転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 べっ、別に、想像以上の人に読んでもらえて嬉しかったから、頑張って急いで執筆したわけじゃないんだからね!
 これはただ、この2話目で本当の1話が完結するから書いただけなんだから!
 勘違いしないでよね!





クソボケカツカツ転生者

 

 

 

 焦っていた。

 どうしようもなく、心が痛かった。

 気付けば足は動き出して、どこまでも止まらなかった。

 

 私はその日、初めての敗北を経験した。

 マイル距離の模擬レース。後方から駆け出した私の足は、1着にまで届かなかった。

 

 気付けば、私は駆け出していた。

 ただひたすら走る。走り続ける。

 

「勝てない」

 

 ただその言葉だけが、脳の中でリフレインする。

 勝たなきゃ。勝たなきゃ誰も認めてくれない。

 

 怖い。

 …………寒い。

 

「勝つ。勝つ。次は勝つ」

 

 

 

 

「……君ッ、止まれ!」

 

 誰かに止められた。集中が、途切れる。

 ガクンと、崩れ落ちかけてなんとか踏みとどまった。

 ……あぁ、限界が近いな。体に感覚がない。ないくせに寒気ばかりが背筋を伝う。

 でも、止まれない。私は勝つために、速くならなきゃ。

 

 負けちゃいけない。

 勝たなきゃ、意味がない。

 私はただその想いだけで、頭がいっぱいで。

 

 何か言われている。怖い顔で、必死に。

 訊かれた? ……えっと、どう答えればいいんだろう。思考が上手くまとまらない。

 

 ……あれ、私、何言ってるんだろ。

 少しだけ、脳に籠った熱が冷えて、自分の言葉が耳に入り始める。

 なんか、こう、ちょっとズレてない? 命をかけるとか、何言ってんだろ、私。

 速くなるためにトレーナーが必要だと言うのなら、それは欲しいとは思う。

 そしてこの人が私を導いてくれるのなら、あるいはそれでもいいと思うけど。

 私、こんなポエミーなこと言うタイプだったっけ?

 

 コントロールを失った私はそのまま、いつしか彼に手を差し出して。

 

 

 

「あなたに私の命を差し上げます。

 ……よろしくお願いします、私の、トレーナー」

 

 

 

 ふと熱が冷め切り、現実に戻ってくる。

 

 な……な、な。

 何言ってるの私ぃ!?

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 異世界転生って本当にあるんだ!?

 

 私が生まれて、最初に思ったのがそれだった。

 赤ん坊は脳が未熟で、複雑なことは考えられないらしい。

 じゃあなんで赤ちゃんの私は、こうやって理論的な思考ができるのか?

 

 そう、私は転生者なのである!

 それも人格と記憶をばっちり受け継ぐタイプのヤツ!

 

 ん? あれ? でもどっちにしろ脳が発達してないなら、思考なんてできないのでは?

 えっ、じゃあなんでこうして色々思考できるんだ?

 ……ちょっとこれについて考えるのはやめておこうか。なんか怖い真実を暴いてしまいそうだ。

 

 さて、こうして私は来世というものを得たわけだが。

 更にはもう1つ、すっごく嬉しいことがある。

 

「やっあああああ!」

「あぁ、元気に泣いてますね。この子は健康に育ちますよ」

 

 いやお医者さん、泣いてるんじゃないんですよ。これは歓喜の雄たけびなんです!

 

「よかった……元気に産んであげられて」

 

 ベッドに横たわる女性が、私の小さな頭を撫でる。

 彼女の頭には馬の耳が、そしてお尻あたりには尻尾が生えていた。

 

「私みたいなウマ娘でも……未来を、産めてよかった」

 

 

 

 そう、彼女はウマ娘。

 異世界の競走馬の名を引き継ぐ、人智を超えた不思議存在だ。

 

 ウマ娘。あるいはウマ娘プリティーダービー。元の世界でも、知る人ぞ知る名前だろう。

 それはかつて私がいた世界で放送されていた、二期で合計25話程度のアニメだ。

 作画とか演出も段違いで良かったわけではなく、コンテンツ自体に極めて力があったわけでもない。

 けれど、しっかりと史実競馬へのリスペクトを持ち、ロマンのある展開をストーリーに落とし込んだ、私が大好きなアニメだった。

 いやぁ懐かしい、ダブルジェット師匠の「これが諦めないってことだあああ!!」が好きすぎて何回も見てしまったなぁ。

 不調の主人公に対して、それまであんまり活躍のなかったキャラが立ち上がり方を見せる展開、王道だけどアツくて好きなんだよね。

 

 ……ちょっと話が逸れちゃった、本題に戻ろう。

 私はどうやら、そのアニメの世界へと転生したらしい。

 というか、頭の上の耳とか腰から生えた尻尾を見るに、私もウマ娘みたいだ。

 自分のウマソウルって奴の名前も聞き覚えないし、モブとして転生したっぽいね。

 

 さて、異世界転生と言ったらやはり文化の違いが気になるところだが……。

 幸い言語は伝わる。というか多分これ、ウマ関係以外前世と一緒だね。ことわざとか普通に使われてたし。

 文化圏もほぼ一緒。ウマ娘がいるおかげで歴史や道徳感が多少違うかなーくらい。前世に比べるとだいぶ善性な人間が多い感じはする。良いことだ。

 地理も前世と同じ。……あーでも、出身地は千葉から北海道に移っちゃったから、土地勘とかはないけども。

 つまるところ、殆ど前世と同じ現代日本だ。楽して生きられる時代で本当によかった。

 

 

 

 ……しかし、せっかく転生するんだったら、もっと競馬知識付ければよかったなぁ。自分がどれくらい強いウマ娘なのか、元になった史実さえ知っていればわかっただろうに。

 というか、アニメ2周したくらいの知識しかないんだけど、大丈夫かなぁ私。

 

 

 

 ウマ娘でもある私のお母さんは、どうやらあまり体が強くないらしい。

 いつもベッドに横になっているけれど、時々私を抱き上げてくれた。

 

「ウマ娘、よ。ウマ娘」

「うまむすめ!」

「あら良い発音。天才かな?」

 

 そりゃあ人生2周目だからね、日本語の発音は慣れたもんですよ。

 ……まぁ、文字通り舌足らずで活舌は良くないけども。

 

「良い子ね。あなたは将来、強いウマ娘になるのよ」

「はい!」

 

 ……正直、前世のあれこれを引きずってないわけじゃない。

 続きが見たいアニメとか漫画はあったし、やりたいこととか目標もあった。

 でもまぁ、死んだし。覆水盆に返らず、死人前世に戻らずだ。

 そんなことより、今目の前にある今世を楽しもう。

 せっかくウマ娘に転生したんだ。

 私も、スペシャルウィークちゃんとかトウカイテイオーちゃんみたいに、レースしてみたい!

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そう。最初は、そんな理由だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 成長していく度、私は自分の力を実感できた。

 普通の人間よりも力が強い。特に足。かけっこすれば、ウマ娘含めて私に勝てる子はいなかった。

 本格化前にこれか、成長速度が図抜けてるね。偶然会った地方トレセン所属のトレーナーにはそう言われた。

 早熟な才能なのだろう。もしかしたら中央でも活躍できるかもしれない、とも。

 

 ……転生特典も本当にあるんだ!?

 なんでもあるじゃんこの世界、事実は小説よりも奇なり過ぎない?

 いやまぁ、異世界転生があるなら転生特典があっても不思議ではない……かな?

 

 転生特典。

 異世界転生系の小説とかアニメに出てくる、主人公特有のすごい能力だ。

 大体は物語をひっくり返せるくらいに強いことが多い。そう考えると、私のそれはチートって程ではないかもしれない。ただ体が強いだけだし。

 いやしかし……転生特典か。正直半信半疑だったけど、本当にあるんだこれ!

 異世界転生もすごかったけど、そういう文化に親しんでた人間としては、なんかこう、アガるね!

 よーし、ここから私の無双伝説が始まる! ……の、かな?

 いやでも、変に無双して原作のウマ娘ちゃんたちに勝っちゃうのも微妙な気持ちになるな……。普通にファンなので……。

 

 せっかくだし能力名とか決めちゃうか。どうせ他人に伝えることなんてないだろうけど、こういうのはやっぱり名前があった方がいい。そういうもんだ。

 「強化体質」……ダサい。「転生体」……悪くないけど能力っぽくない。「スーパーランナー」……なんか据わりが悪い。

 うーん、「アニメ転生」とか? せっかくアニメの世界に来たんだし、ちょっとシンプルにも感じるけど、こんなもんかな。

 

 しかし、中央トレセンかぁ。確かスぺちゃんとかテイオーちゃんが入学してた学校だよね。

 こっちの世界に来てから知ったんだけど、どうやら中央トレセンは名門校だったらしい。受験の倍率はかなり高くて、入学できた時点で優秀なことの証明なんだとか。

 スぺちゃんって自覚はないけど超優秀だったみたいだね。お母ちゃんさんもスペちゃんなら受かるって信じてたんだろう。うぅ……良い信頼関係だぁ。

 

 ……しかし、私の場合はどうだろうなぁ。競馬の知識とか全然ないし、こっち来てからも全然勉強してなかったし、受かるかなぁ。

 まぁ、いい。やれる分だけやってみるか。

 速くなるためには、やれることをやるしかないし。

 

 

 

 * * *

 

 

「祝福! 入学おめでとう、今日から君たちはトレセン学園の生徒だ!

 我が校に恥じない、スポーツマンシップに基づく活躍と、勉学への鋭意努力を期待する!」

 

 届いちゃった。

 え、普通に届いちゃったな? なんかぬるっと入学できたよ?

 

 いやまぁ、考えてみれば当たり前というか。

 「アニメ転生」のおかげで身体面は万全。小さく細い体ながら脚力はすごいことになっている。

 学力も、前世は大学まで進んだこともあり、ウマ知識を除けば中等部程度の試験は難しいとも感じない。忘れてることも多いけどね。

 ……これ、転生特典も強いけど、やっぱり前世の記憶があるのも同じくらい強いよね。殊に現代社会への転生では。

 みんなも転生に備えてしっかり勉強しておこうね! ……みんなってなんだ? 何言ってんだ私は。

 

 

 

 さて、中央トレセンに所属するウマ娘は、まずはトレーナーとの契約を目指すことになる。

 専属契約でもいいし、複数人を担当するチームに入ってもいい。

 とにかくどういう形であれ、トレーナーと契約できなければ、トゥインクルシリーズに出走することもできないとのこと。

 恐ろしいことに、契約してくれるトレーナーが見つからず何年も出走できない、なんてことすらある。

 それだけは、避けたいところだ。

 

 そんなわけで、私は契約トレーナーを探すことにした。

 狙い目はもちろん1つ。アニメ本編で主人公たちの所属した〈チームスピカ〉、その担当トレーナーである沖野Tだ。

 ……いや、正確には沖野って苗字じゃないらしいけどね。本編で名前が出なかったから声優さんの苗字で呼ぶっていう、昔ながらのヤツ。

 まぁ、シンボルマークは非常に多い人だ。見かければ人違いということもないだろう。

 後はとにかく、学園中を歩いて探し回るだけだね。

 

 〈チームリギル〉のおハナさんも、トレーナーとしての技量は高いっぽかったし、一応候補には入ってたんだけど……。

 あの人、スズカさんを先行で走らせたり、ちょっと当たりが強かったりして怖いので……うん。色々考えた結果、主人公陣営に入るのが一番良いんじゃないかという結論に至った。

 

 何より、スぺちゃんやスズカさん、スカーレットちゃんにウオッカちゃん、テイオーちゃんとマックイーンちゃんにゴールドシップ。

 憧れ、応援し、泣いて笑って活躍を見守った彼女たちと共に走れる。転生者として、そこにロマンを感じないわけがないでしょ!

 

 

 

 だが、無情にも、私の目論見は外れることになる。

 

「……いない?」

「ええ、そのようなトレーナーは、現在この学校には所属していません。

 探し人ですか? ホシノウィルムさんさえ良ければ、理事長にお伝えしましょうか」

「いえ……不要です。ありがとうございました」

 

 駿川たづなさん。

 緑の制服と黄色いネクタイがとってもお似合いの美人な職員さんである。

 アニメでもちょくちょく出てきた理事長秘書。……秘書さんって脱走したウマ娘を捕まえるのも職務の内なの? 足も力も強すぎない?

 

 どうにも沖野Tが見つからないので、偶然出くわしたたづなさんに聞いてみたところ、いつもキャンディーを咥えた、後ろで髪を束ねている30歳くらいの男性トレーナーは、現在トレセン学園にいないらしい。

 不思議そうな顔をしているあたり、過去にいたってわけでもないのかな。

 

 ……え、なんで?

 

 いや……えぇ?

 スピカなかったら、スぺちゃんどこに所属するのよ。スズカさんも先行のまま走ることになるってこと? ゴールドシップはどこにいるの?

 いや、あるいは……。

 

「パラレルワールド……?」

 

 考えられるとしたらそれか?

 ここはアニメを基にした世界。それはもう疑いようがないだろう。

 けど、完全に同じじゃない。アニメを基にした並行世界……とか?

 

 ここに来た時、私は神様に会ったりはしなかった。

 死ぬのは滅茶苦茶苦しくて、ようやく楽になったと思ったら、気付けば赤ちゃんになっていた感じだ。

 今となっては、前世でオタク文化に親しんでいてよかったと思う。普通なら転生なんてあり得ないってなってたと思うし、酷く混乱しただろう。

 ……いや、正直今でもちょっと信じられないところはあるんだけど。現実は現実として受け入れるしかないって無理に飲み込んでいる感じです。

 

 でも、会わなかっただけで神様がいるのだとすれば……運命の神様が、原作とは違う何かを書こうとしている、とか?

 たとえば私が二次創作のオリ主だったとすれば、作者は何が書きたいんだろう。

 ……いや、ここまでいくともう妄想の領域だな。やめとこうか。

 私が二次創作筆者を覗いている時、読者もまたこちらを覗いているのだ。

 

 

 

「しかし、困ったな」

 

 頼りにしていた沖野Tと〈チームスピカ〉はこの学園には存在していない。

 実力があるのが確定しているのは、あとはおハナさんくらいだけど……そっちは存在するかなぁ。

 あーいや、でもなぁ。スズカさんを先行で走らせ続けたことを見るに、おハナさんって定石重視の堅物っぽかったし、ちょっと怖いよね。

 私は転生者で、変に丈夫で強い体をしているみたいだし、色々と普通のウマ娘とは違う部分があると思う。だから定石だけで育てられるのは怖いなぁ。

 

 であれば……うん、仕方ない。

 受けるか、スカウト。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 寮で同室になった、ほわほわした先輩に教えてもらったこと。

 基本的に、ウマ娘はトレーナーと契約することが第一目標となる。

 そしてそれを為すための手段は、実はいくつかあるらしい。

 

 1つ目。模擬レースや選抜レースに出走し、トレーナーからスカウトを貰う。

 これは強いウマ娘の王道コースだ。レースに勝ったり強烈な持ち味を見せれば、契約までは秒読み。場合によってはえり好みだってできる。

 

 2つ目。トレーナーが課すテストやレース試験を受ける。

 テストを乗り越えるか、1位だったり入着だったりの条件を満たせば確実に契約が可能。ただしテストを設けているトレーナーは大抵が多数のウマ娘を受け持つため、集中的に見てもらうことは難しいかも。

 

 3つ目。これはもう裏技みたいなものだけど、トレーナーを探して自由時間にアプローチをかける。

 過度にやることは禁止されているけど、適度ならオッケー。……適度ってどのくらいなんだろう。

 

 私が目指しているのはもちろん1つ目。

 

 はっきり言おう。

 私、ホシノウィルムは強い。

 地元北海道の野良レースでは負け知らず。どころか大体は大差を付けて勝っていた。

 ま、全ては「アニメ転生」の力だけどね。知識もなければ熱意も足りない私が勝てるのは、ただただ身体能力が高いから。

 でも、レースにおいて足の速さは絶対的。逆に言えば、私に足りないものを補って余りある程「アニメ転生」は強かったってことだ。

 

 故に、私は勝てることを疑ってなどいなかった。

 走り出し、当然のように勝つ。それだけが私にとってのレースだったから。

 

「よし……勝つか」

 

 掲示板に貼ってあった予定表によると、今週は今日と明日、それから明々後日に模擬レースがあるらしい。

 出走登録、間に合うかな。事前予約制だし、模擬レースは結構人気出るって話だったけど。

 ま、いいや。取り敢えず受付に直行。できなかったら次に出られるレースに出ればいいや。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 …………寒い。

 

 

 

「確かに速いか」

 

 口の中で呟く。土を踏みしめ蹴り上げる音が響く中では、とてもじゃないけど誰にも聞こえないだろう。

 内ラチに沿ってインコースで駆ける。駆けると言っても、周りに合わせたペースだけども。

 

 模擬レース、芝の左回り1600メートル、バ場状態は良バ場。

 レースも中盤を迎えようとする頃、私は後方のバ群の中で走っていた。

 北海道の野良レースに比べれば、そのペースは確かに速い。速いけど、それでもまだ遅く感じる。私の全速力なら、問題なく抜け出せるだろう。

 ただし、問題は……。

 

 右方2、前方3、後方1。

 

 囲まれた。バ群は明確に私を敵視し、閉じ込めにかかってきた。

 前方を走っていた鹿毛がちらりとこちらを覗く。その瞳には、どうしようもない敵意と怯えが宿っている。

 共に走れば理解できるのかもしれない。私が力を抑えて走っていることを。

 

 ……まぁ、抑えてるっていうか、スぺちゃんの走り方を真似ているだけなんだけど。

 

 私には史実の競馬についての知識はない。アニメで専門用語が出た時もなんとなく聞き流してたくらいだ。

 そしてこっちの世界に来てからも……正直、あまりレースに興味を持ってはいなかった。

 怠慢と言われれば言い訳しようもないけど、仕方ない部分もあると思う。

 毎回毎回大差で独走するのは、一人で走ってるのとそう変わらない。競う楽しさも何もないわけで、とてもじゃないけど好きにはなれなかった。

 だから私は、多分競争についての知識が不足している。走り方とか距離とか、耳を通り抜けていくばかりだ。

 

 

 

 それでも、勝てればいいんだよ。

 勝利だけが正義だ。

 

 

 

「邪魔」

 

 一瞬足を緩めれば、私の右を抑えていたウマ娘たちが前へと駆け、壁が壊れ去る。

 後はただ、そこを抜けるだけだ。

 

 加速。加速する。全力で、全速力へ。

 殆ど真横へスライドするように走り、バ群を抜け出してから方向転換。

 さあ、いつも通り、前へ。

 前へ。前へ。……前へ!

 

 何人ものウマ娘たちが視界から消えていく。

 風圧が体を止めるのが煩わしい。走るという一点において、人の形が非効率であることを思い知る。

 まだ遅い。もっと速く。誰より速く、速く。

 私は、勝たなきゃいけないんだから。

 

「あと、2人」

 

 残すところ、直線1つと葦毛、栗毛。

 全てに追いついて、追い抜かせば、それで終わりだ。

 足を回せ。もっと、もっと回せ。

 もっと回せなければ……。

 

「……ッ」

 

 不穏な気配に、心が凍る。

 短い。短すぎる。あの先頭を抜かすために、この直線はあまりに短い。

 加速が間に合わない。速度が出ない。何より……。

 

「あの栗毛……速い」

 

 地方のそれとは格が違う。

 私が全力を出せば、一瞬で誰もいなくなるのがこれまでの「普通」だったのに。

 今、私の視界には、まだ1人の背中が、ある。

 

 

 

 ……負ける?

 

 

 

 私が?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君。鹿毛の君」

 

 え?

 鹿毛……途中で抜かした子? いや、でも声は私の方に向いてた。

 私、呼ばれた?

 レース、は。今はレース中じゃ。

 ……なんで私、ストレッチしてるの?

 

「……はい」

 

 取り敢えず、返事をする。

 振り向くと、そこにいたのは……。

 

 ああ、知ってる、この人。新入生の中で悪い噂が立ってた新人トレーナーさんだ。

 

 

 

 私たちウマ娘は、良いトレーナーが付くかで大きく未来が変わる。

 だからどのトレーナーは放任主義とか、どのトレーナーは管理主義とか、そういった噂は自然と広がっていく。

 その中でも、このトレーナーさんの噂はかなり……インパクトがあった。

 いつも隙なくスーツを身にまとった、整った顔の新人男性トレーナー。

 曰く、いつも無表情で無愛想、多分人の心がない。

 曰く、新人研修でウマ娘を故障寸前まで追い詰めた。

 曰く、裏口から就職した、太い実家の権威を借るキツネ。

 

 ……そのすべてが事実とは思い難い。恐らくは誇張や、根も葉もない噂だって混じっている。

 人伝の噂なんて評価に入れるべきでないことは、前世で十分理解していた。

 だから、私が把握すべきは1つ。

 彼は名門出身の、有力なトレーナーだ。

 

 

 

「名前を聞いてもいいか」

 

 名前。今? まだレース中なのに。

 でも、私、そうだ。トレーナーが欲しくてレースに出たんだっけ。

 なら、応答した方がいいのかな。

 

「……はい。ホシノウィルムです」

 

 私のウマソウルとやらの名前。

 前世や幼少期はそれぞれ別の名前を持っていたけど、気付けばもうこれが馴染んでいる。

 ウマ娘としての、私の名前。

 ……正直に言って、あまり好きではないけれど。

 それを聞いたトレーナーさんはパチパチと瞬きし、少し間を空けてから、改めて口を開いた。

 

「ホシノウィルム。何故マイルで、それも差しで走った」

 

 ……? 急に話題が変わった。

 なんで走った……走った? 走っている、じゃなくて。

 聞かれて困ることもない。息を整えながら、言うべきことを整理して答える。

 マイルを選んだのは、単純に一番時間が近かったから。

 差しを選んだのは……いいや、選んだ、じゃないかな。私はアニメで見たスぺちゃんを真似て、後半に思い切り走っているだけだから。

 

 トレーナーさんは、またパチパチと瞬きしている。

 ……本当に表情が変わらない。顔も整っているし、まるでよくできた人形と話しているみたい。

 正直、少し不気味に感じる。そういう部分から悪い噂が立ったのかもしれない。

 

 今度は先程よりも更に時間が空いて、再びその重い口が開く。

 

「ホシノウィルム。俺をトレーナーにしてみないか。俺が君を、トゥインクルの舞台へ連れて行こう」

 

 ……え?

 スカウト? 何故?

 私はまだ走り切って、ない。まだ先頭でゴールしてない。勝ってない。

 勝ってない……

 

 じゃ、ない。

 

 

 

 私は、勝てない。

 

 

 

「すみません、お断りします」

 

 

 

 勝てない私に価値はない。

 勝つために、もっと速くならなきゃ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そして霜が降りるような夢心地の中、夜まで走り続けて。

 

 

 

「あなたに私の命を差し上げます。

 ……よろしくお願いします、私の、トレーナー」

 

 

 

 夢が覚める。

 

 

 

 ……頬あっつ!!

 いや、いやいやいや! 何言ってんの私!?

 トレーナーが付くことは嬉しいよ? 何せ強くなるための方法の1つだし、トゥインクルシリーズへの参加も確定できるし。

 でもちょちょっと待って、命を差し上げますって何!? プロポーズじゃんこんなの!

 しかも昼間、一回スカウト断ってるんだよ!? 感情のままにぴしゃっと拒否してるんだよ!? ヤバいヤツじゃんこれじゃ!

 ほら見ろ、トレーナーもポカンとしてるって! 絶対変人だと思われた! あー終わった、完全に終わった。最悪この場で「やっぱなしで」になっちゃう!

 

 ……と、脳内がぐちゃぐちゃになるのを感じながら。

 感情を押し殺し、努めて無表情で口を開く。

 

「……トレーナー?」

「あ、あぁ、悪い。どうにも話の流れが読めないものだから、少し驚いてしまった」

 

 自分の素の感情は、誰にも見せたくない。

 だって、感情は迷惑にしかならないから。自分の中で殺すべきものであって、外に出すわけにはいかない。

 人生を2回も経験した結論、私なりの処世術だ。

 ……いや、昼にあんな暴走しといて、説得力ないけどさ。

 

 しかし、「驚いた」かぁ……。やっぱり引かれただろうなぁ。

 人は……いや、人じゃなくてウマ娘だけど、追い詰められた時に本性が見えるって話があった。

 そうなると、私は自己中かつマイペース、更にはポエミーってことになるな。

 あー……もう、自己嫌悪すごい。

 せっかく二度もスカウトしてくれたのに、これもう完全に終わったよぉ……。

 

「……いいだろう。君の魂を、誰よりも速く、誰よりも輝かしく導こう。

 よろしく頼む、俺の、担当ウマ娘」

 

 いや勝った! 勝ったわこれ! マジか度量広すぎでしょこの人! しかもなんか超かっこいいこと言ってる! 映画か何かかな?

 

 思わず、ぎゅっと握られた手を視線で辿ると。

 私を勝ちに導いてくれると、そう言ってくれた人の……。

 鋼のように揺るがなかった端正な顔が、ほんの少しだけ、緩んでいた。

 

 ……う、わ。

 いや、何ちょっとキュンと来てんの、チョロすぎでしょ私。

 

 瞼を閉じて、一度呼吸を置く。

 夜の寒気が体を冷やす。ついでに心も冷やしてくれ……、と。

 

「う」

 

 がくん、と視線が下がる。

 やば、姿勢崩れた、立て直さないと。

 ……あれ、えと、どうやって立つんだっけ。

 

「おいおい」

 

 倒れこむ体を、誰かが支えてくれる。

 大きい。温かい。それと……男の人の匂い?

 

「……お父さん?」

「む?」

 

 なんでお父さんがいるんだろう? なんで私を支えてくれるんだろう?

 ああ、でも、そう。まずは……報告しないと。

 

「お父さん、ごめんなさい……私……負けまし、た」

 

 意識が沈んでいく。自分が何を言っているのかもわからない。

 最後に。

 

「……おやすみ」

 

 何か、温かいものを、もらった気がした。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 夢を見た。

 よく見る、寒い夢だ。

 

 拒絶された。

 評価された。

 排斥された。

 

 それだけだ。ただそれだけの、嫌な夢。

 起きたら涙を拭って、午前中には忘れられるくらいのつまらない夢。

 

 

 

 でも、その中に、いつもと違うものが1つ。

 

『君の望みなら。

 ……勿論、浪費させはしないが』

 

 あの時は頭に入らなかった、けれど耳に焼き付いた言葉。

 

 

 

 ああ、今日は少しだけ、温かい。

 

 

 




 自分は強いとイキってたくせに1話で負けたチートオリ主(笑)がいるらしい。



 この時点での相互評価

トレ→ウマ:極めて優秀だが、何を考えているのかよくわからない、情緒不安定な癖ウマ。でも言葉が通じる時点でゴルシよりマシ。クールでカッコいい。

ウマ→トレ:自分をスカウトしてくれた恩人だが、何を考えているのかよくわからない、無愛想なトレーナー。悪い噂が本当なのか気になっている。悔しいがちょっとときめいてる。



 次回は3、4日後。トレーナー視点でコミュニケーションを取ろうの回。
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