FGOのコラボ、めちゃくちゃ解像度高くて良かったですね。脳破壊有珠すき。
引き続き、魔法使いなフランスウマ娘の視点です。
日本へ遠征に出た時、ボクは色んなことに驚かされた。
レースに限って言っても、こちらとは全く違うレース性やバ場などもそうだし……。
他にも、レース場の形状だとか、レース中に許される行為とか、細かな違いがたくさんあったのだ。
そしてそんな差異の1つが、ゲートの開く音。
こちらが「ガキィン!」という金属音に近いものであるのに対して、日本でのそれは「ガコン!」という重く鈍い音だった。
勿論、ボクたち欧州のウマ娘にとって、なじみ深いのは前者。
故に……スタートで、日本のウマ娘に負けるわけにはいかなかった。
それなのに。
ガッキィン! と、気持ちいつもよりもゆっくりと聞こえた音と共に、誰よりも先にゲートから飛び出したのは……。
ボクの、2つ左のゲートに入っていたウマ娘。
ホシノウィルム、その人だった。
『さぁ晴天の下始まりました、凱旋門に向けた前哨戦G2フォワ賞!
この2400メートルを誰より速く駆けんと飛び出す優駿6人。
中でもやや突出したのは日本より来たる魔王、稍重のバ場も何するものぞ、5番ホシノウィルム!
冴え渡る集中力がそうさせたか、こちらも抜群のスタート、1番ネディリカ。彼女を筆頭にほぼ一団となって進むバ群。しかしただ1人ホシノウィルムだけがその中から突出している状態だ。その背をテトラビブロス懸命に追っている!』
その重く強すぎる足音が、ここまで聞こえて来るような気さえした。
日本のそれに比べて速度が出し辛く、彼女にとっては不慣れなはずのバ場を、けれど全く苦にすらしないかのように。
ホシノウィルムは、ほんの瞬時の内、バ群から抜け出した。
「……っ!」
思わず表情を歪ませてしまう。
想定内ではあるけれど、最悪の想定でもあった。
ホシノウィルム……。
彼女はどうやら、たったの2か月で、こちらのバ場にほぼ完全に
ボクも日本への遠征で痛感したことだけれど……。
ウマ娘は、慣れていないバ場の上では、とてもではないけれど本領は発揮できない。
どの程度の力を込めればどれだけ速く走れるか、どの程度脚を突き入れればどれだけ芝が応えてくれるか。
ボクたちはそういうことを、生まれて以来ずっと走り続けた長期的経験から、本能的に学習している。
そのため、出身国の主戦場となるバ場では、当然ながらそういった感覚を掴んで走ることができる。
この感覚を掴むということこそが慣れであり、慣れこそがバ場への適性を上げる。
勿論それぞれの素質も関わって来るけれど……。
だからこそ、G1に出走するようなウマ娘は、自分のホームグラウンドなら十分な適性を以てレースを走ることができる、というわけだ。
けれど、欧州と東洋程に、殆ど地球の裏側にも近しい距離が離れれば、当然ながら環境もバ場もコースも全く違うものになるわけで……。
少なくとも去年のボクの場合、1か月現地で走った程度では、どうしても違和感が拭い去れなかった。
その上海外に渡ると、どうしても水や食事、空気が合わないことが多い。
ボクも日本では食事が合わず、ジャパンカップに出た時には少なからず体調を崩してしまっていたし。
だからというわけではないけれど、ホシノウィルムだって、完全な状態ではないと思っていた。
調子を崩している、バ場に適合できていない。
希望的観測が入っていないわけではないけれど、少なからずそういったマイナス要因は付き纏うものと。
……なのに。
なのに、今のホシノウィルムの走りは……あの日にも増して、力強い。
スタートは、レースに参加している誰よりも早く。
瞬間的な加速力はもはや異次元の領域で、数年前に欧州で数多のウマ娘を千切って捨てたサイレンススズカを思わせる程。
彼女を突いて掛からせようとしたのであろうテトラビブロスすら置き去りに。
彼女はレースが始まって僅か3秒で3バ身以上の差を付けて、バ群の先頭に躍り出る。
いくら「不可能を覆す龍」とはいえ、流石にたったの2か月でゼロからバ場に慣れ、適性を上げ切れるわけがない。
多分、あちらである程度洋芝に適性を培ってきたか、そもそも脚が洋芝向きだったのだろうとは思うけれど……。
それにしても、ただでさえとんでもなく強いのに、こっちの芝にも適性があって、その上慣れない環境でも揺らがない程に体も頑健なんて。
ジャパンカップの時に思い知ったつもりではいたけれど、やっぱり彼女、天性の怪物、フィジカルギフテッドか……!
『少人数のレース、熾烈なポジション争いの結果、一名を除いた密集したバ群が形成されます。
7バ身程差を付けて突き抜けたのは、大逃げウマ娘ホシノウィルム! 直に目をすれば度肝を抜かれる、あのサイレンススズカすら凌駕するかのような大胆な大逃げだ!!』
『並みのウマ娘なら掛かっているのかと思えるところですが、これが戦術通りであろうところが彼女の恐ろしいところです。
二番手はテトラビブロス、怪物に追いすがることは回避してバ群を牽引するプランか。続くは内にネディリカ、僅か外にウィッチイブニング、彼女たちに日本より来たる竜を跳ね除けることはできるか?』
……不味い。
想定した中でも、かなり不味い状況だった。
本来は、こちらにとってのホームグラウンド、あちらにとってのアウェイ。
そのはずなのに、彼女の脚は1年前に見た時と遜色なく、むしろあの時すらも超えるもの。
日本で見せたようなバ場に完璧に適合した走りではないかもしれないけれど、それでもあり余るフィジカルが故に、こちらでも通用するだけの走りを見せている。
「……さて」
その上で、状況をどう見るか。ここからどのプランを選ぶべきか。
最も望ましいプランとしては、序盤で
ジャパンカップで走った感覚からして、こちらとあちらでは、同じ距離でも使うスタミナが大きく違う。
軽い野芝に比べて重い洋芝は走りにくいし、その分大きくスタミナを消耗する。
多分、こちらの2400メートルでの消耗は、あちらでの2800から3000メートルのそれに相応するんじゃないだろうか。
ステイヤーと名高いホシノウィルムだって、無限のスタミナを持ってるわけじゃない……と思う。多分。そのはずだ。
彼女が日本のレースペースを引きずってしまい、その上他のウマ娘に掛からされれば、それだけで彼女は潰れてくれるかもしれなかった。
……けれど、現実は甘くなかった。
ホシノウィルムは既にこちらの芝に適応してしまっていたし、テトラビブロスは彼女に追いつけず、突くプランを早々に放棄した。
ボクたちの形成するバ群から彼女までの間には、既に8バ身くらいの差が開いてしまって、もはや誰も龍を捉えることはできない状況にあった。
大逃げという脚質の脅威は、ジャパンカップで思い知った。
一番最初に掴んで振り落とさなければ、誰一人として彼女の走りに干渉することはできなくなる。
だからこそテトラビブロスには期待していたのだけれど……。
あの、次元の違うスタートダッシュ。
相手が誰だろうとアレを阻止することは難しいだろう。それこそボクにだってできるとは思えない。
彼女の走りを崩すプランは、完全に瓦解した……。
……いいや、最初から破綻していたんだ。
となれば、やっぱりボクはボクらしい走りをして、最速でゴールするしかない。
改めて脚に力を入れ、地面を蹴り飛ばす。
……そろそろ1000メートル、第三コーナーだ。
差しウマ娘のボクにとっては、ここからが勝負所。
『未だ快速ペースでバ群を引き離し続ける先頭ホシノウィルム、もはやレースのペースなど欠片も考えてはいない走り!これは掛かりか作戦か、あるいはこれが日本式のレースなのか!?
レースは中盤、第三コーナー。そろそろ下り坂、後続のウマ娘がペースを上げるならここから! 空を舞う竜の尾に迫るウマ娘は出て来るか!』
「すぅ……ふぅ」
長く息を吸って、吐いて、全身に酸素を回す。
まだレースは半分、一旦脚を溜める時だ。
コーナー内で、ウマ娘はある程度速度を制限される。
外に弾き飛ばされる遠心力と向き合うため、直線の時程の速度は出し切れないのだ。
いくら相手が怪物であろうとも、物理法則に縛られることだけは変わらない。
そういう意味で、コーナーは一旦の小休止と言ってもいいだろう。
……まぁ、全力で走り辛くなる分、コース取りとかポジション取りは白熱するし、決して気が抜ける瞬間というわけではないのだけれど。
さて、ボクが脚を溜めている間、ライバルたちは……。
まず、最も注目すべきはやはり、ホシノウィルムだろう。
バ群を牽引するテトラビブロスから、更にずっとずっと先……大差を付けた先頭で、彼女は走っている。
掛かっていると思いたくなるような超絶ハイペース。彼女がホシノウィルムでなければ、勝負を投げていると判断せざるを得ない、あまりにも常識破りな走りだ。
けれどそれも、彼女がホシノウィルムであるという一点で否定できる。
どれだけ信じ難くとも、どれだけ常識的でなくとも、これは彼女の勝利のための「いつも通りの」作戦であり一手だ。恐ろしいことに。
一方で、ボクのすぐ傍を走る今回のマーク対象の1人、ネディリカ。
ボクの半バ身程度前で、綺麗にインを突いてコーナーを回る、相変わらずの堂々とした走りだ。
逃げウマ娘であるテトラビブロスを追走し、好位からスパートの開始時期と後続の動きを窺っている。
現在、先頭ホシノウィルムに、ボクたちは大きな差を付けられている。
約550メートルの最終直線から詰め切れるかと言えば……今のペースでなら不可能ではない。むしろ十分に可能な範囲だ。
けれど、ホシノウィルムがここから更なる末脚を発揮して加速などすれば、そうとも言い切れなくなる。
実質5人の少人数のレースだ、ボクやネディリカなら、バ群を掌握し切れずに埋もれたり仕掛けるタイミングを見失うなんてことはない。
どちらも良い位置を確保していることもあって、行こうと思えばいつでも前に出られる状態。
だから問題は、どこで仕掛けるか、だ。
早く仕掛ければ、ボクたちのスタミナの方が底を突き。
遅くなってしまえば、ホシノウィルムを詰め切ることができない。
早すぎても遅すぎてもいけない、最適な位置から行かなければならない。
……ネディリカの言っていた「第六感」は、どこまで通用するのだろう。
もしも仕掛けどころにまで効くのなら……あるいは、彼女のペースを利用するのもアリかもしれない。
元よりプランの1つだし、悪くないか。脳内で優先度を僅かに上げておく。
このレースを決め得るピースは、多分、ホシノウィルムとネディリカ、そしてボクの3人だ。
ラビットのテトラビブロスはさておき、他の2人も強くはあるけれど……。
事前のトレーナーのリサーチから考えて、ボク以外の2人さえしっかり見ていれば、いくらでも対応し得る範囲だと思う。
さあ、状況を見て上手く立ち回らないとな。
ボクは魔法使い、ウィッチイブニング。
魔法のような走りをして、奇跡のように勝利することを望まれたウマ娘だもの。
取り敢えず今は、ホシノウィルムの動きを見よう。
流石の彼女とはいえ、終盤、ボクたちが迫るまではこのまま走るだろう。あるいはペースを落とす可能性だってある。
その上で、ネディリカがいつ動くかに注目しながら、後方の子たちの出方も伺って……。
……と。
そう思っていたボクを、悠長だと嘲笑うかのように。
前方から、世界が塗り替えられる感触が来た。
震えるような、肌寒い風。
まだ残暑の残るこの季節にはあり得べからざるそれを契機とし、ロンシャンの芝の上に、もう1つの景色が広がる。
それは、どことも知れぬ名も無き草原。
1人のウマ娘の思い出の中にある、その身に最も馴染んだ原風景。
『さぁ……』
その中を、彼女は……。
ホシノウィルムは、誰よりも自由に走っていた。
嬉しそうに口端を吊り上げ、獰猛にその目を三日月に曲げて。
『楽しい走りは、ここからだ』
一匹の獣が、誰よりも満ち足りて、草の原の上を駆けて行く。
……領、域。
以前に垣間見たものとは違う……ホシノウィルムの、もう1つの切り札!
展開の条件は? 彼女の位置は大体1200メートル。レース中盤か、中間か、あるいは1200という数字自体が鍵なのか、それとも二番手との差がトリガーか?
いや、考察は後。今は然るべき対処をしなければ!
効果は何? 領域内のイメージから感じ取れるのは、その魂の原風景、最も脚に馴染んだ場所。
「より速く」という自己実現願望ではなく、「満ち足りて不足のない走り」……に、近かったと思う。
であれば……消耗する体力の軽減、あるいは無効化? これが、ホシノウィルムの取る超絶ペースを叶えるための切り札?
……いいや、違う気がする。
あのホシノウィルムが、そんな領域を開くか?
1年前に味わった1つ目の宙の領域と、今見た2つ目の草原の領域。
その2つから感じられたのは、強い好転と充実の気配。断じて維持や延長ではない。
その上レース前に彼女が時たま見せる、野生生物のような獰猛な闘争本能。
そんな獣性を内に飼う彼女が、「疲労の軽減」なんていう消極的な領域を開くかと言われれば、そこには疑問が生じる。
では、何だろう。
領域の展開が失敗した際に、別の効果が生じる二重底?
あるいは、二段のトリガー式の領域、その第一展開?
色々考えられることはあるけれど、正体はわからない、判断材料が足りない。
どうすべきかと、数瞬思考が回転。
しかし、ボクが答えを出す前に……。
僅かに先を走っていたウマ娘が、強く強く、地面を踏みしめる音がした。
『第三コーナー回ってホシノウィルムが第四コーナーへ
バ群集団は殆ど塊となって竜を追う形、いや、ここでネディリカが前に出たっ!!』
……っ!
行くのか、ネディリカ!
確かにホシノウィルムとの間には、大差……目測12バ身程度の差がある。
その上、早期の領域の展開。このままでは彼女との差は開くばかり。
早めに仕掛けるっていうのは、決しておかしな判断じゃないと思う。
けれど、現在地点、第四コーナーの始まりは1600メートル地点。
レースはここから、800メートルも残っているんだ。
この距離をロングスパートで駆け抜けるのは、並大抵の所業じゃない。
ホシノウィルムのスパートを警戒している?
確かに、彼女は残り600メートル辺りから、不可解なスパートを見せることがあるらしい。
けれど、相手のペースに無理に合わせて自分を見失えば、まず勝つことなんてできないだろうに。
まさか、勝負を投げた? レース前にもそれを仄めかすようなことを言っていたし……。
……いや、でも、違う。
ネディリカは、敗北が見えるからと言って、みすみす勝ちを見逃すような子じゃないはず。
むしろ……もしかして、彼女の『第六感』がそうしろって言った、とか?
ここから行かないと未来はない、って感じた?
それとも、負けることは避けられないとして、その中で最善の結果を残せるのがこれと判断した……?
これもわからない。
判断材料が足りないし、ボクは言う程ネディリカの思考を理解できてるわけじゃない。
けれど、ただ1つわかることは……。
このままじゃ、レースの流れに乗り損ねるってこと。
元よりプランの内の1つだ、今は彼女に相乗りさせてもらおう。
『追うようにウィッチイブニングも前に出ます! 第四コーナー内で続く下り坂を利用して、少しでもホシノウィルムとの差を詰めようという魂胆か!?』
『しっかりとネディリカの動向を見ていましたね。しかしここからまだ800メートル弱、果たして3人のウマ娘はスタミナが持つのか?』
……正直なところ。
今のスピードを保ち、なおかつ終盤にスパートすると考えると、ボクにこの800メートルを走り切るだけのスタミナはない。
ボクはこれでも、スタミナのある方だと自負してるんだけど……。
それだって、本業のステイヤーというわけではない。この距離、このペースは、正直かなり厳しいものがある。
サイレンススズカやホシノウィルムみたいな怪物がぽこじゃか生まれて来る極東の魔境ではどうだか知らないけれど、そもそも欧州ではレースっていうのは、前半に温存して終盤に出し切るもの。
本気で脚を振るうのは、長くて終盤400メートル程度。そのスパート並みの速度で800メートル走れって言うのは、土台無理難題というものだ。
……とはいえ、できないことをただできないと言っているようでは、競走ウマ娘の頂点たり得ない。
鍛え上げた肉体とその身に宿した技術で無理を通すのが、ボクらのお仕事なのだ。
「はっ、はっ、はっ……!」
上がって来た息を抑えながら、ネディリカの後ろを走る。
他のウマ娘の後方に回り、正面から受ける空気抵抗を軽減する、スリップストリーム戦術。
原始的で基礎的だけれど、確かに効果的な手法でもある。
第三コーナーで息も入れたし、これなら……。
後は、ボクの領域で、どうにかなる範囲……の、はずだ。
ペースを上げながら入る、ロンシャンレース場最大の特徴、第三直線、
向こう正面の直線、そして第三第四コーナーを越えた先にある、最終直線前の短い直線だ。
最後のカーブを越えたゴール前でありながら、その最果てにゴールは見えず、慣れなければ自分のペースを見失ってしまいそうな特殊なコース。
けれど……。
今大事なのは、これが『最後のコーナーが終わった直線』であること。
つまるところ、フォルスストレートとは、「レース終盤の始まり」に他ならない。
去年のあの戦いでは、大きく引き離されて、まともに使えもしなかったけれど……。
ネディリカと、ボクに追いすがってくれているバ群のおかげで、今なら。
開ける。
ボクの世界を。
少し緩んだ芝を、強く強く蹴りつけて。
ボクは、自分の脳内にあるモノを、世界に展開した。
* * *
夕暮れ時の赤い空。
真っ当な昼の世界が終わり、不思議で素敵な夜が来る。
その切り替わり、その瞬間、世界が切り替わる数刻。
それが、一日の内で、一番好きな時間帯で……。
だからこそ、ボクの領域はコレなのだと思う。
真っ赤に染まった太陽が沈む中、スポットライトが点灯し……。
ただ1つ、
まぶたを閉じたボクは、帽子の縁を掴んで、自分に言い聞かせる。
意識しろ。気取れ。繕え。……自分を魅せろ。
ボクは
パチリと、スイッチを切るように、明かりを消すように、意識が切り替わる。
青かった世界が暗闇に落ち……。
普通だったボクは、ただこの一時、奇想天外なトリックスターとなった。
「さぁ、ショーを始めよう!」
帽子を取り払ったのは、まさしく一人の魔法使い。
条理も道理も全てを取り払い、魔法によって現実を歪める無法者。
その瞳は夜空の星々、纏う雰囲気は冬の月。
「ウィッチイブニング」は堂々と胸を張り、高らかに吼えた。
「ここが
* * *
渾身の力を。
ボクが持ち得る全ての力を、振るう。
ボクの領域は、おおよそ他には見たことのない、特殊なものだ。
領域の平均全開時間は、おおよそ5秒だと言われている。その余波が残る時間まで含めると10秒強になるけど、今はそれはさておき。
対して、ボクの領域の全開時間は、僅か3秒弱。
他のウマ娘たちの領域と比べれば、かなり短いものになっている。
……けれど、それを代償として受け入れられるだけの、莫大なメリットもあった。
その3秒間、ボクはただ1人、常識や法則から解き放たれる。
この領域を開いている間、ボクは「殆ど一切消耗せず」「普段を遥かに超える加速ができる」んだ。
ほんの、3秒。地面に足を付ける回数は、30回に満たない。
されど、3秒。その30回で、誰も彼もを魔法のように抜き去ればいい。
太陽が赤くなってから消え去るまでの、決して長くない一時。
それが世界を変えてしまうように、ボクもまた、この3秒でレースを塗り替える。
それが、ウィッチイブニングの領域だ。
「……ッ!!」
歯を食いしばり、文字通り全身全霊の力を込めて、加速。
一気にネディリカを抜き去り……彼女が仕掛けないことに僅かながら違和感を覚え、すぐにそんな悩みを捨て去って……ボクは、一瞬でバ群の先頭に躍り出す。
龍の背は、あの日見た時よりずっと近い。
あと、5バ身。
……あと、2秒。
『ここでウィッチイブニング完全に抜け出した! 猛追! 怒涛の猛追で魔法の弾丸が竜に迫る!!
ネディリカはここまでか、挑戦者はウィッチイブニングただ1人! 去年の敗北をここで雪ぐか、夕暮れ時の魔法使い!! その差はあと4バ身、3バ身、もうすぐ長い最終直線!!』
あと、3バ身。
……あと、1秒。
脚は、まだ残ってる。
ずっとネディリカの後ろに付いて、極力負担を軽減してきたし……。
猛加速に使うはずだったスタミナは、全て領域の使用で補い、むしろ息を整えることができた。
ボクにできる、おおよそ完全な走りだった。
ボクが至れる、おおよそ最高の走りだった。
だからこそ、ボクはまだ、末脚を振るうだけのスタミナを残している。
ホシノウィルムが二段階のトリガー式領域を持っていても、問題はない。
アウェイ環境の逃げウマ娘の末脚に、たとえ領域が1つ加わったとしても、負けるつもりはない。
結局のところ、レースで最後に勝負を決めるのは、奇策でも魔法でもなく、これまでに積み重ねて来た小さな努力の積み重ね。
その一点において、ボクは誰にも負けるつもりはないんだ。
だから……。
領域で増した彼女の脚を……正面から、捻じ伏せてみせる。
勝つ。
勝つんだ、ここで! あの日の龍に!!
まぶたの裏に焼き付いた……眩しすぎる夜空の星の影に!!
領域が、閉じる。
同時、フォルスストレートを終えて、遥か彼方にゴールが見えて。
ボクの目を焼く、輝く星との距離は、ほんの1バ身にまで縮まり……。
……けれど。
ボクは思わず、ビクリと、顔を震わせた。
何故なら……。
ああ、ようやく来てくれたか、と。
何より眩しかった、「灰」のように白ばんだ視線が。
その瞳の纏う、何もかもを焼き付くような「青」い炎が。
歓喜を以て、ボクという獲物を刺し貫いたから。
そうして、世界は……。
* * *
世界の頂点に立つ、最強格のG1ウマ娘。
ボクには、その自負があった。
実際、去年の凱旋門賞では、ノーブルソングに負けてしまったとはいえ、2着を取れたわけで……。
客観的に見て、これは事実であるはずだ。
そんなボクが、領域のことを知らないわけがない。むしろ人後に落ちないとすら思う。
知っている。展開に条件があることも、制限時間があることも、世界の塗り替わり方も。
……そして、それは決して、2つ同時に成り立たないことも。
歴史上、2つの領域を同時に開いたウマ娘はいない。
上位リーグに上がってなお勝ち進む、モンジュー。嘘か真か、彼女はレース中に2つの領域を使ったという噂があるけれど……。
それも、「同時」ではなく「連続」だという話だった。
少しロマンチストなところのあるトレーナーは、雑談の際に推論を立てていた。
ウマ娘の魂に由来するとも言われる領域は、その魂が1つきりしかないからこそ、同時に2つは展開できないのではないか、と。
……けれど、それならば。
目の前の現実は、一体何なのだろう。
世界のテクスチャは、今、3つ。
凄まじいスピードで流れていくロンシャンの景観と、彼方の星の近くて遠い背中。
やはり二段トリガー式だったのだろう、中盤で開いていた領域の延長……獰猛な青い炎によって燃え盛る彼女の草原。
……そして、もう1つ。
まるで龍のように尾を引いて、星々の輝く宙を舞う、巨大な灰の流星。
この、2つ目の領域は、一体、何なのか。
『ホシノウィルムは
彼女の呟き、日本語らしき言葉。
日本語のわからない私には、その意味はわからなかった。
けれど、ただ1つ理解できたのは……。
『
……この、灰の巨星は。
去年以上に、ボクの目と脳を焼くのだろうということだけ。
* * *
G2、フォワ賞。
その年の勝者は、日本より来たる灰の龍、ホシノウィルム。
2着に大差を付け、レースレコードを1秒縮めての、完膚なきまでの圧勝だった。
人としてのソウルもあるし、ウマ娘としてのソウルもあるというズル。
脳を焼かれたのはアンダースタンディブルだけじゃないし、禁断の二度焼きもあるよ、というお話でした。あらやだこの子ウィルのことしか考えてない。
次回は一週間以内。掲示板回。
ちょっと頻度高いけど、一時期あまりやれてなかったので、ここで消化していきます。
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!