転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 先週はお休みをいただき、2週間ぶりの投稿です。
 今回から第四部が開幕、いつもと違って別視点からスタート。
 200話書いて初めて次回予告をド忘れし、読者様からいただいた案を採択させていただいた形です。お恥ずかしい。





ロボと刺客と菊花の季節
ミホノブルボン:オリジン


 

 

 

 「ホシノウィルム」。

 

 この名称が示す人物を表すデータを、自身の記憶領域内で検索。

 結果表層に浮かび上がったのは、ただ1つではなく、むしろ纏まり切らない程の情報の集合。

 

 彼女と共に生きた期間は、ただ1年。

 私の人生全体からすれば、1割にも満たない時間でしかない。

 

 けれど……私の人生の中で、最も濃密だったと言っていい1年でもあり。

 だからこそ、その背中を、忘れることができない。

 

 現在トゥインクルシリーズで活躍を見せている、シニア級の競走ウマ娘。

 私こと、ミホノブルボンと同陣営の先輩であり、マスターが見出し契約した最初のウマ娘。

 大逃げというイレギュラーな戦法を取り、それでなお国内G1最多勝、合計9勝を刻んだ怪物。

 先輩であり、多くの尊敬に能う点を持ちながら、同時に小さな問題をいくつか抱えてもいる、なんら特別でない普通の少女の延長線上の存在。

 

 端的に包括すれば、それが私にとっての彼女、「ホシノウィルム」を指す象徴的記号でした。

 

 

 

 最初は、自らの疑問を解消してくれるかもしれない先達でしかなかった。

 

 クラシック三冠の夢への迷い。

 私の血統的適性のなさは、おおよそ致命的と言ってよいもの。

 その中で、果たしてこの道を歩み続けることが正しいのかと、何度も思い悩み……。

 

 この議題を解決するために相談を持ち掛けたのが、彼女でした。

 

 寒門どころか全くと言っていい無名の血統であり、大逃げというクラシック三冠に向かない脚質であり。

 それでありながら、当時皐月賞を、クラシック三冠を最有力視されていたウマ娘。

 ホシノウィルム。

 

 当時の、彼女について詳細を知らなかった私の視点では、彼女は私の理想であるように思えたのです。

 

 クラシック三冠という王座に挑むウマ娘……。

 そして同時、相応しい適性を生まれ持つことなく、それでもなお頂を目指すチャレンジャー。

 

 それは、いつか私が辿るべき道。

 であるならば、この私の歩む道のり、その道中に発生する懊悩ですらも、その解決のためのメソッドを持ち合わせているのではないか、と思い……。

 

 そして実際に、彼女はその悩みに応えてくれた。

 私には三冠を取れる素質があるだろう、と確信めいた言葉で自信を持たせてくれ。

 ……そして、その最大の根拠となる人物を紹介してくれた。

 

 マスター。

 私のクラシック三冠を心から信じ、そしてそのために現実的なプランを創出してくださる、最高の契約トレーナーを。

 

 

 

 マスター……堀野歩トレーナー。

 ウマ娘の身体能力や技術を数値化して測る正確無比な観察眼と、それによって得られた膨大なデータに基づく理論的な育成を指向する方。

 トレセン学園に勤めて4年目、まだ新人と呼んで差し支えない時期でありながら、ホシノウィルムという先頭を突き走る逃げウマ娘を育成するメソッドを持ち合わせる、名家出身のトレーナー。

 その能力も、どの面を取っても歳相応を大きく超えたスペックを有している、と認識しています。

 

 おおよそあらゆる面において高い能力を有している契約トレーナーではありますが……。

 何より幸いであったのが、マスターと私の思考ルーチンが近似していること。

 

 ロボットやサイボーグのようだと揶揄されることも多い、理論理屈による思考を中心とする私。

 データに基づく徹底的な考察と理論構築を行い、レースを覆う不可解のベールをはぎ取るマスター。

 

 私たちは互いに互いの思考を理解し得、だからこそ余計なコミュニケーションを省き、より効率的なウマ娘の育成を試みることができる。

 私にとってそれは、何よりも望ましいことであり。

 故にこそ、マスターは唯一無二、私の『マスター』足り得る人であると信じることができるのです。

 

 

 

 そして、私がそんなマスターと契約することができたのは、ウィルム先輩の助力による所が大きかった。

 

 マスターはどこまでも担当ウマ娘の為に動く人間。

 故にこそ、担当する人数を増やすことに対し、肯定的な意思を持っていなかった。

 

 ホシノウィルムというウマ娘の育成に専念するため、契約を渋るマスター。

 故に私は、先輩に彼との取り次ぎを依頼し……やや驚くようなリアクションを向けられながらも、快く受け入れられ。

 彼女の仲介と理事長による説得によって、マスターは私を受け入れてくださった。

 

 彼が私と結んだ契約、そして私を育てるという決断は、ホシノウィルム先輩の説得なくしては在り得なかったでしょう。

 

 日本に先輩がいた頃、私がそう言う度に、先輩は「そんなに気にしなくてもいいよ。私も、ブルボンちゃんなら歩さんに相応しいかなって思ったから紹介したんだし」と。

 だから負い目に感じる必要はないのだ、と。

 そう言って、笑ってくださいました。

 

 ……けれど、いいえ。

 それは私にとって、大恩を感じて然るべき過去だったのです。

 

 

 

 マスターの前に契約した、ベテランであるらしいトレーナーは仰っていました。

 

 ミホノブルボンはその血統と走りから考えて、最適距離はマイルであり、そこから距離が伸びる程不利になっていくだろう。

 中距離までならば純粋なスぺックによる誤魔化しも利くだろうが、長距離ともなれば話は別。

 どれだけミホノブルボンが身体を鍛え続けようと、生まれ持った才の差は覆せない。天性のステイヤーという壁は越えることができない。

 故に、クラシック三冠を目指すべきではない。せめてティアラ路線での活躍を考えるべきだ、と。

 

 それは、正論でした。

 データに基づき判断された、文字通りの正しい論。

 「ミホノブルボン」というマテリアルを最大限に活用した、最も価値を生み出すべく捻出されたプラン。

 理屈の上では否定しようのない、ウマ娘の契約トレーナーが出力することのできる最適解。

 

 私は、トレーナーに従い走る競走ウマ娘として、それを受け入れるべきでした。

 より良く、より強く走るには、そうすることこそが正しいのだから。

 そんな姿をこそ、ウマ娘は望まれているのだから。

 

 実際、私は前トレーナーの発言や育成論に対し、何一つとして理論的な反論や代替案の提出をすることはできませんでした。

 ただ……ただ、クラシック三冠に拘り続け、前トレーナーを困らせ続けることしか、できなかった。

 

 結果を見せて、私がクラシック三冠を獲り得ると証明すればいい。

 私はそう思い、前トレーナーに何も相談することなく、ただ個人的に三冠の為のトレーニングを積み重ねていた。

 

 ……けれど、思えばそれは、ウマ娘の全てを支えるべく存在するトレーナーへの冒涜でもありました。

 ウィルム先輩とマスターのように、相互に交わす極限的な信頼関係の末に、無言の内に自主トレーニングの許諾と実行をしているのではない。

 前トレーナーの視点で見れば、本来は許されることのない、私の体力と時間の無駄遣いでしかなかった。

 

 視野狭窄になっていたらしい過去の私は、それを正しく認識できているとは言えませんでしたが……。

 今は、既に自覚しています。

 トレーナーと協力し、二人三脚で歩むべきウマ娘としては、余りに不健全かつ不敬な態度であったと。

 

 故にこそ、前トレーナーとの契約が解除されることは、ごく自然な流れで。

 当時の私からしても、愛想を尽かされることは理解可能な話でしたし……。

 今の私としては、このようなウマ娘に付き合わせてしまったことに罪悪感こそあれ、彼を恨む気など毛頭持ち合わせてはいませんでした。

 

 

 

 ……けれど、同時。

 契約トレーナーがいなくなることは、私にとって痛恨と言っていい事態でもありました。

 

 トゥインクルシリーズのレースへの出走条件は、メイクデビューや未勝利戦で1勝を挙げていることと、トレーナーと契約を交わしていること。

 トレーナー契約がなければ、私はレースに……クラシック三冠に、挑むことすらできなくなる。

 

 しかし、私が自らの適性を知りながら三冠を目する、いわゆる気性難なウマ娘であることは、既にトレセン学園のトレーナーに知られており。

 その上で、寒門の血と不利な適性を呑み込んで、共に三冠を目指そう、などと言ってくださるトレーナーが、どこにいるのか。

 

 ……そう思っていた時。

 私は、マスター……堀野歩トレーナーが、私の三冠という目標に肯定的だと、知ったのです。

 

 堀野歩トレーナー。

 曰く、寒門の差しウマ娘を大逃げウマ娘に魔改造し、G1級まで鍛え上げた怪物。

 曰く、凄まじい観察眼を持つ、公私ともに完成されたトレーナー。

 

 もしも彼が、私のクラシック三冠という夢を肯定してくれるのならば……。

 きっとそれは、私にとって唯一無二の、マスターと呼ぶべき存在なのでしょう。

 

 故に、私は堀野歩トレーナーに対しコンタクトを取り、拒まれ。

 ……良いことではないと悟りながらも、先輩に頼ることで、未来を掴んだのです。

 

 

 

 そう。

 今、皐月賞と日本ダービーを制し、菊花賞までほんの一歩まで迫っている、今。

 

 今があるのは、全て、ホシノウィルム先輩のおかげなのです。

 

 彼女がいなければ、私はここまで辿り着くことはできず。

 それどころか、スタートを切ることすらも不可能だったでしょう。

 

 

 

 以上の記憶を以て、私はウィルム先輩へのイメージを形成しました。

 

 私にとってホシノウィルム先輩は、尊敬できる競走ウマ娘の先輩であると同時、マスターと引き合わせてくださった恩人でもあり。

 公私ともに尊敬する相手で、無敗の三冠といういつかは辿り着くべき目標地点に先に至った先達でもあり……。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そして……今、もう1つ。

 

 彼女に持つイメージが、増えた。

 

 

 

 

 

 

『信じられますでしょうか!? いいえ、信じるしかありません!! 何故ならこれこそが、私たちの前に広がるこの光景こそが! 現実なのですから!! 目の前のっ……これが!

 今、ホシノウィルムが、今!! エルコンドルパサーの雪辱を果たし!!

 夢を、希望を、浪漫を、その全てを背負い! 日本のウマ娘が、世界の頂へッ!!!

 世界よ、これが託されて来た日本の一矢!! 紡ぎ上げられた、新たなる神話の1ページだ!!!』

 

 

 

 

 

 

 テレビから流れる、絶叫にも等しい解説の言葉。

 それはどこかぼんやりと溶けたようで、私の脳が意味を理解し切ることはありませんでした。

 

 何も、滑舌が悪かったというわけでも、音量が小さかったわけでもなく。

 ただ、私の思考のリソースの大半が、1つに向けられていたから。

 

 ただ、目の前に繰り広げられたレースに。

 ……ホシノウィルム先輩の、その余りに凄まじい走りに。

 

 私は……思考回路を焼き切られる程に、それに魅せられていた。

 

 

 

 凱旋門賞。

 それは私が今まで見た中でも有数の、恐らくは去年の有記念に並ぶであろう、凄まじいレースでした。

 

 あのウィルム先輩を越えて一番人気、西欧のファンの夢をその一身に背負って走った英雄、アンダースタンディブルの覇気。

 7番人気、ウィルム先輩やアンダースタンディブルに比べれば決して非凡な才を持っているとは言えず、それなのに破滅的な程の力を見せた騎士、ネディリカの躍進。

 

 彼女たち出走ウマ娘は、誰もが世界最強級で、日本にさえ2人いるか3人いるかという傑物たち。

 

 

 

 けれど……私の目に焼き付いたのは、彼女たちの姿ではなく。

 

 誰よりも楽しそうに。

 誰よりも満たされて。

 

 ……そして何より、誰よりも速く、ゴール板前を駆け抜けたウマ娘。

 

 

 

 ホシノウィルム。

 

 

 

 赤と薄灰色に彩られた彼女は、不可解なことに、輝いているように認識できました。

 

 きらきらと眩しい、故郷で見上げた夜空の星のように。

 めらめらと燃える、薪がくべられて爆ぜる炎のように。

 

 彼女は、その走りは、私の網膜を焼き焦がす。

 

 

 

 ……それを。

 この目を焼かれる感覚を、私はかつても味わったことがあった。

 

 私と父とマスターの夢が、始まった日。

 

 日本最強を決める年末の大レース、有記念。

 そこで走る……無敗の三冠ウマ娘、シンボリルドルフの姿。

 

 その姿勢は、どのような曲線よりも美しく。

 その速度は、どのような光よりも速いようで。

 その表情は、どのような瞬間よりも楽しそうに。

 

 そして、そのウマ娘は、誰よりも強かった。

 

 故にこそ……故にこそ私は、トレセンに来て、クラシック三冠を獲って……。

 そして、そして、彼女に、彼女たちに…………。

 

 

 

「…………」

 

 脳内に発生する、不明な情動を検知。

 

 ……いいえ、不明では、ない。

 

 知っている。

 この感情を、衝動を、私はよく知っている。

 マスターとウィルム先輩に、それが何なのかを教えていただいた。

 

 これは、熱でした。

 私が、私たちウマ娘が、レースの際に覚えるそれと同じ……熱。

 

 マスター曰く、ウマ娘の魂や本能が引き起こす、強烈な闘走本能の奔流。

 ウィルム先輩曰く……私たちウマ娘を走らせる、強力無比な推進剤。

 

 

 

 それを……あの日覚えた情動の詳細を理解し、自覚した瞬間。

 自らの内で、不意に複数の理屈が繋がる感覚を覚えました。

 

 それは、天啓ではない。直感でもない。

 エウレカとも呼ばれる、論理的な直結。理解……いえ、確信と呼べるもの。

 

 ミホノブルボンというウマ娘への、自らの精神性への、理解度の深化でした。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 まるで機械やサイボーグのようだ、と。

 友人からも、世間からも、私はそう評されています。

 

 考え方や喋り方、行動や走り方に至るまで、私の全ては理論と理屈で構成されている。

 その様は人と呼ぶにはあまりに正確無比で感情的な温かさがなく、むしろ冷徹な機械に近いのだと。

 

 私自身、その評価を受け入れています。

 トレセン学園に入って多くのウマ娘や人間と触れ合い、自らと一般的な人々の違いは理解できたつもりでした。

 

 私は、他のウマ娘たちとは違う。

 理論的で冷たい、淡々としたウマ娘なのだと、そう認識し……。

 

 

 

 ……けれど、それらの理解は、間違っていた。

 

 むしろミホノブルボンは、誰より原始的で感情的なウマ娘なのでしょう。

 

 

 

 何故、そんな簡単なことに、今まで気付くことができなかったのか。

 人より多く食べ、人より多く走り、レースの際には人一倍熱に浮かされる私の、一体どこが機械的だと言うのでしょうか。

 

 昔から、私は自我が希薄でした。

 何にも殊更の興味を惹かれず、何にも執着することなく、そんな私を父は心配してくれていて……。

 

 けれど、ただ1つ。

 

 あの日に見た、そして今見ている、ウマ娘の姿だけが。

 私の瞳に、神経に、脳裏に、記憶に、焼き付いていた。

 

 それは父の見せた笑顔と共に、クラシック三冠の夢という形へと昇華されましたが……。

 きっと、根源はレースそのものではなく、そこに出走していた1人のウマ娘。

 

 ただ、その背中。

 讃えられ、孤高たり、並ぶ者なきその背中。

 

 私が、ミホノブルボンが執着することができたのは、それだけ。

 それを目指すことの他に、何にも執着することのできない私には、それだけしかないのです。

 

 あるいはそれは、人格的欠陥と呼べるかもしれない。

 ウィルム先輩やソウリさんのような「普通」のウマ娘は、多くのことに興味を持ち、多くのものを目指すものと聞きます。

 それはマスターとの関係性であったり、強者との対決であったり、憧れの人であったり、遠い背中であったり。

 それは人それぞれで、時により移ろい変わるもの。

 普通のウマ娘とは、そういうものなのでしょう。

 

 ……であれば、ただ走ることの他に何もない私は。

 ウマ娘として、その精神性に欠陥を抱えているのかもしれない。

 

 けれど、あるいはだからこそ。

 ただ走ることの一点、そこへの執着は、おおよそ誰にも負けない。

 他に執着を持たないからこそ、その一点に注がれる熱は、他者の比ではないはず。

 

 

 

 つまるところ、纏めるならば。

 

 ミホノブルボンは他者と比べ、一個体の知性体としての自我が薄く。

 その代わりと言うように、ウマ娘としての生物的本能が強い。

 

 誰よりも生物的で、何より機械からは程遠い。

 

 そういった、欠けた気質のウマ娘なのでしょう。

 

 

 

「ああ……」

 

 隣で、堀野昌サブトレーナーが拳を突き上げ、怒号を上げています。

 その光景は、歓声は、確かに私の感覚が捉えていましたが……。

 

 ……今は、そんなことにさえ、興味を持てない。

 

 何故なら、ようやく理解できたのです。

 自らの世界と、ホシノウィルム先輩の世界の、乖離を。

 

 

 

 元より、疑問ではありました。

 何故私とホシノウィルムの領域はあんなにも違うのか、と。

 

 ホシノウィルムのそれは、数多の星の輝く、眩しく温かな宙。

 ミホノブルボンのそれは、暗く空虚で中身のない、空。

 その景色は似て非なるもの。

 

 かつて私は、領域を理解し開くため、ウィルム先輩の領域を見せていただきました。

 故にこそ、私の領域の景色が多少なりともホシノウィルムの領域に影響されたことには、疑問はない。

 けれど、それならば何故、このように本質が異なっているのか。この両者の違いは何なのか。何故生まれたのか。

 

 その答えは、簡単なことでした。

 

 

 

 ウィルム先輩は、多くに視線を向け、多くに導かれる、ウマ娘らしいウマ娘であり。

 だからこそ、その内的宇宙は広く温かで、多くの(しるべ)が輝き。

 

 ミホノブルボンは、ただ走ること、余りに遠い背中しか見えない……いいえ、見たくない。

 だからこそ、その内的宇宙は無駄なものがなく、ただ自らの目指す少数の(せなか)のみがある。

 

 

 

「……理解しました」

 

 それらは、私の身体能力に何の影響ももたらさない、些細な気付きでしかなく。

 

 けれど、あるいは……。

 

 競走ウマ娘ミホノブルボンの歩む道を大きく違える、転換点だったのかもしれません。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そうして、凱旋門賞から数日。

 マスターとホシノウィルム先輩が、フランスより帰国されました。

 

 どうやら半日の旅行を終えたウィルム先輩には休暇を与えたらしく──ウィルム先輩の行動パターンから推察するに、本当に休暇を過ごしている可能性は高いとは思えませんが──、私と堀野昌サブトレーナーがトレーニングを行っていたレンタルグラウンドに、マスターはお一人で現れ。

 

 そして、開口一番、私の目を見て仰いました。

 

「改めて謝らせてほしい、ミホノブルボン。

 本来君に寄り添うべきトレーナーとして、けれどこの2か月間君の隣を空けてしまったことを」

「問題ありません。マスターは通話越しではあれど、私に適切なアドバイスとプランニングを行ってくださいました」

 

 そう、マスターは地球の裏側と言ってすらいい場所にいながら、私に適切な指導を付けてくださった。

 

 通話の映像越しにもウマ娘を理解できるという、不可思議なまでの観察眼。

 そして凱旋門賞を前にしてもなお、私の為に更新し続けてくださった育成プラン。

 それらによって、マスターは万全に私の育成をしてくださった。

 一般的に見れば、それは不可能にすら近い、離れ業だったはず。

 

 けれど、マスターにとってはそれでもなお不足なのか、彼は緩く首を振りました。

 

「いいや、欠陥はあった。どうしても言葉や文章だけでは真意が伝わらず、コミュニケーションエラーに基づく失敗が2件。

 リカバリーも図ったがそれも万全でなく、結果的に君の育成状況は現在、本来の予定より2.8%の下方誤差を見せている」

「そ……それに関しては、私も……いや、私が足りません、でした。申し訳ありません」

 

 私の隣にいた昌サブトレーナーが、私とマスターに向かって、おずおずと頭を下げました。

 しかし、その謝罪は必要のないものであると考えます。

 

「マスター、昌サブトレーナーは全力で私を支えてくださいました」

「わかっている。……昌、顔を上げて。頑張ってくれたことはわかってるから。

 昌自身が自分の不足を許せないって言うのなら、これ以上慰めはしない。ただ今回のことを糧にして、もっと成長していけばいいんだ」

「……はい、わかりました」

 

 そう呟く昌サブトレーナーの表情は、苦みと悔い、自らへの怒りと推察される色に彩られ……。

 けれど、素直に頷いていました。

 

 この半年余り、昌サブトレーナーは、マスターに対して素直な反応を見せる傾向にありました。

 正確に言えば、マスターの態度や振る舞いの方向性が変化するのに併せ、彼への態度を変えている……ように思えます。

 

 大人であり、トレーナーであるお二方も、あるいは日々成長と変化を遂げているのでしょうか。

 あるいは、人は生きる限り、そうして変わっていくものなのでしょうか。

 

 ……私が、このトレセン学園に入った時と、大きくその方向性を違えているように。

 

 

 

「とにかく。ブルボン、改めてこれから2週間余り、改めて菊花賞に向けて君を育成していく。

 下振れてしまった育成計画の誤差も、取り返せるだけ取り返すつもりだ。

 その上で、何か意見や提案はあるか?」

「…………」

 

 私へと向き直ったマスターの言葉に、私は今の自分について、その目標についてどう伝えようかと数秒考え……。

 

 そして、改めてマスターと目を合わせ、言いました。

 

「マスター、私はこれまで、唯一の目標を『クラシック三冠』と置いていました」

「そうだな。故にこそ菊花賞に向けて万全な対策を考えている」

「それ自体に、変更はありません。

 私と父とマスターの抱く夢を叶える。それは私にとって現在最優先のタスクです」

 

 ……マスターには、誤解してほしくない。

 

 私の抱く、この夢への熱意は、全く変わらない。冷めることはない。

 父の見せてくれた笑顔を、マスターの信じてくれた未来を叶える。

 それはミホノブルボンにとって、今目の前に広がる最大の目標である。

 

 けれど……。

 

 

 

「ただ。もう1つ、その先に、タスクの設定をお願いしたいと思います」

「……聞こうか」

 

 マスターの目に、変化が見られました。

 それまでの、厳しくも優しい、どこか父を思わせるようなそれではなく……。

 ウマ娘の熱とはまた違う……トレーナーとしての、熱の籠った目。

 

 私の言葉に、あるいは瞳に浮かぶものに、何かを感じてくださったのか。

 今のマスターは……誰よりも、ウマ娘の契約トレーナーらしい。

 

 だからこそ。

 私は、マスターを信じて、誤解を恐れずにそれを言うことができました。

 

 

 

「クラシック三冠を達成した、その先。

 

 ミホノブルボンは、ホシノウィルムを討つ。

 

 ご助力を、お願いします」

 

 

 

 私の言葉の裏に挟まれた意図を、マスターは正確に汲み取っていただいたようで。

 

 その唇を、ニヤリと曲げ……。

 いつもホシノウィルム先輩に向けていた、そして私には向けてくださったことのない表情を、初めて見せてくださいました。

 

「嬉しいよ、ミホノブルボン。その気持ちに応えてみせる。

 君のトレーナーとして、最高の状況を用意すると誓おう」

 

 

 







 まるで機械のように、いつも冷静沈着で。
 けれどその実誰より熱く、本能的で直情的。
 そんな、どこか矛盾したような、けれど破綻なきウマ娘。

 彼女の根底にあるものはただ1つ、「遠い背を目指して走る」。

 それがミホノブルボンというウマ娘です。



 次回は一週間以内。トレーナー視点で、帰国と歓喜と絶望の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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