でも今回のタイトルは思いつかなくて8時間くらい悩みました。
あ、栗毛の超特急ちゃん視点となります。
一説に、ウマ娘の身体に出せる速度のリミットは、時速70キロメートルとされています。
勿論、これはあくまでもカタログスペック上での話。
現在、私たちウマ娘が現実的に出せる速度は、本格化を終えたウマ娘の末脚をして時速66キロメートル余りが限度。
これが現在主流の定説であったと記憶しています。
私たちウマ娘は、意思なき機械ではなく、心を持つ生物。
どこまで鍛錬を積んだとしても、無駄な動きや動揺を完全に消し去ることはできない。
殊にそれが本番、トゥインクルシリーズの公式レースともなれば、焦りや緊張、あるいは激情と呼ばれる内なる情動が、筋肉の動かし方に少なからず無駄を生んでしまう。
これに関しては、極めて高い能力を持つ堀野歩トレーナー……マスターの担当ウマ娘である私、ミホノブルボンもまた、例に漏れません。
どれだけ計算を重ね、そこから導かれたプラン通りに走ろうと試みても、完全な等速での疾走は不可能。
レースへの緊張や他のウマ娘の存在感への焦燥から、無駄な動きが増えてしまうのは勿論……。
他のウマ娘たちに影響され、ペースを速めてしまうこともあり。
その圧に踊らされ、無意味にスパートを早めてしまうこともあり。
もしくはレースの様子から、併せてペースを落としてしまうこともある。
それらの不可避的なアクシデントにより、無駄に脚を消耗し、あるいは無駄に脚を余らせてしまい、予定していた通りの速度での疾走は成功せず。
そのため、現時点において、私はこの人為的ミスの回避に成功したためしがありませんでした。
現に、私のこれまでの生涯で最も完全に近い走りであったと自負できる、新たな世界すらも開けたあの日本ダービーの時でさえ、ハロン単位で見て最大コンマ4秒の差があったのです。
未だマスターと共に目指す目標、「一定速度での隙のない走り」には程遠い状況と言えるでしょう。
未熟。あるいは、未達でしょうか。
私の走りは完全でなく、立ちはだかる壁は非常に高く。
私は未だ、菊花賞に……。
いいえ。
あの、昏い威圧感を持つライスさんに勝利できるだけの、確かな自信を持てずにいる。
* * *
ウィルム先輩の出立が直前に迫った、7月中旬。
その日は、私がマスターに直接的に指導を受ける最終日でした。
とはいえ、そのような日でも、現役競走ウマ娘である私がすべきことは変わらず。
自らの脚が蹴り付けるターフ、そこから返って来る衝撃や痛み、体感する速度と経過時間から、現在のペースと理想のペースの差と、その調整のために必要なパワーを算出しつつ……。
常時微細な調整を加えながら、私はトレセン学園のグラウンドを走行していました。
「はっ、はっ、はっ……!」
やや感覚の薄れつつある脚底が芝を捉え、それを蹴り飛ばす。
横を通り過ぎたハロン棒を視認。
今、私が踏み越えたのが、スタートから計測して2400メートルとなる地点。
それは、先日の日本ダービーで体験した、現在のミホノブルボンの公式レースにおける最大走行距離でもありました。
ここから先は、トゥインクルシリーズにおいて「長距離」と区分される距離。
つまるところ、私にとっては未知の領域にあたります。
……マスターに出会う前にお世話になっていたトレーナーは、こう仰っていました。
「ミホノブルボンに、中距離以上を走る素質はないと言っていいだろう。長距離でG1レベルの走りをするなんてもってのほかだ」と。
当時の私は、父と共に抱いた夢である無敗の三冠を勝ち獲るため、その言葉に反発して自主トレーニングを実行してしまいましたが……。
今になって思えば、その指摘は大きく間違ってはいなかったのだと認識しています。
幸いにも私、ミホノブルボンには、多少なりとも秀でた身体能力がありました。
高い速度出力を可能とする脚力も、その最大速度に到達できるだけの瞬発力も、鍛錬の苦痛や脚部の痛みに耐えるメンタルも、レース中にも活かせる正確な体感や感覚も。
鍛えれば鍛える程に、過去の多くのデータを持つマスターにすら驚愕される速度で、私の能力は伸びているようでした。
けれど……その一方で、スタミナはなかなか伸び辛い。
短距離は当然走れ、マイル距離までは問題なく。
しかし中距離になれば技術で補わねばならぬ不足が発生し。
……長距離になれば、恐らく致命的に足りない。
元トレーナーが仰っていた通り、そしてマスターから伺う通りに。
ミホノブルボンにとっての最適な距離はマイル、どれだけ長くとも中距離まで。
少なくとも、努力という変数を考慮しなければ、これは真実なのでしょう。
更に、ステータスだけの問題ではなく……。
マスターによる数か月の強化プランを経ても、未だ私の長距離適性は、Cランクのまま。
距離とバ場の適性は、1ランク差が付けば決定的な遅れに繋がると、マスターはそう仰っていました。
実際、去年の有馬記念において、ウィルム先輩がサイレンススズカ先輩に競り勝てた要因の1つは、彼女の長距離適性がBであったから。
もしもその適性がAであれば追い付くことはできなかっただろう、というのがマスターの主張でした。
……ウィルム先輩はその言葉に頬を膨らませて抗議していましたが、この情報は現在必要なものでないため、記憶の想起を停止。
トゥインクルシリーズのトップランク、G1レースに出走するようなウマ娘は、皆極限までその身体能力を鍛え上げている。
そのため、それぞれの身体能力や走りの技術の差は、多くの場合、ほんの僅かなものであり……。
故にこそ、該当する距離にどれだけ慣れているか、どれだけ本領を発揮できるかが非常に大きなウェイトを占めるというのは、理屈の通った話でした。
そういう意味で、長距離の適性がCランクの私は、菊花賞において大きなディスアドバンテージを背負った形になります。
なにせ、ライスシャワーさんの、そして出走すると思われるウマ娘の半数以上の長距離適性は、A。
私はそこから、二段階も下なのですから。
……しかし、それでも。
諦めるわけには、いかない。
「っ、ふっ……!」
一瞬だけ乱れかけた息を再び押さえつけ、再度芝を蹴り飛ばします。
肺の痛み。脚の重さ。視界の滲み。
それぞれの感覚から、自らの限界が迫っていることを感知。
残された体力は、概算して、7%。
これ以上の走行は困難であると、全身から脳に対しエマージェンシーコールが上がっています。
スタミナは尽きた。
長距離の適性は、決して私に味方しない。
それでも……まだ。
私には、まだ、マスターの下で鍛え上げて来た技術がある。
コーナーの中で内に付きながら、一瞬だけ脚を緩め……。
「すうっ……ッ!!」
乱れる呼吸を抑え込み、大きく大きく息を吸い込んで、再びぐっと加速。
ほんの少しだけ、脚が軽量化される錯覚を覚えました。
まだ、走行は可能。
あと少し。
まだ、あと、少し……あの、ゴールまで……!
「ストップ!」
ターフに響いたマスターの声に、走行状態をスローダウンに切り替えました。
「……く」
ゆっくりと立ち止まりながら、現在の状況を確認。
本日のトレーニングは、一定以上のペースを保って限界まで走り続ける、夏の合宿前の最終テスト。
その結果判明した、私の走行可能限界距離は……。
3000メートルまで、あと200メートル残した、2800メートル。
規定のペースを保って駆け抜けることこそが、ミホノブルボンの走り。
それが叶わないのならば……とてもではありませんが、G1レースに勝つことなどできない。
目標、未達成。
やはり、私にとって長距離の壁は……高い。
* * *
立ち止まり、膝に手を突いて息を落ち着けていると……。
横から、声がかかりました。
「お疲れ様、ミホノブルボン」
気付けば、マスターが私の横に立ち、タオルを差し出してくださっていました。
鋭い聴覚を持つウマ娘である私が接近に気付くことができなかったのは、未だ響く耳鳴りのせいか、あるいは思考を巡らせていた結果か。
とにかく、マスターの気遣いを無下にするわけにはいきません。
「ありがとう、ございます……」
受け取ったタオルを顔に当てると、いつの間にか肌に張り付いていたものが剥がれていく感触。
まだ準備体操を終え、走り出したばかりだというのに、私の額には既に汗が流れているようでした。
ウマ娘が消耗する体力は、出力する速度が速ければ速い程、指数関数的に多くなる傾向にあります。
私が基準としている時速59キロメートルは、逃げウマ娘の駆け出しとしては非凡なペースではありませんが、それを常に続けるとなればかなりのハイペース。
疲労がかさむこと自体は、想定内でしたが……。
その量は、事前に立てていた想定を超えていました。
ここまでにトレーニングを怠ったことはなく、懸命に走り続けてきたというのに。
それでもまだ、ミホノブルボンにとって、3000メートルは長すぎる。
その上、菊花賞本番になればどうしても本領は発揮できなくなり、淀の坂が立ち塞がり……。
そして何より、きっと京都の舞台には、あのライスシャワーがいる。
このままでは、菊花賞に勝てないことは、自明でした。
「焦っているか?」
横からかけられるマスターの言葉に、コンディションチェックを開始。
自らの感情にトラブルシューティングを実行し、不明なエラーを炙り出します。
程なく、結果は出ました。
「……はい。『ステータス:焦燥』を検知しました。現在、私は焦っているようです、マスター」
「ふむ」
マスターは顎に手を当て、軽く首を捻りながら仰いました。
「資料を読んでいないわけではないよな」
「はい。私の育成プランの内容は、全て把握しています」
マスターが組んでくださった、対ミホノブルボンに特化した育成プラン。
どのタイミングでどの能力を、あるいはどの技術を、どう向上させるのか。
それらが事細かに綴られたそれは、おおよそ穴という穴が存在しない完璧なもの。
より正確には、どうしても生じてしまう
マスターが、私のマスターとして果たしてくださった、これ以上ない仕事。
ミホノブルボンの未来を予知してくださる、予言書にも近しい膨大なデータと紙の束。
当然ながら、私はその内容を暗記しています。
その最後に書かれているのは、ミホノブルボンの菊花賞の勝利。
ライスシャワーが、ソウリクロスが、そしてその他のあらゆるウマ娘があらゆる努力をし、あらゆる作戦で以てあらゆる走りをすることまでが想定された、徹底的な予想図。
その上で、このままロスなくトレーニングを続ければ、本調子のままに挑むことができれば、私は菊花賞に勝つことができる、と。
マスターは、そう結論を出していました。
であれば、私はただ、それを信じればいい。
それは、理解しているのですが……。
「ふむ」とマスターは頷き、その瞳が私の目を覗き込んで来ます。
「つまり、理屈ではなく感情の問題、というわけか。やはりライスシャワーのことが気になるか?」
自身についての事柄でありながら、私には薄い自覚しかありませんでしたが……。
恐らくは、マスターの推測は正しいのでしょう。
「……肯定します。私はライスシャワーさんの存在感を……無視できずにいるのだと思います」
先日の日本ダービーにおいて、私は追い上げて来るライスさんの気配に対し、胸中に熱さを感じました。
彼女の存在感は凄まじく、その実力も確かに高く。
故にこそ私は、領域を開くことで彼女を打倒した。
そうして彼女を1人の脅威として、ライバルとして認め、互いに菊花賞の勝利を誓ったのです。
……けれどそれ以来、ライスさんの雰囲気は、変わってしまった。
鋭く、冷たく、暗く……まるで、冬の夜の月のようなものに。
私を目標として、より正確に言えば「獲物」として捉え、彼女は精神を研ぎ澄ましている。
合同トレーニングの際に私はその圧力を感じた。
マスターの組んでくださった理論上、問題なくそれから逃げ切れるとわかっているというのに……。
それでも、今もなお、その時の衝動的な動揺と焦燥を忘れられずにいる。
それはつまるところ、契約トレーナーのプランを、予想図を、信じ切れていないということでしょう。
トレーニングのプランニングを全面的にマスターに委託し、ただ走ることに集中すべき担当ウマ娘として、あるまじき姿。
その全身全霊で私のことを支えてくれるマスターに対し、不義理と言っても過言ではありません。
私は衝動的に目線を下げ、顎から垂れ落ちる汗に視線を移してしまいました。
……しかし。
「こういう時、トレーナーとしては『焦る必要はない』とか言うべきなんだろうが……。
……うん、ま、焦るよな。気持ちはわかるよ」
今までに聞いたことのない、マスターの柔らかな響きを持つ言葉に、視線を上げると。
そこには、どこか居心地悪そうに後ろ頭に手をやり、苦笑を浮かべたマスターの姿がありました。
「ミホノブルボン、クールダウンも兼ねて、少し落ち着いて話そうか」
* * *
「まず最初に言っておくが、君の感じているその焦燥は、極めて合理的なものだ」
他のウマ娘たちの邪魔にならないよう、グラウンドのターフから外に出た後。
外ラチにもたれかかり、今もグラウンドを駆けるウマ娘たちを見ながら、マスターはそう仰いました。
「ライバルが成績を伸ばし、結果を残しているのなら、追い立てられる側が焦るのは誰にでも共通する話。ある意味、それこそが先を行く者の宿業とも言えるだろう。
君の抱いているその感情は決して不合理なものではなく、また持っていて不自然なものでもない」
私を落ち着かせようとしてのことか、マスターの声音は淡々としていました。
しかし、それはただ言い聞かせるというには、内部に冷え切らない熱が籠っているように感じられ……。
それが、私にはどこか確信を秘めた体験談であるかのように聞こえて、疑問の提起を招きました。
「マスターも、そうなのでしょうか?」
「俺? いや、俺はむしろ皆を追う側だし……」
マスターはそこで一旦口を閉ざし、軽く頭を振りました。
「……いや、悪い、今のは俺の悪い癖だ。
俺も、そうと気付かないことも多いが、焦ることはよくあるよ。
それこそ去年なんか、自分の育てたウィルがライバルたちに追いつかれそうになって焦りに焦って……トレーナーとしてあるまじき、最悪の失敗だってしてしまった」
「それは……」
少々、想像が困難です。
私から見れば、マスターは完璧と言っていい、最高の契約トレーナーでした。
トレセン学園から例外的に初年度で専属契約を許され、その期待にホシノウィルムという隠れた逸材を見つけ出し、無敗三冠ウマ娘へと育て上げることによって、これ以上ない程に応え。
トレーナー契約を断たれ救援を求めていた私の求めにも応じ、おおよそ否定すべき箇所のない完璧なトレーニングプランを組んでいただいた上、こうして相談にも乗っていただいている。
堀野歩トレーナーは、ウマ娘の契約トレーナーとしてこれ以上ない程の実力を持っている、まさしく稀代の天才トレーナー。
決して欠けるところのない、それこそ私の父と同じ、完璧な人であると。
そう、思っていたのですが……。
「完璧な人間なんてこの世界には……いや、どんな世界にもいないさ。
ウィルだって、走るという一点においては他に類を見ないが、その代わり無意識の驕りが酷かったり、どれだけ言っても勝手に自主トレしたり、何かあるとすぐに舞い上がってしまったり、無意識にインタビューで爆弾発言したり、あまえんぼスイッチが入ると1日離れてくれなくなったりするだろ?」
……推測。
挙げられた内容の内の半数以上は、マスターへの親愛から来る行動なのではないでしょうか。
そう提言しようとも思いましたが……。
先輩に確認を取ったわけでもなく、物的証拠の薄い推測でものを語るのは避けるべきでしょう。
この提言は一旦保留とし、次回ウィルム先輩との会談の際にファクトチェックを実行した後へと延期することを内心で決定。
私がそんな思考を広げていると、マスターが空を見上げ、懐かしむように呟きます。
「俺だって焦るし、失敗するし、反省する。
というか、むしろそうして反省するからこそ更に前に進めるわけで、これ自体は決して悪いことじゃないと思うんだ。
大事なのは、失敗を恐れることでも、そこでただ後悔することでもなく、失敗を元に反省し、再発防止に努めることだ」
自分に言い聞かせるようなマスターの言葉に、私は思考の整理が追い付かず、何と返そうか迷った後。
「……父も、そうだったのでしょうか」
聞いても、仕方のないことが、口を突いて出てしまいました。
……私はこれまで、どこかマスターに父を重ねて見ていたように思います。
完璧で、欠点の一切ない、尊敬すべきトレーナー。
自らを育ててくれる、絶対の信頼を置ける男性として。
その背中を、父と重ねていたのです。
けれど、マスターにも失敗があり、欠点があったというのなら……。
あるいは、完璧に思える父にも、そういった傷があったのだろうか、と。
けれど、それは極めて意味の薄い質問であったのでしょう。
そもそもマスターは、父と長期間一緒に過ごしたこともないのですから。
「俺は君のお父さんの人となりについて詳しくは知らない。だから、必ずしもそうだと断言はできないな」
想像通りの返答に、私は頷き、その質問を取り下げる旨を口に出そうとし……。
しかし、マスターの方が早く、言葉を連ねました。
「だが……いや、なかなかタイムリーな話になるな」
ぼんやりと呟くようにそう言った後、マスターは私に視線を向け、普段よりも些か柔らかい口調で仰いました。
「こういう話を君にするのは初めてだったと思うが……実のところ、俺も自分の父のことを完璧な人だと思っていた。トレーナーとしても、父としても、だ」
「マスターの、お父様……」
「すごい人だよ。トレーナーとしても結果を残し、堀野の家の地位もより上に押し上げた。今だって、俺が尊敬する人を2人挙げるとしたら、間違いなく片方はあの人になる。
……だけど、あの人もミスをしないわけじゃなかったらしくてな、この前その謝罪を受けたところだ。
能力や才能の違いはあれど、俺と同じ。完全無欠の人間ではなかった、ってことだな」
クスリと、マスターは自然な笑みを漏らします。
それは、ホシノウィルム先輩と接触している際を除けば、私が初めて観測した……。
マスターの、「人らしい」表情。
……決して、父は浮かべない、表情でした。
特に理由なく、その表情を観察していると、マスターはふと顎に手を当てます。
「しかしこう思うと、俺は君に境遇的に似ているところがあるな。
父に憧れて育ち、様々な困難に直面しながらも他をある程度離す良いスタートを切れて……しかし、ライバルに追い詰められて焦る。
まさしく去年俺の通って来た道だ」
マスターも去年、この焦燥感を味わっていた。
その事実を知り、私の胸中に不可思議な情動が発生。
それが如何なる名前のものか推し測ろうとしている間に、マスターは先程とはまた違う、穏やかな笑顔を浮かべます。
「だから、安心していい。
ライバルの猛追に焦りながらも、自分にできることを自分なりにやって、勝つ。それは俺が体験し、そして達成した道だ。
君の焦りは然るべきもの。否定も拒絶もしなくていい。
ただそれを受け入れた上で、自分にできる全てをして、全力で挑む。
そうすれば、君の努力は必ず報われる。……ソースは、俺だ」
その言葉と共に、私の頭に置かれた手は……。
いつかの、父の手とは、全く別の感触。
それを以て、ようやく……私は、1つの事実を悟りました。
「……マスターは、マスターなのですね」
「ん? まぁ、俺は確かに君のマスター……というかトレーナーだが」
「いいえ」
ターフの中を見ながら首を振り、内心で再定義を実行。
それは小さく、決して大きな意味を持ち得ないだろう、私の個人的な理解。
この人は、この人だけの人生を生きて来た1人の人間であり、既に1つの試練を乗り越えたトレーナーであり。
1年半前の私は全く知らなかった誰かであり、それでも今は尊敬できる相手であり。
そうして、何より。
他の何者でもない、私の、ただ1人の
……だから。
「マスター」
「ん、なんだ?」
「私
かかっていたフィルターの除去に成功し。
自らの「マスター」であるという認識を正常化し。
そうして、彼を、本当の意味で認められたから。
「……勝つさ。俺と君で掲げる夢を、必ず叶えてみせる」
ようやく、その言葉に、その力に、その心に。
私は、背中を預けることができる。
マスターは仰いました。
「ミホノブルボンの走りは、究極的には他者とのものではなく、自分との戦いだ」と。
レースの状態に左右されず、バ群の状況などどこ吹く風。
ただ1人、万全の状態で走ることこそが、私にとって最高の状態であると。
けれど、私はその解釈を間違えていた。
結局のところ、ウマ娘は1人で走ることなどできない。
トゥインクルシリーズへの出走条件の1つにトレーナーとの契約が挙げられていることからもわかるように、私たちは常にトレーナーの指導の下で走っている。
私たちの走りは常にトレーナーと共にあり、私たちの戦いは常にトレーナーとの共闘になる。
故に私は、個人であっても、孤独ではなく。
ミホノブルボンは、マスターと共に、自分自身と戦っていくのでしょう。
私は4秒間に亘って、マスターと視線を交わし……。
コクリと、頷きました。
「その言葉を、信じます。
私たちが作り上げ、マスターが信じてくださる『競走ウマ娘・ミホノブルボン』の性能であれば、淀の坂も越えられると」
「ああ、俺を信じろ。そして勝ちにいくぞ」
マスターの自信に満ちた言葉に、焦燥感の沈着を確認。
先程までと変わらない状況。
明確な根拠に欠ける肯定と断言。
それは本来であれば、何の安心ももたらさないはずのもの。
……しかし。
今はそれが、これ以上ない程に頼もしい。
その言葉と判断を、なんら根拠なくとも、ただ信じることで……。
マスターに、この無為な感情の処理を委託することで、走りに集中できる。
たとえ勝利する自信がなくとも、マスターの信頼を通して、私の勝利を信じることができる。
「はい……私のマスター。これからも、よろしくお願いします」
あと、200メートル。
あと、1つ分のランク。
先程までは余りに高く感じられたそれらも……。
マスターと2人なら、超えられて然るべきだと、そう思えました。
ひっそりウマ娘堕ち(覚醒)ブルボン。
こう、メイン2人にも気付かれない内に覚醒するっていうのもサブストーリーっぽいかなって……。
次回からはいよいよ海外遠征編です。
海外なんてもうしばらく行ってないし言語も堪能な方じゃないので、にわかを晒さないか心配で仕方ないですねぇ!
次回は一週間以内。トレーナー視点で、空での半日の話。
旅行って飛行機乗ってる時が一番テンション上がるところない?
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!