転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 「死刑(エッチなのは駄目)





有罪(ギルティ)」「没収(コンフィスケイション)

 

 

 

 もはや語るまでもない話だが。

 ウマ娘の仕事は、何もレースだけではない。

 

 アスリートと共にアイドルの面を持つウマ娘にとっての、もう1つの「本番」……。

 レースで勝ったウマ娘を中心として、ファンの方々に感謝の気持ちを届けるウイニングライブ。

 これもまた、競走ウマ娘の大事なお仕事の1つである。

 

 実際、ウィルも競走ウマ娘として成長していくにつれて……というか去年の宝塚記念以来、このウイニングライブへの熱意を見せるようになった。

 競走面を中心として事に当たるトレーナーとしてはイマイチ実感し辛いが、やっぱりこっちもオマケとかではなく、本業の1つなのだろうと思う。

 

 そして、これも当然と言えば当然の話。

 ウイニングライブは、ただ踊っていればいいわけではない。

 アイドル的な側面を大きく持つ以上、ウマ娘は「歌って」躍る、いわゆるアイドルライブのパフォーマンスを見せなければならない。

 

 ……そして、その際の「歌」は、レースが開催される国の母国語でのものが一般的であり。

 

 フランスで競われるフォワ賞や凱旋門賞のウイニングライブでは、フランス語の歌を歌わねばならない。

 

 

 

「無理では?」

 

 3か月前、この話をした直後。

 ウィルは、いつもの自信満々な様子はどこへやら、へにょりと眉と耳を垂らし、なんとも情けない顔でそう言った。

 

「ご存知でしょうけど、私英語の成績ですら赤点ギリギリですよ? 単語も文法も壊滅的ですよ?

 それなのに今からフランス語の勉強して、パフォーマンスに十分なレベルにまで鍛えるのは無理オブ無理では?」

「当然ご存知だ。元より君に勉強は期待していない」

「ヒドイ」

 

 酷くない。至極真っ当で正当な評価である。

 

 人間もウマ娘も、誰しも得手不得手がある。

 ウィルの場合、走ることは全一(全宇宙一)レベルで得意だが、その反面勉強は割と壊滅的だ。

 俺や昌、ネイチャのサポートがなければ毎回赤点必至。めちゃくちゃ頑張ってようやく60点70点台とか、そんなもんである。

 俺だって頑張れば満点は取れるし、こっちは走りの反動で逆ギフテッドなのかもしれない。

 

 担当トレーナーたる俺が、彼女のそういう弱点とも呼べるものを理解してないはずもなく……。

 

 そして、対策を考えていないわけもないのだ。

 

「文法は理解する必要はない。発音は俺が何度でも模範例を出すので、それを丸々耳コピしなさい。君、そういうの得意だろう」

「あー、なるほど。ただの耳コピでいいなら、はい。でも感情移入とかできなくなりますよ?」

「意味も教える。お勉強にならない範囲で、その歌詞に込められた想いや意味もね」

「あとは、歌の技術とか。ボイトレ系ってどうします?」

「専門ではないが、ある程度は俺が教えよう」

「それは無理でしょ!?」

「なんで?」

 

 うっそだろお前!? みたいな視線でこっちを見て来るウィル。

 何がそんなに疑問なのだろうと思ったら、割ととんちんかんなこと言ってきた。

 

「だって歩さんド級の音痴、ドンチじゃないですか!! そんなんで指導なんてできるわけないでしょ!」

「は? 音痴じゃないが?」

「どこから出てくるその自信!? この前カラオケ行った時全然音程合わなくて採点機能にすら気を遣われたこと憶えてないんですか!? うっ、蘇る1時間熱烈レッスンしても2点しか上がらなかった思い出……!!」

「いやアレは慣れてないから歌えなかっただけだが? オペラなら嗜む程度には習熟しているが?」

「ウイニングライブでオペラ歌うことないでしょっ! ……え、ないよね?」

 

 

 

 結局、いつもお世話になっている日本のボイストレーナーに、リモートでレッスンを付けてもらった。

 堀野のツテでお願いしている方で、諸外国語も堪能で助かった。

 フランス語での歌についてもかなり知識と慣れを持ってくださっていて、結果としてウィルの歌は俺から聞いても十分なレベルに仕上がった。

 

 そして元より、ダンスや表情作り、ファンサなどはウィルの得意分野だ。

 ……というかこの子、基本的に何でもそつなく熟す子なので、勉強と運ゲー以外は何でも得意分野なんだけども。

 

 

 

 そんなこんなで、フォワ賞までには各種パフォーマンスは十分に仕上がり。

 

 結果として、ウィルはフォワ賞のウイニングライブで、素晴らしいと言う他ないライブを見せつけた。

 

 威風堂々として凛々しく動き、同時に少女らしい可憐さも感じさせるしなやかな体の伸び。

 その視線は時にこちらの体を貫く程に鋭く、しかし次の瞬間にはこちらを温かく包むかのように和らぎ。

 1か月前まではフランス語など(je)すら言えなかったとは思えない、見事な熱唱を響かせる。

 

 まさしく世界の中心。あるいは頂点。

 思わず、全てを持ち得る究極のウマ娘とすら思わせるような……。

 名家出身が故に美しいものに目が肥えていると自負する俺をして、否定すべきところの見当たらない、百点満点中百五十点の演出。

 

 トレーナーとしては褒める他ない、完璧なライブだった。

 

 

 

 ……の、だが。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「歩さん! ……えっと、はい、ライブ終わりました!」

「そうか。お疲れ様。それでは控室で私服に着替えた後、拠点に戻る」

 

 本来は、担当を労わるべき場面。

 けれど俺は少し意識的に、冷ややかな目線をウィルへ送り、振り返って背を向け、歩き出す。

 

「あ、あの、歩さん……?」

「その後、今日はトレーニング及び作戦会議は行わない。明日に備えて休みなさい」

「あー、やっぱり、まだ怒ってたり……しますかね?」

「ああ、伝え忘れるところだったが、これから四半期の間自主トレーニングは一切禁止とする」

「そこまで怒ることないじゃないですかぁ~~~!!」

 

 がばっと腹の辺りを掴まれる……と言うか、しがみ付かれる感触。

 ウマ娘の筋力は強い。無論本気で締め付けられているわけではないが、ガッシリと固定されその場から動けなくなる。

 

「せめて! せめて3日くらいに……いえそこではなく! 『おかえり』はくださいよぅ!」

「あれだけ約束した安全第一主義を投げ出す子に送る『おかえり』はない。あとご褒美権もない」

「そんな殺生なぁ! せめて言い訳は聞いてくださいってばぁ!」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……ウィルは、本日のフォワ賞において、2つの領域の同時展開を成し遂げた。

 

 正直に言おう。

 

 恥ずかしながら、俺はそれを見て、絶句した。

 

 

 

 その時の彼女は、あまりにも常識離れしていた。

 

 観客席にまで届く程の気迫、威圧感。

 狂気的なまでの熱と、殺意にすら近い闘争本能。

 

 ドリームトロフィーリーグでならともかく、トゥインクルシリーズでは未だかつて見たことのない……それこそどんな追込ウマ娘よりも速い、末脚。

 

 映像でならともかく、直にこのレースを見た観客なら、まず間違いなく誰もが「この子こそが世界最強だ」と確信しただろう。

 

 

 

 ……が。

 ぶっちゃけそんなことはどうでもいいんだ。

 

 いやごめん、どうでもいいは言い過ぎた。

 俺だってトレーナーだ、流石に領域同時展開に対して思うところはある。大部分は「やっぱこの子チートだわ」という呆れの感情だけど。

 

 俺の愛バが最強なのは、元からわかっていたことだ。

 ぶっちゃけて言えば領域同時使用も、流石にたった2か月でというのは想定外ではあったが、その内習得してしまうんだろうなとは思っていた。

 「世界最強じゃん!!」と言われても、「は??? そうだが??? 今更か???」という感じ。

 

 総じて言えば、やはり俺の愛バは最強なんだ! という感触で、感嘆はあっても驚きはないんだ。

 

 

 

 俺が驚いたのは、そして今大事なのは、そこではない。

 

 大阪杯であれだけ約束した、安全第一主義。

 

 俺との情報共有とトレーニングプランの順守を徹底し、無理だったり急だったりする行動はやめる。

 

 その約束を、この子がぶち破ったことである。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「違うんですって! いや違わないけど! でも、今回は大丈夫だって思ってたんですぅ~~~!」

 

 下半身をがっしり拘束しながら、ウィルは俺の腰あたりにぐりぐりと顔を擦りつけて言ってくる。

 

 その余りの可愛さに一瞬絆されかけ、無限甘やかしモードに入りかけたが……。

 舐めるなよ、こちとら元堀野のトレーナー。

 自制心の強さだけなら、この子にだって負けない自信がある。

 ……まぁ、この子はそもそも全然自制心強くないんだけど。

 

「帰ったら俺は事務処理とブルボンとのミーティングがある。先に寝ていなさい」

「は!? 添い寝は!?」

「普通に考えて担当ウマ娘と添い寝とかするわけないだろ」

「いやぁぁぁあああああッ!! ちが、違うから、違うんですから!? そうじゃなくて、いやホント歩さん視点だとひっどい裏切りに映るのはわかるんですけど今回はマジで大丈夫だと思ったんですよだって思考の負荷に耐えきれるのは事前に伝えてましたし領域だって展開に違和感なかったですしなんかイケるなって確信があったんですよ魂に響く確信が!!」

「明日からはお味噌汁抜き」

「ぶっちゃけそれはそこまで嫌でもないんですけどね。歩さんの作ってくれる料理ってお味噌汁以外も全部美味しいですし。今日のお昼のお弁当も美味しかったです」

「別居しようか、ウィル」

「にぎゃぁぁぁぁぁあああああああああああーーーーッッ!?!?」

 

 あ、腹に回された手がぎゅっと締まった。

 どうやら冗談抜きでキツい提案だったらしい。奇しくも今、俺も冗談抜きでキツい。もうちょっと強かったら骨が逝ってたかもしれない。

 まぁ、それは別にいいけども……。

 

 ここはまだ、ロンシャンレース場の地下バ道。

 一般人の目こそないが、関係者の目は十分に届く場所だ。

 そんな涙と鼻水でべしゃべしゃの顔をするのはどうなんだ、世界最強。

 ほら見ろ、ウィッチイブニングがすごい表情しながら通り過ぎていくぞ。

 

 ……いや、他人事ではないな。

 なにせ、俺がそうさせているわけだし。

 

「はぁ……とにかく、帰って話そう」

「見捨てないでぐださい゛~~~!! 駄目なところあ゛っだら変えまずがらぁ~~~!!!」

「変えなかった結果がこれだろうに」

 

 俺はため息を吐き、彼女が泣き止むまで待ってから、しなしなになったウィルをお姫様抱っこして車に運び込んだのだった。

 

 

 

 ……さて。

 これくらいすれば、十分お灸は据えられただろうか?

 

 信賞必罰は世の常。

 偉いことをしたら存分に褒め倒さねばならないし、逆に良くないことをすればしっかり反省させるために叱らねばならない。

 

 殊に、俺はこの子の保護者代理だ。

 それも、ただそう名乗っているんじゃなく、正式にそう頼まれた者。

 

 間接的とはいえ……俺がその言葉を聞くことができず、昌を通しての言葉だったとしても。

 

 

 

 日本を出る前、託されたんだ。

 

 『この子のことをお願いします』と……この子の、両親から。

 

 

 

 責任は取る。

 子供としても、ウマ娘としても……許されるのなら、一人の女性としても。

 あらゆる意味で、な。

 

 そのためにも、緩めるところは緩め、引き締めるべきところは引き締めねばならない。

 

「せめて! せめて『あーん』は! ね、添い寝は譲歩しますから!! いいでしょ、お願いしますったら、歩さぁーん!!」

 

 ……ただ、こういうウィルを見てると、教育方針が正しいのか、ちょっと不安になってくる。

 

 やっぱり帰ってからお説教追加しとくか。 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 帰宅して数時間程。

 堀野で培われた話術を総動員した、真剣な「お話合い」を経て。

 

「スミマセンデシタ……ニドトシマセン……ワタシハ、ジョウシキヲマモル、ヨイコデス……」

 

 俺たちの現地拠点、リビング。

 廃人状態……もとい、しっかりと俺の説得を受け入れてくれたウィルが、そこにいた。

 

「次回以降、俺に報告をしないまま本番で想定プラン以上の力を振るわない」

「シマセン」

「何かできそうなことが増えたり、やりたいことができたら、まずは報告」

「ホウコク」

「安全かどうかは自己判断せず、他人の意見を取り入れて判断する」

「ハンダン」

「あとついでに公衆の面前では俺に抱き着かない」

「ダキツク」

「バ鹿な、説得が効いていない……だと……!?」

 

 堀野の尋問・説得技術はかなり歴史が古く、その分洗練されている。並大抵の精神力の相手なら簡単に洗脳じゃなかった説得に応じてもらえるはずだった。

 が、ウィルにはどうにも効きが悪い。

 やっぱりかわいそうだなって思って30分毎に休憩取ったのがまずかっただろうか。それとも差し入れのお菓子か? 辛そうな顔してたら中断してなでなでしたのが悪かったのか?

 

 ……改めて冷静に考えると、俺、ウィルに対してやや甘すぎるのではないか?

 

「いやでも、改めて本当にすみませんでした。ちょっと勝負の熱に浮かされて、なんとなく感じた大丈夫っぽいっていう感覚を信じちゃって……冷静になると、軽挙だったと思います」

「ウマ娘の不可思議な感覚に関しては否定の難しいところがある。それを選びたいという衝動に駆られるのも、ウマ娘ならば珍しい話ではない。

 が、君はそういった本能がかなり、というか極端に薄い方だろう。無視しようと思えばできたはずだが」

「ギクッ」

「やっぱりな。単純に欲望に負けただけか……」

 

 ……なんとも、うん。

 

 まぁ逆に言えば、本当にヤバい領域になったら自分から止まってくれる(はず)ということでもある。

 抵抗の余地もなく本能に踊らされるよりはずっとずっと良いと思うんだが……何故だろう、どことなく残念感が漂ってくるのは。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ともあれ、ウィルも本気で反省しているようなので、いい加減お説教は切り上げよう。

 

 俺は競走ウマ娘の契約トレーナーとして、本業に復帰することにした。

 つまるところ、彼女のサポートと考察、これからのプランの提案である。

 

「さて……それでは改めて。

 領域の同時使用について……データ取りは後日に回すとして、ヒアリングと考察といこう。

 ウィル、体力や眠気は大丈夫か? 可能ならば早くやりたいとは思うが、君の体調次第では後日予定だった祝勝会と入れ替えを検討するが……」

「あんまり疲れてないので全然行けます! というかこのくらいはさせてください、流石に負い目もあるので……」

 

 

 

 ……あんなレースやった当日に『あんまり疲れてない』かぁ。

 いやまぁ、洋芝とはいえ2400メートル、確かにウィルが疲れ果てる程の負担ではないんだけど……。

 終盤に見せた、あのスパートをした後と思うと、少々異常に思える。

 ウマ娘はスピードを速めれば速める程、指数関数的にスタミナを消耗する。あのトップスピードは、本来なら彼女のスタミナを食い潰して然るべきものだった。

 

 レースで充填した脳内麻薬のせいで疲れを忘れている……というわけではないか。

 既にそれが抜けきるだけの時間は置いているわけで。

 

 となれば、領域の効果か?

 これまでのウィルやブルボンから聞いた感じ、領域の世界はウマ娘が最も心地良く、自由に走れる……あるいは、そういうように調整された世界であるように思う。

 それが2つ同時にあるが故に……条理から解き放たれている、とか?

 

 元より領域は不可思議なもの。

 その中に入っている間、ウマ娘は本来あり得ない程に優れた走りをする。

 

 スキル、技術によるものとは違う。

 アレは再現さえすれば誰でも出来得るものだ。

 極端なことを言えば、ウィルの三歩飛翔でさえ、優れた身体能力とウィルに近い脚質があれば、コピーできないものではない。

 

 対し、領域は誰にも再現できはしない。

 「似ている」では不足する。完全に同じ者、つまりはそのウマ娘にしか使えないものだ。

 

 どのように開いているか。

 どのように再現するのか。

 どのように働いて、どのように動くのか。

 領域はその一切が不明で……そして、露骨に物理現象を無視している。

 

 言ってしまえば、本来「起こり得ない」加速・回復等の現象なのだ。

 

 それが2つ重なったことにより、本来は1つしか働かない超越が、加算ではなく乗算的に働いてしまったのかもしれない。

 その結果が、あの異次元の……いいや、もはや神話的と言っていい加速だったのかも。

 

 

 

 と、そんな考察はさておき。

 今は彼女の所感のヒアリングを始めなければ。

 

 俺はキーボードを手前に引き寄せ右手を乗せ、メモにひとまずそれらしい形式を作りながら、ウィルの方に目をやる。

 

「わかった。それなら、聞かせてもらおう。

 まず、領域を2つ開けると思った時の感覚を、言葉で表してくれ」

「うわー、何回見ても片手でキーボード叩いてるとは思えない速度……。

 うーん、そうですねー……ハッキリ『イケるなこれ』って思ったのは、実のところウィッチイブニングちゃんに追い立てられてる時ですね。フォルスストレート中盤くらい?」

「ふむ」

 

 まぁ、そういうものか。

 通常の領域だって、開けると確信するのはレースの中っぽいし、それを重ねるのもまた、レース中で核心を掴む他に方法はないのかもしれない。

 

「感覚としては、自分の……何でしょう、世界観? 感情? そういうヤツが噛み合ったというか。

 なんか前から引っかかってた小骨がようやく取れて、全部一気に理解できたというか?」

「ああ、そういう感覚ならわからなくもないな」

 

 いわゆる「エウレカ」と言うヤツだ。

 ずっと考えてもわからなかったものが、何かの拍子がパッと噛み合い、歯車が綺麗に回転し出す瞬間。

 「わかった、わかった!」と全てが繋がっていく全能感に脳が爆発しそうになる、あの感覚。

 

 俺も勉強とか研究とかしてる時に、そういう様になった経験がある。

 ……というか、非才の身だとそういった文脈が一瞬で繋がることの方が稀なので、普通の人よりも体験した数は多いかもしれない。

 

 

 

 俺が右手をキーボードの上でパタパタさせながら頷いていると、ウィルは何とも言い難い絶妙な表情で言ってくる。

 

「あー、なんというか、説明が難しいんですけど……私って、世界が2つあるんですよ」

「ふむ、と言うと?」

「それまでと、それから。ちょっとアレな体験があったからというか、私の世界観って、キッパリ2つに分かれてまして」

 

 アレな体験と言うと、彼女の凄絶な幼少期……。

 

 ……と普通なら思うのかもしれないが、多分これは違うな。

 

 未来というのは今から繋がる先で、今というのは過去から流れて来たもの。

 過去と今と未来は一体となって続いているもの。

 だから、どれだけショッキングな体験をしたとしても、自己というものが連綿と続いている事実は決して覆らない。

 

 ただ1つ、自身の世界観を割ることがあるとすれば……。

 

 転生、なんじゃないだろうか。

 

 俺自身が転生者だからこそ、わかる。

 生まれ変わると、人は大きく変わる。

 

 勿論前世に引っ張られることはあるんだが……今の俺と前世の俺は、やっぱり別人だ。

 前世のソレとは全く違う世界、全く違う環境。

 それらが、赤子に戻された俺たちを、良くも悪くも全くの別人にしてくれる。

 

 ウィルも……そうだったのかな。

 彼女が前世でどんな生涯を送っていたのかはわからないが、今生で経験した辛い体験や楽しかったことが、彼女の新たな世界観を作り上げているのかもしれない。

 

 ……しかし、そうなると、もしかして。

 1つ目の領域が、前世の彼女……というか前世から繋がった彼女の領域であり、2つ目の領域は純粋な今生の彼女の領域だったりするんだろうか。

 いやまぁ、これに関しては完全に思い付きだし、違うかもしれないけど。

 

 

 

 閑話休題。彼女の話を聞こう。

 

「で、世界が2つあるんなら、それを並べる……重ねる? 併せる? みたいな。そんな感じで行けないかなーと、それ自体は前から考えてたんです。

 でもその方法が直感的にわからなくて……それがパッとわかったのが最終直線前でした。

 後ろからすんごい速さでぶっ飛んでくるウィッチイブニングちゃんを見て、『潰すッ!!』って思ったその瞬間に閃きまして」

 

 怖い。

 追って来るライバルに「負けるか!」とか「勝つ!」じゃなくて「潰すッ!!」って思ってるの、もう悲しき戦闘マシーンか何かでしょ……。

 

 まぁ、そういうところも彼女の魅力なんだけどね。

 いわゆるギャップ萌えというヤツだ。……萌えって今日日聞かないな。もう死語だろうか。

 

「こう、何ですかね、自分の中の世界に整理を付けて、キッパリ『ここから先はこっち!』って決めて、後はそれぞれの世界に『おらっ領域開けっ!』って命令するんですよ。

 そうすると綺麗に2つ開くっていうか……うーん、何と表現すればいいのか。

 すぐ隣同士で開いた2つの領域の、ちょっとだけ重なった部分を走る? みたいな。そんな感じで、2つ展開できます。できました」

「なるほど……」

 

 感覚的な話が多く、これだけを元に推論を立てるのは難しいが……。

 彼女の伝えたいイメージは、なんとなくわかった気がする。

 

 しかし、いわゆるコロンブスの卵というか、岡目八目というか。

 言われればまぁできそうな気がしないでもないが、そんなにキッパリと自分の世界を分けることができるのは、一度「世界の断絶」……つまり、死を体験しているからだろう。

 

 だからこそ、ウィルにはそれができ。

 だからこそ、他の、恐らくは大半を占めている非転生者のウマ娘には、それができない。

 

 ……ん? いや待てよ?

 ウマ娘って元々馬が生まれ変わってる存在……疑似的な転生者なのでは?

 

 となると、領域を同時展開できないのは……「馬の魂しかないから」か?

 逆に言うと、ウィルは「馬の魂」と同時、転生者としての「人の魂」も持ってるからできる……とか?

 

 というかそもそも、領域の展開の脳の容量の問題もある。

 魂関連の何かしらの条件を満たし、その上ウィルのように脳の思考スぺックをチートと呼べるレベルで増加させなければできない……というのが正確なところになるか?

 

 だとしたら厳しすぎるだろ条件。ほぼ無理じゃんそんなの。

 

 

 

 ……あー、駄目だな。

 あまりにも論拠に薄い。こんな妄想ベースの仮説なんかポイだ。

 

 今大事なのは、その領域併用による影響である。

 

「効果は……まぁ、外から見ていた感じ、君があり得ないレベルの神話的加速を見せた、というところだったが」

「神話的加速……! 良いですねその響き! カッコ良い!」

「だろ?」

 

 男の子はみんなカッコ良いのが好き。

 女の子だって一部はカッコ良いのが好き。

 

 ……じゃなくて。

 

「君の体感はどうだ?」

「そうですね。めーっちゃ走りやすくなって、めーっちゃ速く気持ちよく走れた感じです。

 そのままなんですけど、まさしく領域の中の心地良さが2つ来たー、みたいな」

「1つずつ開いた時と比べて効果の低減は?」

「多分ないですね、これ。むしろ単純に2つ使うよりも速くなってるような感触すらありました」

 

 となると、純粋に2つの領域の恩恵を受けている、と言う感じだろうか。

 

 ただ「掴んだ」というだけで、埒外だった領域による加護が2倍……どころかそれ以上になる。

 

 ……むぅ。

 こういう時に何か裏がある気がするのは、心配のし過ぎなんだろうか?

 

「デメリットがあるかが気にかかるな。脚に違和感は? 走る際に、あるいは今、いつもと違うなと感じること。妙に喉が渇くとかお腹が空くとかあるか?」

「意識してましたけど、特にない……と思います」

「そうか……」

 

 ……取り敢えず、彼女の体の状態に関しては要観察だな。

 今日一日は自主トレ禁止で休ませ、明日軽く動かして不備がないか確認。

 触診と医師の診察……いや、何かしらの異常がないか確かめるため、CTも通しておくべきか。

 

 

 

 しかし、もしも領域の二重展開がなんらデメリットを持たないのなら……。

 ウィルの終盤戦略は、2通りに増えたことになる。

 

 1つは、彼女の「思考力増加能力」……転生チートと思しきそれを使ったもの。

 走り方を最適化(?)する「天星スパート」で、終盤スパートしつつスタミナの消耗を大きく抑えることができる。

 これまではこの走りにずっと助けられてきた。

 その汎用性の高さ、事態への対応力も考えれば、今後も用いることはあるはずだ。

 

 そして1つが、増加した思考力を使用し、領域を同時展開するもの。

 恐らくは前者程にスタミナの消耗は抑えられないものの、2つ目の領域──『アプリ転生』での表記で言えば「青い炎のクリカラ」──がスタミナ回復効果を持っているらしいので、少なからず効果はあるだろう。

 そして何より、恐らくウィル以外には後にも先にも誰も再現できない可能性の高い、神話的スパート。

 身体スペックで勝てない相手だろうと問答無用で千切る可能性のある、非常に強力なカードだ。

 ……今のウィルに身体スペックで勝ってるウマ娘が何人いるか、という疑問には目を瞑るとして。

 

 切り札が1つ増えたのは、決して少なからぬアドバンテージだと言っていいだろう。

 いや、少なからぬというか……他のどんなウマ娘も持ち得ない、莫大なアドバンテージか。

 

 

 

「……うん。君の軽挙は問題ではあるが、しかしそれで強力な手札が増えたのも事実だな」

「恩赦の要アリ! これは恩赦の要アリですよ! 貢献と罪で帳消し!」

 

 未だに食い下がりべしべしと腰の辺りを叩いて来るウィルに、思わず苦笑する。

 まぁ、せめて、これくらいは言ってもいいか。

 

「そうだな……いいだろう。改めておかえり、ウィル」

「うぇっへへ……ただいま、歩さん!」

 

 まったく、こんな定型の挨拶で満面の笑顔になれるのだ。

 史上最強のウマ娘の、なんとコスパの良いことか。

 

「まぁそれはそれとして、添い寝はしばらく禁止だが」

「どうしてぇぇええええええッッッ!!!」

 

 

 







 今回得たもの
 ・世界的な評価
 ・領域同時使用の技
 ・両サイドのご両親の公認
 ・更なる信頼・親愛

 今回失ったもの
 ・添い寝権


 次回は1週間以内。ホシノウィルム視点で、凱旋門賞の作戦会議の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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