転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 ホシノウィルム視点で、凱旋門賞エピローグその1。
 思ったより文字数膨らんじゃって半分しか書けなかった……。





シンセイ、二つ

 

 

 

 レースが終わった後。

 私は全身の熱を冷やすべく、目をつぶって、顔を上に向ける。

 

 機械なんかのオーバーヒートと同じで、競走ウマ娘も全力で走った後は、体に熱がこもってしまう。

 運動で筋肉の代謝が盛んになる、っていうのも勿論あるけど……。

 何より、私たちは、その殻の内からして熱くなるから。

 

 それは、何と表現するのが正しいのだろう。

 魂と言えばいいのか。

 心と言えばいいのか。

 あるいは、もっと現実的に、本能とでも言えばいいのか。

 

 とにかく、レースはウマ娘のそれを強く大きく満たし。

 私たちは体の内から、焼け付くような熱に、炎に苛まれる。

 

 ……そして、それこそがきっと、あらゆる競走ウマ娘にとって人生最大の快感。

 自分は確かにウマ娘としての本懐を果たしていると、そう実感できる瞬間なのだ。

 

 

 

 それは海外のレースだろうと、世界最高峰のレースだろうと、何も変わることはなく。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ」

 

 私はそのまま、荒い息を落ち着かせるため、幾度か肩を上下させる。

 

 最高だった。

 最高に楽しい、レースだった。

 何一つ欠けることなく、それぞれの今持ちうる肉体を、技術を、世界を、執着を、意思を、それら全てをぶつけ合った。

 その結果、私はかろうじて、勝利を収めることができた。

 

 今回は、フォワ賞の時とは違う。

 あの時はまだ、ウィッチちゃんもネディリカちゃんも他のライバルたちも、極端に厳しい相手とは感じなかったけど……。

 

 今日は、アンダースタンディブルという明確な好敵手がいて、更には彼女ごと私を押し潰そうとしてくる素晴らしいウマ娘もいたんだ。

 心に灯った熱の温度は、それこそテイオーとのデッドヒートになった天皇賞にすら劣らない。

 

 

 

 そうして、恍惚に浸ること数秒。

 私はようやく、閉じたまぶたに、降り注ぐ雨を感じた。

 

 ……ああ、そうだ。

 そういえば、雨が降っていたんだったか。

 普段ならただべとべとして気持ち悪いと感じるはずのそれも、今は火照った体を冷やしてくれて気持ちが良い。

 

 何とも現金なことだけど……いや、違うかな。

 胸が高鳴る今なら、どんな刺激さえも気持ち良いと感じてしまいそうだしね。

 

 

 

 雨に次いで感覚したのは……割れんばかりの声、声、声。

 

 今のレースを楽しんだのは、なにも私たちウマ娘だけじゃない。

 まぶたを開き、左を見れば……。

 

 そこには、数えきれない程の観客の人たちがいる。

 

 それぞれの顔は、悲喜交々だ。

 単純に楽しんでくれてる人もいれば、私の勝利を喜んでくれる人もいて、他のウマ娘の敗北を悲しんでる人もいるし、ただただ茫然としている人もいる。

 

 でも、1つだけ、全員の共通点があるとすれば……。

 皆、今のレースに熱中し、夢中になってくれたこと。

 

 私たちウマ娘は、往々にしてファンから力をもらって走る。

 特に私はその典型例。

 1つ目の領域なんて、みんなの熱を感じなきゃ、開くことさえできなかっただろう。

 

 だから……ファンが楽しんでくれるなら、それは私にとっても嬉しいことで。

 レースの歓喜、勝利の歓喜、そして観客の皆に呼応した歓喜を胸に、私は握りしめた腕を突き上げ……。

 

 わぁぁああああっ、と。

 

 今日聞いた中でも一番大きな歓声が、レース場を埋め尽くした。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 こうして、凱旋門賞は終わった。

 

 競走ウマ娘である私たちのお仕事は、残すところ、この後のウイニングライブのみ。

 まぁ勝者たる私には、他にも勝利者インタビューとか後日の販促広告撮影とか色々あるんだけど……。

 私以外のウマ娘たちにとってはそうだ。

 

 そしてウイニングライブって実のところ、ああ見えて結構体力使うんだよね。

 流石にレースとは比べ物にならないけども、体に疲れが重く残った状態でやると、ちょっと事故とかが怖いくらいには。

 

 なので、レースを走り終わったウマ娘たちは、皆それぞれのタイミングで本バ場から控室に戻って、暫く体を休めた後にライブ開始となる。

 

 ……つまるところ。

 レースの後というタイミングで他のウマ娘と話すのなら、急がなきゃいけないわけだ。

 

 

 

 そんなわけで。

 私はファンへのアピールを済ませた後、今日一番私を楽しませて(追い詰めて)くれた子に話しかけることにした。

 

 その相手は、アンダースタンディブル……では、なく。

 

「ヘイ、ネディリカ!」

 

 両手両膝を突いてへたり込むウマ娘。

 今回の凱旋門賞で2着を勝ち取った、ネディリカだ。

 

 

 

 実際のところ、このレースで「最も強い」のは、間違いなくアンダースタンディブルだったと思う。

 ……いや、ホシノウィルムを入れると話が変わって来るかもしれないけど、少なくとも私のライバルとしては、やはり彼女が最強だっただろう。

 

 私にも迫る身体能力、空っぽで成長性に満ちた領域、短期間で身に着けた大量かつ高練度の技術、他者の走りをスポンジのように吸収する器。

 全てが凄まじく整い、一切の隙がない……あるいはいつか私すらも越え得ると思える大器だった。

 

 ……けれど。

 いつだって「最強」が制するようなら、きっとレースはこんなに盛り上がらない。

 

 日本でだってそうだった。

 私は「最強」のライバルことテイオーと、何度も何度も走った。

 けれど、私に火を点けたのは彼女ではなく……。

 

 単純なスペックや技術ではどうしても見劣りしてしまう、「最恐」のライバル。

 ナイスネイチャ。

 私の、ただ1人の親友だったんだ。

 

 

 

 そして、このレースにおける最恐のウマ娘は、おおよそ彼女……ネディリカだった。

 

 へたり込む彼女の近くに片膝を突く。

 泥みたいになってるバ場にべちゃりと膝がめり込んで、普段ならその感触を気持ち悪いと思ったかもしれないけど……。

 そんな小さなことは気にもならない程、私の中には渦巻く熱が籠ったままだ。

 

 その熱に任せて、私は普段のコミュ障と内弁慶っぷりを乗り越え、彼女に声をかけたんだけど……。

 

 

 

 ……ただ、まぁ、なんだ。

 熱意とかパッションでは乗り越えられないのが、言語の壁というもので。

 

「あー……アーユーオッケー?」

 

 頑張って自分の中から絞り出した『大丈夫?』という英語。

 

 けれど、どうやらそれは意味を成さなかったらしい。

 荒く息を吐くネディリカは、ちらりとこちらを見たんだけど、そこには困惑気味な色だけがあったし、これといった返答もない。

 

 ……伝わってないなこれ。どうしよう。

 

 思えば、確かネディリカってフランスのウマ娘だよね。

 フランスでは英語って使われるんだろうか? もしかして単純にあっちがわかってなかったり?

 あるいは……もっと他の、私側の問題なのだろうか。

 

 

 

 と、ちょっと困っていたところに。

 

「……言い方が、ちょっと良くないです。

 日本語と比べて、英語は、えと……メリハリ? が付いた言い方をする、ので」

 

 救いの手がもたらされた。

 

 いつしか、私とネディリカちゃんの元に歩み寄って来ていたのは……。

 

「アンダースタンディブル」

 

 このレースにおける、中核となった人物、アンダースタンディブル。

 龍を討つことを期待されていた、英雄姫。

 

 彼女は、どこか熱に浮かされるようなぼんやりとした表情で、私たちのことを見ていた。

 

「……翻訳、しましょうか? ネディリカは英語、分かるはずですから、私でも話せますよ」

「ん……お願いできるかな。生憎何もお返しはできないんだけど」

「いえ。私も、ホシノウィルムに訊きたいことがあるので」

 

 本当は自分の言葉で彼女に感謝を伝えたかったんだけど……。

 こんなことならもっと外国語学べば良かったな。

 

 ……あぁ、今になって理解した。

 大人になって「学生の頃もっと勉強しとけば良かった」って言う人多いと思ってたんだけど、こういう感覚なのね。

 幸い私は学生だ。日本に帰ったら、英語くらいはもうちょっと真面目に勉強しようかな。

 

 

 

 ともあれ、今は翻訳が付いてくれている。

 アンダースタンディブルを通じて、私はネディリカに言葉を投げかけた。

 

「大丈夫? ネディリカ」

 

 アンダースタンディブルの流暢な──彼女の母国語が英語だから、当然と言えば当然かもしれないけど──英語を通して。

 ネディリカはようやくその瞳に納得の色を浮かべ、言葉を返してきた。

 

「……『少し待ってほしい』、って。まだ息が荒れてて、心臓がバクバクしてるから」

「すごい走りだったもんね、そうなっても仕方ないか。……それじゃ、このまま話すよ」

 

 私は差し伸べていた手を引っ込めて、改めて視線をネディリカの方へ向ける。

 彼女は未だ苦しそうに体を揺らしながら……それでも、私の方へと視線を向けている。

 

 そして、その目の奥底には……。

 レースが終わり、この冷たい雨に打たれてなお消えない、凄絶な熱が灯っている。

 

 あのレースで、感じていたように。

 そして、私が期待していたように。

 

 私はそれに、歓喜の震えを堪え切れない。

 

 

 

 だから、率直に、素直な感想を漏らした。

 

「……ネディリカ。

 このレースで、私はあなたが最も『恐ろしかった』よ」

 

 その言葉に、横に立つ少女がピクリと震える気配がして……。

 けれど、すぐに英語に翻訳して、彼女に伝えてくれた。

 

 そしてそれを聞いて、ネディリカは大きく目を見開き、驚愕の表情を浮かべる。

 

 どこか警戒するような言い方で返って来た彼女の言葉を、アンちゃんが伝えてくれた。

 

「……『私よりも、アンダースタンディブルの方が余程脅威であったはず』、と」

 

 それは、ネディリカの困惑であり、同時にアンダースタンディブルの疑問でもあったのかもしれない。

 

 だから私は、ニコリと笑顔を作り、それに答えた。

 

「そうだね。確かに、単純な能力なら、このレースで一番強いのはアンダースタンディブルだった。

 ……でも、私とアンダースタンディブルをよく知って、それへの万全な対策を立てて、より私を追い詰めたのは……間違いなくあなただったよ、ネディリカ」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 凱旋門賞に挑むにあたって、私のトレーナーたる歩さんは、1つの提案をしてきた。

 

 『君とアンダースタンディブルの一部データ、そして領域の情報を外部に流そうと思う』、と。

 

 ……正直、それを最初に聞いた時は「え、狂った?」と思ってしまった。

 

 情報というのは、秘して初めて優位性を招くもの。

 私たち堀野歩陣営が有している最大のアドバンテージは、間違いなく歩さんの凄まじい観察眼によって得られたデータだろう。

 アレは正確無比で微に入り細を穿つ、とんでもなく膨大なデータだ。

 これを外に公開すれば、それだけで私たちが立てる作戦や走りの詳細を外部に露出させることにも繋がる程に。

 

 それが何を招くのか、歩さんが何を狙っているか、私にはイマイチ理解し切れなかったんだけど……。

 

 続く歩さんの言葉に、私は目を丸くすることになった。

 

 

 

『今回のレース、現状のままであれば、君とアンダースタンディブルによるマッチレースになる』

『そして現状において、君たちは互いに干渉する技を持たない。よってシンプルな能力や技術のぶつけ合いになるだろう』

『領域のぶつけ合い、末脚での競り合い。全身全霊でのぶつかり合いでの決着。

 ……そろそろこの展開も飽きただろう?』

『だから……他のウマ娘たちにも、伸びてもらおう。それがレースに新たな色を与えてくれるはずだ』

『君だって、より楽しいレースが良いだろうからね』

 

 ……おいおい、マジですかこの人。

 

 私を楽しませるために、このレース全部引っ掻き回そうとしてる!!

 

 凱旋門賞だよ!?

 日本の悲願だよ!?

 トレーナーとしての名を高められる、たった一度かもしれない機会だよ!?

 

 それなのに、私のためだけにレースを滅茶苦茶にしようとしているなんて……!!

 

 

 

 ……最高か!?

 

 こんなに私のことを想って、私を最高に楽しませてくれるとか!

 スパダリならぬスパトレにも程があるんじゃないですか……!?!?

 

 

 

『……それに、君を楽しませるため以外にも、目的はある』

 

 そう言って、歩さんは改めて、アンダースタンディブルのデータを見せて来た。

 

 私にはちょっと劣るけど、レース当日には並ぶかもしれないと思う程に整った能力。

 ……けれど、その中でただ1つ、領域の部分だけは空欄になっている。

 

『このレースにおける最大の不安定要素は、アンダースタンディブルの領域だ』

『相手はあの英雄姫だ、どんな桁違いの領域に目覚めるかわからない。

 そして、分からない以上対策のしようもなく、一方的に敗北に追いやられる可能性も少なくはない』

『俺は、ウマ娘の不可思議な力を認めている。

 数字で測り切れない、ある種運命的なまでの覚醒を……計り知れないものだからこそ、認める』

『きっと今回のアンダースタンディブルも、俺たちの想像を超える、凄まじい力を見せて来るだろう』

 

 なるほど、と頷く。

 納得したのは、その理屈というより、歩さんの思考過程だ。

 

 この人、これまで土壇場での領域や覚醒、どうしても読み切れない策なんかに、死ぬ程苦しめられてきたんだよね。

 テイオーのダービーでの領域覚醒や天皇賞での飛躍、宝塚記念でのスカイ先輩や菊花賞でのネイチャなんかはその典型だろう。

 

 その観察眼、単純な数字では読み切れない部分で、歩さんはその自信を叩き折られるくらいにボコボコにされて来た。

 何回謝られたかも思い出せない程だ。……いや、実際は片手で数えられるくらいだろうけど。

 私からすれば、それ以外の部分で全然読み間違えない辺り、歩さんの理想とするラインが高すぎるように思えてやまないんだけども……それは一旦さておいて。

 

 

 

 そんな状態だからこそ、歩さんは未だ効果の掴めないアンダースタンディブルの領域を恐れ……。

 その不安定要素を、根底から潰そうとしたわけだ。

 

 ……ただし、それは尋常な力ではなし得ない。

 私がただ真っ当にぶつかれば、アンダースタンディブルは必ずそれを乗り越えて来るだろうからね。

 

 であれば、真っ当でない力に……つまりは予期もできない力によって、それに抗するしかない。

 

 ……即ち、歩さんが最も恐れた可能性によって、だ。

 

『故に。他のウマ娘に、彼女の領域を潰してもらおう』

『領域についての情報を流せば……ああ、彼女の爆発を上から封じてくれるウマ娘は現れるだろう』

『間違いなく、な』

 

 そう呟く歩さんは、何とも苦々しい顔をしていて。

 私は、なんだかおかしくなって、ふっと笑ってしまった。

 

 だって歩さん、ウマ娘の可能性を一番恐れていると同時に……。

 それを、何よりも信じているんだもの。

 

 まったく……これもまた、ウマ娘への愛の形って言っていいのかな?

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……果たして、歩さんの策に応えてくれるウマ娘は現れた。

 

 私やアンダースタンディブルより一回り大きな体格、流星が綺麗に流れる鹿毛の短髪に、黒と青の二色に彩られた美しい勝負服を身に纏うウマ娘……。

 ネディリカ。

 

 彼女は私たちの期待に、一切の不足なく応え。

 見事、アンダースタンディブルの領域を叩き潰した。

 

 フランスに来る少し前、日本でルドルフさんとの模擬レースの際にも体験した、領域を破壊する領域。

 強制的に相手の領域を閉ざし、不自然な世界の閉鎖によってウマ娘の調子を崩させる、恐ろしいもの。

 

 ネディリカはそれを用いて、アンダースタンディブルの脚を鈍らせてくれたんだ。

 

 ……まぁ、私の領域も潰されちゃったんだけどね。

 

 でも、日本でのルドルフさんとの予習のおかげで、私はそれに冷静に対処できた。

 つまりは、即座に「アニメ転生」を使用し、不調化を乗り越えることができたんだ。

 

 

 

「危なかったよ。狙い撃ちで弱体化とか混乱させる程度かと思ったら、まさか周り全員の領域破壊まで行くなんて、流石に予想してなかった。

 もし私が領域を2つ開いていたら……多分、このレースで勝ったのはあなただったよ、ネディリカ」

 

 あの時……レース終盤、領域を開く直前。

 私の中の、本物の天才たるテイオーとの対戦経験が、「このままじゃ負ける」と言ってきた。

 だから咄嗟に、1つ目の領域の展開を避けたんだけど……。

 

 ……アレは、間違いなく正解だった。

 アンダースタンディブルに対してだけじゃなく、ネディリカに対しても。

 

 

 

 ルドルフさんのそれと違って、私の領域二重展開には、『アニメ転生』により加速した思考力を要する。

 つまりは領域を二重に展開した時点で、『アニメ転生』は使用済みの状態になってしまうわけだ。

 

 その上から、ネディリカの領域破壊を食らえば、どうなるか?

 

 答えは簡単。

 私の2つの領域はどちらも閉ざされて、私は通常の二倍の不調を押し付けられ。

 それを解消するための「アニメ転生」は……多分、咄嗟の切り替えが間に合わず、不調化を弾くこともできないだろう。

 それどころか、詳細な調査をしていない以上どうなるかはわからないけど……もしかしたら、その時点で『アニメ転生』の方まで使えなくなってしまったかもしれない。

 

 だけど、私の直感がその未来を捻じ曲げた。

 領域の展開を片方に留めたことで、私は『アニメ転生』の使用を控えることができ。

 だからこそ、領域が閉じてしまった際にそのスイッチを入れて不調化を弾き、更にその後も天星スパートでネディリカの追い上げから逃げることができたんだ。

 

 

 

 ……一方で。

 アンダースタンディブルの方は、かなり悲惨なことになったはずだ。

 

 私も宝塚記念で体感したからわかる。

 初めて領域を開いた時は、凄まじいまでの全能感に満ち溢れる。

 

 アレは私たちにとって、非常に大事な体験であると同時……。

 ウィークポイントにもなり得てしまう。

 

 だって、そんなに舞い上がってる時、急に領域が閉ざされてしまえば、どうなるか。

 

 まるでいきなり水中に放り込まれたように、息苦しさと不快感、手足が自由に動かない感覚に陥り。

 他のウマ娘以上の不調に……いいや、不調どころか絶不調にまで、その調子を落とし込まれてしまったかもしれない。

 

 

 

 結局のところ。

 

 ネディリカがアンダースタンディブルに勝てたのは、そうして彼女の領域を潰せたからであり。

 同時、私がネディリカに勝てたのは、天星スパートで彼女の領域に対抗できたからで。

 

 私を最も敗北へと追い込んだのは、紙一重まで追い詰めたのは……。

 いいや、それどころか、このレースの結末を決めたのは。

 

 他の誰でもなく、ネディリカだった。

 

 

 

「領域を閉ざす領域……そして、たった二週間で領域をそこまで練り上げた、決死の努力。

 ネディリカ。あなたは、すごいウマ娘だ。

 それこそ、このレースで一番恐ろしかった。一番追い詰められたよ」

 

 私の言葉には、知らず熱が籠っていた。

 

 でも、それも仕方ないだろう。

 だって私、今、心の底から楽しいんだもの。

 

 フランスで私を楽しませてくれるのは、アンダースタンディブルだけかと思ってた。

 あのフォワ賞で、思ってしまったんだ。この西欧に、私を追い詰められるウマ娘は彼女以外にいないのかもしれない、って。

 

 ……でも、それは大きな間違いだった。

 

 あのレースすらも試金石として情報を集め、私もアンダースタンディブルも倒し得る作戦を立て、それを実行し……。

 あと一歩分、私の直感が働くのが遅ければ、あるいはそれを叶えていたかもしれない。

 

 そんな恐いウマ娘が、ここにいたんだ。

 

 新たな強敵を、ライバルを、見出せたこと。

 それが、嬉しくて仕方ない。

 

 そして、もし叶うならもう1つ。

 

 もう一度、彼女と走ってみたい。

 もう一度、彼女の熱を感じてみたい。

 

「だから……お願いがあるんだ。

 私の友達に、そしてライバルになってくれないかな、ネディリカ。

 私はまたあなたと走りたい。あなたと、レースで勝敗を競いたいんだ」

 

 

 

 彼女の目を見て、真っ直ぐに言った言葉。

 

 それに対してネディリカは、一度大きく目を見開いて、硬直し……。

 

 一度まぶたを閉じて、くつくつと笑い出して。

 堪え切れないと言わんばかりに、声を上げて呵々大笑し始めた。

 

「何て言ってるの?」

「えっと……『あなたにそんなことを言われるとは思わなかった』、と……」

 

 続けて、ネディリカは、キッとこちらを見据え。

 決して光を失わない、熱の籠った視線を私に向けて来た。

 

「『……今回敵わなかった以上、私はまだあなたに届かないのだろう』。

 『けれど、決して諦めはしない』

 『あなたが私を見てくれるのなら、私はその期待に応えよう』

 ……『ライバルとして、いつまでもあなたの背を追い続けてやる』……って言っています」

 

 今や彼女の瞳には、疲労すら覆い隠す程の熱が溢れていた。

 

 燃え上がる炎みたいな、熱、熱、熱。

 私が初めてそれをもらった彼女と同じ、恒星の如き灼熱だ。

 

 

 

 ……ああ、恐ろしい。

 そして同時、何よりも、嬉しい。

 

 また、このウマ娘と走れるんだ。

 

「うん、また走ろう。

 その心の熱が迸るままに」

 

 

 

 そうして、この日、増えたんだ。

 

 私を照らし、温めてくれる星が1つ。

 私と競い、走ってくれる友達が1人。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ネディリカは、なんとか息を整え、地下バ道の方へと歩いて行った。

 

 雨に打たれる本バ場では、そう体力を回復できない。

 自身のトレーナーのいる控室でしっかりと体を休め、ウイニングライブに臨むつもりらしい。

 

 付き合いが長いわけじゃないけど、良い子なんだろうな、あの子。

 

 レースにも、ウイニングライブにも、常に本気だ。

 どれだけ悔しくても悲しくてもそれを表に出さず、ひたすらに真正面からすべきことに挑む。

 そんな、からっとした気持ちの良い子だった。

 

 あの子が、私の新たなライバルか。

 ……うん、次のレースが楽しみだ。

 

 

 

 ……そうして、ネディリカの後ろ姿が地下バ道に消えた後。

 私は、隣のウマ娘に声をかけた。

 

「待たせちゃってごめんね、アンダースタンディブル」

「いえ。……私も、ちょっと混乱していたのですが……少しだけ考えが纏まったので」

 

 彼女もまた、ネディリカの方を見やり……。

 先程より幾分か纏まった、けれど未だ困惑の籠った目で、彼女が消えた方を眺めていた。

 

 

 

 そうして、まるで独白するように、懺悔するように、語り出す。

 彼女と何度か話した時にはあまり多く言ってくれなかった……。

 彼女の……アンダースタンディブル自身のことを。

 

「……私、これまでレースに出たら、全部が分かっていたんです」

「誰が勝つとか、誰が負けるとか、この子に勝つにはどうすればいいかとか……私が本気になったら、誰も勝てないとか」

「それが、つまらなかった」

「勝てるのがわかってるレースは、退屈で。ただの作業みたいなもので。

 だから……面白くなかったんです」

 

 その感覚は、理解できる。

 ……いいや、完全には理解し切れないけど、共感できると言うべきか。

 

 だって、私もそうだった。

 故郷で走ってる分には、敵なんていなくて。

 こっちに来ても、歩さんに正しい走り方を教えてもらえば、大差での勝利は当たり前。

 

 簡単に勝てる勝負に、誰とも競えないレースに、楽しさなんて感じられない。

 

 ……けど、それは長く続かなかった。

 私の前に、ナイスネイチャが現れたから。

 

 

 

「でも、ある日あなたの走りを見て、全部が変わったんです」

「あなたなら、唯一私に勝てる。……いいや、私はあなたに勝てないって、一目でわかった」

「だから、それ以降は楽しかった。トレーニングもレースもお仕事も、全部が楽しかった」

 

 それにも共感できた。

 

 私もネイチャに出会った時、同じものを感じたんだ。

 

 この子ならあるいは、私と競ってくれるんじゃないか。

 この子ならあるいは、私すら超えてくれるんじゃないか、って。

 

 その想いこそが、私に……私たちに、火を点けた。

 

 

 

「……でも」

「私が負けたのは、あなただけじゃなく……ネディリカにも、だった」

「今日の私は、昨日までの全部の私の中で、一番強かったのに。

 ネディリカは確かに強いけど、ちっとも負けるとは思えなかったのに」

「それなのに……私は、あの子に負けたんです」

 

 初めて「わからなかった」、と。

 アンダースタンディブルは、そう語った。

 

 本物の天才でない私には、イマイチ理解できない感覚だけど……。

 

 多分、アンダースタンディブルはトウカイテイオーと同じなんだろう。

 レースにおける最適解を直感的にわかってしまう、天才。

 

 だからこそ、その直感が外れたことには、大きな衝撃を覚えたんだろう。

 

 

 

「……多分、彼女たちのことを、まともに見ることができてなかったんです。

 星の輝きに目を焼かれて、他のウマ娘が見えなくなって……。

 ある意味では、『Love is blind(恋は盲目)』……でしょうか。あなた以外のウマ娘は、思考にすら入れていなかった」

「だから負けてしまって……。

 でも……ああ、一つ、新しいことが分かった気がします」

 

 そう言って、アンダースタンディブルは、こちらを見据えた。

 

 ……ああ、綺麗だ。

 麦畑みたいな黄金に、今、新たな火が灯りかけている。

 

 

「ねぇ、ホシノウィルム……」

 

「あれが、ウマ娘で」

「あれが、私たちの戦いで」

「あれが、レースの楽しさで」

 

「そうして、私を倒せる可能性は、誰しもが持っている」

 

「そうなんですよね?」

 

 

 

 私は、微笑んだ。

 

 ああ、今日は良い日だ。

 

 ライバルが1人どころか、2人も増えるなんて。

 

 私は、なんて幸せ者なんだろう。

 

 

 

「そうだよ。私たちは、何も特別じゃないんだ」

「この世界の、普通のウマ娘の1人なんだよ」

 

 返答は、それだけで十分だろう。

 だって、それが全てだからね。

 

「Ah……そう、ええ、そうなんですね」

 

 彼女は、その胸に手を当てた。

 その内で高鳴る鼓動を、懸命に抑えるように。

 あるいは、その手に堪えがたい熱を感じるように。

 

「ウマ娘は……すごい。本当に、すごい。

 きっと、私だって越えて来る。この熱を、焼け付くような炎を……私は、これからも体験できる。

 それは、なんて……」

 

 両手を、その胸の前で組んで。

 まるで囁くような、祈るような言葉は、地面を穿つ大雨の中に溶けていく。

 

「  」

 

 恐らくは彼女の母国語たる、英語の単語。

 残念ながら、私にはそれを聞きとることはできなかったけど……。

 

 ……それこそが、きっと。

 今この瞬間に生まれた、新たな星。

 アンダースタンディブルの、指標となる言葉なのだろう。

 

 

 

 あの、宝塚記念で。

 ネイチャに焦がれるばかりでなく。

 テイオーに憧れるばかりでなく。

 前世の、ウマ娘っていうアニメの記憶に縋っているばかりではなく……。

 私が、この二本の脚で、走り始めたように。

 

 アンダースタンディブルも、今、ウマ娘として走り始めたんだ。

 

 

 

「……ふふ。良いね、アンダースタンディブル。

 あなたとも、また走ってみたいな。

 今度こそ、レースに向かって全力を尽くす、私のもう1人のライバルとしてさ」

 

 その言葉に、彼女は大きく目を見開き、すぐさま笑顔を浮かべた。

 

「!! ……はい! 私もです!

 私、すぐに挑みますから……絶対、絶対にまた走りましょう!」

 

 それは、その笑顔は。

 まるで幼い女の子のように、幼気で可愛らしいものだった。

 

 

 







 新生/新星



 次回は一週間以内。トレーナー視点で、彼女が勝てたもう一つの理由、または凱旋門賞その後part2。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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