転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 今回はウィルのライバルになりそうなあのウマ娘の視点。
 限界オタクウマ娘、アンちゃんの正体に迫る。





ドラゴン・ファンガ・ヒーロー

 

 

 

 フランス、パリのトレセン学園にて。

 トレーナー棟1階の隅、数か月前までは空室だったが、この短い間に随分と使用者の色に染められてしまったトレーナー室で……。

 1人のトレーナーが、パチパチとキーボードを叩いている。

 

 トレーナー業が激務となるのは、日本でもフランスでも変わらない。

 むしろ、諸外国と地続きであり、様々な意味で距離が近いフランスでは、諸々の手続きのせいで日本よりも若干忙しくなる傾向にあるくらいだ。

 故に、今日もそのトレーナーは業務に追われているのであった。

 

 ……勿論、そのハードワークの原因は、何も彼だけにあるわけではなく。

 というかぶっちゃけて言えば、彼のすぐ傍にいるとある存在が原因の9割を占めており。

 

 

 

ただいま(I ' m b a c k)トレーナー(T r a i n e r)!!」

 

 

 

 今まさに、この半年のハードワークの元凶が、トレーナー室に突撃してきた。

 

 バターンと豪快に扉を叩き開けて部屋に入って来たのは、1人のウマ娘。

 

 茶の混じった金髪、左耳にティアラ状の耳飾り。

 小さい体ながら、色々な意味でパワフルなウマ娘が、ニッコニコの満面笑顔でトレーナーに歩み寄る。

 

「いやはや、お待たせお待たせ~」

「お疲れ。ずいぶん遅くなったね、アン」

 

 本来、彼の担当ウマ娘であるはずの彼女……アンは、2時間以上前に戻って来るはずだった。

 

 しかし、そろそろ所定の時間というところでトレーナーの元に「ごめんトレーナー、もうちょっと走ります!」と連絡が届き。

 30分毎に「もうちょっと!」「あと少し!」とカラオケ気分で延長され……。

 結局、2時間も延びに延びたわけだ。

 

 しかし、自らのトレーナーの苦言にすら聞こえる言葉に対して、アンは少し恥ずかしそうに頬を掻くばかり。

 

「ホントはすぐ帰るつもりだったんだけど……いざ会ってみると、思ったよりすごくてさ。

 ちょっと熱が冷めなくて、いっぱい走ってきちゃった!」

「で、もう冷めたのかい?」

 

 トレーナーの言葉にアンは大きくぶんぶんと首を振り、そのどこか吸い込まれそうな灰の瞳を輝かせる。

 

「全然! いやー、やっぱりヤバいね、ホシノウィルム! 想定の5倍くらいヤバいよ!」

 

 彼女が語ったのは、1人の海外のウマ娘の名前。

 

 アンがずっとご執心の、東洋最強の怪物だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 彼の担当ウマ娘の名は、アンダースタンディブル。

 現在4戦4勝、絶賛G1オークスに2連勝中でスターダムにのし上がっている競走ウマ娘である。

 奇しくも(正確には偶然ではないのだが)ホシノウィルムを追うように現れた彼女は、今年の凱旋門賞における東洋の龍の対抗バとして、あるいは本命中の本命として注目を集めているが……。

 

 彼女も最初からこのように期待を向けられていたわけではなく、またこのようにレースに前向きであったわけでもなかった。

 

 契約当初の彼女は非常に無気力で、トレーニングにもあまり乗り気ではなかった。

 その上、本格化が遅れたこともあってあまり身体能力が伸びず、血統にも殊更目立つところがない故に、選抜レースの時は殆ど無名からのスタートだった。

 

 ……しかし、そんな彼女は、運命の出会いによって大きく変わった。

 偶発的にホシノウィルムのレースの動画を、その走りを見たことによって、大きく感化されたのだ。

 

 以後はトレーニングにもレースにも非常に前向きになり、レースでも抜群の活躍を見せるようになって、一気に一線級の競走ウマ娘として咲き誇り……。

 現在も、「凱旋門賞でホシノウィルムと戦い、勝つ」という最終目標のため、トレーナーと二人三脚で走ってくれている。

 

 

 

 ……しかし、この最終目標、「ホシノウィルムのいる凱旋門賞での勝利」の難易度は、限りなく高い。

 

 アンダースタンディブルのデビューは、彼女のメンタルと本格化の遅れによって後ろ倒しになり、今年の4月末にまでズレ込んだ。

 結果として、デビューから凱旋門賞までに残された期間は、たったの6か月となってしまった。

 

 クラシック級のウマ娘が凱旋門賞で活躍すること自体は、西洋ではそこまで珍しくないが……。

 それにしても、デビューして半年というのは、かなり大きなディスアドバンテージ。

 他のウマ娘たちよりに比べてトレーニングに使える時間も少なく、格の高いレースに挑むためにファンに付いてもらう時間も限られている。

 その上で世界最高峰の芝のレースに勝とうと言うのだから、これはもはや不可能への挑戦に等しい。

 

 その上、あのホシノウィルムだ。

 大逃げという、ラビットたちをねじ伏せレース全体を狂わせ得る狂気の脚質。

 凱旋門賞の2400メートルどころか、芝の状態が違うとはいえ3200メートルを走ってなお末脚までキレるという狂ったスタミナ。

 差しウマ娘や追込ウマ娘と張り合え、むしろ上回ることさえある理解不能な速度。

 レース環境が違う故に本領発揮とはいかないだろうが、それにしても脅威であることに変わりはないだろう。

 

 更に言えば、ホシノウィルムの他にも脅威となり得るウマ娘たちは数多い。

 それこそ、言い方は悪いが、これまでのアンのレースなど霞んで見えてしまう程だ。

 

 

 

 ただ、だからと言って彼らがこの挑戦を前に怯んでいるかと言えば、そんなこともなく。

 

『いいじゃん、不可能への挑戦! 「不可能を覆す竜」に挑むんだもん、それくらいじゃないと!』

 

 アンに至っては、むしろ大いに奮い立っていた。

 

 「不可能を覆す」という言葉は、彼女の憧れ(推し)にもよく使われるものだ。

 絶対と言われた血統の壁を越え。

 長い歴史の中で誰一人勝てなかった宝塚記念(T A K A R A D U K A)を制し。

 非常に不利と言われているらしい逃げでの三冠(triple crown)すらも達成して。

 ホシノウィルムは、その唯一無二の存在を、日本に、そして世界に示した。

 

 当時のアンはレースに強い興味を持っていなかったので知らなかったが、フランスのウマ娘界隈でもその件はやにわに話題になっていた。

 

 欧州において、逃げは「勝つための戦法ではない」。

 ラビットを用いてレースをコントロールするのが主流である世界において、逃げは勝利を放棄し、仲間を勝たせるための手法に他ならなかった。

 

 そんな常識が覆されたのは、数年前。

 敗北前提のはずの逃げ、それをさらに先鋭化させた大逃げという破天荒な脚質で、世界中のレースを荒らし回った異次元の逃亡者、サイレンススズカ。

 彼女の存在によって、欧州ではにわかに「逃げ」という脚質の再評価が始まり……。

 去年のホシノウィルムの台頭によって、完全にその必要性が定着した形だ。

 

 ミドルペースが落ちやすい洋芝に、前目に付ける逃げはあまり適さないこともあり、まだこちらで活躍する子が出て来ることはないかもしれないが……。

 それでも、サイレンススズカやホシノウィルムが、「大逃げ」という破天荒な脚質の存在感をヨーロッパに示し、ついに評価を強いたというのは事実だ。

 

 それを聞かされたアンは、思った。

 

 そんな相手に立ち向かうのだから、自分とて難行の1つや2つ、こなしてしかるべきだろう。

 ついでに言えば、ご大層にも英雄とまで呼ばれてるんだ。そういった試練を越えるのは、ファンの皆だって望んでるだろうし、と。

 

 彼女は常に前向きで自信満々なのである。

 

 

 

『……まぁ、デビュー後2か月で無敗でオークス連勝するっていう時点で、既にだいぶ不可能への挑戦なんだけど。

 アンはそれを叶えてしまったからね。ファンももっと大きな夢を見たがるだろう』

 

 苦笑してそう言いながらも、トレーナーもトレーナーで、この目標に竦むことはなかった。

 

 彼はウマ娘との専属契約を許されて、5年。

 とてもベテランとは言えない、むしろまだまだビギナーの域にいるトレーナーと言っていいだろう。

 

 だが、彼の恩師……この仕事のイロハを叩きこんでくれたとある名トレーナーをして、「少なくとも眼力だけは確か」と言われたトレーナーでもある。

 彼が選び抜き、スカウトしたウマ娘は、文字通り抜群の素質を持っていた。

 

 それこそ……彼女が本気を出して、彼が舵取りさえ間違えなければ、簡単にレースに勝ててしまう程に。

 あるいは、それこそ最速で世界最強の座に君臨しても、なんら違和感はない程に。

 

 

 

 ……が、それだってローマは一日にして成らず(Rome wasn't built in one day)だ。

 

 凱旋門賞等のG1レースに向けたファンへのパフォーマンスや、レースの出走を知らせるための広報活動、そして勿論レースに勝つためのトレーニング。

 彼らがせねばならないことは、無数にある。

 

 そして、今日アンがやってきたこともまた、凱旋門賞の勝利に向けて必要なことの1つ。

 

 即ち、敵情視察だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 凱旋門賞において、最も脅威となるのは誰か……。

 これを推察するのは、アンのトレーナーには難しかった。

 

 何せ国際G1、それも名誉ある凱旋門賞だ。

 出走してくるのは、各国の国内最強級や、その子のラビットにあたるウマ娘たちばかり。

 外国から来るウマ娘たちも多く、情報収集が行き届かず脅威性を測れないウマ娘も多く、更に言えばどれだけ当地の芝に適合できるかもわからない。

 

 つまるところ、不確定情報が多すぎて、それぞれの実力を測ることすら難しい。

 それこそウマ娘の実力を数値化でもできなければ、正確な脅威性を比較することは不可能だろう。

 

 

 

 ……だが、ただ1つだけ、トレーナーが確信できることがある。

 

 レースに対する感覚が極めて鋭い自分のウマ娘が、あれだけ注目しているのだ。

 少なくとも、ホシノウィルムが最上級の脅威になり得る存在であることは疑いようもない。

 

 だからこそ、その調査が必要だった。

 それも、実際のレースで覗けるもの以外の……もっと直接的な調査が。

 

 『じゃあ偶然を装って実際に会ってみて調査してみれば良くない?』

 

 ……名案と言うべきか、迷案というべきか。

 アンが提案してきたのは、割とモラルというもののない作戦だった。

 

 なんならホシノウィルムの拠点の場所をSNSの情報から割り出したり、その自主トレーニングのルートを分析したり、それが始まる時刻を特定したりしたのもアンだ。

 フランス随一のホシノウィルムファンを名乗るだけあると言うべきか、ストーカー……もとい追っかけとしての素質は十二分らしい。

 トレーナーはちょっと引いた。

 

 真っ当な社会的常識のあるトレーナーとしては、国賓にも等しい他国のウマ娘(それもどのような気性かすら明らかではない)に対して、不用意に接触すべきではないと主張したが……。

 

『私、ホシノウィルムのファンだし! ファンがスターに会いたいって思うのは自然なことでしょ!?』

 

 という理屈で、結局押し切られてしまった。

 

 元より彼はアンの素晴らしい素質に惚れ込んで積極的にスカウトした身。

 彼女に強く出られると、どうにも弱いのであった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……さて、それでは改めて。実際に会ってみた日本の怪物はどうだったかな。勝てそうに見えた?」

 

 彼の担当ウマ娘アンダースタンディブルは、非常に鋭いレース勘を持っている。

 それこそこれまでのレースでも、短い時間でも他のウマ娘たちと触れ合えば、彼我の戦力差さえ理解してしまえた程に。

 

 故にこそ、彼女がホシノウィルムに触れ合い、何を感じたかは非常に重要だ。

 それ次第で、これからのトレーニング計画を変更する、あるいは抜本的な戦い方自体を変える必要性も出て来る。

 

 故に、トレーナーは少なからぬ緊張感を持ってそれを尋ねたのだが……。

 

 笑顔の担当ウマ娘から返って来た応えは、悪い意味で彼の想定の斜め上のものだった。

 

 

 

「うん、無理! 勝てないわアレは!」

 

 

 

 アンが高らかに言い放った言葉に、トレーナーは目を見開く。

 

「それは……君がそこまで言うのは、珍しいね」

 

 アンダースタンディブルは、こう見えてかなり誇り高い……というか、強者の誇りとでも呼ぶべきものを持っているウマ娘だ。

 

 これまでのメイクデビュー、オープンレース、そしてG1レースの全てで、彼女は「勝つのは当然だし、このレースから何をどれだけ学べるかが大事じゃない?」と言い放ち、そしてその言葉通り当然のように勝って来た。

 彼女はそれを言うだけの素質を持ち、それを叶えるだけの力を持っている。

 東洋において最高の素質を持っているのがホシノウィルムなら、欧州において最高の素質を持っているのはアンダースタンディブルだと、そんな声まで上がるくらいに。

 

 そんなアンが、こうも堂々と「勝てない」と断言するとは思ってはいなかった。

 というか、彼女の誇りがそれを許すとは思えなかった、と言うべきだろうか。

 

 

 

 対してアンの方はと言えば、彼の予想を裏切り、あっけからんと笑う。

 

「いやー、本物を直で見ると、想定よりも威圧感がとんでもなかった! レースモードでもないのに、今まで相手してきたどのウマ娘より超超超格上って感じだよ!

 憧れのウマ娘が目の前にいるっていう緊張感も相まって、頭真っ白になってまともに話せもしなかったよ、あはは! めっちゃ恥ずかしー!」

 

 結構日本語勉強したんだけどねー、と少し悔しそうに……。

 しかしそれ以上に、自分の推しに会うことができた興奮を隠しきれず。

 彼の担当ウマ娘は、子供のように脚と尻尾を揺らし、満面の笑顔で言った。

 

 誤解なきように言えば、これまでに彼女が対戦してきたウマ娘は、決して弱者だったわけではない。

 例年に比べれば比較的小粒ではあったが、それでもG1級ウマ娘たちだ。

 皆それぞれが、確かな実力と特徴を持つウマ娘たちだった。

 

 それなのに、彼女たちとは比べ物にならないとすると……。

 

「…………いいや、今はそこじゃないな」

 

 嫌な想像を振り払うように、トレーナーは頭を振った。

 

 彼の仕事は、ウマ娘の担当トレーナー。

 すべきことは妄想ではなく、目の前の脅威への対処法の考案だ。

 

 

 

「……それじゃあひとまず、調べに行ったことの報告、してもらえるかな」

「オーケー!」

 

 いつにも増してハイテンションな担当ウマ娘は、そう言いながらまぶたを閉じ……。

 

 一転、再びまぶたを開いた彼女の顔からは、一瞬にして興奮と表情が消えていた。

 そうして、「競走ウマ娘アンダースタンディブル」は、静かに語り始めた。

 

「……まず、私たちの予想通り、超感覚(・・・)の範囲は20メートル強だね。

 そしてこちらも予想通り、感覚の正体は多分聴覚だ。おおよそ間違いないと言っていい」

「流石、正確な測量だね」

「この日の為に、かなり綿密に計画を立てたからね。抜かりないよ」

 

 彼女は、ホシノウィルムの純然たるファンでもあるが……。

 同時、確かに、東洋の龍に挑む競走ウマ娘の1人でもある。

 

 故に、憧れのスターと触れ合うことを心から楽しむと同時、きちんと調査もこなしていた。

 

 その調査項目の1つが、ホシノウィルムの「超感覚」であった。

 

 アン曰く、ホシノウィルムは確実に、いずれかの感覚がすさまじく優れている、とのこと。

 レースを見ていれば、明らかに気付けないはずの地点で後続の子の存在に気付いているシーンがあるし、時にはそれがライバルだと確信するような笑顔を浮かべることもあった……のだと言う。

 

 正直に言えば、トレーナーの目では、そこまでの特殊性は見いだせなかったのだが……。

 彼女がそれをみつけられたのは、ひとえにファンの熱意故か、あるいはレースへの鋭い感性故か。

 

 とにかく彼女は、直にホシノウィルムに会うおおよそ唯一の機会を使って、その仮定を確かめに行った。

 

 ……そしてどうやら、見事にホシノウィルムの鋭い感覚を特定してきたらしい。

 

「精度はかなり精密だったけど、足取りを合わせたら(・・・・・・・・・)聞こえてなかったみたい。

 ただ、少しでもズレたら感知されるっぽくて、レース中に使うのはかなり厳しいね」

「……君の話だと、セイウンスカイ(Seiun sky)はそれを使っていた、という話だったけれども」

「そうだね、多分、ホシノウィルムただ1人を潰すためだけにそこまでやったんだと思う。

 先達にそこまでさせるホシノウィルムがすごいって話だね!」

「あるいは、そこまで徹底した対策を取る、セイウンスカイの執念を褒めるべきか……」

 

 セイウンスカイ。

 それは、凱旋門賞で健闘を見せたあのエルコンドルパサーの同期であり、ライバルであるらしいウマ娘。

 

 彼女はそこまでして、勝利を追い求め……。

 けれどそれすら、ホシノウィルムは跳ねのけてみせた。

 

 それだけで、ホシノウィルムというウマ娘の脅威性が伺える。

 

 

 

 日本出身のウマ娘と、その策略に思いを馳せるトレーナーに、アンは真面目そうな表情を崩し、苦笑を向ける。

 

「でもさ、これはもう取れない選択肢だと思うよ。

 そもそもこれは、まだクラシック級だったホシノウィルムの身体能力(ステータス)が自分より劣ってたからできた戦法だし。

 自分の本来のランニングスタイルから外れた走りで張り合えるからこそそれができたんだ。

 今の、あんなぶっ飛んだホシノウィルム相手に、この戦略は成立しない。最初から最後まで全力で挑まないと、その背に手すら届かず終わっちゃう」

「なるほどね」

 

 彼からしても、それは頷ける話だった。

 

 時折聞く話だが、欧州と違い、日本ではクラシック級の子が活躍することはあまり多くないらしい。

 特に6月に開催される宝塚記念までは、これまでの歴史上、一度たりともシニア級の子をクラシック級の子が上回ることはなかったとのこと。

 その最初の例であり、現状唯一のケースが、去年の宝塚記念だった。

 ……という話は、トレーナーは自分の担当から100回近く聞いたので知っている。

 

 これはホシノウィルムに不利なフィールドであり、言い換えればセイウンスカイに有利な宝塚記念というフィールドだからこそ通用した戦法なのだろう。

 

 まぁ結果としては、信じられない程の末脚を見せたホシノウィルムによって、他のウマ娘ごと逆に差し切られてしまったのだが……。

 それでも、あの時、ホシノウィルムが不可思議な程の覚醒を見せなければ、勝っていたのは間違いなくセイウンスカイだった。

 あの一時に限れば、確かに有効な戦法だったのだろうと思う。

 

 

 

 ……が、それはそれとして。

 一切対処法なし、では作戦会議も終われない。

 故に、トレーナーは直截に尋ねることにした。

 

「それじゃあ、ホシノウィルムの弱点(weak point)は何か見つかった?」

 

 競走ウマ娘の弱点は、何も身体能力の低さだけではない。

 

 例えば、走る際の無駄な癖、右回り左回りの効率。

 例えば、精神的な脆弱性、掛かりやすさ。

 例えば、他のウマ娘への意識、油断や慢心。

 

 それらが1つでもあれば、付け込める大きな隙になる。

 

 故に、トレーナーとしてはかなり気になるところだったが……。

 

 

 

 しかしアンは、相変わらず満面の笑顔で……首を振った。

 

「ない!」

「…………そうかぁ」

「いや、あると言えばあるんだけどね。瞳の奥にそこはかとなく強者故の傲慢さが見えたと思うし。

 ただ、それは誇りとか矜持じゃない。私と同じ、『自分は当然勝つ』っていう確信だった。

 その上普段のSNSでの発信とかを見るに、トレーニングとかレースを楽しんでるっていう天性のレースジャンキー。とてもじゃないけど慢心は期待できないね」

 

 いやぁまいったアッハッハと、ニッコニコの嬉しそうな笑顔で語る担当ウマ娘を見て、トレーナーは内心で頭を抱える。

 

 元より気性難の気があり、付き合い方の難しいウマ娘ではあったが……。

 今や契約当時とは全く違う意味で、彼女の気性は厄介なものになってしまった。

 

 

 

 アンダースタンディブルは、恐らくこの世界の誰よりも、ホシノウィルムというウマ娘に期待している。

 彼女のダービーにその目と脳と心を焼かれ、自分も走ろうと思い立った彼女は、彼女の熱烈すぎる程のファンになると同時……。

 その背に果てなき大きさを、決して届くことなき遠さを求めているのだ。

 

 彼女はその頬を手で包み、顔を紅潮させて歌うように独り言ちる。

 

 その瞳は、表情は、まさしく恋する乙女のそれに近く……。

 

 しかし、決定的に違うこととして。

 彼女の口端は吊り上がり、そこから鋭く光る犬歯が覗いていた。

 

「あぁ……うん、やっぱりそう。『今の私』じゃ勝てないなぁ。

 どうしよう。どうしよう! ここからどうやってあの子に勝つか……あぁ、楽しみ、楽しみだ!」

 

 

 

 ……そう。

 アンダースタンディブルは、ただアイドルに憧れるだけの、「普通の女の子」ではない。

 

 強き者に憧れ、その背を越えるために命を燃やすことを求める。

 そんな、ある意味でホシノウィルムと同じ、「天性の競走ウマ娘」なのだ。

 

 そんな彼女にとってホシノウィルムは、最高のアイドルであり、最高のライバル。

 彼女が長い生涯でついに出会うことができた、本気で追いかけるに値する、運命の相手なのだった。

 

 

 

 自身の担当ウマ娘の「らしさ」に苦笑いしつつ、トレーナーは改めて言う。

 

「……まぁ、それをどうするか考えないとね。

 相手は大逃げウマ娘、レースの展開で不利を背負うことはまずない。つまるところ、上振れも下振れもしない、一定のパフォーマンスを出しやすい状態だ。

 取り敢えず……後日開催される、フォワ賞を見てみよう。そこで彼女の、こちらの戦場での実力を測れるはずだ。

 案外、なかなか適合できずに困っている可能性もあるしね」

 

 そう言って頷いたトレーナーは、しかし。

 

「チッチッチッ……甘いよトレーナー」

 

 ニヤリと笑うアンに、指摘される。

 

「星の竜が、適性なんかに負けるわけがない。

 だって彼女は空を飛ぶ者だもの。土地なんかに縛られるわけがないんだ。

 それに……終盤になれば、あのよくわからない『思考力の増加』まで使ってくるんだもん!

 間違いなくフォワ賞にも勝って、私にとって最高のライバルになってくれるよ!」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 アンダースタンディブルから滲み出るのは、ホシノウィルムへの好意であり、興味であり、夢想であり、敵愾心であり。

 

 それはつまるところ……ホシノウィルムが好み、その身から放つものと同じ。

 純粋な、ウマ娘の熱だ。

 

 どこか似ているようなところもあり、あるいは真逆なところもある2人の競走ウマ娘、ホシノウィルムとアンダースタンディブル。

 

 果たしてどちらの熱がより熱く、ウマ娘を前へと駆り立てるか……。

 それが試される日は、着々と近づいていた。

 

 

 







 アンちゃんのホシノウィルムへの感情は、テイオーや他のウマ娘と出会わなかった場合のウィルがネイチャに向ける感情に近いものです。
 要は「あなただけが私を熱くしてくれる……!」っていう激重感情ですね。



 次回は一週間以内。別視点で、一方その頃そっちもそっちで大変な日本の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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