入国直後、ロンシャンレース場でのインタビューが終わって、2日が経過した。
この間、色々あった。
歩さんに怒られる……まではいかないにしろ、「君ちょっと暴走しすぎじゃない? せめて10分に収めてくれないと」「終わった後すごい雰囲気だったし、ネットでもすごい反響だぞ」「個人的にはとても嬉しくはあったが、そういうのは2人きりの時に……な?」とお小言をいただいたり。
その日の夜、寝る前になってようやく冷静になり、ハイテンションのままに自分のしでかしたことに、枕を抱えて足をバタバタさせてしまったり。
あとは、ふと気になってエゴサをしてみたら、なんか大量に脳破壊された人が出て来て、何とも言えない気持ちになったりもしたね。
……なんか、こう、あれだよね。
脳破壊って傍観者とか当事者とかだから笑ったり怒ったりできるけど、これがいざ「される」立場になると、何とも微妙な気持ちになるもんだ。
いや、私が元々その人たちの内誰かの恋人だったり妻だったりで誰かに寝取られたっていうんなら「申し訳ないなぁ」って思うのかもしれないけどさ。
私、その人たちの顔も名前も知らないのよ。
強いて言えば、私のファンなんだろうな、ってことくらいしかわからないわけで。
そんな人たちが「私を取られた」って言ってても、そもそも私その人たちのものじゃないしなー、という微妙な感想しか出てこないんだよね。
私はファンの皆のことをめちゃくちゃ好きだけど、その「好き」はラブじゃなくてライクだし、愛じゃなくて好ましい、だ。
別に恋愛感情を向けてもらう分には構わないんだけど、アイドルとしてもアスリートとしても、そして1人の乙女としても、それには応えられないんだ。
裏切られたように感じられても……そのご期待に沿えず申し訳ないというか、うん、どうしようもない。
あ、もしかしてBSSなりWSSのヒロイン側ってこんな気持ちなのかな。
好きは好きだけど、別に性とか愛の対象じゃありませんでした的な? 裏切ってごめんというよりは、その想いに応えられなくて、不幸せにしてしまったことが申し訳ない的な?
うわー、一気に気持ちがわかってしまった。人生で絶対役に立たない知見を得ちゃったよ。
……フランスに来て一番に知ったのがこれかぁ。競走ウマ娘としてどうなんだろ、これ。
私、なんていうか、ほんと要所要所でキマらないよね。
ともあれ、数日もあれば、良くも悪くも興奮と感情は褪せていく。
恥ずかしさとか微妙な感情とか見慣れぬ土地への興奮とか、そういった一時の感情も徐々に落ち着きを見せ、私はゆっくりと平静を取り戻しつつあった。
「ウィル、今日はリクエスト通りカレーにしてみたぞ」
「わぁいカレー! ウィルムカレーだいすき!」
「合わないかもしれないが約束の味噌汁と、それからハムサラダもあるからこれも。あ、ドレッシングはこの中から選んで」
「いぇーい和風ドレッシング! フランス感ゼロ♡ ゼロ♡ ゼロ♡」
嘘。正直まだあんまり落ち着けてない。
いや、そりゃさぁ!
好きな人と3か月とはいえ同棲生活!
しかもめちゃくちゃ美味しい料理作ってくれたり、掃除も完璧にこなしてくれたり!
疲れて帰ってくれば家で待っててくれる、スーパーパーフェクトパートナー!!
果てにはお願いすれば添い寝(あくまで寝付くまで隣で横になるだけ)もしてくれる!!!
こんなの落ち着けって方が無理でしょ!! どう考えても!!
私を笑ってるそこのお前! じゃあお前はこんな環境で興奮せずにいられるかって話!!!
え、いられる? すご。私の師匠になってほしい。
前世じゃ大学まで行った精神を引き継ぎプレイしてる私ではあるが、今世の体はあくまで中等部のもの。
どうやら精神は肉体に強く引きずられるものみたいで、私の精神性はもはや完全に中等部レベルにまで退行してしまっている。正直ちょっと恥ずかしいけども。
しかも、自分で言うのはなんだけど前世も幼少期も割とアレだったから、人の特別な善意とか温かみとかにすごく弱いんだ。
つまるところ、無限大の愛情(ただし競走ウマ娘に向けたもの)をくれる歩さんに、私はめちゃくちゃに弱いのだ。よわよわなのだ。
こうして同棲なんてしてしまえば、テンションが上がってしまうのは仕方のないことだと思うのです。
* * *
と。
そんな風にまだふわふわ調子だけど、私がフランスの地に慣れてきているのは、確かな事実で。
歩さんは、カレーをパクパク口に入れている私を微笑みながら眺めて、言った。
「……よし。そろそろだな」
「ほおほお?」
「ああ。明日から、こっちの芝で走ってみるか」
堀野歩というトレーナーさんは、ゴリゴリの慎重派だ。
石橋を叩き、叩き、叩き、遂には叩き割ってしまい、「ああやっぱり耐久度が足りなかったか」とか抜かして鉄筋コンクリートで橋を建築し始める。そんなちょっと困った愉快な人である。
フランスに来てからもそのスタンスは変わらず、「まずは環境や時差に体を合わせるのが先決だ」と、芝の上で走ることを禁止されていた。
別に走ること自体は問題なくない? 無理しない程度にセーブすればいいのでは? と思ったら、「君芝の上で走ったら楽しくなって走りたくなっちゃうでしょうが」と真顔で返された。
流石トレーナー、私のことをよくわかっていらっしゃる……。
でも、ついに彼のお眼鏡に適ったようで、私はようやく芝の上を走ることを許された。
つまるところ……本気のトレーニングと自主トレ解放である!!
よーし、いっぱい走るぞォーッ!!!
「明日に備えて今日は自主トレは30分な。走って良い範囲も、既にアプリの方に送ったから」
「はい……」
* * *
競走ウマ娘のレースは、世界的に人気のあるコンテンツだ。
いや、より正確に言うのなら、「人気がある」なんて言い方じゃ甘い。
ダントツで世界一愛されているコンテンツ、と言っていいと思う。
前世の世界じゃここまで一強なコンテンツは多分なかったと思うし、比喩じゃ表現し辛いんだけど……。
例えて言うのなら、前世の日本におけるサッカーとか野球とかのスポーツ関連とアイドル関連を全部足して割らない、みたいな感じかもしれない。
多くの人が私たち競走ウマ娘を見てくれている。
リアルタイムでレースを見てくれているのは、多分数十万単位。
けど、遅れて動画で見てくれる人は何百万人といて、そこにアイドルとしてのパフォーマンスも加えれば、私たちのファンは多分千万人単位になる。
前世の世界で、オリンピックとかプロ野球とかの世界的スポーツ競技を一切見ない・知らない人は多くなかった。
それと同じように、この世界ではウマ娘たちを見ない人の方が少数派なのだ。
この世界じゃそれが至極自然なことだけど、前世の感覚を持つ私としては、これがとんでもないことだって理解できる。
人の好き嫌い趣味嗜好を貫通するレベルで、競走ウマ娘のレースは人の心に響いているんだ。
アスリート冥利に尽きるよね、本当に。
で、その結果として。ホシノウィルムくらいバチバチに活躍しまくると、日本でその名前や見た目を知らない人はまずいないくらいになる。
なんなら世界規模で見ても結構浸透してるくらいだ。歩さんの話だと、ダートがメインのアメリカ周辺でも私の名前は結構知られているとかなんとか。
勿論、日本で私に続いているネイチャやテイオー、マックイーン先輩、そしてドリームトロフィーの先輩たちもまた、かなりの人気を博している。
ネイチャなんかはラジオとか動画配信系の露出も結構増やしてるんだけど、喋りのプロより何倍も数字出しててクラクラするよ。
ネイチャもまぁまぁ技術持ってるとはいえ、プロに知名度で殴り勝ってる光景は元オタクとしてはなかなかに思うところがあったりなかったり。
と、ちょっと話は逸れてしまったけど、とにかく。
それくらい、競走ウマ娘のレースっていうのは、世界的一大コンテンツなのである。
で、そうともなれば、競技者のための特訓施設なんかもしっかり整えられているわけで。
トレセンを卒業したドリームトロフィーリーグの競走ウマ娘や、今の私のように現地トレセンの施設を使えない海外のウマ娘のための施設が、フランスにも結構あるらしい。
歩さんは、私たちの愛の巣(愛の巣!)にそこそこ近いところにあるそれを借りてくれた。
私たちにとっての本番は、ロンシャンレース場での凱旋門賞。
更に言えば、1つ前の同レース場でのフォワ賞も本番と言っていいかな。
で、ロンシャンレース場……というかヨーロッパのレース場は、日本のそれとは全く違うらしい。
インタビューの際に入りこそしたけども、私はまだあそこのレース場で走ったことはないので、確かなことはわからないけど……。
確かに、歩さんから見せてもらった見取り図のコースの形状とか、ラチとか掲示板とか、色々と日本のそれとは違っていたと思う。
で、そんな中でも、日本のウマ娘の前に立ち塞がって来るのが……。
芝と、それに基づくレース性の違い、らしい。
「レースに使われる芝は、2つに分けられる。野芝と洋芝だ」
レンタルターフに向かう車中。
運転席に座る歩さんは、空き時間を利用しての授業タイムに入る。
私はこの時間、結構好きだ。
授業で学ぶ、いつ役立つかもわからない縁遠い知識と違って、歩さんは実践的で必要不可欠な知識を教えてくれる。
だから自然と興味も湧くし、更には歩さんボーナスで楽しさは3倍増し。
楽しめないわけがなかった。
「あ、それ授業でやったような気がします! あんまり覚えてないですけど」
「ちなみに日本中央トレセンの教育カリキュラムでは、これを習うのは1年秋だ」
「…………名前覚えてるだけ偉くないですか?」
「めっちゃ偉い。150点あげる」
「えへへ」
と、おふざけはともかく。
「それで、野芝と洋芝というのは?」
私が話を促すと、歩さんの講釈が始まる。
「まず、野芝。これは端的に言えば、日本で君が走っていた芝だ」
「なるほど。それでは洋芝が……」
「ああ。こちらで使われている芝だな」
続けて歩さんが言うことには、こっちの洋芝はいくつかの特徴を持っているらしい。
まず、野芝と比べて丈が長く柔らかく、地中の茎の密度が濃い。
地中で太い茎が絡みついている野芝に対し、洋芝は細い茎が幾重にも重なる形に形成される。
そのため水を地面に逃がしにくく、バ場状態が悪くなりやすい。
それもあって、野芝に比べて反発力が弱く、上を走るのに大きなパワーを要する。
結果的に時計は遅くなりやすい。
……つまり、速く走りにくくてパワーのいる芝ってことね! 了解!
「了解してなさそー……。まぁいいか、今からそれを実感することになるし。
次に、和洋のレース性の違いだ。バ場に違いがあるからこそ、日本のレースと西洋のレースは結構大きく異なっている」
「まぁ、至極真っ当な話ですよね。戦場が違えば戦い方も違う。日本の芝とダートの違いみたいな感じ」
「まさしくその通りだ。察しが良くて助かるよ。
一般的に言って、芝がクッションとなるため走りやすい芝のレースに比べ、ダートは走る際に強いパワーを要する。
そのため力自慢のウマ娘が活躍しやすく、レースの基準となるパワーや、瞬時に加速するために必要な瞬発力も跳ね上がる。
そしてこの『速く走りにくい』という特徴は、実のところ洋芝にも当てはまる。そのため、近年では芝のウマ娘よりダートのウマ娘の方が凱旋門賞に勝てるんじゃないか、という話もある」
「まぁ今年で芝のウマ娘が勝つので、その言説は弱くなりそうですけどね」
「発言が強すぎるんだよなぁ……同意はするけども」
いや実際、私と歩さんで負けることとかある?
歩さん曰く、今年の出走ウマ娘は結構小粒気味って話だったし。
まぁテイオー級の化け物が来れば楽しいレースもできるかもしれないけど……。
「そういえば、ちょっと話はズレますけど、あの子どうなりました? 何でしたっけ、私のこと意識してるっていう」
出国前に聞いた、もしかしたら伸びてくるかもしれないって言うウマ娘。
最近続報を聞いてないな、と思ってたんだけど……。
「…………」
「え、なんですかその感じ」
歩さんのどことなく不穏な沈黙に、私は困惑。
カーブの際にちらりと見えた彼の横顔は……私と同じような、困惑の顔?
「いや……正直わからない」
「わからない? 歩さんが?」
「俺にだってわからないことはあるさ。特に強い競走ウマ娘のことは」
ハンドルを握る歩さんは、視線は前に投げたまま、ぼんやりと語る。
「過去のデータを調べた。あの子はジュニア級からクラシック級の序盤まで、決して高いステータスを有していなかった。
それなのに、デビュー時にはかなり飛び抜けて高い能力を持っていた。ぶっちゃけ入学時の君と同格、並大抵のウマ娘では勝てないレベルだ。
あまりに急激な成長だった。恐らく原因は君なのだろうと思うが……」
「え、私?」
私、その頃は……ええと、今年の1月とか2月でしょ?
その頃は、普通に歩さんときゃっきゃうふふしてただけだと思うんだけど。福引で大爆死したりルドルフ会長に挨拶させられたりとか、そんな感じ。
海外のウマ娘に接触とかした覚えはないんだけども……。
「競走ウマ娘は、時に強敵を意識することによって爆発的に成長する。
それこそ去年のダービーのテイオーが良い例だ。皐月賞では大敗を喫した君に対し、策など巡らせることなく迫ってみせた。
そこに物理的な距離は関係しない。あくまで大事なのは『意識すること』だからな。手近なウマ娘の方が意識はしやすいだろうが、今のご時世遠くのウマ娘に感化されることも珍しくはない。
そんなわけで今回もまた、君の偉業がまた1人のウマ娘を覚醒させた、というわけだ」
「うわ……放っておいても勝手に他のウマ娘が強くなってくれるとか最高ですね!」
「バーサーカーこわぁ」
歩さんはちょっと引くように呟いた。
まったく、失礼なもんです。私に熱を教えてバーサーカーにしたのはあなたでしょうに。
ちょっと不満げに頬を膨らませてると、歩さんは取り繕うように言う。
「こほん。……さて、肝心の相手の実力だが、ぶっちゃけここからどこまで伸びるか未知数だ。
今までは遥か遠方、存在も感じ取れなかった君というライバルが、今は手の届く距離にいる。
その意識が、彼女をどこまで伸ばすかはわからない」
「へぇ、楽しい勝負になりそうですね。まさかとは思いますが……負けちゃう?」
「勝つさ」
「その言い方なんかフラグくさいからやめてください」
「え、なんで?」
なんとなく。
「……と、話が逸れたな。レース性の違いに戻ろう。
日本の野芝はスピードが出やすいため、こちらのものに比べて『高速レース』などと呼ばれたりする。レースの基礎ペースが速く、その分ラストスパートの速度の伸び幅は控えめなのが特徴だな。
対して、こちらの洋芝は恒常的なスピードが出せないからこそ、鍛えられた瞬発力による終盤の末脚の鋭さは驚異的。そして序盤中盤の競り合いも激しくなる傾向にある」
「なるほどなー。……となると、激しい競り合いに慣れてない日本のウマ娘にとって、先行とか差しは結構キツめです? 終盤の末脚勝負も不利でしょうし」
「
ほへーと納得。
先行とか差しみたいな脚質は、バ群に対してどのポジションで走るか、だ。
こっちのバ群、レースの基準ペースに併せたら、どうしたって終盤に競り負けてしまう。
「そういう意味じゃ、逃げとか追い込みが有効? ……でも、追い込みだと末脚勝負で苦戦しますかね。なにせ日本とはラストスパートの基準加速度が違うでしょうし。
最初っからバ群に付き合わず、自分の最適ペースで走れる逃げが最適?」
私の推論に対し、歩さんは「惜しい」と付け加えた。
「その考え方が主流だったんだが、エルコンドルパサーの時の反省もあってか、近年はそれに対するカウンターとしてラビットがマークして掛からせてきたりもするんだよな。
結果として今は、凱旋門賞は逃げではまず勝てない、と言われたりもするんだ」
「ラビット……って確か」
「同陣営のウマ娘が、他の子を勝たせるために無理にペースを速め、有力な相手を突いたりすることだな。
西洋じゃ一般的な戦法の1つだし、今回も君を掛からせようとしてくる子はいるだろう」
「うーん、日本じゃちょっと受け入れられそうにないですよね、この戦法。確実に勝率を上げる戦法ではあると思いますが」
卑怯だとかラビットになったウマ娘がかわいそうだとか言われそう。
個人的には、本人が納得してやってるのならいいと思うんだけどね。
自分が勝つ必要はない、自分たちが勝てばいい。そう割り切って戦って来るのなら、それは立派に戦法だし、強敵だ。
そこで競技に参加してすらいない他人が口を挟むのは、まさしくお門違いというヤツだと思う。
だけど、ファン視点からすると面白くない、というのもわかる。なにせ元オタクだから。
こういう時には基本アスリートよりファンの意識優先だ。日本ではまだしばらくの間、公にはラビットの戦法は使われないだろうね。
そんなことを考えていた私の前で、歩さんは苦笑を漏らした。
「まぁ、君には通用しないだろうがな」
「当然。こう言っちゃなんですが、ラビットになるってことは私を倒し得る一線級じゃないってことでもありますからね。ぶっちゃけそんな子に焦らされる私じゃありません」
ブルボンちゃんなんかを見てると、ウマ娘がやっぱり前世の馬らしい本能を残してることがわかる。
相手がどんなウマ娘であれ、その存在自体が自分の本能に火を点け、掛かってしまう。
それはどうやら、ウマ娘の常であるらしい。テイオーみたいなとんでも大天才であれば話は別かもしれないけども。
……が。
私は、前世での魂? が混ざってる? からか、その辺の弱点がない。マジでない。本当に絶無。ただ相手がそこにいるってだけで焦って掛かっちゃうことはないんだ。
仮にそれがネイチャやテイオーみたいな因縁のライバルであっても、例外ではない。
まぁ、相手の挑発にムカッと来て掛かっちゃうこととかはあるかもしれないけどね。
ネイチャなんかは感情を煽るの上手いし、技術的に掛からされることは十分にあり得る。
けど、そういう本能的な掛かりがないって時点で、ウマ娘としては特例的な程の強みになるらしい。
「特殊な素質故ラビットが通用せず、なおかつバ群に影響されず確実に有利なポジションを取れる大逃げウマ娘。
そういう意味では、君は凱旋門賞において、最もと言っていい程に有利な日本ウマ娘だろうな」
歩さんはそう結んだあと、「だが」、と付け加える。
「その有利はあくまで他の日本のウマ娘と比べた相対的なもの。君がこちらの洋芝に慣れない限り、勝利は遠いだろう。
というわけで、まずは何よりそこを解決するぞ。『アレ』の使用も許可する」
* * *
歩さんがレンタルしてくれた施設に到着。
いざ、アイドルウマ娘ではなく競走ウマ娘として芝に脚を踏み入れて……。
まず第一に感じたのは、歩さんの言った通り、日本のものとは全く違う芝の感触だった。
「柔らかい……いや、重い?」
沈み込むような、やや頼りないような、不思議な感じ。
本当に同じ芝かと見紛う……とまでは言わないけど、ここまで感触が違えば、確かに全く別の戦場という表現は適当だと思い知る。
「ふむ……」
「行けそうか、ウィル」
「……正直、断言はできませんね。なので、早速『アレ』使います」
「よし、行け」
「はい!」
歩さんの許可をもらい、走り出す。
まずは1歩、2歩、3歩。
事故が発生しないよう、慎重に加速していき……。
4歩目で、使う。
私の持つ最大の力……『アニメ転生』を。
多分、私の転生特典の1つなのだろう、『アニメ転生』。
これは端的に言えば、「走行中のみ思考力を爆増させる」というもの。
継続可能時間はおおよそ30秒間、一度使えば数時間は再使用不可能。
それが私の持つ、恐らくは転生特典なのだろう力の概要だ。
発動すると同時、私の体感時間は非常にゆっくりになる。
人が認識する時間は絶対的なものではなく相対的なものであり、なおかつ体感的なもの。
つまらないことがあれば時間の進みが遅くなるように、楽しいことをしている間は時間の進みが速くなるように、その進み方は場合によって変動し得る。
私の場合はメンタル的な手法ではなく半物理的な手法によって時間の進みを鈍化させる。
つまるところ、現実から得られる情報量に対して、それを処理する速度の大幅な上昇。
本来1秒間かけて処理すべき1の情報量を100分の1秒で処理するが故に、他のことを考えるだけの余裕が生まれる、というわけだ。
イメージとしては、ちょっと暗いけど、走馬灯が近いかな。
一説には、アレは命が絶たれるような危機に瀕した時、それを回避するためにこれまでの人生を振り返って解決策を探しているのだという。
そしてその際は、咄嗟に脳をフル回転させるために、時間がゆっくりに感じられるのだとか。
私の『アニメ転生』はそれに近く、思考力の増加に反比例して、時間の流れが遅くなっている。
故に、一歩一歩足を動かす毎に、ここの芝がこうなってるとか、ここはこう踏み込むだとか、後方の様子とか私の残ったスタミナとか、そういうことを分析・思考・構想する余裕が生まれるわけだ。
実際今も、5歩目を踏み込むまでにターフの分析とこれからの走りの構想構築をしながらもこれだけ考える余裕があるわけで、チートとはげに恐ろしきものだ。
……さて、それはともかくとして。
差し出した5歩目の脚が地面を捉え、私は構想を進める。
車の中で歩さんから教わったこと、野芝と洋芝の違い。
確かに歩さんが言っていた通り、こっちの芝は、やや脚が沈み込むような感覚がある。
走るのにパワーのいるバ場。トレーニングの際時々走るダートに近い気がする。
言っていた通り、芝で走るウマ娘よりもダートのウマ娘の方がこっちでは活躍できるかも? でも芝に慣れる必要があるし、それはそれで苦労がありそうだけど。
脚が沈み込み、反発力が低いということは、それだけ強めに踏み込む必要があるということで。
速度もそうであるように、いつも以上にパワーを入れれば当然スタミナは多めに消耗してしまう。
凱旋門賞は2400メートル、しかし走るのに必要なパワーの高騰を考慮に入れて、日本式に直せば……消耗するスタミナは、2800とか2900メートル分になるだろうか。
そういえば、日本と世界では、レースの距離の区分が違うんだったか。
日本での中距離は1800から2499メートルまでを指すんだけど、世界的な中距離は1900から2100メートル、だったはず。ちょっとうろ覚えだけど。
2400メートルの凱旋門賞は「Long」、つまり長距離に区分される。
この区分けに若干違和感のあった私だけど、確かにこのバ場であれば2400メートルは長距離、ステイヤーの領分に入るんだろう。
つまるところ、私の本領だ。
正しい角度。
正しい力の込め方。
正しい脚の力。
適した踏み込みをすれば、ターフは必ず応えてくれる。
そして、必要となるそれらの条件は、既に頭の中で算出し終わっていた。
「……ふッ!!」
5歩目。
私は、一気に加速し、私自身のミドルペースにまで速度を上げる。
慣れないバ場で速度を出すと、転倒とか足首の捻挫とかの危険性もあるんだけど……。
「アニメ転生」使用中はそんな心配もない。常に頭を回していれば危険なんてないし、あったとしても回避可能。ソースはライスちゃんとの自主トレでの危機回避。
次の6歩目で、5歩目で感知した微妙な誤差や誤謬を正す。
7歩目、8歩目と踏み出す内、走りは完全な形に近付いていく。
そうして30秒が終わる頃には……。
日本での走りにはまだ届かないにしろ、ひとまず見られるくらいにはなっていたと思う。
うん、我ながら悪くない。
これから毎日やっていけば……多分、フォワ賞で無様を晒すことはない、かな。
5分間の試走を終えて、歩さんの方に走り寄ると……。
歩さんは、私と手元のタブレットの間で視線を何度も行き来させながら、眉根を寄せていた。
「この短時間で、推定適性GからEに……? その上思考力増加中はB? なんだそれ……えぇ……?」
……私、また何かやっちゃいました?
ギャグと説明とチートと、色々詰め込もうとした結果ごちゃごちゃした回になっちゃったかなぁと反省。
でも要素分けたらちょっと間延びしそうだったしなぁ……うーん。
次回は堀野君視点で、対フォワ賞分析とまだ見ぬ強敵の話。
(本編に関係ない呟き)
伝説のポケモンが寝てるからって常に帯電してバンバン落雷降ってる草原で寝るの、もはや狂人では?
いいキャンチケとなかよし焚いてチャンスお祈りしないと4匹目は難しそうかなぁ。
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!