転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 ペールーセーウースー





オリ主は強くなくっちゃね

 

 

 

 レースが始まる直前。

 僅かにざわめきが届くターフの上で、我こそは最強という自信を持ったウマ娘たちが、各々決戦に向けた準備をする。

 ある者は体を伸ばし、ある者は詐術をしかけ、ある者は瞑想し、ある者はただ心を弾ませている……。

 

 私はこの時間があまり好きじゃない。

 レース直前はちょっと寒さを感じるからね。いつも早く始まってくれないかなぁって思う。

 さっさとレースを終わらせて、帰って暖房の効いた部屋で布団に包まりたい。

 お恥ずかしながら、これがホシノウィルムの偽らざる本音である。

 

 が、だからといってサボって負けたら本末転倒。

 なので私はこの間、時間の許す限り体を伸ばし、関節を解しておくようにしてる。

 

 

 

 さて、そんな皐月賞のゲートイン前。

 念入りにストレッチしていた私に、テイオーちゃんが話しかけてきた。

 

「蛇ちゃーん、久しぶり! 元気だった?」

「……テイオーちゃん。お久しぶりです」

 

 テイオーちゃんと会うのはあの模擬レース以来。かなりご無沙汰なんだけど、どうも彼女は気にしていないようで、自然体で話してくる。

 これがコミュ力。私に足りないもの、か……。

 正直羨ましくないと言えば嘘になるね。

 

 それはさておき、この大事な時間に話すのがただの世間話なわけがない。

 彼女は挑発的にニヤリと笑い、口を開く。

 

「悪いけど今回はボクが勝たせてもらうからね!

 なにせボク、カイチョーを超えなきゃいけないから。こんなとこで立ち止まってらんないんだ!」

 

 宣戦布告。

 それは表面的には、闘志に燃えた言葉だった。

 ……けれど、その実、中身のない言葉でもある。

 

 わかる。わかってしまう。

 ウマ娘の熱を、あのネイチャちゃんの慟哭を直に浴びた私には……。

 その言葉の中に「本気さ」みたいなものがないって、わかるんだ。

 

 彼女は私を見ていない。目の前のレースを見ていない。

 遥か彼方の目標だけを見ているから、この皐月賞に本気になれてない。

 

 少しだけ、がっくりだ。

 どうやら今は、本気になったテイオーちゃんと戦えないらしい。

 

 だから、私は……。

 

「いいえ、勝つのは私です。

 ……ネイチャならともかく、今のあなたに負ける道理はない」

 

 はっきりと、テイオーちゃんに勝利宣言をした。

 

 

 

 正直に言おう。

 私の中に、テイオーちゃんに気兼ねする気持ちは、残っていない。

 

 確かに私は、テイオーちゃんの夢を叶わないものと思い込み、勝手に引き継いで、無敗の三冠ウマ娘を目指し始めた。

 それなのにこの手でテイオーちゃんの三冠を阻止するなんて本末転倒である、と思ったのも事実。

 

 ……でもさ、冷静に考えると、これってクソみたいに思いあがった言葉だよね。

 だってこれ、私がテイオーちゃんに勝つことが前提にあるし。

 そもそも「勝たせてあげなきゃ」って態度が上から目線で、同じウマ娘という土俵に立ってないし。

 神様ぶって、どこまでも彼女を見下した態度で「夢を叶えさせてあげよう」なんてさ。

 過去の自分に辟易するよ。思い上がんな馬鹿が、って感じ。

 

 確かに私は転生者だ。持つべきでないものを持っている、この世界の異端。

 ……でも、同時に、この世界に生まれたウマ娘、ホシノウィルムでもある。

 トレーナーと二人三脚で走る、競走ウマ娘の1人なのだ。

 

 そんな私が、テイオーちゃんにきちんと向き合うためには……。

 持てる力の全てで、彼女とぶつかるしかない。

 平等に、レースで雌雄を決するしかないんだ。

 

 

 

 ……なんてね。

 こんなのは、ただの大義名分に過ぎない。

 

 この1年で、私はすごくわがままになった。

 トレーナーの手の温かさ。柔らかな言葉。安堵する微笑み。

 レースで得られる熱。ネイチャと競り合う時のような満ち足りた感覚。

 私は、それらが欲しくなってしまった。心が求めるようになってしまった。

 その衝動は、今や勝利への渇望と同じか、もしかしたらそれ以上のものになりつつあるのだ。

 

 だから……テイオーちゃん。

 私、テイオーちゃんにも本気になってほしいんだよ。

 あなたとのレースでも熱くなりたい。

 追い詰められて、その上で勝って、あの心躍るような熱を感じたいんだ。

 

 故に、私は。

 その身勝手な欲求を満たすために、皐月賞を取る。

 テイオーちゃんに本気を出してもらうために……。

 あるいはその胸に、焼け付くような熱を持ってもらうために。

 

 

 

 かつての推しへの裏切り行為だっていうのに、不心得な私の心は高鳴ってしまっている。

 ……なにせ、本気でないとはいえ、推しと走れるんだ。それも、あのトウカイテイオーちゃんと。

 推しと、勝負できる。

 元オタクとして、これが嬉しくないわけがない。

 

 勝つ。

 あのトウカイテイオーに。

 触るだけで火傷しそうな程に燃え上がる、不死鳥のごときウマ娘に。

 それができれば、果たしてどれだけ熱くなれるんだろうか。

 

 その上で、終わった後にトレーナーに頭を撫でてもらったら、更に大満足だ。

 これ以上言うことはないね。

 

 あ、いや、待てよ。

 今回のレースは皐月賞。私たちの目標のレースの1つだ。

 トレーナー、勝ったら褒めてくれたり……しない、かな。

 いつもよりもっと撫でてもらえたりして。「よく頑張った」とか言ってくれたり?

 ……よし、頑張ろう。絶対1着取るぞ。

 

 

 

 なんて、内心気合を入れる私に対して、テイオーちゃんは不満げに頬を膨らませている。

 まぁ、そりゃそうだよね。

 なにせ私、お前なんか敵にもならないって言ってるわけだし。

 

「ボクよりネイチャの方が強いって言いたいの!?

 ふーん、そんなこと言っちゃうんだ? ふーん……! へーっ!」

「テイオーちゃん」

 

 軽く地団太を踏んでいるテイオーちゃんに、静かに語りかける。

 

「今のあなたは、来るかもしれない未来のあなた程、恐ろしくない」

「んえ? それってどういう……」

「そして私はホシノウィルムだ。

 ホシノウィルムは、負けない」

 

 ちょうどよく、時が来る。

 ウマ娘たちのゲートイン開始を告げる、実況のアナウンス。

 ストレッチを切り上げて、私はゲートに向かって歩き出す。

 

「ちょっと、蛇ちゃん!」

 

 語るべきことは語った。

 後は……レースで見せればいい。

 

 

 

 テイオーちゃん。

 この世界であなたがぶつかる壁は、怪我じゃない。

 

 この私、ホシノウィルムだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

『3番人気を紹介しましょう。5枠11番ハートブロウアップ!』

『仕上がり良好、素晴らしい末脚を持つウマ娘です。今日でG1レース2勝目を刻み、三冠への足掛かりとすることができるか』

 

『この評価は少し不満か、2番人気はここまで無敗、8枠18番トウカイテイオー!』

『外枠という不運を自慢の脚で撥ね除けられるか。皇帝の背中を目指す小さな帝王の挑戦が始まります』

 

『1番人気は譲れない。ここまで無敗のジュニア王者、2枠3番ホシノウィルム!』

『遅咲きだった異次元は、今年クラシックに再誕するのか。突然変異の蛇の瞳は虎視眈々と三冠の玉座を狙っているぞ』

 

 

 

 ガタン、と後ろでゲートが閉まる。

 

「…………寒い」

 

 冷めていく。冷えていく。胸に抱いていたはずの想いが、消えていく。

 今はただ、勝つために。負けないために。

 

 トレーナーに捧げた命を、使ってもらうんだ。

 

 

 

『……ゲートイン完了。出走の準備が整いました』

 

 

 

 視界が狭まる。

 ノイズが遠のく。

 意識が凍り付いていく。

 

 ホシノウィルムの存在の全てが、ただ勝利のために費やされる。

 

 ああ、寒い。寒いのは嫌だ。

 ……だから、早く勝って、トレーナーの元に帰らないと。

 

 

 

『スタート!』

 

 

 

 その瞬間。

 トレーナーが言っていた言葉を思い出す。

 

『ゲートが開くと同時に駆け出すのは、多大な集中力を要する。1つのスキルと呼んでいいだろう。

 これは逃げウマ娘には必須級の技術だ。誰よりも早く駆けだし、誰に邪魔されることなく前に出るために。

 ……そして君には、この『集中力』の1つ上のスキルを身に付けてもらう。安心しなさい、極めて君に向いたスキルだから。

 自分の全てを目の前のレースに集中させ、完璧に近い……あるいはそれすら超えるスタートダッシュを決める技術。

 このスキルを、俺はこう呼んでいる』

 

 

 

「『コンセントレーション』」

 

 

 

 ガタンという音を認識するより、なお早く駆け出す。

 ずっと練習し続けたスタートダッシュは、本番でこれ以上ないくらいに成功した。

 

 そして勢いそのまま……。

 

「行くぞ」

 

 脚に渾身の力を込める。芝が抉れるほど強く踏みつけ、思い切り蹴り飛ばした。

 

 一気に背後の足音が遠ざかる。

 ……いくつか乱れる足音。よし、多少の動揺は誘えたか。

 

 

 

『ホシノウィルム、抜群の好スタート! トウカイテイオー、ハートブロウアップがそれに続く。

 ホシノウィルム、ぐんぐん差を広げています。正しく異次元の大逃げ、既に後続と4バ身以上離れているぞ!』

『これまでにない程の超ハイペース、もしや彼女の全力かもしれません。大舞台に緊張して掛かってしまったのか?』

 

 

 

 もっと、もっと速く。

 思考を脚の動きに集中させる。

 より小刻みに、歩幅は狭く。回転率を重視するピッチ走法。

 それを以て、ひたすらに後続との距離を突き放し続ける。

 ……ああもう、体を叩く風が本当に鬱陶しい。空気抵抗がなければ、私はもっと速く走れるのに。

 

 トレーナーからもらった最初の指示は、第一コーナーまでに後続との距離を大差まで広げること。

 けれど、スタート地点からその第一コーナーまでは400メートル程度しかないし、途中にどうしても減速する上り坂もある。

 普通に走っていては、とてもじゃないけど不可能だ。初っ端から全力疾走するしかない。

 

 かなり無茶なオーダーだけど、これこそトレーナーが私に示した確実な勝利への道。

 故に、ここで体力を使い切ることになろうが、私はその指示に従う。

 

「……っ」

 

 ……脚の動きが僅かに乱れかけ、立て直す。

 この速度で走り続けることは、私にだってできない。

 距離を離すのが遅れれば遅れる程に、私は消耗してしまう。

 

 だから、そのタイムリミットは第一コーナーなんだ。

 

 

 

『オータムマウンテン必死に食らいつきますがその差は開くばかり。先頭に引きずられるように全体のペースが速まっています。果たしてウマ娘たちのスタミナはもつのか?』

『トウカイテイオー、ホリデーハイクは中段から展開を窺っています。一方チアーリズムとハートブロウアップは後方で脚を溜めている。

 このハイペースに乗るか、それとも自分のペースを維持するか。ウマ娘たちの判断力が問われます』

 

 

 

 一般的に、レースの全体的ペースを決めるのは逃げウマ娘だと言われている。

 ウマ娘とはいえ、体感時間の正確さは人間とそう変わらない。レース中に色んなことに思考を割きながら、正確に秒数を数えることは困難だ。

 故に逃げ以外の策を取るウマ娘は、自分の曖昧な体感速度と前のウマ娘との相対距離を元に、現在のペースを割り出す。

 

 トレーナーも言っていたように、私はこのコースを過去に2回走っている。その上、1回はG1だ。

 自分がどのペースでどう走ればより速くゴールできるのか、私程に考察材料を持つウマ娘はいないだろう。

 

 ……故に、他の出走ウマ娘たちはこう考えるはずだ。

 ホシノウィルムは、このコースにおける最適解を出して来る。

 その私を追い抜かなければ、このレースに勝つことはできない。

 

 だから皆、私の存在を無視することができない。

 どれだけ視線を外そうとしたって、先頭をひた走るホシノウィルムから目を背けられない。

 

 逃げウマ娘たちは、私に追いつかなければと焦る。

 先行ウマ娘たちは、距離を離され過ぎないようにと付いて来る。

 差しウマ娘たちは、展開を窺いながらも速いペースに引きずられる。

 追込ウマ娘たちは、自分と前方の距離感を見誤り仕掛け所を見失う。

 

 そして、全員のペースをコントロールできる私は……。

 それらを聴覚の範囲外に叩き出すために、誰よりも速く駆け抜ける!

 

 

 

『大逃げのホシノウィルム、後続と既に8バ身、9バ身と、序盤とは思えない差が開いています。

 現在先頭から最後尾まで、実に20バ身弱! とても開いた縦長の展開です』

『懸命に後を追うアクアリバー、オータムマウンテン、アイタンリ。ホリデーハイクはジリジリと内から距離を詰めている。2番人気トウカイテイオー、じっくりとレース展開を見ています』

 

 

 上り坂を登り切り、少ししたところで……。

 ようやく、粘っていたウマ娘の足音が聞こえなくなった。

 

 よし、まず第一段階、完遂。

 少しずつ足を緩めながら、ここからの展開を想像する。

 

 まず最も望ましいのは、終盤まで誰も迫ってこないこと。

 だけど、テイオーちゃんがこんな簡単な罠に気付かないとは思えない。

 問題は、どこで気付かれるか、だけど……。

 

 

 

『先頭が400メートルを通過し、第一コーナーに入ります。ここまでのタイムは……21秒9!?

 スプリンターもかくやという破滅的なハイペースです!』

『まさかこのまま駆け抜ける気かホシノウィルム。彼女の走りに、もはや常識は付いて来れない!』

 

 

 

「すぅー……」

 

 第一コーナーを曲がりながら、上がった息を落ち着けて、大きく吸い込む。

 予想以上に体力の消費が激しい。最高速度に近い、無理なスピードを出してしまった代償か。

 息を吸うだけで気道が痛むし、脚の先の感覚も徐々に薄れつつある。

 まだ限界ではないけど……半分くらいは出し切ったかもしれない。

 

 それでも、この距離は必要だった。

 今までの走り方じゃ勝利は確定しない。

 揺さぶり、焦らせ、迷わせる。

 他のウマ娘たちを惑わせることで、ホシノウィルムの勝利はようやく揺るぎないものになる。

 

 トレーナーが、そう言っていたんだ。

 だから私は……彼を信じて、それを実行するだけ。

 

 

 

『先頭はそのままホシノウィルム、第二コーナー抜けて悠々自適な一人旅! レースは更に縦長に開き、もはや最後尾まで何バ身あるのかはわからない!』

『後方のウマ娘たちはどこで仕掛けるのか。この差を埋めない限り皐月の冠は遠のくばかりだぞ!』

 

 

 今考えるべきことは、2つ。

 私のペースの管理と、後方から迫る足音だ。

 

 私は今、徐々にペースを落としているが……。

 これを他のウマ娘に気取られるわけにはいかない。

 それが、この作戦における最も肝要な点の1つだから。

 

 

 

 まず大前提として、これまでの公式レース、私は自身のスペックに任せて思考停止の走りをすることが多かった。

 だからどの陣営も「ホシノウィルムはいつも通りのごり押しで来る」というイメージを持っているはずだ。

 

 そして、スタート直後。

 ラストスパートと同じくらいの全力ダッシュで、一気に後続との距離を離す。

 マークしていたであろう私がそんなことをすれば、ウマ娘たちは困惑し、引きずられるようにペースを上げざるを得ない。

 まずはここで、無駄に体力を消耗させる。

 

 更に、第一コーナー。

 「ホシノウィルムは圧倒的な速度で走り出した。その差は彼女以上の速さで走らなければ埋まらない」。

 この認識を強く植え付けたことで、他のウマ娘たちは自然と「自分たちとホシノウィルムの間に大差が開いているのが正しいペースだ。まだ無理に距離を詰める必要はない」と感じるようになる。

 だから私がペースを落としても、そこにある大差を崩そうとしない。それどころか、無意識にハイペースからミドルペースに落としてしまう。

 そうして他の子の足並みを乱している間に、私はペースダウンして脚を溜める。

 

 最後に、最終直線。

 恐らく他のウマ娘たちもスパートをかけるだろうけど……ここまでにペースを崩された影響で、脚を余して詰め切れないか、スタミナ切れで垂れていく。

 一方私は、溜めた脚を使い、スパートで逃げ切るってわけだ。

 

 ……トレーナーに映像で見せてもらった、3年前の菊花賞。

 そこでとある芦毛のウマ娘が見せたレースメイクの、自己流アレンジ。

 

 それが、皐月賞に勝つためにトレーナーが用意してくれた作戦だった。

 

 まったく。

 長距離向きの作戦を中距離、しかも2000メートルでやろうとか、トレーナーは私を何でもできるスーパーウマ娘か何かだと思ってない?

 ……ま、その期待には応えてみせるけどね。

 

 

 

 多分、普通のウマ娘はこの作戦を見抜けないと思う。

 そもそも大差というのは、それ以上は測っても無駄だから大差なんだ。

 いくら目で見ても、それがどれだけ開いているかわからない。

 自分たちが普段使う距離感とあまりにも離れているため、それがどれほどのものか直感的にわからない。

 測る必要性すらない、とても大きな差。これを大差と呼ぶのだ。

 

 故に、一度大差まで距離を広げてしまえば、後続のウマ娘たちは私との距離を掴めなくなる。

 何となく目で見て「これくらい離れてたかな」くらいの甘い目測しか立てられなくなるわけだ。

 そうなれば、私が少しずつペースを落とすにつれて、「多分このくらいの距離感で走ってたはず」と無意識にペースダウンしてしまうわけだ。

 

 ジワジワ効いてくる毒みたいなもので、彼女たちは何故自分が思うままに走れないのかもわからないだろう。

 ウマ娘たちが私の策謀に引っかかったと気付くのは、レースが終わった後、その映像を客観的に見た時になる。

 

 

 

 ……はず、だったんだけど。

 トレーナーもそうだけど、天才というのはやっぱり、直感的に正しい答えを導き出すものだ。

 

 

 

『ここでトウカイテイオー、トウカイテイオー抜け出した! ペースを上げてホシノウィルムとの差を詰めに出た! 3人の逃げウマ娘たちはここまでか?』

『スタミナ自慢で知られるホシノウィルムにロングスパート勝負を挑むつもりかトウカイテイオー! 果たしてその判断はどう出るのか!?』

 

 

 

 やっぱり聞こえ始めた。綺麗で小気味良い……そして少しだけ焦ってる、テイオーちゃんの足音。

 なんとか下り坂まではバレずに済んだけど、そこでのペースダウンで気付かれたのかな。

 疲労した状態で下り坂を駆け降りるのは危険だから、ここで完全にペースを落とし切ったんだけど……判断が裏目に出たか。

 

 とはいえ、1000メートル近く騙せた。テイオーちゃんのペースは、普段よりも確実に落ちていた。

 ここからテイオーちゃんは、配分を間違えて余らせた脚を使い切るために、そして何より私に迫るために、緩いロングスパートをかけなきゃいけない。

 勿論、彼女はそんなことに慣れていないはずだ。更に言えば、策略に引っかかった彼女は今慌てている。

 故にこそ、そこにミスが生まれる。

 スタミナの配分を適切にこなすことができず、最終直線で垂れる……はず。

 

「……落ち着け、私」

 

 声に出して呟く。

 大丈夫。ここまでは……トレーナーの想定通り。

 この後も、私がしっかりと作戦をこなせば……敗北の可能性は、ない。

 

 

 

『トウカイテイオー速い! 最速と思われたホシノウィルムとの差をぐんぐん縮めていきます! これがクラシックに現れた帝王の姿なのか!』

『ホシノウィルムは序盤で消耗した分息を入れているようですね。彼女の頭の中ではどのようなレースプランが構築されているのでしょうか』

 

 

 

 「8」と書かれたハロン棒の横を走り抜け、ここから第三コーナー。

 ペースはそのまま、迫って来るテイオーちゃんの足音を聞く。

 後方9バ身……8バ身……いや、もう6バ身か。

 

 思った通り、テイオーちゃんのペースはかなり緩い。

 かなり遅めのハイペース、謂わばハイのローペースってところかな。

 それでも、今の私よりは十分速い。差は縮まり続けるばかり。

 

 「6」……レースは残り600メートル。

 200メートルで4バ身詰められた計算。もしここからテイオーちゃんが加速してくれば……。

 

 スパート開始地点である最終直線まで、私は逃げ切れない。

 テイオーちゃんは、私の後方2バ身以内に、間違いなく入って来るだろう。

 だからと言って、早めにスパートをかけるわけにもいかない。

 ……それは、トレーナーの組んでくれた必勝パターンを崩す行為だから。

 

 

 

『トウカイテイオー走る! トウカイテイオー、やはりトウカイテイオーなのか!

 後続のウマ娘も粘っているが、その差が縮まることはない!

 もはや2人だけのマッチレース! 帝王と蛇の本当の戦いが始まった!』

『ホシノウィルムはここまでか、序盤のハイペースが祟ってしまったのか!

 トウカイテイオー足並み乱れない! このまま最終直線までに追い抜いてやると言わんばかり!』

 

 

 

 5、4……3。

 縮まる。縮まり続ける。私とテイオーちゃんの間にあったはずの大きな差は、今や10メートルもない。

 それでも、無心で……ただ、ペースを維持する。

 

 このまま行くんだ。勝つために。

 トレーナーを信じろ。

 私は……あの人に、命を渡してるんだから。

 

 

 

 そうして、私とテイオーちゃんの差は、あっさりと2バ身を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テイオーちゃん」

 

 差は、更に縮まる。

 2バ身が、1バ身と2分の1に。

 1バ身と2分の1が、1バ身と4分の1に。

 ……そして、ついには1バ身差へと。

 

 それでも、私はただ、ペースを守って走り続ける。

 

 ためらいの足音。

 ここまで詰め寄れば暴走するはずの私が、心を乱すことなく走っている……。

 テイオーちゃんは、それに驚いてるんだろう。

 

 悪いけど……。

 

 

 

「私にはもう、弱点なんてないんですよ」

 

 

 

 私が暴走していたのは、敗北への恐怖からだ。

 ならば、トレーナーを信じ切り、どれだけ詰められても負けることはないと、強く強く心に刻めば……。

 

 ホシノウィルムはもう、暴走することはない。

 

 

 

 コーナーが終わる。

 視界が開ける。

 私が駆け抜けるべきゴールが、この目に映る。

 

 

 

「さようなら」

 

 

 

 スパート、開始。

 

 

 

『なっ……ホシノウィルム、加速!! まだ余力を残していたのかこのウマ娘は!

 縮んでいたトウカイテイオーとの差が止ま、らない! 開く、開く開く! 3バ身4バ身、どこまで開いてしまうんだこの差は!

 逃げて差す! いや、もはや大逃げして追い込むとでも言うべき破天荒ぶり!!

 これが新たな異次元! 新たな最速なのか!!』

『トウカイテイオー懸命に追いすがる! 追いすがるが、もうこれは誰にも止められない!

 後続の子たちも精一杯に駆けるが、揺るがない、揺らぐはずがない!』

『圧倒的な「はやさ」を現実に叩きつけ、今……!

 

 ホシノウィルム、1着でゴール! 8バ身を付けた、堂々の圧勝!

 

 タイムは……えっ、3!?

 れっ、レコードです! 皇帝シンボリルドルフの2分1秒1を3秒弱縮めた、1分58秒2!!』

『ホシノウィルム、ここに圧倒的な成長と異次元の速度を示しました!

 無敗三冠を目指す灰色の蛇は、多くのファンの夢を背負ってダービーへ!』

 

 

 

「はっ、はっ、はっ……はぁっ」

 

 ペースダウン。無理をしない程度に慣性を殺し、ターフの上に立ち止まる。

 

 ……終わった。今回のレースは、終わった。

 ゆっくりと満ちる実感と共に、私の心は温かさを取り戻す。

 

「勝った……。勝てちゃった、な」

 

 はは、安心したような、残念なような、複雑な心境だ。

 

 レースで差を見せつければ、本気を出してくれるかなって思ったんだけど……。

 結局、テイオーちゃんは本気になってくれなかった。

 ……私は彼女を本気にするには、まだ足りないってことなのかな。

 

 

 

 そんなことを考えていると、ふと気付く。

 

 私は、いつの間にか、大歓声の中にいた。

 

 スタンドから、とんでもない数の声が浴びせられる。

 驚嘆。祝福。狂喜。興奮。期待。好意。

 そのどれもどれもが私に向けられた、熱い感情の籠った言葉。

 まだ鋭利なままの聴覚が、彼ら彼女らの叫びを聞き取る。

 

「うおおおお!」「レコード3秒縮めたってマジかよ!?」「ホシノウィルム、最高だったぞー!!」「蛇ー!!」「8バ身差っていつぶりだよ!」「皐月賞ウマ娘ぇー!」「ダービーも頑張れぇー!!」「次も勝ってくれー!」「ウイニングライブ楽しみにしてるぞー!」「ホシノウィルムー!!」「こんなの三冠確定だろ!」「やべぇー!」「このまま伝説作ってくれー!」「血筋より努力だって証明してくれー!!」

 

 ……はは。

 いや、すごいな、この熱量。

 なんだろうこの気持ち、マズい、意識しないと口角が上がっちゃう。

 

 こうまで応援されると、何かを返したいと思っちゃうけど……。

 この歓声の中じゃ、言葉は届かないもんな。

 せめて少しでも感謝が伝わるように、軽く手を振り返す。

 

 再び、すさまじい歓声が私に降り注いだ。

 

 

 

 8バ身差、レコード勝ち。

 私の皐月賞は、その結果を残して終わったのだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 息を整え、その場でストレッチをしてる間に、結果が確定していた。

 

「約40年ぶりの8バ身差、か……」

 

 今回は、トレーナーに渡された作戦をこれ以上なく完璧にこなせた自負がある。

 それなのに大差じゃなく、8バ身差。

 ……やっぱり、テイオーちゃんはすごいね。

 これだけ全力で走ったのに、大差が付けられないんだもん。

 「アニメ転生」というチートを持った私でも大差が取れないのは、今のところネイチャとテイオーちゃんだけだ。

 

 

 

 ……でも。

 そんな彼女とのレースを制したというのに、私は……。

 熱を、得られなかった。

 

 

 

 違う。

 違うんだよ。

 トウカイテイオーは、こんなものじゃない。

 

 私の知ってるトウカイテイオーは……。

 有記念で奇跡を見せつけたトウカイテイオーは、こんなものじゃないんだ。

 

 私が如何に強かろうと関係ない。

 トウカイテイオーは「絶対」だ。

 超えられない壁はない。抜き去れないウマ娘はいない。

 奇跡が起きるのを待つんじゃなく、自分の力で奇跡を起こす、そんな最高のウマ娘。

 

 私なんかが簡単に8バ身差を付けられるようなテイオーちゃんは……。

 私の憧れたトウカイテイオーではない。

 

 

 

「テイオーちゃん」

 

 彼女は、レースが終わってしばらく経った今も、ターフにへたり込んでいる。

 少し迷ったけど、控室に戻る前に声をかけることにした。

 

「うっ……なんだっ、よぉ……笑いに、来たの?」

 

 その返事は震え、うわずっている。

 

 テイオーちゃん……そっか、へたり込んでたんじゃなくて、泣いてたのか。

 せめてその顔を見せないように、下を向いていたんだ。

 

 ……そりゃ、そうか。

 皇帝に憧れ、無敗の三冠を目指し……それなのに、最初の一歩でつまずいた。

 いや、つまずいたどころか、思い切り転んだと言っていいだろう。

 

 クラシックレースに挑めるのは、生涯一度きり。

 彼女はもう、これから何をどうしたって、三冠を取ることはできなくなったのだから。

 

 ぶっちゃけ、私みたいな路傍の石に負けるなんて想像もできなかったんだろうね。

 ホシノウィルムのことは、自分の次に速いかもしれないウマ娘としてしか見ていなかった。

 あの3人でやった模擬レースでは、ただネイチャにペースを崩されただけ。

 ちゃんと全力で走れば、自分が負けるわけがないって自信があったんだろう。

 

 とてつもない才能に裏付けられた、絶対的自信。

 それが今日、正々堂々と捻じ伏せられたことで、叩き折られたんだ。

 中等部の女の子が体験するには、重すぎる体験なのかもしれない。

 

 そんな彼女を、私は慰めるべきだろうか。何を言って、どうやって慰める?

 

 …………いや。

 慰めなんて、勝者の驕りに過ぎない。変に気を使っても気分を害するだけだろう。

 全力を尽くした相手を死体蹴りするのは、私のポリシーに反するし。

 

 何より、私の心は、彼女のことを慰めたいだなんて言っていない。

 

「笑いません。ただ……」

「ただ、何?」

 

 ただ、私は……。

 

「私は、トウカイテイオーと戦いたかった。

 私の全身全霊をも捻じ伏せてくる、最高のウマ娘と戦いたかった。

 ……残念です」

 

 残念。

 本当、それに尽きる。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 地下バ道を歩く。

 今日は大きなG1ってのもあり、ウイニングライブ以外に、勝利者インタビューにも答えなきゃいけない。

 ……うぅ、憂鬱だ。

 ただでさえ今日のレースで本気のトウカイテイオーとは走れなかったし、いつも通り全力を出したから疲れたし、私にとっては丸損みたいなレースだったのに、何を答えろって言うんだろう。

 

 またテイオーちゃんはどうでしたとか聞かれるのかな。私死体蹴りは趣味じゃないんだけど。

 その他のウマ娘なんて、私の周囲10バ身にいた期間は十数秒だぞ? そんな彼女たちに何を言えっていうんだよ。

 次の出走予定についても、既に無敗の三冠を目指すって言ってんだから日本ダービーに決まってるし。強いて言えばその後宝塚記念に出るってことくらい?

 目標とか訊かれたって、私に無敗三冠以外の目標は特にない。強いて言うならレースの熱を味わうことだけど、そんなの何て言えば伝わるかわかんないし。

 

 ……インタビュー、なんとか回避できないもんかなぁ。

 

「はぁ……」

 

 こういうとこ、自分がコミュ障だってことを痛感するわ。

 人と話すことも……相手がトレーナーの場合を除けば、そんなに好きじゃないし。

 更に、その話が不特定多数の人たちに公開されるとか地獄だよ地獄。マジでキツい。

 

 あーどうしよ、変なこと言ったらまーた敬意がないとかって叩かれるんだろうな。

 時々だけど、私のウマッターに突撃してくる変な人もいるから面倒くさいんだよ。

 何だよ他の出走ウマ娘への敬意って。ちゃんと敬意払って全力でレースしてんじゃんか。何が不満なんじゃワレ。

 

「ホシノウィルム」

 

 聞きなれた声に名を呼ばれて、顔を上げる。

 ずっと先に、堀野トレーナーが待ってくれていた。

 

「トレーナー!」

「こら、走らないように」

「はい」

 

 すっかり恒例になったやり取りと共に、私はゆっくりと歩いて、彼の元に帰り着く。

 ……帰り着く?

 私、いつの間にか堀野トレーナーのことを家か何かだと思ってんな。

 

 まぁでも、一理あるかも。

 担当ウマ娘はいつでも、トレーナーの元に戻るもの。

 ある意味で家みたいなものだし、何なら家族以上に親しい間柄って言ってもいい。

 ……いいよね?

 

「おかえり、ホシノウィルム」

「ただいま戻りました、トレーナー」

 

 頭に手が置かれ、軽く髪を梳かれる。

 何度もお願いして、今ではこうして普通に行われるようになった頭撫で。

 

 ……あぁ、温かい。安心する。

 少なくともこの瞬間……私はここにいていいんだって思える。

 

「私、勝ちました。どうでしたか、トレーナー」

「100点中、120点。俺の想定を超える、素晴らしい走りだった。

 ……うん、よく勝って、そして無事に戻ってきた。偉いぞ」

 

 少しだけ乱暴に、頭を撫でまわされる。

 

 ……えへへ、良かった。

 こうして褒めてもらえただけで、今回のレースに出たかいはあったかな。

 

 トウカイテイオーと走れなかったのは残念だけど、冷静に考えればテイオーちゃんと走るのは何も今回だけじゃないわけだし。

 勝利者インタビューだって、ただ訊かれたことに答えるだけだし、学校の授業みたいなものと思えばそんなに負担でもないな。

 うん、今日は良い日だった気がしてきた。

 ていうかすごく良い日、何なら最高の1日だったかも。

 

 …………あれ? 私、なんかチョロくなってない?

 

「さて、今日のレースはどうだった、ホシノウィルム」

「今日は……そうですね。いつものように熱くなれませんでした。残念です」

「そうか。まぁ、そういう日もあるな。

 ……安心しろ。ダービーでは十中八九、その熱を体感できるさ」

「そうですか、それは楽しみ、で……す」

 

 え?

 今、私、何て言った?

 

「どうした?」

「いえ、いや、何でも」

 

 ……楽しみ?

 

 あれ、えっと、あれ?

 次回のレースが楽しみ。熱が楽しみ。つまりは熱を味わえるレースが……楽しみ……?

 

 

 

 …………もしかして私。

 もうレース、楽しんじゃってない?

 

 

 







 まずは一冠。皐月の冠はホシノウィルムが取りました。
 次の目標レースは東京優駿(日本ダービー)です。
 日本ダービーは、皐月賞とはまた違ったレース。
 果たして次回も、今回のように簡単に勝てるでしょうか……。
 
 皐月賞も終わりましたし、この章はここでおしまいです。
 次回更新で恒例のおまけ他視点回を挟んだ後、新章に突入します。
 


 この時点での相互評価

トレ→ウマ:ようやく彼女を「担当」する覚悟を決めた。彼女のみに心を砕くよう、自分を変えなくては。
ウマ→トレ:世界でただ1人の、私のトレーナー。私に温かさをくれる人。心の底から信じてる。



 次回は3、4日後。誰かの視点で、破れた夢と新たな領域の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は修正させていただきました。ありがとうございました!

(本編に関係のない呟き)
 日本勢、お疲れ様!
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