転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 久々にスケジュールが狂って直前での投稿になりました。

 それはともかく、ウィル視点で宝塚記念中編です。





灰と白

 

 

 

 私にとって、ハッピーミーク先輩は、謂わば白いふかふかのお布団のような存在だった。

 ふわふわで癒されて、でも身を委ねて頼ることもできる大好きなもの、って意味でね。

 

 ミーク先輩との関係は、実のところ期間的に言えば歩さんとのそれよりも長く、お世話になった親戚の方を除けばこの世界で最長のものになる。

 実に3年もの間、私がトレセン学園にやって来た直後、栗東寮に入った時から続いてるんだ。

 天涯孤独の身である私は、これ程長く太く続いた関係を他には持っていない。

 

 で、そんなミーク先輩と私は、ルームメイトとしては結構仲が良い部類に入ると思う。

 

 ミーク先輩はほわほわしてて可愛くて、見てるだけで癒される。

 それでいて肝心な時には頼れるし、なんだかんだ甘やかしてくれる包容力もすごい。

 要するに、多くの人類が思い描く理想の先輩だってことだ。

 

 そんな先輩に私は……まぁ、至極当然ながら、懐いた。

 だって、楽しいことがあれば話聞いてくれるし、辛いことがあれば愚痴も聞いてくれるし、落ち込んでれば自分のトレーナーの面白い話してくれるし、1人になりたい時は放っておいてくれる。

 これほどありがたい存在はそうそういない。もはや理解ある彼女ならぬ理解ある先輩、スパダリならぬ……何だろう、スパセニ? スパエル? って感じだもん。

 

 特に、精神的に余裕のなかった、そしてまだ歩さんのことを人として信じ切れていなかったジュニア級の頃なんか、どれだけミーク先輩の存在が支えになったかわからないくらい。

 

 そういう意味じゃ、私が救われた要因の1つには、ミーク先輩の名を挙げることもできるだろうね。

 本当に追い詰められた人って、他人からの言葉を受け入れることもできないわけで、当時歩さんからの言葉や行動を受け入れられるだけの余裕があったのは、ミーク先輩のおかげだったんだから。

 

 いや、本当に感謝するしかない。

 ミーク先輩、いつもありがとう。

 

 

 

 しかし、今思うと奇妙なことに、私たちは3年という長い時間を共にしながらも、喧嘩の1つもしたことがなかった。

 ちょっとしたトラブルなんかは度々発生したけども、毎度ちゃんとお話し合いで解決できている。

 これに関しては……私の特殊性とミーク先輩の気性故だろうか。

 

 最近は自分でも忘れちゃいそうになるけど、私はこれでも前世の記憶を持つ転生者であり、並の中等部の子たちに比べれば、幾分か精神的に大人……なハズだ。

 いやまぁ、感情を抑えるのはあの頃に比べて下手になってるし、ちょっと恋愛脳になりすぎてる自覚はあるし、ウマ娘としての本能を抑えきれてないのはわかってるけど……。

 それでも、ちょっとピキッときたくらいなら、怒りを抑え込んだり相手を認めたりすることもできる。

 

 で、ミーク先輩の方も、流石は高等部3年生と言うべきか、中等部の子たちとは比べ物にならないくらいに落ち着いてる。

 多分彼女の気性の部分も大きいと思うんだけど、世界観次第では不思議系お姉さまとして後輩たちに囲まれてもおかしくないくらい、こっちと気持ちの良い距離感を保ってくれるんだよね。

 

 それとついでに、私たちがお互い、トレーナーさん大好きだってことも理由の内に添えておこう。

 私は信頼的にも恋愛的にも歩さんのことが好きだし、ミーク先輩は同性で恋愛感情はないっぽいけど親愛と友愛なら私にも負けないレベル。

 だから、お互いトレーナーのダメダメなトコを言い合って盛り上がったり、「でもそういうところも含めてほっとけないんですよね」「……わかります。すごく」とかため息を吐いたりもできるわけだ。

 

 

 

 そんな私たちなので、自分らしい生活をしながら程々に相手に気を遣っての共同生活も、そこそこ上手くいってる。

 

 私にとってハッピーミークというウマ娘は、いつもすごく癒してくれるし、同時にもたれかかるのも許してくれる、まさしく理想を体現したような先輩であり……。

 

 

 

 ……そして同時、いつか真正面から競ってみたいウマ娘でもあったんだよね。

 

 

 

 G1レース4勝。

 

 私が言うと皮肉みたいに聞こえるかもしれないけど、これはとんでもなくすごい記録だ。

 この時点で「歴史に名を刻む」って言葉を使ってもいいくらいの、確かな優駿の証明。

 

 それも、短距離から長距離まで、芝の上なら全距離踏破だもん。こんなの、多分私ですらできない。

 更に言うと、まだ勝ってはないけどダートの上でも十全に走れるらしいし、そっちのG1レースもその内勝ち切ってしまうかもしれない。

 ハッピーミークという名前は、間違いなくトゥインクルシリーズの歴史の中に残るはずだ。

 

 どの距離でも勝てる、勝ち得る可能性を持つウマ娘。

 距離などに関係なく勝利を掴む、本当の実力を持つ存在。

 

 そんな人と走りたくなるのは、競走ウマ娘としては自然な話だろう。

 きっとミーク先輩がドリームトロフィーに上がれば、「あともうちょっといてくれれば戦えたのに……!」って悔しがるウマ娘たちが続出するに違いない。

 

 幸運なことに、私はそんなミーク先輩と戦う機会を得た。

 

 ……でも、去年の有記念じゃ、あの人との走りを存分に楽しむことはできなかった。

 

 歩さんのために走ろうと、歩さんのウマ娘として走ろうと、私は私で必死だったし。

 ミーク先輩の方も、歩さん曰く「セイウンスカイとナイスネイチャという競合他バが2人もいた」せいで、最高の走りとはいかなかったみたいだし。

 

 「有記念で決着を付けよう」なんて言ってたんだけど、やっぱり現実ってフィクション程上手くは運ばないもので、どっちも勝ち切ることはできず。

 結局あの約束も、なあなあで流れてしまったんだよね。

 

 

 

 だからこそ……今。

 私は、とても嬉しい。

 

 この宝塚記念で、ミーク先輩と走れることが。

 フランスに行く前に、今度こそ正真正銘、最も長く付き合ってきた先輩と決着を付けられることが。

 

 

 

 * * *

 

 

 

『さぁ、ウマ娘たちがゲートインしていきます。こうして見て、注目のウマ娘たちはどうでしょうか』

『2番人気の1枠2番ハッピーミークは、落ち着いて空を見上げていますね。ただ1人上を見上げる彼女の目にはこの先のレース展開が映っているのか。

 3番人気3枠6番ユグドラバレー、こちらも落ち着いてレースに臨めているようです。ゲートの中で深呼吸1つ、今度こそG1タイトル獲得なるか。

 そして……1番人気8枠16番ホシノウィルム、いつも通り勝気な笑顔を浮かべています。彼女の紡ぐ新たな神話に期待がかかりますね』

 

 

 

 快晴の下、阪神レース場。

 ゲートで待つ私たちの元にまで、実況解説の言葉が届く。

 

 レース中になると足音とか極度の集中で聞こえなくなっちゃうけど、その直前までは普通にこういうのも聞こえるんだよね。

 そこそこ距離はあるけど、私たちの耳って特別製だし、良くも悪くも結構音拾っちゃうんだ。

 

 レース前に余計なことを言われたら集中を乱されるからって、これを嫌う子も少なくないんだけど、私は案外嫌いじゃない。

 他の子たちが言う程私は集中を乱されないし、何より聞いてて楽しいもんね。

 ウィットに富んだ言い回しでレースを盛り上げてくれるのは、私たち競走ウマ娘からしてもありがたいし……。

 おまけに、私って女の子にしてはカッコ良いモノに惹かれる質だったりするので、龍とか神話とか言われるとテンション上がるんだよね。えへへ。

 

 ……と、それはさておき。

 そろそろ、レースのことを考えようか。

 

 

 

 私たちの陣営のウマ娘は、基本的に歩さんが組み上げたプランに沿って走る。

 

 けど、ネイチャやテイオーと話してみるに、どこの陣営もトレーナーのプラン通りに走るっていう形を取ってるってわけでもないらしい。

 テイオーの場合は、テイオー自身のセンスがヤバすぎてトレーナーが作戦を立てると脚を引っ張っちゃうらしいし……。

 ネイチャの場合も、得意分野だからってむしろネイチャ主導で作戦を立ててるんだとか。

 

 まぁトレーナーって、流石はその道のエリートと言うべきか、レースのことはよく理解してるけど……必ずしも全てをわかってるわけじゃないからね。

 私のトレーナーである歩さんはかなり理解のあるトレーナーだと思うけど、それでも時折「あー、やっぱりこの辺は実際に走らないとわかんないか」って部分はある。

 

 走りってどうしても理論より体感的な部分が多いし、特にウマ娘の走りは領域とか魂とか半ばファンタジーみたいな要素が頻出する。

 ちょっと言い方は悪いけど、机上の空論での理解には限界があるんだよね、多分。

 

 ただ、それでも歩さんが立てる作戦に従うのは、そのレースプランの完成度がめちゃくちゃに高いから。

 他陣営のウマ娘の分析と観察、それに基づくレースの展開予想は、必ずしも当たるってわけではないけど、それでもかなりの命中精度を誇ってる。

 

 これは他のトレーナーさんたちと比べても、かなり群を抜いたものらしい。

 今はテイオーと契約してる、かなりの大ベテランであるトレーナーさんでさえ、3~4人のウマ娘たちならともかく、18人のウマ娘によるレースの展開予想は難しいらしい。

 この前話したけど、ある程度「この子はこう出て来るんじゃないかな」というものはあっても、それらが組み合わさって化学変化を起こすバ群の動きの予想まではできないと思う、とのことだった。

 

 歩さん、本当にすごい人だ。

 流石は私のトレーナー。どや。

 

 そして、歩さんの観察眼の鋭さは、私たち担当ウマ娘にも向けられているわけで。

 自分でも完全には測りきれないスペックを熟知し、それを元に最高の走りを組み上げてくれる歩さんのプランニングは、あまりレースメイキングが得意じゃない私たちにとってこれ以上なくありがたい助けだ。

 

 

 

 当然ながら、今日の宝塚記念でもプランを組んでもらってるんだけど……。

 

 ……さて、今回は、どれ程有効に活きるだろうか。

 

 歩さんから、ミーク先輩の特異性については聞いている。

 そしてそれが、恐らくは先輩の領域に依存しているだろうことも。

 

 ミーク先輩の領域。

 その展開条件の1つ目は、天気が晴れであること。

 2つ目の条件は、推測こそできても確定情報はなし。

 今日の天気は雲1つない日本晴れだから、1つ目の条件は満たしていると思っていいね。

 

 で、その効果は……驚くべきことに、「レース全体のコントロール」。

 ここに関しては歩さんも半信半疑というか、「そうだとは思うが詳細は不明だ。とにかく自分の動きが操られる可能性があることを頭に入れておいてくれ」って感じだった。

 

 でも実際、これはあり得る話だ。

 なんてったって、領域で体を勝手に動かされることは、現実にあるらしいし。

 

 テイオーはクラシック級の頃、シンボリルドルフ先輩と模擬レースしたことがあるらしいんだけど、その時に領域の影響を受けて内ラチ沿いから叩きだされた、って言ってたんだよね。

 領域に覚醒してない状態での体感は「あまりの威圧感に道を空けてしまった」って感じだったらしいけど……普通に考えてそんなわけないもんね。テイオーああ見えて結構強心臓だし。

 

 他者に干渉する領域。

 その行動を支配する領域。

 

 これは、確かに実在する。

 そして歩さんがそう読んでいる以上、ミーク先輩は高確率で、それを持ってるはずだ。

 

 

 

「…………」

 

 ターフを眺めながら、想いを巡らせる。

 

 相手の行動を操る領域。

 あるいは、レースを支配する領域。

 

 果たしてそれは、どんな心理状態、どんな心象風景がもたらすものなんだろうか。

 

 私はミーク先輩のことを、そう多く知ってるわけじゃない。

 勿論同室である以上、他の子たち程に知らないわけじゃないけど……。

 先輩はあんまり話をする方じゃないし、自分のことを語るタイプでもない。

 そしてあの先輩とは、心が剥き出しになるような死闘を通して感情を交えたことも、まだない。

 

 だから、私にはわからなかったし、知りたかった。

 お世話になった先輩が、どのような景色の中で生きているのか。

 そして、未だ現役最強を誇り続ける古豪が、どのような走りをしてくれるのか。

 

 

 

 幸運なことに、私は今から、ハッピーミークというウマ娘のことを知ることができるはずだ。

 

 さっき本バ場に入って言葉を交わした時、ミーク先輩の瞳の奥には、揺らめく熱があった。

 そしてその熱は、口よりも行動よりも雄弁に、私に告げていたんだ。

 

 あなたを倒してみせる、と。

 

 ダービーの時のテイオー、菊花賞の時のネイチャ、ジャパンカップのマックイーン先輩に有記念のスペ先輩。

 彼女たちと同じ、チャレンジャーの目であり、同時に強者の目。

 煮え滾り暴れ狂う競走ウマ娘の本能を飼い馴らし切った、静かながらギラついた目。

 

 あの目をしたウマ娘が、弱かった試しがない。

 

 きっとミーク先輩は、このレースの中で、領域を完全に開き切る。

 歩さんの読みが正しければ、私の行動は干渉され、コントロールされてしまうだろう。

 果たしてそれが、これからどんな結果を生むか、今の私にはまだわからないけれど……。

 

 1つ、確かなことは。

 

「……寒い」

 

 これが、私が本気の本気を出すに値する、最高の走り、最高のレースになるだろうってことだけ。

 

 

 

『さぁ、いよいよゲートインが完了。出走の準備が整いました』

 

 

 

 ゲートが開くのを待つ間、ふと視線を向けた先で、歩さんと目が合う。

 

 レース直前のウマ娘とトレーナーに、今更言葉なんて必要ない。

 視線だけで心を交わして、一言。

 

「行ってきます」

 

 私は脚に渾身の力を溜め……。

 

 

 

 

 

 

『……スタートしました!』

 

 

 

 

 

 

 ゲートが開いた刹那、解き放った。

 

 当然、誰よりも早い出だし、誰よりも速い加速。

 このレースには大逃げウマ娘が他に2人も参加しているわけだけど、それでも私が頭1つ抜けて、速い。

 

 一歩、二歩、三歩。

 持ち得る限りの力を芝にぶつけて、加速。

 

 ……よし。問題なく、スタートは成功だ。

 

 

 

『ちょっとばらついたスタートになりました、ワイズマンレイズややタイミングが合わなかったか。

 さぁ先頭を行くのはホシノウィルム、大方の予想通りに連覇の夢を懸けてホシノウィルムが先頭に立ちました!

 続くのはメジロパーマー、それから外からエレガンジェネラル、エレガンジェネラルが先行で続きます。そして8枠の2人に挟まれるようにしてダイタクヘリオス、そしてユグドラバレーもここに追走!』

 

 

 

 このレースには、3人の大逃げウマ娘が参加してる。

 1人は、マイルを中心に結果を残してる、ダイタクヘリオス先輩。

 もう1人は、ついこの前逃げ戦法を確立したっていう、メジロパーマー先輩。

 

 有記念でもそうだったけど、大逃げウマ娘の天敵は大逃げウマ娘だ。

 スズカ先輩にとっての敗因がツインターボとホシノウィルムだったように、ホシノウィルムの敗因もまたツインターボとサイレンススズカだった。

 誰よりも先頭を目指す私たちは、先行争いの果てに互いを過熱させ、互いのスタミナを無駄に削り合ってしまう。

 

 ……けれど、今回に限っては、そして私に限っては、問題にならない。

 なにせ、2200メートルを走るには、十分すぎるスタミナを持っているんだもの。

 

 

 

『第1コーナーに入りバ群が綺麗に形成されましたが、先行集団と追込集団が綺麗に2つに割れましたね。

 3人の逃げウマ娘たちのデッドヒートに付いて行くか、あるいは自分のペースを守るか。選択の難しいレースとなりました』

 

 

 

「…………」

 

 それぞれのウマ娘の位置を確認。

 

 後方2バ身、外めから鳴るのは、やや荒れた足音。

 この前の天皇賞で確認した、メジロパーマー先輩のものだ。

 

 その後に続くのが、こっちは去年の有記念で聞いた、ダイタクヘリオス先輩。

 そこにエレガンジェネラル先輩が続いて……。

 横並びした、ちょっと無理してる感じのあるウマ娘の足音は、まだ聞いたことがないな。

 

 で、その後方の足音は、ちょっとごちゃ付きすぎててわからない。

 ミーク先輩の足音は、スタートの時一瞬だけ聞こえたけど、すぐにバ群に潜ってしまった。

 少なくとも6番手以降に付いているわけで、もしかしたら先行じゃなく差しを狙ってるのかもしれない。

 

 あるいは……ギリギリ私に悟られない位置で、足音を気取られるのを避けてる、とか?

 

 ……いや、それはあり得ないかな。

 私の聴覚の聞き取り範囲の限界は、私自身にしかわからない。

 どの程度距離を空けて、どの程度バ群の中に入れば私が認識できないか……なんて、そんなこと他人がわかるはずもないし。

 

 

 

 ……まぁ、ひとまずそれは置いておこう。

 今は他人の走りより自分の走りだ。

 

 今回歩さんが立ててくれた前半のプランは、あまり大きく離し過ぎず、後半に向けて脚を溜めること。

 とは言っても、ある程度はリードも広げないといけないし、メジロパーマー先輩とダイタクヘリオス先輩を除いて7、8バ身は離させてもらうけど……。

 先行集団に対して、聴覚の限界である10バ身までは開かない。

 いつミーク先輩が仕掛けて来るか聞ける位置で走っておかないと、奇襲をかけられるかもしれない。

 

 不意打ちで領域を開かれて、体の制御を奪われてまともに走れなくなる、っていうのが今回の最悪の展開なんだから。

 

 

 

『大観衆の夢を乗せて走る第2コーナー。トウカイテイオー、メジロマックイーン共に不在ではありますが、やはりこの子、ホシノウィルムが宝塚記念を面白くさせてくれます!

 先頭は依然として16番ホシノウィルム、そして2番手には3バ身程開いて12番メジロパーマー、外から3番のダイタクヘリオス、ここまでは平均ペースか?』

 

 

 

 レースは順調に進んでいる……ように、思えた。

 

 私は後続を引き離して、確かに先頭に立っている。

 きちんと盛り上がりつつも落ち着けているし、走るポジションもコース取りも悪くないし、このまま第3コーナーまで駆け抜けるのが上策のはずだ。

 

 

 

 だけど……。

 

「……?」

 

 レースが進むにつれて、徐々に小さな違和感が芽生えて来た。

 

 なんか……。

 なんか、遅くないか?

 

 第2コーナーも中間、ここまでで既に800メートルは過ぎてるはず。

 このレースにおける行程の、実に3分の1が終了していることになる。

 

 ……だというのに、脚や肺にかかる負担が、思ったよりも軽い。

 

 ブルボンちゃんみたいに正確な体内時計を持ってるわけじゃない私は、今のペースがどれくらいかなんて、感覚的にしかわからないけど……。

 

 少なくとも、大逃げウマ娘3人が先頭を争うレースにしては、消耗が少なすぎる気がする。

 

 いや……いや、違う。そうじゃない。

 大事なのは、何かがズレてるような……間違ってるような……そんな、微かな違和感。

 

「これは……」

 

 その違和感は、一度気付いてしまえば、チリチリと肌を刺激してくる。

 けれど、それが具体的に何なのか、そして何がおかしいのかが、理屈で割り出せない。

 どこかで覚えがあるような気はするけど、それがどうにも思い出せない。

 

 確かに、レースのペースは遅い気がする。

 でもそれは、時に起こることだ。

 バ群の展開、それぞれの調子、レースのコースやバ場次第では、自然とペースが落ちることもある。

 

 だから、違う。

 本質的に言えば、レースの遅いこと自体が問題なんじゃない。

 

 問題はそれ自体じゃなく、何故大逃げウマ娘が3人もいるレースで遅くなったかの理由の方で……。

 そして何より、この走れば走る程、僅かずつ増えていく、違和感だ。

 

 

 

『向こう正面に入りまして、先頭は依然としてホシノウィルム! 続いて2番手にメジロパーマー3番手にはダイタクヘリオス、この並びは変わらずといったところ。

 そこから少し間を置いて2番のリボンガボット、やや前に出た2番人気ハッピーミークが続き、ピンクの勝負服エレガンジェネラル、3番人気の6番ユグドラバレーはここにいる! 悲願のG1制覇なるか!?』

 

 

 

 向こう正面に入って数秒、ミーク先輩の足音が聞こえ始める。

 

 ここで位置を押し上げてきたか。

 歩さんの読み通りだ。

 「ハッピーミークが最高の走りを見せる条件が整えば、彼女はそうしてくるはず」と、歩さんはそう言っていたし……。

 

 ……?

 

 いや、待て、おかしい。

 おかしい? 何が? いや、待て、今何を考えてた? 何に引っかかった?

 クソ、なんか頭が回ってないぞ、どうしたんだ私。

 

 ミーク先輩は最高の走りを見せる条件が……つまりは領域の展開条件が整えば、歩さんの読み通りの最適な走りをしてくる。

 その領域こそが、ミーク先輩の走りを研ぎ澄ませる。

 

 でも、おかしい。

 領域が開けるかどうかは、今のところわからないはずだ。

 だって領域の条件が満たせればそのまま開くはずだし、ミーク先輩はまだ領域を開いては……。

 

 

 

 

 

 

 ……開いて、る?

 

 

 

 

 

 

 ゾクリと、胸の底から怖気が込み上がる。

 次いで思うのは、困惑に混乱、焦燥と、それから不甲斐ない自分への怒り。

 

 なんで今、ここに至るまで、気付かなかった?

 

 気付く契機はいくつもあったはずだ。

 

 妙に回らなかった頭。

 異様に遅くなったペース。

 そして何より……後方から感じる、ほんの僅かな圧力。

 

 そんなはずがないと、無意識に否定していたのか。

 これに常識なんて通じないって、私は誰より知っていたはずなのに……。

 

 ……あるいは、思考すらも操作されているのか?

 

「やられた」

 

 結局、気付いた時にはもう遅くて。

 

 もう、私の周囲は……。

 

 領域特有の雰囲気(・・・・・・・・)に包まれていた。

 

 

 

 私の見て来た限り、領域は大きな変化をもたらすものばかりだった。

 視界ではレース場の上に領域特有の景色が重なって見え、これを開いたウマ娘の威圧感は爆発的に膨らみ、その能力も飛躍的と言っていいレベルで跳ね上がる。

 

 少なくとも、テイオーも、ライアン先輩もマックイーン先輩もスカイ先輩も、ネイチャも、そしてスペ先輩も、転生チートウマ娘である私でさえも、皆がそうだった。

 多分、それがこの世界の一般的な領域の形なんだと思う。

 

 でも、だからこそ。

 そういう固定観念があったからこそ、気付けなかったのかもしれない。

 

 目の前の景色は変わってない。

 ついこの前にも大阪杯を走ったばかりの、阪神レース場のターフ。それだけだ。

 

 ミーク先輩の威圧感も能力も、殊更に上がってはいない。

 強いて言えば、その圧力がほんの少しだけ強まってはいるけど、それだって優駿特有の威圧感と言われれば納得してしまうくらいのもの。

 

 しかしその領域の気配は、遅効性の毒のように私が気付けない内に、その場に浸透してしまっていた。

 

 

 

 ……ミーク先輩は、変わったウマ娘だ。

 

 あらゆる距離、あらゆるバ場に適性を持ち、既にG1を4度も制しておきながら、G2で惨敗と言えてしまうような走りをすることもある、捉えどころのないウマ娘。

 その心理状態も、私は決して嫌いではないけど、普通とはちょっとズレてると言わざるを得ないだろう。

 

 であるならば……。

 ウマ娘の心を表すとされる領域もまた、変わり種なのかもしれない。

 

 一瞬で花開き、爆発的な結果を生んですぐに閉じる、のではない。

 誰にも気付かれないくらいゆっくりと開きながら、自らにとっての理想の展開、理想の世界を形作る領域……?

 

 

 

 それを悟った瞬間。

 私の脳内で、数々の要素が繋がった気がした。

 

 シニア級に入るまで、一度も重賞で勝ったことがなかったという話。

 本格化が終わってもなおステータスの延び続ける、特殊な晩成型のウマ娘だってこと。

 歩さんから聞いた、ミーク先輩の中にあると思われる、理想と現実の相反するイメージ。

 この微かな領域の気配から感じ取れる、強い憧憬の想い。

 そして、いつぞや向けられた、挑戦的な瞳の色。

 

 

 

 ……あぁ、なるほど、理解できた気がする。

 

 先輩の領域って、全く違うようでいて、私の領域とお仲間なのか。

 

 これは……うん。

 ますます負けられなくなったな。

 

 

 

 領域の影響か頭は回り辛いし、脚も重い霧……いや、雲に絡めとられるような感じで、動かしにくい。

 多分、レースを走るウマ娘たち全員が……ミーク先輩を除く全員が、同じ影響を受けてるんだろう。

 しかも、私の想定が正しければ、この効果は走る内にもっと強くなっていくはずだ。

 

 ……流石は、今でも続く「現役最強」の一角。

 彼女はテイオーやマックイーン先輩と並べてもなんらそん色はない。

 それどころか、領域だけに限れば、頭1つも2つも抜けているかもしれない。

 

 まったく、この人が世間からあんまり評価されてないとか、世界って歪んでるよ。

 私は今、こんなにも恐怖と喜悦に背筋を震わせてるっていうのにさ。

 

 

 

 ……でも、それでも。

 勝つ。

 勝ってみせる。

 

 それが、多くの人がホシノウィルムに求めている姿だし、歩さんがかけてくれる期待だし……。

 きっと、ミーク先輩が私に求めている、理想でもあるから。

 

 

 

 知らず口端を歪めて、心の中で呟く。

 

 確かに、これは一本取られてしまいましたが……。

 ……勝負はここからですよ、先輩?

 

 

 







 よくある「貴様は既に我が術中よ!」というヤツ。
 ちなみにこの違和感、ウィルがアレだから気付けただけで、一般的なG1級ウマ娘はレース終盤にようやく気付けるくらいのヤツです。
 まぁテイオーは3秒くらいで気付くけど。



 次回は3、4日後。白を求める者の視点で、宝塚記念後編。
 もしかしたら後編は更に前後編分かれるかもしれない。できれば次回で終わりたいなぁ……。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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