リディー&スールのアトリエのソフィー先生くらいがベスト(個人の感想です)
早いもので、俺がトレーナーになってから、もう4年の月日が経った。
この4年間、本当に激動の日々だった。
堀野の家を出て中央トレセンに勤め始めて、今世でこそしっかり誰かを支えられるようになるぞと、担当ウマ娘をスカウトして……どうやら当時流れていたらしい噂のせいで失敗を繰り返し。
そうしてあの夜、眩しい月の光の下で、1人の少女の人生を預かった。
ウィルに出会ってからの3年間は、前世まで含めた俺の人生の中で最も濃密で……そして何より、最も楽しい時間だったと言っていいだろう。
思えば最初の頃のウィルは、凄まじく冷たい印象だったな。
過去のことを思えば仕方ないことだと思うし、外界への警戒から取り繕っていた部分も少なからずあるんだろうが……。
……最近のウィルを見てると、もはや俺の記憶違いか狂気を疑ってしまうな。クールで表情が表に出ない系ウマ娘? 誰のことそれ?
その後は、日々のトレーニングや数々のレースを通して、少しずつ彼女と理解し合い、絆を深め。
彼女は、俺だけの担当ウマ娘だと言ってくれて。
俺は、彼女の契約トレーナーであると、本心から言うことができて。
そうして気付けば、いつしかこんなところにまで来てしまった、というわけだ。
正直なところ、3年前の俺は、こんなところにまで来るとは思っていなかった。
まさか初めて持った担当が無敗の三冠バになって、そのまま事故も衰えも見せることなく伸びやかに成長を続け、ついには凱旋門賞に出走するまでになるとは。
……むしろ誰が予期できるんだよこんな未来。
完全にアレじゃん、学生が授業中にテロリスト乗り込んで来るとか異世界に転生するのを妄想するのとかと同レベルの妄想じゃん。
そりゃあ強いウマ娘を担当するのは全てのトレーナー志願者の夢だけどさ、だからって限度というか、現実味ってヤツじゃあるじゃん?
というか俺に至っては、どんなウマ娘であろうが契約したなら支え続けるだけと、今思うとウマ娘たちにだいぶ失礼なことを考えてすらいたし。
勤務4年でフランスに渡り、唯一無二の愛バと共に世界の最高峰に挑む……なんて、そんなことは完全に想定の外にあったと言っていい。
けれど、現実はどこまでも非現実的で。
俺は恐らく……というか事ここに至ってはほぼ間違いなくもう1人の転生者であろうと断言できる、運命の少女と出会い。
ついにはここ、あらゆる日本のトレーナーとウマ娘の悲願、凱旋門賞にまで行き着いたのだ。
* * *
ウィルにトレーニングを付け、日本のブルボンに指示を飛ばし、他陣営の情報を探ったりレース場のバ場を見たり当地のレース管理組織と話を付けたりと、多忙な日々は一瞬で過ぎ去り。
凱旋門賞まで残すところはあと3日。
今日は、凱旋門賞の直前インタビューが行われる日だ。
インタビューの行われるスタジオで……。
ウィルは勝負服──彼女の得た最初の、赤と灰のボーイッシュな方──を身に纏い。
この戦いにおいて彼女の最大のライバルとなるウマ娘と、肩を並べて座っている。
闇の中の黄金を思わせる、黒を下地に金色で彩られた荘厳な勝負服を身に纏うウマ娘……。
「
1年前にはウィルとの間に埋めがたい差が開き、所詮は小さな障害に過ぎなかった彼女。
けれど今、あり得べからざる杞憂は現実になり、ウィルの上には巨大な空が落ちてこようとしている。
まったく、最悪の想定というのはしておくものだ。
理論上、千に一つもないはずだと思っていたが……所詮は机上の空論に過ぎなかった。
この世界の現実は、小説よりもずっと奇なものなのだ。真に恐ろしいことに。
そんな彼女たちの僅か後方。
ホシノウィルムの契約トレーナーである俺は、彼女の傍に用意された席に座っている。
同じように、アンダースタンディブルの後方には彼女のトレーナーが控えているが……。
……うーん、怖いな、どうにも。
うっすらと笑みを湛えた、彼……アンダースタンディブルのトレーナー。
その雰囲気には、どことなく覚えがある。
常に余裕を漂わせ、自らの高い能力を正当に評価して、その上で誰も見下すことなく慢心もしない……。
この感じ、俺の兄さんに近いものがあるんだ。
堀野の長兄。
とんでもない才能を持ってる、万能の天才。
俺が数年かけて身に付ける技術を、大抵1週間そこらでマスターしちゃうタイプの人だ。
……今思うと、俺の自己肯定感が薄いのって比較対象として兄さんがいたせいもあるんじゃないか、という他責思考が脳裏をかすめたが……。
今はそれはさておき。
流石に彼女のトレーナーが兄さんと同レベルの天才とは思えない、というか思いたくはないが……。
天才と呼ぶ他ないアンダースタンディブルをして、「すごく『目』が良い」と言わしめる人物だ。
果たしてどこまでこちらを見抜いているのかと思うと、胸がチクチクと恐怖心に苛まれる。
ぶっちゃけ俺のトレーナーとしての強みってチートによる観察眼だから、これを潰されちゃうと優位性がだいぶ覆っちゃうんだよな……。
ウィルを支える者として、「トレーナーの力量不足で負けた」なんて展開はご免願いたいのだが、観察眼で負けちゃうとその可能性が出てくるわけだ。
うーん、怖い。俺ももっと他に、強みを作らないとな。
取り敢えずウィルに指摘された通り、ファッションセンスを磨くとかから始めてみようか。ファッションコーディネーターもできるトレーナー、需要あるだろうか。
……話が逸れ過ぎた、閑話休題。
先日の様子からも、アンダースタンディブルが自らのトレーナーに信を置いているのは確かだ。
なにせ、推し? と言っていた俺を「サブ」トレーナーに据えると言ってきたのだ。
メインの、つまりは今のトレーナーを大切にしていなければ、とてもその言葉は出てこない。
俺にとってのウィルのように。
あるいはウィルにとっての俺のように。
アンダースタンディブルというウマ娘にも、運命の出会いがあったのだろう。
まぁ、なんだ……。
トレーナーとしてこんなことを思うのは、思い上がりなのかもしれないが。
常々「ウマ娘を強くするのは強敵の存在だ」と主張している俺ではあるが、恐らくただそれだけでは、彼女たちは本当に強くはなり切れない。
彼女たちが本領を発揮するのに必要なものは、もう1つある。
それは、自身にとって最適なトレーナーの存在なのだと思う。
眠れる天才だったアンダースタンディブルを、煌々と輝くホシノウィルムという星が叩き起こし。
その上で、腐るかもしれなかった才能を、あのトレーナーがこの上なく育て上げたのだ。
まったく。
ホシノウィルムの良き走り、良き未来を思ってこそ、彼女をここまで育てたというのに、そんな俺の行動がさかしまに彼女のライバルを強くしてしまっているのだ。
まぁそれは、あっちにも言えることだろうが……。
皮肉なことだと頭を悩ますか。
あるいは、これでもっとウィルは強くなるだろうと笑うべきか。
トレーナーとしては、難しいところがあるね。
* * *
さて。
『準備できました、インタビューを始めます!』
俺が感傷的になっている間に、インタビュー陣の準備が整い。
ついに凱旋門賞直前インタビューが始まった。
このインタビュー、フランスの記事になる以上、当然質疑応答はフランス語で行われる。
……行われる、のだが。
ウィルはフランス語など全く……いや、一つしか喋ることはできず、リスニングすらできない。
そしてアンダースタンディブルの方も、あくまで本拠地はイギリスであり、何故か日本語はかなり堪能なのだがフランス語は喋れないらしい。
結果として。
記者たちがフランス語で質問をし。
俺たちトレーナーがそれぞれ日本語と英語に通訳。
ウマ娘たちがそれぞれの言葉で答えたのを、俺たちがフランス語に翻訳し直す、と。
3つの言語が行き来する、なかなかに忙しない状況になってしまった。
まぁ、こういう場もない話ではないんだよね。
数年前にジャパンカップに出走したモンジューも含め、殆どのウマ娘たちは遠征に併せて言語を修めるなんてことはしない。
トレーナーや通訳が付きっ切りで彼女たちを支えるのが普通だ。
例外はと言えば、ルドルフなんかは海外遠征のためにもいくつか言語を習得したという話だったけどね。本当にすごい子だなあの子。
まぁ? 別にそれができないからと言って劣っているというわけではない。
むしろ、こういうところで隙というか不可能なことがあるのも、ウィルというウマ娘の可愛いポイントなのだけれどね?
『それでは、インタビューを開始させていただきます。お二方、本日はよろしくお願いします』
「よろしくお願いします」
『よろしくお願いします!』
俺たちトレーナーの通訳を通し。
ウィルはちょっとクール目に、アンダースタンディブルは元気に対応した。
フォワ賞の時の直前インタビューでは単純に火が点き切っていないがためにローテンションだったが、今日のウィルは底の方に炎を燃やしながらも外面を繕ってる感じだ。
相変わらず仮面を被るのが上手い子だな。3年間公私ともに付き合った俺でようやくわかるレベルだ、これを見抜けるファンはそういまい。
『まずはホシノウィルムさんに。欧州に来られてから3か月、そろそろこちらの環境にも慣れて来た頃合いでしょうか?』
「そうですね。和食が恋しくなってきた頃……と言いたいところですが、その辺りは私のトレーナーが支えてくれますから、ホームシックなどもなく。
ええ、拠点に戻ると我が家に帰ったような安堵感を覚えて来ています。もはや第二の故郷ですね」
『本当に第二の故郷にしてくれたら嬉しいんですけどね~』
先日の俺たちの勧誘失敗をまだ引きずっているのだろう、アンダースタンディブルはそう言って軽く唇を尖らせる。
対しウィルは……ほんの一瞬、ピクリとウマ耳を震わせた後、穏やかな笑顔を作った。
「ふふ。それじゃ、凱旋門賞でアンちゃんが勝てたら考えてあげるよ」
「本当!? 今言質取った! 取りましたからね!」
……ウィル、君さぁ……。
いやまぁ、元より負ける気なんてさらさらないからいいけどさ。
さて、それからしばらく、雑談交じりのジャブのような質問が続き。
いい感じに場が和んだ頃、いよいよインタビューは本題に入った。
『凱旋門賞を前にしたということで、今年の有力株であるお二人に話を聞きたいと思います。
レースを前にして、感触の程はどうでしょうか?』
インタビュアーの投げて来た質問を、可能な限りそのままのニュアンスでウィルに伝達。
それを聞いた彼女は、ほんの数瞬、瞬きをすることで間を繋ぎながら硬直した。
最近になってようやくわかってきたが、ウィルは──彼女が落ち着いている時に限る話だけども──こういった公の場で質問を投げかけられると、しっかりと考えてから物を言っているらしい。
何を言うべきか、言っていいか、言うことを望まれているか。
そういうことを頭の中で列挙し、最適解を選ぶ。
それが彼女のやり方だ。
言葉で並べるとすごく簡単なことのように聞こえるけれども、これはなかなかすごいことだと思う。
そもそも、自分が大多数の人間から何を求められているか、というのは案外わからないものだ。
それこそエゴサとかするんなら話は別だけど、ウィルはそこまでゴリゴリにする方じゃない。週に1回するかどうかって感じらしいし。
その辺りは彼女の特有の要領の良さ故か、あるいは前世から続く経験から来る技術か。
……もし後者なら、少し羨ましい。俺も前世で栄養士とかスポーツ指導の勉強とかしっかりやっとけば、今世ではもっともっとウィルやブルボンを支えられたと思うんだが。
話を戻して。
そういうことを察した上で、場の空気とか自分のイメージと照らし合わせ、その上で自分が言いたいことや言うべきことをミックスして、適切な言葉と態度を算出する。
この間、3分の1秒程度である。
もはや悩むとすら言えないような一瞬の内に、しっかりと自分を偶像化できているのだ。
本当に器用だね、彼女は。爪の垢を煎じて飲みたい。
で、そんなウィルが出したアンサーは。
「充実している、というのが正確でしょうか。
こちらに来て3か月、いい加減洋芝にも慣れました。流石に日本と同じ程ではないにしろ、こちらにいるG1ウマ娘たちと同程度の走りはできると思います。
そして、私はホシノウィルム。弱点をなくした龍に、負けはありません」
うおー突然のビッグマウス。
凱旋門賞を前に「負けはありません」なんて言える日本のウマ娘、他にいるだろうか。
まぁ俺としては同意見だけども。もし聞かれたら俺もそう答えると思うけども。
実際、彼女の言葉に嘘はあまりない。
彼女の洋芝適性は、ついに推定Aを越えた。
今やG1ウマ娘……ウィッチイブニングやアンダースタンディブルと比べても遜色のない走りができる。
というか、逃げや長距離の適性がSであることを考えれば、むしろ彼女たちよりもより良い走りができるだろう。
……ま、こちらでは
その上で、今回のレースの勝率は……。
……やはり、スペックや爆発力などだけを考慮すれば、5割といったところだろうか。
前回纏めた時から、アンダースタンディブルはまた爆発的に成長している。
恐ろしいことに、一般的なウマ娘の16倍程度のスピードでガシガシと能力を向上させていっている。
今や彼女のステータスは、ウィルのそれにすら近い。
流石にあと3日でウィルを越えて来るとまでは思わないが、レース中でどこまで爆発を見せて来るかは計り知れない。
彼女の爆発力がウィルとの差を埋め、そして彼女の転生チートらしき力を越えた時……。
英雄の龍殺しは、成る。
……まぁ。
俺が、そうはさせないが。
一方で、このウィルの発言を受けた上での、アンダースタンディブル。
彼女は、ただでさえニコニコと浮かべていた笑みを更にニヤニヤの段階に深め、言った。
『私の方も、万全。いいえ、万全以上です。
龍を倒すために、私はこの1年を誰より濃厚に生きて来た。全てを捧げて来た。
故に、ただ、勝つ。それ以外に言うべきことはありません』
こっちもこっちで視野狭窄。
もう完全にウィルしか見えてない。いや、見てないんだろうが。
まぁ、本来そのレースで1着を取る子をマークし、その子を越えることができれば、結果的に1着を取れる……というのは、間違った理屈ではない。
実際、ライスなんかはそういった徹底マークをこそ中心に据えた戦術を取るわけで。
だから、それが良くないことだとは断言できないんだが……。
同時に、確かな隙ではあるんだよな。
前提として、アンダースタンディブルは恐ろしいウマ娘だ。
たった1つの壁を越えるために全てを賭け、その壁が高ければ高い程加速度的に短期間で力を付ける。
ホシノウィルムという、おおよそ世界で最も高い壁を前にした今の彼女は……恐らく、並行世界というモノがあったとしても、あらゆるアンダースタンディブルの中で最も強いだろう。
……けれど、同時。
そんな彼女のスタンスこそが、唯一無二の欠点でもある。
自分が挑む壁が高ければ高い程、彼女はそれに焦がれるのだろう。
ホシノウィルムという、おおよそ簡単に越えることのできない、手の届かない彼方の星。
多くの人の目と脳に、二度と消えない火傷を作る、灰の恒星。
これを越えるためには、星の遠さ、星の高さから目を逸らしてはならない。
その目を焼かれながら、けれど心を焼き尽くされることのないよう、手を伸ばし続けなければならない。
アンダースタンディブルはそうして星越えを為そうとする、ナイスネイチャやトウカイテイオーと並ぶ最たる例の1人であり……。
その上で、たった1人を徹底マークする走り方のウマ娘。
故に、ホシノウィルムというウマ娘以外に目をやることはない。
高すぎる壁に焦がれ、見上げながら、それを越える日を待ち望み……。
……けれど。
そういったウマ娘は、往々にして足元がお留守だ。
今回、彼女には思い知ってもらおう。
レースは2人きりの戦いではない。
当然ながら、凱旋門賞は20人で走るレースなのである、と。
仕掛けは上々。
アンダースタンディブルという英雄を堕落させしめる策は、ここにはない盤外の要素によって着々と進行している。
実際に走るウィルは勿論、俺だってこのレースを戦う「競走ウマ娘・ホシノウィルム陣営」の1人。
他のウマ娘から学ぶこともあるし、できることなら何でもするとも。
……しかし、英雄を堕落せしめる策、と来たか。
俺、なんか悪の魔法使いみたいになってきたな。
* * *
『なるほど、両者共に強気な発言をいただきました』
2人のウマ娘の強気な発言、そしてそれぞれが交わす熱の籠った視線に、インタビュアーたちの熱が上がる感覚。
記者たちからすれば、今回のレースの二大巨頭がそれぞれ勝利を確信しているというのは記事にしやすいだろうからね。嬉しく思うのもわかる話だ。
そうして、インタビュアーの1人が口を開く。
『では続けて、お二人のそれぞれへの印象を伺いたいと思います』
俺がそのまま伝えると、再び一瞬だけ考えた後、ウィルはコクリと頷いて話し始める。
「そうですね……必ずや打ち倒さねばならない相手であるとは思っています。そしてそれが容易ではない、とも。
いつもなら、当然勝つと言うところですが……。
ええ、今回は素直に認めます。アンダースタンディブルは、強い。才能という意味では、私を遥かに超えている」
俺の通訳を聞いて、ざわりと、会場が揺れた。
これまでのインタビューにおいて、ホシノウィルムはほぼ常に傲岸不遜であった。
誰かに劣っているなどと言うことはなく、常に自分は頂点だと、勝って当然だと言って憚らず、その強烈すぎる自尊心を隠そうともしない。
いつだって彼女は挑戦者を待ち構えるチャンピオンの側であり、唯一その姿勢を崩したのは、恐らく俺が不在だった有馬記念の時くらいだ。
けれど、今、ホシノウィルムは自らの劣勢を認めた。
こと才能という面で、自分がアンダースタンディブルに劣ることを認めたのだ。
ホシノウィルムのことを細かく調べていればいる程、今の発言の衝撃は大きいだろう。
……というか、大きい。
特に打ち合わせとかなく、いきなりこんなこと言われた俺とか、内心めちゃビビってる。
常々「私は本当の天才じゃない」的なことを匂わせる発言はしていたが、まさかそれをここまでぶっちゃけるとは思っていなかった。
やはり爆速で伸びるアンダースタンディブルに思うところがないでもないのか。
彼女は珍しく神妙な顔で、自らの逆境を認めた。
……が、同時。
俺のウマ娘は、ただヘタれて終わる子でもない。
彼女は一転、ニヤリと不敵に笑い、言った。
「……ですが、それでも私が勝つ。いいえ、(NTR展開を破壊するためにも)負けられないのです。
私は多くのファンの方の夢を背負い、同時に自身の(トレーナーと結ばれるという)夢も持って、ここにいる。
故に、(レースでも恋のダービーでも)負けるわけにはいかない。
この地の歴史に新たな神話を刻み、より早くゴールイン(ゴールイン!)するのは、私です」
…………なんだろう。
俺が彼女のことを知り過ぎているからか、今のカッコ良いはずの台詞の裏にどことなく情けないというか、残念に過ぎる意図が見えた気がした。
気のせいだろうか。
気のせいだといいな。
記者の皆さんいい感じに盛り上がってるし、これは俺の幻聴だろう。そういうことにしておく。
『ふふ……ええ、そう言ってくれると思ってました。
まぁ、私の方が才能があると言われると、少々疑問が残りますが……それはさておき』
ウィルの発言を受けて、アンダースタンディブルは……見覚えのある笑顔を浮かべる。
ああ、見覚えはあるとも。
なにせ、俺はウマ娘の見せるそういった獰猛な笑顔を、恐らく最も近くで見て来たのだから。
『私にとってホシノウィルムは、絶対強者。
それこそ、親が子供に聞かせる寝物語、英雄譚に出てくる無敵の竜に等しい。
私はインターネットで彼女の存在を知って、その強さに、美しさに、カッコ良さに、恐ろしさに、ロマンに、歴史に、走りに……その全てに、心を奪われた』
彼女は恍惚の中、夢見る少女のように、ホシノウィルムへの想いを語る。
『……今まで、私に火を点けてくれたウマ娘は、いなかった。
誰も彼も、仮に私よりも強くても、すぐに追い抜けそうな者ばかり。そんな相手を越えたとしても楽しいだろうとは思えず、だからどうしても本気を出せなくて。
けれど、そんな中で、出会ったんです。絶対に越えられないって思えるような走りに。絶対に手が届きそうもない程、遥か彼方を飛ぶ龍に』
……確かに。
彼女程の才能を持つ者にとって、世界はつまらないのかもしれない。
やろうと思えば、なんでもできる。最初はそれも楽しいだろうが……。
慣れてしまえば、恐らく、退屈になる。
結局のところ、楽しさというのは困難を乗り越えることで生じるものであり、一切合切が困難にもならないのであれば全てはただの作業に堕する。
俺自身は非才の身だから、イマイチ共感できなかったが……。
俺の兄さんも、まだ俺が赤ん坊の頃は……ちょっと塞ぎこんでるというか、すごく淡々と生きているようなところがあった。
だから、共感はできなくとも、理解はできるつもりだ。
……しかし、そんな彼女は今、本当に楽しそうに笑っている。
彼女もまた、自らの運命に出会ったのだろう。
どれだけの才があっても超えられそうもない、高すぎる壁を見つけたのだろう。
『いつかこの龍と共に走りたいと、そしてその背を越えたいと。そう望み、そのために走って来た。
その結集が、その最果てが、龍の背中がそこにある。ようやく、私の手の届くところに来た。
であれば、ただ勝つのみ。
……私はホシノウィルムとは違う。まだファンの願いも背負っているとは言えない。誰が私に何を望んでいるかなんて、正直なところ今はどうだっていいんです。
ただ、目の前の千載一遇の機会を、心のままに楽しみたい。最高の走りをして、最強の龍を越えたい。
それが、私の本音。凱旋門賞にかける、たった1つの願いです』
……なんとも、ぶっちゃけるものだ。
ウィルが日本の夢を背負い走るのならば、アンダースタンディブルは自らの夢の為に走る。
一見すれば、こちらが主人公側、相手が悪役というような割り振りだが……。
現実的に見れば、そのどちらが良い悪いといった評価は下せないだろう。
夢に貴賤の違いはない。
どんなくだらない夢も、どんなに有り難い夢も、尽く等価値。
何人が願う夢も、ただ1人が祈る夢も、そこに差は生じない。
であれば、日本全ての夢がアンダースタンディブル個人の夢を越えるという道理もまた、ない。
互いに比べられない夢を持って走るのであれば、そこで発生するのはシンプルなエゴイズムのぶつけ合いだ。
力によって自らの目的を押し通し、叶える。
往々にして、レースとはそういう場となる。
世界最高峰の芝のG1、凱旋門賞。
最も大きく最も熾烈であるからこそ、凱旋門賞はレースの極致に当たるのだろう。
……いや、まぁ。
ウィルの方は割と煩悩とか欲望とか、そういうのも色々と入っちゃってるような感じもするし、言う程これがシリアスな戦いなのかもわからないが。
世界の頂点に登るための戦いが、こんな半分ギャグな感じでいいのだろうかと、そう思わなくもない。
でも、まぁ……。
こういうのも、いいだろう。
既にこれは、ウィルの言葉を借りるのならば、「ハッピーエンドのその先」だ。
俺と彼女の物語は、既に終わった。
あの宝塚記念で、ウィルが心の底から走りを楽しめた瞬間に。
あの有馬記念で、俺が彼女をきちんと愛バであると思えた瞬間に。
物語は、ハッピーエンドという形で、既に幕を閉じている。
これがゲームであるならば、今はいわゆるアフターストーリーとかファンディスク、DLCにあたる時間だろう。
あるいは、アンダースタンディブルを中心とする物語に、過去作のゲストキャラとして登場している、といったところだろうか。
そんな場で、いつまでも肩肘張ってるのも違うだろう。
あるいは、世界一を競う場だからこそ、俺も彼女も楽しく挑むべきだ、と言ってもいい。
もしくは、真面目にストーリーを刻むのはアンダースタンディブルに任せる、とも言えるか。
ウィルが真面目でありながらもどこかふざけ、けれどどこまでも真剣にレースを走り。
俺はそれを見て呆れながらも……まぁ、彼女のそういうところにも猛烈に惹かれ続ける。
今の俺たちには、それくらいの温度感が丁度いいのかもしれない。
* * *
『それでは、最後にお互いへのメッセージをどうぞ』
「『
『「首を洗って待ってろ」、です! ホシノウィルムの神話はここに終わります!!』
感想でも度々寄せられていましたが、堀野君とウィルが本当の意味で物語の主人公だったのは第二部まで。
そこで彼と彼女の物語は終わりました。
第三部からこの2人は、アフターストーリーで語られる前作主人公、あるいは異様に糖度の高いゲストキャラ、もしくは兼各陣営のラスボスのポジションに収まっています。
だからウィル視点のレースシーンが少なく、クソ重シリアスもないわけですね。
……だからと言って色ボケしすぎ? それはそう。ヒトソウルも入ってるウィルじゃなかったら余裕でフケですこんなの。
次回は1週間以内。ウィル視点で、凱旋門賞前編。
掲示板回とか挟もうかとも思ったんですが、ここまで来たら一気にいっちゃいます。
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!