転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 日常回に限りなく近い何か。





笑顔は無敵のはず、だから……!

 

 

 

 時は6月中旬過ぎ。

 いよいよミーク先輩との決戦、宝塚記念が迫って来た。

 

 この戦いに向けて、私たち陣営の準備は、上々といったところだ。

 

 歩さんのトレーニングは、ちょっと前まではどこか迷いのあるような感じがしてたけど、最近はすごくカッチリとした方針の下行われてる。

 対する私も歩さんの熱意に応え、走ったり運んだり持ち上げたり勉強したりと、日々のトレーニング1つ1つに集中して取り組んでいた。

 

 そんな日々を過ごしていたから当然と言えば当然なんだけど、歩さんの分析によると、私の能力も順調に伸びていってるみたいだ。

 2200メートル距離の宝塚記念ではあまりスタミナを使わないのもあり、最近はもっぱらレース映像を見るなどの座学で戦略眼を鍛えたり、力の限りフィットネスバイクを飛ばして最高速度を上げようとしてたりが多め。

 結果として、主に最高速度や戦略眼の項目の数字が、目に見えてモリモリと上昇していった。

 

 いやあ、改めて成長が数字に出るのってすごいね。

 前世じゃあんまり筋トレとかにハマれなかった私だけど、これだけ目に見えて成長があると、モチベーションも上がろうというものだ。

 

 

 

 そんなわけで、楽しいトレーニングライフを過ごしていたんだけど……。

 勿論、私がすべきは、トレーニングだけじゃない。

 これでも一応日本最高峰のウマ娘だし、色々と表舞台に立たなきゃいけないこととかもあるわけだ。

 

 一番典型的なのがCMや広告、動画や写真の撮影で、これがなかなか時間を取るんだよね。

 数日前なんか、丸々1日取られたりもしたくらいだ。

 

 私は比較的演技が得意な方(勿論、所謂「芸能人声優とか芸能人俳優としては」という話で、それをお仕事にしてる人ほどじゃないけど)で、監督の覚えもめでたく、撮影も早めに済むことが多かった。

 だから、今まではあんまり時間を取られなかったんだけど……。

 

 その日の監督は割と凝り性……というか、私にちょっと理想を持っちゃってるような人で。

 その上、撮影予定が動画だけでも宝塚記念の広告を4通りと凱旋門賞を6通り、そして秋のレース群を3通り。更についでと言わんばかりに写真集や等身大パネルの撮影もこなす必要があり。

 

 監督の激烈な拘りによるリテイクとか、流石にかさむ疲労とか、そういう要因もあってほぼ一日かかった大変なお仕事であった。

 まぁ私はウマ娘だし、歩さんが定期的にお水とか持ってきてくれたからいいんだけど……スタッフさんたちなんて10時間くらい立ちっぱなしで水も飲んでないからね。

 後半なんか、照明さんはもう目が虚ろになっちゃってた。それでも懸命にレフ板を構える職業意識の高さは天晴だったけども、社会人の悲哀を感じたよね。

 

 そうして窓の外が真っ暗になって撮影が終わった後、カメラマンさんがへとへとの表情で「すみません監督が……」なんて私と歩さんに頭を下げに来た。

 悪いのはカメラマンさんじゃないし、というかそもそも誰も悪くはないので、「良いものを作るにはこだわりが必要ですし、気にしていません。スタッフの皆さんこそ、本当にお疲れ様でした」と返すと、すごい泣きそうな表情で「ご理解いただけて嬉しいです……今後もよろしくお願いします!」って頭を下げられてしまった。

 

 多分あのカメラマンさん、ずっと損な立ち回りをしてるんだろうなぁ。

 クセも実力もある上司を持つと大変だなーと思う。

 

 その点、私に命令を下してくる上司……上司というかパートナーだけど、トレーナーである歩さんはクセが少なくて付き合いやすい。

 いやまぁ、クセがないわけじゃないんだけどね。結構沈みがちなトコとか、自分を責めすぎるトコとか。

 でもそういう駄目なところも含めて味があるというか、「いつか自己肯定感マックスにして幸せにしてやりて~~~」って思えるんですよねこれが。

 

 ……あれ、これどっちかと言えば、ヒロインと言うよりヒーロー的思考になってないか私?

 これでも一定の乙女心はあるわけで、できればドラマチックに胸キュンするような体験もしてみたいんですけども……。

 

 でもそれ去年、めちゃくちゃにしたといえばしたんだよね。なにせ私、初恋したんですよ奥さん。これほど乙女チックな体験なんてそうそうないだろう。

 ということで、今年のトレンドは一方的じゃなく双方向の救済。

 時代は救われ待ちのヒロインじゃなく、むしろ救い合いの相互救済型ヒロイン。私にも需要はあるはずだ。多分。

 

 

 

 ……と、少し思考が逸れてしまった。

 私のお仕事の話ね。

 

 トレセン学園の上位組織、日本のレースを取り仕切る団体、URA。

 春先に凱旋門賞出走を決定して以来、あの人たちは私をプッシュすることを決めたようだった。

 いや、前からプッシュは結構されてたんだけどさ、どうやら歩さん曰く、この春はクラシック級の時よりも更に公式な仕事が舞い込んでくるようになったとのことだ。

 

 元オタク的な観点から言わせてもらうと、元はマイナーだった推しが乗りに乗って広告に出まくったりするのは、嬉しいと思うと同時に、ちょっと寂しいものがある。

 身近だった存在が手の届かないところに行っちゃった感覚と申しますか。

 

 なので、一般のお仕事が減って公式の仕事が増えることは、ちょっと残念と言えば残念だったんだけども……。

 

 ま、それも凱旋門賞が終わるまでの話だ。

 たとえ勝とうと負けようと、凱旋門賞が終われば、私の注目度はある程度下がるだろう。

 

 凱旋門賞の勝利は、今まで1度として達成されたことのない、遥かな日本の夢。

 あらゆる人から強くそれを願われると同時、大きく異なる適性や競技性から、「アスリート人生を崩すくらいなら無理をして出走しないでほしい」という意見すらある過酷な挑戦だ。

 

 だからこそ、それに挑むと決めた私をURAは推し出す決定を下し、またファンの皆は応援してくれてるわけで。

 

 まぁ、凱旋門賞が終わっても私は現役最強の1人であることは変わらないわけで、急激に仕事がなくなることはないだろうけど……。

 少なくとも、今みたいに忙しくはなくなるはずだ。

 

 ……多分。

 流石にちょっとは落ち着けるよね?

 

 

 

 * * *

 

 

 

 で、そんなある日。

 私はアンティークな落ち着いた雰囲気の喫茶店で、無意識にため息を吐いていた。

 

「はぁ……」

「ホシノウィルムさん?」

「あ、いや、すみません」

 

 名前を呼ばれて対面に人がいることを思い出して、ひとまず謝罪。

 いけないいけない、人の目の前でため息はちょっと失礼だし、なんか構ってちゃんみたいで印象がよろしくない。

 

 この人とも長くなってきたし、今更色々繕う必要はないかもしれないけど……。

 親しき中にも礼儀あり、失礼なことはしちゃ駄目だよね。

 

 実際、私の吐いたため息は、彼女に少なからず気を遣わせてしまったようだったし。

 

「そうですよね、お疲れですよね。最近はトレーニングと仕事ばかりですし。やっぱり兄さんに言ってもう少しお休みを増やしてもらいましょうか」

「い、いえ、むしろそれは困ると言うか」

「ふふ、冗談です。ホシノウィルムさんにとっては、ある意味トレーニングの日こそ休日ですもんね」

 

 そう言って穏やかに笑うのは、私の想い人の妹さんである、堀野昌さんだ。

 彼女はまさしく良いトコの出という優雅な所作で、ティーカップの紅茶を口に含む。

 

「トレーニングして体力回復できるなら良いんですけどね。休む必要もなくなりますし」

「普通、トレーニングって避けたいと思うものらしいですよ?」

「変わった人たちもいるんですねぇ」

「ええ、そうですね。案外近くに」

 

 私たちは軽口を交わして、冗談めかしてクスクス笑う。

 

 

 

 私たちの陣営のサブトレーナーを勤める彼女とは、こうして度々、個人的なお話をさせてもらってる。

 大体1か月に1回くらいかな? 「近くにカフェができたので一緒に行ってみませんか?」とか「実家の色々で映画のチケットをもらってしまって。もしお時間があればどうでしょうか」とか誘ってもらえるんだよね。

 

 昌さんは歩さんと違って、コミュニケーション重視の人だ。

 いや、重視っていうか、なんとなく「兄さんの不足分はこっちが補わないと」って思ってるような空気を感じるので、わざとそうしてるのかもしれないけども。

 

 とにかく、彼女は私たち担当ウマ娘と、積極的にコミュニケーションを取ってくれる。

 トレーニング後の差し入れくれたりとか、LANEで長々とした雑談に付き合ってくれたりとか、さりげなくトレーニング方針に不満がないか確認してくれたりとかだね。

 

 そういう時の彼女は、普段のカッチリした様子とは違って結構フランクで、歩さんの幼少期のエピソードとか大学時代にあったこととか、色々と教えてくれたりする。

 で、そういう時の昌さん、すっごい話上手いんだよね。抑揚の付け方とかが、なんというか、自分の話を聞かせるのに慣れてる感じがして、聞いてて面白い。

 

 そんな彼女のコミュニケーションの一環が、こういうお話だ。

 カフェとか昌さんの部屋とか私の部屋とかの落ち着けるところで、1、2時間くらい個人的な話をする。

 今年に入ってから定着した、定期的なイベントである。

 

 ところで、私にとって堀野昌さんは、ただのサブトレーナーというだけじゃない。

 彼女は、堀野歩さんの妹さんでもあるんだ。

 つまるところ、将来的にも一緒にいたい想い人の妹さん……将来家族になる(予定)の人である。

 

 そう考えれば、彼女と親しくなるに越したことはない。

 あ、今捕らぬ狸の皮算用って言ったヤツは後でターフな。2000メートルで私に勝てるまで走らせ続けてやる。

 

 ……それと、ついでに。

 妹であり、歩さんのことをよく知ってるであろう彼女に、好きなモノとかコトとか性格とか仕草とか、そういうのを教えてもらえればなぁという私欲が混じってることも、まぁ否定はできないよね。

 

 

 

 現在、ホシノウィルムと堀野歩の間には、レベルマックスの信頼関係がある。

 ペルソナ的に言えば既に大切なものとかもらってコミュもしくはコープマックスになってる段階だ。

 

 こればっかりは流石に、思い上がりとか浮かれてるとかじゃなく、事実だと断言できる。

 私たち、それぞれの思い残しをレースを通して解消したコンビだからね。

 物語的にはメインストーリー終了後のコンビみたいなもので、そりゃあ信頼関係はバチバチだ。

 

 が、多分それは、恋愛感情には繋がっていない。

 ペルソナ的には、親友ではあるけど恋愛関係ではない状態。

 現実的には、いわゆる「優しい人だとは思うよ?」みたいな状態なのである。絶望。

 

 まぁ、中等部の学生と恋愛するとか、成人男性としてはどうかとは思うので、ある意味今の状態がベストではあるんだけどさ。

 私、一応前世じゃ大学まで行ってますし? 歩さんと恋愛関係になっても、精神的な意味ではなんら問題はないと思うわけですよ。

 

 とは言っても、心はともかく体は中等部なんですけど。

 ……というか、中等部というよりは初等部レベルの矮躯ではあるんですけども。

 

 出っ張るところは出っ張ってないし、つるつるすとーんな体つき。おおよそ女性的な魅力はゼロと言っていいだろう。

 そしてこれまでを見てる感じ、歩さんにはペドとかロリ趣味はないっぽいんだよね。安心すべきか落胆すべきか微妙なことに。

 

 肉体的魅力に欠ける私は、精神的に歩さんを堕とすしかない。

 そのためにも、あの人のことを教えてもらえるのは万々歳なのであった。

 

 

 

「ホシノウィルムさん?」

「あー……いや、ごめんなさい。何でもないです」

 

 数瞬黙り込んだ私に対して、怪訝そうに昌さんが名前を呼んでくる。

 どうやらちょっと考え込んでしまっていたみたいだ。いや、ホント申し訳ない、どうにも今日はボンヤリしてるな。

 

「昌さんの言うのも、ちょっとあるかもしれませんね。疲れがたまってるのかも」

「ホシノウィルムさんにも疲れって溜まるんですね」

「……私のこと、化け物か何かだと思ってます?」

「走っても走っても止まらない悲しきバーサーカーとは思っています」

 

 そう言って冗談交じりに笑った昌さんは、一転表情を心配へと変えて、言ってくる。

 

「いくらウマ娘とは言っても、流石に体力の上限はありますよね。一昨日の仕事なんて、23時まで続いてしまいましたし」

「そうですね……正直、ちょっと疲れはあるかもです。

 でも、この程度なにするものぞですよ。歩さんの感じてる疲れに比べれば全然でしょうし」

 

 冗談交じりに歩さんを比較対象に挙げると、昌さんの眉がきゅっと寄る。

 

「アレと比べちゃいけませんよ。兄はその辺、文字通りの人でなしなので」

「人でなし」

「どれだけ苦痛を感じても止まれない……いえ、今は止まらない、が正しいかな。

 担当ウマ娘のためとあれば、頭の割れそうな頭痛を感じても平然と動く人ですから」

「えぇ……それは……」

 

 思わず唸った私を前に、昌さんはテーブルに置かれた紅茶を軽くかき混ぜながら、仕方なさそうにため息を吐いた。

 

「苦痛を感じることが行動を止める理由にはならないんですよ、あの人は。人として大事なところ……自分を大事にするっていう価値観が壊れているんです。

 まぁ、とはいえ前よりはだいぶマシにはなりましたけどね。最低限の健康管理はしてるみたいですし、限界が近づけば極稀に頼ってくれることも増えましたし」

「昔は今より酷かったんですか……?」

「えぇ、明らかに。初等部の頃から3日4日の徹夜は当たり前、それこそ気絶するまで勉強なり鍛錬なりを欠かさない阿呆……いえ失礼、化け物の類でした」

 

 あんまり良い言い方に変わったように感じないのは気のせいだろうか。

 ていうか、初等部の頃から3日4日の徹夜って……それでよくちゃんと成長できたな歩さん。

 

 

 

 私が歩さんの初等部時代に思いを馳せていると、昌さんは急に、その頭を下げてきた。

 

「けど、今は……担当ウマ娘のことを十全にサポートするためとはいえ、きちんと休むことや体調管理の重要性を多少は理解してくれました。

 ホシノウィルムさん、あなたのおかげです。改めて、愚兄の妹として感謝させてください」

「私、そんなに何かしたってわけではないと思うんですけど……」

「いいえ、あなたのおかげですよ」

 

 頭を上げた昌さんは、一口紅茶を啜って、苦い顔をする。

 多分、ただ紅茶の苦みを感じたってわけじゃなく、過去の思い出を噛みしめているんだろう。

 

「兄さんは、私や兄貴が……ああ、長兄のことです。私たちが何を言っても、行動を改めませんでした。

 それが何故かと言えば簡単で、その行動を……兄さんが『やるべきだ』と思った行動よりも、高いモチベーションになる動機を、兄さんに与えられなかった。

 『彼女』の呪いのような言葉を超える何かを、私たちは兄さんにあげられなかったんです」

 

 昌さんの口から聞かされた、歩さんの過去。

 かつて出会った女の子に乞われた「助けて」という言葉を聞いてあげられず、その子は手の届かないところで亡くなってしまった、と。

 

 その何気なく発された一言に、歩さんは呪われた。

 誰かのために、何かを為すために、自分は努力し続けなくてはならないと、その心の臓の奥深くに刻み込まれてしまった。

 

 そしてそれは、自分の体や命より、あるいは愛する家族の言葉より、尚重かったんだろう。

 

 

 

 けれど……。

 

「だからこそ、去年兄さんが帰省して来た時には驚きました。『ただ1人のウマ娘を担当するために堀野の在り方を捨てる』なんて言い出すんですから。

 より多くを救うのではなく、誰かを救えるようにあるのではなく、ただ1人のみに執着する。

 それはつまるところ、あの呪いに等しい言葉を超えるくらいに、何かに惚れちゃったってことを意味してるんですから」

「惚れる、ですか……」

 

 あの人を惚れさせたなら、それほど嬉しいことはないけど……。

 ここで言う意味は、違うんだろうな。

 

「ええ。兄さんは宝塚記念で、あなたに……競走ウマ娘ホシノウィルムの走りに、心を奪われた。

 その走りを支え、より高めることが、兄さんにとっての最優先目標になった。

 ……その体験がなければ、きっと今も、兄さんや『彼女』は……」

「彼女?」

 

 何気なく出た言葉の文脈が掴めずに聞き直すと、昌さんは一瞬だけ硬直した後、頭を振った。

 

「……いえ。とにかく、ホシノウィルムさんがいなければ、兄さんは今も、駄目駄目バ鹿兄さんのままだったでしょう」

 

 そう言う昌さんは、その顔に薄い安堵感と……ほんの僅かな、寂寥感を浮かべていた。

 

 

 

 私が何と言えばいいかわからずに口をもごもごさせていると、彼女は表情を穏やかなものに戻しながら、私に微笑みかけてくる。

 

「だから、ホシノウィルムさんには感謝してるんです。本当に、愚兄がいつもお世話になっております」

「い、いえいえ! その、むしろこちらがお世話していただいてる側ですし! お互いに助け合っている関係と言いますか!」

 

 実際、私も歩さんのおかげで救われたんだ。

 

 過去を振り切ることができたのは、あの人だけじゃない。

 両親との死別をずっと引きずって、あの冬の寒さに凍え続けていた私に、彼は寄り添ってくれた。

 献身的に支えて、私が走りを楽しめる環境を作って、多くの人に愛されているって実感をくれた。この世界に生まれてきたことを認められる機会を作ってくれたんだ。

 

 それは、もしかしたら、彼の心の内にあった強迫観念から来るものだったのかもしれないけど……。

 

 ……でも、きっと。

 今の歩さんが当時の環境に置かれたとしても、同じことをしてくれたと思う。

 

 あり得ないくらい真面目な努力家で、不器用だけど優しくて、すごく後ろ向きだけどそれでも一生懸命で、どこまでも担当ウマ娘のために頑張ってくれる。

 私が好きになったのは、そういう人だから。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 なんだかちょっと恥ずかしくなってもじもじと揺れる私を見て、昌さんは少し目を見開いた後、ため息を吐く。

 

「……しかし、こうして普通の女の子らしいところを見ていると、改めてあなたをあんなに頑張らせてしまったことに罪悪感が湧いてきましたね」

「あ、そういえば、ここ数日の頑張りの話でしたね」

 

 かなり話が逸れてしまってたけど、元は私の疲労がヤバめというお話だった。

 

「まぁでも、明日は1日お休みをいただいてますし、ちょっとここ数日立て込んだだけですよ。

 それに、私とか凱旋門賞の注目度を考えたら、これでも結構お仕事減らしてもらってる方なんじゃないですか?」

「……よくわかりますね。確かに、兄の方からURAに言って、ある程度抑えてもらってはいますが」

「需要と供給を考えたら、私の露出なんてどれだけあっても良い状態でしょうしね」

 

 手前味噌な話だけど、ホシノウィルムは日本現役最強と言っていいウマ娘だろう。

 なにせ天然チートな努力の鬼である歩さんに支えられる、ガチでチートな転生ウマ娘なんだもの。そりゃあ天下の1つや2つは取って当然という話。

 

 で、そんなウマ娘が日本の夢であり世界最高峰のレースである凱旋門賞に出走しようって言うんだ。

 注目度はそれこそ青天井、アイドル的にも競走ウマ娘的にも、売り込むのは今を除いて他にあるまい。

 

 

 

 

 当然ながら、私はその辺りも納得した上でお仕事をコツコツこなしていたわけだが……。

 

 昌さんは私に向かって、軽く小首を傾げた。

 

「普通、中等部の頃って、自分に求められるものを客観視したり、理屈で自分を納得させたりできないと思うんですけどね。最近の子、あるいはウマ娘って早熟なのかな」

「あー、どうでしょう。そうかもしれませんね」

 

 私、転生ウマ娘だからね。その辺の感性は、ちょっとばかり一般ウマ娘とズレてると思う。

 ……純粋な中等部の頃の私ってどんなだったかなぁ。もっと自己中心的、っていうか自分の属するコミュニティのことばっかり考えてたような気がする。

 

 子供の世界って狭いもので、家庭とか友達関係だけが全てだ。

 じき成長すれば、そこの外にも色んな数と種類の世界があるってことを知ることができるんだけど……それを知らない間は、狭いコミュニティだけが唯一の世界。

 だからどうしても、そのことばかりを考えてしまうわけだ。

 

 でも、私は前世で大学まで進んだ人生2周目系ウマ娘。

 当然ながら他のウマ娘と比べて、多少は精神的に成長しているとも。

 ……まぁ、本能を抑えるのは、ちょっと苦手気味ではあるけども。

 

 

 

 と、そんなことをバ鹿真面目に言うわけにはいかないし、もう1つの理由の方を言っておこうか。

 

「そうですねぇ……やっぱり、支えてくれるファンの為なら頑張れますよ。いつも応援してもらってるせめてものお礼みたいなものです。

 なにせ今回の宝塚記念も、凱旋門賞程ではないにしろ、かなり期待されていますからね」

 

 宝塚記念。

 これは有記念と並ぶグランプリレース。

 出走できるウマ娘がファンによる投票によって決まる、ちょっと特殊なG1レースである。

 

 普段のレースは、それまでのレースから判断されるそのウマ娘の実力や、付いているファンの数などの複数の要素を基準として、URAが出走の可否を決めている。

 これに対してグランプリは、ファンが望み投票さえすれば、多少実力にギャップがあっても出走が可能。

 普段G1には出てこないけど味のある走りをするウマ娘なんかも見ることができるわけだ。

 

 故にこそ、宝塚記念は上半期の人気上位のウマ娘による決戦となる。

 トゥインクルシリーズでも有数の一大レースである有記念に比べれば流石に劣るとしても、ファンにとっては待ちに待った垂涎のレースに他ならない。

 

 で、私は去年、初のクラシック級での宝塚記念勝利を飾った。

 これが世間的には結構ショッキングな出来事だったらしく、今でもメディアの方で取り上げられるとこれについて話されることもあるくらいだ。

 ホシノウィルムの成し遂げた最初の奇跡。覆した最初の不可能としてね。

 

 そして、だからこそ。

 私の宝塚記念連覇を望む声は、かなり多い。

 

 宝塚記念に2年連続で優勝したウマ娘は、これまでに存在しない。

 なにせ上半期の決戦だ、連覇は不可能……と言う程ではないにしろ、少なくともこれまでに叶えられたことのない偉業ではある。

 

 私の最終目標は、それこそ不可能に近いとされる凱旋門賞の勝利。

 前人未到の領域に足を踏み入れるための第一歩として、まずは宝塚記念連覇を、というわけだ。

 

「期待してもらってるなら、それに応えたいと思うのは自然なことでしょう。レースでも、プロモーションでも。

 私が多少頑張って皆が楽しめるなら、それに越したことはありませんしね」

 

 我ながら殊勝なこと言ってるなーとは思うけど、我ながら驚くべきことに、これが本音だ。

 いつも支えてもらってる、応援してくれているファンへの恩返しなら、今の私は多少は頑張れる。

 それが回り回って自分のためになるのなら尚更だ。

 

 

 

 でも、そのためには1つ、条件があるわけで。

 

「だから、私が今ちょっと疲れ気味ってこと、歩さんには秘密にしててもらえませんか……?

 多少疲れてるとは言ってもまだまだ大丈夫ですし、あんまり心配かけたくもないので」

 

 歩さんは、噂では冷徹とかスパルタとか言われてるらしいけど、実際はめちゃくちゃに心配性な人だ。

 私が疲れ気味だなんて知れば、今以上にトレーニングやお仕事を減らしてしまうかもしれない。

 

 その気遣い自体はありがたいけど、でもそれは私の望むところじゃない。

 私は今、ちょっとくらい頑張ってでも、できることをしたい気分なんだ。

 

 でも私のその言葉に、昌さんはちょっと困ったように眉を寄せた後……。

 ふぅと息を吐いて、言った。

 

「別に、私が黙っておくのは構いませんけど……」

「ありがとうございます」

「いえ。ただ、あまり意味はないと思いますよ」

「え? いや、でもやっぱり歩さんに無用な心配はかけたくなくて」

「そうではなく……まことに腹立たしいことに、あの兄はことウマ娘の体調に関して、読み間違えることは殆どないですから。あなたが疲れ気味であることにも気付いているはずです」

「確かに……そうですね」

 

 脚の耐久性とか寿命はともかくとして、歩さんが私やブルボンちゃんの単純な疲労の度合いを読み間違えたことは、これまでになかったはず。

 

 でも、気付かれてるんだったら、何かしら言ってきそうなものだけど……。

 怪訝に思いながらカフェラテを啜る私に、昌さんは「これはあくまで推測ですが」と前置きした後、語った。

 

「認めるのは癪ですが、兄さんもいつまでもクソアホニブチン大バ鹿野郎ではありませんから。あなたの意図を汲んで融通を利かせているのかもしれません。

 あるいは、それこそファンの方々と同じように、ホシノウィルムっていう競走ウマ娘に期待して、夢を見てるのかも。

 ……ま、ただそうすべきと判断してるだけかもしれませんが」

 

 昌さんは冗談っぽく言って、軽く肩をすくめた。

 

 歩さんが、私に、期待してくれてる……。

 当たり前のことかもしれないけど、そう思うと、胸に中にうずうずとした衝動が湧いてくる。

 

 そっか、そうだよね。

 何よりまずは、パートナーの期待に応えないと、だ。

 

「どちらにしろ、本当に厳しくなればストップが入るはずです。

 それまでは……そうですね。私たちと一緒に頑張りましょうか」

 

 仕方なさそうに笑う昌さんに、私は心の底からの笑顔で応えた。

 

「はい!」

 

 

 

「あ、それとホシノウィルムさん、こんなことを言うのは心苦しいんですが、その顔はあまり公の場ではしない方が良いかもしれません」

「え!?」

 

 

 







【速報】ホシノウィルムさん、自分の笑顔の異常性に気付く【ようやく】



 次回は3、4日後。トレーナー視点で、宝塚記念前編。
 こんな空気のまま突っ込んでいいのかと思わなくもない。



(雑記)
 クソデカぬいぐるみ、普通に需要ありそう。

(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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