ウマ娘のインタビューや取材、記者会見といったイベントは、基本的にそれ相応の場所で行われる。
典型的なところで言うと、ホテルの大ホールやレンタルできる式場、そしてレース場内に敷設されるスタジオブースなどだ。
そういった場所選びは、する側とされる側が協議の上で決定し、インタビューする側がレンタルするのが基本。
……そして、残念と言うべきか、あるいは当然と言うべきか。
インタビューの際は、される側のウマ娘の「格」とでも言うべきものが、される側の発言権の強さに繋がって来る。
どうしても勝ち上がれないウマ娘の陣営は発言権が弱く、あまり立派な場所を選べない。
この辺りの残酷なシステムに、思うところがないと言えば嘘になるが……。
一旦、それはさておき。
そういう意味においては、俺たちホシノウィルム陣営は、非常に強い発言権と存在感を持っている。
……非常に強いというか、ぶっちゃけ世界最高峰だろうな、うん。
ウィルがこれまでに積み上げてきた努力の蓄積、そしてレースを通して残してきた結果が、彼女の価値を凄まじく高めている。
そしてそれは、今や海外のレース界隈にすら通じる程のものとなった。
3年前の凱旋門賞でエルコンドルパサーが好成績を残して以来、世界的にも高く評価されるようになった日本のウマ娘。
その中でも史上最強とまで謳われる、才気煥発の大逃げウマ娘。
13戦12勝、G1レース9勝、連対率100%。
敗北したのは、様々な不利条件が重なった有馬記念の時のみ。
如何な世界の頂点凱旋門賞、その出走ウマ娘たちの中でも、彼女の戦績は一つも二つも頭抜けている。
横並びな実力で競い合うことが多いトップアスリートたちの中で、ここまで突出して結果を残す方がおかしいんだ。
日本のクラシック三冠ウマ娘は未だ史上に5人しかいないし、無敗三冠となれば2人、そして八冠となると唯一無二である。
改めて、俺の担当はとんでもない怪物だと思う。
……まぁ、若干一名、もしかしたら凱旋門賞までに迫って来るかもしれない子はいるんだが。
まさかデビューから3か月足らずで、無敗のままG1オークスに2連勝してしまうとは……。
素質は感じていたし、ステータスの面でも急成長は見せていたが、彼女は自分と時分を乗りこなす力も持っていたということだろう。
海外の、特にヨーロッパのクラシック級のウマ娘には、日本の子たちにはない勢いがある。
このままノリにノって来れば、あるいは凱旋門賞では彼女こそがウィッチイブニングを超える脅威になるかもしれないが……。
既に彼女の分析と対策は完了している。
この続きを考えるのは、次回彼女が出走するヨークシャーオークスの結果を見てからにしよう。
数か月後の対戦相手の話はともかく、本題に戻ると。
ウィルの、というかホシノウィルム陣営の発言力は非常に強い。
ホシノウィルムは世界に名だたる大スターであり、おおよそ百年に一度レベルの天才アスリートであり、百年に一度レベルの超絶美少女でもある。
日本のURAに該当する、こちらのレースを運営する団体だって、そりゃあ厚遇せざるを得ないのだ。
それは、今回のフランスでの初めてのインタビューについても例外ではなく。
場所やタイミングなどの条件は、基本的にこちらの意見を吞んでもらえることとなった。
俺の方には殊更拘りはないので、実際に走るウィルの意見を重視すべきだろうという判断から、彼女に意見を仰いだのだが……。
「どこでもいい」と言われるだろうという俺の予想に反し、ウィルは明確な意思を出してきた。
『それなら、決戦の舞台たるロンシャンレース場どうですか? ああいや、レース場内のインタビューするトコじゃなくて、せっかくですしターフの上とか。
ほら私、やっぱりメインはアスリートじゃないですか。その辺を考えると、自分の戦場で語るっていうのがカッコ良いかなって』
カッコ良いかどうかはともかく──まぁウィルのことだし、間違いなくカッコ良く決めるのだろうなとは思うが──、戦士として戦場で撮られたいという気持ちはわからないでもない。
俺もやっぱり、自室で書類捌くよりトレーナー室でやる方が気合入るしね。
まぁ、そのためだけにレース場の本バ場を占有するというのは結構アレなのだが……。
ウィルなら許可も取れるだろう。なにせウィルだし。
もし通らなかったらまぁこちらの方でちょっとゴリ押せばいい。
人を頷かせる方法は、何も説得だけではないしな。
そんなわけで、先方フランスレース運営とのあくまで穏便なお話合いと交渉の結果。
レース終了後の夜にはなるが、本バ場の使用の許可をいただいた。
そんなわけで、フランスに到着した日の夜。
俺はウィルと共に、ロンシャンレース場に向かうのだった。
* * *
ところで、ウィルはフランス語が話せない。
これは別に彼女の成績があまり振るわないからではなく、ぶっちゃけトレセン学園生できちんとフランス語を話せる生徒は極少数だ。
アスリートではない一般的な中等部の子供でも話せる子は少ないだろうし、その上で競走ウマ娘ともなれば日々のトレーニングなどに時間を取られてしまうんだ。
時間と根気のいる言語の勉強が遅れてしまうのは、仕方のないことだと思う。
彼女単体でこの遠征に挑むのなら、最低限相手が言っていることを理解できるだけのリスニング能力くらいは培った方が良いのだろうが……。
まぁ、そこに関しては問題ない。
なにせ、トレーナーというのはこういう時のためにいるのだから。
夜の闇が迫るロンシャンレース場、本バ場。
俺とウィルは2人並び立ち、外ラチの向こうに目をやる。
そこには、ちょっととんでもない数のカメラやメモ帳、人の目と、並々ならぬ熱があった。
並大抵のウマ娘であれば、直面しただけで硬直しかねない量の熱視線が、俺たちに降り注いでいる。
が、俺やウィルが今更そんなものに怯むはずもなく。
俺は目線だけウィルの方に投げて、確認を取ろうとし……。
その口元が不敵な笑みに歪んでいるのを見て、大丈夫そうだなと、内心で苦笑を浮かべる。
ウィルはとっくの昔に覚悟完了して、「海外からの刺客・競走ウマ娘ホシノウィルム」の仮面を被っている。
準備万端、気合十分。いっちょ舐められないようにぶちかましてやるかという気合すら感じるくらいだ。
個人的には、程々にしてほしいところなんだけど……まぁ、ウマ娘の道行に付き合うのがトレーナーのお仕事であり、彼女のパートナーとしての願望でもある。
俺はラチの外に並ぶインタビュアーの方に向き直り、フランス語で言った。
『それでは、インタビューを始めさせていただきます』
トレーナーである俺は、当然ながらマルチリンガルである。
英語、中国語、アラビア語、フランス語、スペイン語、ロシア語、ドイツ語にインドネシア語。
ウマ娘を支える上で必要になる可能性がある言語は、程々に修得している。
最近はヒンディー語も覚えたいなーと思いつつも、なかなか時間を取れなくて苦戦中という感じ。
その中でも特に、海外遠征をする上で必須となる英語やフランス語、中国語辺りは、各地の訛りまで勉強したし、やろうとすれば通訳ができるくらいには喋れるつもり。
そんなわけで、現地の方とウィルの間を繋ぐ通訳は、俺の仕事だ。
日本にはないこっちだけのニュアンスやその逆も少なくないし、互いにわかりやすく伝わるよう心がけないとな。
……と、思っていたのだが。
手を上げた中で、俺が指したインタビューが、フランス語の質問と共にマイクを向けて来る。
『日本とヨーロッパ圏では走りの条件が大きく異なりますが、どのように思われますか?』
うーん……なんというか、若干の皮肉を感じる質問だ。
現状、凱旋門賞に勝利した日本のウマ娘はいない。
それは日本と欧州での芝や気候、レース展開などの条件の違いによる。
つまるところ、悪意を以て解釈しようとすれば、その質問は「お前ウチのレースで勝てると思ってんの?」という冷笑とも取れるのだが……。
インタビュアーから向けられた質問を、そのままウィルの頭上のウマ耳に耳打ちで伝えると……。
彼女は耳をピクピクと震わせた後、今度は俺をしゃがませ、耳元でぽそぽそと言ってくる。
「『その程度の不利条件で私が負けるわけねーだろボケがよ』って言ってください」
「言えないが?」
強気すぎるでしょこの子。
一応アウェー環境だよ? なんでそんな堂々としてられるの? 心が鋼なの?
彼女が本心からそう言っているのなら普通にそのまま伝えていいんだが……。
今回は明らかにふざけて言ってるし、伝えない方がいいだろう。
こういった通訳を噛ませたインタビューでは、本人と通訳の声が両方マイクに入るようにしなければならない。
滅多にあることではないが、通訳が誤訳したり、故意に内容を捻じ曲げてしまうこともある。
そうならないよう、両方の台詞を記録に残さねばならないわけだ。
で、そういった事情をウィルは熟知している。俺がしっかりと教え込んだ。
それなのに、わざわざマイクに入らないよう耳打ちしてきてるって時点で、本気でそれを言いたいわけではないことは明白だ。
俺が半ば呆れた視線を向けると、彼女はこちらを見上げておかしそうに笑う。
インタビューの際、ウマ娘が何をどう言うかトレーナーと相談することは珍しくはない。
まだ中等部である彼女たちが、大人の助けなしで、誤解なく世間に意見を伝えるのは難しいしな。
なので、こうして軽く相談すること自体は、特に違和感なく見られるだろうが……。
こうした場でもふざけるのはちょっと問題なので、目で軽く制しておく。
ウィルの方もちょっとやり過ぎの自覚はあったのか、「ごめんなさい、こんなところにしておきますね」と目線で伝えてきた後、改めてインタビュアーの方に向き直った。
その表情は凛々しく立ち姿は威風堂々。
まさしく伝説のウマ娘……らしい仮面を被って、彼女は語る。
「私は私、ホシノウィルムらしくあるのみ。それが即ち、私の新たな勝利の歴史への道となりますので」
なかなか難しい翻訳を求めてくるなぁ……。
まぁ、訳せないわけではないが。
彼女、インタビューの時はカッコ付けたりクールぶったりすることが多いので、その辺りの語彙はきちんと蓄えてある。
それがなければ、咄嗟に適した訳を出せたかはわからない。やっぱり事前準備は大事だね。
ウィルはその場その場で仮面を切り替える。
ファンの前では、ファンサービス精神旺盛なスターの面を。
カメラの前では、泰然自若と落ち着いた傲慢な強者としての面を。
レースの前では、ただ目の前の競走に燃えるアスリートの面を。
そういった、いわゆる「ホシノウィルム」のキャラ作りの部分は、実のところ俺は殆ど関わっていないんだよな。
多少口を出したことはあったが、95%はホシノウィルムの単独独自プロデュースと言っていい。
彼女が呪いを乗り越え、ある程度仲を深めた頃、俺も一緒に考えようかと言ったこともあったが……。
どうやらウィルにはその辺りに強い拘りがあるらしく、「任せてください、バッチリキャラ作ってみせます!」と言われてしまった。
その結果が、現在トゥインクルシリーズをアスリート・アイドルの両面で沸かせているウマ娘。
普段はクールでありながらファン想いで、レースになると燃え盛る、ホシノウィルム。
……なのだが。
ぶっちゃけ演技なのはクール部分くらいで、他は素なんだよなぁ。
「ライブも本気で臨みたい」と言って追加レッスンを望む程にファン想いだし、走ることや競うことに向ける熱意はもはや語るまでもない。
しかも最近は、俺と一緒にいると結構素がまろび出てしまうから、クールなところが演技だとファンに気付かれてしまってる節があるし。
その上で楽しんでくれる良いファンばかりなので、結果としては良かったけどね。
まぁとにかく、パブリックイメージとしてのホシノウィルムはそんな感じだ。
その上で彼女が、凱旋門賞前の当地での初インタビューにどんな姿勢で臨んだかと言えば……。
『初の海外渡航とのことでしたが、ご感想は?』
「やはり日本との環境の違いを強く感じます。けれど、私のトレーナーが支えてくれますので、そこまで強い緊張感を覚えることもなく落ち着けていると自負しています。ご心配なさらずとも、万全ですよ」
『注目されている現地のウマ娘はいますか?』
「いませんね。本番では、私を燃え上がらせてくれるウマ娘がいることを期待します」
『凱旋門賞への意気込みは?』
「このレースだから、というものはありません。いつも通り、トレーナーと作り上げた最高の走りをする。それだけしか考えていませんし、それだけで十分ですから」
『現地のファンに向けて一言お願いします』
「皆さんの歴史の中で培われてきた言語で喋れないことを申し訳なく思います。その代わりと言ってはなんですが、こちらの歴史に私の名前を刻んでいきます」
……とんでもなく好戦的な姿勢だった。
もはや自分が勝つことは当然で予定調和だと、彼女は言外にそう語っている。
それはこの国の全てのウマ娘に、そしてその子たちのファンに喧嘩を売るような態度だと言っていい。
恐ろしい。
何が恐ろしいって、全く知らない土地、全く知らないアウェーな環境の中で、これだけ平然と喧嘩を売れる胆力が恐ろしい。
いや、なんか微妙にこっちに寄りかかって来てるし、俺を精神的な柱にして繕ってるのかもしれないけど。
世界最高峰たる凱旋門賞に対してこんなことを言うのは、普通ならば冒涜ですらあるんだけど……。
彼女の場合は、ただのビッグマウスというわけでもない。
ホシノウィルムはそれを言えるだけの、そしてそれに現実味を持たせるだけの結果を残してきている。
だからこそ、半端に阿るよりは、強気に振舞った方がいい。
日本より訪れた当代最強の刺客として、真正面から喧嘩を売った方が盛り上がる、と。
この国のレース興行を盛り上げ、レースファンたちもその熱に吞み込むべく、彼女は意識的にヴィランを買って出たのだ。
まったく、恐ろしい子だ。
俺が何か言うまでもなく、自分に求められる役回りを理解し、当然のようにそんな役回りを買って出ているんだから、とても中等部の子供とは思えない精神性をしていると言っていい。
……うん、やっぱりこの子転生者だわ多分。むしろこんなに出来た中等部の子供がいてたまるか。
俺は半ば呆れつつも、その表情をトレーナーとしての仮面の下に隠し、ひたすらにインタビュアーとホシノウィルムの間を繋ぐ通訳に徹し続けた。
向けられる質問の中には、ウィルの調子に釣られたか、結構挑戦的なものもあったが……。
『現在日本のウマ娘が凱旋門賞に勝った記録はありませんが、そのことをどう思われますか?』
「私が頂いている異名を考えれば、そのジンクスがこれからどうなるかはお察しいただけるかと思います」
『3年前に敗れたエルコンドルパサーさんについては』
「偉大なる先達と思っています。そして先達の大きな背を越えることが、私たち新時代の役目であるとも」
『ご自身の走りはこのフランスの大地でも通用すると思いますか?』
「私は競走ウマ娘、走りの自信の程は口でなく脚で語ります。フォワ賞での走りを見ていただければ、その答えはご理解いただけるはずです」
なんとも上手くいなすものだと思う。
こういった悪趣味な質問は、こちらの精神を揺さぶってボロを出させるためのもの。
けれど、多少イラつくくらいはしてるかもしれないが、彼女は強者としての威厳と微笑を保ったままに堂々と答えていった。
特に話術について授業などした覚えもないんだが、もしかして機転でここまで舌を回してるんだろうか。
流石というか、驚異的な要領の良さだ。改めてこの子が天才であることを思い知る。
……が。
好事魔多しと言ったところか、残り時間15分といったところでアクシデントが発生する。
いや、アクシデントっていうか、事故っていうか……。
『遠征を共にするご自身のトレーナーについてはどう思われますか?』
「歩さ、トレーナーの話ですか!!」
ウィルが思いっきり暴走した。
「私とトレーナーの関係性の説明をする前に私たちのこれまでを理解する必要があります。少し長くなりますよ。
まず私とトレーナーが出会ったのはある夜、綺麗な月が照らす下でのことでした。未だ契約トレーナーを見つけられず自らの不甲斐なさからオーバーワークをしていた私に、歩さんは手を差し伸べてくれたんです。歩さんは私を誰よりも輝かしき道へと導くと誓い、私は彼に自らの人生をかける。それがトレーナーとウマ娘としての契約より前に私たちが結んだ、最初の契約でした。
当時の私は今よりずっと未熟で、精神的にも幼く、自らの二本の脚で立つこともままならない生まれたてと言っていいウマ娘。そのくせ跳ね返りだけは一丁前に強く、扱い辛いウマ娘であったことは間違いないでしょう。
けれど、歩さんはそんな私を決して突き放しはしませんでした。私の幼い心と体に寄り添いその氷を溶かすように、急激ではなくゆっくりと歩み寄ってくれた。今思えばそれが私というウマ娘を成長させてくれた一番の要因だったのではないかと思います。
これは自論ですが、トレーナーとはウマ娘のトレーニングを上手く付ければ良いというわけではなく、その心に寄り添うことで心身の合一を図るべき者であると思います。契約トレーナーと担当ウマ娘の関係性を指してよく二人三脚という言葉が使われますが、真の理想はその先、二人二脚の完成、即ち2人で作り上げた『ぼくのかんがえたさいきょうのきょうそううまむすめ』を体現すること。
そして殊この一点に関して、歩さん程私と好相性なトレーナーはこの世界には存在しません。まさしく私たちの出会い、私たちの契約は運命だったと言っていいでしょう。即ち運命の夜。その日私は運命に出会う」
あかん、彼女の口が止まらん。
話を止める隙が全く以てこれっぽっちもない!
自分語りならぬトレーナー語りする隙を与えた俺が悪かったのか……!?
「正直に言って当時専属契約を結んだ頃の私は、トレーナーが誰であろうと関係ないと思っていました。誰に付こうと懸命に走り続けて自分を鍛え上げれば負けることはないと、本気でそう思い込んでいた。けれどそれは致命的な間違いだった。ウマ娘1人いればいいのならトレーナーという存在は必要がない。トレーナーと2人で歩み走るからこその競走ウマ娘なんです。
私がそれを思い知ったのは去年の3月、歩さんと共に故郷を訪れた時でした。お父さんとお母さんに最近のことを報告した後歩さんに心を曝け出して、支えてもらって、ネイチャに貰った熱と併せて一気に私の世界が拓けたんです。
当時の私が走りやレースに熱中できたのは、間違いなく寄り添ってくれた歩さんがいてくれたから。そうしてウマ娘は心の一部をトレーナーに預けることでより良く走ることができる。とはいえこれはまだ第一段階であり、ウマ娘とトレーナーが辿り着くべき極致ではないのですが。
歩さんはいつでも私を支えてくれていましたが、それはあくまでトレーナーとしての責務という側面が大きく、私もただ助けられるだけで何も助けられていなかった。本当に私たちに必要なのは前述の通り二人二脚。果たして右脚が左脚の不足を支えるばかりで私たちは万全に走ることができるでしょうか? 否、走ることはできない。互いが互いのミスを補い不足を補完し合う平等な関係を築いて初めて、私たちは一体への合一を成し遂げられるのです」
いや本当に止まらないな。しかも全然噛まない。どうなってるんだウィルの滑舌と肺活量。いやまぁ肺活量はウマ娘だから当然かもしれないけど。
しかし、いい加減止めないとヤバい。
俺はウィルの前に手を伸ばして制止しようとして……。
その手を、ウィルは途中で止め、目線で意思を伝えて来る。
『恥ずかしがらないでいいんです、ここは言わせてください』と。
違う、そうじゃない。
俺はめちゃくちゃ嬉しくはあっても恥ずかしくはないし、多分今夜ベッドで目をつぶった辺りで恥ずかしくなるのは君の方だぞ。
と、そんな俺の想いは届かず、ウィルは軽快に言葉を転がし続ける。
「そうしてその一歩があの日本ダービー後の事件でした。メンタルもフィジカルもズタボロになった歩さんがちょっとあり得ないくらい酷いことをして、私はそれに怒った。そう、怒ったんです。一方的に助けられるばかりの関係では発生し得ない感情、ただの部下や教え子ではなく対等な相棒になるために必要な一歩だったと思います。まぁ当の歩さんには少し悪いとは思うんですけど。
でも、それで私の中にあった歩さんへのスパダリフィルターは崩れ去って、ようやく1人の普通の男性として見ることができるようになった。災い転じて福となすと言いますか人間万事塞翁が馬と言いますか、それこそが私が歩さんと同等になるための第一歩になってくれた。
だからこそ私は歩さんの方にもそうあって欲しいと願った。故にこそ、まずは私の走りに見惚れてもらおうと思ったんです。ただトレーナーとして義務的に管理してもらうのではなく、まず私を、私だからこそ支えたいと思ってもらう。それが真の意味で担当ウマ娘になる第一歩だと。
そうして私は宝塚記念に、運命に挑み、そうして欲しかったものを掴み取った。真の意味で競走ウマ娘となり、真の意味で歩さんの担当ウマ娘となり、真の意味でこの世界に生まれ落ちた1つの命となった。
まぁそれで脚骨折しちゃったんですけどね。でもそこで歩さんが付きっ切りでずっとお見舞いに来てくれたり差し入れを渡してくれて、その中で私たちは色んなことを話し合って少しずつ互いを知っていって、あ、その時歩さんってば必死に話題を探してくれたんですよ。それも私がショックに感じないようにって相当に言葉を選んでくれて、そういう不器用な心遣いがやっぱりきゅんきゅんするっていうか、私この人担当ウマ娘で良かったなぁって思うというか。ところでこの時私は初めて歩さんの家族構成を知ることになったんですが、やっぱり歩さんって昔からダメダメだけどすごく真面目な頑張り屋さんなんだなっていうのが家族エピソードの中からにじんでて……」
* * *
結局ウィルは、フランスの寒空が見下ろす中、15分に亘って俺との過去話を語り続けた。
結果として、翌日ニュースサイトにはでかでかと『ホシノウィルム、来訪直後盛大に惚気』と出て。
当のウィルは、日を跨いで冷静になったのか、昼くらいまで真っ赤になって、俺と目線を合わせることすらできなくなっていた。
はぁ……この子、こういうところがほんっと……。
可愛すぎてこっちまで赤くなりそうだわ。
全くこの子は、油断も隙も無い……!
一部メディアによる意訳:私の勝ちで結果が決まってるレースの話なんかよりウチのトレーナーの話しようぜ!
次回は一週間以内。ちょっと変則的なタイミングですが掲示板回を挟みます。
なんでかって? 出国前にやる予定だったのを丸っと忘れてたからだよ!!
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!