転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 書いててとても楽しかった回。
 ただしタイトルは思いつきませんでした。もうネタなんて100話前から切れてます。





第一回ホシノウィルム限界ファンオフ会 in フランス

 

 

 

 名家堀野は、トレーナーの名門として長い歴史を刻んでいる家である。

 そうなれば当然、相応に多くの知識とデータが蓄えられており、それに基づく教育カリキュラムも組まれている。

 時代の変遷と共に、その在り方をウマ娘に対して友好的なもの、彼女たちの意思をより尊重するものへと変えて来たのも、他とは一線を画する要素の1つと言えるだろう。

 

 では、そんな堀野の教育の内、一番最初に教えられるのは何か?

 

 意外かと思われるかもしれないが、それは「ウマ娘という他種族に気を許しすぎるな」である。

 

 トレーナーは誰よりウマ娘に寄り添わねばならない。

 だからこそ、誰よりウマ娘のことを知る必要がある。

 

 ウマ娘は温厚で、人間と非常に融和的な種族……と、世間的にはそう知られている。

 実際これは間違いではない。ウマ娘程人類と親密な関係を築いた種族は他にない。

 

 ……が、だからといって同じ人間と思ったり、舐めたことをすれば、痛い目を見ることがあるのだ。

 

 殊に問題となるのは、競走ウマ娘。

 彼女たちは確かに善性の心を持つ、優しき少女たちだ。

 けれど同時、彼女たちが思春期の多感な年頃だということも、忘れてはならない。

 

 この年頃の女性の難しさを、俺は身を以て知っている。

 ……いやまぁ、昌の場合は俺や兄さんの接し方が悪かったという部分も少なからずあるのだが、それはともかく。

 

 思春期の少女というのは、どうしたって暴走しがちだ。

 上手くいかない現実、ままならない才能の壁、ライバルへの妬み嫉みに友人関係のいざこざ、果てはSNS等が煽り立てる承認欲求。

 彼女たちがよろしくない行動をとってしまう動機はそこら中に転がっている。

 

 故に、信頼することはあっても、妄信することはあってはならない。

 堀野のトレーナーはその信念を真っ先に教え込まれ、またいざという時のための護身の技をその身に叩き込まれる。

 

 ……とはいえ、だ。

 実のところ、暴力が厭われる現代社会において、この技が活かされる機会はあまり多くない。

 

 護身だろうが何だろうが、そもそも拳を振るう機会などないに越したことはなく。

 それらの技術がしっかり染み付いた頃からは、「如何にしてその技を使わずに済むよう状況を運ぶか」に教育がシフトするからだ。

 

 実際、俺もこれを使ったことは……あぁ、悪質なファンがオフのウィルに触れようとした時、その手を軽く捩じり上げたことはあったが……殆ど使ったことがなかった。

 

 

 

 つまるところ。

 

 今回は、その極少ない機会の内の1回だった、ということになる。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 9月も下旬に入った頃。

 俺は不足した物資を買いに、外に出向いていた。

 

 当然ながら、こちらで暮らす以上、俺もウィルも様々な物資がいる。

 ライフラインもそうだが、ティッシュやトイレットペーパー、靴やタオルなどの消耗品、ウィルに悪影響を与えないための消臭剤や香水、少女であるウィルには他にも様々なものを必要とする。

 

 で、俺はツテを頼って信頼できる者を雇い、定期的に日本からそれらを運んでもらうことで解決していたのだが……。

 

 まぁ、それにも限界はあるというか、想定外の入用というのは生まれるもので。

 

 昼食の際、日本でのブルボンの成長について話していた際にウィルが興奮しすぎて緑茶を零し、彼女のポータブル充電器がお陀仏になった。

 惨殺死体でも発見したかのような悲鳴を上げるウィルのために、俺は食後に代替品を買いに行くことになったのである。

 

 当然ながら、ホシノウィルムに中途半端な粗悪品など使わせられない。

 性能がある程度は保証されているもので、なおかつ彼女があまり気負わず使えるものにしなければ。

 

 俺はそんな使命感を持って充電器を買いに行ったのだが……。

 

 

 

 ……そこそこのものを見つけて買ってきた、その帰り。

 

 誰かに後を付けられていると、感じた。

 

 対人特化の武術、それも防衛を主眼に置きながら相手を制圧する護身術をある程度学んでいると、なんとなく人の……気配? のようなものを感じ取れるようになる。

 ……いや、なるというか、頑張ってそうなった。実に7年かけて。

 兄さんは習い始めて1週間で感じられるようになってたし、昌も1年ちょっと。俺はすさまじく遅れに遅れての覚醒と相成ったが。

 

 ともかく、護身においてこの気配察知はすごく便利だ。

 というか、もはや必須スキルと言っていい。

 何気なく歩いている中で、誰かが自分に不必要なまでに意識を向けていることや、害意を抱いていることが、なんとなくの肌感覚で掴めるようになる。

 これがあるだけで、どれだけウマ娘の防護や制圧が簡単になることか。

 

 実際今回も、ただ珍しい人種を見る好奇心や、ちょっとした有名人に向けるものではない、異様な程に熱を帯びた視線を感じ取っている。

 これまでの経験からして、こういう視線の持ち主は大体ちょっとやべータイプの人だ。具体的に言うとウィルとか。

 まぁウィルが俺に向けて来るソレはもっと気恥ずかし気な乙女っぽいヤツなので、彼女ではないことは確か。似てるけどよく感じると全然別物、という感触だった。

 

 そして気配や足取りからして、相手がウマ娘であることは間違いない。

 パリにはフランス最大のトレセンがある。そこの生徒である可能性が高いか。

 振り向いてみなければ相手の人相はわからないが……。

 

 誰なんだろうな。俺の熱狂的なファン? ウィルじゃなく?

 トレーナーは裏方家業、俺の顔なんて知っているウマ娘の方が少ないだろうに、なんとも奇特な。

 あるいは、俺を捕らえてウィルの脅しにでも使うつもりなのかもしれないが。

 

 

 

 そしてその上、問題は。

 

 その視線の主が、さっきから距離を詰めて来てることだ。

 

 というか、もう3メートルもない。

 なんなら俺に向けて手を伸ばして来てる感じがする。

 

 ……うん、流石に危険だな。様子見はこの辺りにするか。

 

 俺は右腕に伸ばされかけた相手の手からぬるりと逃れ、逆にその手を掴み返す。

 人間の力なんて、ウマ娘からすれば些事も同然。このままであれば簡単に振り払われるだろうが……。

 そのまますいっと後ろに下がり、くるりと相手の後ろに回る。左手は相手の肘に沿え、それを上にぐいっと持ち上げた。

 

Ouch!(いたっ!)

 

 簡易的な関節固め。

 後遺症は残らないだろうが、多少の痛みが相手の思考を阻害する。

 これで出鼻はくじけたか。

 

 そこから更に抵抗されないよう、相手の膝を蹴ろうとして……。

 

 ふと、相手を見て、止める。

 

Why are you here?(何故君がここにいる?)

 

 俺が手を掴まれそうになった、そして今拘束した相手は、とても見覚えのあるウマ娘だった。

 

 多少の変装はしているが、映像の中で何百回何千回と見てきた俺が間違えるはずもない。

 ウィルにも近い小柄な体格、少しクセの付いた茶に近い金髪、左耳に付けているティアラ状の耳飾り。

 いつもは爛々と輝いている黄金の瞳は、こちらを見て、驚いたようにぱちくりと瞬いている。

 

 その容姿に、その雰囲気に該当するウマ娘を、俺は1人しか知らない。

 

 

 

「……Understandable(アンダースタンディブル)

 

 

 

 ホシノウィルムの好敵手。

 彼女が目覚めさせてしまった、眠れる英雄。

 

 それが、俺に手を伸ばそうとしていた怪人物の正体だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 アンダースタンディブルは、ウィルが目覚めさせてしまった才能。

 今の欧州において、間違いなくただ1人、「最強」の位に坐する者。

 俺から見て、おおよそ唯一無二、その爆発力を以てホシノウィルムを抜き去り得ると思える怪物だ。

 

 つまるところ、俺たちの陣営にとっての天敵である。

 

 で。

 

『い、いきなり声をかけようとしてすみません! あの……えっと、少し、話しませんか?』

 

 そんな相手がこんなことを言ってきたら、その狙いは決まっている。

 

 こちらの陣営の情報収集である。

 

 である以上、こちらが取るべき対応もまた1つだけ。

 相手から情報を抜き返す。ただ、それだけ。

 

 ……それだけの、はず、だったんだが。

 

 

 

 

 

 

『それでさぁ! ウィルがさぁ! スパートでさぁ!』

『テイオーがぁ! 距離詰めてぇ! テイオーがぁ! レーン端ぃ!』

『ナイスネイチャがさぁ! 火を点けてくれてさぁ! あの子との出会いがさぁ! やっぱり運命ってものはあるっていうかぁ!』

『領域読んでまだ詰めるぅ! テイオーがぁ! ……っ近付いてぇ! テイオーが並んだぁぁああ!!』

 

 俺たちはいつの間にか、道端のベンチで大激論を交わしていた。

 俺は気付けば、彼女とめちゃくちゃ意気投合していたのだ。

 

 ……おかしいな?

 

 いや、おかしいで言えば全てがおかしいんだが……。

 

 最初は普通に、アンダースタンディブルの精神の在り方や、凱旋門賞での走りを探っていたはずだったんだけどな……。

 

 

 

 アンダースタンディブルといえば、傲岸不遜なウマ娘だ。

 まるでどこぞの灰の龍のように……というか、同じ超抜的天才として通じ合うところがあるのだろうか、強者故の驕りが目出つ。

 

 ウィルとの凱旋門賞以外で自分が負けることなどないと言わんばかりの強すぎる自信、それに現実味を感じさせる程の凄まじい威圧感。

 レース前のインタビューでは既にレースには勝ったも同然のように語り、そして今までその尽くを実現させてきている。

 つまり、実績が伴っているから否定し辛いタイプのビッグマウスなのだ。既視感がすごい。

 

 彼女の本拠地イギリスは日本程に謙遜の文化が強くない国。トレーナーにかかる重圧はこっちよりマシっぽいが……それでも彼女のトレーナーは大変だろうなーと思う。同類相憐れむというヤツだ。

 

 

 

 ……が。

 そんな彼女が、けれど今日は、どうにも少し緊張しているようだった。

 

堀野歩トレーナー(T r. A y u m u H o r i n o)、ですよね?

 その、私、一度ホシノウィルムを育てたトレーナーと、話してみたくて……すみません、街角で見かけて、声をかけてしまって』

 

 彼女の揺れる言葉からは、強い動揺と、掴んだ幸運を逃すまいとする意志を感じる。

 ……どうやら、嘘はなさそうだ。

 

 以前ホシノウィルムが会ったと聞いた時は、ウィルの語り口からしてどうにもこちらを探りに来た雰囲気があったので、恐らくは偶然を装った必然の遭遇だったのだろうが……。

 どうやら今回は、本当に偶然の遭遇……なのかもしれない。

 本気になったウィルのように、俺の目を誤魔化すレベルでの偽装が可能なら話は別だが……アンダースタンディブル、その辺得意ではなさそうだし。

 

 

 

 ともかく。

 あちらがこちらから情報を抜こうとしているのは明確にしても、それは同時、こちらとしてもあちらから情報を抜くチャンスでもあるわけだ。

 

 ウィルには少しでも有利な戦いをしてほしい。

 そんなわけで、俺は話に応じ……。

 

 ……気付けば、めちゃくちゃに打ち解けていた、というわけだ。

 

 

 

 異国のウマ娘、アンダースタンディブル。

 彼女とは、驚く程に話が合った。

 

 例えば、ウマ娘の育成論。

 どのように強力無比なウマ娘を育てるべきか。

 

『そんなもの、基礎を積み上げていくしかないだろう』

『同意、します。基礎の積み重ねこそが全て。ウマ娘が強くなるのに近道なんてない』

『強いて言えば、強力無比だがギリギリ勝てなくもなさそうな相手を用意することくらいか?』

『流石はホシノウィルムにセイウンスカイをぶつけたトレーナー……! そうですね、ライバルの存在は私たちを燃え上がらせますから!』

 

 例えば、現在の西洋のレース事情。

 サイレンススズカやホシノウィルムがこちらに与えた影響。

 

『あの2人が与えた影響はすさまじいです。まさか逃げが勝利を目指せるだけの脚質になるとは、多くのウマ娘やトレーナーが予見できていなかったと思います』

『そうだな。洋芝の上では逃げ脚質は厳しいところがある、これまでの歴史で重視されなかったのは自然な話だ。

 だがサイレンススズカやウィルが活躍を見せたことからも、どうしても活躍できないという程でもない。やや軽視され過ぎていた、と見るべきだろう』

『そう思います。そもそもラビットを用いなければペースを作れないなんていうのが敗者の論法、自身の最適ペースを体と意識で覚えて実現すれば、最高の動きは作り出せる』

『とはいえ、それができるのはごく一部の才気あるウマ娘のみ。主流な言説になれる程に母数を蓄えられないだろうことが悲しいところだが』

 

 例えば、ホシノウィルムというウマ娘。

 俺の人生と、恐らくは彼女の人生も歪めた、あまりに眩しい一等星。

 

『まぁホシノウィルムは歴史上に至高のウマ娘としてその名を刻まれることが確定した存在なわけだが』

『そうはさせませんよ、私が越えてみせます!』

『は~? 君が欧州史上最高の天才であることは認めるが、あのテイオーですら並び立つのが限界なウィルに勝てるウマ娘なんていな……約2名を除いていないんだが???』

『残念3人になるんだなーそれが! ところで最初の選抜レースでホシノウィルムに勝ったって言うウマ娘、調べても全然名前が出てこないんですけどどなたですか? 強いですか? 映像記録残ってないんですけど当時のホシノウィルムってどんな走りでした?』

 

 

 

 ……あるいは、ホシノウィルムに脳を焼かれた者同士だからか。

 彼女との話は、波長というか感性というか、そういうものがとてもよく合った。

 

 ウィルと話している時の、楽しく、愉快で、満ち足りるようなものとは違う。

 なんというか……すごく自然で違和感のない、一緒にいても疲れない相性の良さ。

 

 それが、俺がアンダースタンディブルと話していて感じたものだった。

 

 あるいはあちらもそう感じてくれているのだろうか、彼女はいつしか丁寧な話し方をやめ、多少のスラングや略語なども使うようになり、緊張も抜けて楽しそうに笑うようになった。

 

『いやぁ、堀野トレーナーが話しやすい人で良かったよ!

 インタビューとか見てると、結構堅物な人なんだろうなーって思ってたからさ!』

『まぁ、堅物な自覚はあるが……そう思ってもらえたなら良かったよ』

『それに、やっぱりすごいトレーナーなんだなーって! 流石って言うべきかな?

 ま、私のトレーナーも負けてないけどねー!』

『君のトレーナーか……』

 

 アンダースタンディブルのトレーナー。

 彼女自身と違って、そのトレーナーの名は殆ど聞かない。

 

 だが、少し調べればわかる。

 そのトレーナーもまた、彼女と同じく、天才なのだと。

 

『あのモンジューのトレーナーが取った弟子、と聞いている。

 培ってきたメソッドを全て継承させた、とても優れた才能を持つ人物だ、と』

 

 

 

 数年前、凱旋門賞でエルコンドルパサーを破ったモンジュー。

 彼女を育てたトレーナーは、まさしく歴史に名を残すだろう、非常に優れたトレーナーだったが……。

 長い職歴を持つベテランでもあり、後進育成として弟子を取っていた。

 

 その弟子こそが、今のアンダースタンディブルのトレーナー。

 

 2年前までサブトレーナーとして修行を積んでいた彼は、アンダースタンディブルのデビュー年、いよいよ本格的にトレーナーとして始動し……。

 選抜レース当時、全くと言っていい程に注目されていなかった彼女を見出したのだ。

 

 当時のアンダースタンディブルは、トレセンに入ったことに違和感を覚えてしまう程に走りやレースに対するモチベーションがなく、また本格化も遅れていたらしいが……。

 ただ1人、彼女のトレーナーだけは、その溢れんばかりの素質を見抜いていた。

 

 

 

 アンダースタンディブルは、自らのトレーナーを褒められたからだろう、こそばゆそうに笑う。

 

『んー、個人的には「誰彼の何々」なんて言葉じゃ、人は測れないって思ってるんだけど……。

 まぁそうだね。私のトレーナーはとっても優秀で、特に「目」がすごい。

 デビュー前の私が全然やる気がないってことも、やる気を出したら誰にも負けないってことも、ただ1人だけ気付いてたからね。

 ……まぁ、流石に目の良さで堀野トレーナーに勝てるかはわかんないけどさ』

『む』

 

 向けられた黄金の瞳からは、確信の感情が読み取れる。

 見抜かれていたか、と。俺は思わず顎に手を当てた。

 

 俺の持つ、転生チートらしき正体不明の能力、名付けて『アプリ転生』。

 これは、言うならば途轍もなく鋭い、鋭すぎる観察眼だ。

 

 ウマ娘の持つ身体能力のスペック、現状の適性、その身に修めたスキルに、現在の調子。

 これらを数値化して理解することができるという、まさしくチートと呼んでいい能力。

 

 だが同時、これは「すさまじく鋭い観察眼程度の力しかない」とも言える。

 スペックも適性もスキルも調子も、天才的なトレーナーならばウマ娘を見た瞬間に理解できる。

 

 そして、恐らくはアンダースタンディブルのトレーナーこそが、そういった類の人間なのだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 思えば、俺とアンダースタンディブルのトレーナー、そしてウィルとアンダースタンディブルには、少なからぬ共通点があるように思える。

 

 どのような事情であれ、優秀な師の下で育てられた、凄まじく観察眼の鋭いトレーナー。

 どのような形であれ、凄まじく強い相手に燃え上がる性を持った、素晴らしい素質のウマ娘。

 

 アンダースタンディブルと妙に話が合うのは、そういったシンパシーもあるのかもしれない。

 

 そんなことを思いながら、アンダースタンディブルと様々な話をしつつ、先程2人分買って来たジュースをちびちびと飲んでいると。

 

 

 

『……うん。やっぱり私、欲しいな』

 

 ボソリと、彼女が呟く。

 

 発言の意図を汲みかねて、首を傾げていると……。

 アンダースタンディブルはベンチから立ち上がり、俺に向き合って、真っ直ぐに目を見て来る。

 

 そして、言った。

 あまりにも予想外な、言葉を。

 

 

 

『堀野歩トレーナー。私のサブトレーナーになってください』

 

 

 

『…………は?』

 

 返しが呆然としたものになったのは、正直仕方ないと思う。

 

 それだけアンダースタンディブルの言葉は、俺にとって予想外な……というか、あまりにも奇天烈なものだったんだ。

 

 そして同時、その言葉に驚いた……のかはわからないが、我慢しきれなくなった者がもう1人。

 

 

 

 

 

 

「ホントにNTRするヤツがあるかぁぁあああーーーッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 そう言って近くの茂みから飛び出してきたのは、どこかで見覚えがある……。

 とかいう次元ではなく、俺の良く知るウマ娘。

 

 ていうかウィルだった。

 何故か両手に草の生えた枝を持ち、ついでに頭に巻いたハチマキにも左右一本ずつ付けている、不審者スタイルのウィルだった。

 

 何やってんだこの子。

 

 ……ホントに何やってるんだこの子?

 

「ウィル? 何をしてるんだ君……」

「Hoshino Wyrm!? Why are you here!?」

 

 俺とアンダースタンディブルがそれぞれ驚いている中……。

 

 ウィルは涙目で俺に詰め寄り、胸元を掴み上げっうおっ力強っ! 本気じゃん!?

 いやまぁ身長差があるからそこまで苦しくもないし、むしろウィルの方が姿勢的には辛そうだけど。

 

「歩さんこの! 私というものがありながら海外の金髪美少女にうつつを抜かすなんて! ハーレムルートですか、ハーレムルートがお望みですか!?

 クソッ前世でゲームやってた時はハーレムルート大好きオタクだった私ですが、実際攻略されるヒロイン側の立場になると話は別ですよ!

 断じて認めないって言ったら捨てられる可能性がありそうだから言えませんけどあんまり許しませんからねそんなのはッ!!!

 うぅぅぅーーッッ! 脳が! 脳が破壊される! 一度壊れた脳は二度と、もう二度とは……ッ!!」

 

 この子普通に前世とか言っちゃってるんだけど、それってこんなタイミングで言って良かったヤツなんだろうか。

 まぁ本人は自分でも何言ってるかわからないくらい暴走してるっぽいし、アンダースタンディブルはあまりの早口とスラング的言葉の多さに内容を理解しきれず目を白黒させてるので、彼女の秘密が外部に漏れることはなさそうだが。

 

 

 

 ……しかし、ここは衆人環視の環境。

 自分の契約トレーナーに掴みかかるホシノウィルム、という光景は維持しておきたいものではない。

 

 俺は堀野で学んだ技で彼女の拳に入った力を抜き、するっとその手を抜け出して、体勢を崩しかけた彼女を支えた。

 で、耳元でささやく。

 

「ウィル、落ち着け」

「ひゃ、ひゃい……♡」

 

 ふにゃふにゃと力が抜けるのを感じる。ちょろい。

 

「この子とは偶然そこで出会って話しているだけだ。君はどうしてここに?」

「その……♡ 歩さん遅いなって……♡」

「心配させて悪かった。その分、今日帰ったら添い寝権復活な」

「アッ嬉しすぎて気絶するっ♡」

「しないでね?」

 

 取り敢えず、ウィルが落ち着いてくれたのでその場に立たせる。

 ぽーっとしてるけど、ひとまず彼女の方はこれで大丈夫でしょう。

 

 

 

 ……それより、今はアンダースタンディブルだ。

 

『アンダースタンディブル。俺にサブトレーナーに付いて欲しいという話だったが……光栄には思うが、遠慮させてもらうよ。

 俺はこの子の、そしてミホノブルボンのトレーナーだ。彼女たちを手放すなんて、最初から選択肢に存在しない』

 

 ウィルの頭をなでなでしながら言った俺の言葉に、「ホリウィルハガチ……」と謎の呪文を呟いていたアンダースタンディブルは、ハッと気を取り直して言う。

 

『いや、いやいやそうじゃなくて! 離れて欲しいなんて欠片も思ってなくて!

 私は「競走ウマ娘ホシノウィルムの走り」が好きだし、ホシノウィルムと堀野トレーナーはやっぱり一緒にいてこそ尊いというか、推しカプというか……! 是非とも近くで2人の活躍を見たいと言うか!』

 

 ……あれ、ちょっとなんかウィルっぽい面見えて来たなこの子。

 

『だから離れてほしいんじゃなくて……2人で、もしくは3人でも4人でもいいんだけど!

 フランスのトレセンに来てくれない!? 一緒に競おうよ私と! 

 で、そのついでに、私のこともちょーっと見てくれたらいいから! お願いします、ちょっとだけ! ちょっとだけね!』

 

 そう言ってくるアンダースタンディブルの目は、どこか甘えてくるウィルのようで……。

 

 あぁ、本当に似ているな、と思う。

 勝負への闘争心も、どこか子供っぽいところがあるのも、彼女はウィルによく似ている。

 

 けれど、違う。

 結局のところ、彼女はホシノウィルムではなく、アンダースタンディブルだ。

 

 俺の愛バは、前にも後にも1人きり。

 

 そしてその彼女が……今えへえへと液体状になって俺の腕に絡みついている彼女が望まないことを、俺はするつもりはない。

 

『悪いが、彼女の最上の親友でありライバルが日本にいるからな。離れる気はないよ』

『む、テイオー……じゃなくて、ナイスネイチャかぁ。

 私、イマイチあの子からは強さを感じないんだよなぁ……いや、確かに強いしすごい技術だとは思うんだけど、ホシノウィルムとかトウカイテイオーみたいなレースをひっくり返すパワーは感じないというか』

 

 確かに、ナイスネイチャに、ウィルやテイオーのような才はないだろう。

 

 けれど彼女は、誰よりも努力している。

 セイウンスカイと同じように……常日頃、一挙手一投足すら、レースのために費やしている。

 

 その脅威を未だ理解できないのは……あぁ、そうか。

 アンダースタンディブルは、未だ実戦経験の多くない、クラシック級のウマ娘。

 未だ彼女は……才能に劣る者が死に物狂いで努力する脅威性を知らないのだ。

 

 ……これはいい。

 無敗の英雄の、最大の弱点を見つけた。

 

『ふ。そう思うのなら、秋の日本のレースも見ているといい。

 星の世代の三等星、ウィルの最恐のライバルの名は伊達ではないさ』

 

 

 

 ……さて、ウィルが不安げに「ねぇ、今何喋ってるの? ねぇ?」と言い始めたので、そろそろ解散といこう。

 

『アンダースタンディブル、今日君に会えたことは幸いだった。良い話ができたよ。

 次に会うのは、凱旋門賞当日になるだろう。それまで……』

 

 そこで俺は、ニヤリと、唇を曲げた。

 

『それまで、精々鍛えておくといい。

 俺とウィルの作り上げる「ホシノウィルム」の、良きライバルであってくれ』

 

 それを聞いたアンダースタンディブルは、一瞬ポカンとした後……。

 

 見覚えのある、獰猛な笑顔で、笑った。

 

『ええ、それでこそです。それでこそ、私の憧れたウマ娘、ホシノウィルムのトレーナー!

 前で待っててください、全身全霊で超えに行きますから!! ……って、ホシノウィルムに伝えておいてください!』

 

 

 







 アンちゃんが堀野君を見つけたのは今度こそホントに偶然です。
 偶然目標のウマ娘のトレーナーに巡り合えるだけの主人公的強運の持ち主。

 アンちゃんが好きなのは「競走ウマ娘ホシノウィルム」。
 つまりホシノウィルム箱推しなので、勿論ホシノウィルムの走りを作っている堀野君へも好感度(というか憧れ度)非常に高め。思わずサブトレに勧誘しちゃうくらいには。



 次回は1週間以内。ホシノウィルム視点で、負けられない理由の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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