転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 新年1発目からアレなタイトルですが、明けましておめでとうございます!
 今年もポツポツ投稿していきますので、どうぞよろしくお願いします。





彼と彼女と世界の季節
このロリコンどもめ!


 

 

 

 宝塚記念から数日、梅雨明けを迎えたとある日の、うららかな午後。

 トレーナー室に、控えめなため息が響いた。

 

「はぁ……」

 

 それを発したのは誰あろう、現在トゥインクルシリーズのみならず、全世界の競走ウマ娘界隈を賑わせる生ける神話、ホシノウィルム。

 いつもはファンに向けて自信満々で溌剌とした言動を見せる彼女は、しかし今、その表情をどんよりと曇らせている。

 

 ……っていうか、ぶっちゃけすごく落ち込んでいた。

 

「あー、その、ウィル」

「……なんでしょう」

「元気を出せ……というのも違うよな。なんというか……」

「……いいんです。歩さんは悪くないですし、っていうか悪いの完全に私ですし……。

 今はほっといてください、1時間くらいで元気になりますから」

 

 無気力に呟いたウィルは、現在ソファに座ってだらんと脱力している。

 彼女の横に座った昌はその頭を撫でて、少しでも元気が出るようにとメンタルケアしているが……まぁ、効果は見られないな。

 

 

 

 ここまで落ち込んだウィルは、ちょっとばかり新鮮だ。

 この子って基本──昌の話では、俺の前以外ではそうでもないらしいけど──テンションが高いし、ダウナーなウィルを見ることは結構少ないんだよね。

 

 宝塚記念以来、感情豊かなところを見せてくれるようになったウィルだが、その感情は主に喜怒楽に傾いて、哀方面には滅多に伸びないというのが実情だ。

 強いて言えば有記念周辺がそうだったんだろうけど……その頃は俺の方が意識を失ってしまってたしな。

 

 契約トレーナーとしてはこんな思考どうかとは思うが、正直、彼女の見慣れない面を発見することに少なからず喜びを感じる。

 あぁ、この子もこういう風に落ち込んだりするし、無気力にもなったりするんだ。

 けどその上で、相手に気を遣うこともできる、優しい子なんだ……と。

 ウィルの新たな一面を見つけられた気がして、嬉しいんだ。

 

 ……が、堀野歩個人の感情はさておいて。

 

 彼女の保護者代理として、このまま彼女を放置するのはよろしくないだろう。

 

 

 

「あー、勘違いしてほしくはないんだけど、ウィルが頑張ってくれたことは本当に嬉しいんだ。

 宝塚に向けたトレーニングメニューはかなりハードにしたし、その上で君が不得意な勉強に励んで、あそこまで点を取ってくれたんだ。

 トレーナーとして、その努力を誇らしいと思う。やっぱりウィルはやればできる子だなと思ったよ」

 

 なんとか気を取り直してもらおうと色々言ってみるものの、彼女のどんよりとした雰囲気は全く変わってくれはしなかった。

 というか、話せば話す程に沈み込んでいくまであった。

 

「やればできる……はは、そうですね……まともに話も聞いてないし、スケジュール管理もできないですけどね……」

「あれだけ頑張っていたんです、多少注意散漫になるのは仕方ないことだと思いますよ。むしろ、そんなホシノウィルムさんを気遣って、兄さんがちゃんと文章に出して説明すべきだったんですよ」

「そうだな、俺の配慮が欠けていたと思う。だからそんなに自分を責めるな、ウィル」

「……こんなこと言うのは2人に悪いってわかってるんですけど、今大人の対応されると、こんなことで落ち込んでる自分がすっごいガキっぽくて更に凹みます」

 

 あぁ駄目だ、もう完全に鬱モードに入ってる。

 ネガティブ思考って一度沈んじゃうと、どんなこと言われても全部悪い方に捉えちゃったりするからな……。俺も身に覚えがある。

 

 しかも今回の場合、割とホントにウィルが悪いから、なんとも慰めにくいんだよな……。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ウィルがこうなってしまったのは、今から10分程前のこと。

 

 宝塚記念を制し、名実ともに日本最強のウマ娘となったウィル。

 だが当然、これが彼女の唯一無二のゴールというわけではない。

 むしろ、世界への挑戦という意味では、ようやくスタート地点に立ったとすら言える状態だ。

 

 だからこそ心機一転の意味も込めて、彼女の午前中の授業が終わり次第、今後の予定を話し合う予定だったんだが……。

 

 

 

「歩さん……私、今年の夏は頑張りますね!」

 

 トレーナー室に来るや否や、ぐっと拳を握り、決意を秘めた瞳でこちらを見上げてくるウィルに、俺は頷いた。

 俺の担当ウマ娘は、相変わらず走りへのモチベーションが高いなと思いながら。

 

「ああ、慣れない土地にハードなトレーニングだが、頑張ろう。俺も全力で君のことを支える」

「あ、いえそっちじゃなくて……ん?」

 

 ウィルはそこで小首を傾げる。

 

「夏……秋からでは? あっちに行くの」

「いや、夏だが。言っただろ? 宝塚記念が終わったら準備を始めて、君の体調が整い次第発つ、と」

 

 ピシリ、と。

 俺の聞き間違い、あるいは幻聴でなければ、確かに彼女の顔からそんな音が聞こえた。

 

「……ん? いえ、あの、合宿は?」

「大丈夫、既に話は通している。君は不参加でも問題ないよ」

「え、っと……海は?」

「海? ……うーん、あっちでの本拠地からは100キロくらいかかるかな。

 どうしようもなく行けない距離ではないから、もしも何か用があれば言ってくれ。スケジュールを調整する」

「み、水着……」

「水着? ……室内のプールトレーニングか? 勿論当地でできるよう計画は立てているぞ」

「…………が、がっしゅく……」

 

 彼女は、何か重大な発見をしたという風に、真面目な表情で黙り込み……。

 

 そして数秒後、がっくりと肩を落としてしまった、というわけだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、回想は程々にして、どうやってウィルを慰めればいいかを考えよう。

 そのためにはまず、ウィルが何故こうも落ち込んでいるのかを考察しなければ。

 

 先程の会話の内に出て来たキーワードは、合宿、海、水着、そして2度目の合宿。

 以上のワードから考えるに……どうやらウィルは、合宿に参加したかったように思える。多分。

 

 問題は、何故参加したかったかだが……。

 

 希少性? 1年に1度しかないイベントに対する興味?

 友人関係? ネイチャやテイオーと何か約束をしていた?

 海自体に何かの意味が? 何かしらの思い入れがある?

 水着? 合宿は学園指定の競泳水着着用。アレが好きなのか? いやそんな様子は認められなかったはずだが……。

 

 

 

 いや、待てよ?

 

 ウィルの合宿。

 そうだ、去年、あの子は……。

 

 ……そうか、わかったぞ。

 

 ホシノウィルムは、クラシック級で宝塚記念に勝利した史上初のウマ娘だ。

 しかし、その勝利には1つの代償があった。

 それが脚の骨折だ。

 

 非業の故障を発生させたウィルは、その後菊花賞での復帰に向けて、懸命に病院でのリハビリに臨むことになったのだが……。

 当然ながらこの際、彼女は合宿には参加できていない。他のウマ娘に当てられてオーバーワークでもすれば事だからだ。

 

 つまるところ、ウィルはおおよそ唯一、夏の合宿に参加したことのないシニア級ウマ娘なのである。

 

 彼女の年代を考えれば、同年代間での共感や共通の体験が重要であることは想像に難くない。

 ウィルは自分だけが合宿に行っていない、海に行っていないことを残念に思っていたのだろう。

 だからこそ、今年もいけないという事実を聞いて意気消沈してしまった……と。

 

 うむ、我ながらかなり理路整然とした仮説だと思う。

 これはホシノウィルム検定準一級も遠くはないのではあるまいか。

 

 

 

 ……よし。

 そういう方向の落ち込みなら、対処法がないでもない。

 

 いや、かなり場当たり的なものになるし、抜本的な解決には繋がらないんだが……。

 こういうのは気分の問題だ。

 ここまでレースレースで忙しなかったし、一旦のリフレッシュということで1つ。

 

「よし、それなら……昌、明日1日、こっち頼めるか」

「え? いや、それはいいけど……」

「助かるよ」

「?」

 

 ちらりとこちらを覗いてくるウィルに、俺は笑いかける。

 少しでも彼女が元気になれればいいなと、そう祈りながら。

 

「もう今年の合宿はどうしようもないけど……トレーニング外で水辺で遊ぶ機会くらいは作れるさ。

 ウィル、明日のお休み、時間をもらってもいいか?」

「え……あ、え、はい!」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ホシノウィルムは現在、恐らくは世界でもトップクラスの知名度を誇る存在だ。

 そうなると、いわゆる有名税というヤツで、彼女の行動は結構大きく制限されてしまう。

 

 それこそ水遊びなんかはその典型で、ウィルは今や、そういった場所で普通の子供のように遊ぶことはできない。

 公共に開放されているプールに行けば騒ぎになるし、海なんて行けばなおさらだ。

 トレセンのプールはあくまでトレーニングのためにある場所で原則として遊びに使うことはできないし、勿論病院などのリハビリ用プールも語るに及ばず。

 

 となると残った選択肢としては、貸し切りができる類のプールや、そこそこのホテルにはありがちな個人用プールとなるが……。

 前者は今からだと予約が間に合わない可能性が高いし、後者は……狭いんだよな、ああいうの。ウマ娘であるウィルが泳ぐには、少し手狭だろう。

 

 となれば、彼女が安全に、なおかつ落ち着いて泳げる環境を用意する手段は……1つ。

 

 

 

 そんなわけで、ウィルがどんよりと落ち込んでしまった、次の日。

 

 俺はしっかりと変装したウィルを伴って、空の便を使って数時間。

 久々に、九州の実家への帰省を果たした。

 

 

 

 久々に帰って来た家は、以前と殆ど変わらない。

 少し蒸し暑い夏の空気の中、しかしどこか清涼に感じる森の空気と、耳がおかしくなりそうな程のセミの鳴き声。

 門には細かく補修されているところなどもあったが、それでもやはり、俺のよく知る実家のままだ。

 

「あ、あの……すみません、今更ですけど、何故ご実家に」

 

 少なからず汗をかきながら、何故かちょっと緊張してる様子で尋ねてくるウィルに、「あれ、言ってなかったか」と思いながら、改めて説明する。

 

「君は1人の競走ウマ娘だ。そして、今全世界で注目されるトップアスリートでもあり、トップアイドルでもある」

「そうですね?」

「……だが同時、君は学生で、ただの女の子でもある。その役職や役割があるとしても、だからと言って他の子たちが楽しめることを君だけが味わえないというのは……少し、酷な話だ」

「まぁ、確かに……仕方ないことではありますけどね」

 

 そう言って首を傾げるウィルは、どこか諦めたような表情。

 やはり彼女は、こういうところが大人っぽい。なんというか、「これは仕方ないことだから」って、分別が付けられるんだよな。

 

 だが、本来子供は分別など付けず、楽しんでいいものなんだ。

 

「そんなわけで、合宿のように2か月も続くわけではなく、海に行けるわけでもないが……せめて1日だけでも水辺で遊ぶことができないかと思ってな」

 

 正直、ウィルがそういった水遊びに興味を持っているとは思っていなかった。

 娯楽よりも走ることを選びがちな子だ、今回も「海外遠征、新鮮な気持ちで走れますね! 楽しみです!」とか言ってくるんだろうな、と思っていたんだが……。

 

 やはり彼女も、普通の年頃の女の子。

 合宿という学生的なお祭りイベントを逃すことには抵抗感があったのだろう。

 

 しかし、海外遠征や凱旋門賞への出走は、今や日本全体が望むこと。もはや簡単には覆せない。

 彼女のその気持ちだけで今から海外遠征を遅らせることは……まぁ余程強くそう望まない限り、選択肢に入れてはならないだろう。

 

 去年に続いて、今年もウィルは合宿には参加できない。

 残念ながら、この事実を覆すことはできない。

 

 ……であれば、その代わりに、ささやかでも祝日を用意したいところだ。

 ホシノウィルムが人目も気にせずはしゃげる、最近じゃ滅多にない機会を。

 

 

 

「というわけで、改めて。ウチのプールを使わせてほしいのですが」

「ああ、それがお前と担当ウマ娘のためであれば、自由にしなさい。

 ……お前自身がどう思おうと、お前は堀野のトレーナーだ。だから、当家の施設を使う際に、わざわざ俺に許可を取る必要はない」

「ありがとうございます」

 

 帰り次第父から許可をいただき、ガチガチになってしまっているウィルを伴って、プールに敷設された更衣室に向かう。

 

「こ、こういうこと……ですか。確かに、水辺で遊ぶ機会……」

「ああ。まぁ、友人もいないし期間も短いし、君が満足してくれるかはわからないが」

「い、いえ! いえいえ! その、嬉しいです! むしろ都合が良いっていうか……!」

 

 ウィルはあたふたと手を振り、にへらと笑う。

 そこには、昨日浮かべていた鬱屈とした感情は、殆ど残っていなかった。

 

 良かった。どうやら無事に、お眼鏡に適ってくれたらしい。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 堀野邸のプールはそこそこ広くて、50メートルのレーンが8つ並ぶ形。

 堀野のトレーナーの担当するチームの療養やトレーニングに使われることがあるのもあって、複数人で使っても問題のない広さが確保されている。

 その内容に関しても、水温や水嵩の調整や清掃も含めてほぼ常に整備されているため、いつでも使用可能な状態だ。

 

 どうやら最近はあまり使われていなかったみたいだけど……。

 昔は兄さんや昌と一緒に、遠泳の練習とかしたりもしたな。懐かしい。

 水泳はトレーナーの必修科目だった。なにせ、競走ウマ娘のトレーナーとして、もしも彼女たちが海で溺れかけたりした時は、誰よりも早く対応しなければならないからね。

 ちなみにタイムは大体いつも年齢順で、俺は1回も兄さんに勝てなかった。何なら昌に負けることも何度かあった。泣ける。

 

 そんなことを思いながら、更衣室で手早く着替えを行う。

 俺自身はプールに入る気はないが、まぁ遊びの場でピッチリしたスーツというのも少し仰々しいものな。

 ラフなシャツとスラックスを身に着けて、プールサイドに向かった。

 

 

 

「ウィルは……まだか」

 

 広いプールサイドには、俺以外の姿はなかった。

 

 ただちょっと格好を変えるだけの俺と、水着に着替えるウィルでは、色々と違うんだろうな。多分。

 それに、昔から昌も着替えとかには時間を使ってたからな。やはり女性は身だしなみに時間を使うものなのだろう。

 まぁ、着るのが学園指定の競泳水着である以上、殊更に身だしなみを整える必要はないと思うが……。

 

 さて、彼女を待つまで手持無沙汰……にはならない。

 なにせ今日は、ウィルのための小さな祝日だ。

 準備せねばならないもの、確認せねばならないことはたくさんある。

 

「母さん? ……そう、お願いします。はい。……あー、シロップはひとまず全種。はい、それと焼きそばも。王道らしいので……」

 

 持ってきていたスマホで母にいくつかお願いをしながら、タオルやビート板、念のための浮き輪、念には念を入れた酸素吸引機などを用意していると……。

 

 

 

「……あ、あの」

 

 更衣室の方から、声がかかる。

 疑うまでもなく、ウィルのものだ。

 

 じゃあよろしくお願いします、と母に告げて電話を切り、振り返ると……。

 

 そこには、見慣れない姿のウィルがいた。

 

 頭には、赤いリボンの巻かれたつばの広い麦わら帽子。

 薄灰色の中に黄色のラインが入った、体に張り付くショート丈のタンクトップ状のトップス。

 同色のスポーティな雰囲気を漂わせるボトムス。

 その上に、丈の長い軽く透けた白のシャツ。

 

 それらを身に着けたウィルは、これまでにないくらいに顔を真っ赤にして、麦わら帽子のつばを掴んで必死にその目を隠していた。

 

 

 

「…………」

 

 そんな彼女を見て、一瞬、言葉に詰まる。

 

 かけようとしていた言葉はあった。

 事前に台詞も用意はしていた。

 

 けれど、ホシノウィルムの姿に、そんなものは吹っ飛んでしまった。

 

「……あの、何か……こう」

「あ、あぁ、そうだな。いやすまない、少し驚いてしまって」

 

 てっきり、学校指定の競泳水着を着てくるものだと思っていた。

 というか、彼女のスケジュールは管理してるし、その上でこんな水着を買いに行くような暇はなかったはずだった。

 それなのに、いつの間に用意したのか……なんというか、すごく等身大な、「らしい」水着を着て、彼女は俺の目の前に立っていた。

 

 それに、驚いてしまって……。

 

 

 ……いや、違うな。事実を歪めるべきじゃない。

 俺が驚いたのは、彼女が知らない水着を着ていたことじゃない。

 

 正直に言えば、見惚れてしまったんだ。

 彼女の水着姿と、それを恥じらう表情に。

 

 困ったな。

 俺、ウィルに惚れてるのは、走りと内面だけのつもりだったんだけど……。

 どうやら俺はもう、どうしたってロリコンの誹りを免れないらしい。

 

 ……はぁ、もう。

 相手は中等部の幼い女の子で、それも担当ウマ娘だっていうのに……人の感情っていうのは、なんともままならないものだ。

 

 

 

 まぁ、こうなってしまった以上、今更本心を隠すというのもおかしな話だ。

 何事においても、良いものは良いと賞賛すべき。それは芸術であろうと美食であろうと、あるいは競走ウマ娘の能力であろうと、もしくは少女の容姿であろうと変わらない。

 だから俺は、努めて心を落ち着け、チラチラとこちらを覗いてくる彼女の目を見て、口を開く。

 

「うん、似合ってるし、綺麗だ。すごく」

 

 少したどたどしくなってしまった俺の言葉を聞いて、ウィルは……。

 

「っ、~~~~~!!」

 

 声にならない悲鳴? を上げて、帽子で完全に顔を隠してしまった。

 あぁ、もったいない。すごく魅力的な表情だったのに……。

 

 

 

 ……と、そうじゃなくて。

 

 今大事なのは、ウィルのちょっとした休暇だ。

 

「……それじゃ、どうする? 早速泳ぐか?」

「お、泳いで来ます!」

 

 そう言うや否や、ウィルはどぼんとプールに飛び込んでしまう。

 

「あ、おい待て! まずは準備運動!」

「大丈夫! 大丈夫ですから、ちょっと5分くらいこっち見ないでください!」

 

 な、なんで……?

 

 俺が伸ばした手は虚しく空を切り、ウィルはとんでもない勢いで泳ぎ始めてしまった。

 

 ……ええと、俺、もしかしてまたマズいこと言っちゃったのか?

 いや、今回の場合はただ恥ずかしがってるだけなのか?

 あるいは、泳ぐ以前に何かしらやりたいことがあったとか……?

 

 駄目だ、わからん。乙女心は難しすぎる。

 どうやら俺のホシノウィルム検定準一級はまだまだ遠いらしい。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ウィルは宣言通り、5分程すると、やや平常心を取り戻してくれた。

 

「い、いやぁ、久々に思い切り泳ぐと気持ち良いですね! あはは……」

「君、先週にもプールトレーニングしていたが」

「思いっきり、自分の泳ぎたいように泳ぐって意味ですから! あと今はそういう野暮なツッコミはノーセンキューです!!」

 

 俺はプールサイドに置いてある椅子から、彼女の爆走ならぬ爆泳を眺めていたのだが……。

 プールから上がり、しとどに濡れたウィルは、パタパタと顔を仰ぎながら、少しぎこちなく俺の隣に座って来た。

 

 思わずチラリとそちらを窺うと、ちょっと不安げな視線が向けられる。

 

「あ、濡れてるの、嫌ですか」

「いや、そうではなく……うん、改めて見ても、綺麗だなと」

「も、もういいです! それはもういいですから! ありがとうございますっ!」

 

 両手をぶんぶん振ってやめろと告げてくる。

 俺としては、いくら褒めても褒めたりないくらいなんだが……まぁ、やめろと言われればやめよう。

 シャツが下の水着にぴったり張り付いてるのを見るのは、ちょっとアレかもしれないし。

 

「あの、歩さんは泳がないんですか」

「ん……まぁ、特に予定はないかな」

「泳ぎましょうよ! せっかくの機会なんですし!」

 

 ちょっと興奮してるのか、尻尾をぶんぶん振りながらそう言ってくるウィル。

 機会……機会か。

 確かに、家を出てからは水泳の鍛錬をする機会はなかったな。

 どれくらいなまったか、久々に確かめてみるのも悪くないかもしれない。

 

 そう思った時……。

 

 「えいっ!」と声が聞こえて、冷たい感触が体を襲った。

 

「ぬおっ」

 

 見れば、ウィルが横から抱き着いてきている。

 そうなれば当然、彼女の体に付いていた水も俺の服に沁み込んでくる。

 

 わざとそうしたのだろう、ウィルはニヤニヤと笑ってこちらを見上げてくる。

 

「へへっ、濡れちゃいましたね! これならもう泳がない方が損ですよ!」

「……まったく。先にプールに入って待ってなさい、水着に着替えてくるから」

「はーい!」

 

 元気よく片手を挙げるウィルを後目に、俺は腰を上げた。

 

 ……あまりわがままを言わない彼女が、こういうことをするとは。

 多少なりとも、ストレスの解消にはなっているのかな。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その後、ウィルと2人、プールを満喫した。

 

「歩さん、遅いですよ~?」

「いや、君ね……ふぅ。ウマ娘のスピードとかスタミナとかと、同じにしないでほしい……。

 これでも俺、人間としては、結構泳げてる方だからね?」

「そういえば、それもそうかな? 人間ってどれくらい泳げるのが普通でしたっけ」

「どうかな……正直、俺も泳ぐのは久々だから、ちょっとわかんないけど……」

 

 200メートルのスイミングでめちゃくちゃ差を付けられ、ウィルにニヤニヤイジられたり。

 

 

 

「え、これ……!」

「海には行けないが、できるだけ再現しようと思ってな。

 海と言えば焼きそばとかかき氷、浜焼きという話を聞いたので、用意してみた」

「おぉ、すっごい……! 初めて見ましたよこういうの! いただきます!」

「うん、俺も一緒にいただくよ」

「むぐ……いや美味しいですねこれ! 本当にめちゃくちゃ美味しいですよこの焼きそば!! むしろ美味しすぎです! 海で食べるのってもっとこう、ジャンクな焼きそばなんじゃないですか!?」

「……質に関しては指定し忘れたな」

「まぁ美味しいなら良いですけどね! おかわりください!」

 

 プールサイドで昼食を取ったり。

 

 

 

「……そう言えば、かき氷のシロップは色や香料が違うだけで、ほぼ全て同じ味らしいな」

「え゛っ、そうなんですか!?」

「らしい。ほらこっち、ブルーハワイ。あーん」

「あ、えっと、……あーん!」

「どう?」

「……えっと……確かに同じ、ですかね?」

「何故疑問形」

「いや、ドギマギと、あとは冷たいから味覚がちょっと……あ、だからバレにくいんですかね」

「あぁ、確かに。ちょっとズルいな?」

「まぁお祭りですからね~。こういうのは気分第一なんでしょう」

 

 デザートを食べながら、くだらない話をしたり。

 

 

 

「歩さん、何気に整った体してますよね……。鍛えたりとかしてるんですか?」

「程々かな。最低限筋力の維持はしてるけど、基本は昔取った杵柄だよ」

「古い杵柄でここまで細マッチョになれますかね」

「うーん……まぁ、その手の身体管理もトレーナーとしての義務と思ってたからな。昔は結構頑張ってたんだよ」

「あー、なるほど……」

「ウィルだって、昔からずっと頑張ってきたからこそ今があるだろう?」

「そうですねぇ……言われてみれば、割と似た者同士?」

「そうだな、俺は結構ウィルに共感できるところは多いよ。そうじゃない部分も多いけど」

「え、それ良い意味ですよね? 凸凹が噛み合ってるって意味ですよね?」

 

 食後しばらくは、色んな話をしたり。

 

 

 

「そう言えば、私の泳ぎのフォームって歩さんから見てどうですか?」

「悪くないぞ。良くもないけど」

「なんとも言えない微妙な評価……」

「いやまぁ、君の本職は走ることだしな。無理して矯正する必要はないかなと」

「まぁそれはそうかもですが……。ちなみに走ることは?」

「そっちは完璧。流石は俺のウィル」

「うぇへへ……」

「隙あり!」

「うばっ!」

「さっきの仕返しだ」

 

 水の中でゆったりと話したり、急に水のかけ合いを始めたり。

 

 

 

 そうして1日、トレーニングも忘れて遊び倒して……。

 夕日が差し始める頃には、ウィルの憂鬱な表情は、どこかへと吹き飛んでいた。

 

「はー、楽しかった! ありがとうございます歩さん、大満足です!」

「ふぅ……なら良かった」

 

 正直、ウマ娘である彼女の体力に付いて行くのは、結構大変だったが……。

 

「よし、改めて海外遠征、頑張りましょう!!」

 

 笑顔でぐっと拳を上に突きあげるウィルを見られたので、頑張った甲斐はあったな。

 

 

 

 ……さて。

 そろそろ良い頃合いか。

 

 今日はウィルの祝日、一旦の小休止だ。

 であれば……明日からのトレーニングに向けて気合を入れ直せるように、1つ、伝えておこう。

 

「ウィル」

「何でしょう」

「海外遠征に行く前に、1つ、模擬レースをしよう」

「模擬レース?」

 

 小首を傾げるウィルに、俺は……ニヤリと、笑いかける。

 

「ああ。君の望んでいた相手と、ようやく都合が合った。

 海外に行く前に、決めよう。……過去の無敗三冠と今の無敗三冠、どちらがより速いのかを」

 

 

 







 堀野君、完堕ちのお知らせ。
 最後の牙城、崩れちゃったね……。

 そうして次回、すごく遅くなったあの無敗三冠ウマ娘との模擬レース。
 もうお忘れの方も多いと思うんですが、半年前の入学式で、新入生に挨拶する代わりに模擬レースをする権利をいただいていました。



 次回は1週間以内。ホシノウィルム視点で、最強と過去に取りこぼしたものの話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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