転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 今並列で3作品程書いているのですが、雰囲気とか一人称三人称とか色々と作風ズラしすぎて、それぞれ書き方忘れちゃいそうになりますね。
 推敲してみると一部三人称みたいになっちゃってるところとかあって、あちゃーとなります。





領の話をするとしよう

 

 

 

 2つの領域の同時使用。

 

 これは私にとって、天啓と呼ぶに相応しいものだった。

 

 1つ使って強いものは、2つ使えばもっと強い。

 これはこの世の真理だろう。至極当たり前の話だ。

 けれど、ルドルフ先輩とのレースを経るまで、私には全くと言っていい程この発想がなかった。

 

 でも、これは仕方のないことだと思うんだよね。

 だって領域って、謂わば必殺技だ。最後の最後で気力を振り絞って出す、必殺の一撃なんだよ。

 普通そういうのって必殺必中、二の打ち要らずだ。それを打てば最後必勝を誓うからこそ、本質的には二撃目は必要ない。

 

 そう思っているのは多分、私だけじゃない。

 だからこそ、あの才気に溢れるテイオーですら、領域を2つ使おうとするなんて真似はしなかった。

 それが一般的な競走ウマ娘の考え方、謂わば常識みたいなものなんだ。

 

 だからこそ、シンボリルドルフの領域同時使用は、パラダイムシフトだった。

 私たち競走ウマ娘の常識、普通を覆し、新たなる地平を開く行為。

 

 で、あれば。

 現役最強の1人である私も、その後を追わないわけにはいくまい。

 

 

 

「そんなわけで、ちょっと練習してきました。領域の同時展開」

 

 ルドルフ会長との模擬レースの、2日後。

 朝一で訪れたトレーナー室で、私はトレーナーに結果を報告する。

 

 デスクに座った彼は、書類に判を押す手を止めてこちらを見てくれた。

 その涼し気な瞳と目線が合って、とくんと心が跳ねる。

 

 うぅ……だいぶ長い付き合いになってきたっていうのに、こういう不意のアクシデントには全然慣れないなぁ。

 これも惚れた弱みというヤツだろうか。

 

 だが、そんな恋愛クソ雑魚勢の私も、長年の付き合いの果て、多少は耐性ができてきた。

 こうして突然目が合っても、かろうじて目を逸らさずに合わせ続けることができるようになったのだ!

 

 うーん、我ながら成長を感じるぞぉ! 

 ていうかなんならもう恋愛クソ雑魚ではなくなってるのでは? 今はもう恋愛中級者くらいでしょ。なんなら上級者に足を踏み入れてると言っても過言じゃない。恋愛マスターまであと一歩。

 

 ……と、そんな風に内心舞い上がっていると、歩さんが言ってきた。

 

「急にブルボンとトレーニングがしたいと言い出して何かと思ったら、そういうことだったか。

 それで、どうだった。何か掴めたか」

 

 あ、そうだった、領域の話だったわ。

 取り敢えずそろそろ許容値を越えそうになってきたのでこそっと視線を外しながら、私は話を戻すことにする。

 

 領域の同時展開について何か掴めたか、とのことだったけど、そんなの当然……。

 

 

 

「はい。2つ同時に展開するところまでは成功しました」

 

 

 

「そうか、まぁ気を落とさず……ん?」

 

 頷きかけた歩さんは、一拍空けた後、きょとんとした瞳でこちらを見て来た。

 いつもより幾分か子供っぽい目でずっと見てたくなるけど、もう今日の目合わせ可能時間はオーバーしてるので、ちょっとだけ視線を逸らす。

 如何な恋愛上級者にも、限界というものはあるのである。

 

 歩さんは「聞き間違いか?」と言わんばかりに首を傾げ、言ってくる。

 

「すまん、もう1回言ってくれるか」

「2つ展開するところまでは成功しました」

「……え、成功?」

「成功しました」

「…………えぇ、マジ?」

 

 期待通りの間の抜けた反応に、思わずドヤ顔ダブルブイサイン。

 

 ふふふ、どうだ歩さん。

 テイオーやルドルフ会長だけじゃない。

 私だってあなたの予想と期待を越えることがあるのですよ? 目を離しちゃ、やですからね?

 

「いや、しかし、えぇ……?

 シンボリルドルフ、長年鍛錬し続けて、ようやく同時展開に行き着いたって話だったんだぞ? それを、たった1日でって、君……」

「これがホシノウィルムの力ってことです!」

 

 その言葉に、歩さんは背もたれにもたれかかって、思わずといった感じで天井を見上げた。

 

「君が史上最高峰の天才だということは知っていたが、それにしてもな。

 少なくともトゥインクルシリーズでは届かない境地を見せたと思っていただろうに……これを知ったらシンボリルドルフ、流石に落ち込みそうだなぁ……」

 

 

 

 腕を組んで呻る歩さんにふふふと不敵に笑っていると、横から声がかかる。

 

「……あの、これって私が聞いてていい話? 席外そうか?」

 

 黙って仕事をしながら聞き耳を立てていた昌さんの発言だ。

 ただ、私としてはその発言の意図がよくわからない。

 

 一方流石は兄妹と言うべきか、歩さんは一発でそれを察したようで、緩く首を振った。

 

「いや、その必要はない。昌も俺たちの陣営の一員だ、知っていてもなんら問題はない……と、俺としては思うんだが」

 

 あ、なんだ、そういうヤツか。

 昌さん、結構気にしいだよね。もう長いこと私たちを支えてくれる仲間だっていうのに、まだどこか部外者意識が残ってるというか。

 いやまぁ、将来的にはサブじゃない正規のトレーナーになって他の陣営を構えることにはなるんだろうけど、少なくとも今は全身全霊で支えてくれるんだもん。

 隠すべきことなんて何もない。あ、いや、私が転生ウマ娘ってことは除くけども。

 

 歩さんもこっちに視線を向けて来てるし、私からもちょっとだけ言い添えておこうかな。

 

「大丈夫ですよ。この方法、多分私にしかできないので。メソッドとか持ち出そうにも持ち出せません」

 

 ドヤ顔のままにそう言うと、歩さんが「あぁ」と声を上げた。

 

「ようやく分かった。君……思考力の増加を使ったのか」

「おぉ、流石ですね! 正解です!」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 領域は、短いもので一瞬、長いもので10秒余りしか展開を維持できない。

 その原因は、ひとえに私たちの脳の限界だ。

 

 領域は、競走ウマ娘の秘奥。

 自らの走りに極限まで集中し、レースに全てをぶつけることで初めて展開できる、人間のアスリートで言うところのゾーンみたいなものだ。

 

 だからこそ、領域を使うと、私たちはとんでもなく集中力を消耗してしまう。

 勿論、レースの最中は脳内麻薬がドッバドバだから、領域を閉じた後にヘロヘロになっちゃったりはしないんだけど……。

 それでもやっぱり、領域を使った本気のレースと、領域を温存した遊びのレースでは、消耗具合が全然違うように思う。

 

 そして、だからこそ、領域を2つ同時に使うのは難しい。

 なんてったって、1つ使うだけでもかなりグロッキーになっちゃうんだ。

 2つ同時に使おうとすれば、脳が爆発してしまいかねない。

 

 故にこそ、領域の同時使用はウマ娘にとって至難の業。

 史上最強とまで謳われるシンボリルドルフが、10年近い月日をかけて身に付けるに相応しい、神業とでも言うべきものだ。

 

 

 

 ……しかし、そんな神業も、転生チートウマ娘たる私にとっては再現可能な範囲だ。

 

「私には『アニメ……じゃなくて、天星スパートの時の思考力増加があります。

 領域が脳の負荷で2つ同時に出せないのなら、思考力増加状態を使えば出せるのではと思った次第です」

 

 領域の限界が脳のリソース、つまり思考力不足によるものと言うのなら、思考力が爆増してる状態の私ならいつも以上に領域が使いこなせるのでは、と。

 

 いやホント、今思えばこれ、気付いて然るべきだったなと思う。

 コロンブスの卵ってヤツだろう、こういうのは最初に思い付くまでの道のりが長い。

 ルドルフ先輩の領域の同時使用を見て、その上で歩さんに同時使用の可能性の講釈を聞かされ、私はようやくこの発想に思い至った。

 

「なるほど、脳への負荷を軽減するのではなく、脳の容量自体を増やすという発想か。

 面白いな。ユニークだ。まさしくホシノウィルムにだけ許される天才の所業というか……」

 

 歩さんはテーブルの上で両肘を突いて指を組み、まぶたを閉じて考え込む。

 

 幼少期からずっとトレーナーになるべく勉強をしていた影響だろうか、この人、ウマ娘に関しては結構研究者気質というか、考え込んだりしがちなんだよね。

 

 ま、歩さん程じゃないにしろ、私もそういう実験は好きだ。気持ちはわかる。

 昨日だってブルボンちゃんとソウリちゃんに付き合ってもらって、色々と比較実験とかやったもんね。

 ……何度も3000メートルを走ったから、2人ともだいぶへとへとになってたけど。

 まぁ菊花賞の長距離に慣れるためにってブルボンちゃんの方からもお願いされてたし、過度にはやってないからセーフセーフ。

 

 

 

「……待て、それなら1つの領域を更に……なんというか、その精度を上げるということもできるのか?」

 

 ふと訊いて来た歩さんの言葉に、私は首を振る。

 

「それも試しましたよ。駄目でしたけど」

「駄目か……」

「できたとしても、領域の展開時間を若干伸ばすのが限界ですね。この辺りは多分、領域の精度の問題っぽくて……うーんと」

 

 感覚的な話が多いので、領域を体感できない歩さんにどう説明したものかと悩んだけど……。

 ふと、前に歩さんが良い例えを使ってたことを思い出す。

 ちょっと用法は違うけど、今回もアレが使えそうだ。

 

「領域を絵に例えると、思考力……脳のリソース増加は、言うならばキャンバスを広くすることです。

 キャンバスが広くなったからって、絵自体が上手くなるわけじゃないでしょ? それと同じように、領域の精度が上がることもないんですよ」

「あー、なるほど、感覚的にわかりやすい。絵を多く描ける、つまり領域を複数使える余裕ができたというだけで、領域自体の性能を上げられるわけではない、と」

「まぁ多少は余裕ができるので、その分1秒未満の時間延長くらいはできるっぽいんですが、その程度ってことですね」

 

 あるいは、その1秒こそが勝負の趨勢をひっくり返すこともあるかもしれないけど……。

 ま、そこは今回の本題ではないし……何より、領域を併用しようとするのなら元より使えない選択肢だ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 歩さんがコーヒーを一口含み、話を軌道に戻す。

 

「すまん、話が逸れたな。それで、領域を同時に使えたという話だったが……」

「そうですね、確かに使えるところまでは行きました。それは事実です」

「……察するに、何か問題発生という感じか」

 

 そうなんだよねぇ……。

 私はため息を吐き、昨日のことを思い出した。

 

「問題は3つくらいあるんですけど、小さいのと中くらいのと大きいの、どれから聞きます?」

「まぁ、使い始めたばかりの技術に欠陥があるのは当然のことだな。その解決には俺も協力しよう。

 では、小さいのから順に聞こうか」

 

 まぁ問題とは言っても、小さいのはそもそも解決済みだったりするんだけど……。

 情報共有の意味でも、歩さんには伝えておこう。

 

 

 

「まず、一番小さくて軽い問題は、領域が使うリソースの話です。

 端的に言うと、領域を併用しようとすると、消耗する集中力がめちゃくちゃに増えます」

「あー……マルチタスクみたいなものか。両手で1つの行動を取るだけなら簡単だが、右手と左手で別の行動をしようとすると、途端に慣れと集中を要する、みたいな」

「大体そんな感じですね、多分」

 

 まぁ私は左右の手で別のことをやろうとしたこととかないからわかんないけど、多分難しいんだろうな。

 ……「アニメ転生」使えばそれくらいはできちゃいそうだけど。今度やってみるか。

 

「直感的な部分が大きいんですが、多分普通のウマ娘の脳のリソースが10とすれば、領域を1つ使う場合は8から9くらい使うんだと思います」

「それで、2つ使うとどうなる?」

「領域1つにつき50くらい使いますね。合計100」

「インフレの波が激しすぎる」

 

 いやでも、実際それくらいなんだよねこれが。

 転生チートウマ娘である私は、本格的に「アニメ転生」を使わなくても、走ってる最中ならそこそこ思考力の上昇が働いてるっぽい。

 周りの音が聞き取りやすくなってるのも、多分これで脳の処理速度が上がってるおかげだと思う。

 

 そんな私でも、「アニメ転生」なしで領域を同時に使おうとしたら、頭がぐつぐつしそうになって咄嗟に切り上げたんだ。

 正直、チート能力なしで領域を併用してるルドルフ会長は、化け物以外の何者でもないと思う。

 

「……つまりシンボリルドルフさんは、本来100のリソースを使う行為を、10まで抑えていると?」

 

 ゾッとしたような昌さんの言葉を、私は肯定しようとして……。

 しかしその前に、歩さんが首を横に振った。

 

「いや、恐らくそれは違う。

 俺の見立てでは、シンボリルドルフは片方の領域を、その効果を落としてまで、スキルの……常用できる技術のレベルにまで落とし込んでいた。

 勿論脳のリソースは喰うのだろうが、ウィルの語った領域の併用によるコストの増加は発生しなかったのだろうと思う。

 だから恐らく、本来それぞれ8から9のリソースを使うものを、2と8か、3と7辺りまで削ったのだろうと思う」

 

 さらりと言われたけど、いやその、何?

 

「あの、領域を技術に落とし込むとか、それはそれでちょっと信じられない化け物なんですが。

 そんなことできるんですか?」

「できるっぽい。俺の目にはそう見えたし」

「なら間違いないですね……信じ難いことに……」

 

 歩さんの観察眼と慎重さは、私が一番よく知ってる。

 この人がこれだけ強く断言するってことは、それはもはや確定事項に近い状態なのだ。

 

 まぁ、何やらボソボソと「継承固有の上位スキル化……いやしかし、本人の固有……そもそもこっちじゃ想いの継承が……」とか呟いてるから、歩さんにもはっきりとはわかってないっぽいけどさ。

 

 ……歩さん、時々私がウマ耳ってこと忘れるのか、独り言が耳に入って来ることがあるんだよね。

 そういう時は歩さんの考えが知れて、ちょっと得した気分になる。

 あと時々、独り言で容姿とスキルとか絶賛してくれたりもするので、そういう時は舞い上がるくらい嬉しくなっちゃって、その場を逃げ出したりもする。

 

 恋愛上級者と言えど、不意の誉め言葉には弱いのです。

 

「……私からすれば、1回見ただけでそこまで見て取れる兄さんにも、そのリソースを100使う行為ができたホシノウィルムさんも、信じられない化け物なんですけど」

 

 昌さんはちょっと引いていた。

 まぁ、歩さんはアレとして、私は転生ウマ娘だからね……。

 

 

 

 ……と、一旦話を戻そうか。

 

「それで、領域を併用すると消耗しやすくなるという話なんですが、実はこの問題は既に解決済みです。

 なんとか増加した思考力で補える範囲でしたので」

 

 なるほど、と歩さんは頷く。

 その瞳はこちらを見ているようでいて、ちょっと遠いところに焦点が当たってる。

 多分、2つの領域がレースにもたらす影響とか、私の走りがどう良くなるかを考えてくれてるんだろうけど……。

 

 それはちょっと、捕らぬ狸の皮算用というヤツだ。

 先にあと2つの問題を整理しないとね。

 

「ただこれ、中くらいの問題でもあるんですが……。

 領域の併用、本当に消耗が酷くて、増加した思考力が通常時並みに落ちます。

 安全を考えると、天星スパートとの両立はちょっと厳しいかもしれません」

 

 それを聞くと、歩さんの眉がきゅっと締まる。

 

「む……終盤の天星スパートは君の最大の強みの1つ。それが使えないのは少し厳しいか?」

 

 私が去年の宝塚記念で身につけた、天星スパート。

 「アニメ転生」を使って有り余る思考力を走りに傾け、より最適で最速の走りを実行することで、スタミナの消耗を抑えながらより速度を出すことができるこの走り方。

 

 私はこれに、何度も助けられてきた。

 なんなら、これがなければ勝てない戦いも多かったくらいだ。

 

 謂わば、領域と並ぶ、もう1つの必殺技。

 これを手放すとなると、領域が1つ多く使えるとしても、不安が残る気持ちもわかる。

 

 ……まぁ、更に言うと、まだ最大の問題が残ってるんだけども。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「さて、最後に大きな問題です。というか、最大にして致命的な問題です」

「……嫌な予感のする言い方だ」

 

 申し訳ないけど、多分歩さんが思ってる以上に最悪の結果が待ってると思う。

 なんなら私だって、昨日は「マジかぁ……」って落ち込んだくらいだし。

 

「領域の同時使用はできました。確かに、2つの領域を同時に開くことはできました。

 ……ただ、それだけでした」

「それだけ?」

 

 コクリと頷き、あまりにも残念な現実を告げた。

 

 

 

「領域効果、出ませんでした」

 

 

 

 私がそう言い放った時の雰囲気は、何とも筆舌に尽くし難かった。

 

 当惑、混乱、疑念。

 そういう嫌な感じの雰囲気が、トレーナー室に充満する。

 

 で、いち早く……というか1秒足らずでそういった感情を処理し終えた歩さんが、訊いて来た。

 

「……つまり、アレか。

 領域は開けたのに、加速などの効果が見られなかった……通常時の走りと何も変わらなかった、と」

「はい」

 

 歩さんは少し視線を下に向けて、表情を歪める。

 私を責めてる……って感じではなくて、純粋に疑問を感じている風だった。

 

「効果が現れない……何故だ?

 ウィルが言うんだ、確かに領域は開けたんだろう。しかしその効果が現れない……領域の機能不全。

 2つ同時に展開したことで干渉しているのか? それとも何かしら、やり方に不備がある?

 ……駄目だ、わからん。そもそも領域を2つ展開するなんて過去の堀野の資料にもなかったからなぁ。データを取ることも難しいし、理由の絞り込みが難しい」

 

 思考を纏めるためか、独り言を並べながら考え込んでいた歩さんは、ふと思い立ったように顔を上げてこちらに訊いて来る。

 

「ウィル、所感を聞きたい。領域を1つだけ開いた時との、感覚的な違いはなかったか」

 

 違いがあったかと言えば、答えは明白だ。

 

「ありました。……なんと形容すればいいかはちょっと難しいんですが、なんというか、領域の景色がぐちゃぐちゃっとしちゃったんですよね」

「ぐちゃぐちゃっと。……2つの領域の心象風景が混ざってしまった、ということか?」

「そんな感じ……ですかね? 正直、自分でもよくわからなかったんですけど」

 

 領域は感覚的なもの。

 開いた際に見える景色だって現実のものじゃなく、言うならばウマ娘としての魂が見せる幻想みたいなものなんだと思う。

 

 で、私は前世でオタクだったからある程度なんとかなってるものの、根本的には語学が堪能な方じゃないし、この現象について説明するのがなかなか難しいんだよね。

 問題点なんかは昨夜から「どう説明したものか」と考えていたからなんとかなるものの、アドリブで話そうとすると……うーん。

 

「なんというか、宙とか炎とか、そういうのがごっちゃごちゃになっちゃって。

 絵で例えると……こう、モチーフがたくさんありすぎて纏まりがない、みたいな?」

「なるほど……それを聞いて、少しわかった気がする」

 

 口に手を当て、歩さんは語る。

 

「察するに、君のやり方で2つの領域を同時に展開することは、1つのキャンバスに2つの絵を同時に描くことなのかもしれない。

 右手と左手で別の名画を描くのは絶技には違いないが、その結果生まれるのは2つの絵が混じった混沌とした謎の絵画だ。

 それ単体を見れば、決してクオリティが高いとは呼べないものになるだろう」

「なるほど? だからルドルフ会長は片方の領域をスキルにまで……ってことですかね?」

「いや、さしものシンボリルドルフとはいえ、君のように領域を完全に併用することは不可能だろう。

 領域を2つ使おうとして取った次善の策が、偶然噛み合ったのだと思う」

 

 勿論推論に過ぎないが、と言い添える歩さん。

 まぁルドルフ会長周りの話はソースもないし、想像レベルではあるだろうけど……。

 

 キャンバスに2つの絵を、という件は、結構的を射てる気がする。

 

 

 

「しかし、そうなると……領域の併用はちょっと無理めですかね。

 私の領域精度だと、まだスキルに落とし込むとかはできそうにないですし、だからと言って領域のままに同時に展開すると混ざっちゃうみたいですし。

 その上『アニメ転……ではなく天星スパートを使えないとなると、リスクだけがあってリターンが皆無なわけですしね」

 

 昨日領域を2つ開けた時は、興奮のあまり脳汁ドバドバだったんだけど……。

 思考のリソースはバ鹿食いするわ領域効果は両方ともなくなるわ、その上混ざった領域の中で走るのは違和感がすごくて気持ち悪いわで、正直かなりガッカリした。

 

 それでも情報共有の必要はあるだろうと、あとおまけに歩さんなら妙案を出してくれたりするかなと思って、こうして報告したわけだけど……。

 なんというか、こう、救いがなさすぎるね。

 

 まぁ歩さんの言った通り、初めて使う技術なんてものは失敗前提のものだ。

 ひとまず展開自体には成功したということで、1つの経験として残しておくべきだろうか。

 

 

 

 ……と、私の方は、割と諦めかけてたんだけど。

 

「ん? いや、方法はあるんじゃないか?」

 

 歩さんは、平然とそう返してきた。

 

 思わず目をぱちくりさせる。

 さっきの話、割とどうしようもない、みたいなニュアンスがあったと思うんだけど……。

 

「単純な話、君の失敗はキャンバスが1枚だからであって、別の絵を同時に描く能力自体はあったんだ。

 つまり、そのキャンバスが2枚あれば併用は成立するはずだ。そうだろう?」

 

 事もなげにそう言い放った歩さんに、昌さんがジト目を向ける。

 

「……あのさ、絵とかキャンバスっていうのはあくまで例え話でしょ? そんなことできるの? ……どうです、ホシノウィルムさん?」

「え? うーん……やったことがないので何とも……」

 

 キャンバスを2枚……と言われても、ちょっとイメージが難しい。

 要するに領域を展開する世界を2つに分ける、みたいな感じだと思うんだけど……うーん、どうしよう。

 「アニメ転生」中なら、自分の思考を2つに分けるとかできるかな? いや、ちょっとどうすればいいかイメージ湧き辛いし無理か?

 

 呻りながら考える私に対し、歩さんは言ってくる。

 

「ウィル、君は確か、領域の光景は透明な別のレイヤーのように、現実の景色と重なって見えると言っていたな?」

「あ、はい、そんな感じです。これもなかなか説明するのが難しいんですが」

「であれば、そのレイヤーをキャンバスと捉えよう。それをもう1枚増やす……と捉えると、どうだ」

 

 領域の景色。

 あれをキャンバスとして、2層用意する……。

 

 あ、ちょっと想像しやすい。

 

「……で、できる、かも? いやちょっとまだ確信できるレベルじゃないんですけど、ちょっとはイメージできた感じします」

 

 私がちょっと迷いながらも頷くと、歩さんは穏やかな顔で笑ってくれた。

 

「よし、それならひとまず領域併用の最初の一歩は踏み出せたかな。

 これからは基礎的なトレーニングと並べて、君の領域併用のための試行錯誤もやっていこう。

 もう海外遠征はすぐそこだし、海外での調整と同時にやることになるが……できるか?」

「っ! ええ、歩さんと一緒なら!」

 

 よ、よし、こうなったらやってやる!

 というか、歩さんが期待を寄せてくれてるんだもの、やらないなんて選択肢はない!!

 

 海外の土地に慣れながら、凱旋門賞に向けて基礎トレーニングを積みつつ、領域の併用の練習……。

 

 ……いや、やっぱりちょっとオーバーワークなのでは? ウィルは訝しんだ。

 

 

 







 まとめ
 領域同時展開はできるけど、天星スパートは封印になり、今のところ効果も出ない。

 宝塚記念から約2週間が経過し、そろそろ2人の海外遠征が迫ります。
 その前に、2人の日本での思い残りの解消をば。



 次回は一週間以内。トレーナー視点で、育てられた故にの話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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