雰囲気程度の元ネタがいる、くらいに思っていただければ。
勿論、史実をご存じなくても楽しめるようにしますのでご安心を。
クラシック三冠は、あらゆるウマ娘たちの憧れだという。
皐月賞、日本ダービー、菊花賞。
中距離から長距離にて開催される、ウマ娘としてのありとあらゆる力を試される3つのレース。
この全てを、1つたりとも欠けることなく勝利するのは……非常に難しい。ほとんど不可能と言ってもいいだろう。
そもそも競走ウマ娘としての力を持つ者しか入学できない、地方も含めたトレセン学園。
更にその選りすぐりたちが全国より集まった、中央トレセン学園。
そこに属する2000人のウマ娘たちの内でもほんの一握りの、G1級ウマ娘たち。
そのG1級ウマ娘の内でも最高水準の世代最強18人が集まり、覇を競う。
これがクラシックレースだ。
改めて考えると、上澄みも上澄み。
最強たちによる、本当の最強を決める夢の舞台なんだよね。
当然、そんなレースで安定して1着を取れるわけがない。
そもそも実力が同じ18人が出走すると考えれば、勝率は18分の1。
ここに天候とか相手のコンディション、読み合いに事故の危険性も関わって来るんだ。
確実に1着を取る、なんて約束はきっと誰にもできない。
そんな中で3連勝を決めるというのは、速さ、運、そして強さ、その全てが飛び抜けていなければできるものじゃない。
故に。
セントライト。シンザン。ミスターシービー。シンボリルドルフ。
長い歴史の中で、三冠を取ったウマ娘の名は4つしか残っていない。
そりゃあ最強の定義の1つに数えられるわけだよね。
……で。
つまるところ、明日行われるのは、そんなクラシックロードの出発点なわけだ。
皐月賞前夜。
私とトレーナーは、明日のレースへの対策を話し合っていた。
……いや話し合うというか、トレーナーが話して私が聞くってのが実情だけどね。
「さて次に、君のライバルを挙げていこうか」
皐月賞に出走するのは18人。
勿論その全員が強者ではあるけど、その内でトレーナーが挙げた、特に強力と思われるウマ娘は6人だった。
葉牡丹賞2着、黒鹿毛の追込ウマ娘、スイートキャビン。
阪神ジュベナイルフィリーズの覇者、栗毛の追込ウマ娘、ハートブロウアップ。
ホープフルステークス2着、栗毛の差しウマ娘、パンパグランデ。
とんでもないペースで出走を繰り返す共同通信杯勝者、鹿毛の差しウマ娘、チアーリズム。
ついこの前スプリングステークスに勝った、鹿毛の逃げウマ娘、ホリデーハイク。
そしてやはり、ここまで無敗の4戦4勝でその名を轟かす、鹿毛の先行ウマ娘、トウカイテイオー。
明日、この内で誰が勝つのかは、三女神のみぞ知る。
この世代における最強たちの集うレースだ。誰が勝ったっておかしくない。
おかしくない……はず、なんだけどね。
「ただし。君は先程告げた中で、トウカイテイオー以外に注目する必要はない。
何故なら、トウカイテイオーはこの優駿たちの中でも、更に2回り上を行っているからだ。
仮にこのレースを君抜きで100回繰り返したとすれば、その内90回はトウカイテイオーが勝つ」
トウカイテイオーちゃんは、私みたいに目立った勝ち方をしているわけじゃない。
メイクデビューから順に、4バ身差、2バ身差、2と2分の1バ身差、2バ身差。
全て大差で勝ち続けた私と比べれば、戦果としては地味なもの。
……でもそれは、テイオーちゃんが弱いということを意味しない。
トレーナー曰く。
テイオーちゃんは私に比べて、勝利への渇望が薄いらしい。
より正確には、勝つことが当然になりすぎて、そこに感情を抱いていない。
故に、彼女はレース中でも限界まで力を出すことがない。特に、前に誰もいない時には。
彼女が大差を取らないのは、取る必要がないから。そんなに無理をしなくても、レースで負けることがないからだ。
つまり……悪い言い方をすれば、テイオーちゃんは舐めプしてるわけだ。
勝つのに必要なだけの力しか出してない。まだ底の底を見せつけていない。
「トウカイテイオーは負けそうになって、初めて本気を出して来る。
そしてその本気を超えられるのは、皐月賞出走者の中には君しかいない。
先程言った彼女が敗北する10回の内9回は、トウカイテイオーが土壇場で力の出しどころを見誤った場合の話。
逆に言えば、彼女が力を出し切れば……ほぼ必ず、トウカイテイオーが勝つ」
「つまり……格上である私がいるレースでは、テイオーちゃんは必ず本気を出して来る。
だから、注目するのはテイオーちゃんだけでいい、と」
「そういうこと。飲み込みが早くて助かる」
私は前々回の模擬レースで、テイオーちゃんに8バ身の差を付けて勝った。
勿論、あれは単純な実力差ってわけじゃない。
あそこには、ネイチャがいた。テイオーちゃんはネイチャに良いように操られて、自由に走ることができなかった。
……けれど、数字として表れた差は確かにそこにある。
テイオーちゃんはともかく、そのトレーナーは確実に私を格上として見てくるだろう。
そんな私と共に走るG1レースで、テイオーちゃんが油断し、仕掛けどころを間違える可能性は低い。
もしもそうなればラッキーだけど、それを中心にレースの設計を組むべきではないだろう。
「つまるところ、今回の必勝法は非常に簡単なものだ。
トウカイテイオーから逃げ切れ。それだけで、このレースはほぼ確実に1着でゴールできる」
何と簡単でわかりやすい作戦だろう。
ウマ娘の足音を聞き分けられる私からすれば、テイオーちゃんとの距離感は常時掴み続けられる。
後は、その足音との距離感を一定に保ち続けるか、それすら聞こえない程に逃げるだけで良い。
幸い皐月賞は2000メートル、私の親しんだ距離だ。今更この距離である程度ペースを上げたところで、スタミナを切らすことはあり得ないし。
うーん、わかりやすい必勝戦術。こういう時、自分がスタミナ自慢で良かったなって思うね。
「君はホープフルステークス、弥生賞と、これまでに同じコースを2回走っている。誰よりも経験値の面で上を行っているわけだ。
……故にこそ、トウカイテイオーを含めた全てのウマ娘は君に注目してくる。
これまでラップタイムを意識して他のウマ娘に惑わされなかった、コースの経験豊富な大逃げウマ娘を、ペースの基準にしてくる。
だから……うん。先程言ったように走ればいい」
「了解しました」
既に、トレーナーから全ての作戦は聞いている。
それを守って走れば……私は、勝てるんだ。
信じる。信じられる。
あの「寒い」感覚の中でも、それを思い出して頼りにできるくらいには、私はトレーナーに全幅の信頼を置いている。
だから、明日。
私は皐月賞に……。
テイオーちゃんに、勝つ。
「良し。それじゃ今日は明日に向けて、作戦を反芻しながら就寝。
今、君の体力はギリギリに詰めている。間違っても自主トレなんかしないように」
「流石にわかっています。今日は速やかに就寝することをお約束します。
……その代わり、レースが終わってからは」
「わかっているさ。頭を撫でる程度では、ご褒美にならないからな」
私たちはにやりと笑い合って、別れた。
「おやすみ、ホシノウィルム」
「はい、おやすみなさい、トレーナー」
* * *
私が帰り着いた時、栗東寮にはどことなく浮ついた空気が漂っていた。
下駄箱で何か話してる子がいたり、食堂で何人かがなんかでかい紙を囲んでたり、事務室に何かを申請してるっぽい子がいたり。
誰も彼もが興奮している。まるで遠足の前日みたい。
こんな状態になったのは、3か月前のURAファイナルズ開催中以来だね。
その浮き足立つ気持ち、わかんなくもないよ。
何せ明日は皐月賞、ついに今年のクラシックレースが始まるのだ。
今世代「最速」のウマ娘が決まり、もしかしたら未来の三冠ウマ娘が生まれるかもしれない。
私は当事者だから騒いでる暇はないけど、そりゃあ外野からすれば盛り上がっちゃよね。
ウマ娘とはいえ、あるいはウマ娘だからこそ。
最速という言葉に憧れるんだ。心が揺れて仕方ないんだ。
……殊に、それに挑める見込みのない者たちにとっては。
だから、もしかすると、彼女もそうだったのかもしれない。
自室に戻ろうとする私の前に、2本の足が生える。
横に避けようとするけど、相手がずいと道を塞いだ。
なんだコイツとちょっと困惑していると、上から声が降って来る。
「ホシノウィルム先輩、不躾とは承知の上でのお願いがあります。10分間、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
「……はい?」
「皐月賞直前で忙しいものと推測しますが、三冠を有力視されるあなたにお話を伺いたいと思い、声をおかけしました」
誰じゃこんなタイミングで声かけてくるの。そもそも私に声かけてくるって何、罰ゲームとかさせられてる?
そこでようやく私は視線を上げ、前に立ったウマ娘を見た。
身長は、私より1回り大きい。あと胸もでかい。先輩ってことはこの子後輩のくせに……ズルいぞ。
豊かな栗毛が揺れる。右耳に付いた耳飾りと、髪に付いた……なんかよくわからんでっかい髪飾り? が特徴的。どういう仕組みで引っ付いてんのそれ?
その顔は私に近い無表情で……綺麗な青色が、私を見て……いた、って。
「ミホノ、ブルボンちゃん?」
いや、いやいやいや!
アニメ2期で出てきた、超絶かっこ良い勝負服の逃げウマ娘じゃん!!
「……ステータス『驚き』を検知。まさかホシノウィルム先輩に知っていただけていたとは。
初めまして、ミホノブルボンです。よろしくお願いします」
すっ……すごい特殊な喋り方だね!? 抑揚もないし、アンドロイドっぽいというか何というか。
しかし彼女、アニメでもこんなだったかな? もっとこう、クールかつ熱血系な印象が強かったけど。
「……えっと、よろしくお願いします」
丁寧にペコリと頭を下げられたので、こちらも慌てて下げ返す。
いや、しかし、ブルボンちゃんが後輩にいるってことは知ってたけど……。
お、同じ寮だったんだ……。普通に知らんかった。
いや、寮は2つしかないんだし、もっとちゃんと考えてれば予想は付いたかもな。浅はかだったわ……。
てかちょっと、好きだったキャラ……いやキャラじゃないか、好きなウマ娘が急に出てくると心臓に悪いって。
イメージとしては、テレビで見てた好きな芸能人がいきなり現れて声をかけてくるみたいな。
しかも私の……後輩! わお、そういえば後輩と喋るのって今世で初めてかもだ。
しかし後輩と話すとなると、さすがに敬語は不自然かな? 人とタメ口で喋るの、何年ぶりだろ……。
「ええと……それで、何か用かな?」
「先程申し上げた通り、少しお話を伺いたいと思い、お声をかけさせていただきました。
ご迷惑なようでしたら、日を改めて再び伺います」
いやーご迷惑っていうか、かなり非常識だとは思うけどね。
ウマ娘にとって、レース前日はめちゃくちゃにピリピリする瞬間だ。人間にとっての受験前日みたいなものである。
契約トレーナーによる徹底的な追い切り。レースへの不安、緊張。それらで張り詰めてナーバスになることだって多い。
殊にそれが三冠やURAファイナルズのものともなれば、もうそれは火薬庫みたいなもの。触らぬ神に祟りなしである。
レース直前のウマ娘、触れるべからず。これは私たち、トレセン学園生の不文律なのだ。
それを無視して接触してくるってのは、大体の場合、3パターンに分かれる。
1。友達がいなくてそのルールを知らなかったパターン。つまるところ、過去の私である。
2。バ鹿やらかした。滅多にいないけど、単純に忘れることもあるよねってヤツ。
3。ルールを知った上でガン無視するメンタル強者。あるいは何か重い理由があるとか。
ブルボンちゃんはどれだろうな。
うーん、可能性が高いのは1番か?
何せ、無表情のウマ娘は友達ができにくいしね。ソースは私。
この1年以上の時間をかけて、友達らしい友達はネイチャしかできなかった。
……なんで同期のみんな、ウマッターフォローはするのに現実では声かけてくれないんだろうね。
いつも遠巻きに内緒話されるの、結構辛いんだよ? もっと気軽に絡んでいいんだよ?
「……ふむ」
さて、ブルボンちゃんの理由はともかくして。
この誘いに乗るべきか、少し迷う。
私とて1人のウマ娘。皐月賞を明日に控えた状態で、不用意なことをするのはちょっと怖い。
『ウマ娘は人とそう変わらない。特にその心は人に近く、そしてそれよりずっと繊細だ。
ちょっとしたことで不調、あるいは絶不調の状態にまで転げ落ちることもある。君がトウカイテイオーと会った時のようにな。
だからレース前は、自主トレも勝手な外出も禁止。きちんと言った通りに行動すること。
いいか、絶対自主トレするなよ、おい聞いてるかホシノウィルム、絶対だぞ!』
……って、トレーナーに口を酸っぱくして言われてるんだよなぁ。
弥生賞の時、フリかと思って軽く自主トレしたらめちゃくちゃ怒られたから、以後気を付けている。
つまり何が言いたいかというと、目の前のブルボンちゃんに悪意があれば、変なことを吹き込まれたり、調子を下げられることもあり得るのだ。
そういう意味でも、レースを直前に控えたウマ娘には接触するべきじゃないんだ。無用な疑いを招くからね。
そう、常識的に考えれば、この瞬間の正解は断ることだろう。
リスクを踏む必要はないんだし、「悪いけど、またの機会でいいかな」って言うのが最も賢い選択。
……しかし、だ。
確か、三冠を目指していたブルボンちゃんは、菊花賞をライスちゃんに取られた後……。
彼女に八つ当たりとかすることもなく、むしろ落ち込んでいるライスちゃんをなんとか慰めようとした。
ブルボンちゃんは自分の夢を叩き折った相手に対して、悪意や敵意じゃなくて友愛と尊敬を覚えるような、とんでもなく良い子なウマ娘なのだ。
彼女の心はとても真っすぐだ。変なことはしてこないはず。
むしろ、契約トレーナーとの関係以外では自己完結してるイメージだったブルボンちゃんが、このタイミングで私に接触してきたことへの違和感がある。
ブルボンちゃんは、前世で推しとまでは言わないにしても、かなり好きだった子だ。
できることなら……力になりたいな。
……話を聞くだけならいいよね、トレーナー。
もし駄目だったら自主トレ禁止令が下りそうだけど……まぁ、困った子がいれば助けるのも、先輩の仕事だと思うし。
うん。
「構わないよ。談話室でいい?」
ざわりと、なんか雑音が聞こえた。
周りを見回して、初めて気付く。
私とブルボンちゃんはいつの間にか、軽い人混み……ウマ混み? に囲まれていた。
え、何これ。
リンチ……って感じじゃないな。野次ウマ? なんで野次ウマが集まってんの?
あ、もしかして私がカツアゲしたとか勘違いされてる? ぷるぷる、私は悪いウマ娘じゃないよ……。
私が周囲を見回してどうしたものかと困惑していると、ブルボンちゃんはぺこりとまた頭を下げた。
「感謝します。……ただ、あまり人に聞かれたくない話です。私の部屋に来ていただけますか」
「部屋か……」
え、部屋?
うそ、ブルボンちゃんの部屋? え、入っていいの?
わ、わ、待って待って、ホントに? ブルボンちゃんのお部屋? え、すごい良い匂いしそう……ってのは流石に冗談だけど。
好きな子の部屋に招かれるの、なんかちょっと緊張する……!
い、いいよね? ただ後輩の部屋に行って話を聞くだけだし、いいんだよね?
「……わかった、部屋番号を教えて。10分後に行くよ」
「お忙しい中申し訳ありません。よろしくお願いします」
ブルボンちゃんはペコリと頭を下げて、部屋の番号を告げて去っていった。
……話ってなんだろうな。まぁ行ってみればわかることか。
ちなみに、私たちを囲んでいたウマ混みなんだけど、私が通ろうとすると、なんかすすすっと道を開けてくれた。
おぉ……モーゼみたいでかっこ良い。なんかすごいウマ娘になった気分だ。
* * *
自室に荷物を置いて、教えてもらったとこに向かった。
……あー、後輩の部屋に遊びに行くとか、前世含めて初めてかも。緊張と好奇心が抑えられないね。
お部屋のドアをノックするや否や、すぐにブルボンちゃんの顔が出てきて部屋に招かれた。
「ホシノウィルム先輩、いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
「うん、お邪魔します」
お部屋は……おお、ブルボンちゃん側らしき半分はすごく片付いているっていうか、トレーニング用品以外は全然私物がない。私もこのタイプなのでちょっと共感だ。
一方反対側は、几帳面さと可愛らしさが同居した、実に女の子らしい彩り。同室の子には席を外してもらってるみたいだけど、誰なんだろうな。知ってる子だとちょっと嬉しい。
いや、あんまりきょろきょろするのもキモいな。
素直にブルボンちゃんに勧められた椅子に座って、ベッドの前で立ったブルボンちゃんの話を待つ。
……え、そっちは座らないの? 無表情の仁王立ち、ちょっと怖いんだけど。
「今日はお伺いしたいことがありまして、お時間をいただきました」
「訊きたいこと。……ああ、逃げ方? 私のは、あまり参考にならないと思うけど」
「いえ、そうではなく」
そうじゃないのか。よかった、正直私に走り方訊かれても答えにくいしな。
私が勝ててるのは、直感的な走り方と暴力的な転生特典スペック、それからトレーナーに教えてもらった技術と作戦によるものが大きい。
実のところ、その辺を言葉で出力するのは……うーん、ちょっと難しい。強いて言えば才能と人の運だからなあ。私の努力なんて微々たるものだし。
それ以外のことなら答えられるかも、とブルボンちゃんを見上げると、彼女は少しだけ間を空けて口を開いた。
「私が提起する疑問は、クラシック三冠についてです。
……ホシノウィルム先輩は、何故三冠を目指すのですか」
……あー、そう来たかー。
まぁ皐月賞前夜に訊いて来るんだ、三冠に関係することってのは想定の範囲内だけど……。
しかし、三冠を目指す理由なぁ。
最初はテイオーちゃんの夢を勝手に背負い込んで始まったこの目標。
それが失われた今、実のところ私に三冠を目指す理由は、1つしかない。
それは、トレーナーとの勝負だ。
ホープフルステークスが終わった日の夜に始まった勝負。
トレーナーが私に走りを楽しませるか、あるいは私が無敗で三冠を取るか。
本当にどうでもいい、くだらない子供じみたやり取りなんだけど、それでも私にとっては、大事なトレーナーとの繋がりなんだ。
たとえすぐに壊れるようなものでも、それを縁に……トレーナーの隣にいたい。
私が三冠を目指す理由なんて、結局はそんな幼稚なものなのである。
……なんて、そんなこと言うわけにもいかないよなぁ。
色々と経緯が複雑だし、この勝負は私たちだけの思い出だから、他人に話したくないし。
となると、誤魔化すしかないか。
わざわざ訊きに来てもらって悪いけど、取材を受けた時のと同じ、テンプレの返答を返そう。
「……そうだね。正直、特に深い理由はないよ。私は長距離まで走れるし、それならやっぱり目指すか、って」
「……やはり、自身の素質で目標地点を決定した、と」
「うん。あまり格好の付かない理由で申し訳ないけど」
「そう、ですか……」
あ、あれ、ちょっと待った。ブルボンちゃんの視線が少し下がって……これ、落ち込んでる?
え、なんで? なんでなんで? 待ってよ、私基本雑食なんだけど無意味な曇らせは苦手なんだって。
よし一旦落ち着け、なんで落ち込んでるか考えろ私。
そもそも最初、話の始まりは『何故三冠を走ろうと思ったのか』。
んでそこから『やはり素質で目標を決めたのか』に流れて、肯定したら落ち込む。
……あー、もしかして、そういうこと?
「もしかしてブルボンちゃん、自分には芝、中距離や長距離の素質がないって思ってる?」
「っ、いえ……確かに、私の能力はスプリンターに向くものであると認識しています。
けれど、私は……『クラシック三冠を獲得』。このオーダーを達成する必要が、あるのです」
ブルボンちゃんは、少しだけ顔をしかめて俯いてしまった。
……ん?
は? 今スプリンターって言った?
スプリンターってあれだよね、短距離をメインに走るウマ娘だよね?
何、え、どういうこと? ブルボンちゃんがスプリンター?
アニメ二期で見たブルボンちゃんは、三冠に挑んでた。というか圧勝してた。
皐月賞、日本ダービーまでを無敗で乗り越え、しかし菊花賞でライスちゃんに敗れた……という流れだったはずだ。
……改めて考えると、この子もめちゃくちゃ強いんだよなぁ。まだジュニア級だから、強くなるのは今からだろうけど。
それが、スプリンター? 何言ってんだこの子。
何をどう誤解すれば、菊花賞の3000メートルを走れるウマ娘がスプリンターってことになるの?
どう考えてもステイヤーでしょ。よしんばそれがわかんないとしても、スプリンターではなくない?
周りの教官とか、見ればわかるものじゃないの? 教えてあげれば……。
……あぁいや、そうか、あれはやっぱりすごいことなんだ。
しかしそうなると、本人にはどう伝えたもんかな……。
「うーん……」
「確かに、私の血は、この身がスプリンターであることを表しています。
それでも、私は……!」
あぁもう、そんな顔しないでよ。
よく考えれば、私は別に口が上手い方じゃない。何ならコミュ障の口下手だ。
どう伝えたもんかな、じゃないんだよな。
伝えるなら、ハッキリ伝えるべきだ。
「いや、違う。別に否定してないよ。
君には十分、三冠を取れる素質があると思う」
「…………、三冠、を」
まったく、なんて顔してんの。
君は真面目な顔でトレーニングしてる方が素敵だって。
あ、でも怒りの表情も好きだよ。ライスを一喝した時のアレ、普段が無表情だからこそ映えるよね。
「驚くようなことじゃないさ。血が全てだと言うのなら、私が生まれるはずがない。
私の母は、病弱でまともに走れないウマ娘だった。いつもベッドの上で、自分の体の虚弱さを嘆いていたよ。
家系図を辿っても、重賞どころか地方のオープンレースにだって勝った記録はほとんどない。
私に流れているのは、そういう血なんだ。
……それでも、今。私は世代最強だ。
血は、覆せる。素質と努力で、捻じ曲げることができる。
もちろん、ブルボンちゃん。君もね」
「…………、『衝撃』を、感知」
え、あれ? なんだその反応。
私が突然変異ってことを知ってるから勇気をもらいたかったとか、そういう感じじゃないの?
母は病弱だった。それについて私は、取材で答えたことがある。
記者さんがどこからかそれを聞きつけて来たから、肯定したってだけなんだけど。
ブラッドスポーツとまで言われるほどに、血の繋がりが重視されるウマ娘たちのレース。
そんな中で、血統にそぐわず素晴らしい結果を残したウマ娘を、突然変異と呼ぶことがある。
有名なところだと、今はドリームトロフィーリーグに在籍してる芦毛の怪物、オグリキャップさんとかがこれにあたる。
非情な現実において、これはとても夢のある話だ。
何せ、今は地方でも活躍できないようなウマ娘の子供に、とんでもないアイドルウマ娘が生まれることもある、って話になるもんね。
メディアさんとしては、やはりそんな大きいニュースは世に出したいわけで。
そんな訳で、私が突然変異だってことは割と早々に暴かれてしまい、私自身それを認めている。
……勿論、その先は、トレーナーにしか話してないけど。
てっきりブルボンちゃんはその記事を読んで、私に声をかけてきたと思ったんだけど……。
反応を見るに、これ知らなかったか? 私の早とちりだったかな。
まぁそれでも、彼女に告げるべき言葉は変わらない。
私が血を覆したのは、転生特典って部分が大きい。
けれど、私以外にだってできないことじゃないはずだ。
トレーナーも言っていた。基本は適性のある部分を伸ばすのが定石だけど、努力次第では適性のない部分を伸ばすこともできるかもしれない、と。
あの人の言う「伸ばすこともできるかもしれない」ってのは、ウマ娘側の努力次第ではできるってことだ。
じゃなきゃキッパリ、できないって言ってるはず。確信がないことで希望を持たせるような人じゃない。
「何より、君は間違いなくクラシックレースに出るよ。私のトレーナーが言っていたから」
「トレーナー……噂の、スーツの」
え、噂になってるのトレーナー。
ああいや、気になるけど、今は鋼の自制心でスルーしよう。
「トレーナーが言っていたの。ミホノブルボンは伸びてくる。クラシックレースに出て結果を残すだろうって。
それと、彼女は逃げウマ娘だから、将来私のライバルになるかもしれない、とも言っていたね」
「私、が……?」
「私のトレーナーはすごい人だから、わかるんだよ。
あなたは正しく努力さえすれば伸びるって。それこそ、私の背中に手が届くかもしれないくらいに」
堀野トレーナーは、ウマ娘の脚を見れば、その素質とか調子がわかるっていうトンデモ能力を持っている。
正直な話、最初は精度に欠けるんじゃないかって、その能力を疑ったこともあった。
でも、彼の観察眼はいつだって正しかった。
私は何度も、数えきれないくらいそれに助けられてきたんだ。
そのトレーナーが「ミホノブルボンはクラシックレースに出る」と言ったんだ。
間違いなく、ブルボンちゃんは来る。
1年後、中山レース場に立つ18人の内の1人になるんだろう。
「ホシノウィルム先輩の……トレーナー」
「うん。すごい人。私の自慢のトレーナーだよ。
……待ってるよ。君が三冠を取って、私に挑んでくるのを。
そして……私を熱くしてくれるのを」
どうやらブルボンちゃんの話はそれだけだったらしく、「今日はお忙しい中、ありがとうございました」と深々と頭を下げられた。
これくらいの話だったら全然かまわない。むしろ頼ってもらって嬉しいくらいだ。
ひらひらと手を振って、そのまま彼女の部屋を後にした。
……しかし、ブルボンちゃんがスプリンターとして評価されてるとは。
本当にどうなってるんだろう、この世界。前世アニメと違う部分があまりにも多いよね。
もう前世のアニメとは完全に切り離して、活かせる知識だけ活かすくらいが適切なのかもなぁ。
* * *
これは、皐月賞が終わった後の話になるんだけど……。
この一件以来、私は何故かジュニア級の子たちによく話しかけられるようになった。
その内容は、レースに勝てないとか、トレーナーとの関係に悩んでるとかの真面目な相談もあれば……。
「ウィル先輩、これ食べてください!」
「あ、私もこれこれ! 買って来たんです!」
「ええと……うん、ありがとう」
なんかお菓子とかジュースで餌付けされたりすることもある。
……お、このグミ美味しい。今度コンビニにあったら買おうかな。
「わ、へへ、貰ってもらっちゃった!」
「私ちょっと手が当たった……!」
……うーん。
なんで急に話しかけられだしたんだろ。あとなんで色々くれるんだろ。
やっぱり罰ゲーム? でもそれにしては、やけに嬉しそうな顔するのが謎なんだよな。
最近の若いウマ娘が考えることはわかんないや。私も中等部2年なんだけどさ。
人は幼少期に愛される体験をしないと、自分が愛されている状況を理解できないことがあるそうですね。
次回は3、4日後。トレーナー視点で、皐月賞前編の話。
(お知らせ)
久しぶりに活動報告の小ネタ・設定を更新しました。
18話以降は文字数制限で入らなかったため、その2を作っています。
今回のお品書きはこちら。
・(17話)堀野兄について 堀野兄にトレーナーが好かれてる理由とか。ちょっと重いかも。
・(18話)ブルボンの来襲 なんでこのタイミングでブルボンが押しかけて来たのか。
・(18話)ジュニア級の子の噂話 ジュニア級の子たちから、ホシノウィルムはどう思われてるの?
勿論読まなくても本編は楽しめますし、想像で楽しみたい方は見なくても大丈夫です。
ご興味があれば覗いてみてください。
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!