転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 凱旋門賞エピローグ。





秘めた愛の夜

 

 

 

 世界最高峰にして日本の悲願、凱旋門賞。

 ……が、終わったその翌日。

 

 昼間はひたすらに取材陣や当地のレース運営団体との折衝、凱旋門賞の後始末にウィルのお仕事。

 それからアンダースタンディブルとネディリカ、それに4着を取ったウィッチイブニングの実力や、レース中の急成長や覚醒、そしてそれらがレースにどう影響したかの考察研究。

 ウィルの契約トレーナーとして、あるいは日本のトレーナーの1人として、俺にはやるべきことが山盛りにあった。

 

 凱旋門賞では、運良く綺麗に策が刺さったが……。

 アンダースタンディブルの成長も、ネディリカの急激な覚醒も、俺の考察の斜め上を行っていた。

 大きくバッファを取っていたからこそ勝利を収められたが、それもウィルのありえん高いステータスとどちゃくそ強いスキル、そして何より思考力増加能力に頼っていた部分が大きい。

 

 アンダースタンディブルやネディリカを上手く策にかけられたこと、彼女たちに想定を上回られたこと。

 今回の俺の勝利への貢献としては、これらでプラマイゼロのトントン、というところだろうか。

 勿論、そんな状態は好ましくない。極端なことを言えば、担当ウマ娘が多少のミスを犯しても、俺たちトレーナー側でペイできるのが理想だろう。

 そんなわけで、やはりもっとレースの研究は進めるべきだろうと思われたわけだ。

 ……まぁ、前からそうは思っているけど、今のところその境地には全然行き着けてないんですが。

 

 

 

 そんなわけで。

 空き時間を使ってレースの映像を見直したり。

 レース前とレース後のウマ娘たちのステータスを見比べたり。

 仕事の移動時間や待機時間を使ってウィルに凱旋門賞のヒアリングを行ったりしたのだが……。

 

 やはり、最も俺に衝撃を与えたのは、実体験を経たウィルの言葉だった。

 

 俺の左腕に抱き着いて来る甘えんぼモードのウィルは、アンダースタンディブルが使った領域について、こう語ったのだ。

 

「……相手の領域をコピーして、上位互換化する領域……だと?」

「ですね。いやぁとんでもないですよ、アレ。相手がどんなに強い領域使っても絶対にそれを上回るっていう、フィクションではクソ強いメタ能力です」

 

 …………何だそれ。

 領域はウマ娘の切り札。それぞれの持つ最大の特色。

 それをコピーして、更には上回る……?

 

 ……やはり怪物だったか、アンダースタンディブル。

 いや、それは今更だけれども。

 

「しかもアレ……なんて説明したらわかりやすいかな。

 多分ですけど、正確には『その時開いている領域を上位互換化して自分も開く』んじゃなくて、『その時開いてる他の領域の効果を上位互換化したものを自分の領域の効果にする』ものっぽいんですよ」

 

 一瞬、彼女が何を言いたいのか測りかねたが……。

 少し遅れて、その恐ろしい意味に気付く。

 

 領域を複数同時に開くのは、おおよそウィル以外のウマ娘には困難だ。

 なにせあのシンボリルドルフでさえ、スキルのレベルにまでダウングレードして、その上でほんの一瞬の領域展開にまで抑えて、なんとか叶えているのだから。

 

 だが……対して、「複数の領域の効果を併せ持つ1つの領域」を開くことは?

 それなら、他のウマ娘にもできるのではないか?

 

「……待ってくれ。つまり、なんだ? その……例えばだが、周りで3つの領域が開いている時に、アンダースタンディブルが領域を開くと……」

「私の二重を超えた、事実上の三重展開になりますね」

「君が今回のレースで、領域を2つ開いていれば……?」

「神話的スパートすらも置き去りにする、神殺しのスパートが見られたかもしれないですね!」

 

 頭を抱えた。

 怪物とかいう次元じゃない。もはやこの世界に生まれたバグキャラだ。

 衝撃の度合いで言えば、最初にウィル見た時と同レベルだぞこれ。ホントなんなんだあの子。

 

「化け物が過ぎるだろうがよ……」

「歩さん、口調荒っぽくなってますよ。……そ、そんな歩さんも、素敵ですけども!」

「あ、すまない。君の前だと、どうにも気安くなってしまうな」

「いや、その、私的には、嬉しいんだけど……ね?」

 

 担当ウマ娘への態度として良いことではないのだが……長い時間を共にした戦友であり、愛バだ。どうにも気遣いが抜けてしまう瞬間がある。

 親しき仲にも礼儀あり、良いことではないなと軽く首を振り、改めて話を戻す。

 

「しかし、どういう心象ならそんな領域を開けるんだ……?」

「一言で言うと、いわゆる英雄の器ってヤツですかね。

 アンダースタンディブルには、凄まじく大きな『容量』があるみたいです。何かを受け入れ、使うだけの圧倒的な器、つまり才能が。

 だから、他人の力とか想いとか魂みたいなものも全部受け入れて、自分の力にできる。自分も同じ人生を追体験し、同じ力の使い方をできる。

 ……とはいえ、今の彼女の世界は未完成が故に、所詮誰かのコピーでしかないんですが」

「……いや待て、君。その言い方だとまるで、2つ目の領域は更に尋常ではない領域を開く、というように聞こえるんだが?」

「完成した英雄の力なんて十中八九すごいと思いますよ。というか、アンダースタンディブルの新たな領域がすごくないことなんて想像できます?」

「ここは地獄か……?」

 

 アンダースタンディブルの最大の弱点だった「努力する凡人の脅威を知らない」ことは、十中八九今回のレースで認識されただろうし、次回からはもう使えない。

 その上で、アンダースタンディブルの脅威はまだまだ上がっていくらしい。

 

 ……どうしよう。

 次回ウィルと走ることになったら、どうやって対抗すればいいんだこれ?

 

「あ、そう言えばレース後、『また走ろう』って約束しちゃったんですけど、大丈夫ですかね?」

「…………だ、大丈夫なんじゃないか?」

 

 ……まぁ、その、なんだ。

 明日のことは明日の俺がなんとかしてくれるだろう、うん。

 

 アンダースタンディブルが強くなるのと同じように、ウィルだってまだまだ強くなる。

 本格化はあと2か月と少しだが、技術の向上は目指せるし、領域についての理論研究もまだまだ底は知れない。

 

 明日は明日の風が吹くだろう。多分。恐らく。メイビー。

 そう思わないとやっていけなくなってきたな、ハハ。

 

 

 

「それじゃ……一方、2着ネディリカの方はどうだった? 特に領域」

「うーん……アンダースタンディブル程に深く繋がったわけじゃないし、どことなく形が変だったので、ハッキリわかるわけじゃないんですが」

 

 ウィルはそう前置きし、軽く首を傾げながら語る。

 

「一言で言うと『領域を閉じる』ものなんですけど、ルドルフ先輩のとはちょっと違いましたね。

 ルドルフさんのアレは、なんというか、矢で撃ち抜いた領域を閉じる、みたいな感じなんですよ。

 差しウマ娘であるルドルフさんにとって、レースは後ろから捲っていくものなので、必然的に前方に向かって矢を撃つじゃないですか? そうすると、追い込みウマ娘の領域は閉じられない……んじゃないかなって思うんですよ。多分」

 

 ちょっと濁したのは、ルドルフなら1本の矢で前方も後方も撃ち抜けるんじゃないか、と思ったからだろうか。

 ちなみに俺もちょっと思った。だってあの永遠の皇帝だし。道理とか曲げて来そうだよね。

 

「一方でネディリカの領域は……自分に有利な効果を持ってないし、自分の領域も閉じちゃう代わり、レース全体の領域を全部閉じちゃうんですよね。

 アレを使われると、領域同士のぶつけ合いの異能力バトルから、シンプルな競走にジャンルが変わっちゃう感じです」

「それは……なんというか、それもそれで厄介な領域だな」

 

 領域は、それ1つでレースの流れを変え得る、凄まじく大きなファクターだ。

 これが強制的に閉ざされるとなると、その時点でレースの色合いは大きく変わってしまう。

 

 特にフォワ賞のウィルなんか、領域で全部ぶち壊した感じだったからな。

 そういうレースプランを組んでいれば、このタイプの領域は天敵となるだろう。

 

「というか、領域を強制的に閉じられると調子が落ちるんだったよな?

 実際今回のレース、君以外の殆どのウマ娘がレース中に不調まで落ちていたし、アンダースタンディブルに至っては絶不調まで落ちていたし」

「そうですね?」

「……君、さっき自分に有利な効果はないと言ってたけど、他のウマ娘たちの調子を強制的に不調まで落とすのは普通にめちゃくちゃアドなのでは?」

「…………た、確かに!」

 

 なるほどな……。

 領域同時展開で圧倒的な優勢を確保するウィルは、領域複製を行えるアンダースタンディブルに弱く。

 しかし領域主体で戦うアンダースタンディブルは、領域閉鎖を行えるネディリカに弱く。

 けれどその力を持つネディリカは、閉鎖に対策できるウィルに弱い、と。

 

 結果的にはウィルの判断と実力がレースを勝利に導いたが、この3人は相性的に言えば三竦みの状態にあったわけだ。

 

「……改めて、ウマ娘のレースって、何が起こるかわからないものだな……」

「だから楽しいんですけどね!」

「それはそう」

 

 トレーナーとしては、彼女たちの溢れんばかりの力に、いつも振り回されている印象が強いが……。

 ……それがこの上なく楽しいというのだから、トレーナーとは何とも業の深い生き物だ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて。

 ウィルにもっと話を聞いたり、そこから得られた情報を考察して、レースへの造詣を深めたいところだったが……。

 

 夕日が沈んだことで、それは一旦切り上げることにした。

 

 レース直後は、最も記憶がフレッシュなタイミング。

 ロジックならぬパッション、感覚的な話は、ここで聞くのがベストだが……。

 逆にロジックの話は、一旦時間を落ち着けて聞くのが穏当だ。

 日本に帰る機内や日本で聞けばいいし、今この瞬間に尋ねる必要性は薄い。

 

 ……という理屈はありつつも。

 結局のところ、俺がそれを取りやめた理由は1つ。

 いつもレースの話ばかりではウィルも気疲れするだろう、ということだった。

 

 周知の事実として、彼女はすごくレースが好き*1なのだが……。

 だからといって、四六時中それに触れていては飽きも来ようというもの。

 何事も適量適度がベストだ。ウィルのレースへの満足度が高い今、あまり触れすぎるのはよろしくない。

 

 そして何より、ウィルは今回も激闘を制して来たのだ。「おかえり」という言葉と頭撫でだけではとても事足りない。

 本格的な祝勝会は日本に帰ってからにするとしても、ひとまずのご褒美は必要だろう。

 

 

 

 で。

 俺はプレゼントだのご褒美だのは、サプライズじゃなくてもいいと考えるタイプだ。

 昌なんかはサプライズだからこそ嬉しいんだと主張してくるんだけど、個人的には何より、もらう側が必要とする物を渡してこそだと思うんだよね。

 

 そんなわけで、直接的に聞いてみた。

 

「ウィル、夜半は時間はあるんだが……何か望みはあるか?

 今日はいわゆるチートデーだ。何でも食べていいし何をしてもいいぞ」

 

 この世界において、ウマ娘のレースは途轍もない人気を誇っている。

 他のあらゆるスポーツの人気を合わせてもレースのそれには及ばない程に。

 

 そんな状況で、日本は凱旋門賞に敗れ続け……。

 3年前、あの日本最強を謳われたエルコンドルパサーが万全な体制で挑み、それでも惜敗したのだ。

 

 現在の日本において、凱旋門賞勝利は正しく日本全体の悲願であり。

 それへの挑戦は、強者にとってある種宿命じみたものですらあった。

 

 ウィルは、そんな凱旋門賞を制し、日本の悲願をついに叶えたのだ。

 

 本来はチートデーどころかチートイヤー、1年中遊び惚けても許される程だろう。

 ……まぁそんなことはウィル自身が望まないだろうし、彼女をどこまでも伸ばしたい俺にとっても本意ではないのでやらないが。

 

 けれどそれでも、せめて半日くらいは猶予があってしかるべきだろう。

 戦士にも休息は必要だ。今を生きる神話だろうが、それは変わらない。

 

 だからこそ、彼女の最も心安らぐ時間と物を用意しようと思ったのだが……。

 

「……それなら、その、お願いがあるんですけど」

「ん?」

 

 ウィルには珍しく、もごもごと口を動かし言い淀む様に、俺は首を傾げ……。

 

「あの……一緒に、ゆったりしませんか」

 

 その言葉に、更に深く首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 俺の知識が正しければ。

 子供というのは基本的に元気いっぱい、体を動かしたがる傾向にある。

 

 特に初等部から中等部の頃は、この傾向が顕著だろう。

 特に深い意味もなく跳ね回り遊び回る子供たち、体を動かすのが好きな少年少女は珍しくない。

 ウマ娘、特に俺の愛バたるウィルはその傾向が顕著で、隙あらば走りたがるしストレッチするし筋トレしている。もはや体を動かすことがライフワークになりつつあるのだろう。

 

 そんな彼女が、ゆったりと過ごす、と言い出したんだ。

 それも、凄まじく貴重な「自由に使える時間」を使って。

 

 てっきり「これからフランス中を走り回りましょう!」とでも言われるかと思っていた俺としては、少々肩透かしでもあり……。

 同時、まだ知らぬ彼女の一面を知れたことに、僅かながら喜びも湧き上がる。

 

「しかし……ゆったり過ごす、か」

 

 この言葉、なんとも新鮮だ。

 前世の頃から──前世の記憶は中学生辺りからしか覚えていないから、それ以降は、というのが正確ではあるが──、俺はまるで何かに追われるように生きて来た。

 今生が始まってもそう。非才の身なりに自らを鍛えようと、ひたすらに勉強と鍛錬の日々を過ごしてきたつもりだ。

 

 トレーナーになってしばらく、色々あってその生き方を放棄した俺であったが、だからと言って穏やかな日々が始まったかと言えばそうでもなく。

 ホシノウィルムとミホノブルボンのトレーナーともなれば、当然のように激務続き、休める暇は決して多いわけでもない。

 

 故に、ゆったりと時間を過ごす、ということは……俺が憶えている限り、両手の数でしか体験したことがなかったはずだ。

 精々、年末年始にウィルと通話して過ごしたり、釣りに出かけることが数度あった程度だろうか。

 

 

 

 ひとまずは2人分の食事を用意したり、お風呂を沸かしたり、食器を洗ったりと、ウィルと談笑しながらも家事をこなし……。

 

 それが一段落した後。

 

「それじゃ……いこ、歩さん」

 

 どこか喜んでいるような、あるいは恥ずかしがっているような表情のウィルと共に。

 俺は、寝室へと向かった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 勿論、変なことをするつもりはない。

 

 ウィルが俺に望んだことは、最近じゃ定番になってきた添い寝に近い。

 ベッドで2人、自然と眠りにつくまでの間お喋りをする。それだけ。

 

 いつもと違うのは、目的だ。

 

 これまで添い寝をしていた目的は、異国の地というアウェーの環境で、少しでも彼女が落ち着いて明日に臨めるように、という部分が大きい。

 つまるところ、あくまでも良く眠るため、翌日のコンディションを整えるためにそうしていたんだ。

 

 対して今回は、ウィルへのご褒美のため。

 明日に何かを繋げるためではなく、今この時を楽しむため、だ。

 

 これらは近いようでいて、大きく違う。

 なにせ……ウィルの年齢を考えるとあまり良いことではないが、好きなタイミングで寝てもいいし、時間を気にせずに一晩中喋ってもいい。

 

 明日、諸々の予定を済ませたら、俺たちは早速日本に帰る予定。

 フランスから日本まで、飛行機で12時間。行きと同じようにスイートルームを取ってはいるが、だからと言って走ったりなどはできない以上、ウィルはそこで眠ってもいいわけで。

 今日は、競走ウマ娘であるウィルとしては例外的な、夜更かしをしてもいいタイミングなのである。

 

 急いで寝る必要もなく、明日のことを考える必要もない。

 話し続けるのも、眠気に身を委ねるのも、全て自由。

 アスリートとアイドルの二足の草鞋を履く彼女としては、そんな些細な自由さえも得難いもので。

 

 だからこそ、この些細な一時はご褒美足り得るのだ。

 

 

 

「うへ、うぇへへへ……」

 

 なんともご満悦な表情で寝室に入った俺の愛バは、お風呂上りでしっとりしている。

 ゆったりとした白のルームウェアに身を包み、胸の前で腕を組んでもじもじしている……。

 その様子だけを見ると、まるで普通の女の子のようだ。

 

 だが、彼女はこう見えて国内最多勝の上、日本史上初の凱旋門賞覇者だ。

 そう思うとやはり、全身から放たれる圧と誇り高さに気圧され……。

 

「わーい! わふわふ……!」

 

 ……いや、ベッドに飛び込んで包み込まれるような感触を味わいふわふわの布団を抱きしめる、このテンションの高いキッズ所作からは、あんまりそういうのは感じ取れないね。

 

 結局のところ、ホシノウィルムがトップアスリートであるというのはあくまで彼女の一側面。

 同時に、ウィルは普通の女の子でもあるんだ。

 

 晩ご飯にハンバーグのにんじんソテー添えがあると目を輝かせ。

 お風呂上りには椅子に座って、リラックスした顔でにんじん牛乳を飲み。

 寝る前にはふかふかの布団にテンションが上がり、2分で寝落ちしたりする。

 

 そんな彼女の「普通な」姿を全て知っているのは、この2か月ずっと一緒にいた俺くらいだろうな。

 ……そんなことを嬉しく思ってしまうのは、我ながらどうかと思うが。

 

 

 

「歩さん、はよ! はよ!」

 

 掛け布団をまくり上げ、べしべしと自分の横を叩くウィルに、俺は噴き出しそうになりながら歩み寄る。

 

「『はよ』て」

「気持ちいいですよ!」

「そりゃそうよ。今日も乾燥機もかけて半日天日干ししたし」

「いつもありがとうございまーす!」

 

 どこまでも元気いっぱいのウィルに苦笑しながら、俺もベッドに入った。

 ……改めて考えると、なんで当たり前のように未成年の少女と同じベッドに入ってるのか、と疑問が頭を掠めかけたけど……。

 考えたら負けだ。自己嫌悪で死にたくなるからとにかく思考放棄だ。

 

 俺が隣で横たわると、ウィルは当然のようにきゅっと体に抱き着いて来る。

 彼女は普段から体温が高めなんだが、風呂上がりなこともあっていつも以上に温かい。クーラーを利かせた部屋でさえ、布団の中が少し暑く感じる程だ。

 

「えへへ……」

 

 胸の辺りからこちらを見上げて来るウィルの顔は、火に晒したチーズよりも蕩けている。

 というか溶けすぎて輪郭すら曖昧になってるレベル。ギャグ漫画かな?

 

「……可愛いなぁ、君は」

「かっ、可愛い? 可愛いですか、私?」

「一般論としては当然可愛いだろうし……俺から見ても、君は可愛いよ、すごく」

「うぇっへへへ、ひへへへ……」

「でも笑い方は時々ちょっとキモい」

「ウェッ!?」

 

 実は、彼女がこの若干キモ目な笑顔を浮かべることは、徐々に少なくなってきてるんだけどね。

 それはつまり、彼女がよく笑うようになった、ということで……。

 それが嬉しいような、寂しいような、不思議な感覚だ。

 

 

 

 ……ところで、2年くらい前。

 少し時間ができた時、俺はウィルと何の話をすればいいかわからなかった。結果として、時間を潰すためにしりとりなんかをしていたくらいだ。

 ……まぁ、ウィル的にはアレ、多少は楽しんでくれてたみたいだから、悪かったというわけでもないんだけどさ。

 

 ただ、今はもう違う。

 

「それでね、それでね。ネイチャがね、一昨日の通話で言ってたんです。『夏合宿ってトレーナーと海で遊べるチャンスなんだよねー。あ、ウィルは合宿参加したことなかったっけw』って!

 信じられなくない!? 地味に私が気にしてることわざわざ煽って来るとか! 性格わるーっ! って感じです!」

「君、去年は骨折してリハビリ中だったし、今年は合宿に行く暇もなくこっちだったからね。

 ……まぁでも、俺としては少し安心している部分もあるんだよな」

「え? なんで?」

「……極めて個人的な感情だから他人に口外するのはやめてほしいし、明日には忘れてほしいんだが。

 君の水着姿を、他の誰かに見られるのは、少しだけ、嫌なんだよな」

「あふん」

「あ、ショートした。

 ……まぁ、君の水着は去年の仕事でも使ったし、そもそも君はアイドルでもある。あまり気にしてはいけないと、理性では理解できてるんだけどね」

「わっ、私、その、歩さん以外には、本気の水着見せません、よ……?」

「え、嬉し。今年はもう無理かもしれないけど来年に期待」

「やっぱこの人恥ずかしいって感情欠落してるな?」

 

 

 

 ウィルと一緒にいれば、話題は尽きることがない。

 普通こういうのって、途中から話題が尽きたりするものだと思うんだけど……これがなかなか、一晩中でも話し続けられそうだ。

 

 普段はこんなことばかりに時間を使うわけにもいかないんだけど、今日だけはだらだらと話し込んでしまおうか。

 

 

 

「無人島に漂流するとして、1つだけ持っていくなら何がいい?」

「私は……歩さんかなっ。きゃっ!」

「俺はウィルはまず持っていかないな」

「もうちょっとこう雰囲気とか情緒とかあるくないですか」

「いや、だって俺の不幸に君を巻き込みたくないし。君には幸せに走っていてほしいんだよ」

「む~……気持ちはわかんなくもないですけどぉ。私的には、歩さんが不幸になるならそれも一緒に背負いたいですよ。

 言ったじゃないですか、私たちはパートナーだって」

「え、それってここでも通用する観念? それなら……」

「やっぱり、私?」

「いや、『日本のウマ娘のレース』をレース場とかURA込みで持ち込んで、そっちでウィルを育てる」

「急にスケールデカくなりましたね! もう無人島とかいう話じゃなくなったんですけど」

「仕方ないだろ、それが俺の一番の望みだし」

「このお話ってその望みをどこまでスケールダウンして持ち込むかってヤツなのでは?」

「じゃあウィルでいいや」

「いいやって何ですかいいやって! 私がいいって言ってくださいよ」

「……ウィルが欲しいな」

「うひゃっ、急に耳元で囁くのやめて! 確信犯でしょ今のはっ!!」

 

 

 

 部屋の電気を消して、外の街灯がカーテン越しに差しこむ、薄暗闇の中。

 俺とウィルは、ぽそぽそと語り合い、くすくす笑いながら、どこか秘密めいて背徳的な時間を過ごす。

 

 

 

「時々、君と巡り合わなかったらどうなっていたか、って思うことがあるよ。

 きっと俺は……潰れていたんだろうな。ホシノウィルムがいたから、俺は今もここにいる。トレーナーとして活動できているんだと、そう思う」

「……そう、ですね。私もきっと、歩さんじゃなきゃ、ここまでは来れなかったと思います。

 どこかで事故を……それこそ、あの宝塚記念ですんごい事故でも起こして、引退してたんじゃないかなー、なんて」

「あの月夜の下、君に出会えて良かったと思う。あの出会いが、俺の運命を変えたよ」

「同じく。あの日、あなたに出会えて、私のトレーナーになってもらって……良かった」

「……まぁ今思うと、私の命を差し上げますはちょっとカッコつけすぎじゃない? と思うが」

「やめろー! 最近思い出してちょっと恥ずかしくなるプチ黒歴史を思い出させるのはやめろー!」

「カッコ良いとは思うんだけどね。実際トレーナーって命預かってるところもあるし、君の言葉もあながち間違いじゃないんだが……こう、後から振り返ると……ねぇ?」

「その精一杯の気遣いが一番傷付くんですよ、何故それに思い至らない!?」

「でも、あの言葉があったから今の俺がいる。それは間違いない。ありがとうホシノウィルム、俺のことを救ってくれて」

「……そ、それはさっきも言ったようにお互い様なんですが……。

 ていうかもしかして、この下げては上げる独特のテンポ感が歩さんの素だったりします? だとすると私、これから先一生歩さんに振り回されるんですか!?」

「一生?」

「いやっ……い、いけませんか」

「バチクソ嬉しいし俺も一生一緒にいたいが」

「は? 結婚か?」

「いつ入籍する? 式は和式と洋式どちらがいい? 呼びたい友人のリスト化を頼めるか?」

「こういう流れで一歩も引かないことある?」

 

 

 

 冗談を言い合いながらも、隠すことなく互いへの好意を仄めかし、ベッドの中で互いの体温を交換する。

 

 先日、名実ともに世界の頂点となった競走ウマ娘、ホシノウィルム。

 そして彼女を支えるトレーナーであり、一応はそこそこ有力なつもりのトレーナーである、俺。

 いつだって多忙で、すべき仕事に追われる2人の時間の過ごし方としては、もったいないくらいかもしれない。

 

 ……けど、まぁ。

 たまには、こんな日があってもいいだろう。

 

 ウィルは競走ウマ娘ではあるけど、同時に普通の少女でもあるし。

 俺だってトレーナーではあるけど、同時に普通の人間でもあるわけだし。

 

 

 

「ズバリ訊いちゃいますけど、歩さんって彼女とかいたことないですね」

「訊くっていうか断定だねそれは。……ぶっちゃけいたことはあるよ」

「は?」

「大学の頃、同期の女性に告白されてな。多分何かの罰ゲームだったと思うんだけど、断るとあちらの名分も立たないだろうと思って受け入れたんだ」

「は? は? は? は? は? は? は? は? は? は? は? は? は?」

「発声練習? ……結局、『もう付いて行けない』と言われて、1か月で別れることになったんだが」

「はぁ~~~~~~~~!?」

「素直に告白したのにこんな怒られることある?」

「別に怒ってませんけど!? そりゃあ歩さんくらい有能でイケメンで実家がお金持ちで否定すべきところがクソボケトレーナー脳なこと以外見当たらない完璧スパトレ男性がモテないわけないですよねェ~~~~!!!! はいはい私は所詮二番目の女なんですね~~~~!!!!」

「いや、モテてはないと思うぞ。実際女性関係はそれくらいだし、彼女ともデートすらせず終わったしな」

「え、そうなの? 一か月付き合って?」

「そりゃ君、当時の俺は、起きてる時間はほぼずっと大学の図書館に籠ってひたすら論文とか図書読み漁ってたからな。申し訳ないが、交際に時間を使う余裕はなかったから……」

「……すごい、一瞬でお相手の女性がお労しくなってきた」

「……今思うと、俺もすごく申し訳ないことしたような気がしてきた」

 

 

 

 その髪に手を置き、軽く撫でると、彼女はほにゃっと力の抜けた笑みを向けてくれる。

 その温かい眼差しが、想いが嬉しくて……あまり良くないと知りながらも、俺は彼女の頭を撫で続けてしまう。

 

 ……元は父親代わりとして始めたのに、気付けばこんな感情を抱いている。

 なんとも罪作りな人間だな、俺は。

 

 

 

「結局、フレンチはあまり食べないままだったな」

「うーん、あんまり舌に馴染まないというか、食べ慣れないというか。私としてはやっぱり、歩さんの作ってくれるご飯が一番の御馳走なんですよね。

 ……毎日食べたい、ですよ?」

「俺としても、毎食作れば君の栄養管理を徹底できてすごく楽。毎日こうしたい」

「うわ、なんて色気のない返答」

「ちなみに俺は家事洗濯も得意だし、家の管理は任せてくれていいぞ」

「…………待って待って待って待って? え、何、え、え、どういうこと?」

「ふっ」

「あっ、揶揄いましたね!? もうっ!」

「まぁ真面目な話、君はトレセン卒業後、あの家に住んでくれるんだろう?

 そうなったら、俺が食事も含めた家事を担当するよ」

「……あの、いいんですか? トレセンを卒業したら……その」

「君、ドリームトロフィーには進むんだろう? そちらでも俺がトレーナーをすればいいだけだ。安心しろ、ちゃんとあっちでもやれるよう勉強はしている」

「…………そ、それが終わったら?

 私が引退したら……その……意地悪な質問なのはわかってますが……」

「…………くくっ」

「まっ、また笑った! 信じられない、乙女の純情を!!」

「い、いや、すまない。君はまだそこ止まりなのかと思うと、何かおかしくてな」

「そこ止まり? っていうのは……」

「君がどう思っているのかはわからないが……。

 俺は、君の望む限り、隣にいたいと思っているよ。……契約など関係なく、な」

「!!?!?!??!?!!?!!?!?!???

 ちょま、え、あな、は!? え、それってつまりそういう、え!?」

「これ以上は言えないな。『今の』俺はあくまで君のトレーナーだし、『今の』君はまだ中等部の学生だから、不用意な発言はできないさ。

 ただ、今はそうでも、未来はそうではなくなる。その時には……また別のことも言えるだろう」

「な、は、いや、じょ、冗談とか誤解とかナシですからね! 本当ですからね!? 嘘にできませんから! 絶対ですからね今の! 明日になったら忘れてるとか夢オチとかナシですよ!?!?」

 

 

 

 ……いや、本当に。

 いくら互いに前世の記憶を持っているとは言っても、こんな学生相手に懸想するとか。

 もうロリコンの誹りは免れないな、俺。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 俺とウィルは、静かにフランスでの最後の夜を過ごす。

 ……時折バタバタとウィルが暴れることもあるけど、まぁ大体は静かに過ごしたと思う。

 

 そうすると、まぁ当然というか。

 明け方辺りになる頃には、ウィルはうとうとし始めた。

 

 ストイックなアスリートである彼女は、基本的に夜更かしなどしない。

 夜の9時から10時には寝付いて、朝は4時から5時に起きてしばらくぼんやりした後ランニングに出る毎日だ。

 

 だからこそ、その体内時計はとても精密に動き……。

 こうしてずっと起きていれば、堪え切れない眠気が現れる。

 

 

 

 まだ話したいという気持ちと、いよいよ強くなる眠気に板挟みになっているのだろう。

 ウィルは俺の胸に顔を埋めながら、どこかぼんやりと呟いた。

 

「あと……そう、勝ててよかった、凱旋門賞」

「楽しいレースはできたか?」

「うん。でも、それだけじゃなくて」

 

 胸から顔を挙げたウィルは、半分くらい開いたまぶたの奥から、とろんと蕩けた眼差しを向けて……。

 想定外な言葉を、口にした。

 

 

 

「歩さん、誕生日だったよね。凱旋門賞の前の日」

 

 

 

「……知って、いたのか」

 

 堀野歩の誕生日は、10月3日。

 今年の凱旋門賞の、前日だった。

 

 俺はこれを、殆ど口外していない。

 学生であり少女であるウマ娘たちはともかく、もう大人であるトレーナーに一々お祝いなど必要ないだろう、という意図と……。

 何より、この時期の周辺はまさしくG1シーズンで、そんなことに時間を割く余裕はない、という判断からだ。

 

 実際、今年なんかは凱旋門賞直前も直前。

 気合が入っているウィルや、菊花賞へ向けて追い込み中のブルボンの時間を取るわけにはいかない。

 フランスにいて、その上凱旋門賞直前ということもあって、同期や先輩のトレーナーたちや家族からいくつかメッセージが来た以外、その日は何の変哲もない一日だった。

 

 勿論、俺が憶えている限り、ウィルにもこの日のことは言っていなかったはずだ。

 特に何か言われることもないし、てっきり知らないものと思っていたが……。

 もしかして、昌辺りに聞いたんだろうか。あるいは、どこかでプロフィールでも見たのか。

 

「私……歩さんにあげられるものなんて、他に何もないし。今年の誕生日なんて……家なんて、すごいもの、もらっちゃったし。

 だから、せめて……歩さんこそ、世界最高のトレーナーだって、そう言えるように……凱旋門賞に勝って、日本初の凱旋門トレーナーになってほしい、って……ほわ……」

 

 ……俺としては、この子の隣にいられる時点で、これ以上ない程にたくさんのものを貰っているつもりだったんだが。

 どうやら、ウィルも同じような想いを抱いてくれていたらしい。

 

 しかし、だからって凱旋門賞……世界最高峰の座を、か。

 所詮はただの誕生日プレゼントだっていうのに、とんでもないものをもらってしまったな。

 

「だから、勝てて良かった……歩さんにお返しできて……。

 改めて、誕生日、おめでとう……ござい、ます。あなたに会えて……良かった……」

 

 その言葉を最後に、ぽとり、と。

 ウィルの頭が脱力し、まぶたが落ちた。

 

 その表情は、こう言ってはなんだがだらしなく、楽しそうで……。

 ほんの少しの警戒もなく、安らいだものだった。

 

 そんな彼女の頭を穏やかに撫でながら、俺もまた、静かにまぶたを閉じる。

 

「…………はぁ、もう、まったく。

 君は間違いなく、最高のトレーナー孝行者だよ。これ程トレーナー冥利に尽きることはない。

 ありがとう、ウィル。最高の誕生日プレゼントだ」

「にへ……歩さ……」

 

 いよいよ限界を迎えたんだろう、ウィルの言葉は尻すぼみに消えていった。

 

 

 

 静かな夜。

 誰の目にも止まらない、ほんの刹那のひととき。

 

 俺は、俺を変えてくれた、誰よりも大切な愛バを抱きしめ……。

 

「……愛しているよ、ウィル。あらゆる意味で」

 

 そう、秘め事を漏らしながら、短い眠りに就いた。

 

 

 

*1
極めて厚いオブラートに包んだ表現







 2人は幸せな添い寝をして終了。
 ついでに堀野君がロリコンで確定して終了。



 龍は頂きに至り、神話は成りました。
 そんなわけで、本編第三部「彼と彼女」はこれにて終了。
 これまでお楽しみいただき、ありがとうございました。

 でも本作はもうちょっとだけ続くんじゃ。
 掲示板回や別視点も挟んだ後、最終部である第四部、ラストスパート開始です。
 堀野君とウィルの「最初の3年間」が終わるまで、あと3か月。果たしてどんなレースが、どれだけ糖度の高い展開が待っているのか……。
 是非お楽しみに!



 次回は1週間以内。掲示板回。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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