転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 堀野君忙殺回。
 凱旋門賞勝っちゃったからにはもう……ね?

 投稿が遅れちゃったことに関しては、あとがきの方で触れてます。





大遠征のあとしまつ

 

 

 

 

 フランスでの熾烈極まる戦いが終わってから、数日。

 当地での後片付けや最後の記者会見を終えた俺たちは、ついに日本への帰路に就いた。

 

 正直に言えば、ここ数日は……まぁ、結構大変だったな。

 こっちの業界について知識はつけて来たし、風土への理解もあるつもりだったが、やはりフランスは異郷の地。それも日本というホームから最も離れた場所の一つだ。

 アウェー極まる環境で不眠不休で働くのは、当然と言うべきか、そこそこ負担が大きかった。ウィルから負担を隠し通すのも骨だったな。

 

 まぁ、それでもなんとか乗り切ったけどね。疲労隠しに化粧することにはなったけど。

 これにて、フランスでのウィルの仕事は、そして彼女のトレーナーたる俺の仕事は、無事に納められたと言っていいだろう。

 

 

 

 さて、仕事が終われば、当然すぐに帰国の段取りに取り掛かる。

 世界最高峰の人気を集める競走ウマ娘のレース、競走ウマ娘ホシノウィルムはその中で、ついに世界最強の座に輝いた。

 そんな彼女の時間は、もはや一分一秒刹那須臾が金にも勝る価値を持つ。欠片たりとも無駄にすることはできないのだ。

 

 ……まぁ、ウィルの保護者としては、この判断に思うところがないでもない。

 あの子はまだまだ子供だ。……いや、転生者って子供カウントで大丈夫か? と思わないでもないけど、少なくとも精神面では幼さの残る少女だ。

 ならば、異国異文化をその身で体感することは、きっと彼女の心を豊かにしてくれるだろう。

 それができないというのは、なんとも忸怩たる思いではある。

 

 仕方のないことであり、なおかつウィル自身納得している──というか、「さっさと日本帰ってブルボンちゃんたちのレース見たりネイチャとかテイオーに備えましょう!!」とニッコニコだった──とはいえ、そう多くないこの機会を活かせないのは残念だ。

 

 契約トレーナー堀野歩としての俺と、ウィルの保護者としての俺……そして、彼女を好んでいる一人の男としての俺。

 それらの意志は多くの場合一つなんだが、時にバラバラに分かれてしまう。

 

 彼方を立てれば此方が立たぬというもので。

 まったく、難しいものだね。

 

 ……ま、これに関しては解決策がないわけでもない。

 彼女が競走ウマ娘を引退した後、改めて2人で来ればいいんだ。

 

 焦ることはないだろう。

 俺とウィルには、これから先、まだまだ長い時間があるんだから。

 

 

 

 さて、そんなこんなでフランスを出立した俺とウィル。

 幸いその道中は、平穏無事に何事もなく──飛行機の中で添い寝をしていた時、寝ぼけたウィルが俺を凄まじい力で抱き締めて来て、危うく骨折の憂き目にあったことを除けば──日本へと帰り着いた。

 

 俺も機内で三時間程度は仮眠を取れたし、これで気分リフレッシュですっきり元気である。

 ……嘘。正直目が乾くし頭と関節が痛い。もうちょっと寝たかったなー、というのが本音です。

 まぁそれでも、少なからず休めたのは間違いないけどね。出立の時は正直隠すのもキツいくらいになってたけど、今はある程度余裕を持って繕えてると思うし。

 

 まだまだ休むことはできない。

 日本に帰れば、フランス滞在時以上に忙しくなるだろう。

 なにせ担当ウマ娘が期待通り、史上初めて凱旋門賞を獲ってしまったのだ。

 そのレースの熾烈さも含めて、大きな……というか台風のような話題を呼んだことは想像に難くない。

 

 ……いやしかし、本当に大丈夫かなこれ?

 多分これまでにない業務量になるけど、俺と昌ぶっ倒れない?

 ていうか死なない? 死ぬよね? 過労でプッツンするよね?

 

 …………一応、念のため、万が一を考慮して、遺書を作成しとくか。

 

 

 

 と、ブラックジョークはさておいて。

 飛行機は乱気流に呑まれたりハイジャックされたりすることもなく、無事日本へ到着。

 

 凄まじい数のファンが押し寄せ、どこぞの同人イベントみたいな人口密度になった空港で、慈善活動気味に来てくれたURAの職員たち(ありがたい。心から、本当に)と共にSPとしての仕事を果たし、俺はウィルをトレセンへと護衛した。

 

 ただ空港から寮に移動するだけで「護衛」とはなんとも大仰に思えるが……今のウィルは、もはや日本という国の象徴にも近しいような存在。

 暗殺とかゲリラとかテロなんかを警戒せねばならない対象なのだ。

 

 ……ま、この世界は前世で俺がいた世界と比べて、だいぶ人間の善性が強いように感じる。

 そこまで極端に気を張らなくてもいいとは思うんだけど、念を入れるに越したことはないからね。

 

 しかし改めて考えると、来るところまで来ちゃったな―って感じだ。

 そんな彼女に相応しくあれるよう、俺も奮起せねばなるまい。

 ……何回目だろうな、こう言うの考えるのも。

 

 

 

 そんなわけで、ついに帰り着いた府中、中央トレセン。

 

 トゥインクルシリーズで使われるレース場と同等の広さのターフを具える巨大な面積、そして2000人の生徒を収容する巨大な校舎。

 校門前でそれを見上げた後、俺とウィルは……顔を合わせ、ニヤリと笑う。

 

「いやー……ただいま! って感じですね!」

「うん、そうだね」

 

 実に3か月ぶりに見た光景ではあるが……。

 気付けば、「ただいま」という言葉が馴染む程、俺たちはこの場所に思い入れを抱いていた。

 

 俗に言う「第二の故郷」というヤツだろうな。

 ウィルにとってここは、穏やかで温かな人生を送れるようになった安息の場所であり、得難い友人たちと共に切磋琢磨し合う勝負の場。

 俺にとっては、堀野家に続く大切な人のいる場所であり、同時今の俺が為すべきことがある場所。

 

 ……とはいえ、ただの4年で、ここまで望郷の念を覚えるようになるとはね。

 こりゃ、いざトレーナーを辞める時になれば、故郷を捨てるような想いをすることになりそうだな。

 

 ま、遠すぎる未来のことを考えても、あんまり意味はないか。

 今の俺にとって大事なのは、すぐ隣に立ち、笑顔で俺を見上げて来る少女のことだし。

 

「さ、さ、さ! 改めて……!」

「はは、わかってるって。

 ん、ん。……海外遠征、お疲れ様、ウィル。見事な頑張り、見事な結果。素晴らしい旅路だったとも。

 だが、分かっているとは思うが、日本の悲願でさえ、俺たちにとっては通過点に過ぎない。

 次なるレース、秋のG1に向けて一緒に走っていこう、ウィル」

「はい!!」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……とは、言ったものの。

 ウィルも、すぐに走るわけにはいかない。

 

 なにせ今の彼女の心身には、海外遠征によりかなり重い負荷がかかっている。

 半日近い移動の中、体を動かせなかったことによるフラストレーションと関節の固まり。不慣れな環境によって蓄積したストレスに脚の負担。

 それらを抜くことを考えれば、少なくとも今日半日は休養に宛てるべきだろう。

 

 そんなわけで、帰国日当日はトレーニングを入れることなく、すぐに解散。

 仕事やトレーニングを入れるのは明日からとなった。

 

 ……まぁ、ウィルのことだし、多分夕暮れ時までは自主トレしてただろうけど、そこは織り込み済みなので問題ナシ。

 やってもいいけど精々1時間以内とは言っているので、ウィルもそこまで無茶はしないだろう。

 

 

 

 しかし、当然ながらゆったりできるのはウィルだけで、俺に休む暇はない。

 当然です、凱旋門賞トレーナーになっちゃいましたから。はい。

 

「さて……大変だぞ、今日は」

 

 

 

 まず真っ先にすべきは、やはり連絡と報告だ。

 

 俺の上司に当たる理事長やたづなさんに、帰還と海外遠征の結果を伝えに行く。

 2人はウィルの勝利を知ってくださっているだろうし、報告書に関してもレジュメにして送信してあるので、実際来るのは明日でもいいとは言われたが……。

 直接的な上司であり、常々融通を利かせてくださったり、防波堤として勤めてくださっているお二人を後回しにするのは、仁義にもとるだろう。

 そんなわけで、何よりも優先すべき最優先のタスクである。

 

 理事長室を訪れた俺の目に入って来たのは、忙しなく電話を取ったり書類の束を運び込んだりするたづなさんと、黙々とそれらを処理していく秋川理事長。

 事前にアポは取ったのだが、どうやら少しの休憩もできない程の多忙な状況にあるらしい。

 

 ……その理由は俺たちなんだろうな。なんだか誇らしいような、申し訳ないような。

 

 実際今日この日も、ウィルに向けられた凄まじい量のファンレターやプレゼント、俺が片付けるべき仕事が溜まっているらしく、秋川理事長は「休息! 今日はゆっくりと休み、明日から本格的にこれらの処理に取り掛かるべし! いいか、今日は休むのだぞ!」と言ってくださった。

 本人がここまで忙しそうにしているというのに、俺のことまで気遣ってくださるとは……人徳を感じる、ありがたいお言葉だ。

 まぁそれはそれとしてまだまだ仕事があるので休むことはできそうにないけども。

 

 

 

 理事長へ報告し、お褒めの言葉と激励を頂いたら、次は同期のトレーナーに感謝を伝えて回る。

 

 彼ら彼女らは昌とは違って、ウマ娘たちに一つのレースを勝たせようとし合う、言うならば同業他社のような関係だ。

 

 が、それはそれとして、俺たちには個人的な友誼友情が存在する。

 実際今回も、俺は自分たちの手の届かない部分……日本に残したミホノブルボンについて、それとなく気にかけてあげてほしいと同期のトレーナーたちにお願いしていた。

 実際には大きな問題こそ生じなかったが、それでも定期的に彼女の様子の観察・考察を送ってくれたりしていたし、大きな安堵の材料にはなっていた。

 やはり、持つべきものは友と家族だね。

 

 ……ただ、一番感謝を伝えたかった友人たるネイチャのトレーナーは、残念ながら会えなかった。そこに関しては残念だな。

 次回会えた時に、きちんと感謝を伝えておかなければ。

 

 

 

 友人たちに感謝を告げていると、いつしかいい感じの時間になったので、次は昌とブルボンの方へ。

 

 ブルボンは菊花賞に向けて最終調整を進める段階、彼女の夢への最後のステップであるが故に、空港での出迎えなどはウィルの側から拒否していた。

 俺たちの陣営の先輩と後輩が顔を合わせるのは、明日のことになるだろう。

 

 が、そろそろ彼女たちは休憩に入る時間帯のはずだ。

 詳細なレースの予定などは明日に回すとして、今の内に挨拶だけはしておかねば。

 

 さて、足を向けた先で、まだトレーニングに勤しんでいた彼女たちの様子だが……。

 昨日も通話していたからそこまで心配はしていなかったが、両者共に壮健そうだ。

 ブルボンの方は……夏季合宿の結果だろう、トレーニング用のジャージの上からでも、以前より明らかに引き締まった体が窺えた。

 昌の方はやや顔色が悪いものの、問題なくブルボンの方を見たり、手元の資料にペンを走らせたりしている。

 

「……良かった」

 

 わかってはいたことだが、やはり無事に日々を送っている姿を見ると安心するな。

 

 2人の邪魔をしないよう、俺は休憩時間に入るまで待って、改めて声をかける。

 そして、ブルボンにここ数か月隣を空けてしまったことを謝罪し……。

 

 ……望外の言葉を、もらった。

 

 ミホノブルボン。

 かつては三冠という目標に凝り固まり、それ以外の何にも興味を抱かなかったウマ娘。

 

 けれど今、彼女はその先を見据えていた。

 クラシック三冠を獲ることは変わらず……しかしその先で、誰より強きウマ娘を討つ、と。

 

 何が止まっていた彼女をその先に進めたのかは、明白だった。

 なにせ彼女の瞳には……これまではガラス玉のように周囲を映すばかりだった彼女の瞳には、今やハッキリと浮かんでいたのだ。

 

 煌びやかな灰を纏い、白と赤を背負って走った……。

 世界最強のウマ娘の、背中が。

 

 

 

 ……ふと、静かに燃えるミホノブルボンを見て、思う。

 こうして想いは紡がれていくのか、と。

 

 ウマ娘のレースという、古くから培われた慣習に則って、ウィルが走り。

 その後ろ姿を見て、ブルボンは密やかに熱を帯び、その後を追いかけ。

 そうしてきっといつか、そんなブルボンの背に憧れ、追いかけるウマ娘が現れる。

 

 彼女たちの熱は、走りへの想いは、こうして継承されてきて、そして継承されていくのだろう。

 いつかの昨日から、夢見た明日へと……きっと、彼女たちが夢を背負う限り。

 

 それこそが、「想いの継承」。

 競走ウマ娘が未来へ託し、未来を託し……より洗練され、より速くなっていく歴史の流れ。

 

 ……なんて。

 少し、センチメンタルになり過ぎたかな?

 

 

 

 さて、ブルボンたちに挨拶を終えたら、再びトレーナー室に帰還。

 元気をもらった分、仕事に専念しなきゃだ。

 

 ウィルとブルボンのトレーナーとして、俺はウマッターやウマスタグラムを運営している。

 帰国やこれからのトレーニングについて、それからブルボンの菊花賞に向けた調整推移など、ファンに届けねばならない情報はいくらでもある。

 

 可能な限りそれらの文字数を圧縮し、なおかつ誤解なく伝わるように執筆、誤字脱字チェックに推敲。

 1つ投稿したら、サブアカウントから無事送信できているか確認。

 他の文章は纏めておいて、後ほど投稿できるようにファイルで残しておく。

 

 

 

 それが終わったら、今度は外回り。

 各種書類を作成している中で、事前に取っていたアポの時間が近づいていることを確認して、URAの本社に向かう。

 

 俺はURAの直属の部下というわけではないが、今回の海外遠征ではかなり融通を利かせてもらった。

 そもそも日本のレース運営団体であるURAの協力なくては、海外遠征どころか海外のレースへの出走すらもできないのだ。

 最初はURAからの要請で始まったこととはいえ、そもそもウィルがレースを楽しめているのは例外なくURAのおかげでもある。感謝してもしたりない。

 

 ……と、思っていたのだが。

 通された会議室で、俺は会長や役員を含めた上層部の人間に、凄まじい勢いで頭を下げられてしまった。勿論謝罪じゃなく、感謝という方面で。

 

 正直何事かと驚いたが……要約すると、俺たちが残した結果は、これからの日本のレース興行の歴史を変え得ると判断されたらしい。

 ウィルの台頭によって、国内のレースファンの人口は、記録上の最高潮に達している。

 更に、今回凱旋門賞という世界最高峰の場で勝ったことで、日本のレースは世界に通用することを証明できた。これは対外的な政治にも影響する非常に重大な事実である、とのこと。

 

 スポーツ1つで国家間のバランスが変わる、というのは何とも大仰な話に聞こえるが……この世界ならあり得ることだ。

 なにせ、レースは世界的に人気のある競技。凱旋門賞での勝利は、前世基準で言うのなら……そうだな、オリンピックで金メダルを取るとか、そういうレベルのことなんだ。

 

 これまでに一度も金メダルを取れずにいた日本が、ついに初の白星を挙げた。

 そりゃあレース運営団体としては、感謝の1つでも言いたくなるというものだろう。

 

 そして、俺としてもこの感謝は……正直、嬉しかった。

 「競走ウマ娘ホシノウィルム」は、俺とウィルで作り上げた、最強の存在。

 故に、それを評価していただくのは……心の底から、嬉しい。

 

 ……と、そんな上機嫌に付け込まれて、色々お願いを受け入れてしまったんだけども。

 割とガッチガチ社交パーティかぁ……。ブルボンはいつも通り天然気味にやり過ごせそうだが、ウィルにはちょっと負担になるかもしれない。

 ……ま、将来のことを考えれば、ウィルにもこういうの慣れてもらわなきゃだし、悪くないかな。

 

 

 

 これで対外的な付き合いは終了。あとは個人的なものと、それから身内向けの報告だ。

 俺は日の落ちた頃、再びトレーナー室に戻って、再びデスクに腰を落ち着けて作業を再開した。

 

 フランス遠征で得られたデータは多い。

 あちらの気候やバ場の実測データ、大逃げとの相性、日本のウマ娘と欧州のレースのミスマッチ。

 そして何より、アンダースタンディブルの爆発力についての調査結果。

 ウマ娘の爆発力に関しては、未だ不明な点は多いが……あるいはこれは、それを理論的に解き明かすための一助となるかもしれない。

 

 考察研究は後々行うとして、ひとまずは整理しておかなければ。

 あちらに持ち込んでいたパソコンからそれらのデータをこっちで用いていたパソコンに移し替え、バックアップを取って保存する。

 

 

 

 それと時を同じくして、堀野本家に連絡。

 改めて凱旋門賞に勝利したこと、そして解析に関しては少々遅れるとの報告を送る。

 

 ……返事が来るのは数時間後かと思っていたが、バックアップ作業が終わる前に届いた。

 送ってから十分程度しか経ってないんだけど、もしかしてこれ、俺からの連絡をずっと待ってくれていたんだろうか。

 だとしたら、後回しにしてしまって少し申し訳なくも思う。

 

 さて、その内容は……。

 まず、父から凱旋門賞の勝利を祝う言葉がいくつか。

 普段の父は、他者を評価はしても祝うことは滅多にないんだが……文面からは、史上初の快挙への少なからぬ興奮が窺えた。

 かつて自分が挑むこともできなかった、日本の夢。それを息子が叶えたことが嬉しい、と。

 ……あるいは、トレーナーの家の親子として、これも1つの親孝行だろうか。そうなってくれているなら嬉しいが。

 

 そして、次。

 要約すると……「今は多忙だろうから、分析結果は遅れても構わない」「お前は堀野としての責務を十分に果たしている」「今はとにかく担当の子たちに集中しなさい」との内容が続く。

 その父らしい真面目さ、そして不器用な気遣いに、俺は微笑みを漏らした。

 

 ……で、まぁ、そこまでは良かったんだが。

 最後に「レースが落ち着いたら、ウィルムちゃんと一緒に顔を見せて頂戴。家族でゆったりと話し合いましょう」と、明らかに父でない誰かによって書き加えられた一節も、添えられていた。

 

「母さんは相変わらず……いや、そうか。もしかしたら、今年の頭の時点で……」

 

 俺は、なんとも言えない気持ちで、トレーナー室の天井を仰いだ。

 

 

 

 取り敢えず、家族には穏当な返事を送って、次。

 いよいよ、担当ウマ娘、特にミホノブルボンの育成計画の仕上げに入ることにした。

 

 俺が彼女から離れていたことによって発生した、成長進行の遅延。

 この負を解消し、あるいは少しでも上方修正するために、彼女の脚の限界や体力、天気の具合やグラウンドのレンタル状況、彼女やウィルの仕事なども加味して計画を立てていく。

 

 確定して予定が入った日を消去法で消していき、残った日にどのトレーニングを入れるべきか、あるいは休養させるべきか考え……。

 ……いや、待てよ? この3か月で革新的なトレーニング法が発案・研究された可能性もあるな。

 先に一旦関連論文に目を通しておくか。

 

 ウッドチップやターフの改良、新たな流水プール施設の建造はどの程度進んだだろう。

 確かフランスに行く直前に読んだ分だと、よりウマ娘が走りやすいよう、芝の吸水性改善のための品種改良の話が出ていたはず。

 菊花賞やこれからのレースを考えれば、ブルボンには長距離の適性を補うため、坂路に慣れさせ、可能であれば「登山家」、可能であればその上位と思しき『究極のヒルクライマー』習得まで行って貰いたい。もう少しクッション性の良いウッドチップがあれば、それも現実味を帯びてくる。

 そしてウィルもブルボンもかなりのトレーニングジャンキーだ。その脚の負担軽減を考え、またブルボンの短所たるスタミナを伸ばすことを考えれば、最新のプールを使いたいところで……。

 

「……うーん、これは仮説段階か。悪くはないが、既出のものに近い……いや、そうか、ある程度の低温にも対応……独自性はある……コストがなぁ……流石にこの段階で丁半博打に出るのは……アポ取って直接話を聞いてみるか?」

 

 

 

 結局、俺は夜が明けるまで、ブルボンのトレーニングメニューの改善を図り……。

 

 ……結果から言うと、特に真新しい変更などはなく、彼女の体調とやる気に応じて二件程予定を組み替えるだけに終わった。

 

 こんな長時間を使ったにしては地味な成果だが……。

 逆説的に言えば、今のプランで大枠は問題ないということの証左でもある。

 

 まぁ、時間を使うだけの価値はあったと、そう思い込んでおこう。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そうこうしている内に、シームレスに1日は終わって、始まって。

 

 トレーニング室で書類と格闘している俺と、明け方から来てくれた偉すぎ妹昌の許に、2人の担当ウマ娘が集まった。

 

 片や、ニコニコツヤツヤ、久々の日本での自主トレをエンジョイしたらしいホシノウィルム。

 片や、チラリとウィルの方を窺った、2つの夢に燃えるミホノブルボン。

 

 どちらも気合十分と言った表情で、ソファと椅子にそれぞれ座っている。

 

「さぁ! さぁさぁさぁ! 久しぶりな全員勢揃い作戦会議! やりましょう!」

「菊花賞に向けた意識共有が必要であると推察します」

 

 俺たちの陣営の改まった始動と言えば、やっぱり作戦会議。

 そんなわけで、可愛い担当たちは意気込んでいたのだが……。

 

「冷や水をかけるようで悪いが、ウィル。君はまず精密検査だ。

 午前の授業も明日からでいい、すぐに行ってもらうぞ」

「え?」

「あちらから良くない病気を持ち帰っていないかの詳細な検査もそうだが、何より環境と芝の違いに君の脚がどれだけダメージを負ったか測らなきゃいけない。

 君は俺のウマ娘として、誰より健康に、誰より安全に走らなきゃいけない。わかってくれるな」

「くっ……せ、説得が上手くなりましたねぇ歩さんもねぇ!」

 

 そんなわけで、ウィルは午前中いっぱい、俺が事前に予約しておいた病院で検査してもらうことと相成った。

 

 

 

 さて、一方でブルボン。

 彼女には、消耗しすぎないよう軽く流す程度のトレーニングを行い、この3か月のトレーニングの結果を見せてもらった。

 

「おお……」

 

 ターフを駆ける彼女の姿。改めて見たその著しい成長に舌を巻く。

 

 いや、分かってはいたんだ。

 ブルボンのステータスはしっかり頭に叩き込んでいるわけで、その堅実で着実な成長を、俺は分かっていたはずだった。

 

 けれど、改めて目にすれば、やはり3か月前とは見違えて見えた。

 並のクラシック級どころか、シニア級1年のG1ウマ娘にも並ぶ、素晴らしい仕上がり。

 まだ菊花賞に向けた追い切りは終えていないが、現時点で既に、出走すれば一番人気は固いだろう実力を彼女は身に着けている。

 

 実際、ブルボンは3週間前、菊花賞に向けた叩きとしてG2京都新聞杯に出走したのだが……。

 そこではフルーツパルフェに対し、実に7バ身もの差を付けて圧勝した。

 

 今年の頭に発表したローテーションではここに出走予定だったライスシャワーが()()してしまったために、彼女との力比べはできなかったが……。

 もはや中距離までの距離では、ミホノブルボンに敵はないと言っていい。

 長距離に出たとしても、ある程度の優位性を確保できることは疑いようもないだろう。

 

 ……まぁ、俺はウィルに対しても何度かこんな感想を抱いたし、それでもなおレースになれば彼女を追い詰めるウマ娘が出て来るわけで。

 まったくこの世界は魔窟というか、ままならないというか。

 自分たちが強くなればなるほど、それに応じて周りのレベルが上がってしまうのは相変わらず微妙な心地になる。

 

 きっとブルボンもそうだ。

 彼女にとって最大のライバル……前世の歴史において彼女から菊の花を奪い取った彼女。

 

 ライスシャワー。

 

 今のところ、上手く隠されてしまっているが……間違いなく、彼女はこの世界でも強敵足り得るだろう。

 

 

 

 ……とはいえ、だ。

 ミホノブルボンにとって、レースとはどこまでいっても自分との戦いに過ぎない。

 他者のことを語るのに意味はない。ブルボン自身のことに話を戻そう。

 

 ブルボンの育成状況は、多少の下振れはあるものの、大きな支障はない。

 順調……と言っていいかは悩みどころだが、及第点ではあると判断できる。

 

 今年の頭辺りに彼女自身にも話したが。

 菊花賞に出走する場合、ミホノブルボンには、大きく分けて3つの弱点があった。

 

 長距離を走るだけのスタミナがないという点。

 他のウマ娘の存在を感じると掛かってしまう点。

 そして、俺の「アプリ転生」で見た上で、長距離の適性が薄いという点。

 この3つだ。

 

 これらの内、まずスタミナ問題に関しては、おおよそ解決したと言っていい。

 彼女のステータス、つまり身体能力は、同期のウマ娘たちより二回り高い。

 最高速度であるスピードは勿論、強いて言えば彼女の短所と言えたスタミナも、今やステイヤー……とまではいかずとも、ミドルディスタンスのウマ娘としては見劣りしない数値に至った。

 これ以上をトレーニングで伸ばすのは非効率的。後は座学と実践によるスキル習得で補うべきだろう。

 俺のプランニングに応える彼女の十全な努力が実った形だ。

 

 次に掛かり癖。

 これに関しては、抜本的解決は不可能だろうが、ある程度の対策は済んだという状況。

 彼女の気質である掛かり癖自体は、恐らくは長い時間で矯正する他に解消のしようはない。

 ……というか、恐らく彼女が競走ウマ娘として落ち着くまでは、解決は無理だろう。

 が、そこで感じる闘走本能を領域の方へと回すよう本人が意識さえすれば、ある程度は抑え込める。

 シニア級……それこそウィルのような圧倒的な存在感を誇るウマ娘との走りとなれば話は別としても、クラシック級同士の対決である菊花賞では問題ない……可能性が高い。はずだ。……多分。

 実際、京都新聞杯では同じ逃げウマ娘であるソウリクロスを相手にし、全くと言っていい程に焦りを見せず……というか、単純なスペック差で上から抑え込み続けた。

 コンセントレーションと先手必勝も習得して、スタートダッシュは万全な形。大逃げはともかく、他の逃げウマ娘に対しては、十分に対策は取れている。

 

 ……さて、最後に、長距離適性の不足。

 これについては……残念ながら、完全な解消とはいかなかった。

 ブルボンの長距離適性は、ちょうどウィルの凱旋門賞の日辺りに1段階上がって……「B」になった。

 元がCであったことを考えれば、自らの努力で血統による適性の壁を越えたという偉業ではあるのだが……それでも、Aまで上げ切るにはどうしても時間がなかった。

 勿論、生粋のステイヤーであり、恐らくは菊花賞での脅威となるライスはA。他にも適性Aの子は何人もいる。

 ここに関しては、残念ながらディスアドバンテージを持った状態での戦いとなるだろう。

 

 3つの問題の内、2つは解消。

 特にステータスだけで見れば、もはや彼女の勝利は揺るぎないものとすら思える状態。

 

 残る課題は、彼女がどこまで自分自身を捉え切れるか、だったが……。

 

 

 

「……問題はなさそうだ」

 

 昨日言われたことを思い出し、今目の前で走るブルボンを眺めて、俺は軽く口元を歪めた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 昼過ぎになって、ウィルが病院から帰って来た。

 

「待ち時間は殆どなかったんですけど、あっち行ったりこっち行ったりを繰り返したり、よくわかんない検査ずっとやってましたよ」

 

 中等部の子の中には病院に苦手意識が残っている子も少なくないのだが、ウィルにその気はない。

 トレーニングができなかったことは残念に感じているようだが、それはそれとして必要なことであったことは理解しているので「仕方ないかなー」と思っているような感じだ。

 

「さ、これでいよいよ作戦会議……!」

「の前に、君の調子を確かめよう。軽くターフを走る姿を見せてくれ」

「まだですか!?」

 

 今度こそ不満げにぶーぶーと言ってくるウィルだが……。

 これに関しても仕方ないことだ。勘弁してほしい。

 

 なにせ、俺にとっての最優先は、君の安全と未来なんだから。

 

 

 

 唇を尖らせていたウィルだが、いざ走り出せばそこそこ楽しそうにしていた。

 軽いランニング程度の運動とはいえど、体を動かすことを好む彼女にとっては、十分に心を満たすことなんだろう。

 更に言えば、久々のホームグラウンド、慣れ切った場所での走りだ。海外でのそれとはまた違う、安心感のあるものなんだと推察できる。

 

 同時、だからこそ警戒すべきではあるんだが……。

 

「……うーん」

 

 首を捻……ろうとして、咄嗟にやめる。

 今のこの状況、胡乱な行動は変な噂を呼ぶかもしれない。

 

 久々にウィルがトレセンで走るということで、下級生を中心とする彼女のファンや、ウィルについての情報を狙うトレーナーたちが、ターフの外や校舎の窓に集まって観戦している。

 今回は本格的なトレーニングというわけでもないし、秘匿する気もない。

 少しでも学園の生徒たちの息抜きになればいいと思い、特に何も言わず放置しているが……。

 

 ……ただ、特に事前告知がなくとも、噂が噂を呼んで何百人が観戦しにくるこの状況、少しばかり動きにくいのも事実だ。

 凱旋門賞というこれ以上ないビッグタイトルを獲得し、今のウィルの人気は絶頂。

 ……というか、これからもG1を勝ち続けるわけで、この人気はそうそう陰らないだろう。

 

 ま、この辺りは有名税として受け入れるべきなんだろうな。

 その上で対策を考えていくべきだろう。

 

 

 

 ……で。

 そんなことを考えながら、ウィルが走っている姿を見守る俺の元に、1つの封筒が届いた。

 

 ウィルが検査にかかっていた病院からの診断書、兼報告書。

 今は地方トレセンの養護教諭をやってる兄さんの影響で、俺には若干のウマ娘関連の医学的知識がある。

 なので先方にお願いし、詳細な検査結果を送ってもらうことにした。

 

 ……ん、だけど。

 

「…………うん、なるほど」

 

 衆人環視下の状況、おかしなことは言えない。

 言えない、が……。

 

 ウィルの走りの様子や、この検査結果からして。

 

 どうやら、プランの変更が必要らしい。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ウィルの走りが終わり、見に来てくれた下級生の子たちに軽いファンサをかまして。

 そうして戻って来たトレーナー室。

 

 俺は改めて、というかようやく、作戦会議の開始を宣言し……。

 

 

 

 

 

 

「ウィル、秋天とジャパンカップは回避しよう」

 

「…………は?」

 

 

 

 

 

 

 ウィルの、出走レースを絞ることを宣言した。

 

 

 







 常々思うんですが、トレーナー業、とても個人でできることではない。



 それから、今回予約投稿の日時を間違えて2週間後にしちゃってました。こちら、寝不足の頭で予約投稿した際のガバとなっております。
 次の話を投稿しようと思って確認した際、ようやくこの話が投稿できてないことに気付いて真っ青になりました。
 なんで気付かないんですかね、アホですね。

 前回も2週間空いてしまいましたし、「この投稿頻度低下、失踪の前触れか?」なんて不安にしてしまっていたら申し訳ありません。
 これからも、完結までは最低限週一の投稿を続けるつもりなので、お楽しみいただければと思います。

 さしあたって、次のお話は明日投稿させていただきます。
 次回は明日。ホシノウィルム視点で、新たな炎と見えぬ宿敵の話。



(雑記)
 ちょっと遅れた感想になりますが、KFCコラボ、良~~~……。
 ウィルはそこまで食に興味がある方じゃない(というか走ることが好きすぎ)なので、トレーニング帰りでタオルで汗拭きながら「じゃあ、これでっ!」って感じで注文ぽちぽちしてほしい。
 好きな人の前だからちょっと食欲抑えて控えめに頼んでたら可愛い。でも最近はあんまり控えなくなって相当な量頼んでても可愛い。甘いもの好きがちなのでチョコパイ4つくらい頼んでても可愛い。
 ちなみに食べ方は割と食い意地張ってて汚い。彼女が名家的マナーを身に着けるのはいつになるんでしょうか。

(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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