

 

 

 

 ……と、そう思ったんだが。

 

「どうかなぁ」

 

 俺の話を聞いたテイオーは、むしろ訝し気に首を傾げた。

 

「何がだ?」

「いや、今年の海外ウマ娘はそうでもないってトコ」

「少なくとも、俺が観測している範囲では、今のところ脅威的な子はいなかったはずだが……?」

 

 今年は他の日本ウマ娘の中に凱旋門賞出走の意思を見せた者はいなかったと思うが、誰か海外の強いウマ娘の心当たりでもあるんだろうか、と。

 そんな俺の予想を裏切り、彼女は……少し意地悪そうに笑う。

 

「あのさ、もしもウィルがいなかったらさ、ボクってここまで強くはならなかったんじゃないかなって思うんだよね。

 ネイチャもそうだし、多分ブルボンとかライスもそうでしょ?」

「まぁ……俺が認めるのもなんだが、その側面はあるかもしれないな」

「ね? ……ってことはさ、海外にもいるんじゃない? ウィルに火、点けられちゃった子」

「む」

 

 考えたくはないが、あり得る話だ。

 まぁ、遥か遠い島国のレースに注目し、それに感銘を受けるなんて、限りなく可能性の低い話ではあると思うが……。

 

 ウィルに火を点けられて覚醒した子がいる可能性は、決して否定できない。

 

「ちなみにそれは、何かしら確証のある話か?」

「いや、ただの直感だけど」

 

 テイオーの直感かぁ……。

 ある意味、確証よりも怖い言葉だぞ、それは。

 

 ……よし、もうちょっと細かく調べてみるか。

 これでウィルのライバルになり得る子を見落とした、なんてなったら……。

 俺だけにできることとか、そんなことを言ってられる状況でもなくなるしね。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そんなことを語っている内、ふとテイオーの視線が揺らいだ。

 

「ん……よし、そこそこ勉強になったし、そろそろお暇しようかな」

「勉強? え、君、そっちが目的だったのか?」

「色んなトレーナーの考え方とか勉強しといた方が得だからね! にっしっし、騙されて色々話してやんのー!」

 

 にやにや笑うテイオーだが……。

 むしろ、今回はこちらが色々教えてもらったような形だ。拒むようなことなどあり得ない。

 

「別にこの程度、いつでも話すよ。ウィルのレースが心配だったり俺の意見が聞きたかったらいつでも来るといい。

 それに、今回は俺も色々勉強になった。話に付き合ってくれてありがとう、トウカイテイオー」

「えー、普通そこで感謝とかする? そこは悔しがってよー……っと、やば」

 

 やば?

 

 テイオーは首を傾げる俺の背後を見て、耳と尻尾をピンと立て、「それじゃ!」と言ってすたこら走って行ってしまった。

 どうしたんだろうと思いつつ、改めて担当たちの方に視線を向けようとした時……。

 

 俺はそこでようやく、ゾクリと背筋を凍らせる、背後の威圧感に気付いた。

 

 

 

 

 

 

「歩さん……なんだか、テイオーと楽しそうにお話されてましたね?」

 

 

 

 

 

 

 ……お、俺、別に悪いことしてないはずなんだけどなぁ……。

 

 

 







 この後めちゃくちゃ拗ねられた。

 そんなわけで情報整理回でした。
 ブルボンの方はしっかりした壁と対処法があるけど、ウィルの方はミークパイセンの力の詳細もわからなきゃ凱旋門賞で誰が来るかもわからない状態ですね。
 めちゃくちゃ綺麗に明暗分かれたな……。



 次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、学生としての本分の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!

(雑記)
 イクイノックス、間違いなく世界最強馬でした。
 たくさんの感動をありがとう。
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